貴方に、炎の導きのあらんことを
さて、どうする…?
ゴブリンが通りすぎるのを横穴から見つつ奥を見ながら俺は考える。
山羊頭のデーモンを倒した帰りにこの洞窟を巣穴にしようとしたゴブリン共を退治しようとしているわけだが…
「…………」
「大丈夫…ではなさそうだな…」
今、俺と女司祭は横穴で伏せるようにしてゴブリンから身を隠していた。いくら弱くても数の多い敵と正面から戦うのは避けたい。それだけなら良かったが彼女のトラウマが蘇ったのだ。
彼女はゴブリンに慰み物にされた事があったらしくデーモンを前にしても怯みもしなかったが、ゴブリンを前にして酷く怯えている状態だ。
今も一言も発さずに俺の外套の下で腰回りにしがみついて震えている。
これでは戦うどころか逃げる事も難しいだろう。奇跡の詠唱なんて以ての外だ。
横穴から奴等を一瞥しただけでこれなのだ。
直接相対したら間違いなく身動き一つ取れずにまた奴等に捕まるだろう。そうなれば今度こそ彼女は立ち直れなくなる。
…リスクはあるが後顧の憂いは絶っておくべきか。
少なくとも今はこの横穴は奴等に気づかれていない。
ならばやりようはある。
俺が奥に単身赴いて、即座にゴブリン共を殲滅。そして早急にここに帰還すればいい。だがもし討ち漏らしがあればそいつが横穴に入り彼女に気づく可能性もある。ならば…
俺は彼女に二つの指輪を貸すことにした。
幻肢の指輪と静かなる竜印の指輪だ。
怯える彼女と目を合わせて話しかける。
「この指輪をつけてここに隠れているんだ。私はこれから奴等を殺しに行く。この二つをつけてここにいれば奴等に見つかることはない」
「あっ…い、いえ…わたくしも…一緒に…」
「その状態で行けばまた同じことの繰り返しになるぞ。…心の傷はそう簡単に癒えるものじゃない。恐怖に耐えながらも挑もうとする心は立派だが感心はしないな」
一緒についてこようとする彼女を語気を少し強めて諌める。
克服しようと勇気を出すのは結構だがそこで無理をすれば逆効果だ。
トラウマはいきなりではなく少しずつ直していった方がいい。
ましてや彼女の場合、死ぬより辛いかもしれないのだ。慎重すぎるくらいが丁度いい。
俺にも苦手な物はある。具体的には犬とか。
俺の言葉に彼女は不安げな顔で見上げた。
酒場で俺に見せた覚悟ある表情は見る影もなく、
まるで捨てられた子犬のような表情になっている。
「そんな顔をするな…死にに行くわけではあるまいし、奴等とは何度も殺りあっている。仮に何かあったら大声を上げるなりしてすぐに知らせるんだ。いいな?」
視線を同じ高さに合わせて彼女の両肩に手を置いて言い聞かせるようにゆっくりと伝える。側から見たら親が子に言う事を聞かせているような絵面に見えるだろう。
女司祭は俺の言葉を聞いて未だ怯えた表情をしていたがやがて覚悟を決めたのか、指輪を受け取り指に付けると岩陰に隠れた。
「よし…そのままいてくれ。必ず戻る」
隠れたのを確認して俺は女司祭に渡した物と同じ指輪をつけ、
再び洞窟の奥へと駆けた。
〜〜〜
「彼」が洞窟の奥へと駆けるのを見送る。
姿が見えなくなる最後までずっとその背中を見つめていた。
彼に渡された指輪を付け、杖を握りしめ岩陰に隠れているが、
一向に身体の震えが止まらない。
初めての冒険でゴブリンに捕まり、時間にして数ヶ月もの間
ゴブリン達に陵辱の限りを尽くされた。
目もその時に焼かれ、大きく視力が落ちてしまい、周りから嘲笑の的になった。
気持ちに区切りをつけたつもりだったが身体は未だにあの時の記憶をハッキリと覚えていたのだ。
緊張と恐怖で身体が強張り、体温が上がる。
鼓動が早くなり、身体の傷が浮かび上がってきていた。
「…!うっ…!はぁ…はぁ…っ…」
呼吸が荒くなり息が詰まりかけた。
胸に手を当て杖を握る力を強めて大きく深呼吸をし無理やり落ち着かせる。
彼はここで待ってくれと言っていた。必ず戻る、と。
お願い。早く、早く戻ってきて。
暗闇からゴブリン達が迫ってくる気がして震えが止まらない。
何もいないはずの横穴の薄暗さが今は酷く恐ろしく感じる。
次の瞬間足を掴まれ、巣に拐われるかもしれない。
次の瞬間押し倒され、その場で犯されるかもしれない。
様々な不安が、恐怖が、女司祭の心身を蝕んでいく。
ゴブリンはこの世界で最も数の多い怪物だ。
冒険者を続ける以上奴等への恐怖を克服する必要がある。
彼は少しずつ直せばいいと言った。
自分も、この恐怖を払える日が来るのだろうか?
あの小鬼に怯えず、悪夢に魘されることなく、
過ごす事ができる日々を取り戻せるのだろうか?
彼女は恐怖に耐えながら静かに彼の無事を祈った。
ふと、彼の姿が脳裏に浮かぶ。ほんの少しだが恐怖が和らいだ気がした。
…?何故自分は今、彼の姿を思い浮かべたのだろう?
その答えは、まだ出ない。
〜〜〜
暗闇を進んできた道を戻り、再び奥へと向かう。
まさか出ようとした矢先にまた潜ることになるとは思わなかった。
奇襲を悟られるわけにはいかないので松明は持たず、薄暗い中を駆けていく。
奴等のいるであろう最深部に行く前に即席の罠を仕掛ける。
冒険者セットのロープを使ってトリップワイヤーの要領で黒い火炎壺を仕掛けておく。
これなら奴等がもし逃げたとしても爆発が起こり見逃す心配はなくなるはずだ。
戻り道の横穴には女司祭がいるのだ。そこに奴等が気づくかどうかは運次第だが…
どちらにせよ奴等を生かして置くわけにはいかない。
下衆な騒ぎ声がギャイギャイと聞こえる。
シャーマンが二匹のホブを従え、手下のゴブリン共を活気つけているようだ。
さながら王にでもなったつもりか?奥で石の上に座り、壁にもたれ掛かりながら
発破を掛け、シャーマンの動きに合わせて手下のゴブリンが喝采の声を上げている。
…王か。昔に王なら散々殺してきたが、こんな矮小な王は初めてみたかもしれない。
今回使う武器は元々混戦になることを想定した物を使うことにした。
手数と威力を持った傭兵の双刀
最後に閉所で扱い易さを重視したショートソードだ
今いる場所はあの山羊頭が大鉈を振り回せるだけの広さがある。
これだけの広さがあれば特大剣でホブを相手にできるだろう。
流石に縦に思いっきり振るうことは出来ないだろうがそれならば横に振るまでだ。
左手で呪術の火を構え、
奴等の目には離れたところに何かが浮いたかと思ったら巨大な火球が飛んできたように見えただろう。
「GIYAAAAAAAAAAA!!」
突如暗闇から飛んできた巨大な火球に身を焦がされ、苦痛の声を上げながらのたうち回る。
少しの間燃え続けたシャーマンはやがて黒焦げの死体になった。
周囲のゴブリンも含め、何が起こったのかと周囲を見渡すが襲撃者の姿は見えない。
通路から襲撃されたと思ったのか我先にと武器を片手に出口へと駆けるがその前に
ハベルの盾を
いきなり自分の進路を妨害されて喚くゴブリンの背後に周り双刀で首を掻っ切る。
2匹のゴブリンは何が起こったのか分からないまま絶命した。
だが今ので奴等の視界にはいっただろう。奴等の殺意が此方に向けられているのが分かる。
仕留めたのはシャーマンに手下のゴブリンが二。まだまだわんさかいる。まったく、まるで疫病だ。
両手の双刀をクルりと回して構え直す。さぁここからはスピード勝負だ。
「まったく…乱戦はするもんじゃないんだがな」
襲い来るゴブリンの群れに、俺は飛び込んだ。
右手は順手持ち、左手は逆手持ちにして襲いくるゴブリン達をすれ違いながら切りつけていく。
ホブもその手に持った巨大な棍棒を振ってくるが今は無視だ。
取り巻きが多い中で戦えば周りの弱い奴等に集中攻撃されて死ぬ。
…!ホブの後ろに弓を持ったゴブリンがいる。暗闇から矢が飛んできた。
上体を右側に逸らし回避する。左肩に鏃が掠ったが肩当てで防いだ。
ホブが棍棒を振りかぶってきたが姿勢を低くして避け、そのまま投げナイフを弓持ちに投げる。
弓持ちは…全部で四体。今一匹仕留めたのであと三体だ。
しかしもう一体のホブが思惑に気づいたのか弓持ちを守るように立ちはだかった。
「(そう簡単にゴリ押して終わり。とは行かないか)」
仕切り直すためにローリングで距離を取る。
大分取り巻きは減っているな。
数としては奥に弓持ちが三。ホブが二。配下の連中が…残り八。といったところか。
今のところここへの入口に仕掛けた罠が作動した音は聞こえていない。
討ち漏らしはないと見てよさそうだ。
…これだけ仲間をやられて置きながら奴等の下衆な笑みが消えないあたり相変わらず能天気な奴等だ。
だがここの二体のホブはそうでもないようで、顔を顰めてこちらを油断なく見据えている。…経験を積んだ『渡り』のゴブリンなら多少の知恵はあるか。あったからなんだという話だが。
手下の八体が襲い来るが右手の双刀を投げて一匹黙らせる。
ショートソードを抜いて、踏み込んだ突きを用いて一匹。
剣を引き抜いて横っ飛びにローリングをし後ろ手に紐のついた火炎壺を投げる。
飛び掛かりを回避された二匹がぶつかり合っているところに火炎壺が直撃した。
!殺気を感じ、横に飛ぶ。先程までいた位置に矢が飛んできた。
振り向きざまに投げナイフを投げるがホブに阻まれる。
最低限の仲間意識か、あるいは利用できる奴は生かして置くのか…。
存外このホブは長く生きているのかもしれない。
残る四匹が俺を囲むように陣取っている。ちょうど足元に右手の双刀を投げて始末した奴が転がっていたので引き抜いて再び二本の双刀を構えた。
真正面から馬鹿正直に向かってくる四匹のゴブリン達。
包囲してもただ突っ込むだけでは意味などあるまいに。
身体を捻り両手の武器を用いて回転斬りを放つ。
立て続けに放たれた連続斬りによって手下のゴブリン達は全滅した。
残るはホブが二体と弓持ちが三体。
俺は特大剣を担ぎホブと相対する。それを挑戦と見たのかホブが二体揃って棍棒を振り下ろす。…分かりやすい奴らめ。
俺は横をすり抜けるように走り、振り下ろしを避けると特大剣を即座にしまい双刀に持ち替えて後ろにいる弓持ちに目掛けて投げつけた。逆ハの字を描いて飛んで行った双刀は左右の弓持ちに刺さり二体が絶命。最後の一匹はショートソードで走った勢いで斬りつけてそのまま喉元に剣を突き込んで始末した。
再び特大剣を取り出し二体のホブに向き直る。
群れを壊滅させられた怒りか、自らの動きを誘われた事への怒りかは不明だが顔には殺意が満ち溢れている。
以前デーモンの王子の時に黒騎士の特大剣を使ったが使えるならば大物相手にはやはり大型武器を使うのがいい。
叫び声を上げて棍棒を振り回すホブ。ローリングで回避をしてその勢いを乗せて薙ぎ払う。
切っ先がホブの胴体をまとめて切り裂いたが、先端ということもあってか少し浅いか。ならば…
「ふっ…!」
息を整え両手で剣を構え前傾姿勢に踏み込む。
ホブが殴りかかってくるが勢いで受け止める。踏ん張りを効かせて痛みを無視して
踏み込みの勢いを乗せて
懐に潜り込む形で放たれた渾身の一撃はホブの姿勢を大きく崩した。
いつぞやは盾で
「死ね」
膝を突き頭部を垂れ下げた姿勢のホブに
頭を潰されたホブはピクリとも動かなくなった。残るは一体。
たった一人に自分以外が全滅させられた怒りか恐れか…ホブは困惑しているようだったが戦場では大きな隙になる。懐に飛び込んで水平に大きく薙ぐことで腕ごと胴を深く切りつけた。
腕が飛び、夥しい量の血が流れる。痛みに悶えている間に顔面に突きを放って顔面に身の丈以上もの剣が突き刺さる。多くの経験を積んでいたであろうホブは絶命した。
辺りを見渡し、生きているゴブリンがいないか確認する。死んだフリをしていないことを確かめて首を一匹ずつ落として確実に殺しておく。最後まで油断をしてはいけないのだ。
「やれやれ…。昔も運がないとは思っていたが…」
自分の
この世界に神々の類がいるのならば…いや言うまい。
今の俺はもう薪の調達者ではなく、只の一人の冒険者だ。
この地に来てまで神殺し王殺しなぞやっていられない。
取り敢えず戻ろう。横穴で待っているであろう
~~~
横穴で待ち続けてどのくらいたっただろうか。
何もせずにただ待ち続けているためか時間が経つのが酷く遅く感じる。
時折奥から聞こえるゴブリンの叫び声を聞く度に抑えていた恐怖が湧き上がる。
彼は無事なのだろうか。熟練の冒険者でも油断をすればゴブリン相手に命を落とすこともある。
万が一彼が死んだりすればまた
今すぐにでも逃げ出したい気持ちを抑えて彼を信じることにした。
…暗闇から足音が聞こえる。足音以外聞こえないが戻ってきたのだろうか?
だんだんと近づく足音に合わせて心臓の鼓動が早くなるのを感じる。
そして一際足音が大きくなって「彼」が現れた。
「すまない。待たせてしまった。戻るとし…」
彼が何かを言い終える前に私の身体は動いていた。
~~~
途中に仕掛けた罠を外して横穴へ戻る。…特に何かが来て襲われた形跡もなさそうだ。
岩陰に隠れている女司祭に声を掛ける。
「すまない。待たせてしまった。戻るとし…」
そこまで言いかけて体に衝撃が走った。
何事かと思ったがそれはすぐに分かった。岩陰に隠れていた女司祭がしがみついたからだった。
…奴等を仕留めるためとはいえ彼女には無理をさせてしまったかもしれない。
素直に奴等にバレぬよう撤退してからのほうが良かったか。
女司祭は顔を上げると目尻に薄らと涙を浮かべながらも喋りだす。
「ご無事で…良かったです…貴方が死んだら…また…またわたくしは…」
仮にも一時的にゴブリンの巣穴になりかけた場所で待たせてしまったせいか震えている。
「言っただろう?必ず戻る、と。…だが、私も配慮に欠けた。すまなかった」
そう言って彼女の目尻に浮かぶ涙を拭う。俺の体から離れた女司祭は薄らと笑顔を浮かべていた。
「さぁ帰ろう。こんなところに長居は不要だ」
「…はい」
予想外の事もあり随分と長引いてしまったが、こんなものだろう。
結果的に二人共無事なのだ。…無事ならば、それにこしたことはない。
俺達は今度こそ無事に洞窟から出ることができたのだった。
~~~
外にでると時間はすっかり夕焼けに染まっていた。
依頼などで洞窟や遺跡に潜ると時間がすぎるのが妙に早く感じる。
今回はそうなることも前提としていたが時間がすぎるのは本当に早いものだと思う。
来た道を戻り、洞窟へ向かう前に休んだ場所で俺たちは一晩明かすことにした。
流石に夜の闇の中で帰るのは危険だ。ましてや森の中なのだ。
ここまで来て不意を突かれて死んでしまいましたでは笑えない。
木々が少なく空がよく見えるこの場所で焚き火を囲んで俺達は座っていた。
少々狭いが背もたれになる木もあったため寄りかかるように
…こんな所でも火を見ると妙に落ち着く。
それと同時に自分は変わらず「火の無い灰」なんだと思い出させられる。
ふぅと息を吐いて、空を見上げる。空には二つの月が浮かんでいた。
まったく、俺の行く先々では何かしら良くないことが高確率で起こる気がする。運のなさはどうにかしたいが火防女がいないのでそれも出来ない。…まぁ無い物ねだりをしても仕方がない。
運など無くても生きていけるのだ。そういうことにしよう。
「あの…」
「ん?」
一人物思いに耽っていると女司祭が伏せ目がちに話しかけてきた。
「ご迷惑をお掛けしました…せっかく誘ってくださったのに余りお役に立てず…」
恐らくゴブリンが来てからのことを言っているのだろう。だがあればかりは仕方があるまい。自身にとってのトラウマが現れれば身が竦むのも無理はない。それだけ彼女の傷は深すぎる。
「気にするな。…と言っても難しいか。だがあれは予想外の出来事だったんだ。君が気負うことではないさ。酒場でも言っただろう?誰しも失敗はするものだし、苦手な物はある。…私にもあるしな」
そう言っては見るものの彼女の顔は優れない。まだ先程のゴブリン達との遭遇が響いているのかもしれない。どうにか紛らわせられないものか…まったく我ながら気遣いの出来ない奴だ。
「いい機会だし君には話そうか。俺は犬が苦手でな、今でも犬を見ると咄嗟に身構えてしまうことがある」
唐突に暴露された俺のトラウマに目を丸くする女司祭。
なんとか気を逸らせたか。
「え…?犬…動物の犬…ですか?」
「ああ。特に複数匹いるときは尚更だ。街中で見かけたときは武器に手が伸び掛けたときすらあったな」
過去に亡者と化した犬や雪原の狼に群がられて死んだことが何度もあったからか犬や狼といった連中は今でも苦手意識がある。
街中で他所の飼犬がこちらに無垢な瞳を向けてきたときも勢い余って武器を抜きそうになった。
…あの時は本当に危なかった。もしあそこで武器を抜いて切り捨てていたらトチ狂った犯罪者認定だったろう。
「ふふっ…意外と思いがけない物が苦手なのですね」
「まぁ昔に痛い目に遭っているからな。だから君も余り深く考えない方がいい。忘れることが出来なくとも和らげることは出来るだろう」
彼女もまだ吹っ切ることは出来ていないようだが幾分か表情は明るさを取り戻したようだ。
「そういえば洞窟で俺の居た場所の話を聞きたいと言っていたな。何処から話したものか…」
「いいのですか?無理にとは申しませんが…」
「構わんさ…少し長くなるが、そうだな…あの地で俺が一番印象に残った一番の愚か者の話をしよう。使命を果たそうとして全てを捨てた愚かな騎士の話だ」
真剣な表情の彼女にゆっくりと話しだす。
―その騎士はどこにでもいる平凡な一人の人間だった。
その身に多くの者達が帯びた使命を同じく負っている以外は。
その使命こそが彼の人生を歪めた呪いであったのだ。
彼は使命を果たすことでこの呪いからも解放されると信じていた。
だから、周囲の先人達に導かれるまま、多くの人との出会いと別れを得て
使命を果たす為にまっすぐ進み続けた。その過程で多くの物を犠牲にしながら。
心を殺し、その騎士は最後に使命を果たした。
その途中には多くの苦難があったが、旅の先々で出会った人々に助けられ、
幾度となく窮地に陥りながらも乗り越えた。
そして最後に使命を果たした時に…彼は知ったのだ。
この「
時代を延命させる為に英雄とするのだと。
使命は果たされた、しかし呪いは消えず、世界は同じことを延々と繰り返した。
その騎士は絶望した。世界は元より悲劇だったのだと。
そうしてその騎士は失意のなか再び終わりの見えない旅へ身を投じたという―
「…まぁこんなところか。細々としたところまで語ると一晩では語れないからな」
「…悲しい、お話ですね。信じていたものに裏切られ、時代の礎にされて…」
「ああ…まったく救いようのない話さ。だが、だからこそ今の『俺』がいる」
「いったいどういう…?」
「『彼』は使命の果てに『英雄』として祭り上げられた。使命を果たした偉大な先人として。だが俺が同じ立場ならそんなのはゴメンだ。人々を救うために犠牲になったものが英雄などと…英雄だって所詮は人なのだ。そんな人一人に全てを押し付けて、他の奴が無責任にのうのうと生きるなどと…!」
ふつふつと自身の中に抑えていた感情が爆発しそうになるが、女司祭の手前既の所で抑える。
「…難しいですね。世界は英雄を求め。英雄は安息を求める。しかし世界は英雄に安息を与えない…」
「ああ。だからこそ――
俺は英雄になぞならないだろう。
そんな物になるくらいなら、顔も分からぬ誰かを助けるような聖人になるくらいなら…
大切な人ただ一人を守る畜生のほうが、何倍もマシだ。英雄など…碌なもんじゃない」
女司祭は終始真剣な表情で聞いていた。何も言わず、ただ静かに。
「長くなったな。…そろそろ休んだ方がいい。見張りは私がしておく。安心して眠るといい」
「はい。…あの、一つお願いを聞いていただけませんか」
「なんだ?私に出来ることならば聞こう」
「…傍にいてくださいませんか。どれ程振り払おうにも、怖いのです。あの小鬼達が今でもわたくしに手を伸ばしてくる悪夢を見るのです。
例え今だけでも…少しでもあの悪夢から遠ざかりたいのです」
―私に触れてください。虫が私を噛み苛むのです―
かつて自分に仕えてくれた盲目の聖女を思い出す。
彼女もこんな不安を抱えていたのかもしれない。
火防女にもなれずあの地で俺に仕えてくれた彼女を俺は救えたのだろうか?最もその答えは出ず、彼女とずっと共にいたであろう騎士にも話をする前に先立たれてしまったが…。
「…わかった。好きにするといい。肩を貸すか?」
「っはい。ありがとうございます」
女司祭が寄り添うように隣に座る。…近くで見るとどうしても火に照らされて薄らと浮かび上がる彼女の傷に目が行ってしまう。
「もう夜だ。早めに休んでおいたほうがいい。明日にはまた城塞都市に戻るのだからな」
「はい…では失礼しますね」
そう言って彼女は俺の左肩に頭を乗せると静かに寝息を立て始めた。
その横顔はまるでかの太陽の王女のようだった。
今でこそ穏やかに眠っているが、俺はこの後辺境の街まで戻らねばならない。
いつまでも彼女の側にいてやることは出来ないのだ。
何かしてやれないだろうか…自身の持ち物を軽く漁ってみる。
出てきたのは青ざめた舌に
…もうちょっと何かないだろうか。こう何か使えそうな物は…
ふと俺の目に一つの貴石が目に止まった。
薄らと夜の闇の中でも煌いていたそれは『祝福の貴石』だ。聖女のお守りとしても知られる、らしい。
生憎俺は余り使う機会がなかったが、こうして使う機会ができるとは。…まったく分からんものだ。
空を見上げる。木々がなくポッカリと空いたこの場所からは月がよく見えた。
疲労は残っているが不死人は最悪眠らずとも平気なのだ。
「細工はしたことないが…なるようになるか」
女司祭を起こさないように静かに道具を取り出す。
即席で使えそうなものがこれぐらいしかない。金槌では音がなってしまうしな。
まぁそこまで手の込んだ物にするわけでなし、始めるとしよう。
~~~
…結局朝までかかってしまった。
素人が無駄に手の込んだ物にしようとするとこうなるという訳だ。
最初こそ軽く細工をすればいいと思っていたが、やっていくうちに妙に楽しくなってしまい、形を整えたりだなんだで朝まで作業をしてしまった。
その過程でいくつかの貴石がダメになったが言うまい。元より無用の長物だ。
手元には祝福の貴石の無駄な部分を削り落とし、縦に長い綺麗な菱形になっている。
その真ん中には今は無き暗月の剣の模様を彫ってある。
本物と比べると角の強いバリのある形になってしまったが今の俺にはこれが限界だろう。
あとは首から下げられるよう穴を開けて手元にある革紐で結んで完成だ。
辺りには削られた石の破片が散らばっている。…我ながらのめり込んだものだ。
「んっ…」
「起きたか。昨夜は良く眠れたようだな」
「あっ…はい。おはようございます」
薄らと頬に赤みがさし顔色も昨日より良くなっている。まぁ隣で魘されている様子もなかったし悪夢も見ずに済んだのだろう。
「…?あの、何かしていらしたんですか?」
「ああ、これを作っていた」
そう言ってつい先ほど出来上がったペンダントを彼女に渡す。
「あの、これは…?」
「『お守り』だ。俺が旅していた場所では聖女のお守りとして使われていた石を加工したものだ。細工の心得もない素人が作った物だがな。彫ってある模様は大昔にいたとされる暗い月の神の物だ。今後君を悪夢から守ってくれるようにと、俺からの小さな贈り物だ」
キョトンとした表情でペンダントと俺とを交互にみる女司祭。…やはり迷惑だっただろうか。
「もちろん要らなければ捨ててくれて構わん。所詮素人の稚作だ」
「いえ…!そんなことはいたしません!…大事にします」
最後のほうは小さくなって上手く聞き取れなかったが、悪いことは言っていないだろう。
…これが少しでも彼女の助けになるといいのだが。
「そうか。…手間暇掛けた甲斐はあったようでなによりだ」
「早速付けてみてもよろしいでしょうか?」
「ああ、君によく似合うだろうさ」
俺の言葉を皮切りに首にペンダント掛ける女司祭。…微かに光る小さな物だが、それゆえに主張しすぎることなく彼女によく似合っていた。
「どう、でしょうか」
「ああ、似合っている。…とてもな」
「そうですか…ふふっありがとうございます」
そう言って柔らかな笑みを浮かべる彼女はさながら美しい絵画のようでもあった。
客観的に見ても綺麗だと思う。…今思うと他の人間にこんな感想を抱いたのは始めてではないだろうか?昔の俺も他の人たちにこんな感想は抱かなかった気がする。
「そろそろ行こう。城塞都市に戻って報告をしたらそこでお別れだ」
「あっ……そうですね……行きましょう」
先ほどと打って変わって急に暗い表情になる。…だが俺は迷宮に挑むつもりはないし、そんなことをしている間に辺境の街の周囲で村がいつ滅ぼされるか分からない。
俺は自身の手の届く命を救いたい。それで例え世界を救えずとも…
~~~
城塞都市に戻った俺達はその足で城塞都市のギルドへ報告。
二人で報酬を分け合って、今は酒場で食事を取っていた。
すぐに帰ることもないだろうと言うことで今は二人で食事を取っている。
五人用の席に二人となってしまっているが、空いている席がここしかなかった。
やはり昼間だけあってどこもかしこも迷宮に挑む冒険者達で溢れかえっている。
周りは賑やかだが俺達の周りは静かだ。
と言うのもあれから会話が続いていない。
…だが仕方がないのだ。俺の居場所はここではないのだから。
どのくらい無言の状態が続いただろうか。
俺達の席に声が掛かった。
「随分と静かな席やなぁ、自分らも一緒してええか?他に席が空いてへんくてな」
そこには三人の冒険者らしき人物がいた。
一人は羽織を来て腰に刀を帯刀し、笠をかぶった
それの後ろには豊満な胸を揺らし、やや幼さが残る顔立ちを残した
そして俺達に声をかけてきた、浅黒い肌に後ろ側へ跳ねた髪型をした
頬の辺りまで伸びかけている白い髭が浅黒い肌に映えている。
「ああ、構わない。これ程まで混雑しているのだから仕方ないさ」
「お、
「ああ」
「もう、この弟は…」
「イトコだ」
半森人に促されるように後ろの二人も座る。彼等は
「ワイらはこれから迷宮に挑むもんでな。一緒に迷宮に潜る仲間を探しとるんや。兄さんらも迷宮に挑むクチか?」
「…いや、私は違う。辺境の街で活動していたがここの冒険者達が迷宮にかまけて捌けられなくなった依頼が回されてここに来た、というわけだ」
「ん?そうなんか。見た目や雰囲気からしてバリッバリ迷宮に挑んどるモンやと思ったんに…」
「期待に応えられずにすまない。私はもう辺境の街へ戻らなければいけないからな」
「そか…そこの嬢ちゃんも同じか?」
「いえ…私は…」
「彼女は違う。私がまだここでの活動が少なかったからな。一時的な一党として協力してもらっていた」
女司祭が何か言いたげに此方を見る。視線を向けるがすぐに顔を伏せてしまった。
「つまり嬢ちゃんは今フリーっちゅうことかいな?」
「そうだな」「…はい」
「それなら」
笠をかぶった青年が声を上げる。
「我々の仲間になってはもらえないだろうか」
「経験者なら尚更、ですね。私からも是非お願いしたいのですが」
女司祭が俺の方へと視線を向ける。その目には不安が入り混じっていた。
思った以上に彼女との距離は縮まってしまったようだ。だがそれが原因で前に進めなくなっては本末転倒だ。
「私のことを気にする必要はない。…君は何の為に冒険者になった?」
「!それは…」
「『世界を平和にする』のだろう?ならば辺境の一冒険者などにこれ以上付き合う必要はないはずだ。…元々この依頼限りの一党だったのだから」
少々突き放すような言い方になってしまったが、これも彼女の為だ。
そうでなければ彼女は前に進めない。
「意地悪な方ですね。…本当に」
そう言って寂しそうに彼女は笑った。彼女は三人に向き直ると以前見せた凛とした表情になり、
「わたくしでよろしければ、よろしくお願いします」
「決まりだな。…そうだ。貴公らにこれを」
そう言って俺は
「これは?」
「私が旅をしていた中で特に重宝したものをまとめた物だ。貴公らの迷宮探索に役立つだろうさ」
「何が入っとるんや?どれどれ…」
「ここでは出さない方がいい。中身の使い道は…彼女に聞いてくれ」
「見たところ…
「ああ、自分達で使ってよし、何処かに売り払って資金にするもよし。使い方は貴公達しだいだ」
そう言って席を立ち出ていこうとする。
「…助かる。もう行くのか?」
「ああ。余り長居してもいられないからな」
「ん、そか。兄さんみたいな人がおってくれたら助かったんやけどなぁ」
「その品が代わりみたいな物だ。先達からの餞別だよ。それに私より優秀な冒険者なぞいくらでもいるさ」
「では遠慮なく使わせて貰いますね。ありがとうございます」
只人の女性の言葉を最後に酒場を出て行く。
その背を女司祭は暫く見つめていた。
~~~
酒場から出て行く彼の背をじっと見つめていた。
見えなくなるまでずっと。わたくしの悪夢を払ってくれた「彼」。
その大きな背を見えなくなるまで見ていた。
「………」
「良かったのですか?」
「え?」
「言い残したことがあるって顔しとるで。嬢ちゃん」
「ですが…」
「次がいつあるかは分からない。行ってきたらどうだ?」
「次…」
「冒険者は常に死と隣り合わせ。次にいつ会えるかなんて誰にも分からない…」
「せやな。言えるうちに言うとくんも大事やと思うで?」
次に会うときに彼が生きているとは限らない。
彼の腕ならばそんじょそこらの相手に遅れを取るとは思えないが…
冒険には何があるが分からない。それは昨日の「彼」との冒険が証明していた。
気づいたときには「彼」から貰ったペンダントを握りしめて彼の後ろを追いかけていた。
~~~
「あ、あの!」
酒場から出た彼の背に女司祭の声が掛けられる。走って追いかけてきたのだろうか、息が少し上がっていた。
「…どうした?」
「彼」は背を向けたまま顔だけを向けて返事をする。
何を言おうか。伝えたいことがここに来て出てこない。
暫く沈黙が二人の間を支配する。
少しして女司祭が口を開いた。
「…また、会えるでしょうか?」
すごく簡単な、それでいてとても大事な言葉。
その問に対し、「彼」は。
「ああ、―――――会えるさ」
確かな確信を感じさせる声音で、ハッキリと答えた。
「そうですか。…では、また―」
――お会いしましょう。
――また会おう。
女司祭は柔らかな笑みを浮かべ、
「彼」はそんな彼女の顔を見て、
今度こそ背を向けて立ち去った。
―いつか「彼」の隣に立てるように。
たった一度の短い冒険ではあったけれど。
二人の間には既に十分すぎる絆が結ばれていた。
女司祭は新たな仲間と共に。
「彼」は自らの手で救える命を救いに。
二人の戦いの場は別々であれど、この空の下にいるならば、いつかきっと巡り合うだろう。
それが分かっただけで…十分だった。
悪夢に苛まれた「彼女」は小さな救いを得た。
しかしその小さな救いは彼女に取っては大きな支えとなったのだ。
これが「彼」と後に人の中より生まれし英雄「剣の乙女」との出会いだった。
「不死の革袋」
長い旅をしていた「彼」が
旅の助けになるであろう品を入れたもの。
使用により複数のアイテムへと変わる。
貴重な道具とはいえ使わずに命を落とすのは
愚か者の所業である。
どんな形であれ自らの糧にして生き残る。
「彼」はそんな事を伝えたかったのだろうか。
『暗き月の御守り』
「彼」の手から至高神の女司祭に贈られた
異国で採れる貴石を加工して作られた稚拙な御守り
荒削りな見た目や彫刻の出来映えからも
細工の心得も技術もない素人の手による物と分かる。
既にこの世界に暗き月はなく、
この御守りが本来の役割を果たすことはないが、
その微かな光は悪夢を払っただろう。
それは身も心も一度穢された「彼女」の小さな寄る辺となったのだ。
待たせてしまった上になげぇ。
途中で区切るのもどうかなと思い纏めてみたら一万文字超えてしまいました。
書きたいこと書いてると文字数がすごく増える。┐(´д`)┌ヤレヤレダゼ
色々おかしいところあるかもだけどそこはいつものってことで…
感想・評価をしてくださる方々ありがとうございますm(_ _)m