―祝杯の後は、そうと相場が決まっているからな。
出会いとは経てして変なところにあるものだ。
それが悪人であれ、善人であれ…
辺境の街から遠く、都に近い場所で咆哮が響く。
都に比較的近い場所にある湖のほとりにてそこに一人の冒険者と一体の怪物が対峙していた。
片や軽量化の為に削られた兜や手甲を身に付け、隠密性を損なわずに防御力を確保した黒い外套を纏った革鎧を身につけている。その手に持つ武器は巨大な敵を相手取るためか、黒ずんだ大剣を手にしている。見ればその首にぶら下がる銀の認識票が彼を歴戦の冒険者であることを表していた。
「辺境の放浪騎士」
西にある辺境の街で新人以外でもはやその名前を知らない人間はいないだろう。
古今東西、依頼があれば東西南北あらゆる場所へ渡り歩く様から彼はそう呼ばれていた。
遠い異邦の国より来たという彼は今から五年程前に冒険者になり、以来あらゆる依頼を請け負う辺境の街でも飛び抜けた実績を持つ冒険者となっていた。
そんな彼と対峙しているのは雄獅子の頭を持ち四つの足で地に立っており、その背中からは一対の巨大な翼を生やしていてその背中からは山羊の頭が生えている。極めつけにそこに蛇の尾を持ったその怪物は俗に言う『キマイラ』だった。
「チッ…!本当にっ、この手の怪物は骨が折れる…!」
放浪の騎士は誰に言うでもなく悪態を
キマイラの豪腕による攻撃をすり抜けて硬い皮膚を切りつけてはいるが、神話にも名高い生物の為か未だに倒れず戦闘を続行している。
尾から放たれる毒の
彼がこの怪物を前にして死んでいないのは偏に「長い時を経て得た経験」によるものだった。
獅子の頭が咆哮をし、豪腕を振り上げ叩きつける。彼はそれを側転によって回避し、隙を晒した獅子の頭部へ向けて、袈裟気味に思い切り剣を振り抜いた。
踏ん張りを効かせて振り抜かれた大剣による一撃は、キマイラの獅子頭の片目を奪った。鮮血が飛び散り彼も返り血を浴び、付近の大地が赤黒く染まる。
―Guooooooooooo!!
片目を失い痛みにキマイラが絶叫する。隻眼となりながらもその目に宿る殺意は一向に衰えておらず、即座に体勢を立て直し、もう片方の腕を振り抜いて彼を吹き飛ばした。
「ぐッお…!」
大木に叩きつけられ肺の空気を吐き出してしまうが、隙を晒せば命取りになる戦いの場で、彼は即座に起き上がって体勢を立て直し、迫り来るキマイラを見据える。それと同時に周囲に散らばっている冒険者であっただろう肉塊に目がいった。
元々は行方を眩ませた冒険者の捜索依頼だったのだが、それが今ではいくら銀等級でも単独で受けるべきではない怪物退治に発展している。冒険に不測の事態は付き物とはいえこういった事はもう幾度となく経験したこと。
彼は兜の奥でふっ、と笑うと剣を担ぎ直して
~~~
昼にはまだ少し早い時間、ギルドは今日も今日とて冒険者で賑わっていた。肌寒い季節を終えて暖かくなりだしたこの時期は新しい冒険者も多く、ギルドとしても最も忙しくなる時期の一つと言えるだろう。ギルドの職員がずっと窓口と書類棚や金庫を行ったり来たりで忙しない。
そんなギルドの一角にて四人の冒険者が談笑していた。
「がっはっはっはっは!一冒険した後の祝杯はいいものだ!貴公らも飲まんか!」
「私はいいわ。というかなんで依頼の帰りとはいえ真っ昼間からお酒なんて飲めるのよ…」
「飲むな、とは言わないけど程々にね。これからまた依頼を受けるんだろう?」
「っへ、まぁ旦那と同じで、おっさんもこれしきじゃ飲んだうちに入んねぇさ。いつものことだろ?」
昼間から酒などを飲んで談笑するなど冒険者としてどうなのかと思われるがそれも約一名を除いた彼等の首から下がる銀の認識票がその余裕を確固たるものとしていた。
一人は鼻のしたに髭を生やし、赤みがかかった茶色の髪を逆立てた髪型をしている
一人は金色の髪を背中のあたりまで伸ばし、全身の露出をこれでもかと抑えた
一人は小さな体躯に、端麗な容姿。野伏と同じく金色の髪。青い瞳は青空のように澄んでおり、幼さを残しながらもどこか大人びた雰囲気を晒し出している。ここまで聞けば只人の少年のように聞こえるが、森人ではないにしろ尖った耳、そして彼の生きた年月は只人のそれでない。そんな彼は
最後の一人は男騎士と同じくして、只人の男だが、その頭はまるで修行僧の如き坊主頭で目つきは悪く、ならず者と言われても遜色ない鋭さを放っており、黒い革鎧を全身に着込んでいる。全身にぴったりと合っているその革鎧は隠密性を高めながらも最大限の防御力を発揮できるように作られている。周囲が銀等級であるため目立っていないが彼だけは
彼が今尚鋼鉄級なのは彼が冒険者となる前の生い立ちの話になるのだがそれはまた別のお話。彼は一党の中で斥候と軽戦士を兼ねていた。
「まったく…貴方もいい加減少しは態度を改めなさいよ。この前も昇級審査ダメだったんでしょ?」
「いいんだよ。上辺しか見ねぇ連中が何考えてるかなんて知りたくもないね。言っとくが嘘言ったりはしてねぇからな」
「…だったら何が悪いんだろうね?僕の目から見ても君は口調こそ荒いところがあるけど悪人でないことは理解してるつもりだけど」
「さーてね。大方俺が冒険者登録の時に賊紛いの生き方をしてたって言ったからかもな。
「うーむ…しかし貴公ももう冒険者としては長いだろう。既に冒険者としては
森人野伏が呆れながら、圃人軽戦士が疑問に思いながら、男騎士が顎に手を当てながら考え込むように言った。
「…別にいいだろ、俺のこたぁよ。昇級審査に呼ばれるっつうことは経験点は溜まってんだろ。あとは然るべき時に上がっていくさ。…まぁいつまでもこれじゃ旦那に顔向けできねぇのは確かだけどよ」
「だったら…」
「おっと、それ以上はいけねぇぜ?俺達の決まり文句を忘れたのか?旦那が言ってた言葉を忘れたなんて言わねぇよな?」
「忘れるわけないでしょ。…分かったわ。このことに関してはもうやめにしましょう。私も貴方の性格はある程度理解してるつもりだしね」
「そういえば彼は…まだ戻ってないみたいだね。彼の実力なら僕たちよりも早く戻ってきていても良さそうだけど…」
「うーむ…私の予想ではまた予想外の事態に巻き込まれているのではないだろうか!いやはや、これは話を聞く楽しみができたかもしれんぞ!」
「嬉しそうに言うことじゃないでしょ…まったくもう…」
男騎士が心配いらんとばかりに笑っている中、森人野伏は、はぁとため息を吐いた。最も彼女も『彼』の実力は知っているし、信頼もしている。少なくとも『彼』と共に過去に強大な悪魔と戦ったことのある彼女は尚更だった。
しかしそれでも冒険者は昨日話していた人が明日には帰らぬ人になる可能性がある。そう思うと気が気がではならないのだが、『彼』は依頼を受ける数が他の冒険者達と比べても圧倒的に多い。どうやったらあれだけの依頼を受けて平然としていられるのか、彼は何件もの依頼を単独でこなしていた。ここにいる全員が彼と出会い集められ組んだ一党ではあるものの全員が揃って依頼に臨んだ回数は未だに数えられる程度しかなかった。
その肝心の彼からも「私は単独の方がやりやすいし、何より余り物の依頼に貴公らを付き合わせるわけにはいかんよ」などと言われてしまっては引き下がるを得なかった。
そういう事じゃないんだけどなぁ…。
誰に言うでもなく一人憂いを帯びた表情で物思いに耽る。
その表情を他の人物が見れば多くの人が見惚れたであろうが、ここにいる人物は全員が揶揄うような笑みを浮かべていた。
「おいおい姐さん。まーたお惚気顔になってるぜ?」
「へ?あっいや違っ…!」
はっとして気づくが既に遅く皆が皆生暖かい目をしていた。
「『彼』の事が心配なのは分かるけど、そう心配する必要はないんじゃないかな。付き合いは君が一番長いはずだしね」
「うーむ…これも若さか。いや森人の貴公と比べたら私達の方が若いのか…うーむ…」
男騎士は半ば場違いな事を言っているが森人野伏の耳にはその言葉は入ってこなかった。
「おいおい、何言ってんだ。確か姐さんは今年で―あだっ!?」
パコーンという小気味いい音と同時に男斥候がひっくり返る。宙に舞った空のジョッキを森人野伏が投げたのだと気づいたのは男斥候が倒れた後だった。
「それ以上言ったら、次は蹴り飛ばすわよ…」
「「………」」
圃人軽戦士と男騎士は無言で我関せずを通した。今何か言えばとばっちりを受けそうであった為に。賢い選択である。
「いでで…事実だろうに…」
そう言いながらも起き上がる男斥候をよそに赤くなった顔を誤魔化すように果実水を飲む森人野伏。そんな彼女を見て彼等の視線がまた生暖かくなったのは言うまでもない。
「やれやれ…これじゃ彼も苦労するね…っと噂をすれば、戻ってきたみたいだよ?」
圃人軽戦士がジョッキを片手に顎でギルドの入口を指し示す。そこには件の『彼』の姿があった。
軽量化の為に削れた鉄の兜や手甲。そして軽量でありがなら隠密性を損なわずに防御力を確保した革鎧。鎧の一部が壊れているのは何かと戦ってきた後だからか、一部は落としきれていない返り血が残っていた。
彼の姿を見て表情を明るくし、手招きをする森人野伏を見て、圃人軽戦士は何度目か分からない苦笑いを浮かべた。
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「(この時期はいつも騒がしいな…)」
依頼を終えて、ギルドに報告しにきたのだが寒さを乗り越えた先のこの季節はいつも騒々しいと思う。まぁ新人達が増える時期でもあるし、ギルドもその対応で大忙しだ。自然と騒がしくなるものか。そう言って俺はギルドの窓口へ報告へ行こうとして、自分を呼び止める声に気がついた。
声のする方を見れば森人野伏が机から立ち上がり手招きをしている。周囲には俺がこの五年間で出会った仲間達が集っていた。今はギルドの受付も忙しそうなので彼女達の元へ向かう。
「おお!貴公!無事だったか! 今回は確か都の方まで行っていたのだったか?」
「ああ。この
「…その様子だとやっぱり何かあったんだね。今回は何があったんだい?」
「行方不明になったであろう場所にキマイラがいたよ。周囲に喰い散らかされた肉塊に認識票があったことからそいつが犯人だろうさ」
「キマイラって…金等級の討伐対象じゃない!都の冒険者は何をやっているのよ!?」
俺が相手にした相手が等級以上の怪物だと知って立ち上がる森人野伏。彼女にしては珍しいな。ここまで露骨に感情を出すとは。
「落ち着けって姐さん。で、旦那。そのキマイラはどうしたんだ?」
「勿論その場で殺したよ。それぞれの三つの頭を全て切り落とした上で向こうにも確認は取らせた。それに行方を眩ませたのは鋼鉄級の冒険者だったんだ。第八位の冒険者の捜索に金等級を動かすわけにも行くまい。…全くつくづく自分の不運を呪いたくなるよ」
「はははっ…でも流石だね。生きて戻るだけじゃなくて返り討ちにするなんて」
「うむ!うむ!これは貴公の武勇に祝杯をあげねばなるまい!ほれ貴公も飲まんか!」
そう言ってエールで満たされたジョッキを渡してくる男騎士に俺は兜の下で苦笑いをして返した。こうした陽気な所はかつて俺を友と呼んでくれた玉葱鎧の騎士にそっくりだ。
「これから報告に行くのに酒の匂いを撒き散らすわけにもいかんよ。気持ちは有り難く受け取るがそれはまたの機会にな」
「ううむ…そうか…残念だ…」
いくら酔わないと言っても真っ昼間から酒を飲みまくるような人間になったつもりはない。彼に悪気がないのも理解はしているのだが。
「ったく…おっさんもいい加減分かるだろ…祝杯あげんなら全員がもう休むだけの夜頃だって相場が決まってるだろうが…」
そう言って呆れながらも場を取り持つ男斥候。彼と出会ったときに崖から蹴落とされそうだと思った過去の自分を殴りたい。…いや、もしかしたら過去に似たような事はしているのかもしれないが。
そうこう話合っているうちに受付を見るといい具合に空いてきていた。そろそろか。
「では私は、報告と所用を済ませてくるとしよう。貴公らはまだここにいるのだろう?」
「うん。僕らは少し前に戻ってきてたからね。午後になって受けられそうな依頼があったら受けようかって話はしていたよ」
「そうか。ならまた後で合流して俺も依頼を受けるとしようか」
「ちゃんと汚れは落としなさい?そんな血腥い格好じゃ周りに迷惑がかかるわよ?」
「分かっている。装備には予備がある。修理の間は予備の方にちゃんと着替えておくさ」
そう言って俺の鎧を指さしながら注意をする森人野伏を尻目に俺はギルドの窓口へ向かった。
後ろからまた後でねーと聞こえる野伏の声を聞きながら。
…直後に男斥候の悲鳴が聞こえたような気がしたが気のせいだろう。
幕間にもあるけど一まとめにすると話めっさ長びいたので分割。
「彼」にできた新しい仲間。何?誰かに似ている気がするがきっと気のせい。多分。
ほら良くいるでしょ。めっちゃ似てるけど別人みたいな人。え?いない?あ、そう…