化け物共はソウルを喰らう。だがそれは俺達とて同じ事。
俺達はあの地で目覚めた時点で、既に人ではなかったのだ。
鉱山の入口に多くの冒険者が集う。その数はざっと見渡すだけでも四、五十人は超えるであろう人数が集まっていた。単純に一つの
そんな中で一人の冒険者が気を吐き全体によく聞こえるように声を上げる。
「よーし、良いか!敵は鉱山の奥底にいる!故に、坑道の四方から攻め立て、追い込むぞ!」
銅等級の冒険者が全体のまとめ役として采配を振るっている。三日月のような髭をピンと整えて、腰には突剣を提げピカピカの鎧を着ているあたりまるでどこぞの貴族か何かのような風体をしていた。何も知らぬ者が見れば道楽貴族が冒険者の真似事をしているようにも見えるだろうが、ギルドの等級は金でも権力でも手に入らない。純粋にそれはこの冒険者がギルドに認められた証なのだ。
「はっ、随分と小奇麗な銅等級様だこって」
そんな中で一人の白磁の冒険者が一人ボヤいた。
「大方、都で
先遣隊に分けられた槍使いである。彼自身はこれが初仕事ではないが、周りには格好が付くからと初仕事がこの依頼である冒険者も多い。今回の
「…こんなんで怪物退治なんて出来んのかね。ブロブがいんだろ?せめて油樽の一つや二つくらい…」
「馬鹿野郎、こんな狭いとこでこの人数で火なんて使ってみろ。大惨事だぞ」
槍使いの肩を叩いたのは大剣を肩に担いだ重戦士だ。
「それに依頼人は鉱山の持ち主だからな。下手に焼け焦げさせられたらたまらねぇんだよ」
「だからって、こうもぞろぞろ雁首揃えて行くもんかねぇ」
「一人二人の探索とかじゃねぇんだ。周り見とけよ?他の誰かが助けてくれるかもしれん」
「流石に
「茶化すなよ。ったく…」
そうして重戦士は自身の一党の元へと戻っていく。
そんな光景を見ている一党がいた。
「…やっぱ旦那も連れて来た方が良かったんじゃねぇか?幾ら何でも
「仕方ないわよ。丁度入れ違いになっちゃったみたいだし…というか彼がきたら私達全員必要なくなるわよ」
「あはは…ホントに何で僕らと同じ等級なんだろうね。彼ならとっくに昇級して都の方で活躍しててもおかしくないはずなのに」
「まぁ人には人の事情や信念があるというもの。そこに我らが詮索するのは野暮というものだ。今は目の前の脅威を打ち払い、生き延びる事を考えようではないか!」
彼のぼやきに森人野伏、圃人軽戦士、男騎士が各々の装備を整えながらも返す。彼らは今現在まとめ役を担っている冒険者よりも上の銀等級だが、バレぬようにひっそりと端の方で待機していた。約一名は鋼鉄級だが、その当人も等級以上の場数を踏んでいる冒険者だ。色々と理由を並べることはできるだろうが、ようはまとめ役が性に合わないので投げたのだ。よく言えば適材適所。悪く言えば面倒なのである。
「…おっさんが真面目な事言ってやがる…」
「なんだ貴公。私はいつも真面目だぞ!」
「ほーらっ変な言い合いしないの」
「まぁまぁ、緊張をほぐすためには丁度いいと思うよ。…さて」
圃人軽戦士が
「こんだけいる中で何人が生きて帰れるかねっと…」
男斥候が同じく安物の兜をかぶりながらも呆れつつボヤく。果たしてここにいる新人達はどれだけが生き残れるだろうか?
「…クックックッ。阿呆共がどれだけ生き残れるかな…?」
「ん…?」
男斥候が兜をかぶり終えて、唐突に冒険者達の人ごみの中へと視線を向ける。
「どうしたのよ?急に人混みを眺めだして」
「…いや。今、なんつーか…」
「どうしたんだい?随分と歯切れが悪いけど」
森人野伏と圃人軽戦士が不思議そうに、男斥候を見やる。
男斥候はガヤガヤと話し合う冒険者達を鋭い双眸で見渡すが、違和感の正体は見当たらない。
「いや、なんでもねぇわ。…気のせいだといいんだがな」
「おーい!貴公ら!そろそろ出陣だ!一番槍を私が取ってしまうぞー!」
「おっさんは呑気で良いな…ったく…」
ひとまず感じた違和感を頭から振り払って男斥候は一党の元へと歩いていく。
違和感の正体は忽然と姿を消していた。だがこの時彼が感じた違和感をどう説明すれば分かっただろうか?
『とても、人間らしい』などと。
~~~
「ちっ…今回も手掛かり無しか…」
倒れ伏した『牛頭のデーモン』を一瞥して俺は誰に言うでもなく呟いた。同じだ。以前…5年前に初めて見かけたアイツ等と同じ。ソウルを持たないデーモン達だ。山羊や牛は分かる。こいつらは無数に
分からないのは
「…まぁこればかりは焦っても仕方が無い、か」
血を払って黒騎士の剣をソウルへと蔵う。今頃一党の仲間達は何をしているのだろう。鉱山の方にでも行っているのだろうか?そういえば
俺も行っても良かったのだが大規模な
俺が奴と戦う場合、音で釣って外殻を貫けるだけの火力を叩き込む。早い話が魔術を用いたゴリ押しである。戦術も何もあったものではない。
しかしこうも当てのない探し物となると…
ふと唐突に思い出したが、あの
彼女が目指す世界の外へ至る存在の事を聞いた時にはそれは大層驚いた物だが、俺が似たような存在であることは伏せている。彼女とは互いに当てのない探し物をしているという者同士で何度か依頼を請けた事があり俺の使う魔術や呪術に興味を示して何度も質問をされては俺がはぐらかすことを繰り返していたな。
…たまには彼女の所に顔を出してみようか。ここ最近会っていないが彼女のような変わり者はそう簡単には死にはしないだろう。いくつか依頼先で回収した物の中に彼女が求める物があるかもしれない。それを手土産にすればいいだろう。
「…はぁ、いっそ
…いや、やめよう。行き過ぎた探究心は狂気を産む。彼女なら飲まれる事はなさそうだが、物事に絶対はない。
かの
異なる世界の異物を広め、世界のバランスを崩そう物なら
ともかく、仕事は終わった。早々に帰って次に向かうとしよう。
やはり俺は剣を振る事しか出来んらしい。情けないものだ。
~~~
村の中央から聞こえる賑やかな祭りの喧騒から遠ざかるように彼は荷物を抱え歩いていた。
只一人、誰といるわけでもなく祭りの音から遠ざかっていく。抱えた荷物は本来なら彼にとっては大した苦も無く運べる物であったが今の彼にとってはまるで鉛のように重かった。心地よいはずの日差しは焼けるように感じ、一歩踏み出すだけでも酷く倦怠感が襲ってくる。
一歩ずつ、一歩ずつ、それでも彼は進んだ。立ち止まっていれば変わらないが、進めば最後にはたどり着くのだ。
喧騒が聞こえなくなってから、少しして彼は自分の居場所に気づく。いつの間にか目的の場所についていた。
どかっと地面に荷物を下ろす。それは両端を削り尖らせた防御柵だ。これを村の周囲に打ち込んで、村を囲う。村に来るゴブリン達がどのくらいの数かは分からない。だが事前に集めた情報では数が多いとのことだ。…少なめに見積もっても二十。多ければ三十以上はいるだろう。
「……」
彼は考える。柵を作ったとて急造だ。いくら侵入路を限定しても抜かれて村に被害が出たら終わりだ。自分ではそこまで手は回らない。自身が御伽噺に出るような英雄ではない事を彼は自覚していた。更に言えばお世辞にも自らの
だが彼にとっては何よりも今は
「…ッむ…」
考えながらも柵を作る作業は止めない。杭を打ち込み、紐で固定し、杭を取りに戻りまた打ち込んでいく…
柵を打ち込みながらゴブリンからどうやって村を守るかを考えていると、後ろから声が掛けられた。
「あっいたいた!」
この村にたどり着いたときに最初に出会った長い黒髪の少女だった。大きさの合わないサンダルを引きずってパタパタと駆け寄ってくる。
彼はその声に答えない。顔を僅かに少女の方へ向けるとすぐに自分の作業へと戻った。
「ほらほら!こっちだよ~!」
呑気に誰かを呼ぶ声は彼に掛けられたものではない。また同じ子供達を呼んで自分の機械的な作業を見に来たのだろうか?
少女が手を振る先を見るが誰もいない。だが程なくして少女が呼んだであろう人物は音もなく現れた。
「そんなに急がずとも大丈夫だぞ…む、やはり貴公だったか」
「あんたは…確か…」
疲れで覚束無い思考をまとめて記憶を探る。青年は少し目の前の人物をみつめるとようやく思い出した。
「放浪、で構わんよ。依頼の帰りに立ち寄ってはみたんだが正解だったな。…貴公がいるという事はゴブリンが来るのだろう?」
「…ああ」
「ここに来るまでに大量の足跡を見つけた。数は三十はいるだろう。まさか貴公一人で相手をするつもりだったのか?」
「……」
青年は答えない。ゴブリンの相手をするのは自分だけでいい。奴等を殺す事が今の自分の生きる理由だから。彼はそう思ってふと何か大事な事を忘れているような気がした。大切な約束をしていた、ような…
「…まぁ確かにゴブリン退治はやる人間が少ないだろうがな。だからといって一人で全てをこなすことなど出来まいよ。…貴公、その調子だと碌に休息もとっていないのだろう?」
「問題ない」
やせ我慢であることなど分かっている。だが休んでいる暇などない。ゴブリンが襲撃してくる時間は近いのだ。例え疲労が溜まっていたとしても彼が手を緩める理由にはならなかった。
「…そうか。まぁ私も人の事を言えた身ではないから余り強くは言わんが時を見計らって休んでおけ。見張りはやっておく。隠密行動には心得があるからな」
「わかった」
「あ、騎士さん待ってよー!」
そうして彼は少女を連れて去っていった。
再び遠くに喧騒が聞こえるだけの空間が出来上がる。大きく深呼吸をして息をすると青年は再び木槌を手に作業を開始した。
~~~
「さて…」
俺は青年と別れて少女を子供達の仲間の中へ戻すと村の見張り台の上にやってきていた。青年が受けたのは村に来るであろうゴブリンの撃退。つまり襲撃があるということだ。彼にも言ったがここに来るまでの間に見つけた足跡の多さから三十はいるだろう。楽観的に考えて少なめに見ても二十は来るはずだ。
彼は問題ないと言っていたがそんなはずはないだろう。相対している状態で僅かだがフラつきが見えた。本人は表に出していないつもりのようだが疲れは如実に表れていた。
…彼は一人で戦っていたのだろうな。聞けば彼はゴブリン関連の依頼だけを受けているようだが一人で請け続けるのには限度があるはずだ。いくら奴等が弱いとはいえ数は多い上に暗闇から不意を突いてくることなぞザラだ。どんなに手慣れても神経は使うだろう。どれ程屈強な戦士でも不意を突かれて急所を狙われれば危険だ。如何に歴戦の猛者であろうと一瞬の油断で死ぬ事が当たり前の世界なのだから。
祭りで賑わう村を見張り台の上から見渡すように、グルリと視線を回す。今のところ件のゴブリンらしき者は見えない。さすがにまだ明るい状態では来るはずも…
「うんしょっと…あ、騎士さんここにいたんだね!」
先程別れて青年のところに一緒に赴いた少女が見張り台の上に登ってきていた。ついさっき友人と思わしき子供達と遊びにいったと思ったのだが。いや、それよりも…
「何故ここにいると分かった?誰かに聞いたのか?」
「んーとね…勘!ボクなんとなく騎士さんがここにいるって感じたんだよね」
…この少女は勘で俺の居場所を突き止めたのか。余程運がいいのか。あるいは…
しかし何をしに来たのだろうか。この少女は俺と違って姿が消せるわけでも一切の音を立てずに移動することもできまい。仲間同士で遊びに行ったはずが何故ここにいるのか。
「まったく…何をしにきたんだ?君のような少女が私に付き合う必要はないだろうに」
連中にバレると不味いのもあって少し突き放すように言うが少女は動く様子もなく顔をキラキラと輝せながらも床に座り込みこちらの顔を覗き込むようにして
「ボク、騎士さんのお話が聞きたいな!騎士さんいろんな所を旅してたんでしょ?騎士さんの旅してきた場所のお話とか聞きたいんだ!」
無垢な瞳で笑いながらそう言った。…困ったものだな。断った所で動く気配もなさそうだ。恐らくここに来たときの院長との会話を聞いていたのだろう。旅の騎士などと言ったのが良くなかったか。
「はぁ…分かった分かった。ただし、余り期待はしないでくれ。私が旅してきた場所は君が期待しているであろう冒険の話はできないぞ」
予め前置きとしてつまらん話だぞと少女に言うものの…
「やった!ボク一回冒険者の人のお話を聞きたかったんだよね」
えへへと笑い喜ぶ無邪気な少女を前に視線を合わせるべく自分も座り込む。誰かに自身の過去話をするのはこれで二度目か…祭りの喧騒に紛れて俺は自身の旅路を少女に語りだした。まぁ所々濁すところがあるだろうが幼い少女へ話すのならば仕方もなかろう。
少女への話は祭りが終わり、少女を探しに来た院長が来るまで続いた。
夜が来る。
~~~
ズルズルと何かを引きずる音が夜の森に静かに響く。
それは人の形をしていながら、異様な雰囲気を醸し出していた。
全身を覆う金属は騎士の鎧を思わせるものの酷く歪み汚れている。手に持った岩の塊にも見える特大の剣は刃が砕け潰れており、それはもう切る用途に使うことはできず敵を叩き潰す物へと変貌していた。極めつけに返り血に塗れたその姿を見ればこの騎士が戦いの後であることは一目瞭然だろう。
「………」
重い足取りで歩く騎士。流れ着き、己に染み付いた本能に従い、その身を血に染めた。
もはやそこに理性は無く、本能で動く獣へと化していた。その目は兜の内側に隠れ見えないが獲物を探すように血走っている。
「はっ…はっ…」
そしてそれは静かな夜の森だからか、わずかな息遣いですらもハッキリと聞こえた。
息遣いのする方へとゆらりと向かう騎士。草の根を掻き分けることもなくまっすぐに声のする方へと歩いていく。
「ひっ…!」
そこにいたのは恐怖の表情をした冒険者の男だった。認識票は見えないが身なりを見ればそれなりに腕の立つ冒険者だと一目で分かるだろう。
「くっ…来るな…来るなぁぁぁぁぁぁ!!」
恐慌し、地面に尻をつけたまま後退りする冒険者の男に騎士は無言で近づいていく。その手で引きずる物もあってか処刑人が断頭台に上がるかのようであった。
後退り、木にぶつかって後ろを振り返った男は目の前から迫り来る
足に何かが刺さった。
「!?」
チクりと何かが足に刺さった感触を感じて足を見る。右の足の裏側、ちょうど防具が身を守っていないところに小さなナイフが刺さっていた。
「くっ…くそ…!こんな、こんなもので…」
男はナイフを引き抜くが、その時異常が生じた。
ガクン、と身体から力が唐突に抜けたのだ。
何故?いったい何が?焦るなか疑問となるものを探すが原因はすぐに見つかった。手からこぼれ落ちたナイフを見ると刃に血とは別の液体が滴っている。
毒だった。
かの世界では何本も使用することで効果を発揮するものだったが、この世界では一つでも刺されば効果を発揮する。例え死に至らしめることは無くとも、標的の動きを鈍らせるくらいには。
男は四つん這いになり、地面を這いながらも尚逃げようとする。が―
すでに騎士はすぐそこまで来ていた。ズルり、ズルりと
「あ…あ…あああああ…!」
毒により逃げることも出来ず、立ち向かう事も出来ない男は絶望し、壊れた叫びを上げた。
それは「戦い」ではなく、もはや「狩り」だった。
騎士は男の前まで来ると、ゆらりと身体を揺らしながらその手に持った剣を男へと振り下ろし、男を無惨な肉塊へと変えた。
騎士はしゃがみこみ、男の肉塊へ剣を突き立て空いた左手でゴキりと何かを引き抜いた。
それは骨だった。人の身体にある椎骨。人体に多くあるなかでただ一つだけあるとされる物。
しかし、これは「枷」にはなりえない。それでも騎士は何食わぬように手馴れた手つきで骨を抜き取るとそれをしまった。
「………」
肉塊へと変わった男を一瞥すると、騎士は踵を返して歩き出した。
燻る火を、その身に再び宿す為に。
現実を甘く見てました。予想以上に忙しくって一ヶ月以上も投稿出来んとは…
合間合間に書いていって文章直してを繰り返してこんなに間が空いてしまいました。
そのせいでいつも以上に変な文章かもしれない。ゴメンナサイネ。