神の枷は、存外と脆いものなのじゃよ…
だからな、ほれ、贈り物じゃ。貴公がいつか狂うとき、これを心に刻むがよい
この場所で、犠牲を縁と積むがよい
…狂えばわかる。それが家族になっていくのじゃ
俺には終ぞあの犠牲を積み上げた意味は分からなかった。
それは俺が狂っていなかったからなのか。それとも…
「くっ…!」
ガギィンと巨大な剣が振り下ろされ、地面が抉れ瓦礫が飛び散るように破片が飛んだ。その威力は並みの怪物を一撃の元に葬るであろう凄まじさを放っていた。後ろへと下がるがそこへ間髪入れずに追撃が飛んでくる。
叩きつけた勢いからそのまま流れるように水平に薙ぎ払われる特大剣を上半身を後ろへ傾けて回避する。顔前を巨大な刃が通り肝が冷えるが、すぐに体勢を立て直して刀を突き出す。
「………」
鎧の隙間、首を狙うように放たれた突きは前のめりになりながら正面へ
(あれだけの重量物を持っていながら、この動きとは…!)
片手で尋常ではない重さの武器を持って飛び上がり、更にそこから振り回して
…あれだけの破壊力を出しているのなら間違いなく奴の
俺の戦い方とは余り相性が良くはない相手だ。純粋に殴り合えば間違いなく先に此方が地に伏すだろう。両手で持った特大の武器は
この時点で俺の択が一つ絞られているのが痛いがそれを理由に逃げることは出来ない。…元よりこういった連中は何人と相手してきたのだ。この程度で怖気付くわけにもいかない。
刀をしまって自身のソウルより細身の特大剣を取り出す。すらりとした綺麗な刀身。見た目こそ一般的な西洋の剣だがその刀身は並みの人間よりも大きい。
並々ならぬ筋力を要求される物が多い特大剣においてその剣は
両手でしっかりと構えて血塗れの騎士と相対する。その軽さから他の特大剣と比較すれば威力は少し控えめではあるが重量の軽さは身軽に動く事ができるという利点にもなりうる。
「…それでこそだ。
「生憎貴様のような奴は知り合いにいない」
「当前だ。お前と知り合った覚えはない」
地面に煙の特大剣を擦りながら踏み込んでくる。右下から左上へと放たれる逆袈裟の切り上げをアストラの大剣で受け止めつつ後ろへと流す。凄まじい威力に姿勢が崩れそうになるが無理矢理体勢を立て直して剣を振り返した。
ガギィン、という音と共に剣戟の音が夜の森に響く。無理矢理に振るった一撃は浅く、全身を隠すように構えられた奴の剣によって防がれていた。
…隙がない、とはまさにこの事だろう。軽々と振るっておきながらその威力は最高峰。しかも持久力が明らかに並外れている。
正直このまま戦い続ければ、いずれ集中が途切れた所に攻撃を貰って死ぬだろう。俺達に取って死は慣れたものだがここで死んで此奴を見失おうものならあの村が危険に晒される。見境なしに椎骨を引き抜くような奴だ。間違いなく全員を肉塊に変えるであろう事は想像に難くない。
(注意を逸らして…
こうしている間も奴は剣を荒れ狂う嵐の如き勢いで叩きつけ、薙ぎ払いを繰り出してくる。だがどんな奴にも必ず隙はある。そこに勝機はある。あとはそれを実行出来るタイミングが来るのを待つだけだ。
この戦いを見たものがいればまさに剛と柔の戦いと言うだろう。圧倒的な力で強引に叩き潰す血塗れの騎士と敵の攻撃を受け流し隙を見つけてはそこにどれほど小さくとも的確に一撃を入れていく。幾度も幾度もこれを繰り返していると血塗れの騎士が急に後ろへと飛び距離を取った。
「ぬん…!」
そしてその左手に小さな炎を出して、それを――
「させるか…!」
恐らくこれは奴が見せる最大の隙だろう。どんな物であれスペルの詠唱はリスクがありどちらにとっても明確な隙になる。俺は腰だめにアストラの大剣を構えて
(消えた…!?)
奴はその場に自身の得物を残して消えていた。
地面に突き刺さっている煙の特大剣を見る限り逃げた訳ではないのだろう。姿を見失った俺は奴を探そうとして―
背中を思い切り蹴り飛ばされた。
「が…はッ…!」
吹き飛ばされ地面を転げまわっている時にちらりと見えた先では体を捻って蹴りを放ったであろう姿勢の奴がいた。肺から空気を吐き出して吹き飛ばされる中俺は蹴りで良かったと場違いな事を考えていた。これが武器を用いた
恐らく奴は詠唱を終え俺の攻撃が当たるその僅かな瞬間に武器を手放して俺の背後に回り込んだのだ。武器を手離さなければ回避出来ないと思わることには成功したがそれでも僅かに奴に軍配が上がってしまった。
奴の体からは赤い
(まるであの老いた奴隷騎士を思い出すな…!)
かつて共に戦いながらも、最後には吹き溜まりの先にある都で正気を失い怪物と成り果て襲いかかってきた奴隷騎士を思い起こさせた。
縦横無尽に飛び周り暴力的な力を振り回すところが目の前にいる血塗れの騎士とよく似ている。勿論完全に似ている訳ではなく思い出す程度だが…
傍らに転がる武器を手に立ち上がって再度相対する。
剣を両手で構えた血塗れの騎士が奴隷騎士の剣技を彷彿とさせる動きで飛び上がりつつ剣を叩きつける。奴の強化された身体能力から放たれる剣技によって地面が抉れ、その余波が兜越しに伝わってくる。
幾度も続ける攻防の中、俺は未だに勝機を見いだせずにいる。今はまだ避けれてはいるがこのままでは…
何か、何かあればいい。何か切っ掛けがあれば…
回避と攻撃を続けて反撃の糸口を探しているとふと足元に何かがぶつかった。
それはゴブリンの死体だった。背中から裂けてはいるのものの辛うじて原型が残っている死体だった。ここに来た時に奴が骨を抜き取っているのを見たので奴が叩き潰したものだろう。それがあたりに無数に散らばっている。
(これだけ死体があるなら…使えるか…!)
タリスマンを取り出して詠唱の準備をする。問題は詠唱できるかどうかだ。
剣を構えて攻めに転じる。待っていても隙は生まれない。ならば攻めるのみ。
「ぐっ…!」
「………」
ガギン、という鈍い音と共に剣で打ち合う。分かってはいたがやはり力で負けている。それでも…
(ここだ…!)
奴が踏み込み、その力を乗せて振り下ろしをする刹那、俺は武器を放り捨てて奴の横を抜けるようにして走った。
死体が溜まっているちょうど真ん中、そこに奴が踏み込むように。
手をかざして詠唱を終えるとその手から波紋が広がっていく。それが死体に届いた時ゴブリン共の死体が爆発した。
かの黒協会の奇跡の一つ『死者の活性』だ。
死骸を祝福し闇の爆弾とするこの奇跡は扱いがとにかく難しく限定的ではあるがその威力は折り紙つきだ。特に今回のように死体がそれなりの数である程度密集していれば。
「!?」
無数のゴブリン達の死体が右から左からと次々と爆発していく。直接的な攻撃で無いためか、流石に防ぐ事ができなかったのか血塗れの騎士が大きく仰け反り膝をついた。すかさず接近して致命の一撃を入れるべく短剣を抜く。
ズブりと鎧で保護されていない腹部の隙間を狙って短剣を突き刺してそのまま地面へと押し込む。爆発に巻き込んだ事もあって相当なダメージを与えることが出来たはずだ。地面に横たわり動かなくなった血塗れの騎士を見て俺は放り捨てた武器の回収に向かう。だが武器を拾おうとしたその瞬間その後ろでズズッと何かを引きずるような音が聞こえた。
あれだけの攻撃を加えたにも関わらず血塗れの騎士は立ち上がっていた。まるで先ほどの一撃は何とも思っていないかのように。
(これでも、倒れんか…!)
放り捨てたアストラの大剣を拾い直して再び構える。しかしどういう訳か血塗れの騎士は剣を降ろしていた。
「…どういうつもりだ」
思わず訪ねてしまう。それもそうだ。先ほどまで一切の容赦を見せない攻撃をしていた相手が急に戦意を消失させれば誰だって疑問に思うだろう。奴が血に飢えた狂人なら尚の事だ。
「お前はまだ
「どういう意味だ?」
「分からんなら知る必要はない鏖殺者。我らは人として生きる事など出来ん」
「何…?」
「呪いは消えん。永遠にな。この世界でもそれは変わらない。我らは所詮、神々の駒の一つに過ぎない」
「…何を知っている?答えてもらおうか」
「言ったろう。知る必要はない。お前には『声』が聞こえていないのだろう」
「声…?」
「いずれ分かる。お前が終わらぬ戦いの果てに狂い果てた時に」
そう言って踵を返して夜の闇の中へ奴は消えていった。やはり既に狂っているのか、それとも正気を失っているだけなのか…逃がしてしまったのは痛いが致命傷は与えたはずだ。しばらくは奴も行動をすることは無いだろう…ないと信じたい。…それに気になるワードもいくつか聞くことはできた。
「声か…何の声だ…?」
雨の止んだ夜空に俺の声は吸い込まれていった。
疑問には誰も答えてくれなかった。
~~~
コンコンと扉が鳴る音がして少女は目を覚ました。院長からは決してどんな音がしても開けるなと言われていたものの扉の前に行くくらいはいいだろうと起き上がって扉の前に立った。
「誰ですかー…?何の御用、ですかー…?」
静かに扉に向かって声をかけると扉越しに低い声が帰ってきた。
「私だ。仕事が終わったから報告に戻ったのだが…」
それは昼間に自分がお話を聞いた旅の騎士の物。少女は今開けるね!と言ってかんぬきをうんしょと外した。
院長は「どんな音がしても」と言った。誰が来てもとは言わなかったので良いだろうと扉を開けたのだ。屁理屈かもしれないが少女にとっては大したことではない。扉を開けると黒い外套を纏った騎士がいた。
「夜遅くにすまないな。…起こしてしまったか」
「ううん、大丈夫だよ!他の皆や院長は寝てるけど…」
「そうか。一先ずゴブリン共は全て退治出来たはずだ。安心していい」
「ゴブリン、やっつけたんだね!良かったぁ…」
騎士の男の言葉に少女は顔を綻ばせる。だがその後にすぐに心配そうな顔へと戻った。
「あ、でも…騎士さんお仕事終わったから行っちゃうの…?」
「いや、ゴブリン共がまだ周囲に潜んでいる可能性なども捨てきれん。もう何日かは村に滞在する予定だ」
「ほんと!?じゃあまだ騎士さんのお話聞けるんだね!」
「ああ、だがさすがに今は不味い。もう夜遅いからな。今は早く寝室に戻ったほうがいい」
飛び上がらんとばかりに喜ぶ少女の頭をワシャワシャと撫でながら少女の背中を押して寝室へと戻るように促す。少女は、はーいと言ってトテトテともときた道を戻っていった。
「やれやれ…かんぬきも掛けずに行ってしまうとは…」
かんぬきを掛けて扉を閉めると壁に持たれ掛かるようにして座り込んだ。本来必要のない眠りは取らないが、この時ばかりは休息を取るべきだと感じたのだ。頭にはあの血塗れの騎士が言った言葉がこびりついたように残っていた。
「人のフリ…か」
誰もいない教会の広間で彼は一人呟いて眠りに落ち、少女もまた寝室へと戻り寝台へと潜り込んだ。
その夜に少女は不思議な夢を見た。
暗闇に浮かぶ小さな光。
それは朧げながら人の形を取り、何かへと導くように淡い光となって消えた。
酷く印象に残りそうなそれは綺麗な月の光のようで――
~~~
「~~♪~♪」
辺境の町の外れにある家の中で呑気な鼻歌を歌いながらその女性は書物を読み漁っていた。
「むぅ…
手入れをしているのかどうかも疑わしい金色の髪、毛糸の上衣の上に全身をすっぽりと覆うローブを着込んでいる。緑色の瞳を縁どるようにかけられた眼鏡が特徴的な彼女は
「うむむ…やっぱりもう少し詳しく解剖したり、生態を調べなければ…」
ぶつぶつと薄暗い小屋の中で言葉を呟いてペンを走らせようとするがどうにもその筆は進んでいなかった。元々はあの『黒い外套を纏った騎士』がたまたま拾い物の鑑定を頼みに来てからが始まりだった。自分の知らぬ見たこともない魔術を使った謎の騎士。旅の騎士だなんだと言っていたがそれは間違いなく嘘であると彼女は確信していた。あくまで彼女の人生の中でという括りはあるものの
聞けば彼も『探し物』があるようで内容までは詳しく聞けなかったが本人も説明しづらいと言っていた。そこで自分も『探し物』があるという理由で無理を言って何度か彼の『個人的な』依頼について行った事がある。
その時に端的に言って彼女は驚いた。それはそうだ。この世界に自分の知らない怪物がいたのだから。自分が知らないだけならば暫くしない内に出没するようになった新種、とでも言えるかもしれない。だがギルドに確認を取ってみれば、ギルドでも確認の取れていなかった『完全な新種』らしいのだ。
何でも五年程前からチラホラ討伐依頼もとい調査依頼の先で報告が上がっているらしい。彼女にとっては知るよしもないが最もその報告をしているのがあの
「ま、興味が尽きないのは事実だけれど互いに過ぎた干渉はしないっていうのが『彼』との約束だったし」
生憎自分のところに
(何とかは寝て待て。焦ったところで成果は出ないってね。こっちは保留して別のところから進めて行こうか)
伸びをして体勢を整えると彼女はまたペンを走らせる作業へと戻った。
~~~
村の見張り櫓を借りて、周囲を入念に見渡す。今朝方も院長にゴブリンは確かに退治したが増援が来る可能性があると説明してもう数日滞在するかもしれないとの趣を伝えたが、本音はあの『血塗れの騎士』が来ないかどうかだ。あの時は撤退したように見えたがどこに行ったかは分からない。もしかしたらまだこの近くに潜んでいるかもしれない。いるとしたらまだこの周辺にいるはずなので数日滞在して何も起こらなければそれでいいし、来たのであれば再び撃退ないし倒さなければならない。
あの少女には朝早くから話を強請られていたのだが結局最後まで話してしまった。…勿論ありのままでは無く、脚色を加えてだが。流石にあの凄惨な旅路をそのまま伝えるのは少女には刺激が強いだろう。…いや待てよ。あの少女ならよく分からないと言って流したかもしれない。そう考えるとありのまま伝えてやったほうが良かったのだろうか?
…まぁ本人が楽しそうに聞いていたんだから良しとしようか。あまりにも狭い世界の話だがその内容はそこらの冒険譚にも引けを取らないと思う。その中身は華々しい活躍なんてなく酷く醜いものだが。
そうこうしてる内に見張りをしていると背後に小さな気配を感じる。この感じは…
「うんしょっ…えへへ、また来ちゃった」
態々櫓に登って来ていたのは黒い髪の少女だった。あれからと言うものの俺の昔話の何が気に入ったのかこうして妙に懐かれてしまった。
なんだか以前にもこんな状況があった気がするな。少し状況は違ったかもしれないが…
いずれ俺は近いうちにここを発つのだがそうなれば必然的に分かれる事になるのはわかっているはずだ。それならばあまり深く関わらない方が良いと思うのだが…。
「全く…私の所に来た所で何も面白い事などあるまいに。君も酔狂な事だ」
「えー?ボクは騎士さんのお話聞いてて凄く面白かったけどなー」
ストンと俺の隣に座り込む少女は最初こそ普段通りの明るさを見せていたが次第になんだか少し落ち着きなくそわそわしだしたのだ。まるで子供が親に頼み事をしたいけど上手く切り出せない、そんな風に見えた。
「何か話があるのか?」
「え!?えーっと…その…」
「…村にいる間なら話くらいは聞ける。ここには私達二人しかいないからな」
「っ!えっとね…」
そう言って少女は暫く黙って考え込むような素振りをして少し。
意を決したように向き直った少女を見る。覚悟を決めたようなその表情はまるで―――
「騎士さんに、お願いがあるんだ」
『血塗れの騎士』
全身を覆うフルプレートの騎士鎧とその上から纏うボロボロの外套を赤黒い血で染めた正体不明の騎士。
かつての金属の光沢を放つ騎士の鎧姿は見る影もなくなっており身の丈以上の岩を削り出したような巨大な剣を片手で軽々と振り回す凄まじい膂力の持ち主。また全身金属鎧、凄まじい重量物の武器を持って軽々と動ける事からもスタミナも並外れていることが分かる。
放浪騎士を『鏖殺者』と呼ぶ。彼と同じ火のない灰のようだが…?
神々がそろそろ酒盛りをするそうです。酔った勢いとは怖い物で…
っとここまで意味深に書いてるけどそんなに深く考えないでいいのよ。
何故ならあんまり深い設定作っちゃうと作者がパンクしちゃうからNE!
でもこのキャラを作る上でモチーフにしたものは多かったりする。某死神とか。