もうずっと、貴方達がそうしてきたように。
『私』はずっとそうしてきたつもりだった。だが…
『俺』にはそんなことは出来なかった。
「血塗れの騎士…ねぇ」
「…それだけじゃ流石に私にも分からない。もっと何か特徴とかは無いのかい?外見とかさ」
「見た目は西洋の騎士で全身を鎧で固めている。それにボロ布を羽織りその鎧は血で赤黒く染まっている騎士だ。何でもいい。何かこの条件に当てはまりそうな奴を見かけたとかでも構わない」
俺の言葉に彼女は目を閉じて考えるような素振りを見せて首を横に振った。
「…すまないね。そんな冒険者がいたら流石の私でもすぐに気づくさ。少なくとも私が外に出た時には見かけなかったし冒険者達がその騎士について話しているのも聞いたことはないかな」
…まぁ知らないか。藁にもすがる思いで聞いては見たが当てが外れてしまった。彼女の事だから噂くらいはと思っていたのだが…いや、そもそも奴の強さを考えれば知っている人間が街にいればとっくにギルドにも知られているか。あの騎士の存在が知られていないのは、奴の性質を考えれば自然と答えにたどり着く。奴を知った人間がそもそも
「…そうか。すまない、突拍子も無く」
「いいとも。そんなに気にしなくても私と君の仲じゃないか」
「そんなに親しかったか。俺達は」
「おや、違ったのかい?少なくとも私は君にとても親しみを感じているけどね!」
バッと両手を広げて歓迎をするようなポーズをとる。
変わっていないな彼女は。好奇心に満ち溢れ、常に前を向いている。目標に向けて、真っ直ぐに。当てもなく彷徨う俺とは大違いだ。
「さて、すまないが用事はもう終わりかな?実はまだ
そう言って身体をずらして机にある書きかけの書類を指で示す。そう言えば少し篭る事になると言って解散したのだったか。
「まだ書いていたのか。それともそれ程までに修正を加えなければいけないものでも?」
「まぁ既存の怪物達はいいんだ。君と同行した事で詳しい事が分かったからそこを直していくだけだからね。問題は新種さ」
そう言って顔を顰めて何枚かの紙を引っ張って見せてくる。…まぁやはりこいつらか。
「牛頭に…山羊…蝙蝠羽…成る程、確かに交戦例が少ないと書くこともできんか」
「そうなんだよ!あれから時折私もギルドに顔を出しては見るもののそれらしい依頼は無くてさぁ」
…恐らく俺が全て退治しているからだろうな。新種らしいデーモンの手がかりがあれば即座に対応しているが為にそう言った依頼が残らないんだろうな。俺にとっては兎も角として他の冒険者達にとってはデーモンは凶悪な存在だ。名誉や名声の為に命を投げ出すようなベテランはこの街にはいないだろう。それはとてもいい事でもある。結局身の丈にあった事をするのが一番だ。背伸びなどしたところで早死にするだけなのだから。
「デーモンの情報ならある。書類を貸してくれ。この後ギルドに報告するついでに届けよう」
「本当かい!?いやー助かるよ。これで残った作業を終わらせればまた旅へ出られるとも!」
そう言って彼女は表情を輝かせた。ついでにあれも渡しておこうか。俺は依頼先で見つけソウルへしまい込んでいた指輪や、魔導具らしき物を乱雑に机の空きスペースへとそれらを置いた。目を見開いてる彼女に顎でそれらを示した。
「何か見つけたら取り敢えず持ってこいと言っていただろう。パッと見てガラクタでなさそうな物は持ってきたつもりだが」
そう言うと彼女は少し驚いた表情をしてクツクツと笑い出した。
「…どうした」
「くっ…ははは。いや、正直言うと余り期待はしてなかったんだ。だってそうだろう?何か面白そうな物を見つけたらと私は言ったけどそれをこんなに持ってくるとは思わなかったからね。どれ…」
そう言うと彼女は机に置かれた物に手をつけて調べ始めた。調べ始めたと言うことはやはり何かあるんだろうな。これが本当にガラクタだったら彼女は手に取ることもしないからだ。曰く『見たままの物を鑑定する必要はない』のだとか。と言っても所詮ゴブリンや下級デーモンからの戦利品では恐らく彼女の探し物は…
「ふぅむ…おや?」
ふと見ると彼女は一つの指輪を手にとって何やら唸っていた。火花が小さな宝玉の中で散っているような指輪だ。ボソボソと何かを呟いたと同時に
部屋に明るく光が散ったかと思うとすぐにそれは収まった。
「…見つけた、かもしれない」
「なに?」
今なんと言った。見つけた?まさか目当ての物があったと言うのか?
「君、これを…譲って…いや売ってはくれないか。対価は払うとも」
「…それが探し物か?」
「恐らくはね。確証はないがこれこそ私が長らく探していた物かもしれないんだ。だから頼むよ。君次第では…何でもしようじゃないか」
そう言ってずいと自身の身体を見せつけるような姿勢で言うが生憎俺には色欲の類がない。不死になる前はあったかもしれないが今ではそんな感情は微塵も湧かなかった。
「生憎そう言った類に興味はない。それに誰彼構わず自身を売るような真似はするもんじゃない」
「…はぁ、まぁ分かっていたけど微塵も興味を示されないとなると私もいよいよ女としての自信を無くしてしまうな。これでも結構自信はあるんだけど」
「そう思うならもう少し自分を大切にしたらどうだ。そうして蠱惑的な行動を控えて真面目にしていれば少しは男どもも寄ってくるだろうよ」
「嫌だなぁ。私だって誰彼構わずこんな事はしないんだぜ?やる相手は選んでるとも」
「…………」
「ごめん。私が悪かった。だからその無言で見つめるのはやめておくれ…」
バツが悪そうにたじろく彼女を見て、溜息が出た。少なくとも俺が見た限りでは容姿は悪くないし腕も立つ。それでいて知識もあるのだから同行者にも困らないはずなのに彼女は一向に他の連中と一党を組もうとしない。以前に何故態々危険な依頼を受ける俺に付いてくるのかと聞いた時に『そりゃ君に興味があるからね。君の扱う魔法の類にはとても興味があるんだ』などと言っていたか。俺は当初それに応えたいと思うと同時に応えてはいけないと思ったのだ。かつて探究心のままに知識を求め狂い果てた者を知っているが故に。だが…
彼女ならば、と何処かで期待している自分がいるのも事実だ。彼女ならば嘗て多くの不死を惑わせ拐かした魔術を正しく使ってくれるのではないかと。
「まぁいい、それと暫く俺は街を離れる。当分は戻らんつもりだ」
「へ?何かあったのかい?探し物はこの辺りにはなかったとか?」
沈黙が小屋を支配する。先ほどまで穏やかな雰囲気も心なしか張り詰めているような気がした。
「…都に行く」
俺の言葉を受けて彼女は何も言わなかった。その表情は何かを考えているようだったがすぐにいつもの表情に戻っていた。
「そうか。…昇級の話を受けることにしたんだね」
「ああ。必然的に向こうに滞在する事になる。暫くは戻ってこないだろうな」
「うーん。だとするとこれの対価はどうしようか。流石に無償でとなると私の気が収まらないんだけども」
火花が内側で散る指輪を見せながら彼女は困った表情をしている。別に気にする必要はないだろうに…だがこう言った場合は気にするなと言っても逆効果になるのは此方にきて学んだ。こう言った場合何でもいいから丁度良い落とし所を作れば良いだけだ。
「なら俺がいない間に困っていそうな新人でもいたら助けてやってくれ。生憎俺は物品や金銭で困っていない。お前もたまには外に出て他の冒険者ともっと関わった方がいい。存外見所のある奴はいるものだぞ」
「むむむ…まぁいいや。それは気が向いたらね。あまり作りたくは無いけど借り一つ、と言う事にしておこうか」
納得はしていないようだが一先ずは良しとしたのか諦めたような顔をしてやれやれといった風に両手を挙げた。別に気にする必要はないと言うのにこういったところでは変に律儀な彼女に笑みが零れる。
「そう言う事にしておいてくれ。俺はそろそろ行く。デーモンの情報は後でギルドから聞け」
「分かったよ」
「ではな」
「…待ってくれ」
端的なやり取りの後、急に彼女に呼び止められた。振り返ると先程までの表情は何処か暗い表情に変わっていた。
「どうした?」
「いや、その…なんだ。ああ、くそ…上手く言えないな…」
どうも言葉に詰まっているようだが珍しいな。普段の彼女ならこんな風に言葉に詰まることは殆どないというのに。部屋の薄暗さのせいで上手く顔が見えない為どういったことを言おうとしているのかも想像が出来ない。
「また…私と旅をしてくれるかい?」
暫しの間をおいて彼女が出した言葉は酷くか細い物だったが静かな小屋の中にははっきりとその声は通った。かつて何処かで交わしたようなやり取りを思い出して同じように答えた。
「ああ。勿論だ」
その答えを聞いて彼女は満足げな表情をして。
「ふふ…そっかそっか。なら私から言う事にはもう無いよ。向こうでも存分に暴れてくるといい」
「遊びに行く訳ではないんだがな…全く…」
そう言って小屋を後にしてギルドへと歩みを進める。後ろ手に扉を閉めるとき彼女が何かを呟いた気がした。
「…じゃあね、異界の旅人君。君は多くを語らなかったし、余り心を開いていないように思えたけど…」
その言葉は誰にも届く事なく、
「君は…私が心から自信を持って言える自慢の友だよ。…また何処かで会おう」
小さな小屋の中に溶けるように消えていった。閉じられた扉に向けて寂しそうな笑みを浮かべながら。
〜〜〜
冒険者ギルドへついた俺はもう慣れ親しんだ受付嬢のいるカウンターへと向かう。恐らく書類仕事をしていたのだろう彼女は俺を視界に入れると手を止めて表情を輝かせた。カウンターの奥、職員達の視線が温かくなったのは何故だろうか?
「おかえりなさい放浪さん。ご無事でなによりです」
いつもと変わらぬ笑顔で迎えてくれる彼女に、ああと返事を返して書類を提出する。
「少し所用があってな。街の外れまで行っていた」
「街の外れ…?ああ、孤電の術士さんのところですね。何か気になる事でもありました?」
「少しな。まぁ生憎情報は得られなかったが」
「…そうだったんですね。他の冒険者さんが帰ってくる中、中々姿が見えないから心配したんですけど杞憂だったみたいですね」
「それに関しても報告書にあるが、村にゴブリンどもの増援が来ないかどうかを見るために滞在していたから余計に時間が掛かってしまった。心配はいらなかったがな」
彼女は敢えてか俺の知ろうとした情報に探りは入れてこなかった。…また気を使わせてしまったか。表情には出ていないが少しだけ口調が寂しげになったのに気づけたのは付き合いが長くなったが故か。
「そう言えばあいつらを見たか?話があったんだが…」
あたりを見渡して自身の一党の仲間達を探すが姿が見えない。入れ違いにでもなったか?
「皆さんならまだ帰ってきてませんね。昨日下級の悪魔退治に出発してるので今日には帰ってくると思いますけど…」
「そうか…」
帰ってくると言いながらもその表情は心配そうだ。こういった所に彼女の優しさが滲み出ている。彼女は表情を誤魔化すのが上手いが人の良さは隠しきれていないようだ。
「あ、話といえば放浪さんに用があるって言っていた冒険者さんがいましたよ」
「…私に?一体誰だ?」
ここで活動するようになってそれなりに顔は広いつもりだが他の冒険者達との関わりは基本広く浅くだ。直接呼び出して用があるという事は何か大事か、はたまた面倒事か…
「ゴブリンスレイヤー…ええと、薄汚れた皮鎧にフルフェイスの兜を被った冒険者さんです。ゴブリン退治の依頼しか受けていない人ですよ。何でもゴブリンの事で聞きたいことがあるとか」
ああ、彼か。しかし俺もそんなに詳しい事を知っている訳ではない。精々世間が認識している程奴等は弱くない事。上位種になればゴブリンと言えど大きな危険になるくらいだ。俺に聞かれたところで何も…いや、待てよ…
「今日は帰るって行っていたので明日にでもギルドに来れば会えると思いますよ」
「わかった。…いつもすまないな、手間を掛けてしまって」
申し訳なく思い口からつい謝罪の言葉が漏れてしまった。しかしその言葉に彼女は一瞬目を丸くするとくすりと微笑みを浮かべた。
「良いんですよ。冒険者の方々を支えるのが私達の仕事ですから」
「…そうか。すまないな」
「ふふっ謙虚なのは良い事ですけど、そういう時は『ありがとう』って言った方がいいですよ」
「…ありがとう」
「はい、どういたしまして」
楽しげに笑う彼女は心の底から嬉しそうな笑みを浮かべた。とても優しげなそれでいて見惚れるような笑顔だ。いい顔をするようになったものだ。出会った当初の頃が嘘のようだ。その後彼女は仕事中なのを思い出してか小さく咳払いをした。それに伴って俺も当初の予定通り報告を済ませていく。
「そうだ。君に早いうちに済ませたい用があったな」
「あら、どうしました?何か別件ですか?それとも新しい依頼…」
彼女から今回の依頼の報酬を受け取りつつ、俺は用件を口にした。
「昇級の話を受ける事にした。それに伴って都へと活動拠点を移そうと思っている。申請を頼めるか?」
カタン、と何かが落ちた音がした。何事かと他の職員が音の発生源へと視線を向けるがすぐに元の状態に戻った。というのも目の前で受付嬢がただ手にしたペンを落としただけだったのだから当たり前かもしれないがその表情は普通ではなかった。驚きと焦り、まるで雷に打たれたような衝撃的な表情をしてこちらを見ていた。…そんなに驚くことだったろうか?以前にも申請の話をしてくれた時は明るい表情だったのだが。
「えっ…ど、どうしたんですか急に…以前は受ける素振りなんてかけらも…」
「…?いや、このあたりだけの活動も限界があるだろうから都の方へと場所を移そうかと思っただけなのだが…」
落としたペンを拾うことも無く固まっている彼女に理由を話すが効果は無かったようで、その表情は絶望的と言ってもいいかもしれない。例えるなら長年共に戦い続け将来を誓い合った戦友に裏切られたようなそんな表情だ。
「そう…ですか、そうですよね。貴方の実力ならこのあたりだけじゃなく王都の方で活動していてもおかしくないですもんね。すみません取り乱してしまって…」
「いや、構わんのだが…大丈夫か?」
「…何が、ですか?」
「…泣いているぞ」
そう言われた彼女は慌てて自身の頰に伝っていた涙を拭いだしたがその行動が切っ掛けになったのか、堰き止められていた物が溢れるように涙が流れ出した。
「あっ、これは、その…」
「本当に大丈夫か?何か気に触るような事をしてしまったか?」
「っ…ごめんなさい…!」
どうしたものかと声を掛けたが逆効果だったようで彼女は書類もそのままにカウンターから出ていってしまった。…参った。どうやら今回は完全に俺に非があるようだ。追いかけるべきか悩んでいるとカウンターから声が掛けられた。
「あんまり女性を泣かせるのは良くないですよ。何を言うにしても、もう少し言葉を選ぶべきです」
彼女の後輩である三つ編みの受付嬢が呆れた顔で残された書類をまとめていた。…やはり突然過ぎたか。誰にも言わず一人で決めた事だから仕方がないのかもしれないが…この調子だと一党の皆からの説教も覚悟しないといけないかもしれん。
「…こういう場合どうすればいいんだ?この方こう言った事は初めてでどう行動すればいいのか分からん…」
三つ編みの受付嬢は顎に手を当てて少し考えると困ったような顔をして、
「追いかけるべき…なんでしょうけど…今はそっとしておいてあげてください。先輩にも色々あるんですよ」
「…そうか。分かった」
「ただ、これだけは忘れないでください」
そう言った彼女は真剣そのもので以前のような慌ただしい新人とは思えないものだった。
「私達も人間です。送り出した冒険者さんが帰って来なければ悲しんだりします。昨日まで話してた人が突然いなくなったりすれば心配だってします。貴方にとっては何気ないことでも…相手にとってはそうじゃないかもしれないんです。…貴方は冒険者ですから多くの出会いと別れを経験して慣れているのかもしれないですけど…」
そこまで言って彼女は口を閉ざした。…俺は少し出会いと別れに無神経だったかもしれない。この世界の命は俺達とは比較にならない程尊く、脆い。ちょっとした油断ですぐに死んでしまい、明日も我が身な冒険者達はそう言ったことを大事にして毎日を生きている。ギルドの職員達はそんな中で冒険者達以上に出会いと別れがあるはずだ。彼女達が人である以上、心を痛める事は多かったのだろう。
…どうも俺はまだ周りに対して無意識に壁を作っていたようだ。出会った者たちを次々とこの手にかけて行ったあの時の感覚がまだ残っていたのだろうか。
「すまん。少し時間をくれ…一先ず今日は休む事にする。あいつらも戻って来ないしな」
「それが良いですよ。先輩の方は私がどうにかしておきますから」
そう言ってギルドを後にする。周りからの視線が痛いが仕方あるまい。…女性の涙は安くない…か。
「あの戦士の言った通りだな…」
5年前に俺を一党に誘い今はもう冒険者を引退したあいつが女を泣かせる奴は云々などと言っていた気がする。あの時は良く分からず聞き流していたが今思えばこういう事だったのか。
もう少し周りとの関係は大事にすべきなのかもしれない。…そうだ。ここはあの呪われた地とは違うんだ。ああ、そうか。俺は何を引きずっていたんだ。
余りにも気づくのが遅い自分に嫌気がさす。昔は昔、今は今だ。ここはあの地ではないんだ。それならすることは簡単だ。問題はそれが実行できるかどうかだが…もう少し…
もう少し、向き合ってみよう。
遅れに遅れて投稿です。もはや多くは語るまい。
凄いだろ…これだけ書いて話進んでないんだぜ…
私が言えるのはただ一つ。(データの)整理整頓は大事だってことです