放浪騎士   作:赤い月の魔物

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…ああ、貴公、迷っているのだろう?

だが、道に迷う者は、道をゆく者に他ならぬ







…俺は、最後まで迷ったままだったよ。

だが、今は―


第23話 また会う日まで

あの後何事も無く拠点の教会に戻り、そのまま朝を迎えた。あれから周りに向き合おうとして自分なりに色々と考えてみたがかつて関わった人達は言うなればギブアンドテイクな関係が殆どだった。そんな関係しか築いて来なかったせいか結局名案は出ないまま夜が更けていき気がつけば朝日が昇っていた。不死には睡眠も食事も必要は無いが、休んでいたはずなのに酷く疲れが溜まった気がする。

 

(……行くか)

 

裏庭の篝火からスッと立ち上がってギルドへと向かう。と言ってもまだ今の時間は早朝も早朝、ついても依頼は貼り出されていないだろうし人も少ないだろう。趣味の類も此方に来てから出来たはいいがさすがに今はする気にはなれなかった。

 

 

 

 

 

 

誰が見ていたという訳ではないがその足取りは重く、背には悲壮感に似たようなものが漂っていた。

 

 

 

 

 

〜〜〜

 

 

 

「うう…ぅん…」

 

まだ起きるには早い朝方に私は目が覚めた。もぞもぞと布団から這い出て、重い瞼を擦り制服に袖を通す。毎朝毎日変わらない光景。なのに今の私にとっては酷く色褪せたように思えた。身嗜みを整えていざ鏡を見たが酷いものだった。我ながらこんなにも死相が出たような顔ができたのかと。

 

昨日は『彼』の報告からショックを受けて人目を知れず職場を放り出してしまった。勿論あの後は上司から注意を受けたし、後輩や同僚にも迷惑を掛けてしまった。ここに勤めてもう5年は経つが自分は思いの外、精神的には変われていないようだった。昨日私がすっぽかしてしまった仕事は後輩二人がやってくれたそうだ。片や三つ編みが特徴的な後輩と片や至高神の信者でもある後輩だ。二人には後で何か埋め合わせをしなければいけない。

 

「ほんと…ダメな先輩ね…私…」

 

ふるふると首を振って両頰を叩く。いつもより少し早いが目が覚めてしまったものは仕方ない。『彼』は早ければ今日には行ってしまうだろう。見送る事も出来ないなんて受付嬢の名折れだ。

 

「よしっ…!」

 

艶やかな黒髪を微かに棚引かせながら彼女は自分の職場(戦場)へと向かうのだった。

 

 

 

〜〜〜

 

 

 

案の定というかギルドは空いていたが中はガラガラだった。受付も僅かな職員がいるくらいで他の冒険者の姿は見えない。早く着いたところで依頼が張り出されてるわけでもなく割のいい依頼を融通して貰えるわけでもない。完全に手持ち無沙汰な状態だが特にする事もないので適当な椅子へと腰掛けた。

 

(しかしあいつらにどう説明したものか…)

 

共に活動した機会こそ疎らではあるもののそれを良しとして一党を組んでくれた仲間達。かつての長い旅路でも仲間、同士と言える者達はいたがここまで長く共に活動した者はいなかった。あの呪われた地では皆が自らの使命や誓いを果たそうと必死だった。互いに励ましの言葉こそあれど必要以上に馴れ合う事はなかったのだ。誰もがいつおかしくなる(亡者になる)か分からなかったから。

 

一人の時はこんな風に悩む事も無かった。ただ自らの目的の為にただ只管突き進んでいくだけだった。今思えば何とも空虚で憐れだったのか。迷わず進んでいると言えば聞こえはいいかもしれないがその結末はあの(ざま)だ。だが、今は…

 

(ちっ…いかんな。こういった時に後ろ向きな考えが浮かぶあたりまだまだということか俺も…)

 

兜の下で小さくゴチる。神々の玩具にされ、(ソウル)を喰らう者が…

 

(………姿は人でも中身は違う、か)

 

こうして物思いに耽る度に陥りそうになる考えに首を振る。だが違いがどの程度ある?不死は皆ソウルを求め、それは亡者とて同じ事。違いなど正気があるかどうかでは無いのか?ましてや同胞を殺しその火を奪っていた俺が正気だなどと言えるのか?いや、そもそも―――

 

「あっ…」

 

思考が沼にハマりそうになった所で聞こえた声の方へと顔を向ける。そこには日頃世話になっている受付嬢がいた。以前なら少し会話があったのだろうが昨日の事もあってか気まずい空気が流れる。こういう時は何と言えばいいのか…

 

「…もう大丈夫か?」

 

出てきたのはなんとも捻りもない在り来たりなそれでいて直球な言葉だった。我ながら愛想のない奴だと思うが他に思いつかなかったのだ。

 

「ふふっ…その言い方、放浪さんらしいです。気にしないでください、もう大丈夫ですから」

 

「そうか。…それなら良かった」

 

お互いに顔を見合わせて笑う。まぁ此方の表情は兜で見えていないのだが…

 

「それよりも、行くんですね?…都に」

 

「…ああ」

 

真剣な表情になった受付嬢に真面目な声音で返す。行くのであれば早い方がいい。足踏みしてもいいがそうした所で何も変わらんだろうし古来より思い立ったがなんとかとも言うだろう。

 

「書類は少しお時間を貰えれば用意できますのでそれを持ってあちらで昇級審査を受けてくださいね。私はこれから書類を用意してくるので少し待っていてもらえますか?」

 

「わかった」

 

そう言って奥の職員区画に入っていく彼女を見送り再び席で待つ。…結局あいつらに言う言葉は見つからなかったな。まぁ皆がそれぞれ優れた技量の持ち主なので俺がいなくともやって———

 

「あら、今日は随分早いじゃない。何かあった?」

 

振り向くと森人にしては珍しい一切肌を露出していない革のコートの装束に身を包んだ森人野伏がいた。帽子こそ被っていないが普段通りの彼女だ。最近は少し分かれて活動していたのでこうして話すのは少し久々な気がする。

 

「…まぁ、な。実はー」

 

「ストップ、言わなくていいわ、わかるから。…行くんでしょ都に」

 

彼女は俺が言わんとしてることはわかっていたようだ。勘がいいのか

それとも誰かから聞いたのか。恐らくは後者だろう。昨日の依頼帰りにでも事のあらましを聞いたのかもしれない。

 

「ああ、今日にはここを出る予定だ。少し野暮用もあるからそれを済ませてからになるが」

 

「そっか…他の皆には言っ…てないわよね。その様子だと」

 

「言っていない。どう言ったものかと昨日は一晩中考えていた」

 

「一晩って…呆っきれた。今更貴方が昇級して都に行くって言ったって誰も止めないわよ。止めた所で貴方は行くでしょ?」

 

やれやれといった様子で両手を広げる森人野伏を見て思わず笑ってしまった。…参ったな、この調子だと他の面子にも筒抜けかもしれない。

 

「ほんとは私達も行きたいけど…貴方が追いかけてる奴はあの時(五年前)悪魔(デーモン)みたいな連中なんでしょ?」

 

「いや分からん。奴もそうだがそれ以上の奴が出てくる可能性も否定は出来んな。…最悪俺が()()()()()()()()()が出てくるかもしれん」

 

「…それは貴方でも勝てない相手って事?」

 

「…どうだろうな。今の俺が一人で戦って五分五分、といったところかもしれん」

 

「そっか…ごめんなさい」

 

「?何故謝る?別に君のせいでは…」

 

「私達さ、最近じゃなんだかんだで貴方に甘えちゃってる事多かったから…皆とも時々話題に出すのよ。今のままでいいのかなって…」

 

「ふむ………」

 

彼女…というか俺の一党は知らぬ間に悩みを抱えていたようだ。そんな素振りも微塵も見せなかった皆もそうだが俺自身も気づけなかったのは不甲斐ない限りだ。

 

「だから」

 

ビッと顔の前に人差し指を突きつけて森人野伏は決意に満ちた顔付きで告げた。

 

「もっと、強くなるから。貴方に付いていけるように。貴方が一人で行かなくてもいいように。一党として助け合えるようになって見せるから」

 

そう言い切った彼女の顔は真剣そのものでそれは使命を胸に真っ直ぐ進んでいた頃を彷彿とさせた。それだけの決意があるなら皆きっと強くなれるだろう。

 

「そうか…次に会う頃には世話になりそうだ」

 

「よく言うわ。前もそう言いながら何だかんだ貴方一人で全部片付けるんだから。…必ず貴方の背中を預かれるようにするわ」

 

「意気込むのはいいが切羽詰まって死に急ぐなよ?死んだら背中を預けるも何もないからな」

 

「分かってるわよ、そのくらい。…そう言えばそろそろ弓も変えないと…」

 

「弓?どうした、古くなったのか?」

 

「古くなったっていうか五年前にあの悪魔と戦ったじゃない? その後少し弦を変えたんだけどそろそろ限界かなって。私は只人製のを使ってるからそろそろ変えようかなって思ってたのよ」

 

そう言えば彼女は他の森人達と違って弓は冒険者になってから用意したと言っていたような気がする。

 

「ふむ…そうだな、弓ならばこんなのがあるが使ってみるか?」

 

そう言って俺はソウルから黒い弓を取り出した。ピンと張り詰められた弦。少し細めながらも強靭さを感じさせるその弓は『ファリスの黒弓』だった。使用には高い技量を要求されるが彼女の腕ならば問題ないだろう。寧ろ森人特有の技術によって俺以上に使いこなすかもしれない。生憎と俺には使いこなせなかったが。

 

「あら、いいの?随分と上質な物っぽいけど…」

 

「これを含め予備がまだあるからな。高い技量を要求され俺が旅していた場所では弓の英雄が使っていた物らしいが君の腕ならこれを使いこなすことなど訳ないだろう」

 

「…分かったわ、任せてちょうだい」

 

そう言って彼女は黒弓を受け取った。さて、そろそろ―――

 

「少しいいか?」

 

()()()を済ませようとしたところで久しぶりに聞いた声が耳に入った。声のした方へと顔を向ければ薄汚れた革鎧の下に鎖帷子を着込み頭部を覆う(フルフェイスの)鉄兜を被った冒険者がいた。確か今は小鬼を殺す者(ゴブリンスレイヤー)と呼ばれているのだったか。

 

「いいところに来たな。ゴブリンスレイヤー?」

 

「少し話がある。構わないか?」

 

「構わないわよー。大方私の用事は済んだしね」

 

「そうか。話なんだが…」

 

「まぁ待て。少し私も野暮用がある。そのついでに話を聞こう。来てくれ貴公にも関係がある話だからな」

 

「…わかった」

 

そう言ってゴブリンスレイヤーを連れ立ってギルドの外へ行き歩き出す。…済ませるなら早朝のほうが良いだろう。『あいつ』に会いに行くなら早いほうがいい。

 

「さて…貴公の話だが…大方、私に小鬼を殺す方法…ないしは奴等の事を聞きに来たのだろう?」

 

「そうだ。ギルドの受付も言っていた」

 

「…この際どう言っていたのかは聞かないでおこう。そしてこの件だが生憎俺は力にはなれん」

 

「………そうか」

 

そう言った途端声に僅かだが落胆したような、沈んだ感じが含まれた。この青年は無愛想なようだが無感情という訳ではないようだ。

 

「だが、適任な人物なら知っている。彼女にはたらい回しにするようで悪いが…」

 

「?」

 

「だからその為の準備…というより紹介状(手土産)のような物を用意する」

 

そうして暫く歩いて古びた教会…もとい俺の自宅(拠点)へと辿りついた。…朝に持ち出すのを忘れるというポカをやらかしていた為にこうして戻ってきただけなのだが。

 

「少し待っていてくれ」

 

ゴブリンスレイヤーをその場に残して中へと入る。目的の物は既に用意してあるのでそれを取って戻るだけだ。やや大きめの長方形の木箱に薄紫色をした花を添えた手紙を同封した物を持って外へ出てゴブリンスレイヤーへそれを手渡した。

 

「待たせたな…これだ」

 

「これをどうするんだ?」

 

木箱を受け取ったゴブリンスレイヤーは変わらぬ声音で疑問を口にする。…だが気のせいか、少し早口になっているような気がする。

 

「これを持って街の外れにあるあばら家に行け。私の頼みで来たと言えば大丈夫なはずだ」

 

「わかった」

 

「…っと忘れる所だった。これも持っていけ」

 

そう言ってソウルから林檎酒(シードル)を取り出してついでに渡す。初めて会った時に飲んでいた頃からこちらが用があるときに手土産としてよく持っていった物だ。…あまり高い物ではないが渡して別れて次に会うその度に瓶が空になっていたのを思い出す。

 

「これは?」

 

「彼女の好物だ。これくらいは持っていってやってくれ」

 

「わかった。街の外れ、だったか?」

 

「ああ、丁度牧場に向かう反対側にある外れのあばら家が目的の場所だ。ドアに真鍮製の獅子の形をしたノッカーがあるからすぐに分かる」

 

「助かる。…必ず礼はする」

 

「その礼はいずれ返してもらうさ。私が忘れていなければ、な」

 

そう言ってゴブリンスレイヤーは箱を抱えてそのまま歩いて行った。そろそろ丁度いい時間かもしれない。ギルドへ戻るとしよう。

 

 

 

 

~~~

 

 

 

 

ギルドへ戻って扉をくぐったその直後に視界の端に見知った顔ぶれがあった。こちらと視線が合うや否や森人野伏が手招きをしてきた。…全員揃っているあたり話せということだろうか。

 

「…話していないのか?」

 

「これから…と言いたいけど大体は私の口から言っちゃったわ」

 

「貴公、水臭いではないか!都へ行くのなら私達に声を掛けてくれれば共に行ったものを!」

 

「おっさんさっき姐さんが言った事もう忘れたのかよ…俺らじゃ歯が立たねぇ奴等を旦那が退治にし行くってんのに付いてってどうすんだ」

 

「でも行くにしても正直遅いくらいだよね。まぁ大方行かなかった理由は想像がつくけど」

 

陽気な様子で男騎士が、呆れた様子で斥候が、納得したような様子で圃人軽戦士が各々口にする。…最初は俺も考えた。いくら金等級(第二位)だからと言ってもあくまで依頼を受けるかどうかは冒険者次第だ。等級が変わったとしてもやることを変えなければいいと。周囲からとやかく言われたり噂が立ったりはするだろうがそんな事お構いなしにここで活動を続ける事も考えた。

 

だが足踏みして状況が変わらないなら踏み出すしかない。あの絶望に満ちた旅路と同じように立ち止まっているくらいなら前に進むべきだと。幸い森人野伏の言い方が良かったのかそれとも皆が信頼してくれていたのか。俺が都に行くことに誰も反対はしていないようだった。

 

「あーあ、一時的にとはいえ、貴方が抜けちゃうのはやっぱり痛いわね…今後の事も考えるともう一人くらい欲しいかしら。できれば神官か魔術師の」

 

「…魔術師はともかく神官ねぇ。構いやしねぇが誰選んだって変わんねぇだろ」

 

男斥候が顰めっ面をしながら零す。…こういう所が本当に似ていると思う。だがそれでも断固として拒否しないあたり彼の人の良さは消えてはいないようだ。

 

「私達で足りないのは術使い(スペルキャスター)でしょ?うちはその気になれば全員が前衛出来るんだから」

 

「その通りだけどこの時期に術使いが捕まるかな?新人の術使いは中々いないしベテランでも単独(ソロ)活動する人なんていないと思うけど…」

 

「そうなのよねぇ…この際成り立ての新人でもいいんだけど…ねぇ貴方にそういった知り合いっていない?」

 

「術を使える知り合い…か…」

 

唐突に振られて少し記憶を探る。仕事をこなす傍ら一時的に同行したりする事はあったがそれを知り合いというのは少し違う気もする。後はついこの前まで話をした孤電の術士(アークメイジ)か…。だが彼女はしょっちゅう冒険に出るような人物ではない。固定で組むというのは難しいだろう。そもそも魔法や奇跡を使える冒険者は貴重だ。魔術師なら学院で学んだ者が殆どだし聖職者なら神殿で学んでくるだろう。農村から出てきた力自慢は読み書きが出来なかったりするので教養もあって術も使えるという人材はとにかく貴重なのだ。新人のうちはベテランの冒険者と組むのがいいとギルド側も勧めるそうだがそれでも気後れしてしまうのか新人の術使いは新人同士で組んでしまう事が殆どだ。ベテランも中堅も殆どがすでに一党を組んでいるだろうし引き抜くなんて真似をすれば問題になりかねない。…つまり現状で求めているのは、単独(ソロ)で、一党を組みたがっていて、術を使える者なのだが…

 

「…すまん。流石にそこまで都合の良さそうな知り合いはいないな」

 

「そうよね…ごめんなさい。もしかしたらって思ったんだけど…」

 

「うーむ…術使いを招くなら一人なところを招きたい…一人でいる術使いはいない…難問だ…」

 

男騎士が唸っているのを見て男斥候と圃人軽戦士がやれやれと言った様子で呆れていた。実際には難問どころではない気もするが…他に知り合いで…となると後は五年前に一度だけ組んだ事のある女司祭がいたぐらいだが…彼女も別れ際に別の一党に行っていたしあれから一度も会っていないので今どこで何をしているのかも分からない。彼女ほどの実力があれば死んではいないだろうが…まだどこかで冒険者を続けているのだろうか。

 

「私も奇跡なら使えなくもないが…一度きりだしなぁ…うーむ…」

 

「は?おっさん奇跡使えたのか?今まで使った事あったか?」

 

「む、失礼な。私とてこう見えて戦女神の信徒の一人。《小癒(ヒール)》の奇跡なら使うことが出来る。…のだが使う機会がなかったのだ。がははは」

 

「まぁ皆各々が薬でどうにかしてたもんね…重症の場合は彼が魔法の薬(女神の祝福)とか大規模な奇跡(太陽の光の癒し)を使ってくれたわけで…」

 

「あー!もうやめやめ!無いものねだりしても仕方ないわ!私達は私達で出来ることをする!それでいいのよ!」

 

「そう焦らずとも貴公等なら大丈夫だろうよ。私とてかつては己の体と武器だけで旅をしてきたんだ。案外どうにかなるものだぞ…む」

 

ふと受付を見ると受付嬢が手招きをしている。書類の準備が出来たのだろう。一党の皆に受付に行く旨を伝えて席を立つ。受付に来ると手元に書類を持った受付嬢から声を掛けられた。

 

「大丈夫でした?皆さんとお話してるようでしたが…」

 

「大丈夫だ。それよりも準備が出来たのだろう?」

 

「はい、此方です。これを都のギルドに持って行ってください。受付に見せれば昇級審査をしてくれるはずです」

 

「分かった」

 

書類を受け取ってソウルへしまい込む。何やら視線を感じるが…

 

「…どうした?」

 

「いいえ。…私待ってます。ですからちゃんと無事に帰ってきた時にはまたお話を聞かせてください」

 

「ああ。…ここに戻ってくる頃には土産話には困らないだろうな」

 

「期待してますよ。…ではお気をつけて、貴方のご活躍を祈っています」

 

その言葉に俺は頷きで返して踵を返した。そのまま一党の所へと戻りそろそろ出発する事を伝えねば。

 

「私はそろそろ行くぞ。まぁ…なんだ、死ぬなよ」

 

「任せなさい。ここは守ってみせるから」

 

「へへっ旦那が帰ってくる頃には俺は独り立ちしちまってるかもなぁ?」

 

「はははっ大丈夫だよ。君が帰ってくる頃には僕らも君があっと言うような冒険者になってみせるさ」

 

「任せておけ!貴公のぶんまで私が力無き者達の為に戦ってみせるぞ!」

 

一党の皆が軽口を叩く。…まったく大した奴等だ。皆は一つしか命がないというのに。いつ死ぬかも分からない身でそれでも恐れず前を向き続けている。俺も進もう。ここでの旅路は誰かに言われたからではなく俺の意思で進むのだ。何も恐れる必要はない。

 

ギルドから出る俺の背中に皆が激励の言葉を掛けてくれた事に俺は右手を軽く挙げる(静かな意思)ことで応えた。

 

 

 

 

~~~

 

 

 

 

ゴンゴン、と街外れのあばら家の扉が叩かれる。扉の前には最近色々な意味で有名な冒険者…ゴブリンスレイヤーが立っていた。

 

「すまない。依頼があるのだが」

 

家から返事はない。だが煙突から煙が出ているのだから留守という事はないはずだ。再びノッカーに手を掛けゴンゴンとノックする。時間が悪かったのだろうか?そう思い引き返そうとすると…

 

…ああ。開いているから上がってくれたまえ

 

中から気だるげな声が響いた。言われるがままに中に入ると書物が山と積まれガラクタなのか何なのか見分けの付かない物も散乱している。端的に言えば散らかっていた。書物を崩さぬように、落ちている物を踏まないようにして気をつけながら進んでようやく家主の元にたどり着く。事前に『彼』から聞いていなければ目の前で机に齧り付くように椅子に座る人物を女性と認識する事は出来なかったかもしれない。

 

「届け物を頼まれた。黒い外套の冒険者からだ」

 

「届け物…?私に?誰がそんな…待て、今黒い外套の冒険者って言ったかい?」

 

『彼』の特徴らしき物を口にすると彼女は机からむくっと上半身を上げた。それと同時にフードを外して孤電の術士(アークメイジ)は振り返った。

 

「彼が届け物とはいったいどんな風の吹き回しかな?それも君のような冒険者を使って」

 

「知らん。俺はこれを渡せと言われた」

 

「ふぅん?随分と簡素な木箱だ…まったく女性に贈るにしては飾りっ気がないね。どれどれ…」

 

孤電の術士が木箱を受け取り蓋を開ける。自然とゴブリンスレイヤーも中身を見る形になるのだが彼にはそれが何なのか分からなかった。中には複数の巻物(スクロール)が入っていた。しかし彼女の方はこれが何なのか分かったようで大きく目を見開いて声を失っていた。

 

「なっ…こ、これは……!?」

 

「?」

 

「き、君!彼は、彼は他に何か言っていなかったかい!?何でもいい!何か言っていなかったか!?」

 

箱を地面に落とし中身が溢れるのもお構いなしに孤電の術士はゴブリンスレイヤーに問い詰めた。彼女が何故ここまで取り乱しているのか分からなかったが一先ず質問には答える事にした。

 

「俺はあの冒険者に依頼をしようとして断られて代わりにお前に頼めと言われた。そしてこれを持って行けと」

 

「それだけ、かい?他に何か…」

 

ふとパサリ、と箱から一枚の紙が滑りでた。大きさからしても何やら手紙のようだった。近くには淡い紫色をした綺麗な花が添えられている。

 

「手紙…?」

 

孤電の術士は手紙を拾い上げてそれに目を通し始める。ちょうど向かいあう形なので内容は見えなかったがどうでも良い事だ。…どのくらい経ったのかしばらくして彼女はくつくつと笑いだした。

 

「っ…は、はは…何だいまったく…とんだ…置き土産じゃないか…」

 

「どうした」

 

「…いいや。それで?私は君に何をすればいいのかな?」

 

「いいのか?」

 

「勿論。私に出来る事なら何でもしようじゃないか」

 

「ゴブリンを殺す為に役立つ物が欲しい。全てだ」

 

「へっ…?」

 

素っ頓狂な声を上げた孤電の術士の笑い声があばら家に木霊した。

 

 

 

 

~~~

 

 

 

 

「いや~笑った笑った。それにしてもゴブリンとは…とんだ変わり者がきたものだね。私が言えた事じゃないけど」

 

「そうか。引き受けて貰えるのか?」

 

「ああ、勿論だとも。ただ…そうだね、また明日もう一度訪ねてくれ。大丈夫、約束は守るとも」

 

「…わかった」

 

ゴブリンスレイヤーはそう言うと即座に踵を返してあばら家から出て行った。本当に彼はゴブリンを殺す事以外に興味を持ってないらしい。先ほど拾い上げて机に置いたスクロールを見る。『彼』が度々使っていた『魔術』のスクロール。彼が旅をした過程で友人から学んだという魔術が書かれているものだ。…この世界の一般的な魔術とは根本的に原理が違う。『彼』の言うソウルを用いたこの魔術は既存の魔術全てを引っくり返すだろう。威力も使用回数も段違いだ。これが世に出回ればどれほどの事が起きるか。

 

「君は、何を思ってこれを私に送ったんだい…」

 

『彼』の拠点に聞きに行ってもいいが恐らく無駄足になるだけだろう。彼は行動する時は早い。よしんば今から追いかけて問いただしても答えは帰ってこないだろう。多くを語らない彼と長らく接していれば分かる事だ。同封されていた手紙を再び見る。同様に添えられていた花にも目を向けて思わず笑みが溢れる。

 

「都へ行くのに『都忘れ』の花とは…君がこんなに洒落が利くとは思わなかったよ」

 

件の青年の事もある。彼が寄越したという事は何かしらあるのだろう。これから忙しくなりそうだ。

 

 

 

 

~~~

 

 

 

 

「…行っちゃいましたね」

 

後輩の新人がポツりと呟いた。わかっていた事だがいざ実際に見送ると寂しいものだ。当分『彼』と会うことはないだろう。もしかしたら一生会えない可能性もある。それでも私は送り出した。生きてさえいれば会うことが出来る。同じ空の下にいるのだ。死にさえしなければ必ず会えるだろう。少なくとも自分はそう信じている。

 

「ええ。…これから忙しくなるわ」

 

彼がここから離れた事で今まで捌けられていた依頼が溜まるだろう。下水、ゴブリン、護衛、悪魔…その他諸々。彼がこなしていた依頼は分類問わず非常に多い。一党の仲間達と行く事もあれば彼が依頼を複数取って手分けしていた事もあったっけ。

 

「あの人沢山依頼を請けていたんですよね…だ、大丈夫なんでしょうか…」

 

後輩の目が若干潤んでいる。就いてすぐに只管寄越される書類の山を思い出したのだろう。腕利きの冒険者は少ないが問題なのはそれ以上に依頼を選ぶ人が多いという事だ。まぁ選ぶ権利は向こうにあるので仕方がないのだが…

 

「大丈夫よ、貴方だけが書類を捌くわけじゃないんだから。私達だっているし、今年は有能な後輩がいっぱいいる事だしね」

 

印象に残っている彼女の同僚に確か至高神の信者がいたはずだ。休憩時間や仕事中にも仲睦まじく話していたのを覚えている。もしかしたら近い将来あの子は監督官を任されるかもしれない。…私も《看破(センス・ライ)》の奇跡が使えれば良かったのだが生憎私は信者ではない。いっそ今からでも…と思っていた矢先に後輩があっと声をあげた。

 

「ゴブリンスレイヤーさん!用事はもう済んだんですか?」

 

「日を改めろと言われた。ゴブリンの依頼はあるか?」

 

呆れながらも依頼書を取り出す話をするこの光景もつい最近見始めたはずなのに随分と見慣れたように感じる。自分も周りから見たらあんな感じだったのだろうか。楽しそうに応対する後輩を見て少し羨ましいと思い、同時に寂しさを感じる。…いけない、気を緩めるとすぐに自分の役職を忘れそうになる。見送ったのなら帰りを待とう。元より自分達はそれが役目であったはずだ。

 

「あ、受付さん!この依頼お願いできるかしら?」

 

「森人野伏さん。一党の皆さんとご一緒に?」

 

「ええ、彼が抜けちゃったからね。私達も頑張らないと」

 

「分かりました、お気をつけて。無茶はしないようにしてくださいね?」

 

「心配しないで。引き際はわきまえてるから!」

 

ヒラヒラと手を振って一党の元へ戻っていく彼女を見て思わず敵わないなと思ってしまう。しかし彼女も自分自身に出来ることをやっているだけなのだ。果たして自分と何が違おうか?

 

 

 

 

 

「―冒険者ギルドへようこそ。どういったご用件でしょうか?」

 

 

 

 

彼女は受付にやってきた新たな冒険者に微笑みながら自らの仕事に戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

~~~

 

 

 

物語はまだ始まってすらいない。これは長い長い序章(プロローグ)に過ぎない。

 

多くの者がそれぞれの道を行き、そしてまた交わる時までしばし彼らは己が道を行き続ける。

 

 

そう。まだ前日譚(イヤーワン)が終わったばかりなのです。彼らのお話はこれから――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光すら届かない暗闇に蠢く者がいる。

 

何も映らぬはずの場所で、しかしはっきりと『それ』はあるものを見つめていた。

 

 

 

 

ああ、「不死の英雄」よ。お前はまだ気づいていないのだな。

 

使命を成し遂げた者。 時代を終わらせた者。 本質に還った者。

 

お前がどれほどの偉業を成し遂げようとも

 

この世界に置いては駒の一つに過ぎない。

 

ここならお前の望みは叶う。お前が望みさえすれば。

 

 

 

来てみろ。

 

 

お前に会ってみたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

昏い瞳は一人の冒険者を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




『都忘れ』の花言葉…しばしの慰め、しばしの別れ、また会う日まで



ちょっと詰め込みすぎた感は否めない。ただ分けると中途半端になっちゃって…それでもイヤーワンはこれでおしまい。
ごめんなさいね。ちょいちょい暇見つけて書いてるからおかしいとこが結構あるかもしれない。細かい所に手は加えるかも。でも次からは本編だよ!。近々人物設定を乗せようか迷ってるんですがどうしましょうかね

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