よかったよ。じゃあ務めを果たすとしようか。
――目が覚める。
昔は眠ることもなく幾つもの場所を走り回っていたのでこうして起きるという感覚は久しぶりだ。あの後資料を読んでいたのだがいつのまにか寝てしまっていたらしい。
窓からは朝日が差し込み、外からは小鳥だろうか。囀っているような鳴き声が聞こえる。
かつてならありえなかった人としての一日の始まりを感じ、体を起こす。
(だが、なんだ・・・目が覚めるときに何かを最後に言われたような・・・)
脳裏に「何か」の引っ掛かりを覚えるものの、摩耗した記憶状態で思い出せるはずもなく、
一先ず置いておくことにする。そして今後のすべきことを考え―
「しかし宿の確保は出来たわけだが・・・篝火がないとは・・・」
そう、目下の最優先とすべきは篝火の設置地点の確保である。
あれがなければエスト瓶の補充も、消耗品の補充も、武器の修理もできないのだ。万が一武器などが折れた時の予備も入れていたはずなので破損した武器の用意も出来ないということになる。
この街の鍛冶屋がどの程度の腕なのかは知らないがここの鍛冶屋が自分の武器を直せるかは分からない。あの地で鍛えられた武器とは勝手が違う可能性もある。
この宿・・・つまり今いる場所はあくまで借りているだけなので、ここに螺旋の剣を刺すわけにはいかない。
刺してもいいが宿の管理人が部屋の見回りなどをした時に燃えている剣が刺さっている所を見られようものなら大問題だ。即座に叩きだされる可能性もある。
そうしたらまた宿を探さねばならなくなるし、その問題が広がろうものなら宿に入れてもらえなくなる可能性も高い。
よって宿には
次に家・・・つまり自分だけの拠点を持つというのも考えたがそれもすぐに却下した。
自分の家などを手に入れれば好き勝手弄れるので文句も出ないだろうが先日冒険者になったばかりの新人がいきなり家なぞ買おうものなら怪しまれること待ったなしだ。
何よりそんな金が手元にあるならば端から冒険者になどならないだろう。家の家業なりなんなりを継いで普通に暮らしているはずだ。そんな中態々冒険者になるとしたら相当な命知らずか、愚か者か。あるいは、家に愛想を尽かして家出なりをした放蕩者だろうか。
家を買うのは少なくても紅玉やら翠玉・・・もっと言えば銅等級になったくらいにならないと違和感を感じられるだろう。よってしばらくは買えないとする。
幸い篝火には魔除けの類でもあるのか、灯っている場所には魔物の類は寄り付かない安全地帯になる。まぁ一部の敵は容赦なく入り込んできたが・・・
そのことを考えると街の外側の人目のつかない所に設置するのがベストだろう。剣が1本しかない以上設置箇所も必然的に1箇所になる。よく考えて置かねばならない。
一先ず篝火は外だ。外に出てから設置場所は考えるとしよう。そして次の問題は――
「武器に防具・・・か」
そういえば村の跡地であの小鬼・・・ゴブリン共を倒してから武器の手入れをしていなかった。
投げナイフなどで倒した相手などは気にしなくてもいいが刀で倒した場合は話が別だ。あの剣は
切れ味が鋭く斬ることに適した剣でその刃は研ぎ澄まされて出血を強いるのだが繊細故に極めて
刃こぼれしやすいのだ。ここに来るまでに血や肉片といったものは洗って落としてきたが武器自体の耐久性は落ちているだろう。修理の光粉を使えば手っ取り早いが切らしたときのことを考えれば
街の鍛冶屋に修繕を頼んだほうがいいだろう。アレらの道具は確かに便利だがあれは持ち運べるという利点を生かして戦いの場でも使用できるというのが利点だ。街にいるのであれば街の人間に頼んだほうがいいだろう。便利な道具に甘んじて街の職人達の仕事を奪ってしまうのは良くない。
複数の武器を使い回す。というのも考えたがあまり多くのものを使うと自身の武器の扱いが半端になってしまう。何も考えずただ振るって殴るだけの殴打系の武器ならば話が別だがそれでも本数には限りがある。それでも結局は消耗するのでどうにかどこかで修理できる手段を探す必要がある。
(まだ依頼の貼り出しとやらに時間はあるだろうが・・・先に行って待っておくべきか)
この刀の生産地でもある東の国の方にはこんな言葉もあったそうだ。
早起きは何とかの得だとか・・・
得があるかどうかはさておき早く行ったからと行って損があるわけでもあるまい。
依頼は早いもの勝ちらしいので先に貼り出しの時間に待機していればどんな依頼があるかを見ることくらいは出来るだろう。解決すべき問題を一先ず置いて、立ち上がり部屋を後にした。
~~~
冒険者の朝は早い。俺は自分の認識が甘かったことを実感した。
宿で軽めの食事を取ってギルドについたときにはすでに多くの冒険者達で溢れかえっていた。
まだ貼り出してすらいないというのに皆何故にそんなに飢えた目をしているのか。
中には殺気立っているように見える冒険者もいる。彼等は何と戦っているだろうか。
まだ時間もあるようなので俺は一先ず受付に向かう。そこには昨日俺が登録したときと
同じ受付嬢がいた。何やら書類のような物を書いているように見えるが大丈夫だろうか?
「すまない。今時間はあるだろうか?」
「はい・・・ってあら?貴方は昨日の・・・放浪騎士さんですね。どうかされましたか?
依頼の貼り出しはまだもう少し時間がありますが・・・」
受付嬢は俺の声に反応して書類を書くのを中断してすぐに姿勢を正して返事を返してくれた。
仕事の邪魔にならないようすぐに用事を済ませるとしよう。
「資料の返却にな。完璧とは言えんがある程度は読めるようになった」
「はい、確かに。冒険者さんでも文字は読めた方が何かと便利ですからね」
代金を払い資料を返却する。この世界は文字も読めない書けない人の方が多いらしい。だから代筆でも金を取られるとも。そういえば代読なんてのもあったな…いかん肝心の本題を忘れるところだった。
「そうだ 依頼の貼り出しなのだが、ギルドの早朝はいつもこんな感じなのか?皆妙に殺気立って
いるような気がするのだが・・・」
俺の疑問を受けて受付嬢も苦笑いしつつ呆れたように答える。
「そうですね・・・いつもある程度緊張した空気が流れてはいますよ。
皆身入りのいい依頼や割のいい依頼、報酬が多い依頼などを受けたがるので」
なるほど、つまりは皆自身の稼ぎの為にやっているのか。確かにその日の依頼の成果が食い扶持に
繋がるのであれば報酬の美味しい依頼に飛びつくのは当然か。
「あとは昇級するのに必要な経験点を稼ぐ為、でしょうね。査定には依頼で得た金額なども含まれ
ますから・・・」
彼女は多少憂いを帯びた表情になって掲示板の方へと視線を移す。しかしその表情は一瞬で俺の方
に向き直ったときにはすでに元の表情に戻っていた。
「そういえば昨日説明を受けたな。社会への貢献。獲得した報酬総額。面談による人格査定・・・だったか?」
「はい。昨日説明したばかりなのによく覚えていましたね。その3つを主として他にもいろんな面をギルド側が査定して評価して等級を上げる許可をするんですよ」
つまりは腕が立って沢山の稼ぎを得たとしても人格が伴わければ出世は出来ないということだ。
白磁・・・つまり新人というのは誰でもなれるという以上ならず者のような扱いを受けることもあると。この冒険者の証は社会の信用度の目安にもなっているわけだ。
「なるほど。おおよそ理解した。つまりは皆自分の食い扶持と出世の為にああも飢えた目をしていたのか・・・」
いくら稼ぎが掛かっているとはいえ仕事なぞ選ばなければいくらでもあるだろうに。昨日チラリと見た限りでもそれなりに貼り出されていた記憶があるが・・・
俺は納得したと同時に呆れてしまった。
食い扶持はまだ分かるが富や名声に拘る必要がどこにあるのか。
大方名声を得て英雄のような存在や扱いに憧れてでもいるのだろうか。
だとしたら愚か極まりない。英雄などあれは自身から望んでなるものではなく
周囲から祭り上げられて付いてくる「結果」のようなものだ。
俺は間違っても英雄は自分からなるものではないと思っている。そうした英雄は最後には決まって悲惨な末路を迎えるものだ。最後に笑っていられればいいが現実は甘くない。
そんな末路を迎えるくらいならば少し有名で腕が立つ冒険者くらいが丁度いい。
少なくとも俺はそんな扱いは心底ゴメンだ。かつて火を継いだ多くの
俺は彼等を否定するつもりはないし、する権利もない。
だが俺には時代を延命するだけの運命や犠牲なぞまっぴらゴメンだ。
延命しなければならないような時代ならばその時代は終わったのだ。
だからこそあの瞳は「彼女」に火継ぎの終わりを見せたのだろう。
最も俺も一度は火を継ぎ、そして最後にはその火を奪ったのだが・・・
そこまで思い耽った所で、受付嬢が声をかけてくる。
「そろそろ時間ですね・・・ほら、依頼が貼り出されますよ」
そうして受付嬢の示す先を見る。そこには快活そうな受付嬢がいた。
「冒険者の皆さーん!依頼の貼り出しの時間ですよー!」
その声と同時にギルド中にいた冒険者がいきり立ち我先にと掲示板に群がる。
羽振りのいい依頼や楽な依頼を取っているのだろう。中には小競り合いのように
なっているようなものもチラホラ見える。同業者で潰しあってどうするのか・・・
だがアレらもまた「人間らしさ」の象徴だろう。俺には彼等の行動もある程度理解は
しているつもりだ。かつては自分も他者から
「放浪騎士さんは行かないんですか?依頼なくなってしまいますよ?」
心配したような表情で受付嬢が訪ねてくる。
「私は彼等のように稼ぎや名声を気にして依頼に群がりはしないさ。それに・・・」
俺は自分の冒険者証を見せながら言った。
「まだ私は、
その言葉を聞いた彼女は少し驚いた表情をしつつも僅かばかりの笑顔を見せた。
「ふふっそうでしたね。ですが新人の時代が一番危険なんですよ。どんなに
力自慢の人でもあっさりと死んでしまうことがあるんですから・・・」
後半は真面目な表情になり少し沈んだような表情になる。それだけ多くの冒険者の最後を
直接ではなくとも見続けたのだろう。いくら依頼が自己責任とはいえ、自分が斡旋した
依頼などで冒険者が帰ってこなかったことなどもあっただろう。彼女も人間だ。人間なら
心がある。心があるならそれも痛むことがあるのは当然だろう。
チラりと掲示板の方を再度見ると身入りのいい依頼は無くなったのか冒険者の数は少なくなっていた。俺も依頼を取りに掲示板へ向かうとしよう。
「すまない、時間を取らせた。私もそろそろ依頼を取ってくるとしよう」
その言葉を聞いた受付嬢は和やかな笑顔で応えた。
「いえいえ冒険者さんの疑問に答えるのも私達の仕事なので。あ、最初は下水道での
その言葉を受け掲示板に向かって歩き依頼を見る。今自分が受けられる物は・・・
・下水道のドブさらい・・・報酬 金貨1枚
・下水道の巨大鼠5匹の退治・・・報酬 金貨2枚
・下水道の大黒蟲5匹の退治・・・報酬 金貨2枚
・夜な夜な村にやってくるゴブリンの退治・・・報酬 金貨3枚
・・・妙に下水道で受けられる依頼が多い。
いやまずは暗い所で戦うのに慣れろということなのだろうが外での野戦の経験などがない新人などでは仕方がないのかもしれないが・・・
これはこれでキツくないだろうか?自分は下水道や地下牢といった暗い場所での戦闘は慣れているが、戦いも何も知らない冒険者にいきなり下水道に行ってこいというのはどういうことなのか。自分の感覚がおかしいのか?あの巨大な鼠の群れや呪いのガスを放つ
少々この街に対する認識を改めたほうがいいのかもしれない。
そしてドブさらいだがこれは最も簡単なボランティア的なもののようだ。一日中をドブさらいをするだけでよし。戦う必要のない依頼で稼ぐのならばこんなものなのだろうか。
そして最後。ゴブリン退治の依頼だ。夜な夜な村にゴブリンがやってきては村の家畜や畑の収穫などの食料が持ってかれて困っているらしい。まだ死人などは出ていないようでどうにか村人でも追い払えているようだが毎晩毎晩来られて村人達も堪えているようだ。
・・・毎日くるということは近場に巣穴があるのだろうか。だとしたら危険だ。何日か貼り出されている依頼なのだろう。依頼書も他と比べて紙が少し古ぼけている。
説明をよく見て判断すればある程度継続的な被害が出て、ついに被害に耐えかねて依頼を出したのだろう。つまり今はゴブリンが来はじめてからそれなりに時間が立っているというわけだ。
最悪近くに巣穴ほどでなくても拠点が出来ている可能性もある。薄暗い洞窟などを奴等は根城にするらしい。ゴブリン共が集まり襲撃できるような力を蓄えたならまたあの村のような惨劇が生まれるだろう。
それだけはなんとしても避けねばならない。またあの時のような後悔はするつもりはない。
しかしゴブリン共は群れる都合上一人では厳しいだろうし昨日登録したばかりの自分と
皆が受けたくないからここに残っているのであってそんな労力に見合っていない稼ぎも少ない依頼など誰かと一緒でも嫌なのだろう。・・・まったく酷いものだ。
いきなりゴブリン退治を受けようとも思ったが奴等の活動時間は夜。まだ時間は朝方だ。依頼を出した村は近場ですぐに行ける距離なので下水道の依頼を受けた後でも大丈夫だろう。・・・よし。
依頼は複数受けてもいいとも言われている。俺は下水道の討伐依頼を二つ取るとそれを受付に持っていった。
「この依頼を受けたい。下水道の討伐依頼を2つだ」
「え?いきなり2つ受けるんですか?放浪騎士さんは腕が立つのかもしれませんがまずは1つにしたほうが・・・」
受付嬢は俺の出した依頼書を見て、戸惑った様子で1つにしたほうがいいと言う。何故だろう?どうせ同じ場所に行くならついでに退治したほうがいいのではないのだろうか?
しかしその後受付嬢はハッとしたようになると小さくコホンと咳払いをしてすぐに真剣な表情になった。
「・・・いえ、すみません。下水道の討伐依頼を2つですね。下水道は街の中から行けますのでお気をつけて。倒したら証拠として討伐対象の一部を持ってきてください。鼠なら耳などを持ってきてくださいね」
「わかった。そういえば下水道に何か持っていったほうがいいものはあるだろうか?」
「そうですね・・・薄暗いので松明は勿論ですが、
解毒剤も傷を癒すものも持っているがこの街の勝手をしるいい機会だろう。郷にいれば郷に従うべきだ。
「なるほど。それらはどこで買える?」
「水薬の類ならここで買えますよ。買っていかれますか?」
「では頼む。いくら必要なんだ?」
「それぞれ1本ずつで金貨2枚ですね」
・・・少々高くはないだろうか?これでは依頼を1つ受けただけでは稼ぎが出ない。
・・・いやこれで命が繋げるなら安いものか。
白磁の冒険者が借金をしながら冒険をするというのはあながち間違っていなかったらしい。これにドブさらいなどをして少しずつ地道に稼ぎを作るのだろう。なんと地味なうえに大変な仕事なのだろうか。だがこれも立派な依頼であり社会貢献の一つだ。新人のうちなら不潔だろうが汚かろうが仕事を選んでいる余裕などないだろう。
俺は受付嬢に金貨を2枚渡して2つの水薬の瓶を受け取る。・・・瓶?
二つの水薬はずいぶんと小さな瓶に入っていた。エスト瓶などと違い透明な瓶だ。
見た感じだとガラスだろうか。これでは戦いの際に転倒したりすれば割れて中身で出てしまう気がするのだが・・・
仕方ない。あとで布を緩衝材のかわりに瓶に巻いておくとしよう。完全に割れない保証はないが何もしないよりはマシなはずだ。普段なら自身のソウルの中にしまいこんでしまえばこんな心配をする必要もないのだが現場の人間とこれから先大なり小なり関わることになった場合相手が出来ないことを言うべきではない。そういった時に役立つのは自分の経験だろう。先達が経験した言葉は資料などに乗っている文字なんぞよりずっと信用できる。少なくとも俺はそうだった。
水薬を腰の雑嚢に入れると依頼の受理を終えた俺は受付嬢に礼を言ってその場を後にしようとする。
「お気をつけて。ギルドに報告をしにくるまでが冒険者のお仕事ですよ。無事に帰ってきてくださいね」
その言葉に頷きで応える。問題なぞあるものか。気を抜けば即座に死ぬような世界を何度も渡り歩いたのだ。体に染み付いた経験はそう簡単に消えることはないだろう。一切の油断も慢心もなく依頼は達成してみせる。
兜の中の暗い瞳には静かな闘志が誰にも見えず、しかし炎のようにしっかりと宿っていた。
これ以上話繋げると長くなってしまうのでここで一旦切ります。
多くの評価とお気に入りありがとうございます。
感想に返信が最初の方以降返せていませんがしっかりと読ませてもらっています。
こんな拙い文章を読みに来るとは・・・貴公も物好きよな・・・
ちなみに時系列だと10年前です。まだイヤーワンにすら入ってません。
ゴブスレさんが和マンチ精神を叩きこまれいる真っ最中のお話です。
展開が遅くゴブスレ要素(特にゴブリン要素)が未だ少々薄いですがお付き合いください
m(_ _)m