ダンガンロンパミラージュ~絶望の航海~   作:tonito

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・・諸注意・・

 
この作品は、現在発売されておりますPSP及びPS vita用ゲーム、ダンガンロンパシリーズの非公式二次創作となっております。二次創作が苦手な方、また理解の無い方の閲覧は御遠慮ください。

『ダンガンロンパ』『スーパーダンガンロンパ2』等シリーズのネタバレが含まれております。

 モノクマを除き登場するキャラはオリジナルキャラとなっておりますが、他の作品と肩書き等が被ってしまっている可能性があります。人によっては気分を害してしまう恐れがありますが予めご了承ください。

 流血や殺人等、グロテスクな描写を含みます。苦手な方はご注意ください。




チャプター2 (非)日常編 ③

「都築君にだけは、アタイの秘密を話すなっちー」

「え? 秘密って……まさかはなっちーは!」

「そう、アタイは黒幕の内通者なっち」

「どうして! 今までボク達を騙していたのか!?」

「ごめんね。でも、知られたからにはこのまま見逃すわけにはいけないなっちー」

「ま、まさかボクを……殺すの?」

「殺さないなっちー。都築君は、アタイと一つになるなっちー」

「え?」

「パパ、ママ、お兄ちゃん、お姉ちゃん、弟くん、妹ちゃん、従兄くん、従姉さん、従妹ちゃん、従弟クン、おじいちゃん、おばあちゃん、ポチ、他の一族もみんな! 出てくるなっちー!」

 

 キャッハー! キャッハー! キャッハー! キャッハー! キャッハー! キャッハー キャッハー! キャッハー! キャッハー! キャッハー! キャッハー! キャッハー!キャッハー!  キャッハー! キャッハー! キャッハー! キャッハー! キャッハー! キャッハー! キャッハー! キャッハー! キャッハー! キャハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!

 

「な、なんだこれ!? はなっちーが、いっぱい……っ!」

「さあみんな、都築君を取り込むなっち!」

 

 ズゥワ! ズゥワ! ズゥワ! ズゥワ! ズゥワ! ズゥワ! ズゥワ! ズゥワ!ズゥワ! ズゥワ! ズゥワ! ズゥワ! ズゥワ!ズゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥワァァァァァァァ!!!!

 

「や、やめ……の、飲まれる! 誰かぁ! 助けてぇ! ああ足が、溶け…………うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

「……きゅっぷい。これでずっと一緒……なっち」

 

 

「うわああああああああああああああああ!!!!」

 窓を割るような勢いで飛び起きると、そこはいつもの客室だった。

髪はシャワーを浴びた後のように濡れ、シャツは絞れそうな程に汗を吸って体に張り付いていて気持ち悪い……ってそんな冷静に浸っている暇はない!?

「ボクの足ちゃんとあるよね!? 飲み込まれて胃液で溶かされたボクの……足ィッ!!」

 無駄に肌触りの良い布団を勢いよくめくって足元を確認する。

 そこにはしっかりと2本の足が伸びていて、ちゃんと違和感なく動かす事が出来る。小指が転がっていることもない。

「よ、よかった。それにしてもとんでもない夢だったな。まさかはなっちーが……やめよう。こんな事、口に出して云って良い事じゃない」

 ボクは一度深呼吸をするとベッドから降りて、さきにシャワーを浴びる事にした。朝にシャワーを浴びる習慣なんてなかったけど、今はいろんなものを熱いお湯で流したくて仕方がなかった。

 

「おはよう都築君」

 朝食を食べにレストランに行くと、以外な事に紫中君がコーヒーを飲んで優雅な朝を過ごしていた。なんだか珍しいな。今日は大雨でも降るのかな?

「今日は快晴だと思うよ?」

「な、何の事?」

「別に」

 相変わらず隙がないというか、ミステリアスだな紫中君は。ボクが思ってることってそんなにわかりやすいのかな?

「まあ顔には出やすいよね」

「心の中を読むのはやめて!」

「あはは。二人とも元気だね!」

「おはよう深海さん。今日はごはんなんだね」

「うん。最近朝はパン食だったんだけど、今日は気分を変えてみようと思ってね」

 深海さんが持つおぼんにはホカホカのごはん、板海苔、納豆、焼き魚、味噌汁。そして牛乳が乗っていた。相変わらず美味しそうな朝食だな。ボクも同じものにしようかな?

「でも私もビックリしちゃった。まさか紫中君がこんな時間に起きて来るだなんて」

「ちょっと調べたい事があってね」

「調べたい事?」

 深海さんが首を傾げると丁度同じタイミングで梶路さんがやってきた。今日も可愛いな。きっと梶路さんみたいな人を大和撫子っていうんだろう。

「おはようございます」

「おはよう梶路さん! 今日は珍しく遅いんだね?」

「はい。昨日の夜はあまり眠れなくて……寝坊なんてめったにしないんですけど」

 困ったように微笑む梶路さんだったけど、ボクにはその顔が少しやつれたようにも見えた。

「大丈夫梶路さん? お水持ってこ――」

「だから姉御って呼ぶなって云ってんでしょ!?」

 突然耳を裂くような大きな声が聞こえるとボク達の体は反射的に動いた。

振り返るとそこには席から立ち上がり、同じテーブルにつくはなっちーと指原さんを睨みつけるハミちゃんの姿があった。

「どうしてなっち? 姉御は姉御なっちー!」

「とにかく姉御呼びは禁止! 姉さんも、お姉ちゃんも無し!」

「わからないなっち! 理由を教えてほしいなっちよ!」

「理由なんてないわよ。ただイヤだからイヤって云ってんの!」

「は、はなっちーさん。あね……羽美さんもそう云ってますし、無理に呼ばなくても……」

「ちゃんと理由があれば良いなっち。でもこればっかりは納得できないなっちー! 今日の姉御はおかしいなっちー! 垣子って呼ぶなって時とは全然違うなっちー! こんなの、こんなの姉御らしくないなっちー!」

「あたしらしくってなによ? あんたあたしの何を知ってるって云うのよッ!? そんな着ぐるみ来てコソコソしてあんたこそ一体何なのよッ!」

「あ、アタイは……」

「……云い過ぎたわ。とにかく、これからはハミちゃんって呼びなさい。指原さんもよ」

「は、はい……」

「……」

「ごめん西尾君。あたし、朝食いらないわ」

「わかった。でも、腹が減ったらいつでも来な。オレは厨房で昼飯の仕込みをしてるからよ」

「ありがと」

 ハミちゃんは厨房から真剣な表情を覗かせる西尾君に感情のこもってない声でお礼を云うと、まるでボク達を拒むかのように扉を閉めてレストランから出て行った。

「ハミちゃん、大丈夫かな?」

「今は、そっとしておいた方が良いと思います」

「僕もそう思う」

「それはそうだけど……」

「と、とりあえず朝ご飯食べたら? 冷めちゃうよ?」

「……そうだね。ありがとう紫中君、都築君、美耶子ちゃん」

 作ったような笑顔でボクと紫中君にお礼を云う深海さん。

 なんだか朝から嫌な雰囲気になっちゃったな。まさかこのままなんて事はない……よね?

 

 朝食を食べた後、ボクは胃もたれにも近い不快感を覚えたまま暇をつぶす為に4階へとやってきた。おかしいな。そこまで食べてないし、食べ合わせだって悪くないはずなんだけど……。

 口の中に広がる嫌な酸味となって具現化したストレスに眉を顰めていると、丁度良いタイミングであの時の本屋が目に入った。

「そういえば昨日、夢見さんやら殺人鬼やらあってちゃんと見れなかったんだよな。面白いマンガでも読めば気分が晴れるかな?」

 まずマンガが置いてあるのかという疑問はこの際捨てて本屋に足を運ぶと、丁度入口横の雑誌コーナーで立ち読みしていた玉村さんと目があった。

「奇遇だね。航くんも立ち読みしに来たの?」

「ボクは漫画をちょっとね。玉村さんは何を読んでいるの?」

「ファッション誌だよ。たまに見るんだ」

 玉村さんの隣に立ち、覗くようにして雑誌の写真を見る。

 そこには綺麗なモデルさんが落ち着いた印象の洋服を着て、芝生の上で舞う様なポーズをとっていた。

「こういう服が好きなんだ」

「ん~あんまり好みじゃないかな。ぼくはもっと動きやすい格好の方が好き」

「ああ、確かにそんな感じするね」

「でしょ? ワンピースとか落ち着かないんだよね~」

 ペラペラと雑誌をめくる玉村さん。どうやらそこまで熟読しているというわけではなくて本当に時間を潰しているだけみたいだな。

「ねえ航くん。ここだけの話、聞きたくない?」

「いや別に」

「聞いてよ!?」

 雑誌をぶんぶん振り回しながらボクを睨む玉村さん。正直まったく恐くないけど雑誌の角で殴られるわけにもいかない。ここは話を聞いてあげよう。

「やっぱり聞きたいな~。玉村さんのここだけの話~」

「最初からそう云えば良いんだよ。実はぼくね? 子供の頃に雑誌のグラビアを飾ってたりしたんだよ!」

「グラビア? 水着の?」

「違うよ! 浜辺で走ったりワゴンの中で腰を浮かせたりなんかしてないよ! おバカ!」

 怒られてしまった。

 っていうか妙に詳しいな。もしかして本当は経験が――

「な・い・か・ら・ね!」

「わかった! わかったよ!」

「もう。グラビアっていうのはこういうファッション誌とか、タレントさんが載っているような奴だよ。ぼく、子供の頃は結構有名だったんだからね」

「そうなんだ」

「うん。天才ボーリング少女って肩書きでバラエティにも出たりしてね。番組のゲームコーナーで100本のピンを全部倒したりとかしてたんだから!」

 自満するようにドヤ顔で大きな胸を張る玉村さん。

 本人は無自覚だろうけど、その大きく揺れる二つのエベレストは、お年頃なボクには少々刺激が強かった。この場に太刀沼君がいなくて本当によかったよ。

「そ、それは凄いね。でもおかしいな。それだけ有名ならさすがにボクでも知っているはずなんだけど……」

「それは仕方ないよ。テレビに出てたのって7,8年くらい前だもん。今はそういうお仕事は全部断ってるしね」

「どうして? 昔はよくやっていたんでしょ?」

「テレビや雑誌に出るのも楽しいんだけど、そっちばかり忙しくなってボーリングをする時間がなくなっちゃったんだよね。楽しい事は好きだけど、やっぱりぼくはボーリングをしてる時が一番好きだからさ」

 雑誌を棚に戻して頬をかく玉村さん。その顔はどこか寂しそうに見えた。

「それじゃあ、今度ボーリングの大会があったら観に行かないとね」

「え?」

「ボク、玉村さんがボーリングしている姿って見た事がないからさ。ボーリングの大会がどんな感じなのかも気になるしね」

 ボクの言葉を聞いた瞬間、曇り気味だった玉村さんの顔は一気に晴れ渡る。

「うん! 絶対来てね! 見てるだけでも絶対楽しいから! 絶対だよ!」

「うん、絶対行くよ」

「ん~~~~っ! なんだか今、すっごいボーリングがしたいよ! ボクちょっとレストランに行ってくる!」

「え? なんでレストラン?」

「レストランならジュースの空き瓶とかあるかもしれないでしょ? 圭太くんに頼んで9本借りて来る!」

「ぼ、ボールは?」

「客室のジャージを丸めればどうにかなるよ! 足りなければ今来てるこのポロシャツを使えば良いし!」

「それはさすがにマズ……っていないし!? 早まっちゃダメだよ玉村さーん!」

 いつの間にか姿を消していた玉村さんを追いかけ、額の汗を拭う暇もなく2階のレストランの扉を勢いよく開くと、中では深海さんが、おへそを出した状態の玉村さんを正座させてお説教をしている最中だった。

「あ、都築君。今は立て込んでいるから後にしてくれるかな?」

「わ、航くん助け――」

「ね? 都築君」

「……そっか。それじゃあ仕方ないね」

「は、はくじょうもの~!」

「晴香ちゃ~ん?」

「ヒィィィィ!」

 玉村さんの悲鳴を背に扉を閉めると、ボクは何も見なかったかのようにエレベーターへと向かう。

 そういえば、さっきまで汗をかいていたはずなんだけどいつの間にか引いてるな。なんだろう、うん、まったく心当たりがないや!

 

 一度本屋に戻ってみたものの、これといって面白そうなマンガは見つからず。

 ボクが時間を潰そうと映画館に行くと、モノモノマシーンの前には紫中君が座っていて、足元にはフリーマーケットでも開いているのかと思うくらいにいろいろなアイテムが置かれていた。

「調子はどうだい紫中君」

「釣り堀のおじさんみたいだよ都築君」

 

「まあ、概ね好調だよ。このモノモノマシーンもそこそこ面白いし」

「そこそこって云う割に、充分ハマっているようにみえるんだけど……」

 無造作に置かれたアイテムを見ながらボクが云うと、紫中君はそのうちの一つを取って手渡してきた。ブルーラム? ジュースみたいだけど少し気になるな。

「よかったらあげるよ。僕、炭酸飲めないから」

「そういう事なら」

遠慮せず受け取ると、プルタブを開けて中のジュースを一口飲む。

 あ、美味しい。程良い刺激の炭酸が喉に心地良いぞ。気付かないうちに喉が渇いていたのかもしれないな。あ、なんかこのままゴクゴクイケそう……ああ、なんだろうこの感じ……なんか、やたら悪い事したくなってきた。例えばそう、醤油とソースを入れ替える的な……

「ブルーラム。退廃的な気分にさせる飲み物らしいけど、本当みたいだね。飲まなくて良かったよ」

 ……今なら殴っても許される気がする。

「そういえば、都築君はこれやった事ある?」

「一回だけあるよ。ミネラルウォーターが出てきた」

「都築君ってさぁ、町内のくじ引きでティッシュばかり当てる人でしょ?」

「な、なんの事かな? あ、ああ! なんかすごい悪い事したいなぁ!」

「まあ、そんな事はどうでもいいんだけどね」

 話を振っといてそれかよ……。

「そ、そういえばなにかわかった事はある? 朝、なんか調べたい事があるって云ってたけど」

「うん。それで今、このモノモノマシーンをやっていたんだよ」

「そうだったんだ。てっきり遊んでいるのかと」

「それもなくはないかもね」

 そう云いながらまたもメダルを投入する紫中君。

 相変わらずの鉄仮面だけど、レバーを回す手は軽やかだった。

「2階の売店はタダだったのに、4階の物は全部メダルを使わなきゃ買えないって少しおかしいと思わない?」

「確かに。云われてみるとそうだね」

「それで、怪しいと思って調べてみたんだけど……あ、またこれか」

「これは……ボタン?」

「第二ボタンだよ。ちなみにこれで5つ目」

「学生服が作れるね」

「ホントにね。これが脱出ボタンとかならよかったのに」

 5つ目だというボタンを床に放置したまましみじみとする紫中君。

 せっかくのアイテムをそんな雑に扱って良いのかっていうツッコミはこの際置いておこう。今はそれ以上に、紫中君の口から出た聞き慣れないアイテムの方が何倍も気になる。

「で、その脱出ボタンってなに?」

「この船から出る為のボタンだよ。これだけいろいろなアイテムがあれば、そういうのが入っててもおかしくはないでしょ?」

 そう、かなぁ? そんなボク達に有利になるような事、あいつがするとは思えないんだけど。

「名前は今つけたよ。なかなか良いネーミングだと思わない」

 鉄仮面を被ったまま自画自賛する紫中君。どことなくドヤ顔しているように見えなくも……ない。

「さてと、さすがにメダルがもったいないから、この辺でやめとくよ。都築君はどうする?」

「ボクは一回だけやってみようかな。せっかく来たわけだし」

「そうか。じゃあ、デーモンシード」

「デーモ……なに?」

「デーモンシード。日本語にすると魔種。ま、たね。またね……って。流行るでしょ?」

「わかりにくいよっ!? っていうかそのキャラ覚えてたんだ逆に安心したよっ!」

「これもダメか」

 余程自信があったのか、無表情のまま肩を落として去って行く紫中君。

 相変わらず変わった人だな。というか一度英語を勉強し直した方が良いと思う。

「ってその前にこのアイテムの山は持って帰ってよ! ボク持てないよ!? ちょっと紫中君! 紫中くーーーーん!!」

 

 胃の不快感もいつの間にかなくなっていたボクはレストランに戻って軽く昼食をとった後、腹ごなしの散歩も兼ねてもう一度4階の廊下を歩いていた。

 なんだかんだ云ってこの雰囲気が割と気に入っていたりもするんだな……なんて思っていると、昨日ピザパーティをしたカフェの前で一人佇むハミちゃんと目があってしまった。

「あ、えっと……ボンジュールハミちゃん!」

「なんでフランス語なのよ。なにか用?」

「用はないよ。たまたま見かけたから」

「そ。じゃああたし、別の場所に移動するから」

「ちょ、ちょっと待ってよハミちゃん!」

「用はないんでしょ?」

「ある! 用事あるよ! だから、ちょっと待って!」

 ボクは慌てるようにしてハミちゃんの肩を背後から掴むと、その小さな肩は僅かに震えた。

「で、用ってなにかしら? 今は一人になりたい気分だから早く済ませてもらえると嬉しいんだけど」

「やっぱりはなっちーと指原さんの事を気にしているの?」

「はい話はこれでおしまいじゃあね」

「待ってよ! ボクからも逃げるの?」

 逃げる、という言葉が効いたのか、ハミちゃんは背を向けたまま立ち止まる。

「逃げる? あたしが?」

「そうだよ。今朝だって、二人の話をほとんど聞かないでいなくなっちゃうし、明らかに逃げてるじゃないか」

「あんたになにが――」

「わからないよ。云わないと」

「……そこの店で話しましょうか」

「うん」

 店の中に入ると、ボク達は向かい合う形で適当な席に着く。

 しばらく無言の時間が続いて、このまま話を聞く事が出来ないのではないかと不安になっていると、ハミちゃんの口から出てきたのは知らない人の名前だった。

「桃討鬼子」

「え?」

「あたしが中学の時にお世話になった一つ上の先輩よ。名前の通り、桃太郎ですら敵わない鬼のような女と云われた人よ」

 凄い名前だな。ご両親ももっと良い名前を付けてあげれば良いのに。

「昔のあたしはもっと大人しくて、ペンより重い物は持てない、そんな可憐な女子だった。もちろん今もだけど」

 ……敢えてツッコまないでおこう。

「あたしの両親ってそこまで厳しくはないんだけど、なにより仕事優先の人達でね。自営業っていうのもあるかもしれないけど、あたしが風邪を引いた時も仕事していてまともに看病をしてくれた事なんてなかったわ。ふふ、笑っちゃうわよね。歯医者だって病院なのに、そこの娘を寝たきりにさせているだなんて」

 昔を思い出してか、明後日の方を向きながら自虐気味に笑うハミちゃん。

 そうか。だから裁判の時、自分の事をお見舞いに来てくれた成宮君の事を庇っていたのか。例えそれが自分を疑っての事だったとしても……。

「趣味なんて音楽を聞くくらいしかなかったし、誰かと共有しようなんて気もなかったから家でも学校でも勉強ばかり。自然に成績は良くなったけど、あたしの成績が上がると共に少なかった友達はより減っていったわ」

 ボクは何も云わず、しっかりとハミちゃんの目を見て話を聞き告げる。

「もう毎日つまらなくてね。でも何か変えようなんて気も起きなかったし、生活面での不自由はなかったから、このまま大学出て、家を継いで適当に老後を過ごせればいいや~なんて思ってた時に、あたしは鬼子先輩と出会ったの。鬼子先輩との出会いは今でも覚えてる……夜中、シャーペンの芯を買いにコンビニに入ったら突然11円貸してって云われたのよ。なんでもお金が足りなかったみたいでね。面白いでしょ?」

 ……面白い、かなぁ?

「あたしは云われがままに11円を渡したわ。そしたらなんか凄く気に入られちゃって。次の日学校に行ったらあたしの席に鬼子先輩が座っていたわ。あれはさすがにビックリしたわね」

 うわ、なにそれ恐い。ボクならしばらく不登校になるな。

「それから気付いたら一緒に行動する事が多くなってね。カラオケやゲームセンターに連れて行ってもらったり、ネイルを教えてもらったり、学校の裏山でカブトムシを捕りに行ったり、デパ地下の試食を網羅したりね」

 なんか後半ちょっとおかしい。

「めちゃくちゃだったけど、鬼子先輩と行動するようになってからあんなにつまらなかった世界が一気に変わったわ。あたしが2年生になる頃には、ずっと鬼子先輩の後を着いていったもんよ。中学なのに卒業出来ないって云われていた先輩が無事に卒業できるって聞いた時はどれだけ泣いた事か」

「ハミちゃんにとって、その鬼子先輩との思い出は本当に大切なんだね」

「ええ。あたしにとって、尊敬できる姉御よ」

 姉御……あ、もしかして。

「気付いたみたいね。あの子達に姉御って呼ばれた時、あたし嬉しくてね。やっとあの人に近付けたんだって思えた。でもそれは勘違いだった……」

「どうして? はなっちー達はあんなに慕ってくれていたのに」

「もしあの場に鬼子先輩がいたら、誰よりも早く昨日の騒ぎを止めに入っていたわ。でも、あたしにはそれが出来なかった。太刀沼君がはなっちーを内通者だって云った時、あたしどこかで納得していたの。ああ、きっとこいつに違いないって」

「それは――」

「仕方なくなんてないわ。自分を慕ってくれる妹分を疑ったのよ? あたしは姉御失格よ」

「そんな事ないなっちよ!」

 突然扉が開かれて振り向くと、そこには息を切らすはなっちーと指原さんがいた。

「あ、あんた達どうしてここに……」

「わ、私達が勝手に姉御さんを探しにきただけです」

「姉御って呼ぶなって云ったでしょ?」

「あう」

 ハミちゃんに睨まれた指原さんは咄嗟に後退するも、逆にはなっちーは怯む事なく前に出た。

「先に謝るなっちー。偶然とはいえ話を聞いちゃったなっち。ごめんなさいなっちー」

「別に良いわよ。これでわかったでしょ? あたしはあんた達に姉御って呼ばれるような女じゃない。ただの女子高生にすぎないのよ」

「でも姉御は、指原さんが太刀沼君に叩かれそうになった時、誰よりも先に助けに入ろうとしたなっち」

「そ、それは――」

「そそそうです! 生田さんが止めてなかったら、姉御さんが私の代わりに殴られていました! あ、あんな事、そう簡単に出来ないでしゅよ!」

 俯くハミちゃんをまっすぐ見つめる指原さんとはなっちー。

 その目には一切の迷いが無くて、本当に心の底からハミちゃんを思っての言葉だという事はボクにもわかった。ボクですらわかったんだから、ハミちゃんが気付いていないはずがない。

「……また逃げるかもしれないわよ」

「そ、そしたら追いかけます! 追いつけるか、わ、わかりませんけど……」

「アタイもなっちー! 追いかけっこは得意なっちよ!」

「まったく、バカばっかりね……」

 この様子ならもう大丈夫かな。なんとか上手くいったみたいでよかったよかった。こうやってみんなで支え合っていけば、きっとモノクマを倒して、この船からも出る事が出来るよね! 

 新たな希望を見出せたボクは三人の邪魔にならないようにこっそりと立ち上がり、微笑ましい声が聞こえるカフェを一人後にした。

 

「串カツは姉御の好物なっちー! アタイの分も食べてなっち!」

「わ、私の分も、よよよよかったら!」

「おはなも雅もありがとね。でも二人もちゃんと食べなきゃダメよ」

「さすが姉御、優しいなっちなー!」

「はわわわ」

 いつの間にか呼び方が親しくなっている。あの後、きっとボクにはわからない事がいろいろあったんだろうな。

「ふふ、なんだか微笑ましい光景だね」

「うん。ホント、そう思うよ」

 ジュースを飲みながら三人を見守る深海さんに相槌を打つと、ボクもお皿に並べられた串カツを一本いただく。

「おう都築、ソースの二度づけはしてへんやろな」

「もちろんしてないよ。その辺は関西に行った時におじさんから習ったから大丈夫」

「そのオッチャンも、どうせ旅先で知り合った人なんやろ?」

「うん。いろいろ教えてもらったよ。家にも泊めてもらったし」

「都築君ってフットワーク軽いよね」

「そうかな? 普通じゃない?」

「これやもんなぁ」

 そんなにおかしいかな? GWにふらっと電車を乗り継ぐくらい普通だと思うんだけど……。

 呆れたようにボクを見る遊木君と深海さんを無視して串カツを一口かじる。うん、とってもジューシーだ。

「なるほど。パンに挟むと、また違った食感になるんですね。これも美味しいです」

「カッカッカ! だろ? 他にも試したいもんがあったら云えよ美耶子。すぐに作ってやるからな!」

「ありがとうございます」

 むむ、なんだか西尾君と梶路さんが良い雰囲気だぞ? いやいや、きっと梶路さんは食べ慣れないパンが美味しくて堪らないんだ。だから西尾君と仲良くなっただけで、それ以上でもそれ以下でもないんだ。うん。

 自分の口よりも幾分か大きいカツサンドを頬張りながら満足そうな顔をする梶路さんもまたかわいい。細い指についた粉を払う仕草もまたかわいらしい。おかっぱの髪がよごれないように気を遣う女子力の高さもまたかわいらしい……ってあれ? なんかこんな随筆があったような、なかったような?

 食べ終わった串をお皿に置きながら頭を捻っていると、この賑やかな雰囲気に相応しくない声がノイズに混じって響き渡った。

『え~みなさん! 楽しい晩御飯は一時中断して、一度スカイデッキまで集まってください。ボク待たされるの嫌いだから5分以内に来なかった場合は全員オシオキだからそのつもりでね!』

「5分か~! 今揚げてる奴が終わるまで待ってくれねぇかな」

「それは無理じゃないでしょうか?」

 ティッシュで口を拭く梶路さんもまた――

「その辺にしとこうか都築君」

「はい」

「フフフ、突然呼び出しだなんて何があるのかしら?」

「このタイミングからして、きっと動機が出来たのでしょう。ですが心配はいりません! この生田厘駕がいる限り女神達を恐ろしいめには――」

「それじゃあ行こうか」

「おいミトコンドリア。キサマどの面下げてこの俺の言葉をさえぎ――」

「西尾君。ラップとかかけといた方が良い?」

 強いなぁ紫中君。心の中を読むのさえなければ良いのに。

「大丈夫よ! なにがあったってあたし達なら乗り越えられるわ! でしょ?」

「そうなっちー! 姉御と愉快な仲間達の前に敵はないなっちよ!」

「です!」

「ケッ、そんな奴等とよく一緒にいられるなあ垣子。頭おかしくなったんじゃねーの?」

「おかしいのはあんたの方よ! あと垣子って云うな!」

「はいはい。ケンカは後でね」

 

 モノクマが勝手に決めたタイムリミットが差し迫る中、急いでガラス張りの扉を開くと、始めてここに来た時と変わらない潮風がボク達を迎え入れた。

 思えば久しぶりに外の空気を吸った気がする。澄んだ空気も、空に浮かぶ星々も、今までどうして来なかったのかと後悔するくらいに素晴らしいものだった。……奴がいなければ。

『うん。ちゃんと5分以内に来たね! 偉い偉~い!』

「わざわざ来てやったんだ。動機でも何でもさっさと云いやがれ!」

『あらら? まさか太刀沼君に先に云われるとは思わなかったよ。まあいいや! 余計な手間が省けたしね!』

「ケッ! 感謝しやがれ!」

「ヒソヒソ(バカにされてるのに気付いてないなっちー)」

「クスクス(仕方ないわよ。だって太刀沼君ですもの)」

「えとえと(ぎゃ、逆にすごいですよね~)」

 うん。仲が良いね。女三人集まるとなんとやらだね。

『じゃあさっそく動機を発表するね~! 今回の動機は……なんと! 今から24時間以内に殺人が起きなかった場合、この中の誰かにとっても都合の悪い事が起こります!』

「……はぁ!?」

「フフフ、わけがわからないわね」

「都合の悪い事って、例えば?」

『云えるわけないじゃん。玉村さんはおバカだな~♪』

「ば、バカじゃないもん! 暗記と暗算が苦手なだけだよ!」

「玉村さん。それ以上はなにも云わない方が」

 興奮気味な玉村さんをたしなめる梶路さん。確かにこれ以上なにか云うと彼女はいろいろなものを失いかねない。

『うぷぷぷ! というわけだからさ、ちゃっちゃと殺っちゃってよ! ボクは牛脂でも舐めながら視てるからさ! CHA! CHA! CHA!』

「待ちやがれッ!」

 ボク達をバカにするかのように笑うと、奴は自分に掴みかかろうとする太刀沼君をかわしてまるでベテランダイバーのような勢いで海に飛び込んだ。あいつぬいぐるみのクセに防水機能までついているのか。

「こん動機は……さすがに予想外やったわ」

「やだよぉ! もうあんなのやだよぉ!」

「みんな落ち着こう? ね?」

「そ、そうよ! あんなの、大した事ないわ!」

「姉御震えてるなっちー」

「これは武者震いよ!」

「さ、さすがでしゅ!」

 みんなが不安な状況に怯んでいると、モノクマを探して暗い海をデッキから見下ろしていた太刀沼君が地団太を踏みながら戻ってきた。

「曖昧な云い方しやがってあの野郎! まさか適当な奴が見せしめに殺されるとかじゃねえだろうな!?」

「そ、そんなのイヤだよぉ!」

「それは、ないと思います。仮に24時間後、殺人が起きない代わりに誰かが殺されてしまったら、それはモノクマさんが殺人を行った事と同じですから」

「……つまり、なんだ?」

「船内ルールと動機は別物です。船内ルールを犯してしまって殺されてしまうのなら、それは仕方ないかもしれません。ですが、動機を無視した事で誰かが殺されてしまった場合、結果だけ見ればその人を殺したクロはモノクマさんになってしまいます。それでは学級裁判が成立しません」

「とりあえずモノクマくんに殺されることはないってことでいいんだよね」

 説明を聞いてもピンとこない様子の太刀沼君を見てか、深海さんが答えを確認するように尋ねる。

「ええと、とりあえずモノクマに殺される事はないってこと? 美耶子ちゃん」

「はい。このまま何もしなければ、誰かが死ぬ事はないと思います」

「そうなんだ。よかったぁ」

「安心しはるんは早いで玉村。結局殺されはしなくとも、わいらの身に何かが起こりはるんはホンマなんや。そんな不安な状況で事件が起きないなんて保障あらへん」

「ゆ、遊木君。そんな云い方しなくても……」

「でも事実やろ?」

 いつもと比べどこか影のある雰囲気で睨まれたボクはそれ以上なにも云う事が出来なかった。

「それがこの動機の狙いなのでしょう。ですが投球姫、あなたの身はこの生田厘駕が命に代えてもお守りします!」

「ほ、本当に?」

 これが藁にも縋るってやつなのか、無謀にも生田君を頼りにしようとする玉村さん。

 さすがにどうかと思ってボクが止めに入ろうとすると、それより先にハミちゃんが助言をする。

「信じちゃダメよ玉村さん。もしも仮に女子があなたを殺しに来たら、そいつは気まぐれで相手の味方をし兼ねないんだから!」

「そ、そうなの厘駕くん?」

「そうですね!」

「云い切った! 無駄に爽やかな笑顔で云い切ったよ!?」

 よし。ひとまずは安心だ。玉村さんが余計に頭を抱える事になってしまったみたいだけど。

「あら? これはなにかしら?」

「どうしたの縛ちゃん」

「フフフ、船内ルールを確かめようと電子生徒手帳を起動してみたら、こんな機能が追加されていたわ」

 夢見さんがみんなに見えるように電子生徒手帳のディスプレイを見せる。するとそこには、今まで見たことがないデジタル時計が表示されていた。

「……おお! 俺様のにも追加されてるぜ!」

「このタイミングで時計とは狙いすぎなっちー!」

「で、でも、これで日常生活も便利になります……よね?」

「そうね。規則正しい生活は大切よ」

 確かに。今まで時間がわからなくて不便な事が結構あったからな。でも、純粋に喜んで良いものじゃないのがまた歯がゆい。

「今は19時36分か。この後に夕御飯を食べたとしても夜時間までは時間が空くよね。その後に夜時間までバラバラになるのは危険じゃないかな?」

「そうだね。とりあえず夜時間まではレストランで過ごして、その後はみんなで一緒に客室に行こうよ。今晩は誰が尋ねてきてもドアを開けちゃダメってルールを作ってさ」

「そんなんただの口約束やろ?」

「そうだよ。でも自分の客室以外じゃ寝れないんだもん。僕、珍しく早起きしたから寝たいんだよね」

「結局は自分の都合やないか」

「そうだよ?」

「悪気ない顔で答えんな!」

「とりあえず一度レストランに戻ろうぜ。飯が冷めちまう」

「そうだね。ごはんを食べながらゆっくり考えようよ。まだ時間はあるし」

「ハァ、調子狂うで」

 それから一度レストランに戻って夕飯を再開したもののこれだという案は出ず、ボク達は紫中君の提案したルールを厭々受け入れる事にした。

 


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