ダンガンロンパミラージュ~絶望の航海~   作:tonito

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・諸注意・・
 
この作品は、現在発売されておりますPSP及びPS vita用ゲーム、ダンガンロンパシリーズの非公式二次創作となっております。二次創作が苦手な方、また理解の無い方の閲覧は御遠慮ください。

『ダンガンロンパ』『スーパーダンガンロンパ2』等シリーズのネタバレが含まれております。

 モノクマを除き登場するキャラはオリジナルキャラとなっておりますが、他の作品と肩書き等が被ってしまっている可能性があります。人によっては気分を害してしまう恐れがありますが予めご了承ください。

 流血や殺人等、グロテスクな描写を含みます。苦手な方はご注意ください



チャプター4 (非)日常編 ③

 

特に変な夢を見る事もなく、清々しい気分で目を覚ましたボクは顔を洗ってから一階のイートインで朝食を済ませる為にエレベーターへ向かった。

 今日は何を食べようかな。そうだ、アイスを食べよう。朝から冷たいアイスを食べて頭をシャッキリさせよう。自販機のアイスって固いけど美味しいよね。

「あれ? どこ行くの都築君」

「おはよう深海さん。一階のイートインに行こうと思って」

 そうボクが云うと、深海さんは鳩が豆鉄砲を受けたかのような顔をした後、噴き出すように笑った。

「ふふ、もう忘れちゃったの? 今日からレストランが使えるようになるんだから一階まで行かなくてもいいんだよ?」

「あ、そういえば」

「まあ都築君がカップラーメンをご所望ならいいけどさ。私は久しぶりに即席じゃないお味噌汁が飲みたいかな」

「あ、あんまり意地悪なこと云わないでよ」

「ふふ、ごめんね。じゃあ行こ」

 深海さんの後に続くようにしてボクは二階のレストランへと向かった。

 途中いろいろ雑談をしていたものの、傍から見れば姉に頭が上がらない弟のような絵面になっていると思うとなんとも表現しにくい感情が沸きつつもある。

 が、そんな曖昧な感情はレストランに入った途端、全て吹き飛ばされた。

「ん~お味噌の優しい香り! 朝はやっぱこれだよね!」

「うん。なんだか帰ってきたって感じがするよ」

「二人ともおはよう!」

「おはよう玉村さん。今日も早起きだね」

「うん! レストランが使えるっていうから張り切っちゃったんだ! でも厘駕くんはもっとすごいんだよ! ぼくが来た時にはもうお料理始めてたし」

 さすが生田君。その辺はしっかりしている。

 と、そんなこと思っていたら当の本人が良い笑顔でやってきた。

「おはようございます! 今日もお美しいですね麗しき人魚姫! コーヒーと紅茶、どちらをご所望ですか?」

「おはよう生田君。私はコーヒーがいいな。あとその呼び方はやめて」

「おはよう生田君。ボクは紅茶がいいな」

「キサマはカップでもしゃぶっていろ」

 茶葉すらくれないのか。いや茶葉だけもらっても困るけど。

 相変わらずな生田君がキッチンに戻った後、ボクは深海さんと一緒に適当な席に着いて、玉村さんが持ってきてくれたお冷で渇いた喉を潤す。

「都築君はシャワーを浴びる時、カーテンは閉めてる?」

「一応閉めてるよ。でも内側はガラス張りだしあんまり落ち着かないよね」

「そうそう。海が見えるのは良いんだけどね。あ、それで昨日なんだけど、シャワーを浴びていたら誰かに見られているような気がしたんだ」

「それは嫌だね」

 ボク達に割り振られた客室は、トイレと浴槽が一緒になった所謂ユニットバスという奴だ。それだけなら別に構わないのだけれど、問題は浴槽のある内側。

普通なら壁に貌まれていたり、小窓が付いているくらいだろうけど、このユニットバスは壁が全面ガラス張りになっていて、外から丸見えというとんでも設計になっている。

まあ、丸見えといってもガラスの向こうは海しか見えないし、隣の部屋の人に覗かれる心配はないし、嫌なら大浴場に行けばいい。

「でもそういうのってシャンプーしている時とかによくあるよね」

「私も最初はそう思ったんだけど、一度や二度じゃないんだよ。客室は監視カメラがあるからわかるけど、浴室にはついてないはずでしょ?」

「そう云われると確かに怪しいね」

「でしょ? 男子と女子の客室は分かれているし、外は海だから覗かれてるってことはないと思うんだけど」

「お待たせ致しました! 紅茶をお持ちしましたよ!」

 真っ白なエプロンを揺らしながら、無駄のない動きでコーヒーを置く生田君。ご丁寧に砂糖やシロップまで置いてある。生物学者じゃなくて執事の方が向いているのではないだろうか。

「ところで、覗きといういかがわしいワードが聞こえたのですが、そこのプランクトンが何かしたのですか?」

「な!?」

「違うよ。シャワーを浴びている時にそんな気配がよくするって話」

「なるほど。確かにそれは困りますね。せっかくのリラックスタイムを邪魔されて麗しき人魚姫の美しさが怠われてはいけません。この生田厘駕、是非今晩の入浴中にお邪魔してその原因を――」

「うん。お断りするね」

 深海さんが有無を云わせぬ笑顔を向けると、生田君はそれ以上なにも云わず、笑顔を返してキッチンに戻って行った。

「まったく生田君には困っちゃうよ」

「ははは。悪気が一切ないのがまたね……女の子限定だけど」

「そうだね。都築君もよく怒らないよね?」

「もう慣れたよ」

 そんな雑談を深海さんと二人でしていると、玉村さんが芳ばしい匂いと共に朝食を運んできた。

「お待たせ! はい、召し上がれ!」

「ありがとう晴香ちゃん。すっごく美味しそう」

「作ったのは厘駕くんだけどね。でもフルーツサラダはぼくが混ぜたんだよ!」

 混ぜた、ということは包丁は触らせてもらえなかったのかな。というか……。

「ねえ玉村さん。ボクの朝ごはんは?」

「それが……」

「だいたいわかったよ」

「で、でも大丈夫だよ! 航くんにはこれを持って来たから!」

 そう云って玉村さんがボクの前に置いたのは、ボウリング玉くらいの大きさをした黒い塊だった。

「なにこれ」

「ぼくの作ったボウリングおにぎりだよ! 厘駕くんが都築君の朝ごはんは用意しないっていうから、こっそり作ったんだ!」

 この大きさをこっそり……。

「そっか。ありがとう玉村さん。いただくよ」

「めしあがれ!」

 ボクは笑顔の玉村さんと苦笑した深海さんの視線に見守られるなか、大きなおにぎりにかぶりつく。その瞬間、ボクの身体は震えた。

「ん~~~~! 美味しい! 美味しいよ玉村さん!!」

「よかったぁ! どんどん食べてね!」

 お米ってこんなに美味しかったんだ。ずっとカップ麺やお菓子ばかり食べていたから尚更そう思うのかもしれない。ああ……なんだかあったかい。

「どうしよう紅葉ちゃん! ぼく航くんを泣かせちゃったよ!?」

「ふふ、よっぽど美味しかったんだよ。よかったね晴香ちゃん」

「そ、そうなんだ……それならまた作るよ! 今度は気絶するくらい美味しいのを作るよ!」

「気絶はマズイんじゃないかな?」

 深海さんが冷静にツッコミを入れていると、血相を変えた生田君が腋にボウルを抱えて厨房から現れた。

「おい! モノクマはどこだ!?」

「どうしたの生田君。そんなに顔を赤くして」

「ああ、これはお見苦しい姿を。失礼致しました。実は、水道の水が止まってしまいまして」

「ぼくなにもしてないよ!?」

「わかっています。はぁ、なぜこんなことに」

『呼んだ~?』

 イライラする生田君とは逆に、ピチピチ跳ねる活きの良い生鮭を抱えながらマイペースに登場するモノクマ。

 相変わらずどこからともなく現れるな。というか朝から生鮭?

「遅いぞ! 水道から水が出ないがどうなっているんだ!」

『はあ? そんなわけないよ! ボクがわざわざ修理したんだから!』

「ならば直接見てみろ!」

 生田君に云われて渋々厨房に足を運ぶモノクマ。しばらくして戻ってきたと思うと、その表情は曇っていた。生鮭の瞳も曇っていた。

『水が出なくても生きていけるよ』

「いけないよ! 死活な問題だよ!」

『水がないならオイルを飲めばいいじゃな~い』

「そんなの飲めないよ」

「おいどうするつもりだ。まさかこのままなんて云わないだろう?」

『うるさいなぁ!! わかったよ! 直すよ! 直せばいいんだろぉ!?』

「逆切れだー!?」

 玉村さんがムンクの様に叫んでいると、モノクマはストレスを晴らすように生鮭を強く抱き締める。

『ふん! 水が出ないのはここだけみたいだしね! 何よりボクの腕は良いからすぐに治るよ! 安心したかぁ!』

「ならばさっさとやれ。このポンコツが」

『くっそー! 覚えてろよバーカ! チクショウメー!』

 生田君の言葉がトドメになったのか、モノクマは動かなくなった生鮭を床に叩きつけて子供の様な捨て台詞を吐きながらどこかへ消えて行った。置いて行かれた生鮭はピクリとも動かなかった。

「どれくらいで治るのかな?」

「そんなに時間はかからないんじゃない?」

「あ、水道使えないんじゃお皿洗えないんじゃ」

「洗い物は冷蔵庫の中にあったミネラルウォーターを使いましょう。今日一日くらいなら大丈夫です」

 この騒ぎでせっかくのおにぎりも冷めてしまい、一時は平和だったレストランの朝食も結局いつものようにバタバタしたものになってしまった。生鮭ェ……。

 

 

 朝食を食べた後、暇を持て余したボクは意味もなく五階を彷徨っていた。

 ついさっきまで四階のモノモノマシーンで遊んでいたけれど、これといって面白い物は出て来なかったので退屈で仕方がない。

「なにか面白い事はないかな。娯楽施設は多いけど、一人で遊ぶには少し寂しい物ばかりだし……ん?」

 たまたま立ち寄ったダーツバーを覗くと、そこにはオレンジ色の髪が良く目立つ少女が一人、カウンターに腰かけていた。

「玉村さん」

「あ、航くん。奇遇だね」

「そうだね。玉村さんはこんなところで何してるの?」

「あ、え~と……」

 ボクが尋ねると、玉村さんはバツが悪そうな顔で俯きながら小さな声で呟いた。

「生田君のこと、考えてた」

「え? 生田君? もしかしてまた厨房を爆発――」

「してないよ!? ぼくを爆発キャラみたいに云わないでよぉ!」

「ご、ごめん! じゃあなにがあったのさ」

「ほら、生田君って男の子に厳しいでしょ? ちょっと変なくらい」

 ちょっとどころじゃないだろあれは。

 ……という冷静なツッコミは心の中に仕舞って、ボクは玉村さんの話を黙って聞く。

「前から思ってたんだ。もしかして、昔なにかあったんじゃないかって。それで、そのことを聞こうかどうか考えていたらいつの間にかここに」

「そうなんだ。でも、あまり過去の事を聞くのは……」

「わかってる。だから悩んでるんだ……動機の紙のこともあるし」

 昨日モノクマから配られた一枚の紙。

 そこには一言、身に覚えの無い事が書かれていた。

 

 『おまえはひとごろし』

 

ボクに配られた紙に書いてあったことだけれど、ボクは人を殺した覚えなんてもちろん無いし、モノクマがボク達を混乱させる為にデタラメを書いてあるだけだっていう事で話はついたはずだ。

「もしかして、玉村さんに配られた紙には生田君に関わっていそうな事が書かれていたの?」

「あ、えっと……うぅ」

「ご、ごめん玉村さん! ボク、そんな泣かせるつもりは!?」

「ぼ、ぼくの方こそごめんね!? つい、一杯一杯になっちゃって」

「ああその……ほら! きっと大丈夫だよ! これはモノクマの罠なんだし、生田君も口は悪いけど性格はそこまで悪……くも……ない……ような……気も……し、しな……しな…………とにかく大丈夫だよ!!」

 ダメだ! 生田君の事をフォローしないといけないのに全然言葉が出て来ない!? ていうかぶっちゃけ無理だよ生田君をフォローする事なんて!? ああもう! もっと上手い言葉が出てくれば……!

「あは、あはは! 航くん変な顔!」

「そ、そうかな?」

「うん! すっごく面白い! なんか悩んでいたこと忘れちゃった!」

「え……?」

「ちょっと!? そんな可哀想な子を見るような目で見ないでよぉ! セクシャルなハラスメントだよ!?」

「ご、ごめん!」

 そんなやり取りを一通り繰り広げた後、ボクはレモンソーダを作って玉村さんと二人で飲んだ。

 夢見さんの見よう見真似だったけれど、玉村さんも美味しいと云ってくれたから上手くいった方だと思う。

「やっぱりボウリング場は必要だと思うんだよ」

「ああ、前から云ってたもんね」

「うん! これだけいろんな施設があるのにボウリング場が無いのは勿体ないよ! あとカラオケ!」

「カラオケ? 玉村さんカラオケも好きなんだ」

「うん! これでも歌は得意なんだよ! 小さい頃、CDも出していたしね!」

 小さい頃……胸が? あ、いやいや違う違う! きっと子供の時って事だ! ボクとした事が太刀沼君みたいな事を考えてしまうんだなんて最低だ!

「ど、どうしたの航くん? 顔が赤いけど……もしかしてこれお酒入ってたりするの!?」

「し、しないよ! なんでもないから! 本当に!」

「そ、そう?」

「えっと、CD出してたって話だよね。何歳くらいの時なの?」

「え~と、多分小学生くらいかな? 子供の頃、天才ボウリング少女って呼ばれてテレビとかに出てたって話をしたでしょ? その頃だよ」

 ああ、ボクが雑誌のグラビアを水着のグラビアと間違えた奴か。なんだか懐かしいな。

「まあ一枚しか出してないんだけどね。でも、今でもカラオケは良く行くんだよ! 毎回90点以上は取っているんだから!」

 大きな胸を張りながらドヤ顔をする玉村さん。余程歌に自信があるのだろう。

「カラオケかぁ。そういえばここしばらく行ってないな」

「航くんはどんな歌を歌うの?」

「ボクは……まあ流行ってるやつをそれなりにかな? 十八番とかはないよ」

「ふーん。そうだ! 今度ショーホールでカラオケ大会しようよ! みんなで歌を歌えばきっと気持ち良いよ!」

「あ、それいいね。ボクも久しぶりに歌いたいな」

「だよねだよね! 機械は……なんとかなるよ! きっとモノクマがポケットから出して――」

「それはギリギリだよ!」

 ボクと玉村さんはその後もカラオケの話に花を咲かせながら和やかな時間を過ごした。

 そしてお昼の準備をしないといけないという玉村さんを見送った後、ボクはグラス等の後片付けをしてからダーツバーを後にする。

 最初はどうなることかと思ったけれど、玉村さんも元気が出たみたいで良かったな。今度、皆にもレモンソーダを振る舞ってみても良いかも。

 

 

「かーっ! やっぱバーグうんめ! バーグマジ最高マジパネェわ!」

「汚い言葉を使うなクラミジア」

「ああ!? テメェなに人の皿下げてんだよ!」

「投球姫がどうしてもというので仕方なくキサマらにも昼食を用意してやったというのに、まともなマナーも守れないような奴に食わせる物はない」

「マナーだぁ? んなもん食えば一緒だっての! それより俺様のバーグ返せ!」

「デミグラスハンバーグだ!」

 昼食の時間はいつも通りみんなで過ごしていた。

 紫中君は今まで寝ていたらしく、未だに微睡みの中にいるようだけど。

「やっぱりご飯はみんなで食べるのが一番だよね」

「そうだね。ちょっと賑やかすぎる気もするけど」

「私は賑やかなの好きだよ。家族一緒にご飯を食べるのが深海家のルールだったからね」

「じゃあ弟さんや妹さん達と?」

「うん! お父さんとお母さんは仕事が忙しいから仕方なかったけど、その分、私達はみんな揃って食べようねって決めたんだ」

 深海さんがバーグ、じゃなくてデミグラスハンバーグに頬を蕩けさせていると、隣の席でじっと彼女の足元を見ていた玉村さんが難しい顔で唸った。

「むー」

「どうしたの晴香ちゃん。私の足元になにかある?」

「足元っていうか……ねえ紅葉ちゃん、ずっと気になっていたんだけどスカート少し短くない?」

「ヴふッ!」

 不意打ち過ぎる玉村さんの言葉にボクは飲んでいたコーンポタージュを吹き出しかけてしまった。

「大丈夫都築君! はい、これ使って」

「あ、ありがとう深海さん」

 ボクは深海さんから受け取ったナプキンで口を拭く。

 確かに深海さんのスカートは少し短い。昨日も見えそうで見えないスカートにドキドキしてしまったし……いけない、思い出さないようにしないと。

「ぼくスカートって苦手であんまり穿かないんだけど、そんなに短いとその、恥ずかしくないのかなって」

「うーん、恥ずかしいとかは思った事ないな。見えないのはわかってるし」

「そうなの?」

「うん。あまりオシャレにお金を使えない分、この見えそうで見えないギリギリのラインには拘っているんだ。短いスカートって可愛いし」

 活発な印象を与えるミニスカートは深海さんに良く似合っている。ボクもこういうのは嫌いじゃないし……ってそうじゃない。

「スカートじゃなくて、スカートを穿いている自分が可愛いの間違いだろ? 女ってみんなそうだよな! ゲハハハ!」

「セクシャルなハラスメントだよ!」

「フフフ、奈落の底でもがき苦しめば良いのに。アバドンも歓迎するわよ」

「アバ丼? なんだそれ美味そうだな」

「手遅れなっちー! 頭に蛆が沸いてるなっちー!」

「スカートって結構奥深いんだけどなぁ。太刀沼君も穿いてみればわかるよ」

 いや、それは絶対に阻止するよ。絶対に見せられないし目の毒だ。想像しただけで……うっ、逆流性腸炎になりそう。

「スカートといえば、男性しか出演しない舞台があるよね。女性も男性が演じるんだ」

「女装するってこと?」

「そう。歌舞伎の女形、みたいにね。女性よりも、女性らしかったりして、なかなか面白いんだ」

「お芝居っていろいろあるなっちなぁ」

「くだらん。男が女神の姿になるなんて想像しただけで逆流性腸炎になりそうだ」

 ……生田君と同じことを思ってしまった。なんか嫌だな。

「そもそも俺は男装というのも認めていない。女神はそのままの姿が一番美しく尊いというのに、よりにもよって汚らわしい男の姿になるなんて……う゛っ鳥肌が……ッ!」

「人それぞれだと思うけどなぁ。いろいろ事情もあるだろうし」

「お優しいのですね。さすが麗しき人魚姫。きっとシンクロチームもそうして導いてきたのでしょう。ああ……胸の高鳴りが治まらない!」

「……」

「どうかした玉村さん?」

「な、なんでもないよ!?」

 どうしたんだろう玉村さん。なんだか生田君の方を見ていた気がしたけれど……気のせいかな? 午前中のこともあるし少し不安だ……。

「胸が高鳴るとか……そのまま気絶してほしいなっちー!」

「花子さん、さっきから手厳しいね」

「花子って誰なっちー? 紫中君ってばまだ寝ぼけているなっちー。大丈夫? 花粉揉む?」

 遠慮するよと紫中君が断っていると、昼食を平らげてグラスの氷を噛み砕いていた太刀沼君がはなっちーに声をかける。

「おいクソガキ。昼飯の後ダーツバーまで来いよ。話がある」

「はあ? お前から愛の告白とかキモイなっちー。フジツボが湧くなっちー」

「誰がするか! とにかく来い。来なかったら背中にムカデ入れてやるからな」

 小学生のイタズラじゃないんだから……太刀沼君ってたまに子供みたいな発想するよな。子供というか田舎のガキ大将というか。それにしても話ってなんだろう。

「ついでだ。テメェも来い都築」

「ええなんでボクが……」

「フフフ、明らさまに嫌そうな顔ね」

 うーん面倒臭いことこの上ないんだけど、二人きりにするのはそれはそれで心配なんだよな。花子さん、いやはなっちーなら大丈夫だとは思うけどもし全裸で逆立ちなんて事になったら大変だ。

「わかった。ダーツバーだね」

「ああ。絶対来いよ」

 こうして絶対に破れない約束を交わしてそれなりに平和なお昼は幕を閉じた。やっぱり温かいご飯は最高だ。しばらくレトルト食品は食べられそうにないな。

 

 

 少し客室でゆっくりしてからダーツバーに行くと、既にはなっちーと太刀沼君が来ていて不穏な空気が流れていた。

 特に時間も決めてなかったからゆっくりしようという選択は失敗だったようだ。正直帰りたい。

「遅ぇぞ都築」

「ごめん。まだ話は終わってないよね?」

「ああ。この俺様が待ってやったんだからありがたく思えよな」

 太刀沼君は派手な色のソーダを飲み干すと、グラスをカウンターに置いて椅子から降りた。それと同時に、壁に背をもたれていたはなっちーが小馬鹿にするような声で尋ねる。

「で? こんなところに呼び出してなんの用なっちー? 二人がかりでアタイを倒そうと思っているならそれは思い上がりなっちー」

「相手をするのは俺様だけだ。そいつには俺様とテメェの勝負を見届けてもらう」

「キャッハー! ますます思い上がりなっちー! それでアタイとなにで闘うというなっちー? まさかダーツで勝負なんて云わないなっちな?」

「そのまさかだぜ。俺様とダーツで勝負しろ。そんで俺様が勝ったらその布をいますぐ脱いでもらう」

 太刀沼君の口から出た言葉を聞いたはなっちーはわずかに身体を震わせ、お腹を抱えながら爆笑した。

「キャハ! キャハ! キャッハー! なにかと思えば……くだんねーなっちー。アタイはサボテンさんとお話しするのに忙しいなっち。バイビーなっちー」

「逃げんのか? 垣子や指原みたいによぉ?」

「あ゛?」

 背を向けていて、布も被っている為わからないけれど、その声には明らかに怒りが籠められていた。その雰囲気に圧されてか、ボクのシャツはわずかに汗で張り付いていた。

「逃げんのかって云ったんだよ。垣子や指原みたいに、テメェも目の前の嫌な事から逃げんのか?」

「あねごも雅ちゃんも逃げてなんかいないなっちー。今の言葉、取り消すなっち。謝れば特別に許してやるなっちよ」

「はあ? なんで謝んねぇといけねぇんだよバカか。俺様は事実を云っただけだぜ?」

「なら、くたばるなっちー!」

「殴ったら逃げた事を認めたって事になるぜ」

 はなっちーの拳は太刀沼君の顔面スレスレで止まった。あの勢いで殴られていたら、きっと太刀沼君の顔の形は変わっていた事だろう。

「わかったなっちー。ダーツ勝負受けてやるなっちー。その代わりアタイが勝ったら、三日三晩サンドバッグになってもらうなっちー」

「いいぜ。なんなら椅子にもなってやるよ」

「上等なっちー」

「てなわけで、審判頼むぜ都築」

「ええ!? ボクダーツのルールよく知らないんだけど」

「その機械に出てくる得点を書いてりゃ良い」

 事前に用意していたらしい紙とペンを太刀沼君から手渡される。

 なんだか大変な場面に巻き込まれてしまった。これ、どうなるんだ?

 

 

「で? どのゲームをやるなっちー?」

「なんだテメェ、経験あったのか」

「レディの嗜みなっちー」

 始めて聞いたぞ。今の女の子はみんなダーツが出来るのか。凄いな。

「ならカウントアップでいいだろ。一番シンプルでわかりやすい」

「かまわんなっちー。実力の差を見せてやるなっちー」

 こうして、太刀沼君とはなっちーによるダーツ勝負が始まった。

 ちなみにカウントアップというのは、交互にダーツを投げ合っていって、その合計点を競う定番の遊び方で1ラウンド3投の全8ラウンド続けるらしい。いまさっき太刀沼君に教えてもらった。

「先攻はくれてやるよ。後で喚かれてもメンドーだからな」

「カウントアップに先攻も後攻もないなっちー。でもありがたくもらってやるなっちー」

 はなっちーはダーツを一本取ると、慎重に狙いを定める。

「行くなっちー……ホォ!」

 はなっちーの投げたダーツは、ぶれることなくど真ん中の赤い丸に突き刺さった。眩しいライトの点滅と共にダーツの機械が歓声を音にして上げる。

「楽勝なっちー! ホッ! ハッ!」

 連続で投げた二本のダーツも見事にど真ん中に刺さりスコアが記録される。あ、得点書かなきゃ。確か赤い真ん中の部分が50点だったな。それが三回だから150点か。

「やるじゃねぇか」

「当然なっちー。やめるなら今のうちなっちよ?」

「バーカ寝言は寝て云え」

 太刀沼君は鼻で笑うと、指の関節を鳴らしながら位置について狙いを定める。

「よっと!」

 太刀沼君が投げたダーツは真ん中からは大きくズレ、内側の狭い枠の中に突き刺さった。

「ああ、惜しいよ太刀沼君。もう少し下なら真ん中だったのに」

「あ? バカか得点良く見てみろ」

「ん?……ええ!? どうして!?」

 ダーツボードを見ると、その得点表には『60』と大きく記されていた。真ん中の赤い丸が最高点じゃかったのか?

「いきなりトリプルとはやるなっちー」

「と、トリプル?」

「俺様のダーツが刺さっている狭い部分あるだろ? あそこはトリプルっていって、外側に書いてある数字の三倍の点が入る仕組みなんだよ」

「え? じゃあ20の三倍だから……あ、だから60点か」

「そういうことだ。ちなみに外側の狭い部分はダブルっていって二倍の点が入るんだ。そんな事も知らねぇのかよ」

「だから初心者だって云ったじゃんか! 真ん中が50点てことしか教えてもらってないよ!」

「うっせうっせ! まだ俺の番は終わってねぇんだから黙ってろ」

 そう云って次々にダーツを投げる太刀沼君。投げたダーツは全てさっきと同じトリプルに突き刺さり、1ラウンドの合計点は180点となった。

「30点くらいあっという間に追い抜いてやるなっちー! 奥義! トリプルスクリュースロー!」

 はなっちーがムーンサルトしながら投げた三本のダーツは、鋭く螺旋を描きながら20のエリアに縦に列を作るように刺さった。

「シングル、ダブル、トリプルで150点なっちー!」

「そんなの大したことねぇなぁ。オラ、終わったならささっと退け」

 はなっちーを手で退かして位置に着くと、太刀沼君は朝飯前とでもいうかのように三本のダーツを投げて20のトリプルに突き刺した。

「ななっちー!?」

「これで180点。また越しちまったなぁゲハハハ!」

「……少し甘く見てたみたいなっちな。アタイも本気を出すなっちー」

 はなっちーは手首や足首を解すと、一度深呼吸してから1本ずつダーツを投げる。ダーツはそれぞれ垂直線を描くように飛び、三本とも20のトリプルに突き刺さる。

「ふう。まあこんなもんなっちー」

「ゲハハハ! 面白くなってきたじゃねぇか! 次、行くぜ」

 その後の勝負は手に汗を握るものだった。

 二人とも一歩も譲らず、20のトリプルを連続で出していく。ダーツのことはよく知らないけど、これがどれだけ凄い事かは十分にわかる。ボクは今、とんでもない場面に遭遇しているに違いない。

 そんな事を思いながら勝負を見守っていると、あっという間にラストラウンドとなった。

 ここまでの成績は太刀沼君が1260点。はなっちーが1200点。

 太刀沼君がミスをしない限り、はなっちーはトリプルを出しても負けが決まってしまってしまう。パッと見はわからないけれど、はなっちーは冷や汗をかいているに違いない。

「さ、これでラストだ。覚悟しろよ?」

「ふん! 神様はアタイの味方なっちー!」

「俺様の才能がわかったうえで云ってるならつまらねぇぜ?」

「くぅッ……!」

 太刀沼君は珍しく真剣な表情になると、一瞬の躊躇いもなくダーツを投げる。

 投げられたダーツは風を切るようにして20のトリプルに突き刺さり、それと同時にはなっちーの身体の震えはますます増した。

「次行くぜ……ふッ!」

 二本目のダーツも20のトリプル。ここまで来るとインチキにすら思えてしまうけれど、この勝負が一切の不正のない真剣勝負である事はここにいる全員がわかっている。それ故に、残酷な結果を突き付ける。

「はずれて……はずれて……」

 布きれの中から蚊が鳴くような声がボクの耳に入る。

 はなっちーの、花子さんの顔を想像するとボクの胸は激しく締め付けられた。

「さあ、これで最後だ。ふぅ……シュッ!」

 勝負を決める一投。

 それは今まで一番きれいな放物線を描き、気持ちの良い音でボードに突き刺さった。

「決まったな」

 そう。勝負は決まった。太刀沼君の投げたダーツは見事20のトリプルに刺さり、完全勝利となった。

「ああ……」

 花子さんは膝から崩れ落ち、手をつきながら床を見下ろす。

「約束通りそれを脱いでもらうぜクソガキ」

「……どうして」

「あ?」

「どうしてほうっておいてくれないデ……なっちー。わたしは、だれにもめーわく、かけてない、なっちー」

「ムカつくからだよ」

「そんなの知らないなっちーッ!? わけがわからないなっちー! お前には関係ないなっちー! お前云ったなっち! 逃げたいなら逃げれば良いって! なのになにが気に入らないなっちィッ!?」

 握りしめた拳で床を何度も叩きながらボロボロの布をさらにグシャグシャにしていると、太刀沼君は見下ろすようにして吐き出した。

「逃げるのは別に構わねぇよ。ただなぁ、テメェは半端なんだよ。嫌なことから逃げるならきれいさっぱり忘れりゃあ良い。でもテメェは逃げた事を後悔してやがる。それが気にいらねぇンだ」

「そんなこと――」

「あるな! じゃなきゃ俺様が垣子と指原の名前を出した時にあんなにキレるわけがねぇんだよ。責任を全部放り投げるってんなら呑気にしてりゃあいいんだ。それをいつまでもウジウジと……なら最初から逃げんじゃねぇ! 忘れられねェなら惨めったらしく抱えて生きろ! 俺様はそんな生き方死んでも嫌だけどな!」

 うわぁ台無しだぁ。最後の言葉がなければよかったのに……。けど、彼女にはどうやら効いたみたいだ。

「お前に説教されるだなんて思わなかったなっちー。いえ、なかったデス」

 手についた埃を払いながら立ち上がると、花子さんは自分の布の裾を掴む。

「こんかいは、わたしのルーズデス。やくそく、まもるデス」

「って!? ちょっと待って花子さんいま脱いだらその下は!!?」

「む? なにかクエスチョンデス?」

 たくしあげるようにしてボロボロの布を脱ぐと、現れたのは短パンにジャージ姿の花子さんだった。

 ボクは咄嗟に顔を覆った手を外して文字通り胸を撫で下ろした。

「チッ、なんだよジャージ着てたのか。クッソつまんねー」

「ふぁっきゅーデス! エロースなかんがえ、せんまいどーしデス!」

「それを云うならお見通し、じゃないかな?」

「ほわっと?」

「まあガキの裸なんて見てもたたねーしな。それよりあれだ、垣子の事をダシにして悪かったな」

「ピャアッ!? きもちわるいデス! やめるデス! ソーリーされてもこまるデス!」

「あぁ!? テメェ俺様が珍しく謝ってやってんのになんだそりゃあ!?」

「うっせーデス! そんなでこーかんどアップするとおもったらミステイクデス! バッドボーイがスコールのなかキャットをひろうだけでドキムネするレディ、イマドキいねーのといっしょデス!」

「中指立ててんじゃねぇぞクソガキィ! 今すぐ全裸にして逆さまに――」

 

 

 

『死体が発見されました! 一定の捜査時間の後、学級裁判を開始します!』

 

 

 

 その聞き慣れているはずのアナウンスにボク達は身動きが出来なかった。

 この和やかな雰囲気にそぐわないからか、それとも現実に引き戻されたからなのか、その理由はわからない。

「嘘だろ? まだ午後だぞ?」

「アフタヌーンかんけーしデス。それより、いったいどこで?」

「とにかく探そう! アナウンスが流れたって事は既に何人かが遺体を見つけているって事だし」

「だな! よしテメェら俺様に連いてこい!」

「めーれーすんなデス」

 三人で探したのもあって、遺体現場を見つけるのにそう時間はかからなかった。

 花子さんがショーホールの扉が開けっぱなしになっているのを見つけて中に入ると、そこにはボク達以外全員が揃っていた。

 深海さん、夢見さん、玉村さん、紫中君。

 そして、いくつもの照明器具に覆いかぶさられ、血のカーペットを舞台に敷いている生田君。

全員が、ショーホールに揃っていた……。

 


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