ダンガンロンパミラージュ~絶望の航海~   作:tonito

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・・諸注意・・

 
この作品は、現在発売されておりますPSP及びPS vita用ゲーム、ダンガンロンパシリーズの非公式二次創作となっております。二次創作が苦手な方、また理解の無い方の閲覧は御遠慮ください。

『ダンガンロンパ』『スーパーダンガンロンパ2』『NEWダンガンロンパV3』等シリーズのネタバレが含まれております。

 登場するキャラはオリジナルキャラとなっておりますが、他の作品と肩書き等が被ってしまっている可能性があります。人によっては気分を害してしまう恐れがありますが予めご了承ください。

 前作『ダンガンロンパミラージュ』とは繋がりはないので、本作から読んでいただいても構いません。

 流血や殺人等、グロテスクな描写を含みます。苦手な方はご注意ください。



チャプター1 (非)日常編 ③

 

 火災報知機のランプだけがうっすらと光る暗いエントランス。

 

 

 そこのソファーに一人の女性が腰掛けていた。

 

 

 高校生にしてはやや幼さの残る、おかっぱ頭の女性、梶路美耶子さん。

 

 

 彼女にしよう。

 

 

 幸いな事に、ボクに対して警戒心は少ないはずだ。

 

 

 彼女を殺して、ボクはこの船から出るんだ。

 

 

「こんばんは梶路さん。こんな時間にどうしたの?」

「あ、えっと……ゆーえすびー? をテレビに挿そうとしたのですがいまいち場所がわからなくて。そのまま寝てしまおうとも思ったのですが、なかなか寝付けなかったので少し気分展開を、と」

「そうなんだ。よかったらボクが挿そうか? USB」

「……ごめんなさい。遠慮しておきます」

「そうだよね。ごめん、変な事云ったね」

「……」

「……」

 会話が途切れてしまった。

 このままではマズイ……彼女が下手に警戒して部屋に戻ろうとする前にケリを付けなければ。何より他の人間に見られたりしたら台無しだ。

「都築さんは――」

「ん?」

「都築さんは、わたしを殺すつもりなんですか?」

 ……勘付かれたか。

 仕方ない、ここはなんとか誤魔化さなければ。

「なに云っているんだよ梶路さん。ボク、そんな事をする気なんてこれっぽっちも――」

「良いですよ」

「え?」

「都築さんになら、殺されても良いですよ」

 彼女は何を云っているんだ?

 殺されても良いって、ボクには出来ないと思って馬鹿にしているのか?

 だとしたらそれは最悪の判断だ。ボクには殺せる。誰だって殺せる。家に帰る為なら、どんな人間だって殺せるんだ。

「さあ、どうぞ」

 彼女はソファーから立ちあがり、顎を上げて自身の首を晒した。

 そこまで云うならありがたく殺させてもらおう。せめて苦しまないよう確実に……。

 ボクは彼女の首にゆっくりと手を掛ける。

 触れてみて初めて気付いたが、彼女の首は霜が張った枝のように白く、か細く、冷たい。

 コレを自分の手で締め折るのかと思うと自然と呼吸が荒くなった。

 ああ……早く壊したい。この昂りを今すぐぶちまけたい。

 彼女の首を、ボクは……

「……都築さん」

「――ッ! うわあああああああああああああああああああああああああああ!?」

「きゃッ!」

 ――ボクは咄嗟に梶路さんを突き飛ばした!

 今、ボクは何をしようとした? 梶路さんの首を……締めようとした? なんで? どうして!

「ゲホッ、ゲホッ…………大丈夫ですか? 都築さん」

「大丈夫って……それはこっちの台詞だよッ! なんで、なんでこんな馬鹿な事!」

「ケホッ……都築さんを、信じていたからでしょうか?」

「ええ?」

「ここで都築さんの足音を聞いた時、最初はそれが都築さんだとわかりませんでした……。普段の都築さんの足音は力強くも穏やかで、心地良いものだったのにさっきは……狂気を感じる程に静かでしたから」

「それがわかっていて、なんで逃げなかったの……?」

「静かだったのですが、一瞬だけ。わたしが都築さんの名前を呼んだ時に波が生じたんです。こう……水たまりに、水滴が落ちた様な」

 自分の表現が正しいのかわからず梶路さんは少しだけ俯くも、すぐに立ちあがると顔を上げ、ボクの顔を文字通りすうっと見つめる。

「わたしはそれを信じた。それだけです」

 開かれた彼女の目には光が無く、無機質で、全てを見透かされているような錯覚に陥ったボクは背筋が震えなった。

 でもだからこそ、彼女は本気で、ボクの事を信じていたのだろうと確信する事も出来た。

「……ごめん。梶路さん」

「気にしないでください。……それより、盗み聞きはダメですよ深海さん?」

「深海さんって……ええ!?」

 今までの流れを、深海さんが見ていたって云うのか? 梶路さんが嘘を付くとも思えないし……だとしたら相当マズイぞ。

 ボクが心の中で冷や汗をかいていると、深海さんはエントランスのつきあたりから、悪戯がバレた子供のような表情で現れる。

「バレたか……凄いね美耶子ちゃん」

「ふ、深海さんはいつからそこに?」

「あ、今通りかかったばかりだよ。なんだか気分悪くなっちゃったから、医務室で薬をもらおうかなって」

 はにかむ深海さんの顔を用心深く観察すると、彼女の瞼が少しだけ腫れている事に気が付いた。あの映像を観たからだろうか? だとすると、気分が悪くなったって云うのも本当なのかも……。

「深海さんの気配を感じたのは今さっきです。心配いりませんよ」

 ボクが迷っているのを察してか、深海さんに聞こえないよう梶路さんが背伸びをしながらボクの耳元で囁く。耳にかかる息が妙にこそばゆい。

 気を遣ってくれたのはわかるけど、それはあまりに刺激が強すぎるよ。

「都築君ってば赤くなっちゃってぇ。二人で秘密のお話しかな?」

「うふふ、そんなところです。ところで深海さん、わたしに一つ提案があるのですが」

「なあに?」

「これから皆さんに、一緒に夜を過ごすよう声を掛けてみませんか? きっとわたし達と同じように不安で仕方ないと思うんです」

「それは……ちょっと危ないんじゃないかな。せめて今晩くらいはそっとしておいた方が」

「こんな時だからこそ全員一緒にいるべきだと思うんです。一人で部屋にいては、思い詰めてしまうだけです!」

 やたらと必死に深海さんを説得する梶路さん。

そりゃあそうだ。今しがた取り乱したボクに殺されかけたのだから嫌でも必死になる……って、何を考えているんだボクは。

 我ながら最低な事をしたと自己嫌悪に苛まれていると、梶路さんの意志を汲んだのか、それまで反対していた深海さんがついに折れた。

「わかった。美耶子ちゃんの云う通りにするよ。でも嫌がる人に無理強いはしないよ?」

「それで構いません。ありがとうございます」

 

 

 それからボク達三人は、みんなの客室を一人ずつ尋ねて回る事にした。

 最初はエントランスから一番近い場所にあった玉村さんの客室を尋ねるも、彼女はドア越しに返事をするだけで顔を見せる事はなかった。

 次にハミちゃん、はなっちー、指原さん、夢見さんの順で客室を尋ねるも、誰も顔を覗かせる事はおろか、返事すらしてもらえなかった。

 最後に、一番奥側にあった寺踪さんの客室を半ば諦め気味に尋ねると、意外な事に彼女は梶路さんに賛同してくれて、少しだけ待っていてほしいと云うのでドアの前で待つ事にした。

 30分程経ち、ボクが寺踪さんに一杯食わされたんじゃないかという不安に駆られそうになっていると、当の本人は何食わぬ顔でその姿を現した。

「おまたせ~みたいな?」

「随分長かったね」

「都築君。そういう事を女の子に聞くのは良くないと思うよ?」

「え?」

「都築さん、多分ですけど……」

 何故深海さんに注意されたのかわからずボクが首を傾げていると、それを見かねた梶路さんがまた背伸びをして、耳元で囁いて教えてくれた。

 ……なるほどメイクに時間をかけていたわけか。確かに昼間に比べたら大分濃くなって――

「都築君も~、メイクしてあげようか~? みたいな」

「ごめんなさい」

 

 

 アイライナーの恐怖を避けたボクは、続けて梶路さん達と一緒に男子の客室も回ってみたものの、遊木君、成宮君、生田君、西尾君の四人は返事をする事はなかった。やっぱり不安な状態の中、突然声を掛けるのはマズかったのかもしれない。

「次は紫中さんですね」

「美耶子ちゃ~ん。もうじぶん達だけでいいんじゃな~いみたいな?」

「私もそう思うよ?」

「いえ、きっと紫中さんなら応えてくれます」

「梶路さん……」

 いつのまにか梶路さんの顔には、絶望的な状況を防ぎたいと云う強い意志が現れていた。

 本当は今すぐにやめさせたい。君は頑張ったと伝えたい。でもそれをしたら、僕は二度と梶路さんに口を聞いてもらえなくなる。そんな気がした。

 お願いだ紫中君。どうか梶路さんの為にも、その扉を開けてボク達に一晩付きあってくれ!

「こんばんは。梶路です。紫中さん、起きていますか?」

「僕はここいるよ」

「きゃっ!?」

「紫中君!? どうしてここに」

「レストランに忘れ物をしちゃってね。ダメ元で行ってみたんだけど、やっぱり閉まっていたよ」

「心臓に悪い~みたいな」

「よくわからないけど、ごめんね。それで、僕になにか用?」

ボクは皆の客室を訪ねたこと、梶路さんの案であることなどを話すと、紫中君は表情は変わらないもののすぐに納得してくれた。

「そういう事だったのか」

「夜分遅くにすみませんでした。でも、顔を出してくれてとてもうれしいです」

「僕は何もしてないよ。でも、そっか。あのUSBは、謂わば“動機”だったわけだね」

「動機?」

「ホントかどうかわからない映像を見せつけて不安を煽っているんだよ。このままのんびり船の上で過ごされても、モノクマ的には退屈で仕方ないんだと思う」

「正直私も、映像を見なければよかったって今になって後悔しているよ」

「悪趣味過ぎだよね~みたいな」

 動機……つまりボクはまんまとアイツの術中に嵌ってしまったってわけか。クソッ! 悔しいったらないよ。

「それで、後は誰に声を掛けてないの?」

「太刀沼さんです」

「ああ、彼なら大丈夫かな。ちょっと待ってて」

 そういうと紫中君は自分の客室の隣、より詳しく云うなら、ボクと紫中君の客室の間にある太刀沼君の客室へと足を運び、ノックもせずに扉を開け……た?

「どうも僕と太刀沼君の客室は鍵が壊れているみたいでね。君の所の鍵も壊れていたよ都築君」

 なんですと!?

「太刀沼君起きてる?」

「起きてるぜ~……ってうお!? なんだこの大所帯!」

「あの太刀沼さん! よければわたしの客室に来ませんか?」

「もちろん行くぜ!」

 即答かよ!?

「まっさか梶路から誘いがあるとはなぁ。しかも深海と寺踪まで……なんだなんだ? そんなに俺様と刺激的な夜を過ごしてぇのか? ん?」

「え、え~と……」

「とにかく太刀沼君はOKだね。よかったね梶路さん」

「は、はい。ありがとうございます紫中さん。太刀沼さんもありがとうございます」

「よくわかんねーけど、まあ俺様にかかりゃあどうって事ねぇよ! ゲハハハ!」

 今回ばかりはボクもお礼を云うよ太刀沼君。その下品な笑い方も、今だけは心地良いからね。それよりボクの客室の鍵、いつから壊れていたんだろう……。

 

「どうぞ。何もお出しできませんが」

 案内されるまま、ボク達は梶路さんの客室にお邪魔する。

「ここが美耶子ちゃんのお部屋か~! じぶんの部屋といっしょ~みたいな?」

「僕の客室とも変わらないね」

 ここが梶路さんの客室か……これといって変わった所はないけれど、女子の部屋だけあって仄かに良い香りがするな。女子の部屋なんて子供の頃に幼馴染みの静子ちゃんの誕生会に呼ばれて行ったきりだから少し緊張する。

 そういえば元気かなぁ、よく男友達にお風呂を覗かれていた静子ちゃん。一部じゃわざと覗かせているのではと男子の間で話題になっていた静子ちゃん……。

 ボクが幼馴染みの少女に思いを馳せていると、図々しく梶路さんの客室を物色していた太刀沼君が思い出しかのように声を発した。

「そういや丁度男女三人ずついるんじゃねぇか? どうせ暇だし、これから合コンでもしようぜ!」

「ごーこんって、なんですか?」

「僕もよく知らない」

「マジか!? 高校生にもなって合コンを知らない奴らがいるとは思わなかったぜ。これがカボチャとケチャップってやつか」

「カロリー高そう~みたいな?」

「もしかしてカルチャーギャップの事?」

「ああそれだよそれ! テメェ物知りだなあゲハハ!」

 大きく口を開けながら、紫中君の細い体をバシバシ叩く太刀沼君。

 それ以上はやめたげてよ。顔には出していないけど、紫中君大分辛そうだよ? ほら、なんだか顔色が悪くなってきているしそれ以上は……。

「それで、ごーこんとはなんなんですか?」

「簡単に云うとだな。同じ人数の男と女が一緒に騒いで気が合ったら連絡先を交換し合うんだよ。上手く行きゃあそのままお持ち帰りコースだから常にカバンの中には――」

「後半はともかく! 端的にはそんな感じだよ」

「そうだね~」

「あれ? もしかして萌佳ちゃん行った事あるの?」

「うん。友達に数合わせで誘われてね~。賑やかなのは好きだけど~、あのがっついた感じは苦手だった~みたいな?」

 顎に指を当てたまま首を傾げる寺踪さんに、深海さんは頬を染めながら羨望の眼差しを向ける。

「大人だ……大人だよ萌佳ちゃん!」

「紅葉ちゃんの方がお姉さんじゃなかったっけ~?」

「年齢の話はやめて」

「とりあえずアレだ、王様ゲームやろうぜ! 合コンの王道だろ」

「棒がない~、みたいな?」

「それもそうか……クソ!レストランは閉まってるしなんかそれっぽい事出来ねぇかな」

「こっくりさんならありますよ?」

「やらねーよ!」

 梶路さんこっくりさんなんて出来るのか。よく知らないけど、きっと凄く楽しいんだろうな。あ、何か大きな紙を物を取り出して深海さんに見せている。何か文字のような物が書いてあるみたいだけど……双六みたいな物なのかな?

 何故か深海さんが困惑していると、肩を擦っていた紫中君が助け船を出すよう新たな案を提出する。

「それなら、エチュードとかどうかな?」

「エチュードってなに~?」

「簡単に云うと即興劇だね。状況やキャラの性格を簡単に設定して、後は台本無しで全部アドリブ」

 即興劇か。面白そうだけど、今はこっくりさんの方が気になるんだよなぁ。それに船の中とはいえ夜中に騒ぐのはどうなんだろう。

「紫中君。面白いとは思うけどちょっと時間が」

「ルールには夜中に騒いじゃいけないとは書かれてないよ都築君。モノクマに注意されたら止めればいいし、注意しに来たのが他の誰かなら、その人を客室から出せたわけだから結果オーライになるんじゃない?」

「云われてみれば確かに」

「台本がいらないお芝居ならわたしにも出来ますね。やりましょう都築さん」

「まあ、梶路さんがそういうなら」

「決まりだね。あまり大人数でやるのも収拾つかなくなるから、三人一組でやろうか」

「よっしゃ! 俺様が進んで主役を引き受けてやるぜ。ありがたく思えよ?」

「うん、ありがとう。それじゃあ後は……深海さんと梶路さん、お願いしてもいいかな?」

「一番手か……ちょっと緊張してきちゃった」

「わたしもです。よろしくお願いします深海さん、太刀沼さん」

 

 三人の準備が出来たのを確認すると、まるでショーの幕が上がるかのように紫中君が両の手を広げる。

「場面は昼下がりの公園で、太刀沼君は待ち合わせをしている男性。梶路さんは偶然太刀沼君と再開した昔の知り合い。深海さんは太刀沼君を待たせている女性。以上の設定で始めてみようかはいスタート」

「もう始めんのか? あ~……ゴホン! 深海、早く来ねぇかな~!もう30分は待ってんだけどな~!」

「はい、ここで梶路さん」

「えっと……あ、あなたは、もしかして太刀沼さん? お久しぶりです、美耶子です。覚えていますか?」

「あの美耶子か! 久しぶりだなぁ~元気だったか? ずいぶんでっかくなったじゃねぇか~!」

 でっかくなったって……知り合いって云うからてっきり幼馴染みあたりかと思っていたらまさかの親戚設定? ていうか今、梶路さんの事を呼び捨てにしなかったか?

「お、おじ様もお元気なようで。誰かと待ち合わせですか?」

「おうよ! これからデートなんだよ!」

「そうなんですか」

「そうなんだよ」

 ……会話が終わってしまった。

 だが紫中君は無駄な空き時間を作る事はなく、間髪いれずに深海さんを投入する。深海さんならこの状況を上手くまとめてくれるだろう。

「あはは! お待たせ幸雄く~ん……って誰よその女!?」

 深海さん!?

「私と待ち合わせしておきながら他の女の子をナンパするだなんて……酷いわ!?」

「ナンパなんかじゃねぇよ! こいつは俺様の……え~と、そう! 俺様の姉ちゃんなんだよ!」

 突然の深海さんの変貌にも驚いたけど、その無茶な展開はさらに驚いたよ太刀沼君! 

「お、お姉さんだったんですか?」

「違うみたいだけど……?」

「なに云ってんだよ姉ちゃん! 俺様達は、なんやかんやな都合で離れ離れになった悲しい姉弟じゃあねぇか!」

「そうなの?」

 まるで別人のようになった深海さんの鋭い視線が梶路さんに突き刺さる。見えてはいないようだが、その何者も寄せ付けないオーラを肌に感じてか、流石の梶路さんも戸惑ってしまっているようだ。だけど負けるな。頑張れ美耶子お姉さん。

「そ、そうです。わたしが、太刀沼君のお姉さんでしゅ!」

 噛んだああああああああああああああああああ!

「ならなんで弟を苗字で呼んでいるのよ! 私を騙そうとしてもそうはいかないわよ!」

「あ……」

「許さない……そんな女に取られるくらいならぁ…………幸雄を殺して私も死ぬうううううう!!」

「ややややめろおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

「はいそこまで。お疲れ様」

「なんだかドロドロ~みたいな?」

 ドロドロというよりグダグダだった気が……。

 まあ梶路さんのでしゅ! が聞けたのは大収穫だったな、うん。

「あ~面白かった! お芝居って楽しいね♪」

「はい。難しかったですけど、面白かったです」

「俺様はなんか疲れたぜ。なあ深海、あれがホントの姿だったりしねえよな?」 

「まさか。お母さんが昼ドラ好きで、録画したのを一緒に観ていただけだって」

 その割にはずいぶんとリアルだったような……。

「まあこんな感じだね。それじゃあ次は、僕と都築君と寺踪さんだよ」

「やっと出番~みたいな?」

「頑張ってみるよ」

「周りはさっきと同じ公園で、都築君は何か売っている人。寺踪さんは店の前を通りかかった人。ボクは都築君の隣で同じものを売っている人。じゃあスタート」

 って、さっそく!? おまけにさっきより設定がザックリしている気が……それより何か売っている人って……え~と、え~と……そうだ!

「ら、らっしゃいらっしゃ~い! 美味しいコーヒーはいかが? 安くしておくよ~」

「ゲハハハ! らっしゃいってなんだよ都築!」

「わ、笑ったら可哀想だよ……太刀沼くん……クスクス」

「うふふ」

 は、恥ずかしい。梶路さんにまで笑われるなんて……ええいもう、どうにでもなれ!

「なるほどね。どうぞ寺踪さん」

「まかせて~。コホン、こんにちは~、ちょっと覗いても良い~みたいな?」

「どうぞどうぞ! ゆっくり見て行ってくだせぇ」

「いろいろな種類があるね~。輸入先はどこ~?」

「ゆ、輸入先? え~と……ブラジル?」

「定番だねぇ~。それなら……焙煎はどれくらいの時間していますか~?」

「えっと……」

「あれあれ~? 答えられないの~? みたいな?」

 焙煎の時間なんて知らないよ! 寺踪さん、いつも通りの笑顔だけど心の中はエスプレッソ並に真っ黒じゃないか。

 寺踪さんに対する愚痴は出てくるのに肝心の台詞がまったく出てこないでいると、それまで様子を窺っていた紫中君は今が好機! とばかりに颯爽と劇に加わった。

 これほどまでに心強い助っ人をボクは知らない。超高校級の裏方として多くの舞台を観てきた彼ならきっとこの状況を打破してくれるに違いない! さあ見せてくれ、君の実力を!

「やーやーおじょーさん。こっちのおみせにもこーひーおいてるよー」

 ……あれ?

 いやいや何かの間違いだよね。自分から即興劇をやろうって云っておきながらこんな――

「おいしーよー、ぐあてまらだよー」

 うんやっぱり棒読みだ。芝居に関してまったくの素人のボクでもわかる。

 だってほら、さっきまでボクを笑っていた三人も唖然としているし、ボクに難しい話を振ってからかおうとした寺踪さんの笑顔も強張ってしまっている。

「わ、わ~……こっちのお店の方が、良い香り~みたいな」

「いれたてだからね。ばいせんじかんは、ちゅーいりくらいだよ」

 中煎り。

 その言葉を聞いた瞬間、強張っていた寺踪さんの笑顔はいつもの笑顔に戻る。

「ベストな時間だね~。試飲しても良い~?」

「もちろんさー。はいどーぞ」

 紫中君から手渡されたコップを受け取るような仕草をすると、寺踪さんはそれにゆっくりと口を付けるような動作をする。

「ごちそうさま~。結構なお手前で~」

「おいしかった? それならかってくれるとうれしーなー」

「いいよ~。一杯くださいな~みたいな♪」

「まいどありー」

「そっちの店員さんも一杯くださいな~♪」

「え? あ、はい! 毎度あり!」

「美味しいコーヒーがたくさん飲めて~、今日は良い日だなぁ。みたいな」

「はい、そこまで」

 幸せそうな寺踪さんの笑顔でオチがつくと、紫中君は両手を叩いて即興劇の幕を閉じた。

 ふぅ、やっと終わった。面白かったけど、確かにこれは疲れるな。

「都築さんも寺踪さんも良かったですよ。もちろん……紫中さんも」

「いやどう見ても大kンンッ!?」

「あははははは!三人とも面白かったよ!」

 太刀沼君の口を深海さんが横から抑える。

 最初は抵抗するも途中で息が苦しくなったのか、太刀沼君は抵抗を止め死んだように項垂れた。本当に死んでないよね?

「でも、紫中君はよく中煎りなんて言葉知ってたね~?」

「演劇部の先輩がコーヒー党でね。部活帰りによく喫茶店に付き合わされていたんだ」

「そこのお店の名前はわかる~?」

「喫茶HOPE、だったかな?」

「あそこか~。確かにあそこのブレンドは美味しいよね」

「寺踪さんも行った事あるんだ?」

「うん、常連さんだよ~。もしかしたらどこかで会っていたかもしれない~みたいな?」

「そうかもしれないね」

 意外な共通点を見つけた二人が話に花を咲かせていると、その様子を見ていた梶路さんが優しい声でボクに囁く。

「こうやって他の人とも親しくなっていけば、きっとコロシアイなんて起きませんよね」

「そうだね。今度は他のみんなも誘おうよ、夜更かし」

「はい」

「ん~、なんだかコーヒーが飲みたくなってきた~みたいな?」

「でもレストランは閉まってるよ?」

「うん。だから、ちょっとラウンジに行ってくるよ~。ドリンクバーがあったはずだから、それで今日は我慢する~みたいな?」

 なるほど。確かにあそこならコーヒーはもちろんジュースも飲み放題だ。急に喉が渇いた時でも安心だな。

「みんなの分も持ってくるよ~。夜はこれからでしょ~?」

「それならボクも行くよ。一人で6人分は大変だからね」

「それじゃあお願いしようかな~」

「二人きりだからって襲ったりすんじゃねーぞ都築! ゲハハハ!」

「しないよ!?」

「足元に気を付けてね」

 笑顔で忠告してくれた深海さんに笑顔で返すと、ボクは陽気に体を揺らす寺踪さんと共に梶路さんの客室を後にした。

 

 

 ラウンジに着いたボクと寺踪さんはさっそくドリンクバーへ足を運ぶと、横に置かれた紙コップを人数分取り、それにコーヒーを一つずつ注いだ。

「都築君はミルクとか淹れる人~?」

「うん。ブラックでも飲めなくはないけどね」

「無理しなくていいよ~みたいな? 基本的にコーヒーは、なにかしら入れて飲むのが主流だからね~」

「そうなんだ」

「そうなんだ~♪ どれどれ、ちょっと味見を……」

 梶路さんの客室まで我慢できなかったのか、寺踪さんは紙コップに注いだコーヒーを一口飲んだ。だがその味に納得がいかなかったのか、眉を顰めてぺロっと舌を出す。

「うぇ~、所詮はドリンクバーだった~みたいなぁ」

「やっぱ違うんだ?」

「全然違う~みたいな。香りも味も色も赤点だよ~」

「あはは! 本当に寺踪さんはコーヒーが好きなんだね。やっぱり子供の頃からコーヒー党だったの?」

「そうでもないよ~? 昔はまったく飲めなかった~みたいな?」

「それは意外だな。超高校級のバリスタってくらいだからてっきり」

「紫中君と話してた喫茶店あったでしょ~? そこのコーヒーを飲むまでは炭酸ばかり飲んでたんだ~」

「そんなに美味しいんだ。そこのコーヒー」

「最初はね~? おしゃれなお店だな~って思って入ったんだけど、メニューを見たらコーヒーしか置いてなくってねぇ。さすがにお冷だけ飲んで帰るわけにはいかなかったから、一番安いブレンドを注文したんだ~」

 寺踪さんは自分の分のコーヒーに大量のガムシロップとミルクを入れ、最早別の飲み物と化したそれを満足そうに眺めながら話を続ける。

「そしたら予想以上に美味しくって、気付けばドハマリしちゃった~みたいな? 実はそこのお店でバイトもしていて……あれ?」

「どうしたの?」

「ん~……なんだかモヤモヤする~みたいな?」

「モヤモヤ?」

「うん。何か大切な事を忘れている様な~? ないような~……みたいな?」

 こめかみを押さえながらうんうん呻る寺踪さん。今の話しの中で何かおかしな所があったかな?

「疲れているんじゃない? 今日はいろいろあったし」

「そうかな~? むむむ……ごめんね都築君、先に戻っててもらえる~みたいな?」

「え、でも」

「安心して~。ちょっと一人で考えたいだけ~みたいな。それとも~じぶんと一緒にいたい他の理由があるのかな~?」

「そ、そういうわけじゃ!」

「あはは。都築君は面白いね~♪」

 ボクの気も知らずに呑気に笑う寺踪さん。本当にマイペースだなこの人は。

「じゃあボクは戻るけど、あまり考えすぎないようにね」

「うん。みんなによろしくね~」

 薄暗いラウンジでボクに向かって手を振る寺踪さん。

 彼女の笑顔を見た瞬間、ボクは胸の奥に引っかかるナニかを感じた。

 それが不安なのか、焦燥なのか、ましてや恋なのかはわからなかったけど、それがわかったところで、彼女の手を強引に引っ張る事がボクに出来たかといえば定かでない。

 ボクは後ろ髪を引かれる思いのまま、味も香りも薄いコーヒーを乗せたおぼんを持って寺踪さんに別れを告げると、エレベーターに乗るべくラウンジを後にした。

 

 

 梶路さんの客室に戻ると、寺踪さんがいない事を疑問に思ったみんなから何があったのかと問い詰められたが、ボクが事情を話すと渋々納得し、彼女が戻ってくるのを信じながらひとまずは乾いた喉を潤す事にした。

 その後も5人で騒いでいるうちに気付けば朝を迎えていたようで、7時を告げるモノクマの映像が天井のモニターに映し出される。

 結局あの後、寺踪さんがボク達の元へ戻ってくる事はなかった。きっと考え疲れて自分の客室で寝ているのだろう。マイペースな彼女なら十分にありえる。

 ボクが呑気に寝息を立てる寺踪さんを想像していると、鈍った体を解していた深海さんがゆっくりと立ち上がった。

「さて、レストランに行って朝ご飯にしよっか」

「ふぁ~……だな。さすがに腹減ったぜ」

「みんな眠そうだね。大丈夫?」

「逆になんでお前は清々しい顔してんだよ紫中」

「楽しかったからかな?」

「なんだそりゃ」

 太刀沼君が顔をしかめていると、隣で二人のやり取りを聞いていた梶路さんが微笑みながら紫中君に賛同する。

「わたしはわかりますよ。こうしてお友達と一緒に夜を過ごすなんて初めてだったので、まだ興奮しているのか、いつもより気分が良い気がします」

「そういうもんか? まあいいや。また何かあったら声かけてくれよな。今度こそ王様ゲームやろうぜ!」

「はい。楽しみにしています」

「みんなは先にレストランに行ってて。ボクはラウンジにおぼんを返しに行ってくるから」

「ありがと都築君」

「席は取っておきますね」

「二人ともありがとう」

 

 3階から2階に下ったエレベーターから降りて梶路さん達と別れたボクは、おぼんを小脇に抱えて急ぎラウンジへと向かう。

 そういえば、昨日みんなと飲んだコーヒーはなにか物足りない感じがしたな。何が物足りないのかって訊かれたら上手く言葉に出来ないけれど。

 そうだ! レストランに行ったらさっそく寺踪さんにコーヒーを淹れてもらおう。きっと今頃レストランでお湯を沸かしている事だろうし、そうすればきっと何が物足りないのかもわかるに違いない。西尾君にはトーストを焼いてもらって、熱々のコーヒーと一緒に食べるんだ。

 ああ、考えただけでお腹が空いてきた。喉も乾いてきた。さっさとおぼんを置いてレストランに行こう。今日も楽しい一日になるに違いな――

「きゃああああああああああああああああああ!!」

 ……今のは、悲鳴?

 ラウンジの方から聞こえ……って、ボクは何を云っているんだ。昨日梶路さんはあんなに頑張っていたじゃないか。最悪な事態を避ける為にみんなの客室を回って、紫中君達と楽しい夜を過ごして、こうして朝を迎えたんじゃないか。まさか。ありえないよ。あ、そうかそうか。誰かが美術品を落として割っちゃったんだそうに違いない。まったく困った人がいたもんだよ。おっと、そんな事を思っているうちにラウンジが見えてきたぞ。あそこにいるのは……ハミちゃんか。せっかちな彼女じゃあ仕方がないね。みんなで一緒にモノクマに謝ればきっと許して――

「つ、都築君! ……寺踪さんが、寺踪さんがぁ……!」

「え? 寺踪さんがどうし……た、の」

 

 

 

 

 なんだよ、これ

 

 どうして君がそこにいるんだよ

 

 君はレストランで、お湯を沸かしているはずだろう?

 

 なんで……なんでそんな姿で倒れているんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――寺踪さん!

 

『 死体が発見されました! 皆さま、諸々説明がありますので、一度スカイデッキにお集まりください! うっぷっぷっぷ~! 』

 


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