機動戦士ガンダム0087~ウロボロスの軌跡~   作:金国佐門

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4~哀戦士~

 

「もー、汗でぐっちょぐちょだよ~」

 

 旧リベリア地区ニューモンロビア近郊、連邦軍駐屯基地。

 ぼやきながら廊下を歩む少女の姿があった。

 

 少女とは言っても、身に纏っているのは連邦軍の制服だ。

 それはつまり、少女が正規の軍人である事を示していた。

 

 幼い顔立ちに、透き通るような白い肌、宝石のように美しい青の瞳を持つ少女だ。

 身長はコーカソイド系にしてはかなり小柄。肩まで伸ばした輝くような金の髪はワンサイドアップに纏められており、何より目を引きつけるのはその胸元だ。トランジスタグラマーとでも称するべきか。見た目にそぐわない豊満なバストの持ち主で、制服の胸の部分が張り裂けんばかりにパッツンパッツンなのだ。

 

「あ~、早くシャワー浴びたい~……」

 

 少女は休憩ルームに入るやいなや、備え付けのテーブルに座ると、制服の胸元をはしたなく開く。

 跳ね上がるように、汗で塗れた白いシャツからあふれんばかりに巨大に実った果実のような胸がプルンと揺れる。

 

「こら、メアリー。はしたないでしょ」

「しょうがないじゃんユマっち~。暑いんだもーん」

「まったく……」

 

 彼女こそがメアリー・スー。あの高機動モビルスーツで派手な立ち回りをみせたパイロットだ。

 

 そして――。

 

 メアリーの後を追うように現れたのはきっちり整えられたボブカットが特徴的な女性。

 瞳と髪色は濃い茶色で、肌色はやや色白なモンゴロイドカラー。彼女も身に纏っているのは連邦軍の制服だ。

 日系スペースノイド特有のやや小柄な体躯に、年齢よりかなり若く見られがちな童顔。

 眼鏡をかけたその姿は知的にも見えない事はないが、どちらかというとメカニックに見える、という意見がもっぱらであった。

 

「ユマっちも胸元開けちゃおうよ~。パイロットなんてみんなやってるよ~」

「それは男子の話でしょ? しかも上が見てないとこでだけね。きちんとした場所でやったら怒られるよ」

「ちぇ~。でも、それなら今は良いよね?」

「まぁ、今なら……パイロットスーツは蒸れるし……しょうがないのかなぁ」

 

 両手を腰に当てて首を傾げる眼鏡の女性。

 彼女こそがユマ・シラサワ。

 中距離戦闘における射撃戦と白兵戦で踊るように敵を撃破したアサルトバレットのパイロットである。

 

 じんわりと、その眼鏡が汗で曇りはじめる。

 

「それより……あっははは! ユマっち眼鏡! それじゃ見えないでしょ~」

「うん、超見づらい……」

「ぷっ! あっはははは!」

「って、しょうがないでしょ。暑いんだから……」

 

 眼鏡をはずし、制服のポケットから取り出したハンカチで眼鏡の曇りを取るユマ・シラサワ。

 眼鏡をはずすと可愛らしい顔が姿を現す。

 

「ユマっち。絶対眼鏡無い方がいいって」

「コンタクトは嫌いなの」

「もったいないなぁ」

「ほら、シャワー行くよ」

「は~い」

 

 テーブルから立ち上がるメアリー。

 そこへ。

 

「……ねぇ、シャワーの前にさ」

 

 ユマの袖をちょこんと引っぱる小柄な姿。

 

 裾の長い連邦軍制服を身にまとった小柄な少女の姿。

 どうやら彼女ほど小柄な少女に合う制服は無かったようだ。

 

 腰まで伸びた長い黒髪をツーサイドアップにまとめた、小学生と見間違える程に小さな、やせ細った体躯の少女だ。

 肌は比較的白に近い。瞳は黒。顔立ちは日系に多い幼い顔立ち。

 可愛らしい声でポソポソと小声で喋るその姿は小動物のように可愛らしく、保護欲をかきたてる。

 

「ん? どうしたのジニー」

「……何か飲まない? 喉渇いた」

 

 彼女こそがジニー・メイ。

 あのフルアーマー機のパイロットであり、見事な遠距離砲撃と狙撃をこなしたパイロットである。

 

「あぁ、飲み物買ってくるから。ここで待ってて」

「……うい」

「ありがと~」

 

 大股を開きつつテーブルに座りなおすメアリー。

 隣の席にちょこんと座り込むジニー。

 

「あ~、涼しい」

 

 だらしなくもメアリーは胸元を開けて、パタパタと手で扇ぐ。

 

「……相変わらずバインバインだね」

「ふっふふ~ん。うらやましい?」

「……当然でしょ」

「そう? あっても邪魔なだけなんだけどなー」

「……妬ましい。持たざる者の苦しみを知らぬ者め」

「え~? ジニーはまだ成長期じゃーん。これからだよ~」

「……私もう十七だよ? 未来なんてないよ」

「でもジニーはちっちゃくて可愛らしいじゃん。ぺったんこでも可愛いと思うよ」

「……その小さいのとぺったんこなのがコンプレックスなんだけど?」

「私だってこのおっきいのがコンプレックスだよ~。この肉誰か取って~」

「……おのれ、私がもぎとってやる」

「ちょ、きゃー、揉まないで~」

 

 常時ローテンションなジニー・メイ。

 一方、まるで真逆にハイテンションなメアリー・スー。

 その性格だけでなく、胸の大きさも正反対。

 されど背丈はそれほど変わらない。

 二人は大の仲良しであった。

 

「何やってんだか」

 

 飲み物を持ってきたユマ・シラサワがじっとりとした視線で二人を睨む。

 

「……あ~、染みるわ~」

「冷た~い! 美味し~い!」

 

 二人は基地の販売機で売っていたスポーツドリンクをグビグビと飲み干す。

 そこへ――。

 

「よう」

「あ、ロニー」

 

 現れたのは、コーカソイド系の白い肌の中年男性だ。

 茶色い髪をオールバックにまとめた堀の深い顔立ち。

 その刻まれたしわは、それだけ長い年月、戦場を駆け抜けた経験と豊富な知識を示していた。

 まさにベテランの貫禄である。

 が、彼は軍人らしからぬ、決して厳しく無い、むしろフランクな口調でやんわりと叱責する。

 

「おいおいメアリー。なんて格好してやがるんだ。しまえしまえ。その胸」

 

 ロニーと呼ばれた中年男性が制服の胸元を閉めるようジェスチャーでうながす。

 

「うぇ~? 暑いんだけど~」

「ひとまずこれからブリーフィングだ。ここでな。なんかブリーフィングルームが砲撃喰らってグチャグチャらしくてな」

「うぇ~? じゃあシャワーは~?」

「後にしろ」

「え~……? 臭いのやなんだけど~」

「我慢しろっ」

「はぁ~い」

 

 そうこうしている内に。

 士官服に身を包んだ白人女性と、連邦制服を着込んだ若い男性二人が現れる。

 

「当基地の基地司令を務めている。ジュディ・グレイ大尉だ」

 

 長い金の髪をなびかせながら、基地指令が敬礼する。

 その瞳は海のような青さで静かなる強い意思を内に秘めているように見えた。

 各々、連邦式の敬礼で返し、挨拶を済ませる。

 

「こちらはヘンリー・リー少尉とアレクセイ・ドレクサス中尉だ」

 

 基地指令の左右に立つ、赤髪の白人男性と、黒髪オールバックの黒人男性が軽く会釈する。

 ヘンリー・リーと紹介された赤髪の若者の目は、涙によるものか、赤く腫れているようだった。

 

「今回は危険をかえりみず、救難信号に応じてくれた事に感謝する。君たちの支援が無ければこの駐屯地は落とされていた。感謝しても足りないくらいだ」

 

 深く頭を下げる基地指令と二人。

 

「まぁ、一人は残念な事になっちまったみてぇだがな……」

「ミリィ・プラム少尉の事か……あれは――」

「――何で遅れてきたんだよ……!」

 

 拳をきつく握り震わせながら、ヘンリー少尉がくぐもった声で小さく叫ぶ。

 

「死んだんだぞ!! お前らが遅いから!!」

 

 その目には涙が湛えられており、失った仲間が彼にとっていかに大切であったかがうかがわれた。

 

「そんな事言われたってさぁ~。私たちだって充分急いだんですけどぉ~。新兵のガンペリーまで出してさ。あれ以上どうやって早く来いって言うのさ!」

「おいメアリー、やめとけって」

「止めないでロニー! こっちは危険を冒して最善手で出たんだよ? それで死んだって言うんならさ、そいつの腕がそれだけ未熟だったって事でしょ!」

「なんだとてめぇ……!」

「こっちだって危うく新兵失うかもしれなかったんだからね! それを一方的に被害者面しないでよ! うっとおしい!」

「この野郎!!」

「やめないか! ヘンリー少尉!」

「だって……! あいつは、ミリィは……!」

「すまないな。こいつとミリィは……」

「あぁ、こっちも悪かったよ。メアリー、謝りなさい」

「嫌だ」

「メアリーっ!」

「知らない人が何人死んだ所で知ったこっちゃないもん! 誰だって世界の裏側で何人死のうと気にしないで生きてるでしょ? それと同じだよ」

「貴様ぁっ!!」

 

 拳を振り上げて殴りかかるヘンリー。

 その腕を掴んで止めたのはアレクセイ中尉だった。

 

「……やめろ。この子の言い分にも、もっともな所はある」

「どこがですか!!」

「彼女たちが最善の手段で来たのは本当だろう。脆弱な支援航空輸送機の使用であちらの兵に危険を冒させたのも事実だ」

「それでも!」

「彼女の言うとおりだ。ミリィを失ったのは、我々の力の至らなさだ。それを彼女に当たるというのは筋違いというものだ。違うか?」

 

 振り上げた拳を下ろし、ヘンリーはただただ静かに涙を零す。

 

「俺たちは彼女らに助けられたんだ。彼女らの救援が無ければ俺たちも死んでいたんだ。感謝こそすれども、恨む立場ではないだろう」

 

 その言葉を聞き、さも当然とばかりに、そら見た事かと胸を張るメアリー。

 そこへ――。

 

「だが……それでもだ」

 

 静かにメアリーに近づき、アレクセイは静かに、平手打ちでメアリーを修正する。

 静かな休憩室に、大きな破裂音が鳴り響いた。

 

「君の言い分に、相応しくない部分があったのも確かだ。ここは戦場だ。子供の来るところじゃない。だが、子供ながらにしてここまで来たという事は君も兵士だと言う事だ。胸に刻んで慎みなさい」

「痛ったぁい~、ぶった~!」

「メアリー、ジニー、それとユマ。先にシャワーを浴びてきなさい」

「……了解」

「わかりました」

「っべぇ~っだ!」

 

 憤るメアリーを引っ張るように、ユマとジニーは三人でシャワー室へと去ってゆく。

 その後姿を眺めながら、ジュディは小さく呟いた。

 

「あんな子供に戦争をさせるなんて……」

「あいつらは特別製なんだよ。すまんな」

「特別製って……それはまさか」

「まぁ、機密事項なんだ。察してくれ」

 

 機密事項、子供が戦場に出ている現実。

 二つの異様で事情を察した基地指令は話を変えるように今は亡き一人の英雄。

 散って逝った部下について語り始める。

 

「ミリィ少尉はな。ここではナンバー2の腕前だったんだ。特に白兵戦は彼女の十八番でな。この基地内に彼女の右に出る者はいなかった」

「あの馬鹿……いくら弾薬が尽きたからって」

「指令も止めたんだがな。あいつは優しかったから」

「弾切れで膠着し始めた時、敵は基地を狙い始めた……基地にはメカニックとかさ、非戦闘員もいるから……」

「近づきさえすれば、行けると思ったんだろうな」

「新兵ゆえの判断ミス、焦りって奴か」

「そもそも、今回の襲撃がイレギュラーだったんだよ!! 『ジオン残党などジムⅡの敵じゃない』なんて言ってもよぉ……」

 

 ヘンリー少尉は拳を震わせて憤り、行き場のない怒りを拳に乗せてテーブルへと叩きつける。

 

「たった三機で、あんだけの数相手に……どうしろってんだよ!」

 

 涙を零し、髪を振り乱しながらヘンリーは起きてしまった最悪の出来事を嘆いた。

 

「せめてもう一個小隊いさえすりゃ、あん程度の残党どもなんざ……くそ!!」

「……敵の動きも手練れだった。早朝の奇襲。少ない兵を用いての陽動。今回の落ち度は明らかに……」

「手練れか……って事は、十中八九アイツらなんだろうな。ここら一体で暴れまわっているっていう海賊どもは」

 

 海賊。この駐屯基地が出来上がった理由でもある、ジオン残党部隊の仮呼称である。

 

――別名、アンデッド。

 

 連邦の補給部隊や駐屯基地を襲撃しては、補給物資と場合によってはモビルスーツさえ鹵獲して兵を補充する。

 場合によっては、敵の手によって蘇った元味方モビルスーツとさえやりあうはめになる。ゆえにアンデッド。

 母艦は同様に鹵獲した潜水艦とも噂され、海岸から兵を送り込んで物資を奪う。まさに海賊。

 

「舐めていた。数の配備も、兵の熟練度も、武装も……全部甘かったんだ」

「……今なら、ティターンズの言う事もわかる気がするぜ……徹底的に、ジオンの残党なんざ、全力で駆逐すべきなんだ!!」

 

 怒りに震えながらヘンリー少尉は涙を零す。

 

「……それなのに、何が軍備縮小だ! 世論は間違ってる! 戦場をまるで見ていねぇ! くそ……俺たち兵士だって、人間なんだぜ……?」

「すまねぇな。俺たちがもう少し早く着けていれば」

「言うな、全部上層部の判断が悪い。君たちは悪くないさ」

「そう言ってもらえると助かるよ」

 

 基地指令であるジュディの言葉に安堵するロニー。

 

「じゃあ、俺もシャワー浴びてくるわ。股ぐらが蒸れてしょうがねぇ」

「私もだ。胸元が蒸れてしょうがない」

 

 シャワー室に向かう二人の姿を見送りながら、ヘンリーが毒づく。

 

「機密事項ね……あのガキ。どんだけ特別なお立場なのか知んねぇけどよ……遊び気分で戦場に来られちゃたまらねぇぜ……」

「いや、そうじゃないだろ。よく考えてみろ、少なくともあいつらは俺たちよりモビルスーツを上手く扱えてる。遊びじゃあんな動きはできないはずだ。あの少女達はもしかしたら……」

「もしかしたら?」

「ニュータイプ……」

「……へ? それって、時々戦場に現れるって言う、エスパーみたいなエースの……? 眉唾でしょう?」

「実在したって事だろ。じゃなきゃあんな動き。説明がつかねぇよ。それに、聞いた事がある。連邦の怪しい研究の噂」

「怪しい研究?」

「強化人間。ニュータイプを人工的に作り出そうって話らしい」

「それ、都市伝説とかモグラ放送の奴でしょう? あんなんジオン残党の捏造なんじゃ」

「じゃあ、あの動きをお前、どう説明する」

 

 戦場での異様な動きを思い出し、ヘンリーは言葉を詰まらせる。

 

「あんな幼い少女がだ。あの異常な動きだぞ? それをどう説明する」

 

 思い浮かんだ驚愕の事実に、ヘンリーは悲鳴のような小さな声をあげる。

 

「……強化、されてるって言うんですか? あんなガキ共が……」

「噂じゃ非合法のありとあらゆる薬物で薬漬けにされてるって話らしい……」

「……あんな……小さな子供が」

「もし、そうだとしたら……嫌な時代だと思わないか」

 

 二人は、少女達が去っていったシャワールームに視線を向けたまま、ただ黙り込む事しかできないのであった。

 

 

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