――月――日
この世界に転生して嬉しかったことを端的に述べよと言われたら、そりゃあもうみぽりんやエリカをはじめとするガルパンのキャラ達と仲良くなれたことだ。
頭がおかしくなるかと思うような受験勉強も戦車道を続けていくための拷問に等しいトレーニングも、まあ辛かったっちゃ辛かったのだが、彼女達とキャッキャウフフすることと引き換えならばどうということはない。
一介のガルパンおじさんとして言わせてもらえば、まさに我が世の春が来たというところだ。一山いくらの転生者のオマケのような人生には出来過ぎなくらいに。
もちろん、俺の人生の目的はみほエリを成すことであるからして、俺自身が百合の間に挟まる異物にならぬよう細心の注意を払ってもいる。
今現在の見てくれがどうあれ、俺の中身はアラサーのガルパンおじさんだ。その事実は変わることがない。みほエリの間に挟まることなど断じて許されることではない。
そして俺は成し遂げた。
みぽりんと同じ戦車に乗るまでの仲になり、みぽりんに代わって滑落した戦車の乗員を救出するために荒れ狂う濁流に身を投じ、みぽりんに向けられるはずだった批判も非難もすべて俺が引き受けることになった。
さて、あとはこのまま負けの責任を取るみたいな感じのアレで黒森峰からピロシキすればミッションコンプリートだ。勝ったッ! 高校生活完ッ!
みぽりんには今後困ったことがあればエリカと力を合わせてやっていって欲しいと言い含めてあるし、エリカにも同様だ。
まほパイセンにも根回しは済んでいる。もはや黒森峰に俺は必要ない。少々名残惜しいが戦車道を続けていく理由もなくなった。
俺の退場をもってこの喜劇に幕は下り、地上は百合の花で満ちるのだ。
みぽりんは黒森峰に居まし、世は全てこともなし。世にみほエリのあらんことを。
――月――日
転校先は決めていないが、知り合いがいるという意味では敢えて聖グロに行ってみるのもアリかもしれない。
中学時代からダージリンと色々因縁はあるが、腐れ縁のライバルを邪険にするほど捻くれた性格じゃないのはよく知ってる。あの紅茶の園でコーヒー派の俺に人権があるか微妙なラインだが、ワンチャンなんとかなるだろ。多分。
なんにせよ、黒森峰にいるのもあと一週間か十日といったところだろうか。
せいぜい最後の思い出作りでもしておくとしよう。
――月――日
なんで?????????????????????
――月――日
なんで??????????????????????(一日ぶり二回目)
こんなことになるなんて誰が予想した? 意味が分からない。どうしてこうなった?
わけがわからないが、とにかく落ち着いて、事の次第を整理していこう。
昨日しほさんが学園艦にやってきて、パイセンの同席の下、直々にお叱りという名の尋問を受けることになったまではいい。黒森峰にも進路指導室なんてあるんだな、とちょっと感心したのも今は置いておこう。
俺を詰問するしほさんはヤバイ級に怖かったが、どのみち黒森峰から去るつもりでいたこともあって、実は割と冷静にしほさんの様子を観察する余裕もあった。
あの気位の高さと品の良さは生まれついてのものだと思うが、やはりいつ見ても高校生の娘が二人いるとは思えない美貌だ。いや待て、それはこの際どうでもいい。
しほさんは化粧で隠してはいたが、険しい表情の中にも疲れが見て取れた。
おそらくこの日学園艦に来る以前から、スポンサーやらOG会やら、あっちこっちに頭を下げて来てるんだろう。決勝戦の日から結構時間が空いているが、それだけ忙しかったということだ。
多分原作でもそうだったんだろう。シナリオ上語る必要がなかっただけで。
なにしろ西住流のお膝元の黒森峰で起きたこの事件だ。
普通に考えて、しほさんに対しても試合中の安全対策はどうなってるのかとか色々言われているに決まってる。
西住流は戦うからには必ず勝てと教えられるし、しほさんは戦いに犠牲はつきものとも言っていたが、実際に犠牲が出そうになってみろ。世間が黙っちゃいない。
戦車道は危険なスポーツだとバッシングもされる。対立流派の島田流や西住流を快く思わない連中にとってもこの一件は格好の攻撃材料だ。
そもそも犠牲が云々というのは西住流を代表する立場としてのポジショントークに過ぎず、本心は違っていたはずだ。少なくとも実の娘が相手だった原作では。
俺が真実JKであったならば、若さゆえにしほさんの言葉に反感も覚えたかもしれないが、実のところは言い訳の余地なきアラサーだ。むしろ彼女の苦労は察するに余りある。俺はしほさんに同情すらしていた。
すいません。いや本当にすいません。みほエリを成すという大儀のためだったけど、俺の身勝手で多大なご迷惑をおかけしたと思うと本当に申し訳ない。
人命がかかっていた状況だったし俺は自分のやったことを反省も後悔もしていないが、さすがにその点については罪悪感を禁じえなかった。
うん、やっぱり戦車道も辞めよう。すっぱりと。そのほうがいい。
パイセンやエリカは普通科への転科を勧めてくれたが、初志貫徹してどこか遠い高校に転校し、静かにみほエリを見守る余生を送るのだ。
胸にケツイを抱いていたところ、転校待ったなしの状況に待ったをかけたのは同席していたまほパイセンだった。
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――私が守護らねばならない。
たったひとつの思いが、砲声のように胸の中に響いていた。
これこそが今の自分のやるべきことだと……否、今の自分の一番やりたいことなのだという決心が私を奮わせ駆り立てた。
天翔エミが黒森峰を去ろうという意思を改めて口にしたとき、椅子を蹴って立ち上がる自分の身体を押し留めることは最早不可能だった。
「お母様」
場を弁えぬ呼び方をした不肖の娘に、お母様はたしなめるような目を向けた。
「天翔のしたことは確かに問題です。ですが今回の一件で責任を問われるべきなのは彼女だけではありません」
「……どういうことです?」
「隊員の不始末は隊長である私の責任です」
私の言葉に目を丸くしたエミが、こちらに顔を向けた。
正直に言えば自分自身でも驚きだ。振り返れば、今まで母に対して反抗らしい反抗など殆どしたことがなかった。西住流という鋳型に填められて生きてきた私が、西住流という生き方に疑問など持っただろうか。
だがそれも今日限りだ。
「隊長として、天翔にのみ不名誉を負わせはしません。彼女が黒森峰を去るというのなら、私も今回の敗戦の責任を取って戦車道チームの隊長の座を退きます」
今、私が口にした言葉を、この場にいる誰よりも驚きをもって迎えているであろう自覚がある一方、不思議なことに、私は絶対にこうするべきなのだという確信めいた安心感さえもあった。
そうだ。エミの勇気ある行動に対し、私は何をしてやれた? 隊長の立場を言い訳にして何もしてやれず、結果、最も有能な隊員の一人をこの学園から追いやろうとしている。このまま手をこまねいていていいはずがない。私がエミを守護らねばならない。
「……自分が何を言っているのかわかっているのですか? 貴女が降りた後、誰が隊長を務めるというのです」
「チームの指揮はみほに委ねれば不安はありません。副隊長に関しても逸見がその任に堪えるでしょう。何の問題もありません」
我ながらひどい言い訳だ。辞めた後の始末を妹や後輩に押し付けてまでエミに肩入れしている。隊長失格、だがこの場合は望むところだ。隊長の座を退いた私に最早恐れるものなどない。
エミが余所の学校に転校するというなら、私だって黒森峰を出て行く覚悟だ。お母様だろうと誰だろうと、私を阻むことはできない。
(……私のような奴が聞かん気を出すと、こんな風になるんだな)
不意に、頭の中の冷静な部分が自分の置かれている状況を俯瞰する。
……畢竟、私も西住の女ということなのだろう。一度決めたことは断固として貫き通す意固地な性格を、お母様からしっかり受け継いでいたということだ。
「まほ。隊長である貴女に課せられた責任とは、西住流を体現する者として全ての隊員の規範となることです。貴女はそれを放棄するというのですか?」
「なら、これが私が示す規範です。……私の目指す戦車道の在り様です」
私の戦車道。
聞く者が聞けばこれほど滑稽な言葉もない。私の戦車道だなんて、お前の人生に西住流以外の何があったというんだ? そう笑われても仕方がない。
だが、私は信じてみたくなったんだ。いつかエミの言っていた戦車道を。
勝ち負けだけじゃなく、信頼しあえる仲間と支えあい、高めあう戦車道を。
何より、それを身をもって示して見せた天翔エミを。
そうして互いに譲れない、譲るものかと、無言の睨み合いが続いていたそのとき。
鉛のように重苦しい空気を切り裂くように、進路指導室のドアが勢いよく開かれた。
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決勝戦のあのとき、私の中には『私』がふたりいた。
目の前で川に転落した味方の戦車を、友達を助けなきゃと叫ぶ『私』。
勝利には犠牲がつきものだ、脱落した者は切り捨てろと淡々と告げる『私』。
よく見知った西住流の顔をした『私』の声を、私は聞こえなかったふりをしようと思った。
わかってる。私は副隊長で、フラッグ車の車長なのに。この行動はきっと間違ってる。勝たなきゃいけない。それが西住流で、私はそれを遂行しなきゃいけない。
……でも、それでも、やめる理由にはならない。
どんな理屈があっても目の前で危ない目にあってる人を見捨てるなんてできない。
友達を見捨てるのが戦車道なら、そんなものやってる意味なんかない。心の底からそう思って、救助に向かおうとした。
そして、私を止めたのはエミさんだった。
エミさんは私の心の中を見通していた。その上で、エミさんは『私』の代わりに川へ飛び込んで赤星さん達を助けに行った。
エミさんは私の代わりに『私』になったんだ。
でも、後を託された私は西住流の『私』にはなりきれなかった。勝たなきゃ、早くエミさんを助けに行かなきゃと思えば思うほど、決着を焦って冷静な指揮ができなくなった。
その結果、黒森峰は十連覇を逃して、敗戦の責任のおおむね全部をエミさんが負う形になった。
私が現場を放棄して救助を優先しようとしたせいだ、と弁護することさえエミさんは許してくれなかった。ひょっとしたら、お母さんに呼び出されて怒られたときにこのことを言えていれば、現状は違ったかもしれない。
本当は私のせいなんだと、エミさんは私の身代わりになっただけなんだと。
エミさんが許そうが許すまいが、本当のことを全部話してしまえばよかったのに。でも、誰にも何も言えなかった。私は臆病で、卑怯だ。
自分のことがこんなにも嫌いになったことは、今までになかったと思う。
……あれはいつだっただろう。エミさんが私とエリカさんに言ったことがある。
ちょっと怖いくらい殺風景なエミさんの部屋で、エミさんの淹れてくれたコーヒーを頂きながら、私たちはそれを聞いた。
「私には家族はいない……いや、いなかった。でも今はチームのみんなが家族みたいなものだと思ってるよ。みんなと一緒に戦車道をやれて、本当に幸せだ」
いつになく感慨深げに語ったエミさんに、私もエリカさんもなんだか照れくさくなっちゃったのをよく覚えてる。それくらい私たちのことを信頼してくれてるんだって思うと、すごく嬉しかった。
ご両親も親戚もいなくて、施設育ちだというエミさんは、私たちのことを家族だって言ってくれた。でも今は? 今の私たちにエミさんの家族である資格なんてあるのかな。
本当に困って苦しんでるときに味方になってあげられないのに? ううん、そんなの家族なんかじゃない。
……もう手遅れかもしれないけど、私はエミさんの家族でありたい。
エミさんを絶対裏切らない。裏切りたくない。絶対にエミさんを独りにしない。
そんなケツイを込めて、私は進路指導室のドアを開けて。
お母さんに向かってこう宣言した。
「エミさんがここを出て行くなら、私もついて行く」って。
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気がつくと俺は、大洗女子学園の制服を着ていた。
なんで??????????????????????(二十分ぶり三回目)
まほパイセンがしほさんに啖呵を切った時点でどうしてそうなるのかまったく理解を超えていたのだが、さらにみぽりんまで乱入し失望しました黒森峰辞めます宣言をぶちかまし、凄まじい口論の末にしほさんは出て行ってしまった。
その翌日の朝には俺とみぽりんとパイセンは黒森峰学園艦を退艦し、熊本駅から新幹線に乗り継いで東京へ向かい、そこから特急と各駅停車、バスを使って茨城県は大洗町へ。
いやいやいやいやちょっと待って全然そんな流れじゃなかったでしょ。
いくら俺の私物がスーツケースひとつに納まるくらいの少なさだとはいえフットワークが軽すぎる。熊本から茨城まで何キロ離れてると思ってるんだ。
たった一晩で転校の手続きと下宿先の確保と関係各所への根回しが完了してるとか何をどうしたらそうなる。ジョバンニか? ジョバンニなのか?
どうしてこうなった。輝かしいみほエリの未来がすぐそこまで来ていたのにまほパイセンが介入してくるとか絶対に許されざるよ。転生オリ主が西住サンドとか誰も望んでない。胃が痛い。俺を今すぐ殺してくれ。
――月――日
大洗に引っ越して数日が経ち、つつがなく原作も始まった。そろそろ生徒会に声をかけられる頃じゃないかな。
西住姉妹という最大戦力を失った黒森峰女学院戦車道チームに対して、俺は哀悼の意を表することしかできない。エリカは今どうしているだろうか。俺をさらうくらいならエリカを連れ出して欲しかった。マジで。
ついでに言うと娘に揃って家出されてしまったしほさんにも申し訳ない気持ちでいっぱいである。ほとぼりが冷めた頃に謝罪の電話を入れようと思っている。本当に申し訳ありませんでした。マジで。
そしてみほエリの夢は水平線の彼方へ遠ざかり、俺とみぽりんは家族になった。
いや待て違うんだ、アレはみぽりんとエリカが家族みたいにならないかなって思って言ったんだ。俺を頭数に含めなくてもいいんだ。
そんでパイセンはパイセンですごい勢いで俺を構ってくるし。なんでだよ。そこはみぽりんを構えよ。みぽりんが不機嫌拗ね拗ねモードになって怖いんだよ。
戦車のない生活なんておそらくはじめてだろうから落ち着かないのは仕方ないが、黒森峰にいた頃のような落ち着きを取り戻して欲しい。切実に。
……あ、そういえば。
黒森峰から持ち出し損ねた私物の中に例のダミー日記があるのだが、誰かに読まれていないだろうか。
俺主演の黒歴史SSを読まれるのは結構キツいものがある。俺の日記を見つけたあなた、速やかに燃やしてください。それだけが私の望みです。
エミカスの敗因
・かっこつけて気の利いたことを言おうとした
・自分の戦車道とは何かという問いを原作からの受け売りで済ませた
この世界線ではエミカスとみぽりんのみならずまほ隊長にも置き去りにされた上に、エミカス去りし後に例の日記を読んでしまったエリカが逸見エリカダークノワールブラックシュバルツになって立ちはだかりますが続かないし始まりません。