みほエリは果てしなく素晴らしい   作:奇人男

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ミカ、やっとわかったんだ。俺には辿り着く場所なんていらねぇ。
ただ進み続けるだけでいい。止まらねぇ限り、みほエリは続く。

俺は止まんねぇからよ。
みぽりんとエリカが止まんねぇ限り、その先にみほエリは成るぞ!



……だからよ……止まるんじゃねぇぞ……
 


機動戦車エミカス 鉄血のパイセンズ 壱

 

――月――日

 

前略、お袋様。

……お袋様? いや、俺に親はいないから違うな。

保護者……院長先生? ……まあいいか。

 

とにかく転生して早12年の月日が流れ、晴れて俺は黒森峰女学園に入学することができました。

一日も早く学校に慣れて、健やかな学校生活を送りたいと思います。いやぁホント大変だった。マジで。

 

正気を失う寸前まで己を追い詰めた受験勉強に、戦車道のトレーニング、そして小学生部門での実績作り。

女児の皮を被ったバケモノと恐怖されるほどのパワー系装填手とは俺のことよ。

そりゃもう周りは皆ドン引きで俺を猛獣を扱うかのごとくにし、割と深刻に友達がいない小学校生活だったがそんなことはどうでもいいんだ。重要なことじゃない。

すべてはみほエリを成すという大儀のため。やがて起こるであろうあの事故でみぽりんの身代わりとなり、みぽりんを転校させず、ゆくゆくはエリカとらぶらぶちゅっちゅさせること。それこそが俺の身命を賭して成し遂げるべき使命だ。

みぽりんもエリカも幸せになる。そして俺はそれをウォッチングして幸せになる。見事な計画だと感心はするがどこもおかしくはない。憧れちゃうなー。

 

だが……

 

 

 

俺がまぽりんと同じ学年だったのはさすがに想定外だわ。

 

 

 

 

 

――月――日

 

 

何故こんなことになったのか。

 

孤児院出身のカネも家柄も後ろ盾もないやせっぽちのチビすけが黒森峰みたいなお嬢様学校に入学するためには、とにかくひたすら勉強と戦車道に打ち込まなければならなかった。

戦車道特待生の奨学金を当てにしなければ名門私立特有のクソ高い授業料など逆立ちしても払えっこないし、黒森峰に入学してみぽりんやエリカの間近から介入する以外にみほエリを成す方法も思いつかなかったからな。

なので俺はテレビも観ずマンガも読まずYouTubeも観ず、早朝に起きて特訓、小学校の授業が終わったら脇目も振らず特訓、そして勉強の日々であった。

思い返してみればまったく子どもらしくない。密教の修験者だってもっと人間らしい暮らしをしていると思う。これじゃ同年代の連中と話が合わなくて当然だな。だがまあ、おかげで装填手として申し分ない身体能力が手に入ったのでよしとしよう。握力測定で120kg出したときはさすがに保健室の先生も測定器具の故障を疑っていた。そらそうよ。

 

話を戻すと、つまり俺はただ漠然と「転生したからにゃあ当然みぽりんやエリカと同じ学年だろ!」と、何の根拠もなく思い込んでいたのだ。戦車道の小学生部門で全国区の活躍をしていたまぽりんのことをほんのわずかにでも調べていれば、その時点で勘違いに気づけただろうに。

まぽりんと同期ということは必然的にみぽりんとエリカの入学は来年なわけで、つまり俺はみぽりんとエリカの先輩ということになる。同級生ならまだしも先輩後輩の間柄では四六時中一緒にいるというわけにもいかないし、みほエリを成すにも小さからぬ影響が出るだろう。(時系列のズレが)大きすぎる……修正が必要だ……。

 

しかし、これはすなわち俺の敗北を意味するものではないと言っておこう。

同級生には同級生の、後輩には後輩の接し方というものがあるだけだ。まずはまぽりんと仲良くなっておこう。この1年はみほエリのための地盤固めに徹するのが賢明だろう。

なに、失敗すればそのときは死ぬだけだ。比喩ではなく。願わくばみほエリに黄金の時代を。

 

あ、ちなみにまぽりんと同じクラスだし寮も同じ部屋だよ。アラサーでガルパンのことを話し出すと早口になっちゃうおじさんがルームメイトで本当に申し訳ない。

 

 

 

――月――日

 

俺のようなチビ女が装填手だと聞けば、普通なら嘘乙で片付けられるだろう。

しかしまぽりんは俺のことを知っていた――より正確に言えば覚えていたようだ。

 

六年生の夏休みに行われた全国大会の二回戦辺りで、俺が所属していた地元の戦車道チームとまぽりんがいた熊本選抜チームは試合をしている。まあ結果は俺達の惨敗もいいところだったけど、そこでフラッグ車に乗っていたちびっ子、つまり俺を見て、こんな小さな子も試合に出ているのかと強く印象に残っていたそうだ。

黒森峰に入学して出会えたことも驚きなら、てっきり車長か通信手辺りかと思っていたら装填手だというのも相当驚きだったとまぽりんは言う。あと、その小さな子が同い年だったことも。

残念ながら俺が通信手をやると「あの戦車は明らかな条約違反」「アニメ声の幼女を兵士として動員するな」「何人の子どもを武装勢力に売ったんだ、答えろ」などと不評の嵐なのでやらないことにしている。

 

まぽりんは、黒森峰の特待生にまでなっていることを考えれば俺の装填手としての能力は疑いようがないと冷静で的確な判断をしているようだが、やはりどうしても小学生部門最速と呼ばれた装填手と俺のビジュアルとが結びつかなくて戸惑うらしい。

俺だって走行中に装填する際の安定感を高めたいからもう少し太りたいんだが、こればかりはどうにもこうにも。一体何歳で成長が止まったのやら。

まあ、毎日一緒にジョギングしたり、同じ戦車に乗って練習したりしてればそのうちわかってくれるだろう。だから露骨に子ども扱いしてくるのは控えてくれ。一応同い年だから。

 

 

 

――月――日

 

芸は身を助けるという諺があるが、俺も一芸をひたすら磨くことによって黒森峰の特待生にまでなることができた。

俺の芸とはすなわち力、パワーである。砲弾をいかに素早く装填するか、ただそれのみを追求した訓練を積んできた。

残念ながら俺に車長適性は無い。目を覆うレベルで無い。悲しいかな、俺に部隊の指揮統率などまったくもって無理だ。あと操縦手と通信手もそれなり程度にできるが、それなり程度の選手など名門黒森峰では書類審査の時点で足切りされてメール一通でお祈りされるのが目に見えている。

だからこそ、他の誰にも真似できないレベルにまで一芸を磨き上げたのだ。ぶっちゃけ中学戦車道で俺より速く装填できる装填手はいないだろうと自負している。

 

それに考えてみて欲しい。

車長、ひいては隊長の仕事とは何か。それは決断だ。ある状況下において様々な条件を考慮に入れて作戦を考え、最も勝つ確率の高い作戦を選び、決断する。極端な話、それで隊長の仕事は8割くらい終わりだ。そして状況がリアルタイムに動き続ける以上、決断は迅速にしなければならない。

つまり速く動くのが大事ということだ。そこへ行くとまぽりんは車長として誰よりも早く決断して、俺は装填手として誰よりも早く砲弾を装填する。そこに何の違いもありゃしねぇだろうが!

 

……というようなことを力説したらまぽりんに鼻で笑われた。くそぅ。

 

だが、まぽりんも俺の装填手としての能力を高く評価しているのは確かなようだ。同室ということもあり、自然と練習でもよく組むようになっている。いい傾向だ。

 

 

 

――月――日

 

西住流とか黒森峰の隊長とか、そういうしがらみを取り払った素のまぽりんというのは、中学一年生のこの時期にしかお目にかかれないのではないか。近頃俺はそう思うようになってきた。

 

というのも、同年代の友人として付き合ってみれば、まぽりんがとても気さくで温厚な人物であるとすぐに気づけるからだ。

戦車道の大家である西住家の長女だけあってバリバリの体育会系でもあるから、自然と礼儀正しく年上を立てる振る舞いができ、これは先輩や上司から可愛がられるタイプだとわかる。

同年代に対しては自然とリーダーシップを取れるし、早くも一年生のリーダー格として頭角を現しつつある。俺がそばにくっついて気安く接しているせいか西住流の看板に恐れ入って遠巻きにされることもない。

西住の家名を背負っているとはいえ、まだ入学したての一年で、人の上に立つ立場にはない。原作で見せたクールビューティーな西住まほ隊長というのは二年生以降に確立されたキャラクターだろう。肩書きが人を作るというやつだ。それと比べると今のまぽりんはずいぶんと自然体であるように見える。

それに加えてお嬢様育ちゆえのある種の不器用さや世間知らずさも兼ね備えているから全方位に隙がない。この間など家庭科の調理実習でグーラシュの鍋を爆発させてちょっと涙目になっていた。どうしてそうなるんだ。これで熊本弁を話されていたら危なかった。可愛すぎるからな。

 

一方で、戦車道の練習をしていてもあまり面白くなさそうにしていることがあるのが気になった。

実際それを指摘すると、「みほがいないからつまらない」と返された。それから「あ、みほというのは私の妹でね」と続いて妹自慢が始まった。アカン、これめっちゃ長くなるやつや。

 

 

 

――月――日

 

孤児院にいた頃、あの場所を『卒業』していく子達を何人も見送った。

里親が見つかって引き取られていって、多分二度と会うことのない奴らだ。同じ施設で泣いて、笑って、やがてカバンひとつ分の荷物と共に孤児院を巣立って行ってじきに俺達と無縁になる。

だが、俺は特別羨ましいとは思わなかった。里親の収入とか住んでる場所とかで黒森峰に行けなくなるかもしれないリスクを考えれば当然のことだ。自分で自分の進路を決められなくなるくらいなら、死に物狂いになって努力を重ねて特待生の椅子を勝ち取ったほうがいい。みほエリを成す上で障害になるような親ならこっちから願い下げである。

そういう意味を込めて俺は「里親が見つかったからって幸せになれるとは限らない」と常々口にしていたのだが、改めて省みると、完全に施設を巣立っていく仲間を祝福するムードに水を差す嫌な奴だ。

 

あ、だから俺って孤児院でも浮いてたのか。

大人に期待もしないし信用もしない、昼夜問わずトレーニングと勉強に明け暮れて友達付き合いも悪く孤立してる奴。そういう風に見えてたんだろうな。まあおおむね事実ではあったのだが。

 

そんな話をまぽりんにすると、まぽりんは噴き出してしばらくツボっていた。それから笑ってしまったことを一言謝罪すると「天翔は本当に不器用な奴だな」と言ってまた笑った。

 

それにしても言うに事欠いて「不器用な奴」とは、西住家の女にだけは言われたくない台詞だ。

まぽりんとしほさんの愛情表現のヘタクソさ加減を俺はよく知ってるんだぞ。何せガルパンおじさんだからな。

 

 

 

――月――日

 

まぽりんのシスコンぶりはどうやら同室の俺以外には知られていないらしい。

原作を思い出すまでもなくまぽりんがみぽりん大好きなのは承知の上だが、いくら素の部分を出していても他人に弱みは見せない辺りはさすがまぽりんだ。

 

ん? だとするとまぽりんは己のシスコンを弱みと捉えているのか? もしそうだとしたらルームメイトとはいえ俺に長々と妹自慢などするだろうか。妹離れできない姉だと思われることを恥ずかしいと思ってるなら俺にだって言わないはずだ。

不思議に思って聞いてみると、「言われてみればそうだな。だけど天翔ならいいかなって思ったし……」とのこと。

俺が誰かに言い触らすと思わなかったのか、と聞くと、「まったく思わない。天翔がそういう人間ならみほのことなどそもそも話さないし、現に天翔が誰にも言っていないからみんな知らないんじゃないか」と返された。

 

考えてみれば、確かに黒森峰でみぽりん大好きなところを表に出すのはよくないかもしれない。西住家の人間であるというだけでだいぶバイアスがかかるのに、その上まぽりんが率先してみぽりんを大事に扱えば身内贔屓と取られても仕方ない。

一年の今ですら、「来年妹が入学してくるのが楽しみだ」と公言するのはリスクがあると判断しているんだろう。

それでいてルームメイトの俺には話してしまうんだから、慎重なのか大胆なのか。信用されたものだ。

 

そんなことを考えていると、まぽりんはニッと笑って「察しのいいルームメイトは嫌いじゃないぞ」と見透かしたように言った。それとも俺って結構考えが顔に出るのかな。

最近やけにまぽりんがヤンチャというか明るいというか。なんだろう、実家を離れて寮で暮らし始めて開放感でも感じてるんだろうか。

 

 

 

――月――日

 

劇場版が公開された前後にまぽりんの私服がダサいと話題になったが、服のセンスが終わっているという点では俺も人後に落ちない。

中身が中身だけに元々オシャレにこだわりなどないし、そもそもオシャレに気を遣えるような環境でもなかった。孤児院ではみんなお下がりか仕立て直した古着を着るのが当たり前だったし、黒森峰に入学することで頭がいっぱいの俺にはファッションに費やせる時間も金もなかった。

俺が求めているのは丈夫で動きやすい服装、それに尽きる。とはいえ、俺も晴れて華のJCである。しかも通っているのが日本有数の戦車道強豪のお嬢様学校とくれば、多少は身なりにも気を遣うべきかと思って己が身を省みたのだが、なんとまあひどいもんだった。

 

さすがに危機感を覚えた俺は、まぽりんと一緒に街の古着屋で私服選びをすることにした。迷うことなくしまむらやユニクロに向かおうとするまぽりんはまぽりんでそこはかとなくヤバい予感がするが今は放っておこう。

これは余談だが、同じ色のソックスを大量に買ってきて「全部同じ靴下だ。これでどの靴下を履いても大丈夫だぞ!」とか言っちゃうまぽりんはヤバいと思う。仮にもJCがくたびれたOLみたいな発想に行き着く辺りが特にヤバい。俺も真似したけどヤバい。確かに同じやつを探して履く手間がないから楽だった。

 

自由に使える金はだいぶ少ないから慎重に選ぼうということで、まぽりんにも意見を貰いつつ選んだのだが……まぽりんは全体的にパステルカラーの絵に描いたような女児服をチョイスしてくるのであまり参考にならなかった。

だから子ども扱いはやめろって言ってるだろ! いい加減にしろ!

ガルパンおじさんなのに女児服着てるとか誰にどんな需要があるんだ! 答えろ! 答えてみろまぽりん!

 

 

 

――月――日

 

いつの間にか俺とまぽりんは一年の名物コンビとして定着しつつあるらしい。

 

片や西住流の跡取りと目される才女、片や装填手一筋の女児(の皮を被ったガルおじ)。

見た目も生まれ育ちも正反対の俺達だが、お互いルームメイトとして早い段階に打ち解け入学当初からよく行動を共にしていることから、二年三年の先輩方も俺らに注目してるそうだ。

ついたあだ名が、俺達が練習のときに乗ってるティーガーⅠになぞらえて『獅子』(レーベ)『山猫』(ヴィルトカッツェ)。猫科つながりってわけだ。首輪付きかな?

 

それだけなら俺の中の中学二年生を刺激するあだ名をつけられたというだけで済むのだが、悪ノリした先輩が猫耳カチューシャなど持ってくるからさあ大変。

俺がチビだと思って、猫のポーズをしろとかにゃーって鳴けとか先輩命令でやりたい放題やってくる。これが権力ってやつか……パワハラですよパワハラ! コラ、写真を撮るんじゃない! 金を取るぞ!

挙句まぽりんまで悪ノリしだして、俺を抱え上げてライオンキングの名シーンを再現し始めた。ちょっと待て、シンバを動物達に披露したのはムファサじゃなくてラフィキだろ。なんで俺もそこにツッコミを入れてるんだ。

 

……うん? なんだかこのバカ騒ぎにデジャビュ……うっ、頭が。

 

まあ、なんだかんだで俺達も認められてきたってことか。黒森峰も軍隊みたいなノリでお堅いだけのチームじゃないってこともわかってきたし、これからもうまくやっていけそうだ。

 

 

 

――月――日

 

 

放課後、いつものように戦車に乗っての射撃訓練中のことだった。

 

事故が、起きた。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

一匹の『山猫』(ヴィルトカッツェ)が装填手ハッチから飛び出して駆けてゆくのを、私はキューポラから呆然と見ているしかなかった。

天翔エミの瞳には、煙を上げて擱座したⅣ号戦車のみが映っているだろう。砲塔付近の装甲が焼け焦げ、砲身はテッポウユリの花弁のように破裂し、捲れ上がっている。先輩達が何度も呼びかけているが通信は不通だ。スピーカーからは空虚なノイズだけが流れ続けている。

初夏の陽気の中だというのに、この身体を震わせる寒々しさはどうしたことだろう。あってはならないことが起きてしまった実感がもたらす、身体の芯まで凍えさせる冷たさといったら。

冷え切った身体は指一本と動かせないでいるのに、目の前で起きたことを理解する知性だけが、怠惰な肉体を補うかのように働いている。

 

腔発――訓練に使用していた榴弾が砲身内部で暴発したのだ。

 

戦車道では競技者の安全確保のため、戦車の乗員室内壁に特殊カーボンコーティングを施すことが義務付けられているが、それも絶対ではない。特に腔発は戦車道関係者が最も恐れる事故のひとつだ。戦車道の名門中の名門をもって任じる黒森峰は整備不良による事故をなくすために車輌整備士の育成にも力を入れているし、学園艦の外部からも優秀な人材を指導教官として何人も招聘している。

正確無比の整備に、厳重なチェック体制。まさか腔発による事故など起こりえない。そんなはずはないと誰もが思っていた。

しかし……いや、だからこそだろうか。私は、西住流の後継者として、幼い頃から戦車道に携わる者として、試合中や練習中の死亡事故の事例だっていくつも知っていた。なのに、それが自分達の身に降りかかりうることなのだという実感を持てていなかったように思う。

自分だけは大丈夫だと、心のどこかで思っていたのだろう。

 

だが、現実は私達にあるがままを突きつけたのだ。

これがお前達のやっている戦車道なのだと。

 

エミがⅣ号戦車の砲手用ハッチから、負傷した乗員を引っ張り出しているのが見えた。顔はよく見えなかったが、あの車輌の砲手なら二年生の先輩だったはずだ。猫耳のカチューシャを街の雑貨店で買ってきて、エミに猫撫で声でカメラを向けていた先輩。つい数日前のことだった。

 

その先輩が、血まみれのマネキンみたいに手足をだらんと投げ出している姿に、私は耐え切れず目を伏せた。

 

 

 

幸い、死者は出なかった。命を落とさずとも、ひどい怪我を負っていつ病院から戻ってこられるかもわからないのを幸いと言っていいのなら。

砲手と装填手は重傷で、すぐに病院に担ぎ込まれた。車長、操縦手、通信手は軽傷だったそうだが、戦車道を続けていけるかどうかはわからない。戦車道の歴史上、こういう事故で閉所や大きな物音がトラウマになって、戦車に乗れなくなってしまう選手は大勢いた。先輩達もその一人になってしまうのだろうか。

 

事故の後、すぐに練習は中止となった。指導教官らの指示で私達は寮で待機、明日以降については追って連絡するとのことだったが、突然起こった事態に皆ショックを受けていた。特に一年の寮の雰囲気といったら弔辞のそれだ。

無理もない。私だって事故を目の当たりにして、凍りついたように一歩も動けなかった。慮外の出来事に混乱したからか、それとも戦車そのものが私達に牙を剥いた事実に恐怖したのか――あの場で飛び出していったエミは実に無謀で、愚かだ。自分が二次被害を被る可能性をまったく考慮に入れていない。孤児院育ちは仲間意識が強いとでも言うのか? 本当にしょうがない奴だ。

まあ、向こう見ずのルームメイトを諌めるのは後でもできるとして、現状私の頭をいっぱいにしていたのは別のことだ。

 

もし、試合中や練習中にみほが事故に巻き込まれるようなことがあったら。

 

もちろん、実際に事故が起きる可能性は低い。戦車道がしょっちゅう死傷者が出るような危険な競技じゃないことは承知している。だが、可能性がゼロではないこともまた、今日嫌というほど思い知らされた。もしそのときが来たら、とても冷静でいられる自信などない。

 

二段ベッドの下段に寝転がり、一向に眠気の波が寄せてこないのを疎ましがっていると、上段に寝ていたエミが「今、みほちゃんのこと考えてた?」と言った。

 

「……みほがあんな事故に巻き込まれるかもしれないと考えると、な」

「気にしすぎても仕方ないだろ。きっと砲身に土が入ってたとか、原因はそんなのだよ。先輩達は運が悪かったんだ」

「仮にそうだったとしても、それが先輩達にとって何の慰めになる。もう戦車道を続けられないかもしれないんだぞ」

「でも私達はこうして五体満足でベッドに寝てる。それでいいじゃないか」

「……お前がそんな冷たい人間だとは思わなかった」

「よせよ。戦車道が100%安全なわけじゃないって、わかってたことだろ」

「だとしても、私は」

「これからどうしていくかを考えようぜ。私はそのほうがいいと思う」

 

私の言葉を遮り、エミは言った。

 

「……まほがいつも言ってるみたいに、みほちゃんってすごくいい子なんだろ? そんな子に傷ついて欲しくないのは、私だって一緒だよ。みほちゃんだけじゃない。来年入ってくる私達の後輩達にはみんな、こんな思いはさせたくない。そのために私達ができることって、一体何なのか……」

 

ベッド上段の底板とマットレス越しに、エミの張り詰めた声音が聞こえてくる。私には、エミが自分の無力さを悔いているようにも聴こえていた。エミが血まみれの先輩の身体を抱き起こして車外に引っ張り出そうとしていたとき、何を思っていたのか、私には想像するしかない。瞬間、エミの手にべっとりと付いた血糊が思い出されて、私は口を閉じるしかなかった。

 

「……今日はもう寝よう。寝不足の頭じゃいい考えは浮かばないさ」

 

バサッ、と布団をかぶる音が聞こえて、それっきりエミは朝まで一言も喋ることはなかった。

私もそれ以上何も言わず、まぶたを閉じてひたすら眠りに落ちるのを待ち続けた。




エミカスパイセンのン熱血指導でみほエリを成してやるから見とけよ見とけよ~

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