機動戦車エミカスBC
――月――日
転校先にBC自由学園を選んだのは、単純に知り合いのまったくいない学校だったからだ。
黒森峰では良い意味でも悪い意味でも有名になりすぎ、聖グロやプラウダにも知り合いは結構いる。
その点、ここなら見知った顔はいないし誰も俺のことを知らない。
俺みたいなチビ女が黒森峰で装填手として鳴らしていたなんて常識的に考えて誰も信じないだろう。
下手によその学校で戦車道を再開しようものならみぽりんやエリカを曇らせてしまうかもしれない。黒森峰を去った後とはいえ油断してはならんのだ。
かつては旧BC高校派と旧自由学園派の派閥抗争、現在ではエスカレーター組と受験組の対立が深く根を張っている割とドロドロした学校ではあるが、戦車道に関わらない限りはそういうものに触れることもないはず。さて、選択必修科目は何にしようかな。
フランスを強く意識した校風ということもあり、街並みは観光地みたいに綺麗だし飯も美味い。学食にエスカルゴ定食だのフォアグラ定食だのがあったりするのはどうかと思ったが、授業料がクッソ高いだけあっていい学校だと思う。正直黒森峰以上にバイトが捗る。
まあ、みほエリはほぼ成ったと言っても過言ではないし、無理に戦車道やる必要もないし、残りの高校生活は気楽に過ごさせてもらおうかな。
――月――日
どうしてこうなった。
――月――日
転校二日目からまさかのアクシデントである。
まさか押田ルカと安藤レナのケンカの現場に居合わせる羽目になるとはこの天翔エミの目をもってしても見抜けなかった。
しかしエスカレーター組と受験組の対立というのは本当に深刻らしい。
押田と安藤の言い争いに端を発した一個分隊規模の睨み合いが、見る見るうちに一個小隊規模に膨れ上がっていくのはまさに壮観だった。なにこれウケる。いや全然笑い事ではない。
今にも取っ組み合いのケンカが始まりそうな雰囲気だったが、それを許せばいずれ一個大隊規模の乱闘に発展しかねないと判断した俺は、つい見かねて二人の間に割って入ってしまった。
俺をどちらかに分類するなら受験組のほうではあるが、つい最近転校してきたばかりという事情も手伝って中立的な立場と捉えられたんだろう。
押田は興が削がれたような顔で引き下がっていき、安藤は小さいのに度胸がある奴だな、と頭を撫でてきた。ピロシキしなきゃ……(使命感)
ともあれ、押田に目をつけられ安藤に気に入られ、遠くからみほエリを見守りつつモブキャラとしてひっそりと生きるという人生設計は早くも狂い始めている。
――月――日
俺が中学の頃受けた黒歴史インタビュー記事を読んだことのある奴が受験組の生徒の中にいたらしく、俺の素性はすっかり知られていた。やめてくれよ……(絶望)
で、当然の結果というべきか、戦車道チームに入ることを勧められた。
もちろん、在野の人材をどんどん受け入れてエスカレーター組に対して優位を取ろうという政治的思惑は多分にあるだろうが、受験組は庶民的というか親しみやすい奴も多いので、どうするか考えてしまう。
しかしほっとくとすぐにエスカレーター組への悪口大会になるのはどうも精神衛生上よろしくない。
くれぐれも取り込まれないようにしなくては。
――月――日
なんかキラキラした奴らに呼び出されたかと思ったら、押田の差し金だった。
外部生、しかも転校生のくせに気骨のある者もいると噂になり、あの外部生は何者かと話題になった結果、数日で俺の経歴はほとんど丸裸にされていた。
なるほど、この学校の諜報能力もバカにしたものじゃないらしい。出身の孤児院の住所まで突き止められてるとか特定班か何かかよ。
で、俺がみぽりんの代わりに川に身を投げて黒森峰が負け、全責任を負って転校してきたくだりは美談として受け取られたらしい。押田も俺に対してはやけに同情的だ。
「君は外部生ではあるが、なかなか見所がある。近いうちにマリー様にお会いできるよう取り計らってあげよう」とのことである。そりゃどうも。
ロマンチストのお嬢様方に受けがよろしくて大変結構だが、そういう風に過剰に持ち上げられるのもなんか違う。俺はあくまでもみほエリを成すためにやったのであって、他にどんな立派な信念もありはしなかったのだ。
しかし物事がトントン拍子に進みすぎでは? このスピード感は一体……。
――月――日
俺は受験組(転校組?)なので、寮も外部生向けのところを宛がわれている。なので普段接する機会が多いのは受験組の生徒達のほうだ。
本当に、エスカレーター組への敵愾心を抜きにすれば気持ちのいい連中だ。エスカレーター組にしても、聖グロの生徒を5割増しくらい貴族趣味にすればあんな風になるだろうなって感じだし、だんだん付き合い方のコツは掴んできた。
なんだかんだ言って、俺もこのBC自由学園に慣れてきたってことだ。転校生の立ち位置を利用して政治的中立につけたのも運がよかった。
それにしても、エスカレーター組と受験組のこのいがみ合いは何が原因なんだ?
中高一貫のお嬢様学校とはいえいくらなんでもおかしくないか?
昔はエスカレーター組と受験組ではなく、旧BC高校派と旧自由学園派の争いだった。それがふたつの学校が強引に統合させられたことによる反動だったことは想像できる。
だけど内部生と外部生の対立は? 何がきっかけでこんな風になっていったんだろう。
戦車道チームが試合中に仲間割れをして自滅するなんて黒森峰ではありえない光景だ。まほパイセンなら問答無用で鉄拳が飛んでくるかもしれん。
マリーは凄まじいカリスマ性の持ち主でエスカレーター組にも受験組にも慕われているらしいが、そのマリーをしてもこの有様とくる。
まとまれば強いのがBC自由学園だが、まとまりのないBC自由学園はまさしく烏合の衆と呼ぶほかない。
これは俺の推測だが、この状況が何者かの裏工作の結果だったとしたら?
BC自由学園にふたつの派閥の対立を根づかせ、仲間割れをするように仕向けている者がいるのだとしたら……
……とまあ、深読みするのも程々にしておこう。
どうせガルパン世界特有の、各学園艦の元ネタになったお国の事情を反映した結果でしかないだろう。大した真実が隠されているとも思えない。
なんにせよエスカレーター組と受験組、どちらについたところであまりいいことはなさそうだし、この学校の戦車道からは距離を保っておいたほうがいいだろう。
――月――日
BC自由学園の百合CPといえば、やはり押安だろう。俺的に安押よりも押安のほうが好きだから押安だ。
押田も安藤もそれぞれの派閥のリーダーのようになっているので、あたかも派閥の代理戦争であるかのように毎日言い争ったり取っ組み合ったりしているが、プライベートではイチャイチャしてるというのがよくあるアレだ。
百合は尊く、素晴らしい。みほエリもいいけど押安もね。
……だが、それは所詮ファンの妄想に過ぎなかったということか。
お互いライバルとして相手の能力に対し一定の評価はしているし、しょっちゅうケンカするってことはお互いがお互いを対等な関係と認めてるみたいだが、それ以上はない。恋愛感情になんてなりそうにもないんだなぁ、これが。
そもそもエスカレーター組と受験組とでは違う廊下を歩けとかいうレベルで分断されてしまっているのがBC自由の校内情勢で、押田と安藤がプライベートで会うことがあるのかどうかさえわからんレベルだ。これは黒森峰でみほエリを成すよりも難しいかもしれん。
一介の百合豚カプ厨ガルパンおじさんとして押安のロマンを追求するのも悪くないが、現状では分の悪い勝負だと言わねばならない。
それは校内情勢や、費やせる時間の問題だけじゃない。もっと決定的な話だ。
何故なら――いや、よそう。俺の予感だけでみんなを混乱させたくない。
――月――日
ついにマリーと対面する時が来た。
……といってもお茶会に誘われた程度のことで、そんな畏まったり緊張したりするようなシチュエーションでもない。
まさか戦車道チームの隊員でもない俺を、マリーが直々に呼び出す……もとい誘ってくるとは押田も予想外だったらしい。
俺のどの辺がマリーの琴線に触れたかは知らないが、さて、BC自由の女王様はどんなお方なのか。
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この日、マリーは上機嫌だった。
天翔エミという転校生の情報は、内部生の情報網を介して既にマリーの下にも届けられていたが、エミの経歴と黒森峰での記録を見てマリーはある直観を得ていた。
つまり、
エミをこの日のお茶会に誘ったのはそれを確かめるためだと言っていい。
もちろん、彼女が戦車道チームに入るならそれもいい。そのときは私の側近としてフラッグ車の装填手をやらせてあげてもいい。エスカレーター組にも受験組にも与せず、それでいて自然体に振舞える彼女なら、チームにとってもいい潤滑剤になるに違いない。
そう考えて、マリーはおかしくてたまらなくなった。まるで内部生と外部生の融和を考えているみたいだ。つい声を上げて笑ってしまい、エミに怪訝な顔をされてしまったけれど、それも無理からぬことだった。
BC自由学園に反感の種を撒き、確執の芽を育て、憎悪の果実を実らせようと画策しているのは、誰あろうマリーであったのだから。
中等部を卒業し、高等部へ入学したその日から。
自身の家柄、可愛らしい容姿、人に好かれる才能、すべてを総動員して行っていたことだった。
それは生まれた瞬間から成功と勝利を約束された人生に厭いていたマリーの、その人生を賭して挑むに足る大いなるゲームであった。
そして、それはきっと、目の前にいる天翔エミも黒森峰でやってきたことなのだ。
決して目立たず、主張しすぎず、常に西住みほと逸見エリカの引き立て役に徹していたことは既に調査済み。マリーと異なるのはそれが卓越した人心掌握術に拠る権謀術数を恃んだものではないことと、おそらく中等部入学からずっと続いていたという時間のかけ方だ。
西住みほと逸見エリカ。
あるいは、押田ルカと安藤レナ。
生まれも、育ちも、性格も、まるで異なる二人の少女の間に恋愛感情を芽生えさせて恋人に仕立て上げるというゲームを、天翔エミはつい最近までずっと続けてきたのだ!
言うなれば天翔エミは自分の先達であり、同時に敗北者でもある。最後の最後で彼女は詰めを誤った。あれほど鮮烈な印象を残して黒森峰を去ってしまえば、西住みほと逸見エリカの意識はどうしてもエミのほうを向いてしまう。
だが、マリーにはエミの愚かな選択さえも愛おしい。マリーははじめて同好の士と呼べる存在を見つけたのだ。
天翔エミなら、このBC自由学園に押安を成すという大業に手を貸してくれよう。
「うふふ、面白いわ……貴女って本当に面白い。私達、いいお友達になれそう」
内部生も外部生も、不信と嫌悪の音色を背に踊り狂うがいい。
愛し合い、分かち合うために、憎しみ合い、傷つけ合うがいい。
押田ルカと安藤レナが結ばれるのを後押しすることこそが、貴女達がこの世界に生きる意味なのだから。
もう心の陰りはない。
一時は無限に続くかのように思えた退屈も、今や一欠片も残さず消えてなくなっていた。マリーは今、本当に充実した人生を送っていた。
――そして今、ここに二人の
そんなこんなで百合厨仲間を見つけたマリー様。
エミカスを味方に引き入れて押安を成そうとするものの、エミカスの胸中に去来したのは憐憫、嘲笑、愉悦――そのようなものだった。
何故ならば、押田も安藤も密かにマリー様への思慕を募らせていたからだった。要するにマリー様は押安にサンドされていたのである。
すべて偶然ながらも、押安を望みながら押安にサンドされているマリー様の実情を知るエミカス。
みほエリを成した気でいるようだが明らかにみほエリにサンドされているエミカスをアホで可愛いと思っているマリー様。
二人の百合厨の果てしない戦いは、ここから始まる――。