みほエリは果てしなく素晴らしい   作:奇人男

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「バレンタイン? ああ、聖ウァレンティヌスのことか……やっこさん死んだよ」



「俺が殺した。こんな風にな……ご臨終だ」
 


エミカスF 虚空百合姫~イツワリノミホエリ~

この年の2月14日は、青く澄み切って美しい冬晴れの空の下に訪れた。

 

フィンランド式の生活様式(ライフスタイル)が好まれる継続高校学園艦にあって、バレンタインデーのような年中行事もその例外ではない。

バレンタインデーはフィンランドでは『友達の日』とも呼ばれ、性別に関係なく親しい友人同士でメッセージカードを交換したり、お菓子やチューリップを贈り合うのが慣例となっている。もちろん、恋人達の特別なお祝いの日という意味合いも残っているが、継続高校では友情を確かめ合う日という認識が大勢を占める。

とはいえ色気より食い気が身上の継続高校戦車道チームである。

去年までは、この時期になると売り出されるハート型のチョコレートやクッキー、あるいはこれまたハート型のサンドイッチ用のパンやハムなどに心惹かれていた。しかもそれらは日付をまたいで15日になってしまえばすぐに半額以下になって、たくさん買えるし食べられる。健啖家揃いの3人にとって、逃れえぬ季節ものの性が実に好都合な時期であったのだ。

 

だが今年に限っては、ミカもアキもミッコも少し違った考えを持っていた。それは天翔エミに対する、常日頃からの感謝である。

しばらく前からミカ達の溜まり場となっている小さな食堂の店主代理に対して、多少なりと思うところがあった。エミの淹れるコーヒーはどこよりも美味しいし、エミの部屋にアポなしで集まってタダ飯にありついたことも一度や二度ではないし、それでも嫌な顔ひとつせずに食事を作ってくれるエミのことをミカもアキもミッコもすっかり気に入っていた。

 

だから、ミッコが放課後に花屋の店先でアキを見つけたのも偶然ではなかったのだろう。

常になく難しい顔をして店先に並んだ色とりどりの花々をためつすがめつ眺めているアキの横顔を窺ったミッコは、「アキ、何してんの?」と声をかけた。

 

「わっ!? ……なんだ、ミッコかぁ」

「なんだとはなんだよー。あ、いくらお腹減ったからって花は食べないほうがいいと思うけど」

「食べないよ! ……今日バレンタインでしょ? エミにチューリップあげようかなって思ったんだけど、花束にすると結構するんだよね」

 

アキはすかさずツッコミを入れつつ、気心の知れた友達に隠し立てすることもなく言う。お互いお寒い懐事情を察して、ミッコも相槌を打った。

 

「あー、わかる。バレンタインに合わせて栽培されてるやつだからねー」

「それで、チューリップ以外に値段が手頃でいい感じのお花ってないかなって思って、ずっと見てたんだ」

 

季節ものであればこそ物日には強気の値段がつくし、チューリップの花束は毎年バレンタインの人気商品であるから、客もそれに納得して買っていくものだ。アキやミッコが二の足を踏んでしまう程度の価格がついていても仕方がない。

隙あらばよその学校の戦車や食糧を持ち去ろうとする手癖の悪さで悪名高い継続高校戦車道チームではあるが、さすがに店先に並んだ花を持ち逃げしようとはしない。戦車や戦闘糧食(レーション)は拾得物ないし正当な戦利品だが、お店のものを盗んだら泥棒であるという倫理上の判断の下、アキもミッコも悩んでいるのであった。

 

「うーん、だったら花言葉とか、そういうので選べば?」

「なるほど! じゃあミッコ、あの白くて小さい花の花言葉ってわかる?」

「私にわかるわけないだろ」

「ダメじゃん!」

 

ちなみにこのときアキが指差したのはナズナの花で、花言葉は「あなたに私のすべてを捧げます」である。バレンタインデーに友情を確かめ合うにしてはいささか“重い”花言葉なので、結果的には選ばなくて正解だったと言えよう。

二人揃って途方に暮れていると、ポロロン、と涼やかな音色が耳朶を打った。

 

「バレンタイン……それは人生にとって大切なことかな?」

 

背後から声をかけられ、アキとミッコが振り向くと、そこに立っていたのはミカである。花のことを考えているときにチューリップハットを被った人物が現れたのだから、アキもミッコもおかしくてつい笑ってしまった。

 

「ミカ、タイミングよすぎ」

 

ミッコが笑いを噛み殺しながら言うが、当のミカは二人の反応に特段気分を害した風でもなく、また手に携えたカンテレを爪弾いた。

 

「プレゼントを渡すことに意味があるとは思えないね」

「じゃあミカはエミに何もあげないの?」

「そうは言ってないさ。私もエミのことは好ましく思っているからね。それを表現する方法はチョコレートやチューリップに限らないというだけの話だよ」

 

ミカの持って回ったような言い方は常のことだ。ミッコは花でもお菓子でもないなら何がいいかとひとしきり考えた後、「それじゃ手作りのカードとか? 作ってる時間なんてあるかなー」とぼやき、ミカは沈黙を返答とした。

アキは、バレンタインでもミカはひねくれてる、と内心で呟いた。とはいえ、その訴えるところも断片的ながら理解はできる。要は気持ちの込め方ひとつだと言いたいのだろう。確かにエミなら、ちょっとくらい小さい花束でも全然喜んでくれそうな予感があった。

込められている気持ちが本物なら、多少品物が貧相でも気後れすることはないと、ミカなりに背中を押してくれたのかもしれない。

 

ミカの心中を慮ったかのような間を置いて、アキは、ぽん、と手を叩き、今しがた思いついた名案を二人に披露した。

 

「じゃあさ、みんなでお金出し合って花束買おうよ! 私達3人からのプレゼントってことで」

「それいいじゃん! 3人ならちゃんとしたの買えそうだし!」

「……そうだね。まあ、それもいいかな」

「じゃあみんなお金出して、せーので行くからね」

 

タイミングを合わせる意味は特にないが、なんとなくだ。3人は財布やポケットから有り金のすべてをかき集め、手のひらに乗せて見せ合った。

 

「せーのっ!」

 

その結果。

 

アキ、1,364円。

ミッコ、748円。

ミカ、20円。

 

思わず二度見したアキとミッコが声を揃えて「嘘でしょ!?」と叫び、ミカは涼しい顔でカンテレを爪弾きながら逸らせるだけ顔を逸らした。

 

結局2,000円相当の少し小振りな花束を買うことで決まり、チューリップの花束を携えたミカ達はその足で『Ravintola UMINEKO』に向かうことにした。

 

 

 

 

 

「もー、ミカってば20円しか持ってないとかありえないでしょー」

「最近練習試合も多くて余裕ないのはわかるけどさー」

「風は気まぐれだからね。こちらに向かってくることもあれば、遠ざかっていくこともあるということさ」

 

アキとミッコの呆れた声を文字通り風と受け流し、ミカはまたカンテレを爪弾いた。

質素倹約を旨とする、より明け透けに言えば常に貧乏なのが継続高校戦車道チームの財政状況だが、隊長からしてこの有様とはさすがに予想外であった。あのわけのわからない台詞は無一文同然なのを誤魔化すためかと、重ね重ね呆れてしまう。

 

やがて3人は商店街の中心部を離れた一角に建つ小さな食堂に辿り着いた。継続高校の校長が趣味でやっている店で、儲かっていようがいまいが潰れる心配だけはない優良店である。何より、小さな店主代理の淹れるコーヒーが最高に美味い。

入り口のドアをくぐり、ドアベルの奏でる軽快な音を背中に聞きながらミカ達は店に入っていった。客のいない店内に何故か美味しそうな匂いを感じながら、アキはカウンター奥の定位置とも言える場所に、目当ての人物を見出した。

 

「Tervetuloa。ようこそ、みんな」

 

やけに流暢な発音で言いつつ、天翔エミは3人に笑顔を向けた。

 

「エミ、ハッピーバレンタイン」

「へへ、ゆーじょーの証ってやつ? みんなでお金出して買ったんだー」

 

アキとミッコはカウンター席まで駆け寄り、チューリップの花束を差し出す。正確には、20円だけ出されてもなんだからミカからはお金を貰っていないが、まあ3人分の気持ちが込められているのは間違いないからいいだろう。

エミは花束を受け取ると、照れくさそうに「ありがとう」と短く礼を述べた。継続高校のバレンタインデーの意味するところはわかっていたようで、アキもミッコもまるで悪戯を成功させたときのような達成感に高揚していた。

エミは子どものような丸みを帯びた頬を紅潮させながら、「あ、そうだ。ミカ、夕飯の準備はできてるよ」とミカに水を向ける。

 

「え、ご飯あるの!?」

「ちゃんと4人分ね。アキもミッコも食べてくだろ?」

「やったー! もーお腹ペコペコだったんだー」

 

ご飯と聞いて快哉を叫ばずにいられないアキとミッコ。平静を装いながら誰よりも早く着席し料理が運ばれてくるのを待つミカ。そんな3人を見て、「ホント、作り甲斐があって嬉しいよ」と呟くエミ。

それはバレンタインデーでも変わらない、ミカとアキとミッコとエミが囲む食卓の風景に違いなかった。

エミはひとまず受け取った花束のチューリップを花瓶に生けてレジの近くに置いてから、厨房から料理を運び始めた。

バターとチーズを添えたライ麦パン、ウサギ肉と野菜のキャセロール、たっぷりのキノコとトナカイ肉を入れたシチュー、グリルしたソーセージに付け合せのマッシュポテト。食後にはデザートのコケモモのムースと、一杯のコーヒー。

一皿運ばれてくるごとにアキとミッコは「美味しそう!」と歓声を上げた。エミ自身は「バカ舌でいい加減な性格だから味は保証できない」と言うが、3人の誰一人としてエミの料理に文句をつける者はいない。

 

「それにしても驚いたよ。まさかミカが夕飯の予約を入れてきた上に、材料代半分出すなんて言ってくるなんてさ。調理も手伝ってくれたのは助かったけど」

「えっ?」

 

食べながらエミが肩をすくめて言った言葉に、アキもミッコも驚いてミカの顔を窺った。

あのミカが、エミ相手にわざわざ夕飯の予約をするなんて。

しかも材料代を半分出した? 窓からエミの部屋に侵入して、当然の権利のようにご飯を食べて帰っていくらしいミカが? では花屋の前で20円しか持ってなかったのは、エミにお金を払っていたから?

二人の顔には「信じられない」と書いてあったが、にわかに注目の的となったミカは心なしか視線を逸らしながらこう言った。

 

「言っただろう? バレンタインはチョコレートやチューリップだけじゃないってね。みんなでご飯を食べるのも、立派なバレンタインさ」

 

バレンタインデーとは、友情を確かめ合う日なのだから。

言外にそう付け加えるミカもまた、どこか照れくさそうな微笑を浮かべた。

 

 

 

テーブル席で4人が談笑するのを後目に、レジ脇の花瓶に生けられた色とりどりのチューリップ達が、誇らしげに咲いていた。




のび太くんはホントに世話が焼けるなぁ(10時間ぶり2回目)
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