無冠のおしごと!   作:神光の宣告者

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ありふれた朝

『浪速の白雪姫』

『捌きのマエストロ』

『捌きのイカヅチ』

『攻める大天使』

 

将棋の世界で目覚ましい結果を残し、将棋ファンから認められた棋士の多くがこういった二つ名をもらう。

本来二つ名を貰えることはとても光栄で嬉しいことな筈である。

 

レーティング3位、A級在籍年数1期の俺、角井秀人も有り難いことにとある二つ名で呼ばれている。

しかし俺は自分の二つ名が嫌いだった。

なぜなら俺の二つ名とは……

 

 

「はよ起きてくれまへか?『永世無冠』はん。」

 

 

忌まわしい己の二つ名を聞き目を覚ました。

ぼやけていた視界がやがて晴れてくると見慣れた天井が目に飛び込んでくる。

部屋は薄暗く今が何時なのかはよく分からない。

部屋には俺の他に二人誰か女性がいることが話し声から分かった。

一人は『汚い』などとブツブツと文句を言いながら乱暴の部屋を歩き回っている。

もう一人は『死んでませんよね』と心配そうに呟きながら俺の体をツンツンと触っている。

 

まずは状況を整理するためひ昨日の記憶を徐々に思い起こしていこう。

昨日は玉将戦の第五局で生石さんと対局した。

そしていつものように見事に捌かれて負けた。

ヤケになった俺は会見もそこそこにすぐさま家に帰りそして倒れるまで将棋を指していた……ような気がする。

 

「そろそろ起きてくれまへんか?」

 

妹弟子の内の一人、供御飯万智が俺を踏みつけてくる。

肺を圧迫されて命の危険を感じた俺は動物の本能で飛び起きて万智から距離を取った。

 

「ゲホッゲホッ……お前殺す気か!?」

 

ようやく状況を把握した俺は一人暮らしの俺の部屋に何故かいる妹弟子の存在に気付き飛び起きた。

 

「ほら、死んでないと言うたやろ?」

 

俺の抗議など完全に無視してもう一人の妹弟子である貞任綾乃に話しかける万智。

 

「あ、よかった……。おはようございますです、兄弟子(おにいさま)!」

 

綾乃は子供らしく元気よく挨拶してくれる。

この声のおかげで昨日の敗戦で傷ついた心が少し癒された気がする。

つい可愛がりたくて綾乃の頭を撫でる。

綾乃『ふぇっ!?」犬みたいな声をあげたがすぐにくすぐったそうに微笑んだ。

 

俺が綾乃の可愛さに浸っていると万智が突然掃除の手を止めて恨めしそうにこちらを見てきた。

 

「そない幼女にデレデレしとらんで、そろそろ結婚でもしてくれまへんか?兄弟子の世話ばかりしとったらうちまで婚期を逃してまいます。」

「婚期って……お前まだ18歳だろ。」

「こうしている内にもうちはドンドンとライバル達に差をつけられてるんどす。」

 

そう言って怒る万智を横目にスマホを起動する。

将棋の掲示板を見てみると早くも昨日の俺のスレが立ち上がっていた。

 

 

 

[速報]永世無冠タイトル防衛

 

146:名無し玉将

一年で竜王と名人以外の5大タイトル戦に挑戦して全敗とかある意味凄い記録だろ

153:名無し玉将

マジでタイトル戦だけ弱くなるの何なんだろうな

159:名無し玉将

クズ竜王とか永世無冠が出てきた時はついに将棋の歴史が動き出すと思ったんだけどな

163:名無し玉将

>>159

どうしてこうなった……

165:名無し玉将

永世無冠はもうダメだろ

完全に旬を逃した

 

 

 

「相変わらず好き放題書かれてるな。」

「また掲示板を見てるんどすか。掲示板でどこの誰とも知らん人にボロクソ言われとる暇があったら、誰かと研究会でもしたらどうどす?気も少しは紛れると思うで。」

「この人たちはお兄さまの凄さをまったく分かってないです。」

 

万智と綾乃がスマホを覗き込んでくる。

密着しすぎて万智の豊満な胸の感触がダイレクトに伝わってくる。

これはワザとなのか!?天然なのか!?

 

「し、心配してくれてるのか?」

「何でうちが兄弟子の心配をしなきゃいけないどすか?兄弟子の世話を甲斐甲斐しく焼いてる方が家庭的に思われて都合がええからやってるだけどす。」

 

俺の妄想は一刀両断された。

妹が怖すぎるのだが……

万智は何故か黒いオーラが見え隠れする慈愛に満ちた表情を浮かべてキッチンに向かった。

 

「作ってくれるのか?」

「どうせ昨日から何も食べておられへんのやろ。」

 

万智は文句を言いながらテキパキと野菜を切り始める。

これもイメージ付けの一環なのかもしれないが昔から意外とこういうところは気にかけてくれている。

口は悪いが根は優しい奴なのだ。

 

「ありがとうな。」

 

俺の感謝の言葉は卵をかき混ぜる音にかき消された。

 

 

ーーーーーー

 

 

食卓にはおよそ8億年ぶりにまともな食事が並んでいた。

味噌の香りを漂わせながら湯気を立ち上げている味噌汁に、白く光るご飯、聞くところによると恐ろしいほど高い鮭の塩焼き、そして卵焼き。

まさに日本の朝ごはんの定跡ともいえる品揃えに軽く感動を覚える。

自慢ではないが万智はとても料理が上手い。

特に毎年正月に行われる加奥悦一門会では万智が用意した最高級の食材を使ったおせちが出されるのだがそれは料亭の料理と言われても納得してしまうほど美味しいのだ。

 

こんなに美人で料理も上手い。

どう見ても超優良物件なのにどうして彼氏が出来ないのだろうか。やはり性格が……

 

「何か失礼なことを考えてはりませんか?」

「な、何を言ってるんだ……!?」

 

心を読まれただと!?

やっぱり将棋指しは怖すぎる!!

 

こんな他愛もないやり取りを続けて時間は過ぎていった。

一通り朝ごはんを食べ終えると突然、綾乃が何か言いたげな様子でソワソワし出した。

 

「あの、お兄さま……。私ですね、研修会で新しいお友達ができたです。」

「そうなのか?よかったじゃないか。」

「はい!とっても可愛い友達なんですけどとっても強いんです。」

「それでその子にお兄様の話をしたんですけどそしたら……」

「そしたら……?」

 

綾乃は顔を真っ赤にして押し黙り喋らなくなってしまった。

なぜか気まずい沈黙が流れる。

こういう時は同じ女の万智に助けてもらおう!

万智に視線でSOSを送る。

万智は俺からのSOSを受信しそして……無視した。

やっぱり性格が……

 

「なんどすか?」

「なんでもありません。」

 

顔を赤くしてモジモジしていた綾乃はついに決意を固めたのか近所にも聞こえてしまうほど大きな声でまくしたてるように言い放った。

 

「そのお友達と師匠と私とお兄様の4人で遊びに行くことになりましたです!!」

「なんでそうなったの!?」

 

綾乃の友達の師匠って絶対に俺より年上のプロ棋士じゃないか……。

そんな人と一緒に遊ぶなんて気まずいどころの話じゃないぞ!?

 

「ダメ……でしたか?」

「いいよ!!」

「はぁ……馬鹿どすね。」

 

だってその眼は反則だよ……。

 




竜王のおしごとって20代のプロ棋士いないなぁっと思って書き始めました。

これからよろしくお願いします。
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