『これでいいかしら? 貴方の要望には十分答えたと思うけれど?』
電話越しにヴィーナスもかくやという美声が耳に入るが、そいつの正体を知ってるオレとしては死神だって逃げ出すくらいのおっかなさに身体が震えあがりそうになっちまう。
「こっちとしては上出来過ぎて感動しちまうくらいだよ。そっちも満足いくくらい搾り取れたんじゃねぇか?」
『まぁまぁね。あそこの社長夫人が煩く喚くものだから少しお話をして黙ってもらったのよ。女優デビューさせてあげたらすんなりと言うことを聞いてくれたわ。まぁ、ご本人は今もお仕事に精を出して色々な物を入れられてる最中だけどね』
「そいつは可哀想に。でもまぁ、これも一つの女の幸せってやつだろうからいいんじゃねぇか。下手に金持って偏屈こじらせてるより労働の素晴らしさが身に染みんだろ」
社長はどうやらそこまで酷い目には遭わなかったのか、もしくはもう既に取る物取って脱け殻を廃棄されたのか、そのどちらかだろうよ。
その点社長夫人とやらはまだ幸せ者だ。
クスリ打たれて人格がぶっ飛んで何でも咥えるのが大好きな変態になろうとも命だけはあるんだからなぁ。
『それで仲介料ということで貴方の口座に振り込んでおけばいいのかしら?』
「いや、そこは別の口座に頼むよ『シールズカンパニー』って偽装口座を作ってあるからそっちに。ってかオレの口座がばれてるのが怖いんだがねぇ」
『そういった仕事もしてるからね、ウチは。だからもう少しは考えながら行動しないとその口座が弾けるかもしれないわよ?』
「そいつはおっかねぇ。ありがたく考えさせてもらうよ」
まぁ、寧ろこっちが重要なんだがね。何せその報酬が今回デュノアを救うのに使う費用なんだから。
『あぁ、それと貴方がしそうだと思って仕込みはすませておいたわよ』
「そいつはありがたいが良いのかい? そんな大サービスしちまって」
『それぐらいの金は入ったもの。つまらない仕事だったから、この程度の暇つぶしはしないとやってられないわ』
「マジで頭が上がらねぇよ。今度酒でも奢らせてくれ」
『考えとくわ』
すっかり世話になっちまったようで、この貸しが後に響かないか心配になっちまうよ。
ちなみにオレが本来しようとしていた仕込みってのは……デュノア社の中で今回の間抜けな喜劇を知っている奴をそそのかしてデュノアを『殺して』もらうってことだ。
あの後、つまりデュノア社が潰れた後の話だ。
当然チフユがおっかない顔して問い詰めに来たが、オレは知らぬ存ぜぬを貫き通した。いや別に義理立てとかそんなもんじゃない。単純に面倒だからってだけさ。
それに証拠もないのに問い詰められたって関わり合いを証明できるわけないだろ。だったら黙っていた方が面倒が少なくて済む。
だからおっかないチフユを何とかスル―して流し、オレ等はいつもと変わらねぇ日々ってやつを過ごしてる。
だがねぇ………これは第一段階に過ぎねぇ。
まだやることはあるんだからなぁ。
そんなわけでオレはデュノアとイチカを部屋に呼んでテーブル越しに座りこんでる。
あぁ、残念ながら客人をもてなすコーヒーなんてシャレたもんは出ねぇよ。ウチは喫茶店じゃねぇんだ。
「それで……自分の希望が叶いつつある気分はどうだい?」
反対側に座るデュノアにそう問いかけると、奴さんは実に気まずそうな顔をした。
どうやらこの善人なお譲ちゃんは今回の一件が手前のせいで起こされたって思いこんでるようだ。
「どうって言われても……何と言ってよいのやらって言うのが本音かな。確かにデュノア社のことは良く思っていなかったけど、それでも無関係な人達まで巻き込んでしまって、僕のせいで仕事からあぶれた人達がいっぱいいるってことが申し訳なくて………」
「そいつは自分を買いかぶり過ぎってもんだろ。別にお前さんが会社を潰したわけじゃない。あくまでもお前さんはただのきっかけにすぎんよ。会社を潰したのは世界一おっかない女率いるマフィアの方々だ。だからそう自分を持ち上げるな。そう持ち上げてるところを見てると自意識過剰に見えるぜ」
そう言ってやると妙にむくれやがった。どうやら不服らしい。
これでも少しは励ましてやったんだがね。
まあ、いいさ。
そう思って話を進めようとするんだが、ここで今度はイチカの野郎が口を開いた。
「なぁ、本当にこんな方法しかなかったのか? もっと他にも良い方法があったんじゃないのか?」
奴さんもこの結果には不満らしい。
まぁ、この主人公様は皆が幸せになれるハッピーエンドしか認めそうにないがね。
そんな好ましくも幼稚な奴さんにオレはニヤリと笑いかける。
「残念ながらそいつはねぇよ、イチカ。上の奴らが馬鹿だからそうなり、下の連中はそのトバッチリを喰らう。そいつは社会にでれば当たり前のことだ。別になんてことない普通の悲劇だろ。いちいち気にしてたらキリがねぇ。そもそも奴さん達がデュノアつかってそんな間抜けた演劇をしようとしたのが悪い。自業自得だろ」
その言葉にイチカは黙りこんじまった。
こいつも善人だねぇ。そんなことを気にしてたらキリがないってのによぉ。確かに下の何もしらねぇ連中にゃぁ可哀想な事をしたとは思うかもしれねぇが、そもそもそいつでさえ上の不祥事が原因だ。つまり悪いのは上の間抜け共ってわけでオレ等は一切悪くねぇのさ。
そんな風に罪悪感を感じてる二人をいなし、オレは建設的に次の話をする。
「諸悪の根源がこうして潰されたわけだが、まだ終わったわけじゃねぇ。今度はデュノア、お前さんがする番だ」
「僕の番………」
デュノアはそう呟いて固唾をのみ込む。
別にそこまで緊張するこたぁないんだがねぇ。
「そう、今度はお前さんが世間的に『死ぬ』番だよ」
分かってはいるんだろうが、それでも聞くと怖気づくようだ。デュノアの顔が青くなる。
そして当然イチカは反論してくるわけだ。
「もうデュノア社はなくなったんだったらシャルルが死んだふりをする必要なんてないだろ」
その言葉はもっともなもんだが、それじゃぁまだおさまりがつかねぇンだよ。
「いいや、そいつは違うね。会社はなくなっても怨恨は残ったままだ。そいつがある以上デュノアは必ず狙われる。学校卒業後に殺されるのか拉致されてその後どうなるのかはわからんが、それでも狙われるのだけは確実だ。だからデュノアが死ねばその矛先がなくなってどうしようもなくなるんだよ。そのための『偽装死』だ」
そう答えるとイチカは何も言えなくなりデュノアは理解するように頷いた。
別にオレだったらそんなことはしねぇさ。殺しに来るんだったらウェルカムだ。こっちもご期待に応えて殺し返してやるとも。だがデュノアは違う。このお譲ちゃんはそういうことに疎い。きっと何でそうなったのかを理解する間もなくやられちまうだろうよ。
だからそうならないためにもこうして『死んでもらう』必要があるのさ。
そのことの重要性を理解してもらい、オレはこの先のお話をする。
「まぁ死ぬことは確定するにしても、その前に色々と手続きやら何やらをする必要がある。だから今すぐ死ぬって事にはならねぇが、今週中には死んでもらう。そのために色々と話を付けなきゃならねぇ。だからその決行日までにお前さんは色々と決めておきな」
「決めておく………」
「そうだ。イチカとのお別れでもしとけってこった。何せこの先イチカと会うことはたぶんないだろうからなぁ。あぁ、でも……これからすることをほのめかすようなことは言うなよ。バレたら元も子もないからなぁ」
そう言ったら何やら泣きそうな顔になったがそこまでは知らんよ。
「そういうことでここから後はオレの仕事だ。精々最後まで二人で楽しんでいろよ。何、電話の数本で後まで片付くからよ」
そう言ってオレは二人を部屋から出した。
別に聞かれても困りはしないんだがね。まぁ……こっち側を除きたいんだったらいいが。
そしてさっそく電話をかける。
「あぁ、もしもし、オレだよ……レオスだ。すまないが偽装カルテと偽の死亡届の用意をしてくれないか。勿論写真は送る。相手は……」
こうして夜は更けていくわけだ。