このジレンマはどうすれば良いのやら……
あの騒動から少し経って、まぁ、その間に何か問題があったことはねぇなぁ。
いつもと変わらずにイチカの野郎が何かしでかしてはホウキとファンにド突かれる日々。
当人は涙目で助けを求めてくるが、残念なことに助ける気はさらさらねぇなぁ。何せド突かれてる所を見てる方が面白れぇからな。
そう答えたら恨みがましい目で睨まれたが、恨むんなら手前の鈍さを恨むんだな。
そう答えたら絶望した面で二人に引き摺られていったよ、アイツは。
それを一緒に見てたセシリアに『少し趣味が悪いのでは』って言われたが、悪いね。俺は面白いことに目がねぇんでな。アイツのなすこと全部コメディーに見えっからついつい見ちまうんだよ。
そう答えたらウチのお嬢様は仕方ないって面で苦笑してきた。
まったくもって寛大なお嬢様に感謝ってな。
そんなふうにイチカの野郎で暇を潰して過ごしてたんだが、いきなり朝っぱらから爺さんに呼び出された。一体何だってんだ? どうにも面倒臭せぇ匂いがして仕方ねぇぜ。
んでさっそく爺さんの所に行くことになったわけだ。
「爺さん、入るぜ」
一応ノックしてから声をかけると、爺さんから許可の声が出たので入らせてもらう。
部屋に入ると、爺さんはいつも通りに自分の席でくつろいでやがった。
その近くには会長さんが優雅に茶を飲んでいた。
「いきなり呼び出してすまないね」
爺さんはいつもと変わらねぇ笑顔で謝ってくるが、オレは気にせずに肩をすくめる。
「そう謝るならそもそも呼ぶんじゃねぇよ」
「まったくですね」
そう返す辺り、その謝罪に意味はねぇってこったなぁ。誠実さってもんがたりねぇと思うぜ、オレは。
「んで、何で会長さんもいるわけだ? しかも茶ぁ飲んでくつろいでるみてぇだが」
「別にいいじゃない。轡木さんとは良くこうしてお茶してるのよ」
話を振られた会長さんはそうオレに答えながら茶菓子を摘まんでいた。
その仕草の優雅さからウチのお嬢様と同じいいとこの出なのが窺える。
「んじゃオレも少しくつろがせて貰うとするかねぇ。爺さん、あっちに何かあるかい?」
「そうですね~。君と一緒だとついつい飲んでしまいますから、あまり良いのは今はないですね。ジムビームくらいですかね」
「そんくらいしかねぇか。まぁ、水よかマシだな」
爺さんにそう言いながら奥の戸棚を開けてグラスとジムビームを引っ張り出し、備え付けの冷凍庫からロックアイスを持ってきてテーブルの上に置く。
そのままロックアイスをピックで砕くとグラスに入れ、そこにジムビームを注ぐ。
そいつを早速一杯煽ると、灼きつける心地よい感覚が喉を通っていく。
「くぅ~、やっぱり朝一の酒ってのは良いねぇ。生きてるって感じがするぜ」
そんなふうに感動に耽ってると、会長さんがジト目で見てきやがった。
「朝っぱらお酒なんて、まるで駄目人間みたいね」
「おいおい、会長さん。何か勘違いしてねぇか?」
「何が?」
会長さんが不思議そうに聞き返すのを見て、オレはニヤリと笑って答えた。
「まるでじゃなくて、まんま駄目人間なんだよ。こういう家業してる奴ぁ全員理由はどうあれ人でなしのクソ野郎なのさ。オレだってその例外に漏れずってなぁ」
そう答えながらさらにもう一杯。
あまり酒自体は美味くねぇが、やっぱり無料酒ってのはいいもんだねぇ。
そんなふうに飲んでたら、会長さんが爺さんに抗議の声をかけてきた。
「いいんですか、轡木さん。勝手にお酒飲んでますけど」
「いいんですよ。彼とは良く一緒に飲んでますからね~」
その抗議に爺さんはいつもと変わらねぇ笑顔で返す。
すると会長さんは何も言えねぇって面をしてこっちをジト目で見てきた。
「なんだい? 飲むか」
「いらないわよ!」
なんだ、もの欲しそうな気がしたから聞いてみたが違うらしい。
まぁ、こいつの良さはお嬢様にはわかんねぇだろうけどな。
さて……そのまましばらく飲み続けてぇところだが、それじゃあ話は進まねぇ。
オレは用があって呼び出されたんだから、そいつを聞かねぇとなぁ。しかも会長さんがいるあたり、一緒の用件なんだろうよ。
「んで、爺さん。朝っぱらから楽しくお喋りしようってんで呼んだわけじゃねぇよな。そろそろ本題といこうぜ」
「ええ、そうですね」
爺さんはそう言うと、自分の机に置いてある資料を俺と会長さんに渡した。
資料にはある人物の詳細と写真が添付してあり、それとは別の人物の物がもう一つあった。計二人の人物の資料である。
片方が金髪の中性的な面をした奴で、もう一人は長い金髪をした小娘(ガキ)だった。
「んで、こいつ等がなんなんだ?」
「ええ、実はこの二人は今日転入してくるんですよ。君のクラスにね」
へぇ~、成る程ねぇ。
まさかファンに続いての転入生、しかもウチのクラスとはなぁ。
そのまま資料を見ていると、ちっと気になるところが出てきやがった。
「爺さん、オレの目がおかしくなけりゃあ、この金髪の『シャルル・デュノア』て奴の性別が『男』ってなってるんだがなぁ。そこんところはどうだい? もしオレの見間違いだってんなら、俺は今すぐにでも眼科の病院にいかなきゃならねぇんだが?」
「いえいえ、病院は行かなくてもいいですよ。この子の性別は男で合ってます」
どうやら見間違いじゃねぇらしい。
少し安心したぜ、本当に。この仕事で目が悪くなるのは結構まじぃからなぁ。
それを聞いて会長さんが爺さんに話しかける。
「だとしたらかなり凄いことになりますね。世界で三人目の男性操縦者ということになりますから」
「そうですね~」
「でも、やっぱり『変』ですよね」
「と言うと?」
爺さんの返しに会長さんは笑顔で答える。
この感じだと独自の情報網で事前に掴んでやがったな。
「織斑君ほどで無くても、世界中で騒ぐはずですよね。なのにここ最近、そんな話を聞いたことがない」
「私の目の前にあまり騒がれていない二人目がいますけど?」
「彼じゃ下手に騒ごうとしたら、それこそ大事になるじゃないですか。凶悪な傭兵に最強の兵器足るISなんて悪夢以外の何者でもないですよ」
まったくもって酷い言われ様だ。
オレは一応コレでも誠実で通ってるんだぜ。何もすぐに暴れるってわけじゃねぇよ。
んじゃオレもこの会長さんの補足に回るとしますかねぇ。
「爺さん、あまり言ってくれるな。オレはシャイなんでな。人前に出るのは苦手なのさ。んで会長さん変ってのはつまり……この金髪には何かあるって言いたいんだろ」
オレの言葉を聞いて会長はイマイチ納得できないって面をしたが頷く。
「まぁそうね。何故判明したのにこうもしられていないのか。それもあるけど、その出自が余計にくさいのよ」
「出自?」
そう言われてさらに資料を見ると、この金髪はISで有名な大企業『デュノア社』社長の息子だとさ。つまり御曹司ってわけだ。
そんな奴が今まで騒がれずにいきなり男性操縦者として出てくるってのは………
「こいつは臭すぎるなぁ、会長さんよぉ」
「ええ、そうよ。そんな大企業の人間が騒がれないなんて絶対におかしいもの。つまり何かあるって言うこと。もう轡木さんなら分かってるんじゃないですか?」
会長さんが不敵な笑みで爺さんに聞くと、爺さんは少し恍けた感じで笑う。
まったくもって巫山戯た爺さまだよ、本当。
「その様子だと、もう分かってて黙ってるな。この狸ジジイが」
「褒め言葉ですよ、それ」
「んじゃ素直に受け取っとけよ。んで爺さんの感じからすると……そうだな………この金髪には確実に何かがある。そいつは出なきゃおかしいのに出てねぇってことは、そいつを隠してる奴がいるってことで、それでこいつの出自がデュノア。なら隠してる奴ってのはデュノア社その物ってところだろ。この金髪はフランスの代表候補生ってことで来る辺り、フランス政府も嚙んでる可能性があるが、だったらもっとイチカの野郎みたいに前に押し出す。そいつをしねぇってことは、政府はその見せたくないもんについて知らねぇな。つまりデュノアだけでことを動かしてる。ってことはデュノアについて調べれば連中が世間に見られたくねぇ汚物が出てくるってわけだろ」
爺さんに笑いながらそう言ったら、爺さんはにっこりと笑ってきた。
どうやら正解みたいだぜぇ。
「ええ、正解ですよ。フランス政府は何も言って来ていませんが、コレには私も怪しく思いましてね。独自で調べたら、そもそもデュノア社の社長に子供はいないそうなんですよ。それなのにいるのはおかしい。養子縁組をした経歴もないですし。さらに調べた結果、デュノア者社長の家系図内に、『シャルル・デュノア』なる人は一人もいないそうですよ。これはもっと怪しいですよね~」
「成る程。いないはずの人物がいるというのは確かにおかしいですね」
「ええ、そうなんですよ。それでちょっと裏技で調べたら、どうもこの社長は昔不倫してたことがあったそうです。あまり良くない大人ですね~。それでその愛人との間に出来た子がいるんですが、これまた写真の人物とそっくりなんですよ」
爺さんはそう言うと、別の写真をよこしてきた。
写真には長い金髪をした美少女と言ってもいい女の子が笑顔を浮かべて写っていた。
「へぇ~、こいつはそっくりだな」
「ええ、確かに」
見た写真はまさに『シャルル・デュノア』とそっくり……と言うかまんまだな。
服装と胸の膨らみを押さえればそのまま同じだろうよ。
「彼女の名はシャルロット。デュノア社長と愛人の方との間に出来た子で、年齢は十五才。現在は母親が病気で亡くなっており、父親……つまりデュノア社社長に引き取られています」
「おいおい、爺さん。こりゃもう確定だろう。ここまで露骨じゃ逆に疑っちまうよ……デュノア社社長のおつむをよぉ」
「流石に言い過ぎよ。とは言え、まさかここまで分かると逆に間抜けにしか見えないわね」
どうやら奴さんはこのガキを何としても男としてこの学園に転入させたいらしい。
そうまでして間抜けな面を晒す理由となると、答えは簡単だ。
「つまりデュノアの狙いはイチカの野郎だな」
「正解です」
爺さんはまるで出来の良い生徒を褒めるような笑顔で俺達を見てきた。居心地が悪くなっちまうよ。
「彼の企業の狙いは織斑君のデータと、彼のISのデータでしょう。デュノア社は大企業とは言え、ここ最近は営業不振が目立ちます。たぶん、そろそろ潰れるんじゃないかな~と思います。原因は第三世代機の開発が遅れているため。そこで出てきた世界初の男性操縦者と、そのISのデータは開発にとって喉から手が出るくらい欲しいのでしょうね。それで考えた策がこれとは……どうやらIS学園を甘く見られているようです。まぁ、いざとなったら色仕掛けでもして織斑君を籠絡するかもしれませんが」
それを聞いた途端、俺はあまりのおかしさに腹を抱えて爆笑しちまったよ。
「ぎゃっはっはっはっはっは!! おいおい爺さん、ちょっとマジで笑い死にさせる気かよ! あぁ~、おかしすぎて腹が痛てぇ~!」
「ど、どうしたの、いきなり!」
会長さんが少し引いた感じに聞いてきたが、気にしねぇで爺さんを見る。
すると爺さんは少し不思議な感じに首を傾げていた。
「君がそこまで笑うということは、よっぽどのことがありそうですね」
「ああ、そうだ。爺さん、オレは色々と世界をあっちこっちと回ってきたが、イチカの野郎ほど鈍い奴は見た事ねぇよ。それこそ、NASAが宇宙人を捕まえたってことを信じてる奴を探すよりも大変なことだぜ。あのイチカに色仕掛け? そりゃ世界一の娼婦だって籠絡出来るか怪しいところだぜ。おっとこれは言い過ぎか。でねぇとあの野郎が不能野郎ってことになっちまうからなぁ」
「そこまで言われるって………織斑君ってそんなに酷いんだ」
痛い腹を押さえながら何とか平常に戻すと、改めて爺さんの方を向く。
「オレが狙いなんてことはまずねぇんだから、イチカの野郎で狙いは確定。んで爺さんはどうするつもりなんだい? 普通に考えりゃ正体明かして御国に送り返すってのが正解だが、爺さんの様子じゃそうじゃねぇだろ」
そう言ったら、爺さんは少し慈悲深い面で答えた。
「私は……寧ろ来てもらおうと思います。彼女を不憫に思ってというのは否定しませんからね。せっかく来たのだから、三年間を楽しんで貰いたいというのが私の願いです」
そう答える爺さんに会長さんは感心してるみてぇだが……
(こりゃ爺さん、どうせばれても問題ねぇと踏んでるな。仮にもばれたとしても、奴さんを口車に乗せて御国と会社のせいにして責任をなすりつけようって魂胆か。それでよしんば慰謝料の請求で小遣い稼ぎってところだな)
まったくもって喰えねぇ爺さまだ。
これだから老獪なジジイの相手は御免なんだ。
人間、もっと素直でありたいもんだぜ。
「んで爺さん、後の銀髪については?」
「ええ、彼女はドイツ軍からくるラウラ・ボーデヴィッヒさん。ドイツの代表候補生としてこの学園に来ます」
ドイツ軍ねぇ……オレとは浅はかならぬ仲って奴だな。前に何度かやりあったことがあったが……あの中佐は元気にしてるかねぇ。今日聞いてみるとするか。
そんな事を考えてると、爺さんが少し注意するように俺に言ってきた。
「何でも、彼女は織斑先生に昔教えを受けていたことがあるそうで、織斑先生のことを心酔しているそうです。それで少し織斑君に憎悪の念があるそうで。あまりたい大変な事にならないように見ててもらえませんか?」
「はぁ~、なんだ、また面倒臭いことかよ。まぁ、これも依頼の一環ってことだな。しゃーないか」
「そういうことです。これでお二人にお伝えすることは以上です」
爺さんはそういうと、自分もお茶を飲み始めた。
それを聞いて会長さんは爺さんに礼を言って部屋を出て行った。きっともっと独自で調べるんだろうよ。
「んじゃ、オレも行くぜ爺さん。そんな日に遅刻したんじゃチフユに怒鳴られちまうからな」
そう言ってもう一杯急いで注ぎ、一気に胃袋に流し込む。
その後グラスをテーブルに置くと、オレも部屋を出ることにした。
いやはや、やっぱりイチカの野郎絡みとは………
つくづく退屈させないぜ、アイツは……本当にな。