そして、山田先生はヒロインではないのであしからず。
どっちかと言えば弄られ役です。
その日の朝、IS学園はいつも通りに始まっていた。
朝のSHRの前、登校してきた生徒で教室は賑やかになる。
その話題は主に近々行われる臨海学校だ。何をしようか、どんな所なのだろうか、などなど。
年頃の少女達は学園に入学してから初めての遠出に期待で胸を膨らませていた。
そんな賑やかなクラスメイトの中、セシリアだけは少しだけ気になることがある所為で周りに同調出来ずにいた。
「レオスさん、何処にいったのでしょうか?」
セシリアが起きた時に既にレオスの姿はなかった。
それ自体はたまにあることなのでそこまで気になることではないのだが、理事長室にもいないとなると、セシリアには何処に行ったのか見当が付かない。
そのため、いつもと同じように教室でレオスを待つこと以外セシリアは出来ないでいた。
そのため、若干ながら不安で寂しさを感じるセシリア。
しかし、いくら待ってもレオスが来ることはなかった。
始業のチャイムが鳴ると、皆慌てて席に付く。
そして扉を開けて教室に入って来た人物を見て、皆目を見開いた。
最早定例と言って良いほどに、教室に入る順番は決まっているのだが、今日に限ってはそうではなかったからだ。
「お前ら、静かにしろ」
そう声を発したのは千冬であった。
いつもなら最初に真耶が入って来て、千冬がその後に教室に入ってきた。
なのに今日に限っては千冬が先に入って来た上に、真耶はいないようだ。
それが皆に動揺を走らせる。
そして一人の生徒が皆の疑問を代表するように千冬に問う。
「織斑先生、山田先生はどうしたんですか?」
その問いに千冬は真面目な顔で答えた。
「山田先生は今日、臨海学校の下見に行っている」
その答えを聞いた途端、周りから不満の声が上がった。
「えぇ~いいな~、山ちゃん先生!」
「羨ましいなぁ~」
千冬はその声に呆れながら皆を静める。
「お前等、山田先生は遊びに行ったわけではないのだから、そんな不満を漏らすな。この馬鹿者共が」
その怒気の含まれた声に皆押し黙った。
皆千冬が怖いのは入学してから既に知っている事だったからだ。
誰だって怒られたくはない。
そのまま皆が静まったのを見計らって千冬はSHRを始めようとする。
その前にセシリアは手を上げて千冬に聞く。
「織斑先生、レオスさんがまだ来ていないのですが……」
その問いに千冬は眉間に軽く指を乗せて呆れたような、疲れたような顔でセシリアに答える。
「ハーケンは今日、公欠だ。ちょっとした用事があってな。それで出かけているんだ」
「そ、そうですか……」
休みと聞いてしょんぼりとするセシリア。
実はとあるお願いをしようと昨夜から決意を決め込んでいたのだが、休みで出かけているとあってはせっかく決めた決意も台無しになってしまうものである。
しかし、いつまでも気落ちしているわけにはいかないとセシリアは気を取り直して千冬の話を聞くことにした。
(はぁ……レオスさん、一体何処に行ってるんでしょうか…………)
そんな事思い耽っていたため、その後セシリアは千冬に出席簿で叩かれてしまった。
「うふふふふふ~~。どんな旅館なんでしょうね~」
目の前にいるマヤは明らかにワクワクした様子だ。
おいおい、一応は成人した『大人』なんだから、もうちっとは落ち着きってもんをもたねぇと駄目だぜぇ。そのまんまじゃ、まるでピクニックを楽しみにしているガキそのものじゃねぇか。
「おい、マヤ。一応は仕事なんだから、あまりはしゃぐなよ。見たままじゃ、ピクニックを楽しみにしてるガキとかわらねぇよ。あっちについてもその調子ではしゃぐなよな。悪いが、オレはこんなでかい子供のお守りはゴメンだぜ」
「なっ! そんなことないですよ。私、先生で大人なんですからね!」
オレにそう言われ怒る副担任様だが、手元に駅弁と菓子、それに冷凍ミカン片手にはしゃがれてりゃぁ、そりゃ言われんだろ。
「少なくても、そんなもんでテンション上げてりゃあ言いたくもなるってもんさ。どこからどう見たってガキの遠足じゃねぇか。もうちょっと大人らしい楽しみ方は出来ねぇもんかねぇ」
「むぅ~、そ、そんなことないですよ~」
プリプリ怒るマヤだが、チフユと違って全く怖くねぇからなぁ。
むしろ見てて面白いもんだ。
オレはオレで少しはこのお仕事でくつろがせてもらうかねぇ。
そう思って懐から片手サイズの鉄製水筒を取り出した。
そいつの口を開けると、中に入ってるもんを喉へと流し込む。
「まぁ、安もんだがあるだけマシか」
「あぁ!? ハーケン君、それってお酒ですか! 駄目ですよ、学生がお酒なんて!」
その様子を見ていたマヤがオレを咎めてきたよ。
そう言われてもなぁ。オレはお前さんと違って酒でも飲まねぇと楽しめねぇんだよ。
「なんだ? 飲みたいのかい?」
「そ、そういうことじゃないです!」
「そうなのか? 一応は爺さんのとこからくすねてきたバーボンなんだけどなぁ。お前さんじゃまず飲まねぇもんだから、欲しいのかと思ったぜ」
「だから、学生がっ」
「そう固いこと言うなって。お前さんが駅弁片手に喜びまくって堪能してるように、オレも酒片手にゆっくりと楽しんでるんだからよぉ」
それでも文句を言ってくるマヤを無視して、オレは外の流れていく景色を肴に座席でバーボンを呷っていた。
さて、何でオレがマヤと一緒にこんなことになってるのか?
そいつを話すのは二日前に爺さんに呼び出された事を話さなきゃならねぇ。
その日、放課後にオレは爺さんに呼び出されたのさ。
「爺さん、今度は何ようだい。良い酒が入ったんでのお誘いなら大歓迎だがねぇ」
もう毎度恒例になりつつある理事長室に入りながらそう言うと、爺さんはかわらねぇ笑顔で席に座ってた。もうこのやり取りも何回したんやら。
「それもありますけど、今回は別件ですね」
「へぇ~、そうかい。んじゃ、その話を聞いた後に酒を飲ませて貰おうかねぇ」
そう返事を返してオレはソファに座ると、爺さんの話を聞く体勢を取った。
それを見て爺さんはニッコリと笑う。
まったく、こういうときほど碌な事がねぇのは、最早経験則で分かっちまう。
今度はどんな厄介事何やら。
「実は君に頼みたいお仕事があるんですよ」
ほれ、来た。この爺さんは本当に人使いが荒いねぇ。
「予想はしてたよ。それで内容は?」
「分かってもらえて嬉しいですよ。それでお仕事なんですが、明後日の一学年の臨海学校の下見に、山田先生と一緒に行ってもらえませんか」
その話を聞いて、溜息を吐いちまう。やっぱりそう来ちまうか……。
まぁ、これも仕方ないことだな。
「つまり……その臨海学校で攻めてくるであろう他勢力を防ぐために見てこいってことだろ、爺さん」
「はい、正解です」
ニッコリと笑みを浮かべる爺さん。
本当に碌でもねぇクソジジイだ。
要約すりゃあ、IS学園の行事で、ISや武装がIS学園から離れる。それを狙って強奪にくるであろう、世界各国の特殊部隊や企業の私兵なんかから全部守れって話だ。
今までもやってきた事なんだから別に問題ねぇこと何だろうが、今年は更に面倒な厄介もんを二つも抱えてるからなぁ。そのせいで来るモンの数も多くなるってことなんだろうよ。
イチカもあるが、その半分はオレにもあるって爺さんは言いたいのさ。
まったく、人気者は辛いねぇ。今年はオレもいるってことで、世界各国のオレのファンも来るんだとさ。
そいつ等をライブに案内するために、この爺さんは会場の下見をしてこいって言ってるんだよ。まぁ、こいつばかりは仕方ねぇなぁ。
「あいよ。分かったよ、『依頼人』」
「はい。ちゃんと話を君の所に連絡しておいたので、後で詳しく説明されると思います。それと、これは君の『外出用の服』ですね」
爺さんはそう言って、目の前のテーブルに服と黒い髪の鬘、それに特殊なカラーコンタクトに保険証を出してきた。
そいつを見りゃあ、大体は分かるってモンさ。
そいつをオレに渡して、爺さんは説明してくれた。
「IS学園の先生と一緒に行かせるのはそっちの方が面倒臭くないからですけど、それでもやっぱり男の人と一緒というのは不自然ですからね。一応旅館の方にも連絡はいれましたが。それで君にはこれを使って、『私の親戚』になってもらいます。名前は轡木 啓介、年齢は二十歳。大学で動植物の研究をしている学生です。君は丁度旅館の周りの植物の研究をしたいと思っていた所で、私から臨海学校の下見に誘われたので行くことにしました。誘われた理由の一つに、女性一人では危ないので、と言うことになってます。どうでしょう?」
「上々じゃねぇんじゃねぇか」
てなわけで、オレは爺さんに渡された変装道具で変装してマヤと一緒に臨海学校の旅館に向かってるってわけさ。
どうもまわりの奴等はオレにバカンスを楽しませてくれねぇらしい。
たまにはゆっくりとくつろぎてぇもんだよ。
そう思いながら、オレはまたバーボンを呷った。