未だに白熱する飲み比べ。
既にジョッキに注がれた回数は二十を超え、常人ならとっくの昔にアルコール中毒を起こしているかも知れないほど量を飲んでいるレオスとアンドルフだが、その顔は二人ともまだ余裕を見せている。
そして挑発を互いに入れながら更に注がれたジョッキを煽っていた。
その事に心配つつも、セシリアはクロードの話が気になって仕方ない。
「そうですね。では、小さい頃のレオスの話……何てどうでしょうか? 『親しい』貴方なら気になる話だと思いますけど」
「そ、その……そうですわね……」
変わらない笑顔で話しかけるクロードにセシリアは顔を赤くしながら頷く。
その『親しい』がどういう意味なのかを考えればすぐに答えが出て、それにより羞恥で真っ赤になりそうなものだが、セシリアはそれを判断することが出来なかった。
単純に……酔っていたからだ。
別に彼女はアルコールの類いは一切飲んでいない。
では何故? その答えはレオス達にある。
アルコール度数90度を超える可笑しな酒がすぐ近くで飲まれているのだ。それも尋常ではない量が。
揮発したアルコールとその匂いは一般人でも酔ってしまう程に凄い。
そんな物が漂う場にいて、セシリアは酔ってしまったというわけだ。
そのため気分が僅かに昂揚し、正常な判断が付き辛くなってしまっているというわけである。
だからこそ、意中の相手の事を少しでも知れるこの機会を恥じらう事無く食い付いたのだ。
セシリアの返事を聞いてニッコリと笑うクロードは、昔を懐かしみながら語り出した。
それは今から五年近く前の話。
当時、『巨人の大剣』は紛争多きアフガニスタンに出向いていた。
仕事の内容は政府軍の援護。詰まるところ政府軍の作戦が上手くいくようにするための露払いである。
この時には既に大剣の悪名は知れ渡っており、戦えばどうなるのか分かっている兵士達は皆恐怖に震えていた。
悪逆非道、悪鬼羅刹、戦場の悪夢……謂われはいくつもあり、須く戦場でその力を振るい、いくつもの屍の山を築いていった。
その仕事を始めて一ヶ月が経った頃の話。
「あの時、我々は政府軍の依頼で反政府レジスタンスの基地に強襲を仕掛けることになっていました。正規部隊の強襲で漏れた残敵の始末でしたかね。基地自体はそこまで大きくない規模だったので政府軍だけで事足りると思われていました」
クロードの懐かしむような表情をじっと見つめるセシリア。その表情は話に聞き入っている。
それが嬉しいのか、クロードはクスりと笑いながら更に話す。
「だと思っていたのですが、定時になっても正規軍からの連絡がこない。その事で事態が可笑しな事になっていると思い、我々は急遽基地に踏み込んだのです。そこはまぁ、予想通りよりも酷い状況になっていましたよ。基地は壊滅状態、敵のレジスタンスは皆息絶えていましたよ。それを見る限り、強襲は成功したと判断すべきなのでしょう。
ですが、政府軍の人間も皆死んでいました。それがただ戦って死んだだけだったらマシだったのでしょうが……そうではなかったんですよ。死体はある部分にのみ集中していました。その中心には全身を血で真っ赤に染めた、まだ10になるか分からない子供が立っていたんです。その手にはアサルトライフルとナイフが握られていました」
それを聞いてセシリアは表情を固める。
「ま、まさか、それが………」
「ええ、そうです……レオスですよ」
「っ!?」
予想が当たってしまい、息を飲むセシリア。
怖い話と言うには生々しい。それがより臨場感を煽る。
「少年は我々に顔を向けました。その翡翠色の瞳は濁り、何の感情も感じさせない顔はまるで仮面のようで……当時の私はそれが少し怖かったですね。とても子供がして良い表情ではありませんでした。少年は感情も浮かべずに私と団長に話しかけてきたんです。『あんた達も戦うのか?』と。それに対し団長はニヤリろ笑って少年に話しかけたんです。『これ、テメェがやったのか』と。少年は特に思うことなく、『ああ、全員殺した』と返事を返しました。少年兵というのはいますが、ここまで無表情なのは初めて見ましたね。後から聞いたのですが、政府軍の殆どは彼が潰したそうです。まだジュニアハイスクールに上がってもいない子供がやったというんですから、驚嘆するしかありませんでしたよ」
「………………」
言葉を失うセシリア。
確かに聞きたいとは思ったが、まさかここまでとは思わなかった。
正直忘れていたのだ。
レオスが本物の傭兵だということ。
今まで人を殺してきた殺人者だということを。
それを察してか、少し悲しそうな顔をするクロード。こればかりは仕方ない
ことである。
だからこそ、クロードはセシリアに笑いかける。
「でも、レオスは言っていたんじゃないですか。『オレはちょっかい出されなければ世界一安全な男』だと。彼は危害を加えなければ基本は普通の若者です。この時も、政府軍が攻撃してきたから抵抗しただけだったらしいですから。根は優しいんですよ」
クロードの笑みにセシリアは少しだけ緊張が解れた。
それは結局の所、今も昔も全く変わっていないということだから。今のレオスを知っているセシリアは、その優しさを知っているから。
顔の硬さが取れたことを見抜いたクロードは少しだけ思い出し笑いをした。
「この後が少し可笑しいんですよね」
「可笑しい……ですの?」
「ええ、この後団長は大笑いしまして……『ガキ、中々やるじゃねぇか。だったら俺とやろうぜぇ!』なんて言って彼に仕掛けたんですよ。それに対し彼も応じてナイフで刺しに掛かったんですが………まぁ、あの筋肉を前に子供のナイフが通る訳も無く。素手での接近戦になったんですが、大人に子供が適うわけもなく……団長に首締めで落とされたんです。その後団長が、『こいつ、結構面白そうだから連れて帰ろうぜ!』と言って連れて帰る事になってしまったんですよ」
「あ、あはははは……」
それを聞いたセシリアはもう苦笑することしか出来ない。
本来なら当たり前のことなのだが、その前に20人以上殺した大人顔負けの子供に素手で勝つのもどうかという話。逆に言えば、10歳になるかならないかの子供を容赦無く締め落とす大人も大人である。
「それからはレオスもウチの一員として働き、今に至ります。今思えば、あの二人の因縁もこの時の首締めが原因なんですよ。御蔭でレオスは団長に対抗意識を滾らせていつも二人は張り合ってばかりです」
「そ、そうなんですの……」
もう笑うことしか出来ないセシリアは、ふとレオスの方に視線を向けた。
顔は赤くなってきており、少しけだるそうな感じになりつつもジョッキを煽り続けていた。隣の大人を睨み付けながら。
現在進行形で張り合っている二人を見て、セシリアはどう反応して良いのか困ってしまう。
それを察してクロードがセシリアに笑いかける。
「二人とも仕方ないくらい子供なんです。案外、団長も息子のように思っているんだと思いますよ。だからああして張り合うのは一種の親子のコミュニケーションだと思います。少し怖い話をしてしまいましたが、レオスは案外、あんな感じで子供なんです。だから……そんなに怖がらないであげて下さいね」
「そ、そんな……寧ろ、もっと親しみが持てるといいますか、何というか……」
酒の匂いで酔った事もあってか、セシリアはもうそこまでレオスの事を怖いとは感じていなかった。寧ろ、ああして今馬鹿騒ぎをしている姿が『可愛い』と、そう感じていた。
それすら見抜いたクロードはセシリアに笑いかける。
「そうですか。なら、あんなお子様な弟分ですがよろしくお願いします、セシリアさん」
「は、はいですわ!」
勢い良く返事を返したが、それが親が子の恋人に子のことを頼むような話だと後から認識したセシリアは、この店に来て一番の赤面を周りに披露した。
尚、レオス達は50杯目へと突入していた。