ジョルジュ《左160°反転、取り舵一杯!!》
レスター《右舷スクリューピッチ反転、取り舵一杯。》
操舵手《トォーリカァージ一杯!!》
ジョルジュが無線によってCICから艦橋へ指示を飛ばし、レスターが機関室や操舵手に伝達する。
すると機関室と操舵手は指示が来るや、反射神経をフル活動して行動に移す。
機関士がスクリューのピッチを変える変速機を切り換えるのと、操舵手が車のハンドルの様な舵輪を動かすのは殆ど同じである。
その間僅か数秒、日頃の訓練や戦闘経験によりまるで一心同体。
大脳が手足を自由に動かすかの様に、艦長と言う大脳から航海長と言う神経を経て、機関士操舵手と言う末梢神経へ到達するのだ。
彼等の阿吽の呼吸により、ハーンはその139mの船体をワルツを踊るが如く海上を滑るように転舵する。
艦首で切った白い波が艦尾へ抜けて、三日月の様な綺麗な弧の字を描く。
古来より戦闘艦艇を製造し、世界に先駆けて装甲艦、装甲巡洋艦、潜水艦の発展を促した蓄電池や複殻式船体を開発し、その技術力にも引けを取らない訓練により整備されたエルジア共和国海軍の真骨頂である。
ハーン《まあ私がやればお茶の子さいさいなんだけどねぇーー。》
ジョルジュ《黙れ。》
ハーンからのお小言を一言で黙らせつつ、ジョルジュはどう敵艦隊に対応するかを思案した。
ショートランドまでの距離はまだ67海里(125km)であり、接敵ギリギリまで粘ってあと7.5時間位は稼いだが、とうとう運の尽きで距離18.25kmまで接近されてしまった。
ダスティン曰く敵重巡洋艦はオーシア海軍のボルチモア級と同型艦らしく、主砲としているMk.15 55口径20.3cm砲は最大射程27.48kmを誇る艦載砲だと言う。
もう既に有効射程も良い所で、相手が撃ってこなかったのはひとえに相手側も味方がどうか判別がつかなかったからである。
相手が水雷艇の報告通りの手負いだと知り、恐らく急いで戦闘配置に付こうとしているだろうが、時間はそこまで残されていないだろう。
そこでハーン側は相手の隙を活用して先手を取るべく、反転して撃って出ることとした。
先ず敵艦隊へ向けて、温存してあったエグゾセ対艦ミサイルを全弾発射する。
脅威度の高い重巡洋艦に二発、装甲が殆ど無いであろう軽巡洋艦、駆逐艦へそれぞれ一発づつの計八発全部である。
死を覚悟した大盤振る舞いを敵艦隊にお見舞いし、然る後に同航戦を挑んで後方へ離脱する。
ハーンが囮になっている間に大井はショートランドへ逃げ込むか、確率は低いが救援艦隊に救助されるであろうと言う算段であった。
ジョルジュ《大井へ通達、本艦が囮になっている間に逃走せよ、心配は御無用とな。》
通信士《ハッ!FRN(英語で連邦共和国海軍の略)ハーンからIJN(英語で帝国日本海軍の略)大井へ、FRNハーンからIJN大井へ。》
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大井《足手纏いどころか、殆ど初対面だと言うのに命を張るだなんて…………ね………………。》
大井艦長《何から何まで頼ってしまってばかりだな………、内務科、艦内状況はどうなっている!?》
艦長からのよく響く大声に、内務科を統括する分隊長が急いで艦内状況を報告する。
艦首側の浸水は何とか止める事ができ、必死の排水によりボイラーの一部が復活した。
艦内に呑み込んだ海水を排水したことにより、船体が軽くなり速度が出しやすくなった事も幸運だった。
これにより大井は12ノットを何とか出せるようになったが、艦載砲の殆どが破壊されていたため戦闘に参加するのは不可能であった。
無理をして戦闘に参加してもハーン達にとっては邪魔も良い所で、おまけに彼等の決死の行動を無駄にしかねない。
ここは素直に指示に従ってショートランドに逃げ込み、ハーンの救援を要請するしかないのであった。
歯痒い思いをしつつ、艦長は航海長に指示を与え逃走の準備を始める。
甲板作業員達や砲手達は、くるりと反転して敵艦隊へ向かうハーンを見つめるしかなかった。
ある者は無謀だと諦めて、ある者は再開を祈り、ある者は負傷で意識が無くなりつつある中他に視るものが無かった為に見てるだけだったりする。
大井乗組員1《俺達は逃げる事しかできねぇのか、男として屈辱だぜ。》
大井乗組員2《さっき艦橋に居た奴等と目が合っちまったよ、何か寝覚めが悪くなる気分だ。》
大井士官《貴様ら何をサボっている、今は人の心配をしている暇は無いぞ。》
士官の叱咤を受けて水兵達は弾かれた様に、自分の役割をこなそうとする。士官が言ってる様に人の心配をしている暇は無いのだ、ハーンが殺られれば次は我が身なのである。想像しただけでも震えが止まらなくなる者が出てきたりもした、悪寒と鳥肌が出る者も居る。
練習艦部隊を率いるこの艦の兵士達は、精鋭で有ることには変わらないのだが、この状況では百戦錬磨の男達の心を折る者が出ても仕方がない。自身の誇りを完膚無きまでに叩き潰されたのである。
自艦の横を通り過ぎるまでは、その特徴的な高いマストがくっきりと見えて居たのだが、相対的に動いて居るためにハーンの艦影がますます小さくなって行き、その内よく視認出来なくなった所で遠くで海が割ける音と砲音、一際大きな爆発音がして大きな爆煙が上がるのだった。
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ジョルジュ《対艦戦闘用意、武鐘ならせ!!》
ダスティン《対艦戦闘よーい、対艦戦闘よーい。》
カーンカーンカーンとけたたましく戦闘開始の鐘がなった。狭い通路に何名もの二頭身が往き来し、そして誰かの足に躓いたり押し退けられつつ自分の持ち場へと急ぐ。
海上に逃げ場はどこにも無い、乗組員の居場所はこの鉄の箱だけである。
この箱が沈む事と250名の命が消え去るのは同じ瞬間であり、だからこそ今日を生き延びる為に各員が全力を出すのだ。
ジョルジュ《こちらハーン艦長ジョルジュ、全乗組員へ手を休まずに聞け。》
艦内放送用スピーカーからジョルジュの声が響く、艦の全てに責任を持つ艦長として彼は自分のやれる事をするのみである。
ジョルジュに言われたように目の前の計器を睨みつつ、耳だけは一言も聞き漏らさぬように艦長の言葉をまっている。
ジョルジュ《日頃の訓練の成果を出すんだ、俺達ならできる。
沈まない限り俺達の負けじゃない。
我々は手負いの大井を守る為にも敵艦隊へ突撃する。
エルジア王国騎士の末裔である我々に、怪我人を見捨てて逃げると言う選択肢は無いのだ。
恐らく今まで以上の困難な戦いになるだろうが、必ずこの戦いに勝利し皆で祝杯を上げよう!!
交信終わり。》
ジョルジュが無線を置いた後、気付いて見ればCICに居る全員がジョルジュの方を見ている。
皆が熱意の籠った瞳で言う、俺達ならできる、生き延びて見せるのだ。ここで全力を出さずしてどうするんだと。
ジョルジュは溜め息を付き、手を休むなと言っただろうと小言を言おうとした時、艦橋から通信が入った。
コンスタンティン《艦橋よりCICへ、聞きましたよ。なかなか自信溢れる演説でしたよ。》
機関長《機関よりCICへ、ここに居るガキ供は大井を守って戦うと言っとるぞ。勿論儂も同じだ。》
ジョルジュがCICを見回すと、皆が決意を持って頷いた。
自分では中々下手な演説をしたと思っていたが、幸いにも乗組員全員に自分の意志が伝わったと知って安堵した。
やはり、自分は良い部下を持ったものである。大陸戦争序盤から共に駆け巡った乗組員とジョルジュの間には、家族の様な絆が芽生えていた。
艦艇が小さければ小さい程乗組員の間の結束は強くなるのだ、それが海の人々なのである。
ハーン《ちょっとちょっとー!!良い雰囲気になってるけど、私の事忘れてるでしょ!!》
甲高い声のする方へ目線を向けて見れば、そこには頬を膨らまして不貞腐れている少女、ハーンの姿が有った。
さっきから蚊帳の外に置かれているように感じて、拗ねているようである。
ジョルジュ《なんだ、お前は違うのか?》
ハーン《別に、大井を守るのは賛成よ。でも何か無視されて居るように感じるのよねー。意図的に関わらない様にってか、存在を忘れたがってる様な。》
ジョージ《そりゃあお前が騒がしいから、誰も関わり会いたく無いだけだろ。》
ハーン《なにをー!!》
ジョージの軽口に気が立ち、精一杯両手で叩くが軍人であるジョージには全く効き目が無い。
この二人の茶番が、緊張していたジョルジュの心を解して行く。
彼女も、ハーンも戦争序盤から一緒に戦った仲間なのだと改めて思った。
彼女が居たからこそ自分は良い部下を持てたのだと、ハーンが居たからこそ彼等と巡り会えたのだと実感した。
自分は皆の期待に答えられる、いい艦長なのか、そうであってほしいと思うジョルジュであった。
医務室ではジャンが医療道具をロッカーから出していた。
軍医である彼はこの艦の命綱でも有る。彼の治療次第で負傷した乗組員が生きるか死ぬかが決定される、非常に重要な一人なのだ。
故に彼は万全の態勢で望むべく、準備を怠らない。その時にジョルジュの演説が艦内放送で流れて来た。
ジャン《おやおや、艦長も中々上手いこと言うじゃ無いか。》
軍医であるジャンはジョルジュの声の中に、少しの震えを感じた。恐らく緊張に依るものだろうと彼は推測する。
彼の勇気に答えるべく、ジャンは医療準備の手を止めない。
新たに与えられた二度目の人生を、満足できるよう確りと生きると決心した。
艦尾にある飛行甲板には、KA-25ヘリコプターが分解され燃料が抜かれていた。艦隊戦となれば真っ先に引火物になりかねないからである。
よってマーレ・ファルコは出撃停止となった。偵察の為に出撃命令が下るかと思われて待機していたが、結局何も出来ずに出撃中止する羽目となったのだ。
艦載機整備員や航空要員は、戦闘時には応急班に混じって防火防水に取り組む事となる。
飛行長のハミルトン少佐を筆頭にして待機していた所、例の艦長の演説が放送された。
全て聞き終えた後、タルデッリは軽い溜め息を吐き、少し小言を付く。
タルデッリ《日頃の訓練つったって、俺達の専門職はヘリの整備か操縦だぞ。少しの防火訓練で何ができるってんだ?》
ウィリバルト《頼りにされてるって事ですよ、俺達の事を。》
タルデッリ《なぁんか嬉しかないねぇ…………。》
ハミルトン《私語を慎めタルデッリ大尉。》
タルデッリの私語を止めさせ、ハミルトンは集まった飛行科、整備班にブリーフィングを行う。
この混成分隊を率いるハミルトンもヘリを飛ばす飛行科だけあって不満が無いわけではあるが、軍人である以上個人的な感情は表に出さずに任務を遂行すべく動く。
各員に伝達事項を通達し、混成分隊はさらに小さい班となって散らばり、不測の事態に対応すべく行動を始めた。
視点を戻してCICではミサイル員がスクリーンを注視していた。
タイミングが僅かに遅れれば、このハーンに少なくない死傷者が出ることとなる。
それだけでなく相手側の艦艇乗組員にも死者が出る事も想像に難しくない。
この不思議な恐怖には何時まで経っても慣れる物ではなかった。しかし戦場の鉄則は殺らなければ殺られると言う美女な物、感情を押し殺して任務に励まなくてはならない。
リュミドラ《大丈夫、肩の力を抜いてゆっくりと深呼吸してみなさい。普段道理にやれば何も問題は無いわ。》
直属の上司のアドバイスを聞き、深呼吸をして頭の中を整理する。
成る程、先程よりも気が楽になったような気がする。自分は大丈夫だと言い聞かせてスクリーンへと向き直る。
数秒して艦長から攻撃開始の合図が下された。もう後戻りは出来ない、戦いの火蓋は切って落とされたのである。
ジョルジュ《攻撃はじめ!!》
ミサイル員《目標、トラックナンバー2213、エグゾセ対艦ミサイル撃ち方始め!》
号令と共に発射ボタンに手をかけ、エグゾセ対艦ミサイルが発射された。
矢は放たれた、赤々とした閃光と耳をつんざく爆音を背に負いながらエグゾセは駆ける。
シー・スキニングと呼ばれる、海上を這うような飛び方は、例え相手が現代艦艇だとしてもとても撃墜は困難である。
さらにエグゾセ自体がとても小型の為に、更に撃墜する事は困難である。CIWSの様な近接戦闘を行う20mm機銃でもミサイルの撃墜は命中率的には高くないのだ。
慣性誘導装置にて目標まで中途まで進んだ後、頭についてあるレーダーと言う目が獲物を見つけ食らい付くように大気を突っ切って行く。
その内、遠方から腹に響き渡る様な爆音と、夜空を彩る赤黒い爆発が起こるのであった。