――――――――――――D08基地工廠・朝
「あれ?お兄ちゃんも工廠に用事?」
「げ…417が起きてたか…」
「げってなにさ、げって…」
「あぁいや…わりぃわりぃ」
朝からお兄ちゃんに会えてニッコニッコしてたらお兄ちゃんからは嫌そうな反応が帰ってきた。
なんやねんな…と思いながらむすーっとするとすまなそうに頭を下げてきた。
そんなことを言いながらお兄ちゃんが着ているのは立派な革のツナギだった。
私は知ってるぞ、それはライダースーツって奴だ。バイカーが着る勝負服だ。
ということはあの見たことのない鍵はもしや…?
「お兄ちゃん、私達に隠してる物があるでしょ?」
「あーまぁ…417なら見せてもいいか」
そう言ってお兄ちゃんは工廠横にくっついてるシャッター付きの倉庫を開けた。
するとその中から出てきたのはピッカピカなバイクだ。音叉マークが眩しいでっかいバイク。
単眼ででっかいエアーダクト付きで…その上でっかいエンジンが見えるThe男のバイクって感じのやつだ。
元男だから分かるこのロマンは胸が躍るな…細部に光るメーカーの意地も良い。
これほぼこの車体専用に誂えられたものじゃないかな?知ってる限りのバイクに同じ様な物は無い。
「へへ、こいつは俺の相棒さ。一緒に乗るか?」
「マジ?やった♪」
「じゃあこれ貸すから着てきな」
お兄ちゃんとタンデムだ。コレほど嬉しいのはないぞー♪
で、渡されたのはライダースジャケットってやつだな。プロテクター付きで人体を保護するヤツ。
あとは私はジーンズに履き替えてから来たらOKだね。よーっし…
「じゃあ俺は待ってるから」
「はーい♪」
くんくん…お兄ちゃんのお古だな…これ、お兄ちゃんの匂いが濃ゆい…
私のおっぱい入るかな…お兄ちゃんの体型って結構細身だから男物でも怪しいんだよね。
最悪お腹の下辺りで止まっちゃうな。まぁジャケットとしてはそれでもいいかな?
私ちっちゃいしどう頑張っても袖が余っちゃうからそれもどうにかしないとねー…
だーちゃんはお留守番ね?振り落とされるかもしれないから。
着替えてジャケットを羽織って戻ってきたらお兄ちゃんはバイクに跨って待っていた。
ヘルメットも被ったお兄ちゃんはまんまレーサーって感じだ。バイクはレーサーじゃないけどね。
いや、無骨な黒のレザーだから似合ってるか。ふふ、オールドアメリカンかも。
「乗りな」
「うん♪失礼します」
「……おっぱい柔けぇ」
「ん?」
「なんでもない、いくぞ、しっかり掴まれよ」
このバイクタンデムバーなんて物はくっついていない。必然的に私はお兄ちゃんにしがみつくしか無い。
頼りないシートは私のお尻が半分位出てるし膝でしっかりお兄ちゃんの脇腹を挟んで胸に手を回してからギュッと抱きつくしか無い。
もしかしなくてもおっぱいを押し付けることになるけどお兄ちゃんなら別にいいし不可抗力だからね。
がっこんと音と振動がしてからギアが入り轟音を轟かせながら二輪は走り出した。
――――――――――――
大分走った後お兄ちゃんはちょっとした休憩スポットに立ち寄った。
まぁずっと運転してたら疲れるしね。このバイク振動も結構あるから手とか痺れそう。
それ以外にもまぁコーヒーブレイク的な所があるんだろう。私はバイクの傍で半ヘル抱えて待ってる。
ライダーは他にも居るみたいで色んなバイクが止まっている。このご時世だけどこういう趣味は絶えないようだ。
それだけD地区付近が平和だって事だけどね。がっちがちのレーサータイプからお兄ちゃんのに似たクルーザータイプまでいろいろ揃ってる。
中には可愛いスクーターモデルもあってライダーの聖地なのかな?
「よう、そこの彼女…俺らと」
「あ、結構です」
ガラの悪そうなのが絡んできた…こういう手合は無視したいけどなぁ…
ヘルプ求めれるかなー?おぉっと他のライダーは無視決め込んでるな。こりゃ駄目だ。
まぁこういう手合はちょっと脅せば下がってくれるから良いでしょう。
ただの女の子と思って調子に乗ってるだろうし…弱いと思ってるから調子に乗ってるんだろ。
「まぁそう言わずに遊ぼうぜ?」
「結構だって言ってるじゃん。耳が悪い?あ、ごめん頭が悪いんだね」
「チッ…つけあがりやがって、つべこべ言わずに来い」
「つけあがってんのはお前だろ?」
そっとヘルメットをミラーに引っ掛けて置いてと…右手が真っ直ぐ伸びてきたからそれを掴んで…
肩を押しながら足払いをかけて張り倒す。コンクリートに思いっきり叩きつけたけど自業自得だからね?
流石の相手も何が起こったのかって顔で私を見上げている。まぁ普通だとこんなロリっ子に出来ることじゃないしね。
「分かった?怪我しないうちにアガァッ!?」
な、に…が……バチッと言う音と一緒に全身に衝撃が走った。
首筋に何かが当てられたっぽいけど…激痛と一緒に身体の自由が効かなくなる…
「サンキュー、助かったぜ」
「ま、こんな時の為のテイザーよ…へへ、見ろよこのでっぱい…」
「じゃあちょっと連れて行ってお楽しみしようぜ」
もう一人居たのか…くそ、気が付かなかったな…無遠慮に私の手を取ってから…
い、いや…こんな人に触られたくない…誰か助けて…ひぃぃっ!?て、手が…おっぱ…
「おい、そこの兄ちゃんや」
「あぁん?」
「ウチのヤツに何手ぇ出してんだ?」
「怪我したくなかったら失せな。これからこいつとヤるんだからよぶっ!?」
「あ"?」
お兄ちゃん…今までに見たこと無いような怒りの表情で殴りかかっていた。
あ、だめだめ…まだシステムダウンした…ら…
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「ぅぅん…」
「おう、目が覚めたか…」
「お兄ちゃん…?」
身体は怠く重い…まるで人間時に風邪を引いた後みたいだ…
ええっと…何が起こったんだっけ…あ、そうか…ヤンキーがナンパしてきて…
私が手荒い歓迎してから…あぁ、そうだった…そう、だった…
「ぅ…ぉ…」
「おいおい、大丈夫か?」
「おぇ…えぇぇぇぇ…」
私…危うくレイプされかけたんだ…女としての尊厳が踏みにじられる行為を…されかけたんだ…
大好きな人とのキスもまだなのに…いや、待て私は元々男…あれ、いや…違う私は…
私はHK417だ、ジョシュアじゃない…もうそれは捨てたんだ…今の私は…
こみ上げる嫌悪感に人形らしからぬ嘔吐っていう反応を示してから…またお兄ちゃんを心配させちゃった…
「はぁっ、はぁ、はぁ、はぁっ…ぁ…ごめん、大丈夫じゃないかも…」
こみ上げる吐き気は収まる様子が無い…荒く息を吐きながらもまだ口から手が離せない。
カタカタと全身が震えて仕方ない…怖い、怖い…嘗ての同性が怖い…怖い!
私は…組み敷かれる側なんだ…どう頑張っても…何かが崩れれば征服される側なんだ…
私は理解してなかったのかな…理解が足りてなかったのかな…
「ひっ!?」
「あ、わりぃ…もう、大丈夫だからな…」
大好きな人の掌にも怯えてしまって…私、もう…駄目なのかもしれない…
優しく声を掛けてくれるお兄ちゃんに抱き寄せられて…少し震えが治まるけど…
「ごめん…もう少し…ギュッとして…」
「おう…」
逞しい胸板に頭を預けてみれば不思議と怖さが…軽くなったかも…
でも今度はボロボロと涙が出てきて視界が滲んじゃう…駄目だ…堪えられない…
「怖かった…怖かったよぉ…!」
「わりぃ…」
「ふぇぇぇ…わぁぁあああああああ…」
感情を抑えきれずわんわんと泣いてから…私はしばらくしてようやく落ち着けた。
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「もう大丈夫か?」
「うん…」
「しっかり掴まれるか?」
「うん…」
「じゃあ帰ろうな、俺達の家に」
「うん…」
参ったな、417が暴漢に襲われるとは…治安は良いほうなんだがこういう輩はどこにでも現れるな。
バイクの趣味も悪いし迷惑なんだよな…しかしこんなにも417が繊細だったとはなぁ…
最近は安定してきたと思ったけど目の前であんなに吐かれて動揺されて泣かれちゃぁなぁ…
そして落ち着いてもこの始末…帰る頃には元気になってくれりゃ良いけど。
見た目の白さも相余って儚い印象がかなり強い…庇護欲に駆られる。
ずっと俺の袖を掴んで離れないようにしてる辺りもかなり可愛らしい。
因みに暴漢は殴り倒した後治安維持隊に突き渡した。レイプ常習犯だったらしい。
なんつーか…人間のクズって感じだったな…あんな奴に俺の家族を渡せるかってんだ…
「ん…」
「じゃあ、しっかりヘルメット被って…な」
「うん…」
跨る前に417の頭を撫でてやると嬉しそうに目を細めてくる。
いそいそと半ヘル被ってからパッセンジャーシートに座ったのを見てから俺も跨る。
すぐさま腕が回され背中に柔らかくボリュームたっぷりなのが押し付けられるが…我慢だ。
くっそ幸せだがいまここで盛ってしまったら俺もあの暴漢と変わらねぇ…男たるもの紳士であれ。
キーを差し込みセルを回してエンジン始動。ニュートラルからローに入れて…さぁ帰ろう、俺達の家に。
「ねぇー!お兄ちゃん!あのねー!かっこよかったよー!」
エンジンの爆音に掻き消されない様に大声を張り上げる417。
「守ってくれて、ありがとー!」
夕日が地平線に沈みかける時間。走行風に靡く銀髪といくつかの水滴が光を放っていた。
まだ涙は止まらなかったらしい。だがその顔は悲哀に満ちたものではなく…
輝く太陽に負けない満面の笑みであった。帰り着く頃にはきっといつもの可愛らしい417であることだろう。
運転に集中する指揮官の頬はすこし赤く染まっていた。
うるさい口を黙らせるためか少々乱暴なアクセルワークをして…
「お兄ちゃんって乱暴な運転するのねー!」
「うるせぇ」
そんな喧騒を道行く人に届けていた。
リクエストにあった初期のクソザコメンタルの再発ってこんな形で良かったかな?
そして書いていたら普通に指揮官とのラブコメになってしまってた。
どういう事だってばよ。
あとバイクのモチーフは作者の愛車です。