三機の輸送ヘリがローターを回転させながら、滑空していた。その胴体部分には二機のACがハンガーフックでぶら下がっており、計六機のそれが揺られている。男性――ロレント・スティールはモニターに映る輸送ヘリの無骨な胴体と、その下に広がっている旧市街地の跡地を見ていた。
ここは昔、それなりに栄えていたが、今では見る影もない。
リップルシティ。人口、五万人。
経済規模、Bランク。
管理企業、キサラギ。
ロレントはモニターの隅に小さく表示された、他愛のないデータを暇つぶしの一環で眺める。
「ミグラテールよりブフェーラ。降下ポイントまで残り五分。これより高度を下げる。注意してくれ」
輸送ヘリのパイロットが先程まで数百メートルの高度で飛行していたが、がくんと急降下するように地面へ向かった。大きな揺れがロレントを揺さぶり、その危なっかしい操縦で市街地の中へ入った。
乗り捨てられた車。電気が通っていない商店。横倒れになったビル。朽ち果てたMTとACや戦車、ヘリその他大勢の兵器。それらを横目に輸送ヘリは進んでいく。目標地点まであと少しというところで、ロレントのAC――「アトーンメント」のレーダーに熱源反応が感知された。
距離、二〇〇〇メートル。三時の方向、機数は十個。動く気配なし。
市街地という地理上、ありとあらゆる障害物に囲まれているせいで敵方の戦力は把握できない。向こうも同様だろう。
「ミグラテール、この地点でいい。降下を」
あまり無茶はできない。ロレントはそう判断すると、パイロットに指示を送った。ミグラテールはそれを理解しており、すぐに降下準備へ入る。輸送ヘリ部隊は一定の高度を保ったまま、速度を落とし、その間にロレントはアトーンメントのメインシステムを戦闘モードに起動させた。
「これより当該機を降下」
パイロットが早口で告げると、ハンガーフックが外される衝撃が頭上に圧し掛かった。アトーンメントは輸送ヘリの胴体から引き離され、地球の重力に沿って地上へ引き寄せられる。
機体名、アトーンメント。
搭乗者、ロレント・スティール。
中量二脚AC。
火力、装甲、機動力、平均水準。
着地の衝撃を和らげるブースターを起動せず、そのまま荒れ果てたアスファルトの地面を削り取るようにアトーンメントは地に二つ足をつけた。緻密に計算された降下方法によって、続々とACが着地する。
「メインシステム、戦闘モード起動」
通常モードから戦闘モードへ移ったことをAIがアナウンスする。モニターとFCSが連動し、アトーンメントに搭載されている兵器の状態と装弾数が表示された。
アサルトライフル、レーザーブレード、ロケットランチャー、索敵用レーダー。機体構成と同じく水準に納まったアトーンメントの搭載兵器。
「行くぞ。乗り遅れるな」
ロレントは部隊を鼓舞しながら、先陣を切ってアトーンメントのブースターを起動させた。同じくして、遠くから砲声が鳴り響く。空を見上げると、曳航弾と通常の砲弾混ざり合った対空砲火が、戦闘区域から離脱しようとするミグラテールに襲い掛かっていた。
「ミグラテールよりブフェーラ。敵は固定砲台が三基とカイノス及びチャリオットが十機だ。座標をリンクさせる」
アトーンメントのレーダーでは把握できなかった敵の詳細な位置のデータが送られる。ロレントはすぐにそれを味方に共有させた。
「了解。そっちは大丈夫か」
「屁でもねぇよ」
切羽詰った口調だが、パイロットは笑い飛ばすとそのまま戦闘区域を離脱する。ロレントはそれをレーダー越しで確認しながら、敵部隊の位置を把握した。
「ラバンの分隊は右方面から回りこんで、敵の側面を攻撃。私の分隊は正面から突貫するぞ。いいな」
「了解」
ロレントの指示と同時に、四脚型AC二機とタンク型AC一機が高層ビルの影へ隠れる。その間にアトーンメントのAIが、敵部隊に接触する最短ルートのガイドラインをモニターに表示。彼はそれを参考に進みながら作戦目標を再確認した。
目的地、リップルシティ中心部。
自戦力、AC一個小隊。
作戦目標、「強化人間施設」の破壊。敵戦力、不明。
「ブースターを使った滞空活動は禁止だ。対空砲の餌食になる」
上空に弾道を描く対空砲火を横目に、ロレントは分隊に忠告を促した。アトーンメントはアサルトライフルを前へ突き出し、ビルに挟まれた道路を駆け抜ける。その後ろを、重量逆関節型ACと軽量二脚ACが追った。
敵部隊はこちらの出方を伺っているのか、一向に動く気配は見当たらない。好都合、とロレントはほくそ笑んだ。
「トーマス。奴らに水浴びさせてやれ」
重量逆関節ACに搭乗しているトーマスにロレントは指示を与えると、彼のACは背部兵装であるクラスターミサイルを起動。FCSは長距離戦に特化しているため、容易にロックオンができた。
「隊長、いつでもOKです」
「発射しろ」
ロレントの一声と同時に、トーマスのACから一基のミサイルが打ち上げられた。それはロックオンした対象の頭上に来るように飛翔。
目標地点に到達した瞬間、ミサイルの本体はばらばらに四散した。その代わりに子弾――対装甲に特化した爆弾――が標的を中心にして、広範囲に降り注ぐ。
爆発、爆発。まるで連鎖するようにそれらが鳴り響いた。
曇り空は、破壊されたMTから発せられる炎のコントラストによって、夕焼けのように赤く染まった。トーマスが放ったクラスターミサイルの威力は絶大なものだった。
「四つも破壊したか。各機、不発弾に注意」
レーダーに表示されている熱源反応が一気に四つも消失した。その威力に思わずロレントも驚く。それもそのはず、「レイヤード条約」という数百年単位で続いている軍事協定。それのクラスター爆弾における「定められた爆薬の量」を大幅、いや法外的に違反した結果だった。
レイヤード条約第十四条「クラスター弾の禁止対象の定義」
作戦、非合法及び機密作戦。
レイヤード条約、敵味方双方に適用外。
ロレントのアトーンメントは、こちらからの距離を離そうとしている敵部隊の距離を詰めた。高層ビルの角からアトーンメントは姿を現すと、直線上の道路の先にカイノスの機影が二つ見える。
先手はカイノスたちだった。マシンガンの砲弾が襲い掛かってくる。だがその威力はACにとって微々たるもので、アトーンメントはお構いなしに突貫し、アサルトライフルのトリガーを引いた。
リズムよく砲弾が発射され、お粗末なマシンガンの精度と違って、精密射撃がそれを乱射するカイノスの頭部と左肩部を破壊した。それでもまだ致命傷に至ってなく、ボロボロになったカイノスは、健気にマシンガンを撃ち続けていた。だがそれはアトーンメントの装甲に当たっては、跳ね返される。
敵は浮き足立っている。ロレントが確信したそのとき、敵陣奥深く――まだこちらもレーダーで把握していない地点から轟音が響く。間違いなく、ACが背部に装備する大型グレネードランチャーのものだと悟った。
「さっきの爆発はラバンの分隊か」
ラバンの分隊にしては早すぎるし、何より報告がなかった。ロレントは応答を求める。
「隊長、今のは自分たちではありません」
ラバンの言葉に、ロレントは眉をひそめた。そして抵抗していたカイノスたちは騒ぎに気づくと、マシンガンを乱射しながら撤退する。さらに固定砲台は起動停止しており、レーダーで感知されている熱源反応は先程のカイノスの後を追う。まるでこちらに構っている余裕はない、と感じ取れた。
「追撃しますか」
同じ分隊員で、副隊長であるエンテが通信を入れると、彼の軽量型二脚ACがアトーンメントの脇へ来る。
「作戦変更だ。このまま目標地点へ向かう」
何か胸騒ぎがする。ロレントはそれを感じながら、アトーンメントを進ませた。目標の施設は敵部隊が展開していた地点から、十キロ離れた場所。
リップルシティの中心部に位置していた。そこへたどり着くのに、さほど時間はかからない。
近づくにつれて、砲声は未だ鳴り響いている。さらに爆発音も聞こえ、騒々しくなった。レーダーに熱源反応を確認したロレントは、迎撃しようとする。目標は住宅街の区画を三つ乗り越えた先。
もう一度、トーマスのクラスターミサイルで対処しようと考えたそのとき、新しい熱源反応が敵部隊の後方へ出現した。
「これは、早いぞ」
鈍足なMTでもなければ、ヘリでもない。それは間違いなく――。
「ACか」
ロレントは思わず叫ぶと、この騒動の主犯が誰であることが理解できた。アトーンメントは跳躍すると同時にブースターを起動。そのまま住宅街を滑空し、ビルとビルの隙間を潜り抜ける。
そして、相手の狙いである熱源反応――旧式のMT、スクターム二機――へ向かった。その正面をアトーンメントと同じように滑空する重装四脚型の姿が見えた。
携行武装、クレスト社製ショットガンを二つ。背部兵装、大型グレネードランチャーとチェーンガン。
スクタームは前後から疾走するAC二機にどう対処していいか分からずに、その場であたふたと動いていた。
「そこのAC、好きにしろ。私たちは敵ではない」
ロレントはオープンチャンネルでACに通信を行う。アトーンメントはアサルトライフルを構えたまま、ビルの屋上に着地した。そのままMT二機とAC一機を見下ろす形で待機する。ACは返事をせず、空中でガトリングガンを掃射。降り注がれる砲弾に、スクタームは為す術もなく破壊された。
「同業者か。そちらの目的を教えろ」
四脚ACはスクタームの残骸を踏み潰すように着地。そして、頭部に搭載されたシングルモノアイがこちらへ向けられていた。
「隊長、無茶しすぎです」
エンテは苦言を呈しながら、彼のACが四脚ACの左方向へ現れた。一直線上の通路のため、右方向からはトーマスのACが腕部携行型のプラズマキャノンを構えながら歩行している。
挟み撃ちという不利的な立場に、ACを追いやる。
「お互いにレイヴンだろう。スマートに済ますべきじゃないか」
相手が何をしたいのか不透明のままでは、作戦に支障が出る。ロレントは半ば恫喝じみた口調で応答を求めた。。
返事はすぐに返ってきた。四脚ACはガトリングガンをアトーンメントに向け、トリガーを引いた。這い上がってくるように襲い掛かる砲弾を、アトーンメントは地面を蹴り上げ、その場から回避。
ビルは一瞬にして蜂の巣と化し、外壁とガラスが雨のように地面へ降り注いだ。
先制攻撃が不発に終わったことを悟った四脚ACは、そのまま後退する。エンテとトーマスはACを挟んでいるため、同士討ちを考慮して攻撃をしなかった。二人は後退する四脚ACを追撃。
「ラバン、私たち以外に同業者が居る。お前の分隊はこのまま目標施設に向かえ。敵の『相方』が居た場合、攻撃の許可を与える」
「了解。そちらは大丈夫ですか」
「ちょっと危なかった」
騒ぎを把握したラバンの気遣いに、ロレントはくすりと笑いながら、気丈に振舞う。アトーンメントは障害物を飛び越えながら、エンテとトーマスを追いかけた。
「あんだけ武装を積んでいるのに、追いつく気配すらない」
トーマスは距離を縮ませられないのか、歯痒そうに呟く。彼の逆関節ACはジェネレーターの都合で、インターバルを開けながら速度を落としていた。そのため、ロレントはすぐに彼のACを追い越す。トーマスの搭載武装なら仕方がないが、ロレントやエンテは別だった。追いつけるはずなのに、一向に距離は引き離される。
四脚ACが破壊したと思われるMTやヘリの残骸が、そこかしらに散らばっていた。黒煙が所々に発生しており、被害の凄まじさを語っている。ロレントはそれらを飛び越えるように、アトーンメントを操縦した。
「注意。敵AC、こちらへ旋回」
先行していたエンテが注意を促した瞬間、四脚ACはこちらを見上げるように上昇。エンテのACは、左手で握っているマシンガンのトリガーを引く。ロレントも同様に四脚ACをロックオンし、アサルトライフルのトリガーを引いた。
「いったいどうするつもりだ」
相手の不審な行動に、ロレントは首を傾げる。
四脚ACは下から襲い掛かる砲弾をいとも簡単に回避しながら、背部兵装である大型グレネードランチャーの砲身を空中で展開した。タンク型ACでなければ、空中でのキャノン系武器の使用はACの構造上、できない。しかし、この四脚ACはそれを可能とした。
作戦内容。キサラギ社管轄、強化人間施設の破壊。
「回避しろ」
あらゆることが波のようにロレントへ襲い掛かり、それらを吟味して答えを出すより先に、彼はその場から離れた。だが四脚ACの狙いはロレントやエンテではなく、インターバルを開けて速度を落としているトーマスのACだった。
ちょうど彼は今、ジェネレーターのチャージングを考慮して速度を落としていた。もちろん、回避する余裕はない。
爆発がロレントの背中を揺さぶる。しかし、トーマスからの反応は消失しなかった。
「くそが」
ノイズが混じったトーマスの怒号。彼のACは、辛うじて榴弾を回避しており、左腕部が完全に引きちぎれた状態で、爆炎の中から姿を現した。
ロレントはそれをサブモニターで確認し、敵ACを引きつけるためにアーントメントはがむしゃらにアサルトライフルのトリガーを引く。
「強化人間。つまり」
「目標施設の実験体、というのが濃厚だな」
エンテの言葉に続いて、ロレントは状況を分析した。四脚ACはグレネードランチャーによる砲撃からチェーンガンによる飽和攻撃へ移行。
「トーマス、安全地帯へ避難しろ。余裕が出来たら、ラバンの分隊と合流だ」
「了解」
上空から降り注ぐ砲弾を、ロレントは障害物を使ってやり過ごしながら、トーマスの戦線離脱を確認。一息ついたところで、事態は悪い方向に向かっていると確信した。
見失ったアトーンメントに対し、四脚ACはエンテに集中砲火を浴びせている。
「こちら、ラバン。目標施設に到達しましたが、既に壊滅状態です」
「了解だ。こちらはトーマスが中破し、そっちに向かわせた。お前たちはトーマスと合流し、施設周辺を警戒警備しろ」
「しかし、隊長」
ラバンはこちらの状況を把握しているのか、すぐにでも援護に駆けつけたいと訴えかける。だがロレントにとって、それはただの杞憂に過ぎなかった。
「相手は素人ですね。キサラギも落ちぶれたものだ」
エンテは軽口を叩きながら、彼のACはアトーンメントの隣に駆けつけた。彼のACは右手に握られているスナイパーライフルを、アトーンメントに手渡す。ロレントはアサルトライフルを放棄し、高精度赤外線センサーが装着されたスナイパーライフルを装備する。
右手に握られた瞬間、FCSが同調を開始し、エネルギー供給が開始される。
「敵AC、こちらを捕捉。グレネードランチャーか」
エンテの報告。双方を見失った敵ACは地上へ着地し、数秒経った後にこちらへ向かう。敵の熱源反応は青色に染まっており、それは上空に居ることを示していた。グレネードランチャーによる砲撃が敵の狙い。
「同調完了」
スナイパーライフルとFCSが完全に同調したことをAIが報告。ロレントは狙撃をより確実にするために、アトーンメントの左手を砲身部分を掴ませる。
「いくぞ、援護しろ」
ロレントが叫んだ瞬間、エンテのACはアトーンメントのアサルトライフルを受け取っており、それと左手のマシンガンを前に突き出して、ビルの影から躍り出た。その間にアトーンメントは、狙撃地点へ移動する。
上空には、四脚ACが滞空していた。こちらを見下ろすように。そして、ACの兵器の中でシンプルかつ高火力を誇っているグレネードランチャーを、力の誇示のごとく見せ付けていた。
エンテのACは、両手に握られたアサルトライフルとマシンガンを乱射した。空薬莢が湯水のごとく道路に散らばり、放たれた砲弾は四脚ACへ向かう。敵ACはそれをガトリグンガンで応戦。弾幕の前に、エンテは再び遮蔽物を盾にして、姿を消す。
「案の定だな」
ロレントは短絡思想なパイロットに思わず嘲笑した。相手は、ロレントとエンテのACが武装を交換していたことに気づいていなかった。さらにエンテの方へ注意が回っていた以上、片膝を突いて安定姿勢のまま狙いを定めているアトーンメントのことも。
「ジ・エンド」
決め台詞のようにロレントは呟くと、トリガーを引いた。
「すみません、もう一度よろしいでしょうか」
ロレント・スティールは一時間前に着ていたパイロットスーツから普段着――ジーンズに半袖のシャツ、その上にジャケットを羽織っていた。そして彼は信じられない「事項」にもう一度、確認を取ろうとした。
彼が居る場所は、それなりに広いスペースの会議室。部屋の照明は点けられていない。代わりに床から照射される立体映像の発光が、唯一の明かりだった。その立体映像がホログラム投影しているのは、三人の男女だった。
会議室はホログラムを視認しやすいように薄暗かった。立体映像の明かりといえども、輝度はせいぜい一二メートル程度。そこから数メートル離れてるロレントの顔を少しだけ照らすほどだった。
「これは決定事項だ。ロレント・スティール」
ロレントの手前。椅子に座った初老の男性――クレスト社軍事顧問――は、うんざりとした表情でロレントを諭す。しかし、数分前に彼の口から述べられた「決定事項」の理不尽さがロレントの逆鱗に触れた。
もっと、ロレントは自分の立場を理解しており、感情的な抗議が結果として自分の首を絞めることは分かっていた。
だからこそ普段どおりの口調で、普段どおりの態度で、ロレントは静かな怒りを演出する。その方が目上の人に対して、効果的な抗議の仕方と学んできた。
「貴方が抗議するのは理解できるわ。だからこそ、落ち着いてちょうだい」
初老の男性から左斜め後ろ。男性と似たような椅子に座って足を組んでいる四十過ぎの女性が、ロレントを嗜める。
(クソババアが)
絶対に口では言えないことを、ロレントは心の中で吐き捨てる。
「『彼女』と蟠りがあったようですが、仕方がないことでしょう。それに、今回の依頼には破格の報酬をつけることを、我々は約束しているのですよ」
二人の男女からやや離れた場所。ロレントと同じように立ったまま会議に参加している男性が、結論を述べた。その男性はスーツ姿をしている他の二人とは違って、研究員らしい白衣を羽織っていた。
クレスト社バイオテクノロジー部門所長、カミュエ・バジル。
ロレントよりも年齢は若く、まるで自分の知識に絶対的なプライドを持っているかのような、優等生の風貌を持っているこの男が、今回の依頼の立案者だった。
「エーヌは、たった独りで反乱を引き起こした。その時の彼女はすごく取り乱しており、そこに運悪く君たちが来た――事故ですよ。それに、ブフェーラのメンバーには死傷者が出ていない」
カミュエは断片的な情報をロレントに教えた。あの捕虜がエーヌという名前であることをロレントは初めて知ったが、それ以外のことは大体予想できた。彼女が強化人間であること、そしてあの強化人間施設を壊滅したこと。そこにブフェーラというAC部隊が来たこと。
恐らくエーヌは、こちらがキサラギ社から派遣された部隊と勘違いし、こちらを襲撃した。そう考えるのが妥当だった。
「カミュエ所長の言い分はもっともだ。ロレント・スティール、こちらの意向に了承してくれんかね」
ロレントは、視線を下に落とす。そして、握り拳を作った。
「分かりました」
ロレントは歯軋りしてしまいそうなほどに、自分にとって屈辱的な言葉を口にした。そして彼は「依頼主」であるカミュエを睨む。しかし彼の視線はうわの空で、ロレントのことは眼中にない。そのことが余計に彼の怒りを沸騰させた。
「それでいい。会議は終了だな」
会議の中心役だった初老の男性は手短に言うと、彼のホログラム映像は停止した。
「ブフェーラの教練、期待させてもらうわ」
その次にロレントが「クソババア」と心の中で罵った女性が、何か妖艶な目つきでこちら見る。直後、その映像も消えてしまう。そして会議室に残ったのは、ロレントとカミュエだけだった。
「あまり乗る気ではないように見えますが」
カミュエは視線を床に落としながら、呟いた。彼から話しかけてきたことにロレントは警戒心を抱くが、それよりも先に彼によって浴びせられた「屈辱」の方が勝ってしまった。
「ええ、もちろんです」
喧嘩腰とは言わないが不快感たっぷりの口調で、ロレントは即答する。
「エーヌは落ち着きを取り戻しました。そして、クレスト社に留まると彼女が表明した以上、我々はそれを断ることはできません」
「だから私は腑に落ちないし、彼女の面倒を見る義理は無い」
エーヌの保護及び訓練。それがロレントに課せられた「仕事」だった。クレスト社――厳密には同社のバイオテクノロジー部門が依頼主であり、ロレントはその理不尽な要求を退けようとしたが、論破され今に至る。
「まぁまぁ、ロレント隊長。話は決まったことですしね。ああ、それと先程の戦闘についてですが、少し気になることがございまして――」
「時間がないので今日はこの辺で失礼させてもらう。次にお会いするときはカフェでゆっくりとお話でも」
手っ取り早くこの場から去るための言葉を、ロレントは淡々と言った。もちろん、カフェで雑談を交わすことなど毛頭ない。
カミュエはそれを承知したのか、お辞儀をする。それと同時にロレントはホログラム通信を止めようとした。
「ロレント・スティール、でしたよね。もしかして、あのピーター・スティール博士のご子息でしょうか」
ピーター・スティール。
遺伝子学者。
ロレント・スティールの父。
十年前の小規模な紛争に巻き込まれ、行方不明。
カミュエの言葉に足が止まった。いや、止まらされた。父の名前が、彼の口から出ることを思いもしなかった。ロレントは平静を装って、彼の方へ身体を向けた。
「もしそうだとしたら」
ロレントは質問に的確な答えを出さず、逆にカミュエに問いかけた。
「ぜひ氏とお話してみたいものです。あの人の論文や研究は、我々の分野でも参考とする点も多いですからね」
カミュエはそう答えて、薄ら笑いを浮かべる。その表情は至極、不気味なものだった。
「それでは、エーヌについては頼みました。いい結果を期待しています。ああ、それとエーヌと顔合わせした方がいいですよ。明日の午後十四時に、彼女とACの同調テストをA3区画で行いますから是非」
カミュエはそう言いながら、彼のホログラム映像が途切れた。ホスト権がロレントに移行されると、自分一人しか居ないセクションからログアウトする。
会議が終了したことによって部屋が一瞬にして明るくなった。ホログラム通信用のカメラを保護するために、一面がガラス張りとなった会議室がロレントの眼前に広がる。
「くそったれが」
溜まりに溜まったストレスを少しでも発散するために、ロレントは相手も居ないのに罵った。
「これより、テストを開始する。エーヌ、まずはキャノンウェポンの動作チェックからです」
ビルの二階分ほどの高さがある、ガラス張りされた室内。カミュエは、白衣の袖にクリップされたヘッドセットに向けて、実験の開始をアナウンスする。
そしてロレントは、カミュエの隣で、強化ガラス越しにこれからテストを始める二脚型ACを見ていた。
場所、A3区画。AC動作チェック用ルーム。
「いやはや、ロレント隊長とこうしてお話できるとは夢のようです」
カミュエは甲高い笑い声を上げながら、手を叩く。ロレントはそれを少し怪訝な顔で見ながら、咳払いをした。その間に、エーヌのACは背部に装着されたチェーンガンを起動。折り畳まれた砲身が展開し、前方へと突き出される。
そして、トリガーを引いたのかチェーンガンは駆動音を立てて、空撃ちをする。
強化人間の特性――AC用キャノンウェポンの発射制限穏和。
「次にレーダーチェックだ」
満足げな表情を浮かべたカミュエは、別の場所でエーヌをチェックしている職員にヘッドセットで指示を送る。それが終わると、今度は気味が悪い笑みを浮かべながら、ロレントの方へ顔を向けた。
「素晴らしいとは思いませんか、ロレント隊長。ACの性能を極限にまで高める、強化人間というものは。まぁ、ピーター博士のご子息でしたら、言わずもがなですよね」
カミュエは眼鏡のブリッジを人差し指で押し上げながら、ロレントに話しかける。
「随分と、博士のことを知っているようで」
物々しい雰囲気を出しているロレントに、カミュエは臆することもせずに腕を組む。
「ええ、昨日話したとおりです。私は、貴方の父――ピーター・スティール博士を尊敬しているのです」
尊敬。
その言葉に、ロレントはとてつもない不快感に襲われた。家族を見捨た父を、ロレントは尊敬できるはずがない。
そんな彼の心境なぞお構いなしに、カミュエは言葉を続けた。
「ピーター博士の論文は素晴らしかった。『大破壊』は言わずもがな、『レイヤード紛争』では完全に失われた技術となった強化人間技術を研究し、再構築し、実用化に耐えうるモノへと昇華させた。しかし、それは時流に乗ることは出来なかった」
彼はそれがダミーであることを証明するために、指先でそれを縦に割った。
「話が見えてこない。本題を話せ」
逸る気持ちを抑えて、ロレントはカミュエを睨む。
「私はあのエーヌを使って、強化人間技術を復活させたいのです。ピーター博士を越えるためにね」
決意を固めたカミュエの言葉に、ロレントは思わず大声で笑った。彼の笑い声が、室内に響く。
「見物だなカミュエ。ここの施設が、エーヌによって破壊されることがないようにしてもらいたいものだな」
「ご心配には及びませんよ、ロレント隊長。我々はキサラギ社とは違う。彼らの技術力は素晴らしいものですが如何せん、人の扱いに長けていない」
カミュエはロレントの嘲笑に気分を害することがなく、一歩二歩と後ろに下がった。」 そして左右に二歩三歩と歩いて、踵を返し、また二歩三歩と繰り返しながら、同じ場所をカミュエはうろつく。まるで時計の振り子のように、一定のリズムを刻んでいた。
「強化人間など必要ない。リスクが高いだけだ」
ロレントの反論に、カミュエは足の動きを止めた。彼の行動にロレントは動じることなく、次の言葉を待つ。
「それでしたら、ロレント隊長」
振り子のようにカミュエは再び歩き出した。
「なぜ貴方はエーヌを生け捕りにしたのですか」
カミュエの一言は、まるで研ぎ澄まされたナイフのようにロレントの心を突き刺した。なぜ、エーヌを生け捕りにしたのか。強化人間という貴重な資源の確保。追加報酬への期待。もしくは――。
「さあ。狙撃が外れてしまったのだろう」
「――全行程の同調チェック完了。パイロットは速やかにACから降下せよ」
カミュエと話している間に、いつの間にかエーヌのテストが終了していた。実験を終えたACは外部装置により、機体が動けないようにロックが掛けられる。
同時に、ACのコアブロックの背面が大きく後ろへスライドされ、そこから一人の少女が、ヘルメットを脱ぎながらコクピットから姿を現す。
腰まで届く金髪のロングヘヤ。まだ幼い顔立ちをしているが、その眼や表情から生気が感じられない。
彼女はこちらに気付いたのか、ロレントと視線が合う。
その瞬間、エーヌは涙を流していた。すぐに自分が涙を流していることに気付いた彼女は、手の甲を使って拭う。
踵を返すと、AC用降下ワイヤーを使って、彼女は降りる。
「ピーター博士の論文によると、白昼夢というものですな」
デバイスに接続された強化人間は一時的にACと同一化することによって、不可解な意識障害を引き起こす。
特に白昼夢と呼ばれる現象は、人工的に生産された――
「眉唾話だ、馬鹿馬鹿しい」
ロレントは舌打ち交じりに吐き捨てると、部屋の出口に向かって歩き出した。
「ああ、ロレント隊長。明日の作戦は、エーヌにとって良いサンプルが出来るようにお願いしますよ」
カミュエの甲高い笑い声が部屋に響いた。