「作戦区域は、視界が極めて悪い密林地帯だ。肉眼による視認が難しければ、レーダーに気を配れ」
クレスト社が保有する領地と、ミラージュ社が保有領地の境界線――五十六度線と呼ばれる熱帯雨林。お互いに領地圏を巡る戦いは熾烈を極めている。
五十六度線――各軍事施設とのアクセスは良好。
化石燃料の採掘施設もあり、クレスト、ミラージュの両社はこの一帯の確保及び領土の拡大を狙っている。
この一帯に関する情報をロレントは見ながら、彼を乗せたACは輸送トラックで運ばれていた。
五十六度線内での交戦は「休戦協定」が成立しており、一切認められていない。表面上は、この領地を巡る戦闘は一度も起こっていない。
だが、こうして「誰にも語られることがなく」、戦闘が行われている。
「ミラージュ社の特殊工作部隊は、クレスト社の境界線を八〇〇〇メートル乗り越えた先のパイプラインを破壊するらしい。このパイプラインを破壊されると、近隣軍事基地の電力供給が二十パーセントもカットされる」
輸送車両が目的地に到達したのか、動きが止まった。その後、操縦手から機体に拘留されているハンガーフックを解除するという通信が入る。
「二機一組のフォーメーションで、工作部隊を迎え撃つ。敵部隊の報告を怠るな」
「了解」
別地点で散らばったブフェーラの面々から返事が返ってくる。同時に、ロレントのAC「アトーンメント」の機体に拘留されていたハンガーフックが解除された。
右武装、三点バースト式ライフル。左武装、実体シールド。
背部兵装、六連装ミサイルランチャー及び長距離偵察用レーダー。
エクステンション、連動式ミサイルランチャー。
アトーンメントは、ゆっくりと輸送トラックの荷台から降りる。
そこからやや遅れて、同じ荷台に搭載されていた四脚型ACも降りた。
ロレントはそれをサブモニターで見つつ、四脚ACに搭乗しているエーヌとの個人通信のチャンネルを作成し、送信した。
「聞こえるか」
「何でしょうか」
エーヌからの返事。まだ年端の行かない声色だが、口調こそは大人びている。
「分かっていると思うが、私はお前のサポート役に徹する。思う存分、敵部隊を叩け。その方が手っ取り早くデータの収集が捗るからな」
「了解。では、その様に動きます」
淡々とした口調で返事をしたエーヌ。彼女のACは、重武装を施した四脚ACだけあって火力は、アトーンメントの倍以上だった。
通常の腕部の代わりに、リニア弾を発射する武器一体型のウェポンアームを搭載。
背部兵装にはチェーンガンとグレネードランチャー。エクステンションには、チャフと呼ばれるミサイルの誘導装置に異常を来たす防衛装置が装備されていた。
「こちら、ブラディ。アルファポイントに敵部隊を確認。ECM搭載型の、エグゾセが四機」
別方面でカーロラとペアを組んでいたブラディから通信が入った。ここ一帯の動体反応を感知できる長距離偵察用のレーダーを搭載しているアトーンメントだったが、ロレントがモニターを確認する限りでは、敵の反応は感知されない。
「想定内だな」
ロレントは報告を聞いて、本作戦のバックアップを務める統括オペレーターとの通信チャンネルを開く。
「敵部隊を確認した。カウンターECMの起動を頼む」
「了解――カウンターECMの起動を確認しました」
統括オペレーターからの通信と同時に、地中に埋め込まれたカウンターECM装置が作動。それは、一瞬のうちにECMを装備していた敵部隊の動体反応を丸裸にした。
「各機、敵部隊を確認次第、随時交戦しろ。この第一次ラインを敵を突破させなければ、ボーナスが出るぞ」
作戦概要――第一次ライン、ブフェーラ。
第二次、三次ラインにはクレスト社正規AC部隊が待機。
ロレントは部隊を鼓舞すると、前方に敵部隊が感知された。
「敵部隊を確認、カイノス/EO2が三機」
事前に察知していたエーヌからの通信。
ロレントは背後を見せているエーヌのACが射線に被らないように位置をずらしながら、敵部隊を確認する。
ミサイルの発射音。
生い茂った木々をなぎ倒しながら、エーヌに向かうミサイルだったが、彼女はチャフを起動する。
機体の周囲に、アルミ箔やプラスチック状のフィルムが散布された。すると、向かってきたミサイルが見えない壁に阻まれたかのように進路を変更し、でたらめな方向へと逸れた。
二機のカイノスはエーヌがチャフを持っていることに気付き、レーザーライフルによる射撃を。もう一機はロレントの方へと向かい、牽制がてらにミサイルを発射。
距離、約七〇〇メートル。機体の視認、視界不良のため不可能。
迫りくるミサイルに対し、アトーンメントのコアには対ミサイル用の自動迎撃装置が装着されており、それらを撃ち落とす。しかし、間髪を入れずに別のミサイルが襲い掛かる。
「手練れだな」
ロレントは敵部隊を評価すると、ミサイルを引き付けるようにアトーンメントを後退させた。自動迎撃装置はアテにできない。
だとすれば、ライフルで撃ち落とす。
最大出力でブースターを駆動させ、後退するアトーンメントは馬鹿正直に正面へと向かい合ったミサイルの弾頭にアサルトライフルによるバースト射撃を開始。
三連射された砲弾は、ミサイルの弾頭に直撃し、爆発。それを数回繰り返し、向かってきた全てのミサイルをロレントは撃ち落とす。
正面に、撃ち落としたことによって黒煙が視界を遮る。すると、カイノスが黒煙を切り裂くように突貫してきた。
至近距離の間合い。
しかし、ロレントはその動きをレーダーで感知している。
後退を続けながら、向かってくるカイノスをライフルで迎え撃とした。しかしカイノスは予想をしていたのか、右手のレーザーライフルを捨てて、背部に装着していたエネルギーシールドへと持ち替える。
コアを狙った砲撃は、上半身を守るようにして展開されたエネルギーシールドの障壁によって無力化。
だが、アトーンメントには機動力がある。
ロレントはカイノスとの距離を大きく引き離して、エネルギーシールドでは庇いきれない箇所を狙い撃とうとした。
しかし、カイノスの左肩部に埋め込まれたミサイルポッドから、五基のミサイルが射出。
「防御をしながら、捉えていたか」
ロレントは舌打ちをしながら、狙い撃ちをするために攻撃を中断していた判断を悔やむ。アトーンメントはOBを駆動し、ミサイルを引き剥がそうとした。
砲声。
ロレントとカイノスの間を裂くように、真紅に輝く砲弾が割って入った。それらはカイノスから発射されたミサイルを全て撃ち落とす。直後、先程の砲声とは桁違いの轟音が鳴り響くと同時に、カイノスの上半身がひしゃげた。
ロレントはその瞬間を、肉眼で捉えていた。
リニアガンから射出された、榴弾はカイノスの右肩部を完全に破壊し、搭乗者を押し潰す形で胴体を歪ませた。
それでも飽き足らず、もう一発の榴弾がほぼ起動停止したカイノスの胴体を貫いた。
その一撃がトドメとなったのか、カイノスは自壊し、内側から爆発。衝撃から回避するために、ロレントはアトーンメントを可能な限り後退させた。
「交戦していたカイノス二機は既に撃破。次の指示を頼みます」
エーヌからの通信。ロレントが言うよりも早く、彼女は交戦していたカイノスとの結果を伝えた。見抜かれていたかのような、エーヌの言葉にロレントは苛立ちを覚える。
しかし、自分で対処できる戦闘とはいえ、こうしてエーヌのサポートありきで素早く終わってしまった結果、ロレントは我慢する。
「オペレーター、状況はどうなっている」
「第一波の敵反応、全て消滅。第一次防衛ラインで食い止めています。カウンターECMは正常に動作中」
統括オペレーターからの報告を聞いて、ロレントはブフェーラのメンバーに通信を開く。
「第一波の壊滅を確認。各員、所定の位置に戻り、警戒警備だ。損害状況を報告しろ」
ロレントの言葉に、各部隊から一斉に状況が入ってくる。が、その殆どが無傷であり、戦闘が続行できないあるいは、援護が必要という事態に陥っていなかった。
「元の位置へ戻るぞ、エーヌ」
ロレントは、アトーンメントの眼前で停止しているエーヌのACに向けて、言った直後だった。
「緊急通信、敵熱源反応多数を確認。数、三十です」
切羽詰った声で、統括オペレーターからの通信が入る。ロレントはすぐにレーダーを確認すると、ゆっくりとこちらに向かっていく熱源反応がレーダーを埋め尽くす勢いで迫っていた。
距離、約一〇〇〇メートル。ロックオン可能。
視界不良のため、敵機影の確認は五十メートル圏内ではないと不可。
「各機、砲撃戦開始だ。なんとしてでも、数を減らせ」
ロレントの怒号を皮切りに、至る所に群生した木々をなぎ倒す砲弾が放たれた。それらの多くは、接近してくる熱源反応を消滅させる。
違和感。
ロレントはロックオンされたそれらを破壊しながら、妙な違和感を覚えていた。
手応えがない、それに動きも一定のリズムで進んでいる。
彼は、そう感じていた。
「ただの囮」
エーヌからの通信によって、予感から確信へとロレントの考えが変わった。
「各機、砲撃の手を緩めるな。レーダーを持っているACは、敵の動きに気を配れ。囮の可能性が出てきたぞ」
味方へ指示を送るロレントに続いて、統括オペレーターも敵部隊の動きにようやく気付く。
「熱源反応の行動パターン、キサラギ社製AC用パーツの移動型ダミーメイカーと断定。AC部隊、来ます」
「本命のAC部隊だ。各機、注視しろ」
その時だった。
暗がりに、真紅の光が揺ら揺らと動いているのを、ロレントはモニター越しに確認した。彼はレーダーと照らし合わせ、こちらに向かっているダミーメイカーの周囲で動いている反応だということに気付いた。
アトーンメントは武装をアサルトライフルから、ミサイルランチャーへ切り替える。そして、ノイズの中に雑じった敵ACをロックオンした。
それに気づいたACは、慌てて後退しようとする。しかし、その動きはダミーメイカーの動きとはかけ離れている。
エーヌは捕捉していた。彼女のACは背部兵装のチェーンガンからおびただしい量の砲弾を敵ACに浴びせた。
暗闇に、真紅の砲弾が木々を切り裂き、周囲に展開していたダミーメイカーを粉砕し、後退した敵ACの装甲にダメージを与えた。
敵AC、重量二脚。
エクステンションのエネルギーシールドを起動。
ロレントはモニターの部分をズームアップさせ、チェーンガンによる飽和射撃にたまらず、エネルギーシールドを起動させた敵ACを視認。
黄緑色に光る光の障壁が、両肩から発せられている。それは、ロレントにとってちょうどいい「的」だった。
アトーンメントのFCSは敵ACをロックオンしており、六基のミサイルが発射準備を完了したことを知らせるアラームを鳴らした。
ロレントはすぐにトリガーを引く。
六基のミサイルがランチャーから射出され、それと連動したエクステンションのミサイルランチャーから四基、合計十基のミサイルが放たれた。
それらは、暗闇の中へと姿を消した敵ACを執拗に追いかけ、数秒後には爆発と轟音が同時に発生し、一つの熱源反応が消失した。
ロレントは一息をついて、状況を確かめる。
無線通信から、AC部隊と交戦していることが次々と入ってきた。しかし、こちらが浮き足を立っていないことに気付く。
「各機、落ち着いて対処しろ」
ロレントはブフェーラに指示を出しながら、レーダーに未だ残っているダミーメイカーと、その中に隠れていると思われる敵ACの動きを探し出す。
ノイズに隠れている、本命を――。
「危険です」
エーヌからの通信。それと同時に、ロレントは機体を転回させ、左腕部に装備されていた実体シールドを構えた。
振り返った矢先、紫色に輝くレーザーブレードの一閃。
それは、何重にも装甲を重ねた実体シールドを容易く溶解し、左腕部を叩き切った。ロレントは舌打ち交じりに後退。
モニターには、軽量二脚ACがブースターを吹かしながら、距離を置こうとしている姿を捉えていた。頭部に埋め込まれたモノアイカメラから、黄緑色の光が発している。
軽量二脚AC、レーザーブレード型のウェポンアームを装備。
背部兵装に単発式ミサイルランチャーを一つ装着。
エクステンションにはレーダー及びFCSのロックオン機能に障害を発生させる、ステルス発生装置を装備。
敵ACは両肩部に装着されたステルス発生装置を起動しており、装置から紫色のチャフが散布される。
FCSには眼前に居る敵ACがロックオンされていない。代わりに、カウンターECMのおかげでレーダーには敵ACの反応が表示されていた。
「援護します」
チェーンガンの砲声と同時に、エーヌが援護を行う。それよりも早く、敵ACは回避行動へ。ロレントも距離を離し、レーダーを注視する。
「敵AC、ステルス装置を装備した近接格闘型だ」
高出力のブースターを搭載しているのか、エーヌの射撃に対して被弾することなく、木々の中へと姿を消した敵ACにロレントは舌打ちをする。
エーヌのACは敵ACを捉えたのか、追従した。
「了解、すぐに仕留めます」
「速度を落とせ、こっちがサポートできない」
破壊された左腕部のダメージコントロールを行いつつ、アトーンメントはエーヌのACを追いかける。ロレントの通信を聞いたのか、彼女ACは速度を落とした。
「恐らく、あいつがこのAC部隊のエース」
近接格闘戦でのスキル、そして機動力を活かした引き際。ロレントは、このACさえ落とせば、戦況は大きくこちらに傾くと確信した。
「くっ、速い」
エーヌの愚痴が、無線機から聞こえる。彼女のACは牽制がてらに、チェーンガンによる射撃を開始。レーダー上、約八〇〇メートル先まで距離を離した敵ACに砲弾が襲い掛かる。
敵ACは、急速加速――オーバード・ブースト――による回避行動を選択。レーダーに映されている熱源反応との距離がみるみる離されていく。このままキロ単位まで距離が開けられると、追撃が難しくなる。
ロレントがそう思った瞬間、敵ACはOBを停止させ、通常のブースター移動を行いながら、大きく左方向へ弧を描くように旋回。
エーヌはそれを追いかけるように、チェーンガンによる射撃を止めない。ロレントもまた、FCSにロックオンが可能になった敵ACを捉え、ミサイルによる攻撃を仕掛けようとした。
エーヌとロレントの側面まで移動した敵ACは、ステルスを起動。チェーンガンはともかく、ロックオンが必要なミサイルのシーカーが目標を失い、ロレントはすぐにアサルトライフルによる目視射撃を開始した。
二機のACによる射撃の最中、敵ACは再度、OBを起動。側面から抉るように、ロレントたちへと突貫してきた。
ロレントはそれに対して、目視射撃を継続。しかし、ロックオンができないおかげで、アトーンメントからの射撃は回避。
更に、エーヌの方もいきなり突貫してきた敵ACに対処できず、チェーンガンによる迎撃が遅れた。
一瞬の間に距離を離し、一瞬の間に距離を詰める。
敵ACの狙いは、エーヌ。
彼女の眼前に、両腕部から紫色に輝くレーザーブレードの刀身を携えた敵ACが肉薄。近距離から放たれるチェーンガンの砲弾は、ことごとく回避されていた。
「危険だ、エーヌ」
エーヌとの距離、約二〇〇メートル。
敵ACとエーヌとの距離、約二〇メートル。
ロレントはエーヌに近づいた敵ACに射撃を加えようとするが、躊躇ってしまう。あまりにもエーヌと敵ACの距離が近づきすぎているため、誤射の危険性が出ていた。
そのことを踏まえた上での、接近。
敵ACはブースターによる加速を得ながら、エーヌのAC――コアブロックにめがけて――に突きを繰り出す。
エーヌも敵が格闘戦を仕掛けてくるのを分かっていたのか、繰り出される突きよりも早く、後退。しかし、重武装を施した四脚ACのため、圧倒的速度で繰り出されるレーザーブレードの一撃を完全には回避できなかった。
腰部のジョイントに、レーザーブレードの刀身が浅いではあるものの、突き刺さった。更にもう一撃、残った片方のレーザーブレードがコアブロックに向かった。
エーヌのACは先程の損傷で、機体制御に影響が出ている。まず、避けきれない。
「衝撃に備えろ」
ロレントの怒号。誤射の可能性は無視し、彼は照準ガイドによる目視射撃で、今まさにエーヌのACに一撃を加えようとする敵ACにトリガーを引こうとした。
「援護します、隊長」
トリガーに指がかかり、引こうとする寸前にエンテからの通信が入った。
直後、横槍を入れる形で赤白く輝く一筋の閃光が、敵ACの背中に直撃。その一撃は、機動力を確保するために軽量化を施した敵ACを破壊するのに充分すぎるほどだった。
エーヌは一瞬の隙を見て、ブースターを最大出力にし、後退。数秒後、ジェネレーターにまで被害が広がった敵ACは爆発、その残骸を周囲に巻き散らかした。
「AC撃破、周辺に熱源反応は無しです」
右手首に二本のレールが敷かれたプラズマガンを装着した、重量逆関節ACが破壊された敵ACに近づく。それは、エンテのACだった。
「助かったぞ、エンテ。あいつはエースパイロット、大金星だ」
ロレントはエンテの援護に感謝しながら、深手を負ったエーヌのACへ近づく。
「被害状況を伝えろ」
「腰部に約六十パーセントのダメージ。エネルギー供給は安定していますが、脚部の負担は大きく――戦闘続行は不可能」
納得がいかない、という風に聞こえるエーヌの通信を聞いて、ロレントは統括オペレーターとの交信を行う。
「戦況はどうなっている」
「先程の軽量型ACを撃破により、敵AC部隊は撤退を開始しました」
ロレントの勘は当たっていた。頭さえ削ぎ落とせば、この手の部隊は撤退をする。
「了解だ。知っていると思うが、エーヌの機体が損傷した。作戦続行不可能のため、彼女の機体だけでも回収してくれ」
「分かりました。すぐに回収部隊を派遣させますので、当該機を第二次防衛ラインまで護衛を。ブフェーラはそのまま、第一次防衛ラインで待機。三十分後に第二次防衛ラインの部隊と交代をさせる予定です」
それを聞いたロレントは統括オペレーターとの通信を終了させ、ブフェーラのメンバーとの通信を開いた。
「敵AC部隊は撤退している模様。各機、深追いをせず、そのまま待機。三十分後に、第二次防衛部隊と配置を切り替える。それまでの辛抱だ」
ロレントからの通信に、ブフェーラの面々から一斉に返事が返ってきた。
「エンテ、私はエーヌを回収地点までエスコートする。それまでは、お前が部隊を指揮しろ」
「了解です。では、その様に」
エンテはそう言うと、彼のACはロレントとエーヌが居た場所へ向かっていく。それを見届けたロレントは、どことなく意気消沈とした雰囲気を漂わせる、エーヌのACへ機体を向けた。
「回収部隊にお前を拾わせる、付いて来い――あまり気を負うな。お前は、よく働いた」
ロレントはなぜか、柄でもないことを言ってしまった。思わず彼は両手で顔を覆い隠したくなるが、それを我慢する。
一方で、エーヌからの返事は来ない。いっそうのこと、聞かれてなかったとロレントは期待してしまう。
「――ありがとうございます」
聞かれていた。
ロレントはしかっめ面を浮かべてしまった。
作戦、成功。第二次防衛ラインに敵が突破されなかったため、追加の支給が発生。
エーヌのデータも収集完了。さらなるフィードバックのため、彼女と継続して依頼を受けるように――カミュエ・バジル。
ロレントは数分ほど前に目を通した電子メールの内容を思い返しながら、騒々しい空気を充満させているACガレージを歩いていた。
両脇には多数のACが直立状態のまま、メカニックマンによって整備されている。その中には、ブフェーラのACも見えた。
ひたすら前へ進むロレント。そして、ガレージの隅、破損された腰部パーツの取り換えを行っているエーヌのACへたどり着いた。
ロレントは周囲を見渡し、ようやく探していた人物――エーヌを見つけた。この手の「人物」というのは基本、カミュエのような研究員に四六時中拘束されていると思っていたが、そうでもないらしいとロレントは思う。
エーヌは、整備されている自身のACの脇へ無造作に置かれたコンテナを背に、床へ腰を下ろしている。彼女は戦闘の疲れか、汗をかきながら深呼吸を行っていた。
「探したぞ」
ロレントはエーヌの前へ来ると、言われた本人はなぜ自分を探しに来たのかと思っているのか、戸惑ってしまう。そんな彼女の心境を察してか、ロレントはため息交じりに口を開いた。
「次の任務が控えている。明朝五時に第二作戦会議室へ来い。」
カミュエに会って伝えるよりか、本人に直接伝えた方がいいとロレントは思っていた。だから、こうして出向いた。
ロレントはそれだけを告げて帰るかと思いきや、道中で購入していたペットボトルに入った飲料水をエーヌに差し出しながら、彼女の隣へ腰を下ろす。
「任務ご苦労だった。明日も早い、ゆっくり休め」
その言葉に、一瞬きょとんとするエーヌだったが、すぐにペットボトルをロレントから受け取った。
無理もない。ロレントから見ても、疲労がかなり溜まっていると分かってしまう。
「ありがとうございます、ロレントさん」
やや不器用な笑みを浮かべるエーヌを見て、ロレントはなぜか「懐かしく」感じた。
どこかで、見たことがあるような、デジャヴのような気分。
「機体の方は大丈夫なのか」
変な気分に陥ったロレントは、後ろで整備されているエーヌのACへ視線を向けた。
先程の戦闘で損傷した腰部は修理ではなく、パーツの取り換えが行われている。その他にも、銃身が溶解するほどの射撃を行ったチェーンガンやウェポンアームであるリニアガンの、オーバーヒートした砲身の交換などが急ピッチで進められていた。
半日も経たないうちに、出撃の予定が立っているから無理はない。無論、総勢十五機のACを保有するブフェーラも同じだった。
「はい。パーツさえ取り換えれば、私の『身体』に合わせます。設定自体は一人で出来ますので」
エーヌはそこまで言うと、面食らった表情を浮かべた。もちろん、ロレントも彼女の口が滑ったのを分かっていた。
「気にするな。それより、疲れているんだろ。冷えてるうちに飲め」
ロレントはそう言うと、手渡した飲料水を飲むようにエーヌへ促した。彼女は言われるがまま、ペットボトルの蓋を開けて、飲料水を飲んだ。よっぽど渇いていたのか、しばらく彼女は喉を鳴らすように飲む。
そんな彼女を見て、ロレントは先程の言葉を頭の中で復唱させた。
(私の身体に合わせます)
電子コネクタによる、ACへのダイレクトな接続。
コンソール及びAIによる、経由的な操作を必要としない。
「なぜあのとき、お前は涙を流していたんだ」
ロレントの言葉に、飲料水を飲んでいるエーヌの動きが止まった。ロレント自身、なぜ昨日の出来事をエーヌに問いただしたのか、自分でも分からなかった。
彼女はペットボトルの蓋を閉めて、視線を床に落とす。ロレントの言葉を何度も頭の中で復唱しているかのような、そんな表情を浮かべた。
「夢、を見ていたのです。女性の人で、どこかに会ったかのような――」
エーヌが言葉を続けようとしたとき、ロレントは咳払いをしてそれを中断させた。
「そうか。変な質問をしてすまない。用件が済んだので、私は戻るぞ」
「あ、あの――ロレントさん、ありがとうございます」
踵を返して、ACガレージを後にしようとするロレントをエーヌは引き留めた。彼女はまだ半分以上残っているペットボトルを持ったまま、お礼を言う。
ロレントは一瞬だけ顔を振り向けたが、すぐに戻した。
「さん付けはやめろ。隊長でいい」
それだけを言うと、彼は足早にその場から立ち去ろうとする。しかし、彼の前を白衣を着たカミュエが不気味な笑みを浮かべて、立っていた。
「探しましたよ、エーヌ。それに、ロレント隊長も」
コツコツと革靴の底を鳴らしながら、カミュエはロレントの前へと近づいた。
「緊急の案件が入りました。エーヌの交戦データ収集は中断し、彼女を前線基地『オーロラ』への移送をします。もちろん、貴方のブフェーラを使わせていただきますよ」
「駄賃代はそちらの研究機関が出してくれるのであれば。もちろん、それなりに高くはつきますよ」
「ええ、分かっていますよ。明後日、朝の七時半に第三格納庫で三個小隊ほど配備するように。詳しいことは、後で送らせていただきます――エーヌ、機体のチェックはもういいです。私室へ戻りなさい」
何を慌てているのか分からないが、カミュエは早口で伝えたいことを終えるとそのまま早歩きでACガレージから去っていく。
裏をあるのかとロレントが考えようとしたとき、カミュエに急かされたエーヌが脇を通り過ぎる。
通り過ぎた彼女は、飲みかけのペットボトルをロレントに見せて、軽く頭を下げた。そのまま、足早に去っていく。
そのときだった。
携帯していたPDAから、メールの着信を知らせるブザーが鳴った。ロレントはすぐにPDAから送られてきたメールを確かめた。
「差出人:マライヤ 件名:進展アリ 本文:ようやく尻尾を掴んだ、と言いたいがどうやら向こうからコンタクトを取ってきた。嫌な予感がする、気を付けろ」
ロレントは心の奥から渦巻く感情を必死に抑えながら、情報屋マライヤから送られてきたメールの添付ファイルをダウンロードし、場所を確かめた。
ゆったりと流れる川。そして、川辺で作られた波止場をロレントは歩きながら、夕焼けに照らされていた。
「探しましたよ」
波止場の先端で、皺が目立つシャツを着ている男の背中を見て、ロレントは感慨深い口調で呟いた。
クレスト社領ポーライスシティ。
Eランク規模のシティであり、都市を二分割するほどの長さを誇るポーライス川が特徴。
男は煙草を吸っているのか、背中越しに紫煙が漂っている。それを見ながら、ロレントはゆっくりと歩き出す。
「死んだのかと、思いました」
ゆったりとした川の流れを見つめる男の隣に、ロレントは辿りつく。それでも、男は何も言わなかった。
短く切った髪に、無精髭が目立つ顎。冴えない中年の空気を漂わせるこの男は、まぎれもなくピーター・スティール――ロレントの父だった。
「数年間、私は実験協力という名の軟禁をキサラギ社にされていた。紛争のいざこざに巻き込まれて、死亡というデマを流すほどだからな。私は、一度死んだ人間だよ」
「なぜ死んだ人間が、今となってここに居る」
何もかもを犠牲にして、捨てて、去っていったピーターをロレントは許せない。彼は腰に帯びていた拳銃をいつでも抜けるように、わざとちらつかせる。
しかし、ピーターはそれを知ってか知らずか、ただ生気の無い瞳を川に向けていた。
「私は、ある計画を二つ進めていた。一つは『あるACパーツの量産』、もう一つは『チャイルド計画』。お前と、ロゼッタの遺伝子をベースとした、クローン生産計画だ」
ピーターがそのことを言い終えた瞬間、ロレントは彼の胸倉を掴んだ。殺意を含んだ怒気を身体中から発しながら、ロレントは獣のような唸り声をあげて、ピーターを睨む。
それでも、ピーターは言葉を続けた。
「サイレントライン紛争を終結に導いたロゼッタは、ある種の『先天的に戦闘適正に優れた者』の素質があった。私はそれに目をつけ、意図的にそれが作れるかどうかを実験した――が、結果は失敗だった」
実験、失敗、倒れる母、それを上から見下ろす父の冷酷な目。
「それ以上言うな。殺すぞ」
腰のホルスターから拳銃を抜いたロレントは、ピーターのこめかみに銃口を突きつける。それでも、ピーターは言葉を続ける。
「何もかもを失った私は、奔走した。が、キサラギ社に目を付けられ、二つのプロジェクトの着手を命令された。そして私は作り上げたのだよ、ロゼッタやお前の素質を受け継ぐ強化人間のクローンや、技術を」
銃声が鳴った。
空を切った弾丸は何処へと飛んでいく。
トリガーを引く手前で、ピーターのこめかみに突き付けていた銃口は空へ向けられていたからだ。
「チャイルド計画はローコストかつ大量生産が見込めた。そのとき、私は思ったのだよ。もう一つの計画との相乗効果は計り知れないことに」
死の瀬戸際を経験したのに関わらず、ピーターは喋り続ける。
「『人がアーマードコアに合わすのではなく、アーマードコアが人に合わせる』。だから私は、当初は一兵士として使うことを前提としていた、チャイルド計画の路線を変更させた」
ピーターはそう言うと、ズボンのポケットから小さなパーツを取り出し、ロレントに見せた。
「『OP‐INTENSIFIY』。レイヴンであるお前も知っているだろう。かつて管理者の一部だったモノが、私によって量産できるようになったのだよ。私が『これの量産化に成功させたおかげで』、チャイルド計画は素体を用意し続ける、工場になってしまった。その時に気付いたよ、私は命を玩具にしていることに」
「ロレント。お前に頼みがある。エーヌを、あの子たちを、あの忌まわしい計画を、この世から消してほしい」
ピーターが言い終えると同時に、ロレントは彼の顔に向けて拳を繰り出した。
何回も、何回も。執拗に顔を殴った。胸倉を掴み、肩で息をしながら、殴りつける。そして、疲れが出てきたのか、ロレントは鼻血を出しながら、ただ彼の顔を見る父を睨み、拳を止めた。
「貴方は母さんをモルモットにした。貴方はそれを悔やもうとしないおろか、今更になって贖罪をしようとしている」
全身全霊の鉄拳を父の顔に打ち込もうとすると、ピーターは鼻を手の甲で拭いながら、口を開く。
「ロレント、私はもう人の心を失ったのだよ。ロゼッタを失ったあの日から、私は何もかもを失った。でも、私は彼女を見た時に、悟ったのだよ」
父の言葉を聞いて、ロレントは拳を制止した。
彼女。
彼女だけは特別な存在。
ピーターは掴まれていた胸倉をゆっくりと解き、決して離すまいと握りしめていた「OP‐INTENSIFIY」と、ポケットからUSBメモリをロレントに無理やり手渡した。
「明後日、キサラギ社の地下施設にチャイルド計画の研究員、そしてカミュエ・バジルがエーヌを引き換えに密談を交わす。連中と施設を潰せば、何もかもが灰燼に帰す」
ピーターの言葉に、ロレントは噛み締めるように渡された二つの物を握りしめる。
「貴方は、卑怯だ」
ロレントは踵を返すのと同時に、言い放った。
「私は卑怯者だよ、ロレント。全てが終わったら、ここで会おう」