CHILDREN   作:hilite989

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「ATONEMENT」

 場所、キサラギ社領。廃棄地上都市区アサギシティ郊外。

 都市部に多数の防衛砲台並びにMT部隊が展開。地下施設「チャイルド・レコード」へ続くゲートまで五十キロ先。

「未所属の動体反応をポイント2114で確認。既に、防衛部隊が出撃中――壊滅したそうです」

 オペレーターからの報告を聞き、地下施設へ続くゲートの防衛を依頼されていた傭兵部隊の取り纏めである、アレックスは鼻を鳴らす。

 どこぞの企業の差し金なのか知らないが、ここの施設は良く狙われる。無論、襲撃されるほどの施設なのかは、ただの傭兵であるアレックスに知らされることはない。

 現にキサラギ社はこの施設にアレックスを含めて十数人規模のレイヴン及びACパイロットが配備されている。相当な規模のコームが動いているといって過言ではない。

 好奇心がてらに、防衛対象である施設を調べて、翌日には死亡報告が上がった雇われを見ていると、無関心が一番だ。

「敵の規模は」

「AC一機のみです――後続の部隊も壊滅。アレックス以下のレイヴンは至急、チャーリーに急行せよ」

 相当な手練、と言いたいところがMT部隊ではACを相手にするのには分が悪すぎる。アレックスはそう思いながら、オペレーターが指定したポイント――前進する敵ACと鉢合わせするビル群に向けて、傭兵部隊と共に前進。

「敵はAC一機のみだ。先のMT部隊は壊滅したらしいが、よくあることだろう」

 壊滅した速度を考えても、普通ではないACだということが分かる。しかし、怖気づけば、士気の問題もある。

 アレックスは長年、傭兵部隊の隊長としての歳月があるため、よく心得ていた。「臆すれば死ぬ」と。

 こちらの編成は、重量二脚のアレックスのAC「ヘッドバット」以下、軽量二脚、タンク型、四脚、フロート型となっており、火力に関しては問題はない。

 配備されている十五機のうち、五機はアレックスが率いる傭兵部隊。その後の十機はゲート手前に待機している専属レイヴンと、ゲート内で待機しているのが半々。

「アレックス、敵ACを感知した。距離、五〇〇〇。ブースターでの移動を続けている」

 偵察用の長距離レーダーを装備したフロート型ACに搭乗しているモーサンからの通信。

 モーサンは敵の出方を伺うために、アレックスたちよりも先行している。その距離、約一〇〇〇。

「進行方向は分かるか」

「ああ、馬鹿正直にこちらへ向かっている」

「了解だ。モーサンはそのまま、敵の動きを調べろ。すぐに合流する」

 アレックスのAC「ヘッドバット」は、両肩部にデュアル型の垂直落下式ミサイルランチャーを装備。更には、エクステンションに連動型の同じそれを装着しているため、AC一機のみならず二機を鉄塊にできるほどの火力を持っていた。

 もちろん、右手首には高出力のプラズマライフルを装備。左腕部には、携行型のグレネードランチャーを装着。

 他のACも本来は拠点を防衛する立場のため、それなりの火力を装備していた。数的不利と、それに伴う火力面での圧倒的な差。しかし、アレックスにはなぜか悪寒に似た感触が背中に走っていた。

「敵AC、OBを駆動。急接近。正面――いや、高度が上がった」

 そこまでだった。

 モーサンからの通信がノイズとなって返ってきた。それと同じくして、遠方――モーサンのACが居た場所――から爆発が見える。

 嫌な汗が、額や背中などから噴き出る。アレックスは、口元を手の甲で拭うと、モーサンのACが「撃墜」された場所の上空に浮かぶ黒い影を捉えた。

 AIはすぐにそれをズームアップし、モニターに詳細を詳しく映し出した。

 ブースターを器用に使って、上空に佇む中量二脚AC。

 ミラージュ社製の近接戦闘型の頭部に、同じくOBを搭載した巡航型のコア。腕部と脚部はクレスト社製のものを装着しており、非常にバランスが整った構成と言って過言ではない。

 そして、問題は武装だった。

 背部兵装に装備されているチェーンガンと、軽量化されたレーザーキャノンをアレックスは凝視する。

 いくら装甲が薄いフロート型とはいえ、チェーンガンの射撃では一瞬で破壊されるわけがない。かといって、二脚型では、キャノン・ウェポンを使用するためには構え動作が必要。機動力に制限がかかる市街地とはいえ、撃つことが事前から分かっている構え動作を、フロート型のACが直撃するわけがない。

(敵AC、OBを駆動。急接近。正面――いや、高度が上がった)

 モーサンの今際の際の言葉をアレックスは思い出す。すると、モニターに映し出されている敵ACの頭部がこちらを向いた。

 敵の手持ち武装は、ガトリングガンとレーザーブレード。距離は五キロも離れているため、まず射程外。

 そもそも、敵ACの頭部はレーダーが標準搭載されていない。アレックスたちに気付いていることさえ怪しい。

「各機、散開して敵ACを囲め」

 アレックスは指示を出すと、各々のACは複雑に入り込んだ市街地の影へ隠れるように動く。もちろん、アレックスのAC「ヘッドバット」もブースターを起動し、前へ進む。

 そのときだった。

 砲声。

 その音に気付いたアレックスはサブモニターで捕捉されていた、敵ACに視線を送る。

 空中でレーザーキャノンを砲身を前へと突き出した敵AC。その方向から、レーザーキャノンから放たれた一筋の光弾が、先行していた軽量二脚ACに搭乗していたリアンに向かっていった。

 直後、爆発。リアンからの通信及びACの反応消滅。

「くそったれが」

 アレックスは思わず罵声を口にし、ヘッドバットを後退させる。

「全機、後退だ。後退しろ」

 残存している四脚ACとタンク型ACに、アレックスは後退の指示を出す。

「レイヴン、なぜ後退するのですか」

 こちらの動きに気付いたオペレーターから、焦燥の言葉が通信に入ってくる。

 アレックスは無我夢中で後退しながら、敵ACの動きを捉えようとした。しかし、アレックスが後退している間に高度を下げ、恐らく地表に着地したのか、上空には姿が見えない。

「馬鹿野郎、敵ACは強化人間だぞ。どうりで、先遣したMT部隊が一瞬で壊滅したわけだ」

 空中からの、砲撃。あれは、強化人間でなければできない芸当。

 強化人間――ACの性能を極限まで引き出す、特別なレイヴン。

 キャノンの発射制限解除及びジェネレーター、ブースター、レーダーの機能向上。

「ですが、後退をするというのは認められません。敵ACを直ちに迎撃してください」

「黙ってろ。おい、ゲート手前の部隊、至急援護を頼む。こっちは既に二機撃破された。敵は強化人間、強化人間だ。」

 眉唾話だと聞いていたが、まさか強化人間と遭遇するとは思わなかった。

 レイヴンという仕事を十年間続けてきたが、こんなことは一生縁がないとアレックスは思っていた。

「アレックス、どういうことだ。状況が全く理解できないぞ」

 ゲート手前で待機している防衛部隊からの通信。アレックスはそれを聞いて、苛立つ。

「こっちでは対処できないってんだよ――くそっ、また一機やられたか」

 一番遅れを取っていた、ミーシャが搭乗しているタンク型ACからの反応が消失。距離は約二〇〇〇メートル。レーダーがようやく敵ACの反応を捉えた。

 敵ACが一機だけということもあり、散開してしまったことが仇となった。お互いがお互いをカバーできない。

 それに気づいたのか、ムカウの搭乗している四脚ACがアレックスと合流する。

「アレックス、壊滅状態だぞ」

 背部兵装にコンテナミサイルを射出するランチャーを装備したムカウのAC「バーバリアン」は、右手と左手に装備されたマシンガンをがむしゃらに撃つ。砲弾が向かっている方向は、レーダー上に敵ACが感知されている。牽制目的の射撃を、アレックスとムカウは繰り返す。

「ああ、分かってる。ゲート手前まで、残り四キロ。耐えるぞ」

 市街地を抜け、有象無象の道路が整備されているジャンクション地帯へ到達。障害物が一切なく、見晴らしが良い地帯。

「こちらゲート部隊。状況を把握した。敵ACを曳きつけてくれ」

「ゲート部隊隊長、その行動は認められません。アレックスの部隊はただちに前進、敵ACを迎撃――」

「現場の判断が最優先だ。通信終了」

 専属レイヴンの部隊とオペレーターの言い争いが通信に入ってくる。アレックスはこれで首の皮がなんとか一枚繋がったと思いつつ、正面を見る。

 敵AC、正面。距離、約八〇〇メートル。

「きたぞ、ムカウ」

「了解だ」

 市街地を抜けて、こちらを追撃する敵ACの機影が確認。FCSはそれをロックオンし、ヘッドバットの背部兵装である垂直落下式のミサイルランチャーが発射準備を完了する。

 射出。

 垂直方向に発射されたミサイルと、それと連動してエクステンションからも射出。

 合計八基のミサイルは、こちらへと向かっていく敵ACへ振り落されるように誘導。それに気づいた敵ACのエクステンションから、迎撃ミサイルが自動発射された。

 しかし、頭上から降り注がれるミサイルを、水平方から発射された迎撃ミサイルが迎え撃つことはできない。敵ACはOBを駆動。正面から突貫。

 ミサイルを引き剥がすのと、恐らくこの場でアレックスたちを屠ろうとしている。

「今だ、ムカウ。発射しろ」

 アレックスの怒号と同時に、ムカウのACは上空に向けて、コンテナミサイルを発射した。

 コンテナは上空へ向けて発射されると、その中に埋め込まれていた十二基の自動追尾小型ミサイルが、全周囲に向けてばら撒くように射出。

 上空と地上から迫りくるミサイル。

 迎撃ミサイルは、既に垂直落下式ミサイルに反応しているため、再装填中。それが、アレックスの狙いだった。

 敵ACはOBを停止させる。正面から襲い掛かる小型ミサイルを引き離すため、市街地へ戻るようにOBを再駆動させた。

 ヘッドバットとバーバリアンは市街地へと逃げる敵ACを見ながら、後退を続ける。あくまで、味方部隊と合流することが本当の狙い。

 だが、二十基に及ぶミサイル群を相手に、例え強化人間であっても機体の損傷は免れない。

 敵ACの姿が市街地の中へと再び隠れたとき、おびただしい量のミサイルが爆発する轟音と衝撃が鳴り響いた。

「や、やったか」

「余計なことは考えるな。いいから、逃げろ」

 アレックスはムカウに注意をしながら、ひたすら後退をする。

「無事か、アレックス」

 ジャンクションを抜けた、地下へ続くトンネルの手前で展開しているキサラギ社のAC部隊がサブモニターに映し出されると、通信が入る。

「ああ、なんとかな」

 数キロ離れた市街地から、至る所で破壊されたMTやACの黒煙が昇っているのをアレックスは見ながら、深呼吸をした。

「敵AC、キャノンウェポンを装備した中量二脚ACだ。撃破は確認していないが――こっちは三人もやられた」

 ムカウのAC、バーバリアンは正面を見据えながら、警戒警備を続ける。

「了解だ。壱号、参号機は前進しろ」

「いや、その必要はないみたいだな」

 アレックスは舌打ち交じりにそう言うと、レーダーに動体反応が感知された。そして、ジャンクション方面からゆっくりと歩いていくACの姿をモニターが捉える。

「おいおい、マジかよ」

 ムカウもACを捉えたのか、絶句する。それもそのはず、敵ACに目立った損傷は見当たらなかった。つまり、あのミサイルを全て回避または撃墜した。

「臆するな。数的不利は向こうだ。壱号機ならびに参号機、アレックスたちは援護を頼む。いくぞ」

 キサラギ社のACパイロットは仲間を鼓舞しながら、前進。

 しかし、アレックスは萎縮していた。そしてそれがどういう結果を招くのか、悟ってしまった。

 

 

 

「防衛部隊、壊滅。敵、ゲートへ侵入しました」

 アサギシティから地下数百メートル先に建造された極秘施設「チャイルド・レコード」。施設内の防衛を担うコントロールルームで、オペレーターの報告が周囲にざわめきを生んだ。

「チャイルド・レコードへ続く障壁並びに防衛砲台を起動。待機しているAC部隊は、第十四ゲート前へ集合」

 基地の防衛を務める職員が指示を出すが、それを見てカミュエは鼻で笑う。

 先程まで、チャイルド計画に関する会議を進め、突然の襲撃に彼を避難させるためにコントロールルームへ移動させた、キサラギ社の幹部は怪訝な表情を浮かべた。

「何かおかしいことでも、カミュエさん」

「いえいえ。やはりキサラギらしいと思ったまでですよ。後手後手と回るその姿勢を見て、確信しました」

 挑発的な態度を取るカミュエに、キサラギ社の幹部は無言で詰め寄る。しかし、カミュエは飄々とした態度を崩さない。

「『チャイルド』を出撃準備してください。ああ、もちろんここでモニターが出来るようにお願いしますよ」

 突拍子もないことをカミュエが口にした途端、キサラギ社の幹部は彼の両肩を掴んだ。

「我々キサラギ社は、エーヌの交換を条件として、クレスト社並びに貴方が所属する機関にこの計画の参入を認めました。しかし、今の貴方にそこまでの権限を――」

「いいから、チャイルドを配備しろ。間に合わなくなる」

 眼鏡のブリッジを上げながら、まるで脅しをかけるかのように凄みのある声をするカミュエに、幹部は戸惑う。

「敵AC、第二ゲートを突破。防衛砲台も順次、破壊されています。このままでは、十分後にチャイルド・レコードへ到達します」

 現状の報告をオペレーターが告げる。コントロールルームの正面モニターには、下り坂のように地上と施設を繋いでいる、十四層に及ぶ障壁の図が表示されており、現時点で第二障壁までが突破されていた。

「相手の猛攻を見るに、施設内のAC部隊では対処が難しいでしょう」

 現時点での状況を見て、幹部は首を縦に振るしかなかった。

「第十四障壁前へチャイルドを全機配備させろ。動けるチャイルドは何機居るんだ」

 幹部はオペレーターへ怒号にも似た指示を出す。

「現時点で、三機が出撃可能。残りのチャイルドは全てテスト個体のため、戦力になりません」

 オペレーターからの報告を聞いて、幹部はそれでいいと首を縦に振った。

「これでいいのでしょう、カミュエさん。この事は上層部へ報告させていただきますよ」

 締めていたネクタイを正しながら、嫌味っぽく幹部は言う。それを聞いて、カミュエは満足そうに手を叩いた。

「ええ、無事に事が終わったら、何とでも言うがいいでしょう」

 決してこちらの挑発に乗らないカミュエに、幹部はわざとらしく舌打ちをする。同時に、コントロールルームのモニターにACのコクピット視点が小さく表示された。

 カミュエがそれを最大化にしろと言う前に、オペレーターは先に実行をした。

 モニターをされているのは、キサラギ社のAC部隊だった。「第十四障壁」と漢字で書かれた防護壁を二百メートル先で見据えていたまま、両手に装備された対ACライフルを前へと突き出している。

 他にも三機の二脚型ACが左右に展開していた。

 爆発、衝撃。

 封鎖されたゲートの内側から、それらが響く。徐々に近づくにつれて、モニターをされているACのパイロットが深呼吸を何回も繰り返した。

「敵AC、第十四ゲートへ到達――ゲートへアクセス中、二十秒後に解放されます」

 ゆっくりと、蒸気を排出しながらゲートが開く。

「て、敵ACが後退。第十ゲートまで下がりました」

 小さく表示されているゲート内のマップに、敵の反応を示す赤い点が第十ゲートまで一気に後退している。 突然の事態にAC部隊は戸惑う。そして、完全に開かれた第十四ゲートに、置き土産のごとく青い物体が置かれていた。

 それは、無理やり機体から引き剥がした跡が残っている、コンテナミサイルランチャーだった。

「退避、退避しろ」

 モニターされているACパイロットが叫ぶ。同時に、そのコンテナミサイルに向けてゲート方面から砲弾が降り注がれた。

 たんまりと小型ミサイルが詰め込まれた二つのコンテナに砲弾が貫通し、誘爆を引き起こす。

 爆発した瞬間、ノイズがコントロールルームのモニターを覆った。

「爆発の衝撃により、一時的にチャイルド・レコード前のゲートの様子が把握できません。AC部隊、全機反応消失」

「チャイルドの配備はどうなっているのですか」

 頭上から襲い掛かる衝撃に、カミュエは必死に耐えながら、状況を把握しようとする。

「ACとチャイルドの同調作業が完了しておりません」

「そんなことはどうでもいい。AC部隊が壊滅されたのですよ。チャイルドはどこに居ますか」

 オペレーターはコンソールを叩き、チャイルドが出撃準備を行っている第三格納庫を表示し、モニタリングされているチャイルドNo3を映し出した。

 チャイルドNo3の視点は、足元で忙しく動いている整備士たちの頭上を映し出していた。起動準備が終わったのか、チャイルドNo1の中量二脚、チャイルドNo2の重量二脚ACが片膝立ちの状態から立ち上がる。

「作業員へ。同調作業終了せよ。すぐにチャイルドを出撃させてください」

 口早にオペレーターが作業を中断し、残っているチャイルドを起動させるように指示を出す。すぐにチャイルドNo3も起動を開始し、ゆっくりと立ち上がった。

 が、そこまでだった。

 砲声が木霊するのと同時に、チャイルドNo3の前で立ち上がっていたACが横殴りに向かってくる砲弾によって、損傷を受ける。

 整備員や研究員の悲鳴。軽量二脚ACは為す術もなく、擱座。その隣に居た重量二脚ACが持ち前の装甲を活かして、砲弾を弾きながら、右手首に装着されているロケットランチャーを構える。

 もちろん、モニタリングされているチャイルドNo3も応戦しようとし、右手に装備されているレーザーライフルを構えて、視点を右へ向けた。

 だがそれよりも早く、一機のACが重量二脚ACへ肉薄。構えていたロケットランチャーが装備された右腕部ごと、レーザーブレードで叩き切った。

 それでも、重量二脚ACは背部兵装のパルスキャノンへ装備を切り替え、接近した敵AC――レーザーブレードとガトリングガンを装備した中量二脚ACへ砲口を向ける。だが、肉薄した敵ACは無防備なコアブロックに向けて、ガトリングガンの砲口を突きつけ、トリガーを引いた。

 ゼロ距離で発射される砲弾は、重量型の装甲を容易く貫き、搭乗者ごと蜂の巣にした。一瞬の出来事だったが、チャイルドNo3はレーザーライフルのトリガーを引く。

 まず回避できない距離。だが、敵ACはガトリングガンを放棄し、起動停止した重量二脚ACの腰を掴むと、盾代わりにした。

 レーザーライフルから放たれた熱量弾が、身代わりとなった重量二脚ACの穴だらけとなったコアブロックを溶解させた。

 チャイルドNo3は正面では埒が明かないことに気付き、側面から回り込むようにして、敵ACだけを狙おうと動く。無論、敵ACもそれに気づき、盾代わりにしていた重量二脚ACから離れる。

 ガレージ内は狭いといえど、AC二機が充分に動けるスペースをもっていた。しかし、それらが動くたびに大多数の避難が遅れた整備士や研究員が、引き潰される。血肉が飛び散り、ガレージの床をグロテクスな赤黒色へと染め上げた。

 レーザーライフルを装備したチャイルドNo3は近距離戦を行っているのにも関わらず、敵ACを捉えきれない。前後左右へと慌ただしく動く敵ACの軌道は、傍観しているカミュエですら予測ができなかった。

 チャイルドNo3が、ようやく動きを察知できたのか、敵ACが無防備な左脇腹を曝け出した。それに向けて、レーザーライフルの砲口が向けられる。

「これは罠だ」

 舌打ち交じりにカミュエはそう言うと、彼の予想は当たった。敵ACはブレードを起動し、側面でレーザーライフルを狙いすませたチャイルドに当たるはずがないが、左腕部を振る。

 同時に、レーザーブレードから円形状のエネルギー弾が射出。

 チャイルドNo3の構えていたレーザーライフルがそれに直撃し、爆発。直前で手元から離したため、腕部ごと吹き飛ばされることはなかった。それでも、チャイルドNo3に隙が出来たのは言うまでもない。

 レーザーブレードを振った勢いをブースターに乗せて、敵ACはチャイルドNo3と向かい合う。そして間髪を入れずに、左背部に装着されたチェーンガンを起動し、その砲口を向けた。

 砲声、砲声、砲声。

 至近距離からチェーンガンによる砲撃を喰らったチャイルドNo3はゆっくりと後ろへ倒れる。ノイズが走ったモニターには、戦闘によってボロボロになった天井が映し出される。

 そして、ゆっくりとそのモニターに敵ACが見下ろす形で映し出された。チャイルドNo3はそれでも反撃をしようと、ハンドガンが握られた左腕部を上げようとする。無論、それを敵ACが気づかないわけがない。

 機械的な動きでレーザーブレードを横殴りに振り、左腕部を斬り落とす。直後、チェーンガンへ武装を切り替えると同時に、砲弾が無数に発射された。

 オペレーターはチャイルドNo3のモニタリングを終了させた。

「チャイルドNo1、2、3は全滅。現時点で出撃可能なチャイルドは存在しません」

 意気消沈としたオペレーターの声が、静まり返ったコントロールルームに広がった。

「い、いえ。第三格納庫に味方の識別反応――エーヌのAC「サルバシオン」です」

 オペレーターは突然の事態に戸惑う。無論、カミュエも面食らった表情を浮かべた。

「こちら、エーヌ。敵ACと交戦します」

 エーヌからの通信と同時に、オペレーターはエーヌのAC「サルバシオン」とのモニタリングを開始。同調されたそれの画面には、破壊されたACの残骸や点在する「赤い染み」に囲まれている、敵ACの姿が映し出されていた。

 重武装四脚型AC「サルバシオン」。

 リニアガンを搭載したウェポンアームを搭載し、グレネードランチャー及びチェーンガンを装着。

 敵ACとの距離、約二〇〇メートル。

「エーヌ、聞こえるか」

 敵ACから、パイロットの音声が外部出力される。その男の声は、カミュエとエーヌが知っている人物――ロレント・スティールだった。

 そしてカミュエは、なぜこの場にロレントが居るのかと考え、すぐに結論を出した。彼は脱兎のごとく走り出すと、コントロールルームから出る。

 それを見たキサラギ社の幹部は後を追おうと考えるが、この状況下で安全なこのコントロールルームから出るのは自殺行為と考え、カミュエを見放した。

「くそ、くそくそ。合点がいったぞ、ロレント」

 カミュエは最悪の事態を想定し、何とかしてそれを阻止しようと走り出した。彼が向かう場所は――「チャイルド」たちが保管されている場所だった。

 

 

 

「ロ、ロレント隊長」

 眼前で立っている敵AC、それがロレントが操縦している「アトーンメント」だということにエーヌは戸惑いを隠しきれない。

 エーヌはそれでもアトーンメントをFCSでロックオンし、いつでもリニアガンを撃てる状態を保つ。状況がどうであれ、ロレントはこの施設を攻撃してきた「敵対勢力」だからだ。

「エーヌ。お前は、疑問に思わなかったのか」 

 ロレントからの通信。アトーンメントは既に交戦する気配が無いのか、全ての武装をオフラインにしていた。

「なぜ自分が、ACに乗っているのか。それに関して疑問に思ったことはないのか」

 封印された記憶。ブロックワード。

「私とお前が初めて出会ったとき、なぜあの場所に居たんだ」

 廃棄都市区リップルシティ。キサラギ社管轄生体研究所。チャイルドNo44、エーヌ。

「違う、違う。私は、私は――」

 投薬実験並びにAC搭乗時におけるACの動作テスト。

 破壊衝動。

 エーヌのAC、サルバシオンは眼前で立っているアトーンメントに対して、リニアガンを発射。高速で放たれた榴弾に、アトーンメントは察知していたのか、右方向へと回避。それでも、サルバシオンは追撃の手を緩めない。

 旋回するアトーンメントの後を追うように、サルバシオンはチェーンガンによる射撃を開始。空薬莢を周囲に撒き散らしながら、砲弾がアトーンメントを襲う。

 だが、サルバシオンの旋回性能はアトーンメントの機動力に追いつけなかった。既にアトーンメントは第三格納庫から脱出し、そのままAC用にスペースが確保された通路へ出る。

 エーヌはその後を追う。

 OBを駆動したアトーンメントは、サルバシオンとの距離を一気に離す。エーヌは何とか追いつこうとするために、OBを駆動。

「なぜ自分が強化人間であることに疑問を持たないのだ」

 レーダーでアトーンメントの進行方向を確認していると、ロレントからの通信が入ってくる。エーヌはその一言一言に、頭痛が走る。まるで、その言葉が頭を拒絶しているかのような、そんな気分に陥る。

「今からお前に真実を見せる」

 ロレントからの通信。

 区画名「レコード」。最重要機密区。

 アトーンメントが向かった先の場所をAIが音声ガイドで伝える。そして、サルバシオンがその場所にたどり着くと、片膝立ちの状態で起動停止したアトーンメントと、その前で立っているパイロットスーツを着たロレントの姿が見えた。

 レコードに繋がるゲートは、AC用ではなく人が通れるほどの小さなゲートとなっている。

「来い、エーヌ。お前にはそれを知る義務がある」

 外で立っているロレントの声を、AIは拾う。

「何をしているエーヌ。今すぐそいつを殺せ」

 すると無線機から、コントロールルームからの通信が入った。エーヌは無線機を切り、AIにサルバシオンの起動停止及び降下用のワイヤーを出すように命令。

 慣れた動きでエーヌはコクピットから出て、そのままワイヤーを伝って、降下。そのまま、こちらを待っていたロレントの傍へと寄る。

「ロレント隊長、貴方はなぜ――」

 自分でも何をしているのか分からない。だがロレントは何も言わず、パイロットスーツからカードキーを取り出し、それをゲート手前で設置された認証装置に通す。

 重々しい音を鳴らしながら、ゲートが開く。ロレントはそのまま前へと歩き、中へと入った。エーヌも後へついて行った。

 肩を並べて歩けないほどの狭い通路。緊急用のランプによって、周りが赤く染まっている。

「私の父、ピーター・スティールは強化人間技術を研究していた。そしてこの施設は、父の研究のために作られた」

 前へと歩きながら、ロレントは語り出す。

「そして、私は後始末を任された――チャイルド計画の抹消。私はそのために、この基地を襲撃した」

 通路の先、自動ドアを潜ると工場のような風景がエーヌの眼前に広がった。無数のキャットウォークが張り巡らされた場所――そして、その中にカプセル型の物体が所狭しと立ち並んでいた。

「チャイルド計画。強化人間をベースにした、クローニング生産――そして造り出したチャイルドのデータを、『OP‐INTENSIFIY』にコピーする計画だ」

 カプセルの中には、エーヌと年齢が近い男女が浮かんでいる。

 それらは全て強化人間デバイスを埋め込まれた素体であり、素体というデータを経由して、「OP‐INTENSIFIY」は『本来の性能』を発揮する。

「OP‐INTENSIFIYにデータをコピーされたチャイルドは、廃人になる。使い捨ての存在だ」

 それが、チャイルド計画の全容だった。大量生産されたチャイルドをOP‐INTENSIFIYにコピーし、それをACに装着する。

「お前の身体に埋め込まれた、何億コームの結晶がこれだ。そして、『私も君と同じだった』」

 この空間に置かれている全てのカプセルがそうだった。

 チャイルドと呼ばれる、強化人間のクローン。

 父が造り出した、負の遺産。

「そうです、その通りですよ」

 男の声。笑い声が反響し、靴の音が前から聞こえてくる。

「オリジナルを持っていたイレギュラー・レイヴンが行方を眩ました結果、企業は、管理者から押収したOP‐INTENSIFIYの完全な模倣品を作れなかった。しかし、ピーター博士は素晴らしかった。あの未踏査地区紛争を終結に導いたレイヴンであり、自分の妻であったロゼッタの遺伝子をベースとした強化人間を造り、それをOP‐INTENSIFIYにデータという形でコピーした。結果は、成功した」

 声の主はカミュエだった。彼は、左右で置かれているカプセルに入ったチャイルドを見ながら、ロレント立ちに向かって歩き続ける。

「ロレント、お前はチャイルド計画の予期せぬ『成功作』だった。ロゼッタの遺伝子を完全に受け継ぐ、クローン。そして君の身体は、強化人間のデバイスを拒絶した」

 ロレント・スティール。出身地不明。

 該当する遺伝子、ロゼッタ。

 該当しない遺伝子、ピーター・スティール。

「私は資料を見せてもらって、びっくりしたよ。君は母親そっくりの、『驚異的な戦闘能力を先見的に持っている』ということに」

 カミュエはそう言いながら、白衣のポケットから拳銃を取り出し、トリガーへ指をかける。

「ロレント、お前にこの計画は潰させない。ピーター博士の計画を、お前の復讐のためには」

 銃声が三回鳴った。

 ロレントに向けて、拳銃を撃ったカミュエ。

 それよりも早く、カミュエを撃ったエーヌとロレント。

 ロレントに向かった銃弾は、彼の隣に置かれていたカプセルへ命中。ひび割れたそれから、培養液が漏れてしまう。

「私は人形じゃない」

 腹部が血に染まり、膝を突いて倒れるカミュエを見ながら、エーヌは呟く。ロレントは拳銃を握りしめたまま、カミュエの傍へ寄った。

「ただで済むと思うなよ、ロレント。この施設は、クレスト社とキサラギ社の密約が絡んでいる。こんなことをしてみろ、お前は一生お尋ね者だ」

 胃から逆流してきた血を吐きながら、決死の形相でカミュエはロレントを睨む。そんな彼の姿を、ロレントは汚物を見るかのような目で見下ろしていた。

「なんだ、復讐か。自分が実験体にされた腹いせか。そんなことをしても、お前は救われないぞ」

「そんなこと、分かりきっているさ」

 ロレントは中腰の姿勢になって、倒れているカミュエの後頭部に拳銃を突きつけた。そして、トリガーを引く。

 一発、二発、三発。

 立て続けに銃声が鳴り響く。

「ここからはお前の仕事だ、エーヌ」

 カミュエの亡骸から離れて、ロレントはエーヌへ近づく。

「お前の手で、全てを終わらせろ」

 チャイルド及び施設の破壊。

 その言葉を頭の中で繰り返しながら、サルバシオンへ搭乗したエーヌは先程、自分が通った「レコード」へと続くゲートをモニターで見ていた。

 アトーンメントは既に居ない。しかし、ロレントは施設の中枢を担うコントロールルームへ向かっているのがレーダーで把握できた。

 何度も、何度もトリガーを引くの躊躇う。

 ロレント・スティールは自分と同じ、「戦うために造られた人間」。そして彼は、自分と同じ様に造られたチャイルドとその原因を抹消しようとしている。

「私は――私は――人形じゃない」

 エーヌは涙を流しながら叫ぶ。そして、トリガーを引いた。

 リニアガンから発射された榴弾が、ゲートを粉砕。それでも、あの区画を破壊するのには足りなかった。彼女はトリガーを引き続け、ゲートを完全に破壊。

 さらに、巻き込まれないようにサルバシオンは後退すると、グレネードランチャーを構える。

 FCSが照準ガイドを表示させ、前方――破壊されたゲートの向こう側に存在する「チャイルド」に向けられていた。

 エーヌは泣き叫びながら、トリガーを引いた。

 

 

 

 夕焼けに染まる空。至る所で黒煙が昇っているアサギシティに、一機のACが立ち尽くしていた。

 アトーンメント(贖罪)

 ロレントが操縦しているそれは、チャイルド・レコードへと続くゲートの前で待っていた

 そしてタイミングを読んだかのように、一機のACがゲートから出てきた。

 サルバシオン(救済)

 エーヌが操縦する、四脚型ACがゆっくりとその四足を動かしながら、アトーンメントの前へと現れる。

 チャイルド・レコードは、破壊された。先にロレントがコントロールルームを破壊している間に、エーヌがチャイルドを消滅させた。

 その後は、彼女が施設内の全ての区画及び設備を破壊したのは、言わなくても分かる。

 これで全てが終わった。そのはずだった。

 アトーンメントは、レーザーブレードを起動。赤く、そして細長い刀身が形成され、構える。

「すまない。こうするしかなかった」

 ロレントは唇を噛み締めながら、エーヌに謝罪をする。

「チャイルド計画の後始末。その最後の生き残りであるエーヌ、君を殺すことでこれが終わるんだ」

 エーヌからの応答は無い。代わりに、サルバシオンはチェーンガンを構えながら、横へ滑るようにブースターで移動。

 それを追いかけるように、アトーンメントはサルバシオンへ肉薄。コアブロックに目掛けて、レーザーブレードを突き出す。

 見え透いた近接攻撃。

 サルバシオン、ブースターを最大出力にして、後退。アトーンメント、斬撃が届かずに硬直。

 リニアガンもしくはチェーンガンによる砲撃。機体大破。

「これで、いい」

 ロレントは覚悟を決める。自分が死ぬことによって、この因果が終わる。エーヌと自分――チャイルド計画の生き残りである二人。

 しかし、アトーンメントが繰り出したレーザーブレードの突きは、そのままサルバシオンへ突き刺さろうとしていた。

 コクピットモニターにはっきりと、それが映し出される。

「ば、馬鹿な。こんなことが――エーヌ、どういうつもりだ」

 予想もしていなかった事態に、ロレントは取り乱す。だが、もう既に刃はサルバシオンのコアブロック下部へ刺さっていた。

 すぐにアトーンメントは、突きを繰り出した左腕部を引く。ブレードが刺された箇所を計算して、恐らくコクピットには達していない――問題は、ジェネレーターのエネルギー供給コントロールが暴走し、自壊してしまう恐れ。

 サルバシオンの四つ足が、へたり込むように地表へ付く。そのまま、起動停止に陥った。

「エーヌ」

 ロレントは叫びながら、アーントメントはその両手を、サルバシオンの両肩へと掴む。すぐさま彼はヘルメットを脱ぎ捨て、コクピットへと出る。そのまま、渡り橋のようにサルバシオンの両肩を掴んでいるアーントメントの右腕部を橋代わりにして走り出した。

 サルバシオンの頭部の後ろ――緊急時におけるコクピットブロックの解放ができるレバーをロレントは引き上げた。

 彼の真下から蒸気が排出され、スライド形式によってコクピットが解放される。

 うなじの部分に、電子コネクタが装着されたエーヌの頭上。ロレントはサルバシオンとのシステムリンクが遮断されているのを確認し、コネクタを外す。そしてすぐに彼女を引き上げ、抱き抱えながら、携行型の緊急脱出用ワイヤーを使って、地面へと降りる。

 万が一、サルバシオンが爆発することを考慮し、充分に離れた場所でようやくロレントはエーヌの無事を確かめた。

「どういうつもりなんだ、エーヌ」

 エーヌを抱き抱えた状態で、ゆっくりと腰を下ろしたロレントは叫ぶ。エーヌには目立った外傷はないが、彼女の表情はまるで死期を悟ったかのように、儚げなものを浮かべていた。

 電子コネクタによる、ACとの直接的な接続した場合――機体の損傷次第では、電子コネクタ経由で膨大な量のダメージコントロール処理が受信。

 それによる、間接的なパイロットへのダメージは計り知れない。

 あの時の一撃で、エーヌは――。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

「だって、私は最後の生き残りなんですよ。チャイルドNo44、それが私なんです」

「違う。君は生き残るべきだった」

 ロレントは右手でエーヌの左肩を強く握る。

「私だけが生き残るなんて、都合の良い話じゃないですか。まして、ロレントさんが死ぬなんてありえない」

 エーヌが笑いながら、ロレントの言葉を否定する。彼女が言うとおり、チャイルド計画の一人であるエーヌだけが生き残るのは、確かに都合が良い話だった。

 だがロレントは何も言わず、首を横に振る。

 それを見て、エーヌは涙を流し、震える右手を必死に上げながら、ロレントの胸へ当てた。

「分かってます。なんとなく、気づいていたのです。私は――夢であの人が――」

 もういい、とロレントは呟く。

「ロゼッタ。私は、あの人のクローン――ロレントさん、私は救われました。だから、悲しまないで」

 そこまでだった。

 エーヌはゆっくりと瞳を閉じ、必死に力を入れていた右手がまるで糸が切れたマリオネットのように落ちた。それを確かめたロレントは感情を押し殺し、エーヌの身体を地面へと置いた。

 彼女は数千人のチャイルドの中から、ロレント同じ「唯一の成功品」と言われていた。それは、あのロゼッタの遺伝子を引き継ぐ、正真正銘の「チャイルド」だった。

 そして、父から頼まれたのはチャイルド計画の抹消――クローニングされたチャイルドの壊滅、そして唯一の後継者である、エーヌの殺害。

「母さん」

 安らかな顔を浮かべているエーヌの頬を、ロレントは擦る。まだ人としての温もりが、手から感じた。

 

 

 

 一週間後。

 場所、ポーライスシティ郊外。

「終わってしまったか」

 ピーター・スティールは事の一部始終を聞くと、咥えていた煙草を口から離して、人差し指と中指の間で摘む。

 彼の後ろには、ブフェーラの「隊長」を務めるエンテがスーツ姿で立っている。ピーターは波止場の先端で、川の流れを見ながら、もう一度煙草を咥えた。

「チャイルド・レコードを壊滅したロレントはキサラギ、クレスト両社から追われる身に。ですが、クレスト社は居場所を突き止めました。そして、『失態を犯した元隊長の責任』を負わすために、ブフェーラは出撃」

 ロレント・スティール、潜伏先のヒューゴ鉱山でブフェーラと交戦。彼の機体は度重なる連戦で満身創痍であり、為す術もなくブフェーラによって、ACは破壊。現地にて、死亡を確認。

 ピーターは既に知っていた。むしろ、こうなることを予期していた。

「ロレントから、事の結果を伝えるように言われました。私が言えるのは、これだけです」

「そうか」

 ピーターはそれだけを言うと、エンテは彼にお辞儀をして、踵を返す。波止場の土台となっている、木材の床に足音が鳴った。

 エンテが歩く足音が段々遠くなると思いきや、もう一人別の足音がピーターに近づく。やがてそれが彼の背後で止まると、拳銃の撃鉄を引く音が鳴った。

 ピーターは振り返らない。こうなることを確信していたからだ。

 そしてピーターに拳銃を突きつけているのは、サングラスをかけたロレントだった。

「貴方がやったことは、人生の全てを捧げて償うべきだ。もちろん、それを貴方は一番良く分かっているはず」

 ピーターは何も言わず、ただ川の流れを眺めているだけだった。

「私は、貴方を――父さんを許すことはできない。だから代わりに私が背負う」

「ああ、それが一番正しいよロレント。ロゼッタを、エーヌを、チャイルドを、そしてお前を踏み躙った私の罪はそうあるべきだ」

 沈黙。

 ロレントはただ父に銃口を構えたまま何も動かず、ピーターもまた前を向いたまま、何もしなかった。

「申し訳なかった、ロレント。私の代わりに、お前が背負ってくれ」

 銃声。

 たった一発の銃弾は、ピーターの頭部を撃ち抜く。数秒経った後、ピーターの身体は前のめりになりながら、川へと落下した。

 川底へと沈むピーターの遺体を見届けたロレントはズボンのポケットから「OP‐INTENSIFIY」を取り出し、それを父が沈んでいった川へと捨てた。

「さようなら、母さん」

 ロレントはそう言うと、踵を返し、歩き出した。

 

 

 

「ねぇ、頼みごとがあるの」

 茶髪に、肩まで届くセミロングヘヤをした女性。

 彼女はAC用のパイロットスーツを着ており、狭苦しいコクピットの中で、無線機越しに頼みごとをした。

「セレ・クロワールから託された『OP‐INTENSIFIY』にはね、私の遺伝子データが入っているらしいの。本当かどうかは試してみないと分からないけど、もし必要になったら使ってね。暗証番号は、XA‐26483よ」

 ヘルメットに埋め込まれたインカムからの通信のため、この通信を聞いている人の声は聞こえてこない。

 女性は相槌を打っていると会話が終わったのか、手前に設置されたコンソールキーを叩き、準備をする。

「それと最後に――あの子だけは大切に育ててほしいの。あの子は私に似ているけど、一歩間違えれば大変なことになる。貴方に復讐しかねないわ」

 モニターが起動し、カメラアイから収集された周囲の情報が映し出される。

 全面がガラス張りにされた空間。ビル二階ほどの高さから、こちらを見下ろすように見ている白衣姿の男性と、その隣で事の様子を神妙な顔で眺める少年。

 男性の方は、白衣の袖にマイクを仕込んでいるのか何かを喋っている。

「私はね、セレと戦って分かったの。この世界は常に争いを求めている。誰かが、天秤を中立に保とうとしない限りは――そのためには、絶対的な力が必要だってことに気付いた」

 女性はコクピットシートの脇から、電子コネクタを引っ張り出す。そしてそれを自分のうなじに接続した。

「道を踏み外さなければ、あの子にはそれが出来る。そして、この実験で強化人間デバイスを拒絶した彼のために、パートナーを作る。そうでしょう、ピーター」

「システム、ダビングモードを起動。システムリンクされているパイロットとの同調し、データを収集します」

 AIが音声アナウンスを告げる。そして女性はゆっくりと瞳を閉じて、その瞬間を迎えようとした。

 そして、女性は涙を流し、呟いた。

「ごめんなさい」

 

 

 

「――全行程の同調チェック完了。パイロットは速やかにACから降下せよ」

 目を覚ますと、テストは既に終わっており、ACから降りるようにとオペレーターからアナウンスが流れる。エーヌはうなじに接続されていた電子コネクタを外し、慣れた手つきでコクピットブロックを解放し、シートを踏み台にして外から出た。

 二人の男性が、テストを見ていたのかガラス張りがされた部屋で自分を見ていた。痩せ細った男性――カミュエ・バジルという名の研究員。

 そしてその隣で腕組みをしながら、こちらを見ている男性――名前は――ロレント・スティール。自分を撃墜したレイヴン。

 顔を見るのは初めてだったのか、一瞬でロレントとエーヌは視線が合った。

 少し長めの髪型に、厳しそうな表情。そして、その顔立ちはどこかで見たことがあるような、そんな印象をエーヌに与えた。

 すると、エーヌは涙を流した。なぜ、涙を流したのか自分でも分からない。彼女は手の甲で涙を拭いながら、すぐにACから降りる。

 エーヌは降下用のワイヤーで床に向かいながら、夢の中の少年とロレントの顔を思い出した。

 あの夢の中で出てきた少年は、ロレントと非常に似ていた――。

 

 

 

――レイヤード抗争、未踏査地区紛争において、強化人間技術は一定の水準まで復旧が進んだ。破壊された管理者からのデータを企業が押収し、再研究が進んだ結果ともいえる。

 しかし、未踏査地区紛争からナービス紛争までの五十年の間に強化人間技術は急激に衰退した。

 さらには、その技術に革新をもたらした「OP‐INTENSIFIY」については、オリジナルを含めコピー品ですら消滅していた。

 その原因は今日においても明らかにされず、ついには強化人間技術自体が闇に葬られる形となったのは言うまでもあるまい。

 一説によると、あるレイヴンがその技術、資料、データ、サンプル、施設を抹消したと噂される。

 

 

 

 

完。

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