主なきノラネコたちの家   作:もちごめさん

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二部一話を少しだけ修正しました。

20/9/08 本文を修正しました。


三話

 この『雪』というやつは存外に厄介だ。

 

 クロカ曰く、元は雨と同じらしいが、その性質はまるで異なる。まず第一に固体と液体。雨はすぐ地面に吸われて消える。だが雪は、降れば振った分だけ地面の上に積み上がるのだ。

 

 真綿のようなあの形状では、流れもしないし消えもしない。強風が表面を削りはするが、それは降雪の速度に勝るものではなく、今や雪の層はボクの膝にまで届きそうなほど高く堆積してしまっていた。

 

 一見すれば、雪は非常に軽量だ。真綿というのは誇張でも何でもない。手のひらいっぱいに掬っても、ほとんど重さを感じないだろう。

 

 膝下の雪の層を突き進んでいても、その感想はさして変わらない。

 自重と外部からの圧力、つまり疾走するボクによって圧縮され、脚に絡みつく雪の塊。さすがにもう真綿とは呼べないが、それでもボクにとってその重量感はあってないようなものだ。

 

 ただ、決してこれっぽっちも違和感がないわけではない。一歩一歩に感じる抵抗が些細なものでも、それが何度も繰り返されれば話は変わる。

 

 土の上を走るのとは感覚がまるで違う。問題なのはそれだ。僅かだが積み重なる違和感が、脚運びのイメージを少しずつずらしてしまう。重量感の他にも、風、冷気、摩擦係数。吹雪の中を先陣切って走るために意識せねばならないことはごまんとある。

 

 普段と駆ける速度は同じでも、その感覚はまるで違ってくる。いつも無意識下で行っていたことをすべて脳味噌で再計算し、総身各位に伝達する面倒な作業。

 

 それに加え、進行形で感じている視線にも意識を割かねばならないのだから、本当に嫌になる。

 

 避難所に選んだ建物を出て、かれこれもう一時間はたっただろうか。その間、ボクの本能が告げた嫌な予感は一時も消えることがなかった。

 

 むしろ胸騒ぎは酷くなる一方で、この視線が思い違いではないことを、ボクはもう九割がた確信していた。ボクとクロカをつけ狙う賊がボクたちを発見していることはもはや明白で、それを気のせいだと考慮せずにいることなどできるはずもない。

 

 だから今の今まで周囲にも気を張り、駆けながら賊の影でも見えないかと常に目を凝らしていた。相変わらず視界の利かない吹雪の真っ只中、ボクたちを見ているのなら、そいつは間違いなくボクたちの近くを並走しているはずだからだ。

 

 だが、今に至るまでボクはもちろんクロカさえも、一度として賊の気配を見ていない。建物の影を何度も潜り、一人の人間すらいない隘路を何度抜けても、胸騒ぎは収まらなかった。変わらず一定の調子で、ボクは視線を感じ続けている。

 

 これだけしつこく視線を振り切ろうと手を尽くしたのだ。賊がすぐそばでそれに対応しているのだとすれば、ただの一度もボロを出さないというのは考え難い。

 

 となればまず前提から違うのだ。賊は目視できるほど近くにいるわけではない。

 

 目でボクたちを捕捉し続けることは不可能だ。なら今僕が感じている胸騒ぎは、視覚に頼らない監視、超常の技であるのだろう。

 

 といっても、恐らくそれは悪魔によるものではない。奴らはなんでもかんでも魔力を使う、端的に言えば派手好きだ。一時間もの間そんな気配を見せず、こそこそ隠れて様子をうかがってばかりというのは奴らの印象にそぐわない。もし賊が奴らなのだとすれば、建物から出た時点で大仰な名乗りを上げ、周囲ごと魔力で吹っ飛ばすくらいのことをしていたはずだ。

 

 故に残る選択肢、賊は『ハンター』である可能性が高い。

 

 気付かれたのはほぼ間違いなくあの時、『気』で建物を探した一瞬なのだろう。即座に襲ってこなかったのは、はっきりした場所を感じ取れなかったのか、あるいは警戒ゆえか。どうなのかは知らないが、悪魔がそれを為したと考えるよりはよほど説得力がある。

 

 『気』を操る『念』について、ボクはもちろんクロカも、『ハンター』に勝る知識があるとは思えない。故に憶測にしかならないが、賊の『ハンター』はボクたちの位置情報を得るために、そういう類の『発』を使っているはずだ。ボクと同じように『纏』を引き延ばして位置を知っているのならともかく、それ以外の方法となると、千差万別の能力である『発』以外思いつかない。

 

 そしてこの憶測が正しいとすれば、このままその『ハンター』から逃げ切るというのは、恐らくかなり難しい。

 かけられたであろう『発』をどうにかして解除するか、もしくは術者を殺すでもしない限り、この幻惑の視線から逃れる方法はないだろう。

 

 ならばすぐにでも反転し、術者を探し出して消すべきかとも思うが、何度も言う通りこれは確定的な話ではない。どれだけそれらしい理由を並べようと、今まで推察したことはすべて仮説の域を出ないのだ。

 

 もしかしたら賊は『発』ではなく、探索に特化した神器(セイクリッド・ギア)か何かを使っているのかもしれないし、じっくり機をうかがうことができる変わりものの悪魔も、あるいは存在するのかもしれない。

 

 極論を言えば、賊がいるというこの予感すら気のせいである可能性もある。あまりにも情報が不足しているため、これまでの予想が全くの的外れであることだってあり得えるのだ。

 

 今ボクが最も恐れていることはそれだ。現状を解決するために行動を起こしたとして、それが間違いであればどうだろう。

 

 何一つ問題なく、例えば本当にボクたちを監視していた『ハンター』が見つかって、そいつを殺せれば、それで問題は解決だ。

 

 だがもしそれが致命的なミスだったら?

 

 例えばここで逃走をやめ、視線の方向をくまなく探したとしても、術者の『ハンター』を見つけられなければ何の意味もない。わざわざ敵地をうろつくだけの愚か者だ。もし仮に見つけたとしても、『ハンター』が一人ではなく複数人であれば、それは悪魔の襲撃の焼き直しになるだけだろう。

 

 そして例えば、その仲間の大勢がボクたちを打倒しえるだけの力を所持していたら。例えば、この視線自体がボクたちを誘い込むための姑息な罠だったら。

 

 『例えば』が無限にできてしまう。情報不足とはそういうことだ。行動を起こしたとして、それがどういう結果に繋がるか、先が全く見通せない。

 

 ふと気付いた時には『死』が目前に迫っているかもしれない不確定。クロカの命を天秤にかけかねない運任せに行く末を委ねる気には到底なれなかった。

 

 結局のところ、ボクにできることは一つしかない。賊の姿、位置、能力、背景、何もかもが不明であるために不毛と化す心配と、環境からくる負荷に歯を食いしばり、ただひたすらに走る事だけなのだ。

 

 冥界での逃避行は、少なくともこれよりはやりやすかった。攻撃か防御、あるいは逃走しかしない悪魔共を相手にする場合、基本的に戦うことだけを考えていれば他はいらない。頭を回すのは、いかにして殺すかとか防ぐかとか、つまりは一瞬だけだ。後は身体の赴くままに手足を振ればいい。

 

 しかし現状はどうだろう。攻撃はされていない。防御もされていない。逃げられているわけでもない。そもそも賊の姿がない。

 

 何もされていないのだ。異常はただ一つ、見られているかも、というその一点。その一点があるからこそボクは賊の存在を確信してしまい、それ故に行動に出られない。来るならさっさと来いと祈ることしかできないのだ。

 

 もどかしい。もどかしさで頭が茹ってしまいそうだ。疲弊した思考の中には常に不安が居座っている。

 

 このまま白霧の中を駆け続けて、果たして事態は好転するのか。好転しないのであれば、いっそ大胆な方針転換をするべきではないか。しかしそれはあまりにも危険すぎるのではないか。

 

 一繋ぎになってぐるぐると回転し続ける終わりのない思索は、それ自体がまるでボクへの攻撃のようだ。肉体と頭脳が、二重の加速でどんどん疲労を蓄積していく。

 

 脚にまとわりつく雪の抵抗はますます強まり、白霧から急に顔を出す曲道に対する反応も、この数十分でだいぶ悪くなった。

 

 焦りと恐れで形作られた不快感が、ボクの全身を侵していく。コートの防壁をかいくぐり、冷気がボクの背筋を這った。

 

 その時だった。

 

「……ッ!!」

 

 冷気に混じった強烈な悪寒を、ボクはすんでのところでつかみ取った。

 

 前方の十字路。何かがいる。

 

 ボクは瞬時に『絶』をやめた。身体に『気』を滾らせ、靴越しの雪を、その下のコンクリートを踏み砕かんばかりの力で掴み捉える。

 

 そして全身のバネを撓ませて、中心点に佇む黒い影に飛び掛かった。

 

 ほぼ同時、影も動いていた。ボクとクロカをくっつけても尚足りないくらいの巨漢が、その巨躯を隠すマントの中から何かを取り出そうとしている。

 

(知るものかッ!)

 

 剣だろうが盾だろうが構わない。あの時と同じように、それごとまとめてぶち抜いてやる!

 

 想いに応え、【黒子舞想(テレプシコーラ)】が姿を現した。修業の成果か、発動までコンマ一秒を切ったそれがボクの身体に糸を伸ばし、感覚を鋭利に研ぎ澄ましていく。

 

 しかし、意識を占めるもどかしさが戦闘のそれに切り替わるその直前、ボクの視界めいっぱいに広がった眩い光が、瞬きの間すらなく身体を貫いた。

 

 途端、悪寒が最高潮に高まると共に、気付く異常。

 全身を駆け巡る激痛。光を浴びた正面が、爆炎に巻かれるよりよほど激烈な痛みをボクの痛覚に与えていた。

 

 痛みに乱され、【黒子舞想(テレプシコーラ)】がたまらず霧散する。ボク自身も到底攻撃の意思を保つことができず、余裕のない意識ではその一撃を避けることも叶わなかった。

 

「ぐぁッ!!」

 

 反射的に防御の構えを取った両腕に食い込む刃の感触。同時にまたも焼けるような痛みを味わいながら、ボクの身体はきれいな放物線を描いて打ち返された。

 

 空中でどうにか体勢を取り戻し、四肢で着地すると剣圧の吹雪が顔を打つ。視線の先では巨漢が降りぬいた剣を正面に構え直し、その剛毅な眼でじっとボクを見据えていた。先ほどまでは闇に隠れていたその容貌が見えるのは、奴の構えるその剣が、あの眩い光を発しているからだ。

 

 ボクは奴を意識しつつ身を起こし、自身の両腕に眼をやった。

 

 コートの袖はざっくりと裂け、その下のジャケットにも穴が開いている。青色の血を滲ませる傷口も、もちろん切り傷の形をしていた。

 

 燃え跡はない。しかし、ボクの肌は焦げ臭い煙を噴いていた。

 

「ピトー!!平気……!?」

 

 痛みに顔をしかめていると、クロカがボクの腕を取り、その煙を目にして息を呑んだ。ほどなくして煙は収まったが、クロカの衝撃はそれで消えるほど生易しいものではなかったらしい。彼女は唖然とした表情で巨漢を見やった。

 

「まさか、光の剣……?なんで教会の人間がこんなところに……」

 

 吹雪に掻き消えてしまうくらいの小さな声で、クロカは呟いた。漏れ出た心の声であったのだろうが、その時ちょうど吹いた追い風が音を向こうまで運んでしまったのだろう。巨漢が眉の端をちょいと上げて、案外と高い声で言った。

 

「少々訂正が必要だわね。まず一つ、私らはエクソシストじゃない。キョウカイはキョウカイでも、『ハンター協会』所属の『ハンター』よ。んで、もう一つ」

 

 巨漢が構える剣が、一際強く瞬いた。

 

「コイツは光の剣ではなく、れっきとした聖剣だ。あんたたちを狩ろうっていうんだ。光の剣程度じゃ力不足ってもんだろう?」

 

「……にゃるほど」

 

 ようやく合点がいった。

 

 聖剣の強力な光の力。ボクの中の悪魔の血が、それに焼かれてのたうち回る感覚。その光を見ているだけで感じる本能的な悪寒はそういうことだったのか。

 

 しかし――

 

「ならやっぱり、ボクたちをずっと付け回してたのも『ハンター』の仕業ってことか。鬱陶しいんだよね、この視線。一度お礼をしたいからさ、連れてきてよ。

 ――それとも、オマエの後ろの奴がそうなのか?だったらわざわざ時間をかけずともいいんだけど」

 

 巨漢が目を丸くした。

 

 クロカのように仙術が使えなくても、忌まわしいことに悪魔の本能でわかってしまう。微弱に感じる光の気配。酷い悪寒。

 

 十字路の角から、痩せ身の男が姿を現した。

 

「いやあ、ばれちゃいましたか。『絶』はちゃんとできていたと思うんですが……」

 

「このバカウイング!『オーラ』じゃなくて聖剣!ちゃんと隠しておかないと光力でバレるって、あれだけ注意したでしょうが!」

 

「あ……そういえばそうでした。すみません師範代」

 

 半笑いで平謝りする男。巨漢と同じく、はためくマントの裾から聖剣のものらしき光を垂れ流している。足元の雪にきらきらと反射するそれと、そいつの眼鏡越しの顔を見つめ、ボクは歯噛みした。

 

(コイツじゃない)

 

 直感でしかないが、そう確信した。コイツは監視の術者でも、ボクが危惧するもう一人でもない。

 

 ボクはほんの一瞬、クロカに目配せをした。眼が合った彼女が神妙に口を引き締めるのを認めると、行く先に陣取る『ハンター』二人を見据え、気取られぬように深呼吸をする。

 

 どう攻めるべきか。一見では他の姿が見当たらない以上、どうにかして引きずり出すしかない。だが、闇雲に突撃してもさっきの二の舞になるだけだろう。

 精々二人分しか幅のない路地。十メートルほど先の『ハンター』を攻撃しようとすればダメージは必至だ。一直線に突撃するしかないボクに対し、『ハンター』はただ光を放つだけでいい。あれほどの醜態はもうないにせよ、本能的悪寒は如何ともしがたく、その状態で十全の力を発揮できるとはさすがに思えなかった。

 

 それに問題はその後なのだ。十全でないとしても、あの『ハンター』二人を倒すことは、主観ではあるが十分に可能だ。光という不可避を身に浴び続け、消耗した先で聖剣をどうにか処理したとしよう。

 

 ボクの想像が正しければ、恐らくそれでは終わらない。また再び、貴重であり、そう本数は多くないはずの聖剣を携えた『ハンター』が現れるだろう。まず危惧から片づけなければきりがない。気付かれる前に隙を作り、一気に見つけて仕留めてしまいたいところなのだが――

 

「……それにしても、噂に違わぬ硬さだわね。『(リュウ)』は完璧に近く、おまけに『発』も使いこなす。そして外骨格。弱点を突いたはずなのに大きなダメージはなし。こいつは骨が折れそうだ」

 

 大きな白煙を吐き出して、巨漢がやれやれといったふうに肩をすくめた。

 

 なんとも都合のいいタイミングの気の抜けた一言。聞き覚えのない単語はとりあえずわきに追いやって、ボクは口の端を僅かに持ち上げ、不敵に鼻を鳴らしてみせた。

 

「そう思うならさっさと逃げれば?その玩具置いていってくれるなら、特別に追わないであげてもいいよ」

 

「馬鹿言うんじゃないよ。『変異キメラアント』のピトーに『SS級はぐれ悪魔』の黒歌。冥界で色々やったんだって?悪魔のお偉いさんから直々に討伐依頼が出てんのよ。あんたたちみたいな高額賞金首、みすみす逃すわけがないでしょうが」

 

 思っていたよりもあっさり発動した企みに内心でほくそえみ、ボクは驚いたふうを装って声色を一段上げた。

 

「へえ、よくわからないけどすごいんだ?ボクたちもずいぶん有名になったんだね。殺した甲斐があったよ。でも刺客がキミたち二人っていうのは、なんかぱっとしないにゃ……あれ?案外舐められてる?」

 

「舐められてるなら私に話は回ってこないでしょうね。ブラックリスト専門ってわけじゃあないけど、私はこれでも『ダブルハンター』――って、言ってもわからないか。じゃあせめて私の名前だけでも覚えときなさい」

 

 巨漢は、こほん、と咳払いの白煙を爆ぜさせ、言った。

 

「私はビスケット=クルーガー。そっちのひよっこはウイング。あんたたちをとっ捕まえて、そのお金でエステ旅行に行く者たちの名前よ。覚えときなさい」

 

「あの、師範。私は別にエステに興味はないんですが……」

 

「うっさいわね。じゃああんたはヘアサロンでその寝ぐせどうにかしてきなさい。高いところでやればその頑固さも矯正されて――」

 

 『ハンター』二人の視線が、ボクを離れた。

 

 その瞬間、ボクは身体を前に倒した。前傾姿勢のその後ろから、紡がれたクロカの魔力が妖しく光る。

 聖剣の白に対し、魔力の黒。異質な光彩が既存の半分を侵食し、そして扇状に放たれた。

 

 雪片を貫く暗い閃光。周囲の建物に破壊を振りまき突き進むその光に、魔力を感じ取ることができないとはいえ即座に気付いた『ハンター』たちは振り向いた。しかし、振り向くまでの一瞬、それさえ獲得すれば後はどうなろうが知ったことではない。

 

 巻き起こる砂塵の中、脚のバネを解き放つと同時にボクは纏った『気』を一帯に放った。

 

 ――見つけた。

 

「ウイングッ!!」

 

 巨漢の裂帛が破砕音を突き破り、硬直した痩せ身に喝を入れた。はっとして目を見開いた痩せ身は聖剣を振るい、飛び来る瓦礫と魔力の光線を叩き落とす。

 

 掠り傷すら負うことなく、土煙の向こうから高速で迫るそれらをすべてを防ぎ切った腕前は、なるほど大口を叩くだけある。

 

 しかし、奴が見据える先にもうボクはいないのだ。

 

 吹き飛び、空中で暴れる瓦礫の一片を、ボクは踏みつけ空気抵抗を足場にそこへ飛び込んだ。

 

 濛々と立ち込める砂礫。重力が石片を地面に落とし、吹雪が粒子を吹き飛ばしてくれるまで今しばらくの時間が必要であろう建物の中。開いた大穴から飛び散った瓦礫が宙を舞うその間隙で、人間の女が一人、慄然とボクの目を凝視していた。

 

 ようやく見つけたもう一人。そいつの手の中に忌まわしい光が集いつつあることに、ボクは確信の歓喜を感じた。

 

 ボクの身体が砂礫の中を駆け、そいつの命に届く直前、一瞬早く完成した見覚えのある聖剣が、ボクとの狭間で眩く光り輝いた。

 

 痛みと、僅かに覗く虚脱感。口元を歪めはしたが、やはり均一に『気』を纏えば防御は可能だ。聖剣自体に触れさえしなければ、さほど激烈な反応は起こらないらしい。

 

 光に耐え、ボクの拳が聖剣の表面を叩く瞬間、一転して一点集中した『気』が刀身を跳ね上げ、粉々に打ち砕いた。

 

 反動でそいつの小柄で華奢な身体が吹き飛び、白色無地の壁に打ち据えられる。赤い血の霧と一緒に肺から空気を押し出されたそいつの瞳がボクを睨み、その碧眼から香る恐怖の匂いに引かれるようにして、ボクはヒリヒリ痛む拳をもう一度握りしめた。

 

 一歩踏み出し、逸る意思がボクの身体を前に押し出す。

 しかし、広げた『気』に映る巨漢がその時実行せんとした行動が、熱に侵されたボクの脳味噌を急速に冷却した。

 

 前のめりの身体からなんとか横向きに頭を傾ける。一拍の後に矢のように飛んできた聖剣が髪の毛を数本刈り取ると、煙の中に消えた。どこかの壁に突き刺さったらしい硬い音を無意識で聞きながら、ボクの目は拳を振り貫く巨漢の双眸に向いていた。

 

 煙を突き破る聖剣に続いて現れた巨漢の一撃を、白煙を噴く右腕で受け止めた。ズンと芯に響く重さを踏ん張った両脚で支え、受け止め切ったその『気』の持ち主に左の手刀を引き絞る。

 

「ジャンヌ!!解放!!」

 

 耳元近くで爆音が空気を揺らした。途端、何度受けても慣れぬ悪寒が側頭部を貫き、ボクは反射的に視線をそっちに動かした。

 

 壁に埋もれた小柄が、新たに生み出した聖剣を地面に突き立てた。

 

「【聖剣創造(ブレード・ブラックスミス)】ッ!!」

 

 ばき、と、石の地面が割れる音。耳障りな金属音がいくつも鳴り響き、暗い部屋の中を反響する。小柄の身より溢れる悪寒の原液が石の下に溶け込んで、そして爆発的に拡散した。

 

 床に壁、そして天井からさえも、無数の聖剣が砂塵を刺し貫かんばかりに生え出した。瞬く間もなく剣山と化す増殖のその波は波状に広がり、一秒もしないうちにボクの元まで到達するだろう。

 

 ボクたちにとって最も危険な神器(セイクリッド・ギア)の一つ、あらゆる属性の聖剣を創造する【聖剣創造(ブレード・ブラックスミス)】。

 

 巨漢と痩せ身に感じた『聖剣との繋がりのなさ』はこういうことだ。痩せ身があっさりと正体を現したのも、恐らくはこの【聖剣創造(ブレード・ブラックスミス)】の存在を隠すため。コイツを消さねば聖剣はいくらでも湧いてくる。

 

 文字通り目に痛い光の壁の奥を睨み、再度の決意と共に小柄を視界に捉える。同時、ボクはここに来て初めて身の内に眠る魔力を持ち出した。

 

 難しいことは考えない。『力』をそのまま放出する。

 

 自身を中心に爆ぜた魔力が衝撃波となり、周囲の一切を吹き飛ばした。迫りくる剣山にも威力は十分に届き、上下左右のそのすべてに破壊をもたらす。

 聖剣が幾本も砕ける小気味よい音。切り開かれる小柄への一本道。

 

 ボクは地を蹴った。

 

 四散する瓦礫と聖剣が彩るその道を駆け抜け、温存した『気』で全身を奮わせる。そして――

 

「ちいッ!!」

 

 盛大な舌打ちと『気』で、背後から振り下ろされた聖剣を受け止めた。

 

 胴を無理矢理ねじり、先よりも多い『気』で掴んだ刃の向こうを射抜く。憤怒の視線を向けられた巨漢は、その両腕に血を滴らせながらも衰えぬ炯々とした眼光で、ボクに聖剣を押しつけていた。

 

 予備動作もなく、初見であるはずの技。威力的にもそう易々と防げるものではなかったはずだ。なのに吹き飛ばされず耐えた、ということはつまり、巨漢はボクがそうすると予期し、備えていたということ。ボクは奴に見切られたのだ。

 

 こんなことは過去にも覚えがない。完全な想定外。

 先端の欠けた聖剣が、巨漢の胆力と光力を後押しにボクの掌を蝕み始める。やむなく両手で鷲掴み、その刃を砕こうと力を込めるも、聖剣自体に纏わりつく巨漢の『気』がそれを阻んだ。

 

 焼ける痛みが掌から腕を伝い、全身を巡って倦怠感を両脚に生む。僅かな拮抗。押し付けられる聖剣の重みに耐えかね、ついにボクの膝が折れた。

 

 片膝をつくボクを上から見下ろし、巨漢が指示を叩きつける。

 

「ぼさっとすんな、ジャンヌ!!さっさと『絶』して身を隠す!!」

 

「ッは、はい!!」

 

 水音交じりの小柄の声が聞こえ、次いでその気配が薄れた。壁の中から這い出して、よろけながらも背を向け走り去っていく。今はまだボクの『気』の中だが、いずれその外に出てしまえば再発見は非常に困難になるだろう。まして巨漢と戦いながらでは、広範囲の探知は難しい。

 

 もやが晴れた。

 

 ようやく吹き込んだ吹雪が砂塵を攫い、一息で空気のすべてを漂白する。眼前で雪の粒が聖剣の光を反射し、一瞬きらめいてから溶け、刀身を流れてボクの手に乗った。

 雫はふるふると揺れるばかりだった。ボクの両腕は聖剣を押し返すに至っていない。

 

 部屋の大穴の向こうで光力と、クロカの魔力を感じた。

 

 時間をかけ過ぎた。

 

 目くらましが消え、クロカも痩せ身も様子見してはいられなくなったのだろう。その前に三人すべてを殺すつもりであったというのに、まだ一人も倒せていない。

 

 これを押して小柄を追えば、その間にクロカと痩せ身の戦いが始まることは自明の理。下手をすればそこに巨漢が加わることもあり得るだろう。時間切れと悟る以外になかった。

 

 ボクだから軽傷で済んでいるが、聖剣のあの威力はクロカには危険すぎる。一撃をもらうだけで致命傷になりかねないような、綱渡りの戦闘を強いられるだろう彼女を放っておくことなどできるはずもなかった。

 

 しかしどうであれ、まずは渾身の力で押し込められる聖剣から両手を解放しなければならない。地面に縫い付けられているようなこの状況。打破はせずとも抜け出すことが第一だ。

 

 魔力の波動と閃光が、吹雪の薄闇で瞬いた。ぎり、と歯を食いしばる。喉元を溢れそうな焦燥感に蓋をして、腹の底に据え置いたそれを倦怠感の補填に満たす。

 

 吹雪と、瓦礫が崩れる音、そしてボクの手が焼ける音だけが響く中、

 

「……そんなに黒歌が心配?」

 

 その場違いに柔らかな声色が巨漢の口から流れ出たものだと、ボクはすぐには信じられなかった。思わず打開のための足捌きを中断してしまい、色変わりする白霧に注いだ視線が移動した。

 

 その内心を知ってか知らずか、巨漢はボクの無表情を目に映し、鼻で笑った。

 

 ぼそりと呟いた。

 

「随分とまあ、過保護だねぇ」

 

「……オマエ、何のことを言ってる?」

 

 つい聞き返す。詰めた息が吐き出され、光力の進行がほんの僅かに進んだ。

 

「そうカッカしなさんな。別に悪いことじゃない。愛する者を慈しみ、尊ぶことは幸せなことだ。愛を与える者も、受け取る者も」

 

 一拍の間。

 

「だが、盲愛というものは得てして独りよがりになりやすい。いくら善意でも、それが知らぬ間に愛する者を不幸にしてしまうことだってあんのよ。まあ、あんたの生まれでそれを知れって言うのも、少々酷な話だわね」

 

「があッ!!」

 

 すべて吐き出し、引き出した瞬間的な『力』が均衡を弾き飛ばした。押しのけられた巨漢は大きくのけぞり、聖剣に引っ張られて宙に浮く。

 

 対してボクは重く踏み込み、隙だらけのその巨躯に致死を打ち込む一歩手前。

 

 しかし巨漢は、それを目にしても全く声色を変えることなく、訳のわからぬ眼と言葉を言い放った。

 

「精々一方通行にならないよう気を付けることだ。幼き母親よ」

 

「だから何を――ッ!?」

 

 あまりにも突然だった。

 

 唐突に、何の前触れもなく、巨漢の姿が掻き消えた。

 

 振るったツメが空を切り、揺らしてそれにも気付く。周囲の景観がそっくり変わっていた。

 

 建物の白地の壁はどこにも見えず、天井も、石の床もない。瓦礫も聖剣の破片も、戦いの跡がきれいさっぱりなくなって、辺りには唯々まっさらな雪原が広がっている。少なくとも『気』の範囲内には、あれほど目にした人工物はもちろん、巨漢も痩せ身も小柄も、おまけにあの鬱陶しい視線も、生物の気配は一つも存在しなかった。

 

 そしてどうやら白霧の目隠しもだいぶ薄くなっているようだ。空気はさっきほど凍えていない。十メートルほど離れた雪の上で、ボクと同じく呆然とした様子のクロカが周囲をきょろきょろ見回していた。

 

 眼が合い、不安をため息と一緒に処理したクロカが安堵の表情で駆け寄ってくる。その姿にボクも張り詰めていたものが解け、頬が自然に緩んだ。

 

「ああよかった……ピトー無事よね?すごい量の光力感じたから、私もう心配で心配で……」

 

「うん。全然へーき。クロカの言った通り、能力だけならボクの十分の一もなかったし、聖剣も、まあそこまでのダメージにはなってないよ」

 

 にっこり笑い、手をひらひら振って見せる。多少なりとも渋顔の深刻度は抑えられただろうか。クロカはボクの手を捕まえて掌に眼を落すと、ゆっくり瞬きをして息を吐いた。

 

「……あんまり無茶しないでよね」

 

「……うん。気を付ける」

 

 気を付けようがあればの話だが。

 

 つい心の中に生みだしてしまった野暮を咳払いで誤魔化して、ボクは「さて」と空を仰いだ。

 

「ここ、どこなんだろ。さっきまでせまーい路地にいたはずなんだけどにゃー」

 

「『ハンター』の気配も消えちゃったわね。『発』か何かで私たちだけを強制的に移動させたってこと?」

 

「んー、でもそれらしい『気』は感じなかったよ?もちろん魔力も……人間が使えるとしたら魔法だっけ?後は神器(セイクリッド・ギア)もそうだけど、転移をさせるくらいの『力』をいきなりぶつけられたのなら、いくらなんでも気付いたさ。それが無かったってことは……ううん……」

 

 残念ながら想像がつかない。もしかすればクロカも知らない『機械』のせいなのかもしれないが、それこそ考え出せばキリがなく、答えなど出ないだろう。

 

 同じく、ここがどこかという疑問も有意義なものではない。雪以外の何もない平坦な大地。現在地の特定など、何日頭を捻っても不可能だ。

 

「というか、『ハンター』たちっていったいなんでこんなことしたのかしら?」

 

 クロカがなんとなしな声色で呟いた。数メートルから数十メートルに広がった吹雪の視界を眺める彼女に、ボクは小首を傾げてみせる。

 

「何がって?死にそうになったから、敵であるボクらを遠ざけた、ってだけじゃないの?」

 

「……でも、そうならなんでわざわざ私たちを転移させたの?考えてみてよ。どんな方法を使ったのかは知らないけど、敵をどうにかして転移させるより、あらかじめ打ち合わせできる味方を転移させる方がずっと簡単だし、確実だと思わない?」

 

 黒い破片が思考を掠めた。その跡に残る黒色を覗き込むようにして、ボクは理由を捻り出す。

 

「うーん、元々そういう条件が付いた能力だったとか?あるいはボクたちを混乱させるためとか……」

 

 どれも説得力に欠ける。ぱっとしない仮定に眉を顰め、ボクは一度、その思考を放り投げた。それがよかったのかもしれない。

 

「まあきっと大した理由じゃないよ。自信満々狩りに来たって言った手前、自分から逃げるのが悔しかったとか、適当に考えて笑ってやればいい。それに実際、奴らも逃げるって目的には成功して――」

 

 余白に浮かんだ『ハンター』たちの顔。巨漢と痩せ身が幅を利かすその中に隠された違和感を、ボクは衝撃と共に口に出していた。

 

「――なんであの時、【聖剣創造(ブレード・ブラックスミス)】は何もせずに逃げたんだ……?もう一度力を開放すれば、ボクにダメージを与えることもできたかもしれないのに……」

 

「そりゃあもちろん、あ奴らの仕事がお主たちを倒すことではなかったからじゃよ」

 

 戦慄。一瞬にして脳天までが凍り付いたかのような心地だった。

 

 ばっと振り返ると、そこにいたのは一人の老人。胸の所に大きく『心』と書かれた薄手の服と、ズボンを一枚身に着けただけの男が、その皺だらけの指で顎を撫でていた。

 

「そう驚くこともあるまいて。ピトー、お主も言っとったじゃろ、能力だけなら自分の十分の一も無いと。ジャンヌのサポートがあるおかげで戦えはするが、それでも少人数では仕留めることは難しい。故に作戦を確実にするためにもお主の実力を計り、消耗させる役割を担うものが必要だったというだけのこと。あの時点でもうその役目は終わっていた、というわけじゃ」

 

 周囲にまっさらな雪を敷き、植物のように静かな『気』を纏う人間。

 

 見つめられるボクをちらりと覗くと、クロカは一歩前に進み出た。

 

「……あんた、アイザック=ネテロね。『ハンター協会』のトップがわざわざ出てくるなんて、全く光栄の極みだわ。それで?散々様子見した挙句、聖剣も持たずに一人で出てきたよぼよぼのおじいちゃんに、私たちは何をすればいいの?おしめでも替えてあげればいいのかしら?」

 

「ほっほっほ。それは何ともありがたい提案じゃ。お主のような別嬪さんに下の世話をしてもらえるなら、引退生活も悪くないかもしれんの。じゃが生憎、ワシはこの通りピンピンしておるでな、もう何十年か経ったら改めてお願いするとしよう」

 

「すけべジジイの余生を看取るなんて御免被るわ。魂を対価にされたって嫌よ。もう百年若返ってから出直してきなさい」

 

 にやりと好戦的な笑みを浮かべるクロカの横顔を視界の端に置きながら、ボクは未だ驚愕から帰ってこられずにいた。

 

 クロカは恐らく気付いていないのだ。

 

 この老人はいったいどうやってこの場に現れたのだろう。老人が言葉を発するまで、ボクはその存在を全く知覚できていなかった。

 

 ボクの『気』は老人の周囲を十分に覆っていた。もし何らかの方法で転移してきたのであれば、その瞬間に気付いたはずだ。超人的な、ボク以上に完璧な『絶』なのか。それだけでもこの老人が強者であることは見て取れる。

 

 しかし、違う。『絶』の腕がなんだ。この老人の『念』がいくら高みにあろうとも、ボクにはこの身体と、それに魔力もある。

 

 恐れるのはいい。だが、怯える要素は無いはずだ。老人の『気』は極めて平坦。肉体的には人間の域を出ず、悪魔よりもずっと弱いはずなのだ。

 

 絶対的な弱点である聖剣を持っているわけでもない。複数人でいるわけでもない。魔力や魔法を使える気配もない。年寄であることも考えて、今までで最も簡単に屠れる相手と言ってもいいくらいだ。

 

 しかし何故、何故なのだろう。

 

 ボクは、眼前の剽軽な老人が今まで出会ったものと何か一線を画しているように思えてならない。いくら否定の理由を並べ立てようと、その確信を些かも打ち消すことができなかった。

 

 それこそ、今までの苦労をすべて投げ捨てる選択肢を、迷わず選んでしまうくらいに。

 

「クロカ、転移を」

 

 極小さな囁き声。クロカの耳がぴくりと跳ね、訝しげな疑問符が小声で返った。

 

「列車の時みたいに不意を突くってこと?でもあれは隠れてたからで、ここでやったらすぐに感づかれ――」

 

「違う。魔法陣を使った長距離転移のことだ。悪魔の拠点でも何でもいい。アイツとやり合うよりよっぽどましなんだ」

 

 早口に言うも、クロカの『気』から懐疑的な色が抜けたようには見えない。当たり前だろう。当のボクも何故これほどあの老人が危険な存在であるように見えるのか、全く理解できていない。

 

 その上で本能が鳴り響かせる危険信号を無視できないのだから、ボクはさらに言葉を続ける以外になかった。

 

 今黙り込めば、何か取り返しのつかない事態が起こる気がする。意味不明な恐怖心に突き動かされ、もはや老人に注意する余裕もなく、この根拠のない確信を伝えるために息を吸いこんだ。

 

 直後。

 

「―――」

 

 脳天に突き刺さる衝撃。地に沈む身体。すさまじい圧の『気』。

 

 これらすべてが、同時とも思えるほど短い間に起こった。

 

 目にも留まらぬとはまさにこのこと。音速をはるかに超えた一連の事態を知覚できたのは、叩きつけられた肉体がバウンドして宙を舞い、波状に広がる雪の波にクロカが飲み込まれる姿を見た時だった。

 

 五感からの電気信号がようやく脳に届けられ、入り混じって乱回転を始める。驚異的な速度で弾け、ボクはそれに眼を向けた。

 

 酷く緩慢に視界が移ろい、写真のように切り取られた静寂の中を、雪の結晶一つ一つを透かして見やる。

 

 この一瞬だけ、ボクの中の『時』は限りなく静止に近い速度で流れた。限界を超越した自身の圧縮。それでも尚、認識できたそれは残像の一端のみだった。

 

 両手を合わせ、祈るように目を伏せる老人。その背後に存在する金色の何か。

 

 老人の腕が動きを見せた次の場面、金色の『気』がボクの身体を打ち払っていた。

 

 あまりにも速すぎる。

 

 そんな感想しか捻り出せないくらい、奴のその一点はずば抜けていた。太刀筋さえ見えないという初めての経験。何故合掌がこれほどの攻撃に化けるのか。まるで理解が及ばないが、しかしわかったことが一つある。

 

 ボクの予感は正しかった。

 

(魔力や聖剣なんかより、危険なのはこの人間……!!)

 

 これほどの力を持つ『念能力者』が控えていたからこそ、あの時巨漢には情動がなかったのだ。

 

 いや、後悔をしている暇はない。巨漢と痩せ身がどうしてあれほど簡単に、時間稼ぎの会話に乗ってきたのか。自分の思慮不足に失望していても、現実は変わらない。

 

 斜め方向に叩き落とされ、今度はしっかりと地面に埋まってしまった己が身を掘り起こす。広げた『気』を自然体まで引き戻し、立ち上がったボクはぼろきれと化したコートを脱ぎ捨てた。

 

 もやを吹き消した吹雪に乗って、ぼろきれがいずこへと消えていく。敵はそれを見送ると、いっそ腹立たしいほど楽しげな調子で言った。

 

「悪いが、逃がすわけにはいかねえのよ。嫌でも付き合ってもらうぜ?」

 

 ボクを捉えたその眼には、老人とは思えぬほど強い輝きが宿っていた。




文才が欲しいと痛感した今日この頃。
それでも感想乞食は続けてます。ください。
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