黒歌は大学生くらいのイメージ。
ピトーはピトーくらいのイメージ。
言ってなかったけど今原作開始の四年前です。
20/9/08 本文を修正しました。
「フェル……大丈夫なの?」
「うん?」
悪魔共の部屋を立ち去り、来た道である廊下を八坂の導きに従って戻る最中、締め切られた障子と白砂に反射する日光で目を瞬かせたボクは、隣のクロカに首を傾げた。
「だって……」
何やらおずおずと言い淀み、躊躇いがちに再度息を吸いこんだ。
「やっぱりフェルは家に戻るべきなんじゃないかって……ほら、悪魔と関わるなんて、あなたには苦痛でしょ……?」
やや間を開けて、言わんとすることに気付く。別にクロカが気にすることじゃないんだけどなあ、と苦笑しつつ、ボクは肩をすくめてみせた。
「まああれは……さすがにちょっとまずかったかもだけど……依頼には関係ないじゃない?別にアレと戦うわけじゃないし……ていうか、戦ったとしてもあの三匹ならどうとでもできるし」
「ほう、あ奴は悪魔の中でもかなりの名うてであったと記憶しておるが、そこまで言い切るか。随分な自信じゃの」
前を行く八坂が、首だけひねって楽しげに言った。間に挟まれる曹操は、なぜか得意げな顔をする。
「あながち冗談でもないのがこいつの恐ろしいところですよ。我々ハンターの中でも、純粋な戦闘力で言えば迫る者はごくわずかだ」
「それは何とも頼もしい。確かに、フェル殿は中々尋常でない気配を発しておられたな。正直、妾も背筋が冷える思いじゃったよ」
「そう?それはどうも。あと曹操、オマエ、帰ったら試合の続きやってあげるから、その前に遺書でも書いておきなよ」
さっきの分も合わせて、もはや手加減する気は欠片も残っていない。クロカに刃を向けた時の瞋恚そのまま、死ぬギリギリまでぼっこぼこにしてやる。
という視線で睨みつけると、曹操は「褒めたんだがな」と呟いて困ったように頭を掻いた。その頬は少しだけ持ち上がっている。死刑宣告をされて喜ぶとは……知らなかった。曹操は噂に聞く『マゾ』だったのか。
ともかく、ボクの悪魔に対する憎悪が暴発しないかという不安は、とるに足らない杞憂なのである。少しばかり漏れ出はしたが、クロカのためならこの衝動を抑え込むくらい、やってみせねばならないのだ。
とはいえ手を伸ばしかけたという事実は、クロカの心にしっかりと根を張ってしまっているようだ。眉尻を下げて俯きがちに歩く彼女は何かを堪えるかのように喉を鳴らし、そして恐る恐るの手つきでボクの手を握った。
「でも私、あそこまでだとは思わなくて……ねえ、ホントに無理してない?私一人でも、たぶん平気よ」
言ってから、ばつが悪そうにますます縮こまるクロカ。どう答えればまたあの笑顔に出会えるのかと無駄に切り出しを考えてから、ボクは結局思った事のそのままを口にした。
「
アイツに自分の危惧を見透かされたような気がして、ほんの少し熱くなってしまっただけなのだから。
「……そう」
納得していないことがありありと伝わるくらいの不安顔をするクロカにボクの無念もとうとう臨界点を迎え、たまらず視線を庭にやる。再度照り返しで眼をあぶりながら、ボクはまた、自分の異常性を直視する羽目になったのだった。
そうやって交信が止み、冷えてしまった空気感であるが、そんなものは八坂にとって何の障害にもならないらしい。上に立つ者の風格というものか。羨ましくも思いながら、微塵も揺らがないその声色を聞いた。
「しかし妾も、失礼ながらそのことに関しては不安が拭えぬ。無論、白音をどうこうということではないのじゃが、彼女を見つけ出した後、報告には恐らくかの者も顔を出すじゃろう?妾が間を取り持つもりでおったのじゃが、それでも耐え難いようならその方がよいかとも思い始めてな」
「そうですね、あれを見た後では……さすがに私もそう思いますとも。しかしながら八坂殿、ご覧の通り、フェルには身を引く気が全くないらしい。無理矢理引き離したら、それこそ大暴れしかねませんよ」
「……そのようじゃな」
などという失礼極まりない会話を交わす二人。八坂はともかく曹操のそれをこの場で堪える必要はないだろう。ため息を一つすると、ボクは後ろから曹操の襟首を思いっきり引っ張ってやった。蛙が潰れたようなうめき声に構うことなく、そのまま毒を吐きかける。
「オマエさ、いい加減にしないとホントに殺すよ?八坂の前だからって、聞かなかったことにしてるわけじゃないんだからね?」
「ああッ……!わかっているとも。お前の『殺す』に脅し以上の意味はないってことくらいな!」
「……別に『殺す』っていうのは、肉体的な意味に留まる言葉じゃないでしょ?」
苦しそうに歪んだ表情から、ようやく不敵な笑みが消えた。ほんのりと胸のすく思いに今度はボクが口角を上げ、ぽいっと曹操を投げ出すと声を張ってそっぽを向いた。
八坂はもちろん、あの悪魔共にも聞こえるくらいの声量で、
「会ってすぐの頃だっけ?『勝負しろ』って挑みかかってきたオマエを半殺しで返り討ちにした時、あの後目を覚ましたらひっくり返って大泣き――」
「待てッ!」
突き飛ばさんばかりの力で肩を捕まれた。口の端が変なふうにピクピク蠢く曹操を見下ろしながら、それが言葉を紡ぐのを見つめる。
「そ、それは少々、卑怯の度が過ぎるんじゃないか……?心の傷はお前の能力でも治らんのだぞ……?」
なんとなく既視感を感じる懇願だ。哀れっぽい視線に気分はまた上向いたが、それが謝罪でなかった時点で、ボクの心は固まっていた。
一時停止した声帯が解凍され、続きを無慈悲に喧伝し始める。
「大泣きして、『俺は最強に選ばれたんだ』とか『英雄になるんだ』とか、中二病全開なことをしゃくりあげながら何回も――んぐぅ」
「あー!あーー!!わかった!!わかったから!!俺が悪かった!!謝るから頼むから、その話だけはやめてくれ!!恥ずかしすぎて死にそうだ!!」
「ふふ、そういえばあの頃の曹操ってだいぶ痛々しかったわよね。『自分は三国志の曹操の末裔だ』って言って、古ぅい兵法書なんか読んだりして。そういえばその曹操って名前も、いわば芸名なんでしょ?キャラ作りも大変ね」
ボクの口を塞ぐことに成功したのもつかの間、クロカからの追撃に曹操が呆然と肩を落とす。孤軍奮闘空しく力尽きた奴の笑みは諦念のそれへと変わり、斜め屋根の天井を見上げた。
「ウタ……俺はお前とはそれなりの友誼を結べていたと思ったんだ……」
「そうなの?私は割と嫌いなんだけど」
容赦のない第三波。よろよろと柱にもたれかかる曹操と、ボクたちのやり取りを楽しげに眺めていた八坂は、声をあげて笑った。
「くふ、曹操殿にもそのような微笑ましい時期があったのじゃな。年齢にしては嫌に大人びていると思ったが、聞いてみれば曹操殿も普通の人間ではないか。むしろ親近感が湧いたの」
「コレが大人びている?まあ最初に比べれば幾らかはマシだけど、全然落ち着きないよ、コイツ。頼りがいは皆無だにゃ」
「お前だけには言われたくな……いや、何でもない……」
一睨みであっさりと、曹操は自身の敗戦を理解したようだ。一回り小さくなった奴の存在感は、ボクの苛立ちを大いに満足させてくれた。
リンチを見守る八坂も、その相貌に笑みを湛えていた。
しょぼくれる曹操と、それに愉悦を感じるボク。失意に立ち止まってしまった奴にさらなる追撃を与えて小突くその光景は、確かに傍から見ても笑いを誘うような喜劇だったろう。ボクが悪魔を惨殺せしめた時のような、嘲弄の愉悦。
だが、ボクと同じ心境に至ったのだとすれば、何故その微笑はとても穏やかで、ともすれば優しげにも見えるのだろうか。
ほのかな違和感。とりたてて重要とも言えないおかしな感情。個人差に収まる程度のその感性が、どうしてかボクは酷く気になった。
だがその疑問は数秒後、八坂が発した言葉の突拍子のなさで、雪片のように四散した。
「貴殿らは、羨ましいくらいに仲が良いのう」
ボクたち三人を評するには、あまりにも不相応な表現であった。
というか、百八十度真反対なのではないか。『仲が良い』と、このいじめ的行為を繋ぐものを何一つとして見つけられない。ボクの知る限り、仲良しとは互いに幸福な気分になれる間柄のことであり、ボクと曹操のように嫌い合うそれには当てはまらないものだったはずだ。
突発的な意味不明に、新たな疑問が喉を這いあがる。しかし直前、ボクはふと気付き、「何言ってんの?」という言葉を呑みこんだ。
もしかすれば、ボクの理解がおかしいのだろうか。
自身の異常を眼前に突き付けられたばかりの理性は、まず最初にそれを疑った。違いを認識は受け入れがたく、ボクはしばし、至極真面目に黙考する。
その間に、ボクよりも強い衝撃を受け、目を点にしていたクロカと曹操が我に返り、否定の言葉を並べ立て始めていた。
「え、ええっと……いったいどのあたりに仲が良い要素があったんですか?そういう冗談は、その……私あんまりわからないっていうか……」
「……その通りだとも。八坂殿、特に私は今、言葉と物理の暴力にさらされている最中なのだが……」
「くふふ、『喧嘩するほど仲がいい』と言うじゃろ?妾には貴殿ら二人が……そう、兄弟げんかのように見えるの」
「きょう、だい……?は、はは。八坂様ってば面白いこと言うんですね……ない……絶対ない!曹操が弟とかマジであり得ない!悪夢だわ!」
「悪夢なのはこっちだよ。お前みたいなのが俺の血縁だなんて、想像するだけで怖気が走る。……何をされるかわかったもんじゃないしな。だいたい、弟ではなく兄だろう?自分の精神年齢をもう一度考えてみろ」
「あんた友誼とか言ってたのは何だったのよ!それに精神年齢!?肉体年齢もどっちも、私の方がお姉さんでしょうが!この中二病!」
「お前、そういうところだぞ」
……ふむ、やっぱりよくわからない。
道場や家でもよく見る、平時のありきたりなやり取りだ。
曹操に対する欲求不満。ボクは物理的に解消できるが、試合の標的にされないクロカはもっぱら口撃によってそれを発散している。身体は不能でも口は回る奴にしばしば反撃をもらうこともあるように、それは双方にとって争いであることは間違いない。
ならばどう考えても二人の間柄は良好であるように思えないのだが、しかし八坂はそれを見ても尚、考えを改めた様子がなかった。
ボクは『キョウダイ』がどういうものなのか知らない。シロネのことも、よくわかっていない。ならば、そうなのか。
「ふうん。こういうのが『キョウダイ』なんだ?」
「いや違う!絶対違う!こんなのがしろ……と、とにかくこんなんじゃないから!変な印象持たないでね!?」
一拍の間も開けずに、顔を真っ赤にしたクロカがボクの肩を揺さぶった。鬼気迫った悲壮感。気圧されてしまうくらいの必死さに、ボクは無意識的に頷いていた。
その真意は『キョウダイ』の概念に対する訂正か、それともいずれ相対するシロネの印象を慮ったのか。頷いたはいいが、結局のところ不明である。
ますます『キョウダイ』、ひいては『家族』への理解が遠のくボクの戸惑いは、罵倒の応酬を始めた二人を追い越し、肩越しにいつもの光景を見守りながら、その歩みを緩慢に押し留める。
本来ならサンドバックに徹するべきである曹操が、許容範囲を超える反撃に出ないか。それだけには気を配って注意に意識を取られるボクの憂慮は、どうやら八坂にも届いたようだった。
二人のべた足喧嘩に配慮してくれたのか、速度をゆっくり落として廊下を進む彼女が、温かな視線をボクに向けた。
「フェル殿は一人っ子かの?やはり兄弟や姉妹にはあまりピンと来ぬか」
「うん。まあ、そうだね」
曖昧に誤魔化す。『キョウダイ』と言っていいのかは知らないが、同じ血を分けた同胞は確かに存在していた。すでに皆死んだ上、そのあたりの事情を話すわけにいかないためそうするしかなかったが、できることなら訊いてみたかった。
これっぽっちもピンとこないのは、ボクがまだ異常だからなのか。
「ふむ、そうか。……やはり、寂しいものなのかの?兄弟がおらず一人きり、というのは」
それを知りたいのはボクのほうだ。とため息をつきたくなる気持ちを抑え、庭の灌木を眺めながらさらに誤魔化す。
「まあ、そうなんじゃない?あんまり意識したことはないけど、一人よりはずっとマシだと思うよ。なんにも面白くないし」
「……そうか」
ふと気付いた。声色が暗がりに沈んでいる。陰った陽気で呟いた。
「九重にも、妹か弟がおったほうがええんやろか……」
うつむいた横顔を覗き込もうとすると、それを察したかのように彼女は正面を向き直ってしまった。『クノウ』なるものを聞き返そうかとも思ったが、なんとなくそれは憚られた。
そうして会話が途切れ、背後に諍いの声を聴きながらしばらく行くと、突然八坂が立ち止った。
到着なのだろうか。しかしそこにある障子の向こうに人の気配はない。訝しみつつ、日が当たった彼女の金髪を眩く感じるくらいにまで接近する。そこでようやく、ボクは彼女が立ち止ったその理由を察することとなった。
「全く……困った子じゃ」
八坂は三つ向こうの障子を見つめて呟いた。感じるのは二人分の気配。その正体を半ば確信したボクはそれを確実にするため、尋ねた。
「そこにいるのが九重?」
「……うむ、そうじゃ。もう一人もその世話係故、心配する必要はない」
ばつが悪そうにはにかみ、八坂は後ろの二人に手招きをする。
「ほれ、早う来られいお二人とも。茶も用意させる。少し喉を休めぬか」
たちまち言い争いをやめて振り向く二人に先んじて、ボクと八坂は目的の三つ向こうまでたどり着いた。そのまま八坂は引手に手を掛け、障子を開く。
その瞬間、思いもよらぬことが起こった。
殺気も何もない気配が、突如としてボクめがけて飛び掛かってきたのだ。
胸元に突撃してきたそれを、ボクは反射的に抱きとめた。日向のにおいがするふわふわの塊。身動ぎし、ふにゃりと下がっていた耳が、二秒後にピンと立ち上がる。八坂と同じ金色の三角耳は、ゆっくりと顔を上げ、目が合うとキョトンと首を傾けた。
八坂の発言と、その戦意と力のなさはわかっていたため、ボクは身構えすらしていなかった。完全に不意を突いてきたその小さな人影には、正直少なからず驚かされている。
しかしどうしてか、警戒する気持ちは根元から消失していた。
感じられない殺意がただ隠されているだけなのであれば、次の瞬間には無防備なボクの身体を冷たい衝撃が襲っていてもおかしくはない。むしろ暗殺に於いてはそういった気配消しなど、基礎中の基礎である。大して素早くもない飛び掛かりの姿を視認した瞬間、ボクは反応していて然るべきなのだ。
なのに、ほんの僅かもそんな気にはならなかった。ボクは突然の体当たりを受け止めたまま、ふわふわの髪の毛と尻尾を持つ妖怪の幼女と見つめ合う。それ以外の行動を選択することができなかった。
暖かい塊を抱いて、ボクは数秒の硬直を強いられた。
「ああ、これ九重!お客人に失礼を……はあ、申し訳ないフェル殿。何分、このようにまだ幼くてな……」
「……うん?別にいいけど……ふうん、九重っていうのはキミのことなんだ」
不思議そうにボクの顔を覗き見ていた九重は、自分の名前を呼ばれたことがわかったのか、打って変わって元気よく返事をした。
「うん!わたし、くのう!そなたはだれなのじゃ?ヘンなにおいがする!」
「ボク?ボクはフェルだよ。においは……ボクが人間だからじゃないかにゃ?」
まさかボクの正体に気付いたのかと、子供の敏感な感覚に内心で冷や汗をかく。
しかしまあ、子供であるのならそれと同時に、そこまでの発想に行きつくはずもないだろう。そう思いなおして、ボクは顔に伸びてきた九重の手を受け入れる。
興味津々に頬を触る小さな手。こそばゆい感触に唯々諾々と従っていると、ふと八坂が困り顔を解し、べったりくっつく九重の身体を引きはがした。
切なげに眉を下げる幼子を腕に抱えなおし、八坂は言った。
「九重よ、妾たちはこれから大事な話があるのじゃ。すまぬが遊ぶのはもう少し後で、な」
「……うん」
ボクのほうをちらっと見てから、八坂の懐に顔をうずめてしまう九重。その騒動で立ち往生しているうち、クロカと曹操も追いついた。二人を認めると八坂は一つ頷き、部屋に入る。ボクたちもそれに続き、ようやく忌々しい太陽の光から逃れたのだった。
無垢床からい草を踏むと、奥で脚を畳んでいる妖怪の老女が、八坂に向かって平伏した。
「申し訳ありませぬ御大将。九重様がどうしてもと聞かず……」
「よい。妾にも責があることじゃ。それよりも、すまぬが四人……いや、五人分、茶を用意してくれぬか。お三方は、どうぞ好きに座っておくれ」
そう言って、悪魔共の部屋にもあった座卓を示す八坂。一方の老女は、かしこまりましたと再度頭を下げ、ゆっくりと立ち上がる。入れ替わりに上がり込むボクたちに会釈をして、彼女は部屋を出て行った。
八坂へのそれと比べればはるかにそっけない態度を見送り、九重を抱きかかえたまま上座に腰を下ろす八坂に続いて、奥側の長辺に胡坐をかいた。逆側、八坂のほど近くに曹操が座り、クロカはボクの隣。
皆そろって腰を落ち着けると、八坂が「さて」と前置きをして九重を膝から降ろし、隣の座布団に座らせた。彼女をあの老女と一緒に下げさせなかったことは不思議であったが、さすがに抱いたままの小さな頭を越して話をする気はなかったのだろう。
しかし座布団の上に座らせられた途端、九重は小動物のような俊敏さで八坂の傍を抜け出し、今度はボクの膝に飛び込んできた。
おやおや、という諦め混じりの優しい声色。
見知らぬ幼女をクロカも気にしていたのか、同時、彼女の身体が強張った。ちらちらと覗き見ることをやめ、ボクの身体を上ろうとする九重を落ち着かない目で見つめる。やがて耐えかね、その矛先を八坂に変えた。
「あの、八坂様。この子はその……もしかして娘さんですか?」
「うむ、妾の娘、九重じゃ。九重、お二人に御挨拶は?」
呼ばれた九重はジャケットにしがみついたまま、ぱっと振り向き満面の笑みをクロカと、次いで曹操に向けた。
「はい!ははうえ!けほん、わたしはくのうじゃ!よろしくたのむ!そなたたちはなんていうのじゃ?」
「ああ、うん、よろしく……私は、ウタよ」
「そして俺は曹操だ。よろしく、お嬢さん」
言い争いでまた不安が蘇ってしまったのかテンションの格差甚だしいクロカと、厭ったらしくキザな返しをする曹操にも分け隔てなく、「よろしくなのじゃ!」と九重は笑顔を巻き散らす。半身を捻ったあいさつが済むと、彼女はその背にかかったボクの腕の上に乗り、まさに目と鼻の先でボクにも微笑みかけた。
「フェルも、よろしくなのじゃ!」
「うん、よろしく」
言って、軽いその身を胡坐の中に下ろす。
予測のつかない奇行に、ボクはまたしても惑乱させられていた。この小さな生き物は、どうしてこんなにも突飛な行動をとるのだろう。
そんなものだから、ひとりでに口をついていた。
「妹じゃなくて、娘なんだ……」
九重も八坂も、クロカに曹操、さらにはボク自身すら、あっけにとられたような顔をしていた。
一拍を開けて、八坂が腹を抱えて笑い始めた。
「くふ、くははははは!そうきおったか!九重が妹ということは、妾は姉か?そのようなことを言われたのは初めてじゃ。そんなに若く見えるかの?女冥利に尽きるわ」
「え、えーっと……ほら、妖怪くらいの長寿種族ともなると、姉妹間の年齢差は大きくなるものだって……そんなことを本か何かで読んだもので……ね、ねッ!フェル!」
「うん、まあ、そんな感じのだよ」
慌てふためくクロカに便乗して、ボクも適当に注視をやめる。曹操も含めて皆の反応を一瞥した限り、勘違いしていたのは自分だけであり、他はそんな発想にすら至っていなかったようだ。八坂と二人での話で『妹』に対する固定観念ができてしまったためだろうか。
「フェル、ははうえはあねうえじゃなくて、ははうえじゃぞ?」
一抹の羞恥が九重の鋭い指摘に膨れ上がり、とうとう頬に血が上る。ボクの腹にどっしり背を預け、見上げながら首を傾げるその仕草。無邪気な追撃は、中々の破壊力を秘めていたらしい。
ほぼほぼ無意識に、ボクは九重の頭をぐいぐい撫でて視線を切った。乱暴にしたせいで「きゃふん」と変な声が漏れるも、九重はされるがまま、ボクの手に合わせてぐわんぐわんと揺れている。
柔らかくて手触りのいい髪。手袋を外せないことが少し残念に思えるほどだ。
「くふ、九重は随分とフェル殿が気に入ったようじゃな。すまぬがフェル殿、しばらく娘の好きにさせてもよいかの?」
「いいよ。どうせ話は曹操がするし」
八坂の微笑みに頷き、正面の奴にぶん投げた。
「いやまあその通りだが……ここまで潔く言われると癪だな」
「……いいじゃない。どうせ実際に汗をかくのは私とフェルなんでしょ?なら頭使うくらいはやってくれなきゃ。名前だけとはいえ、一応あんたリーダーなんだから」
当たりもきつく突き放すクロカ。曹操の苦笑は、またしてもいら立ちを刺激するにやけ顔だった。
八坂は、それを認めてやはり微笑んでいた。温かでいてどこか冷静な、春先の湖のような眼で、
「感謝する、フェル殿。そしてウタ殿に曹操殿。近頃は忙しくて、あまり九重に構ってやれなんだのだ。年の近い子もおらぬし、寂しい思いをさせてしまうことが多くてな」
ボクたちを見てそう言った。
「年の近い、ですか。それはまあ、そうなのでしょうが……」
「なに、人の子の年齢など、我ら妖怪からすれば些細な事。それにこの子は次代を担う妾の娘じゃからな、古臭い我らより、お三方のほうがよほど身近じゃろう?どうぞ仲ようしたってくださいな」
曹操は言葉に窮したかのように、何か言いかけた口を閉ざした。貼り付けたような苦笑が見ているのは、八坂の瞳。
出会ったばかりの
言うなれば、そう、慈愛の眼差し。
たぶんこんな眼ができる者が、母親なのだろう。
ボクはふと、あの吹雪の夜を思い出した。
作り物の聖剣を携えた巨漢、後に聞いた話だが驚くべきことに性別は女であったらしいそいつが、紛れもない時間稼ぎに言い放った言葉。
つまり、所詮ボクには縁遠いものだったのだ。ボクには、同じ状況で八坂と同じ眼をすることなどできないのだから。
クロカを失う可能性など、一欠片でさえ受け入れられるはずがないのだから。
――その時、
「……おや」
不意に八坂が明後日の方向を見やって呟いた。クロカと曹操もそろって反応し、入り口のあたりに目を向けている。
気分の沈降と同時であったボクだけが、それに気付くのが遅れた。
ギシギシと、廊下を駆ける足音。ほどなくして、九重すらも障子に胡乱げな眼を向ける。
そいつは、八坂とボクたちが話し合いをしているはずのその場所に、何の躊躇もなくけたたましい開閉音を鳴り響かせた。
スパーン、と。
「お話し中、失礼します!!八坂様!!」
赤髪の悪魔は、まっすぐ八坂だけを見て叫んだ。
「リ、リアス、だめよそんないきなり……」
もう一匹、黒髪がその背に隠れて服の裾を引いている。まるで効果は出ていないが、赤髪よりは自分たちがしでかしたことを理解しているようだった。初めからいないものと心に決めているかの如くボクたちを無視する赤髪に代わり、黒髪は三人分の冷めた眼を一身に浴びて委縮していた。
八坂が一際大きくため息を吐き、頭を押さえた。
「……どうされた、姫君。妾に何か用事かの?」
「はい!無礼とは承知していますが、どうしても聞き入れていただきたくて……。八坂様、私たちを白音の救出に連れて行ってください!!」
「……まあ、まずは腰を下ろすとよい」
最も忌避する成体の悪魔は、どうやら来てはいないらしい。無言で頷いて、憮然の表情に冷や汗をかいた赤髪は、言われた通にりに八坂の対面に正座した。恐る恐るで黒髪も座り、俯きながらチラチラボクを覗き見し始める。
目を逸らしていても感じてしまうくらいの、あからさまな恐怖。赤髪も黒髪も、あれでバレていないとでも思っているのか。
落ち込んだ気分を押し上げる憎悪。抱いた九重で癒しながら、そこに重ねられたクロカの手を感じて、ボクは無心に目を閉じた。
「それで、『連れて行って』じゃったか。それに関しては前も言うたじゃろう?許可証の期限が切れた以上、駄目じゃ。何度言われても再発行はできん」
「ッ……。ぜ、絶対に邪魔はしません!謝礼だっていくらでも用意します!許可も、私たちの分だけでかまいません!だからせめて見届けるだけでも――」
「駄目じゃ。それに、そういう問題ではないのじゃよ。意地悪をしているわけではない」
食い気味に言うと、八坂は恐らく赤髪の目をじっと見て、ゆっくり言い聞かせるかのように続けた。
「この京に気脈が巡っていることは知っておるな?お主ら他神話の者に出される許可証というのはな、身分証であると同時に、その気脈から主らを保護する防具でもあるのじゃよ。なにせ強力な『気』に長時間包まれるわけじゃからな、下手をすれば無自覚のうちに『精孔』が開いてしまうのよ。そのあたりは曹操殿らもご存じじゃろう?」
「ええ、有名な話ですからね」
話を振られた曹操がにこやかに頷き、赤髪に向かって言った。
「無能力者の人間ならともかく、生来の異能を持つ種族は『力』を使い慣れているせいか、その影響を受けやすいと聞きます。それに自然由来の『オーラ』、もとい『気』は色々とまばらですから、中途半端に『念』に目覚めてしまうせいで体内の『気』が枯渇し、立てなくなるほどの全身疲労に陥ったりもするんですよ」
付け加えるとすれば、そういう事態に陥るのは『力』の制御もできない雑魚に限るのだが、あえて言わなかったのだろう。
自分の身に危険があるのだと知れば、赤髪も躊躇を見せると踏んでの言葉。しかし委縮させるには、奴の『念』に対する知識は不足しすぎていたようだ。
赤髪は、者の見事に困惑していた。そしてその困惑は、傲慢な悪魔らしく、根拠のない万能感に打ち消されてしまったらしい。
アホ面に空っぽの自信をみなぎらせ、赤髪は床に手を突いた。
「えっと……とにかく危険なことはわかりました。でも、かまいません!もし私に何かあっても、責任はすべて私が取ることをお約束します!白音は……あの子は今この時も一人っきりで辛い思いをしている。じっとなんてしてられないんです!八坂様、どうかお願いします……!」
頭を下げ、土下座をする赤髪。はっと我に返って同じように身体を畳む黒髪の気配にも、諦めた様子は見られない。今もプルプル震えているくせに、もはや行けるところまで行ってしまえという心境らしい。
「必死に頼まれてもな、そればっかりはできんのよ。許可証は、観光地たる京都と、我ら妖怪の両方を生かし、守るための重要な取り決めじゃ。例外の前例を出すわけにはいかん。わかってくれぬか」
「……お願いします」
なるほど、頑固である。赤髪と黒髪は、八坂がいいと言うまでこの茶番劇を演じ続けるのだろう。
我を通すため、こちらの事情を一切顧みない。病的な我が儘。自分勝手。
お手本のような悪魔っぷりだ。特に奴らのこういう部分が、ボクは嫌いだった。
「フェル?どうしたのじゃ?……おこっておるのか?」
九重が立ち上がり、ボクの耳元(実際の耳は帽子の中にあるわけだが)で声を潜めた。離れて、心配そうにボクを見るその眼には、ほんの僅かだが怯えが射している。
気付いたボクは、息と一緒に憎悪を呑みこもうとした。
同時だった。
「ねえ、リアス・グレモリー……さん。聞いてもいい……?」
クロカの声が、ボクと赤髪たちの注意を滑らかに引き付けた。
決心でそう言ったクロカに顔が向く。さすがに無視できない赤髪は、なし崩し的に隣のボクをも眼底に映し、震えている。
それを意識から締め出して、ボクはじっと、揺れ動くクロカの瞳を見つめていた。
「白音は、あんたにとって何なの……?妖怪だってことは、眷属でもないんでしょ?もしそうじゃないんだとしても、そこまで必死になる理由は何?諦めて、もっと便利で使い勝手がいいのを探せばいいじゃない。魔王の妹なんだから、いくらでも見つかるはずよ。――白音の潜在能力は、それほど魅力的に見えているの?」
「ち、違うわ!私は、あの子の力が欲しいわけじゃない!そ、それはもちろん、将来眷属になってくれたらとは思うけど……けれどそんなことは関係ないわ。あの子は、私の家族なんだもの」
――家族。
「………」
クロカの決心を、後悔と一抹の寂しさが侵食した。
「……いいとこみせて、白音を誑し込もうって魂胆?弱り切ったところに颯爽と現れて、吊り橋効果でも狙ってるわけ?」
「家族が心配なだけよ!家族なら、危ない目に合っているあの子を心配するのは当たり前でしょう!?」
「そうね。でも所詮、上級悪魔にとっては他種族なんて奴隷同然じゃない。いいとこペット程度の感覚よね、それ。何を言おうが本心では替えの効く駒としか思ってないのよ」
「そんなこと――」
苦々しげに顔を歪めて、クロカは赤髪の反論を睨みつける。
「いっぱい知ってるわ、悪魔に傷つけられた人。……眷属になったってそう。たった一度、飼い主の手を噛んだだけであっという間にはぐれ認定。あんたもそうすればいいじゃない。将来のために白音を囲っていた努力がもったいないんでしょうけど、姿をくらまして主を煩わせるような下僕なんて放っておいたら?私たちみたいなのがちゃんと退治してあげるから」
「やめて!!」
赤髪の悲鳴が鼓膜を貫いた。九重が身体を強張らせ、尻尾をぶわっと膨らませる。
声量、音域、そして何よりその悲鳴が本心より出たものであることが、ボクと、恐らくクロカにとっては耐えがたいことだった。
赤髪は、クロカが受けた仕打ちを否定したのだ。
――なら、あれはいったい何だったのだ。
ボクは九重の身体を抱く力を無意識にさらに強めながら、座卓の下で拳を握り締めるクロカが、それを必死にしまい込もうとする葛藤を見つめていた。
「何が『やめて』よ……何が『家族』よ……。そこまでして白音の才能が欲しいわけ?それで拒否されたらどうなるのかしらね。脅す?縛る?それとも洗脳でもするの?……バカみたい」
「絶対、絶対にそんなことはしないわ!!誰に何と言われようとも、私は白音の味方で居続ける……!たとえこの先、あの子が私とは別の道を歩むのだとしても……そう、決めたもの……」
段々と勢いを失っていく言葉尻。それに伴い赤髪は悔恨の念を醸し出す。
紛れもなく、奴は白音を想っているのだとわかってしまう。ボクにはわからないものを奴は知っているのだと、嫌でも理解してしまう。
うらやましい。いや、恨めしい。
負の感情をすべてごちゃまぜにしたような激情が、クロカのそれにゆっくりと呼応し始めた。
曹操がしゃしゃり出た。
「ウタ、お前、フェルの悪魔嫌いが移ったらしいな。勘弁してくれよ、フォローするこっちの身にもなってくれ……依頼主ではないとはいえ、リアス殿も結構偉いお方なんだぞ?」
うなだれて、「嫌われたらどうするんだよ。大口顧客なのに……」とため息をつく。ボクとクロカから白い眼を浴びせられながら、大げさに頭を抱える曹操は赤髪に媚びへつらった笑みを向けた。
「ははは……そういうわけです、リアス殿。どうやらこいつの言葉も聞く必要はなさそうだ。どうか気になさらないでください。こいつらがどれだけ反発しようが、八坂殿が下した決断には逆らいませんので、どうぞそちらに集中していただければと……こいつらのことは忘れて……」
「……いいえ」
赤髪は顔を上げ、なんとボクとクロカを見据えていた。怯えてはいたが、しかし毅然と言い放つ。
まるでそれは独白のようだった。
「ウタの言う通り、なのかもしれないわ。白音がどこかに行ってしまうかと思うとすごく辛いし、何をしてでも手元に置きたいとも、思うかもしれない。私のこの気持ちも、始まりはペットに向けるようなもだったかもしれない。
……でも、そうだとしても、今は違うわ。私はあの子を守りたい……守らなくちゃいけないの。私はあの子を……傷つけてしまったから。傷つけてしまっても、愛しているから、愛していたいから、だから、どうしても償いたい……
京都に来たのも、そのためだったの。あの子が少しでも楽しめれば、って、元気になってくれたら、って、思っていたのよ」
わずかに目を伏せ、赤髪は夢想にふける。あまりに抽象的すぎる内的イメージの吐露。息を吐いて、ようやく赤髪はその事象を口にした。
「白音には、黒歌っていう姉がいたの」
クロカの表情が、凍り付いたように固まった。赤髪は気付かずに続ける。
「始まりはほんの一年半前、力に呑まれた黒歌の主殺しだったわ。自身が仕える上級悪魔と眷属を皆、残虐に殺したの。居合わせた使用人や警備も含めて、犠牲者は数十人。しかも、キメラアントっていう狂暴な魔獣も手懐けて……討伐隊は何度も全滅させられたわ。
そんな姉の唯一の血縁者だったから、当時の白音に対する批判はすさまじくて、見ていられなくて……だから私、お兄様に頼んだの。白音を保護して、助けてあげてって。……お兄様はお願いを聞いてくれたわ。あなたたちハンターのトップ、アイザック=ネテロに依頼して、諸悪の根源である黒歌を討伐してくれた」
――諸悪の根源……?
頭の中で繰り返す。
妄言はまだ続く。
「嬉しかったわ。私は浮かれていたの。これでようやく、白音に責任を求める声は無くなるって……けど、そうはならなかった。黒歌討伐の映像記録を見た貴族たちは、皆そろって言ったわ。姉のように危険なはぐれ悪魔になる前に……殺してしまうべきだって……
そのころにはもうお兄様の預かりになっていることは知れ渡っていたから、実害こそなかったけれど……白音はどんどん心を病んでいったわ。姉に裏切られ、信じられる者は誰もいなくて……挙句、私のせいで悪意の矢面に立たされてしまったんだもの。当然よね……」
脳裏にあの時の光景が浮かび上がる。果てしない絶望に染まった瞳で、殺してくれと絶叫するクロカの悪夢。
何が『心を病んだ』だ。何が『裏切られた』だ。
「私は間違えてしまったのよ。あの時、私はお兄様にお願いするべきではなかったんだわ。白音の一番近くにいた私こそが、身を挺してあの子を守らなければいけなかった。そうすれば、悪いのは白音じゃなくて黒歌だって、皆を説得できたかもしれないのに」
あんなにも傷ついたクロカが、あんなにも苦しんだクロカが、何故悪人と呼ばれなければならない。
何故コイツは、この愚者は畜生は汚物どもは、さも当たり前のようにクロカを悪と断じている?
何の権利があって、ボクのクロカを穢している?
「私も同類なのかもしれない。黒歌と同じように、白音を引き留める資格はないのかもしれない。でも、だからこそ――」
そこまでされて平静を保てるほど、どうやらボクは優秀ではなかったようだ。
荒れ狂う感情は、勝手にボクの口を動かした。
「煩いよ、赤髪」
「――ッ!!!」
赤髪の毅然が砕け散る。一緒に漏れ出たボクの『気』に押しのけられ、乗り出した座卓から身を引いた。
口を半開きにして、畜生二匹はボクを凝視していた。
「恩の押し売りの次は同情でも買う気?『私とシロネはこんなにもかわいそうなのよ』って?……悪いのはそんな低俗な考え方だよ。悪魔らしい粗末な脳味噌で、自分の無能をよく顧みてみるといい」
喘ぐように唇を震わせていた赤髪は、それと共に意思をも閉ざした。ただ怯えたまま、黙りこくる。反論は何もない。
……本当に何もないのか。
なんでこの程度のヤツが――
ボクは舌打ちを我慢できなかった。
「……何人かなんて知らないけど、たかが殺しでここまで言われるなんてクロカも災難だね。死んでからも心休まる暇がないなんて、こっちのほうがよっぽど同情できるよ。ずーっといじめられて、かわいそうじゃない?
ま、憎むには手ごろだもんね、死人は文句なんて言わないし。……ボクなら殺せって言った奴らを憎むけど」
何かが眼に入る前に、ボクは矢継ぎ早にまくしたてる。
「オマエの罪を黙って肩代わりしてくれる存在は、さぞありがたかっただろう?都合の悪いことは押し付けて、信頼だけ掠め取る。オマエがシロネにやってるのは、結局そんなことでしかない。そんな様で……よく家族だなんだと宣えるね。大層なこと言って、けど現実、今シロネはどこにいるの?攫われたんだろ?オマエが眼を離したせいで。なのに何もできない。何もしない。ただ放置してるだけ。シロネを引き留めるどころか、家族である資格もないじゃないか。……オマエのお遊びに付き合えるほど、ボクの心は広くないし、余裕もない。
ねえ、イライラするんだよ、オマエの言葉を聞いてると。その口で、家族を語らないでくれる?」
ボクの心の中は、真っ黒に渦巻いていた。憎悪に憎悪が重なって、下地なんてもう見えない。いや、見えなくしていた。覆い隠していたのだ。
同じだ。ボクはどうやってもそれを乗り越えることができない。乗り越えられないから、塗りつぶすしかない。塗りつぶすしかないから、いつまでたっても乗り越えられない。
目を逸らし続けた。けど完璧じゃなくて、その度に躓いてきた。いつかは転んでしまう時が来る。
今がその時だった。
「あなたに『家族』の何がわかるのよ!!」
赤髪と目が合った。
瞬間、真っ黒がすべて剥げ落ちた。
「確かに私は黒歌に責任転嫁していたのかもしれないわ。白音に正面から向き合えなかったのは、私の責任よ。でも、初めて会ったあの時、あの子は私の手を取ってくれた。私を信じてくれたのよ!あの瞬間から、私たちは家族になったの!これだけはあなたにだって否定させないわ!!」
――なんだそれは
なんでお前なんかが家族を知っている。なんでお前も知っている。
「もし白音が自分の意思で居なくなってしまったのだとしても、私は受け入れてみせる!愛しているから、家族だから、受け入れて、その上で苦しみを取り除いてみせる!私は、白音を助けるためにここにいるのよ!!」
なんでそんなことができる。なんでお前たちは持っている。
皆だ。
赤髪も、
黒髪も、
成体も、
聖剣の奴らも、ネテロも、八坂も、九重も、曹操も、
クロカも、
皆知っている。
『姉』を、
『妹』を、
『兄弟』を、
『母親』を、
『家族』を、
ボクだけが持っていない。
この世で一番愛しているのに、大切なのに、失いたくないのに、
なぜボクだけが、こんなにもクロカを理解できない。
なんでボクは、こんなにも一人ぼっちなんだ。
光が、目障りだ。
「――ェル……フェル……」
ジャケットの裾が引っ張られていることに気付いた。
我に返ると、眼前の情報が鮮明になった。まず認識したのは自身の右腕。赤髪に向かって伸びている。元々の距離故に当然届いてはいないが、赤髪は混じりっけなしの恐怖で後退り、腰を抜かしてしまっているようだ。黒髪共々、障子にぴったりと背を付けて目を見張っている。
曹操と八坂はわずかに腰を浮かして、飛び出す寸前といった構え。ボクを呼び覚ました九重も、今すぐにでも声を上げて泣き出してしまいそうなくらい、怯え切って眉尻を下げていた。
「フェ、ル……わたし……こわい……」
震えた声で、ようやくボクは自身のしでかしたことに気が付いた。
即座に、ぶちまけた『気』の威圧を引っ込めた。曹操と八坂がほっと息をつき、赤髪と黒髪は脱力してずるずると崩れ落ちる。
九重を見やる。未だ不安そうなその顔。ボクはゆっくりと慎重に、怯えながら頭に手を伸ばした。
柔らかな金髪に触れる。撫でる。一度、二度……
九重の表情が綻ぶまで、実に七撫でを要した。胸の内に広がる苦いものを必死になって臓腑に落とし込む。
ふうっと、部屋の中に風が吹き込んだ。
「……とにかくじゃ、姫君。何度も言うが許可証は出せん。何を言われようが、そればかりは変えることができんのじゃ。ただ、お主の気持ちはよく分かった。故に、そうじゃな、協力してくれぬか?白音のことを話してほしい。人となりがわかっていれば、捜索も幾分かやりやすくなろう。良いか?」
赤髪はただ頷くことしかできなかった。
恐怖に呑まれ、考えを巡らすこともできなかったのだろう。それを巧みに利用してしまった八坂は、恐ろしいとか何というか、自分も衝撃は抜けきっていないだろうに、さすが九尾の狐だなという益体のない感想を、ボクは抱いた。
まあ、頭が働いていなかったのはボクも同様であったのだから、さもありなんというやつだ。曹操も九重も、あの場にいた者は皆すべからく、ボクの悪意に影響されたのだから。
ただ――
クロカは始終、ほのかな笑みを浮かべていた。
六話と七話がプロット上では一話にまとまってたってマ?
相変わらず見通し甘くて進みが遅い拙作ですが、これからもよろしくお願いします感想ください。