主なきノラネコたちの家   作:もちごめさん

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おまたせ

六話分書けたので各日投稿します。

20/9/08 本文を修正しました。


二話

「――先の三つ巴の大戦で死んだのは魔王共だけじゃぁない。我らが父、神もまた、同様に死んだのさァ!!」

 

 耳朶を叩く狂った笑い声は、皆から強い動揺を引き出していた。

 

 リアス部長も一誠先輩も他の皆も、その表情を彩る感情は一様に驚愕。特に教会の戦士であるゼノヴィアさんと、聖女だったアーシア先輩のそれは酷かった。『神の死』という思ってもみなかった事実は、強い信仰心を持つ二人には相当なショックだったのだろう。ほとんど同時に膝から崩れ落ちた彼女らは、焦点を失った眼で絶望に戦慄いていた。

 

 ゼノヴィアさんの戦意が揺れて消え、アーシア先輩の神器(セイクリッド・ギア)、【聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)】の癒しの光がプツリと途切れる。信じられない、考えることすら恐ろしいと、告げられた言葉を受け入れることさえできずに、彼女の手が力を失い私のお腹に落ちた。

 

 いよいよまずい、と直感する。程度は違えど衝撃に頭を麻痺させる皆の中で、たぶん私は、搭城白音(とうじょうしろね)は最も冷静だった。

 

「神が……死んでいた?そんな話、聞いたこともないわ!」

 

 思考を止める動揺をまともに受け取ることさえできないほど、身を蝕む痛みと疲労が大きかったからだ。

 

 鼓膜を滑るリアス部長の半信半疑の声を聞きながら、私は言うことを聞かない身体に鞭を打ち、手をついてなんとか起き上がった。身を起こし、見渡せた仲間たちの姿は想像通りの惨状だ。

 

 聖剣デュランダルをも取り落として膝を折り、地面にぶつぶつ「嘘だ」と呟くゼノヴィアさんは、たぶんもう戦えないだろう。裕斗先輩は新たに得た『力』、禁手(バランス・ブレイカー)である【双覇の聖魔剣(ソード・オブ・ビトレイヤー)】を構えて立ち上がろうとしているものの、その消耗度合いはかなりのもの。私は言わずもがな、疲労と負傷で立つこともやっとな有様だった。

 『気』の使い過ぎが原因だろうが、悔いることもできない。『神の子を見張る者(グリゴリ)』幹部、堕天使コカビエルは、そうでもしなければ立ち向かうこともできないほどの力を持っていたのだ。

 

 しかしそうまでして、この有様。全員の万全を結集して、辛うじて裕斗先輩がコカビエルの頬を浅く切り裂いた程度のダメージしか与えることができない。ゼノヴィアさんの聖剣デュランダルは全く通用せず、一誠先輩が高めたリアス部長と姫島さんの魔力も、結果防がれた。

 

 そして私の『気』の攻撃だって、やはり私を消耗させただけだ。眼前で飛び交う皆とコカビエルのやり取り、増大するざわめきと、その意味を聞き取ることすら困難な全身疲労。神の死への動揺が、私に一際強く現状の危機を意識させていた。

 

(リアス様を守らなきゃ、いけないのに……)

 

 主人の盾となれる者が、もう誰もいない。

 

 先輩とゼノヴィアさんと私、三人でも抑えきれなかったコカビエルが今リアス部長を標的にすれば、きっとそれは防げない。部長の『戦車(ルーク)』として、リアス様の家族として、たとえそうなるしかないのだとしても、私はその事実を許容することなどできないのだ。

 

 ――私が、戦わねばならない。

 

 ゼイゼイ荒い息の金臭さを噛み潰し、私は両の脚を踏ん張って立ち上がる。今にも気絶しそうなほど蒼白なアーシア先輩の顔が、縋るように私を捉えた。しかし遮り、ひりつく空気をいっぱいに吸い込んだ。

 

「一誠先輩!もう一度、パワーを溜めてリアス部長に譲渡してください。まともに命中すれば、コカビエルだって無事では済まないはずです!」

 

 意識になかったが、たぶん誰が死かの台詞を突き破ってしまったのだろう。全員の動揺から胡乱げな視線を送られる。だが次いで、リアス部長がそれに感付きそれを驚愕に変えた。

 

「白音……ッ!貴女、まさか……!」

 

 不安のような後悔のような、そんな眼差しが向けられる。私は集中せんと、肺の空気を鋭く吐き出した。

 

「私が、隙を作ります。……何をしてでも、必ず」

 

 仙術。四年前のそれのように『癒す』ためでなく『害する』目的で使うとなれば、私の扱いは十全でない。ウタさまを真似して訓練はしたが、ついぞ物にはならなかった。

 だから、これでコカビエルと戦えても戦えなくても、この行為は私の『死』への一本道だ。それでも、リアス様たちが殺されるさまを指をくわえて見ているよりはマシなはずだ。

 

「白音ちゃん!?いけません、それは……!!」

 

「無茶だ白音ちゃん!休んでいるんだ!」

 

 朱乃さんと裕斗先輩の必死な静止をかき分け、重たい脚で一歩前に踏み出す。事情を知らない一誠先輩が、若干の困惑が滲んだ声で叫んだ。

 

「そうだぜ白音ちゃん!なんだかわかんねえけど、『念』だっけ、体力が回復すればまた使えるんだろ?ならその間は俺が部長を守る!……てか、むしろそのままぶっ飛ばしてやるぜコカビエル!この兵藤一誠がな!!」

 

「フハハハッ!!威勢がいいな小僧!!だが無駄だ。お前程度がいくら赤龍帝の能力で力を上げようとも、オレには届かん。それに――」

 

 啖呵を切る一誠先輩に指さされたコカビエルが、口角を吊り上げ私を見下ろす。

 

「小娘のほうもなァ、念能力など、無能の人間が使うつまらん技だろう。まとめて叩き落としてやったというのに、理解する頭もなくしたか?リアス・グレモリーと赤龍帝のコンビネーションに賭けるのは、なるほど道理だろうが、しかし死ぬだけだ。

 ……ハハッ!そうか、死ぬか!グレモリー、もうお前たちを殺してサーゼクスを待とうかと思っていたが……どうだ?お前の目の前で下僕たちを順に殺してみようか。復讐心で奮い立つというのは少々チープかもしれんが、ゲテモノ好きのお前ならちょうどいいだろう」

 

「……!!貴方ッ――」

 

「てめぇコカビエル!!お前どんだけクソ野郎なんだよ!!戦争の続きがしたいだとか、そんなふざけた理由でリアス部長を侮辱してんじゃねえ!!俺の仲間を、バカにすんじゃねえ!!」

 

 リアス部長に注がれる視線。その厭らしい笑みが呼び起こした激情を、一誠先輩の激情が上塗りする。スケベ根性丸出しで、控えめに言って最低な普段の彼ではあるが、その想いだけは本物だ。かつてライザー・フェニックスと戦った時と同じように、部長を守ろうとする熱い震え。

 

 私だって同じものを抱いている。絶体絶命な今の現状でも、その想いだけは捨てていない。けれどコカビエルの強さは、想いだけでは覆しようもないほど一線を画したものなのだ。

 

 一誠先輩が左腕を対価に『禁手化(バランス・ブレイク)』したように、弱い私は何かを犠牲にしなければ、あいつを退けることなどできないのだ。

 

(ここが、私の命の使い所……!)

 

 ずっと救われ続けた私が、負債を払うべきところ。

 

 黒歌姉さまのように『邪気』に呑まれて死んでも、それでいい。どうせ死ぬなら、そのほうがいい。

 

 もう二度と、家族を失いたくない。

 

「姉さま、見てて」

 

 バカで弱い妹が、せめて何かを為すさまを。

 

 口の中だけで冷え切った息を呟き、私は周囲に漂う邪気混じりの『気』に手を伸ばした。

 

 その直後だった。

 

「あ……」

 

 それ(・・)を、捉えた。

 

「どうした、やはり臆したか小娘。……くだらん。ならば最初はお前にしよう。生きたまま四肢を切り落とし、腹を割いて内から光で焼く。じっくりと、時間をかけてな。……リアス・グレモリー、お前は下僕の悲鳴を聞きながら、どうオレを楽しませてくれる?復讐に燃え上がるか、絶望に沈むか、オレとしては前者であるとありがたいが」

 

「シカトしてんじゃねえよカラス野郎ッ!!それ以上部長や白音ちゃん、他の皆にろくでもないこと抜かしてみろ!!その羽全部むしり取って、誰かわからなくなるまで顔面ボコボコにしてからぶち殺してやるッ!!」

 

 燎原の火の如き怒りを露にする一誠先輩の、その身体からあふれ出る灼熱の『気』すら霞むほど濃いはずなのに、誰一人として気付かない。どこか懐かしく、身にすんなりと染みこんでくるその『気』を、私だけが認識していた。

 

 どこからか音もなく飛んできた、黒くて丸い玉(・・・・・・)

 

 するりと自身の羽の中に潜り込んだのに、コカビエルすら気付いていなかった。

 

「弱い犬ほどよく吠える、とはよく言ったものだな赤龍帝。やれるものならやってみろ!サーゼクスが到着すれば、オレはお前たちの首を手土産に戦争を再開できる!あの時の戦いを、オレだけでも続けるのだ!!続けなければならんのだ!!!」

 

「絶対、そんなことさせねえ!!お前のふざけた言い分で、俺たちの町を、仲間たちを、消されてたまるかッ!!!」

 

 一誠先輩とコカビエル、二人の気迫がぶつかって吹き荒れる。皆の注意は今そこにあり、身を固くしたのも、そこに訪れるであろう戦闘の気配を感じ取ったからだ。

 

 だからやっぱり、私一人なのだろう。黒い玉に気付いたのも、その気配に悟ったのも、とびきりの安堵と喜びを見出してしまったのも。

 

「それに、俺は――」

 

 一誠先輩の、思い詰めたような声を遮って、

 

「なら冥界でやれって話よね、正直」

 

「そうそう。直接魔王に挑んでくれればいいのに、なんでこんな面倒なことするかにゃ」

 

 堰を切ったように溢れ出る二人の気配。ウタさまとフェルさまが、四年前のあの時のように、現れた。

 

 戦いの跡がそこかしこに刻まれる校庭に踏み入り、無理矢理に皆の注目を引き付ける。ほとんど気力のみで身体を支えていた私の両脚が崩れ落ちた。

 

 チラリと、フェルさまが私を横目に見て、すぐに戻った。

 胸の奥で、締め付けられるような感情が蠢いた。

 

「ハーレム……っておっぱい!!それにエロスなお姉さん!!いやそうでもなくて――」

 

「何者だ?その妙な気配……人間か……?」

 

 落差激しい一誠先輩の好色は押し流され、コカビエルが眉根を寄せていた。やはり歴戦の強者から見ても、ウタさまとフェルさまの力量は人離れしているのだろう。ゼノヴィアさんには悪いが、デュランダルを加味しても、彼女の強さは二人の足元にも及ばないに違いない。

 

 人間として、二人はトップクラスに――そう、あのアイザック=ネテロと同じくらい、強い。

 だから彼女たちはまた、私たちの前に現れたのだ。

 

 ――また、守られる。

 

 安堵の内、入り混じった心中(しんちゅう)に、私はそれを噛み潰して服の裾を握り締めた。

 

「フェルに……ウタ……あ、貴女たち、どうしてここに……」

 

「あんたが呼んだんでしょ、指導要員として。専門外だけど、引き受けたんだから来るに決まってるじゃない。すっぽかしたら私たちのハンターとしての名声に傷がついちゃうもの」

 

「よ、呼んだって、リアス、本当なの……?私、聞いていないのだけど……」

 

「だって、も、もうちょっと後に来るものだと思っていたから……それに、その……」

 

 話題に出すのが嫌だったのだろう。やはり四年前、私が浚われてしまったあの事件の折、私の知らないところであったらしい何かしらによってリアス部長と朱乃さんが負ったトラウマは未だ癒えていない。

 

 私もフェルさまの恐ろしい『気』を知っている故にわからないでもないが、その、今にも自分が殺されるんじゃないか(・・・・・・・・・・・・・・・・)という怯えっぷりは何なのだろうか。数秒前までの血気を捨て去り、鼻の下を伸ばす一誠先輩もが加わって増した負の感情。言葉の中に聞こえた『指導要員』の意味で何とか隅に追いやって、私は大切な人同士の不和を静かに見つめた。

 

「邪魔」

 

 と、無造作にコカビエルへ歩むウタさまが、途中で自失するゼノヴィアさんの腕を掴み、乱暴にリアス部長のほうへ投げ飛ばした。聖剣デュランダルが宙で手の中を離れ、私の目の前に突き刺さった。

 

 私に一瞥もくれることがなかったウタさまを、私は見つめた。

 

「ハンター、ああなるほど、ハンターか。聖剣どころか光の剣も、天の加護すら持たんのはそのせいか!ハハハッ!これは傑作だ!」

 

 コカビエルが嗤う。大口を開けて大笑し、隙を晒して目を覆う。

 

「実にくだらん」

 

 そしてすぐ、冷ややかに開いた眼は面倒くさそうに光の槍を作り、おもむろに投げられた。

 

「ッ!!あぶねぇ!!」

 

 ウタさまとフェルさまへ向くその切っ先。絶対間に合わないであろうに、一誠先輩が慌てて守ろうと走り出す。

 

 人間が、その槍の千分の一の威力ですら容易く死ぬことは、彼が一番よく知っている。一見ただの人間にしか見えない彼女らに、一誠先輩は自身の死に様を重ねていた。

 

 だがもちろん、そうはならない。

 

 パキャン

 

「え……ッ!?」

 

「……ほう」

 

 金属板でも砕けたような破砕音が長く空気に響き、一誠先輩とコカビエルの驚愕を引きずり出す。

 

 フェルさまが振るった『気』の込められた裏拳が、槍を粉々に打ち砕いていた。

 

「意外だな、なかなかやるじゃあないか、人間。少なくともデュランダル使いよりは戦えるらしい。……ハンター、念能力か。このオレの光と打ち合えるほどのポテンシャルがあるとは、思ってもみなかったぞ」

 

「ボクの方こそ、思ってもみなかったよ」

 

 光の槍を打ち払った革手袋の右手に落とした眼を、フェルさまは宙のコカビエルに持ち上げる。ニィっと、コカビエルに負けないくらい凶悪に、楽しそうに笑った。

 

「聖書がどうとか、もうちょっと強いかと思ってたけどこんなものなの?……キミ、情緒不安定なだけじゃさぁ」

 

 纏う邪悪な『気』が、一息に膨れる。そして、結界の中を埋め尽くした。

 

「つまらないだけだよね」

 

 あの極寒の吹雪が、この場の全員を呑み込んだ。

 

 すぐそば、アーシア先輩のか細い悲鳴。リアス部長たちは震えて身を寄せ合い、最も近くでそれを浴びた一誠先輩と裕斗先輩が本能的に後退る。

 聖なるものに対する悪魔の根源的恐怖すら凌駕する、生命を直接撫でる『邪気』の塊は、味方であるとわかっていても恐ろしく冷たい。呼び起こされる恐怖には、私を含めて誰一人抗うことができなかった。

 

 つまり、コカビエルもだ。

 

「ッ――!!?」

 

 目を見開いていた。フェルさまの異常な『気』と、それによって自身の翼が羽ばたいたことに。

 

 無意識のうちに、フェルさまから逃げようとしていたことに(・・・・・・・・・・・・)

 

「にゃは、やっぱり期待外れみたい。ビビりの堕天使じゃ、暇つぶしにもならなそうだにゃあ」

 

 衝撃に言葉が出ないのか、声無く喘ぐコカビエル。わななき、怒りで全身を燃やして、それでようやく引き攣った不敵を取り戻した。

 

 高くに舞いながら、誤魔化すように笑った。

 

「ハハ、クハハハハッ!!調子に乗るなよ下等種族!!妙な気配をしているようだが、だから何だというのだ!!死にたいというのなら、望み通り叶えて――」

 

 笑って、そう虚勢を張った半端な余裕は、しかしすぐさま消し飛ばされる。

 

 コカビエルが一つ羽ばたいた、次の瞬間、

 

「あ?――なァッ?!!」

 

 木から実が落ちるようにあっけなく、翼を持つはずのコカビエルは落下した。

 

 重力の風にたなびく長髪と五対十枚の翼。機能の一切を失ったらしく、もはや羽ばたくどころか翼を広げて滑空することすらできない。なまじ高くへ飛びあがってしまったために長い自由落下の中、散々私たちを蹂躙してきたコカビエルは、かけ離れた慌てようでいっそ滑稽にもがきながら、しかし何もできずに墜落した。

 

 鈍い音がして、土煙が巻き上がる。地に膝を突いたコカビエルが信じられないといったふうに目を見張り、背中の翼を確かめるも、傷も何も、もちろんそこにある黒い玉も見つけられない(・・・・・・・)

 

 その異常に、呆然と呟いた。

 

「な……に、が……?」

 

「ほんと、フェルの言う通りかもね」

 

 ウタさまのあからさまに呆れかえった声色に、コカビエルは疎か皆が驚愕の眼を向ける。

 

 何が起きたのか。人間が堕天使を見下す光景は、『気』が見えない皆にもすぐにそれを悟らせた。

 

「すんなり成功しちゃってびっくりだわ。……もしかして、私たち挨拶しに出てきたって思われてた?ぺちゃくちゃおしゃべりしたのも、おかしいとか思わなかったわけ?

 ねえ、『下等種族』にご立派な翼を捥がれた気分は、どう?」

 

 人間が堕天使を地に落とす。悪魔である私たちが全員でかかっても掠り傷しか与えられないような相手に、たったの一手で与えた痛打。

 

 皆にとって、信じられないことだった。

 

 理解し、浴びせられた嘲弄で、コカビエルの眼に憤怒が塗り重ねられていく。増す殺意と『力』の波動。小動もせずコカビエルを見据えるその姿に、私は歯を噛みしめた。

 

(私も――)

 

 あの人たちのように、強ければ――

 

 守られる、ではなく、守るために。

 私は黒歌姉さまのように、『守る側』になりたかった。

 

 

 

 

 

(煽り耐性なさすぎでしょ……自分で企んでおいてなんだけど)

 

 たぶん、ピトーも同じことを思ったに違いない。横目にすれば、演技の中にほんのり本物の嘲りを覗かせる彼女がいた。

 

 神器(セイクリッド・ギア)も魔法も使えない人間など眼中にない、という者が多い人外に対する示威行為。注意を引くため度々やるこの挑発も、ここまで見事に激怒を引き出したのは初めてだ。

 

 かつての大戦争さえ生き抜いた堕天使のプライド故に、たった二人の人間に脅かされたことが大層お気に召さなかったらしい。下手に力があるばかりにピトーの『円』にも心折れず、怯えてしまった自身への反骨に変えてしまったのだろう。

 おかげで地上に引きずり落とし、意識の矛先を引き付けることができたのは良しとしよう。依頼主から照準が逸れたことは狙い通りであるのだが、しかし正直やり過ぎ感が否めない。正面切っての殴り合いをせねばならない以上、できることなら侮りは残っていて欲しかった。

 

 しかし期待は実らず、頭に上った血で容赦を忘れたコカビエルは、その両目を鮮烈に燃え上がらせていた。

 

「……許さん……遊んでやろうと思っていたが……やめだ」

 

 身に滾らせた光の力を、奴は無数の光弾に変えて背後に展開する。一発一発に込められたその威力は、『念』における私の全力の一撃と大差ない。たとえ頭が沸騰していても歴戦の戦士であることに変わりはなく、『力』の強大さは今までに殺してきた者たちの中でも突出したものだ。

 

 そんな相手の本気を引き出してしまった。要因の一つではあるが、相対してしまえば、先に翼を奪っておいてよかったとつくづく思う。数分の間とはいえ、自在に空を飛び回られるとなれば『フェル』と『ウタ』的にこの上なく不利だろう。

 

 とはいえ、それを差し引いてもこの状況は厄介だ。

 

「死んで詫びろ、下等種族どもォッ!!!」

 

 轟く狂気濡れの咆哮と共に幾百もの光弾がばらまかれると、それを合図に私たちは左右に分かれて駆けだした。押し寄せる光弾が数舜前まで私たちが居た地面を穿ち、めくれ上がった砂礫の壁を、続く第二波第三波が貫いて、続々私たちに襲い掛かってくる。

 

 容易に眼で追える程度の弾速故に避けることは難しくないが、尽きない波状攻撃と相俟って、だからこそ攻めに転じることが困難だ。長く滞留する光弾の柵は奴の深層の恐れを示しているのか、ともかくこれを縦横無尽に延々とやられたら、やっぱり本格的にマズかったかもしれない。

 

 なにせそんな乱れ撃ちの光弾から、私たちはリアス・グレモリーを守らなければいけないのだ。

 

「も……ッ!どこ狙ってんのよヘタクソッ!!」

 

 逸れた光弾を『念弾』で撃ち落としてやりながら、私はいつかのじり貧を思い出して歯噛みした。

 

 危惧の通り、私たちを面で押しのける弾幕は、狙いがそれほど正確ではない。避け続けるならどうしたって流れ弾は発生する。

 

 意図して狙っているわけではないことが救いだが、悪魔に対する猛毒である光が炸裂するあの光弾は、秘められた威力とリアス・グレモリーたちの消耗具合から考えれば、まず間違いなく即死級。一発でも無視しようものなら高い確率で誰かしらが死ぬだろう。万一それが依頼主であるリアス・グレモリーであったら、その時点で依頼がおじゃんだ。

 

 大変な思いまでして戦って、その末に何も得られないとなれば、これほど悲惨な事もない。口座を空っぽにしてしまった罪悪感は自分でも驚くほど重く、完全無欠の無駄骨なんて想像するのも憚られた。

 

 故の執拗な挑発だったが、それも上手く行き過ぎて逆に裏目だ。結果的に京都でのあの戦いそっくりな状況で、しかも敵が光の力の使い手であり、曹操がいない。あの時と違って打破の手段はあるが、しかしそれでも足手まといを守りながらであれば危険な綱渡りであることに変わりなく、そして私にはそれをピトーに強要する気がなかった。

 

 私のせいでピトーを危険に晒すなんてこと、二度としない。ならこのまま、不服ではあるがリアス・グレモリーを守ることに努めるべきだろうか。

 

 だがそれは、あまりに不自然(・・・)ではないだろうか。

 攻撃の意思がなければ、それは戦闘に見えない。だから私は、真っ先にそれを考えた。

 

 さっさと突撃してしまうべきだ。

 

(コカビエルとの距離は精々三十メートル。光弾を避けながら接近するのに……一秒とちょっと……!)

 

 それくらいの間、自分の身は自分で守ってもらうこととしよう。

 切り捨てれば、そのリソースを私とピトーの二人分に集中できる。であれば攻め入る気にもなれた。それに一旦距離を詰めてしまえば、忘我のコカビエルとて自滅すらしかねない弾幕を使うのは躊躇うだろう。リアス・グレモリーたちも安全だ。

 

 ほんの一瞬だけだ。そもそもあいつらは自らの意思で戦場に立った。ならば一時の危機くらいは自身で回避して然るべきだろう。そう、これも一つの『修行』と言える。

 

 ――碌に回避ができずに死のうが、

 

(別に、いいじゃない)

 

 唇に弧を描く。ピトーのように。

 

 軸足で乾いた地面を捉え、身体を正面に飛び来る光弾を見据えた。慣性の横滑りを踏み留めながら『念』でいなし、手に集中させた『気』を使う。

 定めた意志が、まだ次々迫る光弾を迎え撃つため黒く染まった。その瞬間、

 

「ウタ、任せた」

 

 小さく、耳打ちが鳴る。いつの間にそこにいたのか、ピトーが私の真横を潜り抜け、突然前に躍り出た。

 

 周囲を光弾が覆って逃げ場のない、コカビエルの真正面である一本道に。

 

「ちょ――ッ!?」

 

「死にに来たか下等生物ッ!!」

 

 光弾の光の力は、悪魔と魔獣、『キメラアント』の血を引くピトーにとって猛毒だ。万が一にも被弾は許されない。半面私は出血しようが正体がバレる心配はないし、仙術の関係で多少の無理が利く。最悪でも、手の皮がずるむけに焼けただれる程度で済むだろうと踏んでいた。

 

 だが、

 

「まとめて消し飛べェッ!!!」

 

 放たれた巨大な光の槍は、ピトーと相対する。無謀を装い自身を囮とした策は、彼女の命を捉えうる。

 

(なんだってそんな……もうッ!!!)

 

 肌を焼く光の塊に突き進むピトーの『気』。急激に練られ増幅する気配に、私は情動を呑み込んで、手の『発』を撃ち放った。

 

 ――【黒肢猫玉(リバースベクター)】!!

 

 底の見えない黒色の丸い玉が、音もなく飛翔してピトーを追い越す。後姿の先に潜り込み、そして私は全集中を以てした勘によって、凶器の槍先へそれを導いた。

 

 接触、次いで、瞬く間に起こる変化。玉が弾け、そして莫大な威力を秘めていた堕天使幹部の光の槍が、内側からひび割れた。

 

「それは――ッ?!!」

 

 鈍る輝きにコカビエルが息を呑む間もなく、悍ましいという表現にすら収まらないほど圧縮されたピトーの『気』が、槍を完全に打ち砕く。そしてそのまま止まることなく、増幅したコカビエルの恐怖に突き刺さった。

 

「っば―――」

 

 顔面に拳がめり込み、飛び散る赤い血が私の網膜を彩る。その一画の間を置き、訪れた衝撃波が血と周囲の光弾をまとめて消し飛ばす。肉と骨が軋む鈍い打撃音が一番最後に鼓膜へ届き、そしてコカビエルの肉体は吹き飛んだ。

 

 嵐の中の木の葉のように錐もみ回転して植え込みの樹木をへし折り、瀟洒な校舎の窓ガラスを突き破ったコカビエルは、何枚かコンクリートの壁を破壊してようやく沈黙する。

 

 私は、激しく脈打つ心臓にようやく人心地を入れた。

 

 殺伐とした『念』を解き、革手袋に付いたコカビエルの血を振り落としているピトーの様子に、決行された一連が無事で済んだことを実感して安堵のため息を吐いた。

 そうすると続いて怒りが湧いてきて、緊張に痺れて固まった身体をみしみし鳴らしながら、私は呑気な彼女に詰め寄った。

 

「もう!心臓止まるかと思ったじゃない!私がやるつもりだったのに、急に前に出ないでよ!」

 

「うん?でも防御力で言ったらボクのほうが適任でしょ?ウタがやったら怪我しちゃうと思うよ、アレ」

 

「私が怪我したってどうでもいいのよ!それよりも――。……その、フェルの命を賭けないでってこと!」

 

 唖然としながら、しかしやはり恐怖の勝る表情を作るリアス・グレモリーの存在に、ぼかして精一杯の主張をする。無理矢理ねじ込んだこの攻撃自体、極論を言えばそもそもせずともいいものだ。

 

 だが互いが抱く危機感にはどうやら隔たりがあるらしく、ピトーはあっけらかんと言い放った。

 

「賭けてないよ。ウタの腕と能力なら大丈夫って思ったからさ」

 

「……信頼してくれるのは嬉しいけど、そういう問題じゃなくてぇ……フェルの背中で視界塞がれたまんま能力操作して、あれ、しくじったらほんとどうなってたと思ってるのよって」

 

 光弾よりもはるかに速いあの槍に能力を当てるなら、間違いなく目視があった方が危険は少なかった。

 

「……まあ実際無傷でうまくいったじゃない。だから平気平気、さすがウタだにゃあ」

 

「結果じゃなくて可能性を考えてって……ああ!ちょっと!頬っぺたムニムニしないでよ!誤魔化されないわよ私!」

 

 論争の不利を悟ったピトーによる凶行。こんな場所で何をするんだ、と小っ恥ずかしい所業から逃れようとするも彼女はやたらとしつこく、ワキワキ蠢き続ける手はじゃれつく気満々であるらしい。

 

 家の中でなら受けて立つところだが、マイペースなピトーと違って羞恥の心が存在する私には、リアス・グレモリーたちの視線が無視できない。もどかしいながらも必死に抵抗を続け、話を引き戻すべく言い放った。

 

「とにかく!危ないことやるならせめてもっと早めに合図か何か寄こしてよね。こんな怖い思い、もう二度とごめん――」

 

 と、言葉が途切れたその瞬間、私は自身の迂闊を悟った。感じた気配は本来なら警戒して然るべきものだった。

 

 だがたぶん、警戒していたとしても疑うことは難しかっただろう。ピトーのパンチのすさまじさは、五年とちょっとの間ずっとボコボコにされ続けた曹操の次によく知っている。

 

 よりにもよって頭にピトーの拳を直撃させられたコカビエルに、まだ光の槍を作り出せる元気があるとは思ってもみなかったのだ。

 

「――ウタッ!!」

 

 しかし気付いて逃げようとした瞬間、ピトーの一声に脚が止まる。一際強く煌めき撃ち放たれた光の槍は、避けてしまえば悪魔たちに被害が及びかねないのだ。

 

 不満だが、ピトーが避けないのであれば反抗する暇はなく、私は再び能力を発動させた。

 

 撃ち放った黒い玉、私の【黒肢猫玉(リバースベクター)】が光の槍に命中すると威力を削いで消え、ピトーの『念』が半崩壊となったそれを完全に殴り壊す。同じように粉砕された光芒が溶けて消え、一瞬の後、殴られ陥没した憎悪の相貌が間近にあった。

 

 その両の手に構えられた二振りの光の剣が、両方ピトーに振り下ろされる。

 

「オレのセンソウのォォ!!」

 

 爆発する地面。撒き上がった砂埃を突き破り、私の眼前に眩い光。

 

「ジャマをするなアアァァァッッ!!!」

 

 横薙ぎに、煙る光の尾が線を引いた。

 

「いッ――!!」

 

 さっきの光の槍以上の速度を避け切れず、腕を浅く切り裂かれる。『念』の防御も越してくる久方ぶりの光の力が内の悪魔を焼き、冷や汗が浮いた。

 

 だがもちろんそれ以上呻く暇は与えられず、続けざまに袈裟斬り、再び横薙ぎ、逆袈裟斬りしてまた袈裟斬りと、まるで素人剣術のように振り回される剣を、私は歯を食いしばって避け続けた。茶色の煙幕の中で逃げ回り、しかしその猪突猛進っぷりに埒が明かないと、さらなる負傷覚悟で、逃げに出した足を踏みしめる。

 奴の攻撃の射程に留まって、そして首を刈りに来た二本の剣を、左手に発動させた能力で迎え撃った。黒い玉が光を食い破り、『気』と合わせて相打ちになって砕かれると、ひたすらな突進をいなされたコカビエルはたたらを踏んで体勢を崩す。そのがら空きになったわき腹に、曹操から半ば強制的に教えられた拳法の型を、腕の痛みと一緒に叩き込んだ。

 

「――ッたいじゃないのよッ!!」

 

 あばらをへし折り、衝撃が肺を貫く。攻撃の恨みは渾身の一撃を私から引き出し、コカビエルは身体二つ分ほど吹っ飛んで膝を突いた。

 

 奴の苦悶を、剥かれた眼と痙攣する喉に見る。呼吸ができない苦しみと危機感は中々御せるものではなく、ピトーの一撃も含めればなおのこと、蓄積したダメージは無視して動けるような範疇ではないはずだ。

 

 致命傷を負っているに近しい状況。であれば、追撃しないわけにいかない。

 左手に能力を発動し直し、私は型で踏みしめた地面を蹴った。ピトーも同意見だったようで、一歩遅れて続いてくる。

 

 ほんのわずかな、数歩で縮まる彼我の距離は、一瞬にして消えた。蹲るコカビエルはそれを前に顔を上げもせず、もしやこれで本当に終わりかと、つい期待が頭をよぎる。がやはり、瞬間奴の懐に感じた光のお気配に、ためらうことなく九十度舵を切った。

 

 爆発。眩い光が身体と網膜を焼く。『念』で耐えて、爆風に持ち上げられた重心を空中で取り戻す。同時に、光の残滓を切り裂いた光芒を、身を捻ってどうにか躱した。

 

 土煙に紛れて視認はできないが、気配ではっきりと理解できる。それはコカビエルの光の剣だった。爆発にも巻き込まれ、普通であれば身動きなどできないはずの奴は、それすら無視して攻めてきたのだ。

 

「アザゼルもキサマも、なぜオレのジャマをするッ!!?まだ終わっていない!!オレはッ!!オレたちはまだ、戦わねばならんのだアアァァァッ!!!」

 

「意味わかんないしッ!!あんたの事情なんて、知んないわよッ!!」

 

 相変わらずの荒い剣筋から繰り出される乱舞は、当然回避に苦労しない。むしろ速度が落ちて容易になったほどだ。

 

 だが、私はその無茶苦茶な剣に冷や汗をかいていた。

 

(本格的に、吹っ切れちゃったわけ……!)

 

 奴が消耗して弱っていくにつれ逆に増していくこの圧力が、正直なところ恐ろしい。まさに『手負いの獣』だ。

 

 だからあの状態で動いていることには、もう今更驚きはない。奴が叫ぶ、戦うことへの執着。何があったのかなんて知ったことではないが、ピトーの攻撃でも潰れなかったのであれば、私の打撃でどうこうできるはずもないだろう。

 

 そんな強い意志が、明確な殺意を向けている。まともに剣も振れない状況でも、逃げることすら考えずに、何をしてでも私を殺そうと命を絞り出している。

 

 その狂気は、私に『サンペー』を想起させた。

 

 さすがに、命を代償に強力な力を、なんていう少年マンガみたいな展開がコカビエルに起こるとは思えないが、それでもまともだった時よりよほど油断ならない。自縛も然り、身を顧みない精神であるから、何をしてくるか予測がつかないのだ。

 

(だからって、今更逃げられないけどッ!!)

 

 喉に上る不満を噛み潰しながら、私は再度攻撃を弾いた。また同じようにコカビエルの体勢が崩れ、そして今度はピトーの貫き手が襲い掛かった。

 

 ただし、酷く静かに。

 

「げ、あッ??!!」

 

 背から胸を貫通するピトーの腕。破裂した心臓のどす黒い血が滴るそれが見えて、初めてコカビエルは攻撃されたことに気付き、眼を剥いた。

 

 本能すら竦む彼女の『気』は、『(イン)』によって隠されていた。『(ゼツ)』の応用技であり、『気』を見えにくくするその技は、ピトーの力量と相俟ってほとんど完全な不可視化と隠密を為している。仙術を使う私でもうっすらとしか感じられないほど故に、コカビエルが対応できるはずもない。

 

 今までひけらかした『気』によって植え付けた、『ピトーの攻撃=すさまじい気配』という印象を使った一撃。とどめを刺すために仕込まれた罠の札は、今のコカビエルをそうして直接に殺すよりも、持久戦で負うリスクの方が大きくなったと判断したがために切られたのだろう。実際、大まかに告げたそれ(・・)のタイムリミットまで、戦闘の最中では決して少なくない時間が残っている。

 

 だが知っている私は、それと同時に感じるコカビエルの気配にも、その悪手を悟った。

 

「っグ!!?」

 

 受けた致命傷に沈黙したコカビエルから、じゅう、と、何かが焼ける音が聞こえた。いや、ピトーが漏らした苦悶からしても、出どころなどわかりきっている。

 

 ピトーの腕が焼かれる音が、私の心臓を殴打した。

 

 確かに心臓を貫かれたコカビエルは、それでもまだ生きていた。光の力で命を繋ぎ、血液の代わりに循環するそれを以てして、身体の内側でピトーの腕を焼いていた。

 

「オ、レは……センソウをオオォォォ!!!」

 

「オマエ、ちょっとしつこすぎッ!!」

 

 叫び、ピトーが逆の手の拳を握る。光のせいで多少抑制されているとはいえ、込められた『気』は死に体のコカビエルなど容易く殺せるほどに溢れていた。そうでなくとも光の力で無理矢理命を繋いでいる以上、このままその場につなぎ止めておくだけでいずれ奴は死ぬだろう。

 

 だが私は、両手に光の剣を震えさせるその表情を正面にして、どうしても危惧と不安を拭えなかった。狂いに狂って進む、死と反比例に増大の一途をたどる殺意がピトーを傷つけている現状を、私は容認できない。

 

 だからコカビエルが背後のピトーに遠心力で光の剣を振るう時、私は意を決して飛び出していた。

 

「フェルにッ、引っ付いてんじゃないわよ変態ッ!!」

 

 襟首を掴み、背負い投げの要領でピトーから引き離す。水音と一緒に腕が抜け、胸に虚空の穴をあけたコカビエルが、投げ飛ばされて宙を舞った。

 

 もちろんそんなことであの暴走状態が解けるはずもなく、コカビエルはままならない身体で無理矢理私に照準を絞った。右手に注ぎ込んだ精一杯の光の力で槍を作り出し、投擲しようと振りかぶる。

 

 威力はともかく、今までの私たちからすれば当たるはずがないだろう。しかしもう不自然に感付くだけの理性は奴になく、ならばこれでもいいだろうと、私は光めがけて脚のバネをたわめた。

 

 その時、ふと視界の端に光が走った。

 

「ッ!!」

 

 コカビエルが握っていたはずの光の剣だ。たぶん投げ飛ばされてすっぽ抜けたのであろうそれが、瞬間腿を始動させた私の射線上。

 備えていた能力で、辛うじてそれを打ち消した。だがそのために生じた正面の空間が、光の槍にそのままの通過を許す。

 

 覚悟した激痛が、私の胴を貫いた。

 

「が、はッ……」

 

「ウタッ!!」

 

 槍の勢いに弾き飛ばされる私の身体。思わず一瞬硬直してしまうピトーの脇でバウンドし、土煙の中を転がった。

 

 コカビエルがあっけないそのさまを眼にして、狂暴な喜色で血液混じりに喉を鳴らす。

 

「クハハハハッ!!なんだ!!ようやく死んだかニンゲン!!!」

 

「コイツ、調子に――ッ!?」

 

 意気を取り戻したピトーが突っ込むも、牽制に突き出された光の剣を避けるため脚が止まり、容易く首に手を掛けられる。締め上げられて片腕で身体を持ち上げられ、詰まる息にもがきながら弱々しく抵抗してみせる彼女に、コカビエルはまた喜色と、そして嘲りに満ちた元の尊大を取り戻した。

 

「そう、そうだ。オレがニンゲン如きに後れを取るわけがないのだ!この程度の負傷も、ヒヒヒッ!モンダイないとも、すぐに癒えるにキマってる!!どれだけパワーがあろうが妙な力があろうが、一撃で壊れるような脆いイキモノなど、恐るるに足らんなァ!!」」

 

 現状の認識は想像通りねじ曲がり、コカビエルは私が転がった方向へ楽しそうに狂い嗤う。向く足のその思惑を悟り、ピトーは握り潰される声帯を必死に震えさせた。

 

「――や……めろ……!ウタ、に……は……」

 

「そんななりで、まだナカマの心配か?……ヒヒッ、やはりオレ正しかった。くだらないなキサマ。リアス・グレモリーのように甘い、アマすぎる。だから下等!だから脆弱!!だから何もできずにィ――」

 

 最初のそれよりはるかに巨大な光の槍が生み出されて、またおもむろに構えられる。そして、

 

「こうなるのさァ!!!」

 

 先の土煙に打ち込まれた。

 

 突き刺さる。すさまじい振動と風圧。しかし込められた威力からすればささやかな衝撃波が、吹き飛ばした土煙をリアス・グレモリーたちにまで届けた。

 

 大地も割れず、弾幕や光の爆発と比べれば実におとなしい影響。だがコカビエルは、血液混じりの唾を飛ばして笑った。

 

「さっきもあの黒い玉、使ったんだろうが、本気のオレの一撃を防ぎきれるはずがないだろう!?猿が一匹ならばなおのことだ!!貫通するダメージだけでニンゲンが死ぬには十分……ん?」

 

 そしてすぐ、釣り上がった頬の皺が消える。一転間抜けな疑問符を漏らしたコカビエルは、その時ようやくそれを視認した。

 

 視界の効かない中、気配で探り当て、そして討ったと確信した私の姿。コカビエルが想像したものはどこにもなく、代わりに黒い人型(・・・・)が横たわっていた。

 

「なん……だ……?この……」

 

 形も、それが発する気配も私と瓜二つだ。光の槍が突き刺さっている。間違いようがないほど私であるはずなのに、視覚情報に於いては明らかに違う。

 

 これはなんだ、いやそれよりも『ウタ』はどこなのかと、理解不能で動きを止めた死にかけの脳味噌がその疑問にたどり着く前に、ピトーが動いた。

 

 めり、めしゃっ、と軋んだ骨が捻じれて砕け、肉ごとすり潰される音。

 

 唐突に芯を失って垂れ下がった腕に、コカビエルは痛みにも気付かないくらいに呆けて、そっちを振り向いた。

 

「なんて……あーあ、首が血でべたべた。まあ別にいいけどさ。でも、赤髪と一緒にされるのは……ちょっとヤだにゃあ」

 

 ピトーが、血の手形が付いてしまった首周りを気にしながら、肩をすくめて平然と鼻を鳴らしている。加えて手形の元、鷲掴みにしていたその腕が捻じれて折れて潰れているのだから、理解すれば、プライドを暴走させるコカビエルが彼女への憎悪で燃え上がらないはずがない。

 

 獣のような咆哮を上げて、逆の手に極大の光の槍を生み出した。

 ピトーに集まる、すべての敵意、殺意。それで、

 

「――おしまい、っと!」

 

 背後から、私の手がコカビエルの肉に突き刺さった。

 

「ごぁッ……!!」

 

 胸に空いた大穴は、元より致命傷。補修はしても塞がっているわけではないそこを再度貫かれ、開いた損傷は否応なしに光の力を霧散させる。響いた衝撃で槍は崩壊し、コカビエルの身体から力が抜けた。

 

 だが倒れる直前、間一髪踏み出した右足が前傾を留めた。

 

「ち゛ょうじに゛、の゛る、な゛ア゛アァァァァッッ!!!」

 

 手に感じる肉がミチミチ収縮し、灼熱の血を撒き散らしながら身が捩られる。血走って真っ赤に染まった眼球が飛び出さんばかりの殺意を放って私を捉え、その往生際の悪い意志で腕を持ち上げた。

 

 身体に染みついているのだろう、光の槍を投擲する構え。不発に終わった数秒前の形をなぞり、血を吐きなんとか体を為した。

 

 けれども、

 

「アァ……ぁ……」

 

 その身体に光の力が満ちることはなかった。

 

「な……ぜ……」

 

 呆然と呟いたコカビエルが、次いでぐらりと身体の力を無くす。導線を断ち切られた機械のように一瞬にして脱力し倒れる肉体を、私は肉の中の背骨に指を引っかけて支えてやった。体内をえぐり進んだその感触にすら反応を示さないコカビエルに、抑えきれない加虐心のまま、乱暴に引っぱり起こしてとぼけてみせる。

 

「なぜって、どのなぜ?フェルがピンピンしてること?それともあの身代わり?だったらあんた、もっと疑うことを覚えるべきだとおもうわ。女は皆、生まれながらに女優なのよん」

 

「光を散らす……黒い玉には、触れ……いない……のに」

 

 虫の息であるコカビエルの囁き声に、私の口角が少し下がった。

 

「ああ、やっぱりそれには気付いてたわけ。ご明察。ただ撃ち落したり、羽を潰したりしてたわけじゃないの。念弾と思ってくれたらよかったんだけど……はあ、フェルが前に出ちゃうからさぁ……」

 

「それもボクのせい?でもウタだってあの後いっぱい使ってたにゃ。槍を防ぐには必要なんだから」

 

「一回ばらしたのを隠してもしょうがないじゃない。槍は避けるなりいなすなりして、切り札に取っておきたかったの!……まあ『光を散らす』ってことは、本質的な事には気付いてないみたいだけどね」

 

 わざわざ接触と同時に炸裂させたり、ピトーと同様に『隠』を封じたり、後は挑発に、強調した攻めっ気も。最初に背中に潜り込ませた【黒肢猫玉(リバースベクター)】を意識させないよう講じたあれやこれやは、奥の手を添えずとも見事に役割を果たしてくれた。

 今も羽の間に『隠』で見えなくした【黒肢猫玉(リバースベクター)】がくっついていることなど、コカビエルは想像もしていないのだ。

 

「これもまあ、ここまでボコボコにできたんだから、要らなかったかもしれないけど。直接(・・)触れられた訳だし」

 

 一瞥して能力を解除して、ようやくつかみ取った『生命の源泉』、既に弱り切った命の源を優しく撫でる。

 

 染み出た血を、舐めとって。

 

「ともあれバイバイカラスちゃん。来世があったら、その時コレのタネ明かししてあげる」

 

 おもいっきり握り潰した。

 

「こ――」

 

 脆いガラス玉が砕け、バラバラのガラクタになるが如く。

 

 瞬間、仙術によって命を壊され、コカビエルは死んだ。




搭城小猫?そんな子、ウチにはないよ…

黒歌の新能力の解説をしようかと思いましたが、まだはっきりしてないのとあとめんどくさいので止めておきます。感想ください。
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