主なきノラネコたちの家   作:もちごめさん

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20/9/08 本文を修正しました。


三話

「――あ」

 

 ただちょっと、予想外の出来事。

 直接触れて使ったために間違えた力加減が、その死を少しばかり愉快なものに変えてしまっていた。

 

 込め過ぎた『力』でコカビエルの胴体が爆発し、詰まった血肉が盛大に撒き散らされる。勢い余って一緒に飛んだ頭を反射的にキャッチしてしまったピトーも、そしてほぼゼロ距離にいた私も、そのしぶきを避けることができなかった。

 金臭さと生臭さと生温かさが全身に覆いかぶさる結末を、私たちは回避することができなかったのだ。

 

「へぶっ!」

 

「うに゛ゃんっ!」

 

 重たい粘液とぶよぶよした肉片が、顔を叩き胸を叩き腹を叩き、そしてべっとりとへばりつく。貫いた肉がきれいさっぱり四散して、汚濁に塗れた私たちは過ぎ去った嵐に目を開けると、互いの惨状に言葉を失い、呆然と見つめ合った。

 

 ぺきん、と硬いものが折れる音が、締まりのない勝利のその只中を断ち切る。同時、軽くなった腕に気付いて視線を下げれば、私の手には肉が吹き飛んだコカビエルの背骨、腰あたりの腰椎だけが握られ、その下の下半身が千切れ落ちて血だまりの地面に頽れていた。

 

 中々にえげつない惨殺事件だ。それで私はようやく我に返り、己がしでかしたことに気が付いた。血と肉片で汚れた眼鏡を外し、泳ぐ眼でもごもご弁明を口にした。

 

「あー……うん。テンション上がっちゃって……能力のほうに感覚がね、引っ張られて、それで加減を間違えちゃったわけで……」

 

「………」

 

 ちらりと横目で様子を伺えば、ピトーが俯いて黙り込んでいた。口を押える手は怒声を堪えているのだろうか。当然だろう。それがいくら彼女の好物の類だろうと、全身にぶっかけられては喜べるはずもない。

 

 とはいえ、それにしてもオーバーリアクションが過ぎるのではないだろうか。

 別に故意にやったわけではないのだから、いつものように鋭い軽口で済ましてくれてもいいはずだ。なのにピトーは未だ顔すら上げず、不機嫌ですよと言わんばかりの近づくなオーラを全開で醸し出している。

 

 ならばぶっかけは原因の主ではないのだろう。道理に合わない怒りの元は、とどめを横取りしたためか、それとも私の未熟そのものか。わからないが、つまり私は何かしら、ピトーのよろしくない琴線に触れてしまったらしい。

 

「あのー……そのー……」

 

 お茶濁しも通じない、正体不明の憤り。挽回しようのないそれから想起されるのは、ホーム出発前の徹夜ゲームの一件、あるいはそれ以上に激しいピトーのお説教だ。

 

 普段滅多に怒ることがない彼女のそれに、私は逆らうことができない。冥界での出来事がトラウマにでもなっているのか、己に向く彼女の怒りを目の当たりにすれば、どうしても身を縮めることしかできなくなるのだ。

 

 彼女の失意を延々受け続けなければならない未来は、考えるだけで大概のプライドを心の奥底にしまってしまう。私は痙攣する頬の端をどうにか持ち上げ、あざとく小首を傾げてみせた。

 

「ゆ、許してにゃん?」

 

 ……あまり効果はなかった。なおも湧く怒りか、ぷるぷる震えるばかりの彼女は、一つ喉を鳴らして何か飲み込んだ後、睨むみたいな眼で私に一層の怯えを植え付けた。

 

「ちょっと、飲んじゃった」

 

「えっと……お、おいしい?」

 

 気の利いた言葉が思いつかず、つい素直な感想が口に出る。ピトーはやっぱり動じず、眼差しは硬いままだ。

 

 本当に怒っているのか、もはやそれすら曖昧に思えた。中身が見えない故の理不尽な眼は、怖いを通り越して涙すら滲みそうになる。お説教を回避できるなら、徹夜の成果を全部無に帰してもいいくらいだった。

 

 だからピトーが、心底恐ろしい『黒歌への怒り』を露にせんと息を吸いこんだ瞬間、駆け寄ってきた足音にそれを呑み込んだことは、私にとってこれ以上ないくらいの福音だった。

 

 私はこれ幸いと振り向いて、途端に背を跳ねさせ足を止めたリアス・グレモリーへ、先んじて皮肉を投げかけた。

 

「っていうか、前々から思ってたけど、悪魔っておバカしかいないの?なんだって戦えもしないのにコカビエルなんかに喧嘩売ったのよ。自分と相手の力の差くらい理解してほしいわ」

 

 長年曹操との闘争で培った口が、すらすら声色を連ねて並べる。子供且つ恐怖心植え付け済みのリアス・グレモリーは、毅然と佇みながらも顔を青くした。

 しかし、精神的疲労が癒されたコンマ数秒後、代わりに神器(セイクリッド・ギア)らしき赤い小手を装備した男が目の前に飛び出し、啖呵を切った。

 

「な、なんだよいきなり喧嘩腰に……いくら巨乳のお姉さんだからって、部長に手を出すってんなら黙っちゃいねえぞ……!」

 

 と宣ったにも拘らず一直線に胸を向いた視線。隠す気もないエロガキは、己のマスターと同じくあからさまにビビっており、警戒心を露にしていたが、その立ち振る舞いはそれでも実に堂々としたものだ。

 

 力は示してやったのに。尚強気に出られるのは男の度量か、それともただおバカなだけなのか。視線を踏まえてたぶん後者だろうと、私は男へ失笑してみせた。

 

「『手を出す』なんて酷いこと言うのね。こんなに苦労して助けてあげたのに。あーあ、私、傷ついちゃったなぁ……これはもう、追加料金に加えて慰謝料も請求するべきかにゃん。ねえリアス・グレモリー?」

 

「い、慰謝料はともかく……助けてくれたお礼は……べ、別に支払うわ、もちろん。……ええと、はぐれ悪魔のものだけれど、討伐賞金の相場に照らして――」

 

「身の程知らずのお子様の尻拭いさせられて全身べっとり汚された挙句、助けたそのお子様にいじめられたら、そりゃあ仕返しの一つもしたくなるものよねぇ」

 

「お、お父様とお兄様にも頼んでみるから……」

 

 なんとか保っていた毅然も剥がれてとうとう涙目になってしまう赤髪の貴族悪魔に、とりあえず私の鬱憤が晴らされる。小遣いのみならず本家からもとなれば、それなりに搾り取れることだろう。

 

 私としては予想通り、というか願望通りに引き出した四年前の怯弱だったが、どうやら小手の男を始めとした見知らぬ面々には、その弱気が大層驚きであったらしい。

 自身の印象に似つかわしくない豹変に、小手の男が再度私に吠えた。

 

「部長……!?ウタっていったか、あんた部長に何したんだよ!?大体、尻拭いったって攻めてきたのはあっちだぞ!教会からエクスカリバーを奪って、それを使ってこの町を破壊しようとしやがったんだ!なあ、ゼノヴィア!」

 

「……あ、ああ」

 

 少々の間を置いた応え。聖剣使いの彼女はまだ神の死の衝撃から脱せられないのか、何やら怯え以外の色でぼおっと私たちを見つめている。

 

 小手の男はぼやけた反応に一瞬口を噤んでから、拳を握りこんでさらにまくしたてた。

 

「駒王町はリアス部長の領地なんだから、町の皆ごと消滅させられるかもしれないってのに逃げるわけねえだろ!戦わずにいられるかってんだ!」

 

「領地っていうか、ただの縄張りでしょ。言っちゃうけどね、人間のほうはだーれも悪魔が領主だなんて認めてないわよ。一般人なんて悪魔の存在すら知らないし」

 

 曹操との罵り合いと違い、面白いように食いついてくる。つい口が緩んだ。

 

「だ、だとしてもリアス部長がこの町を守ってきたことには変わりねえ!たとえ誰からも感謝されなくても、故郷を見捨てるなんてことできるもんかよ!」

 

「……ふぅん。まあ、認める認めないなんて話、私たちには関係ないけど。要は分不相応なのよ、力量も精神も。特にそこの金髪の子、死体見ただけで顔真っ青にしちゃって……あらん?もしかして気絶しちゃったの?ほんとに何しに来たのかしら」

 

「アーシア!……そりゃあこんな……ひでえ死体なんて見たら、アーシアじゃなくてもショック受けるに決まってるだろ……!俺だってそんなので指されたら……う……」

 

「ただの背骨でしょ、こんなの」

 

 金髪ロングの欧州人らしき女子、アーシアなる神器(セイクリッド・ギア)使いを一瞥で沈めたコカビエルの背骨を、私はポイっと投げ捨てる。後方での治療担当なのだろうが、だからこそ生き物の中身を見ただけで機能停止するなんて笑い話にもならない。ただでさえ全員戦い慣れていないのに、彼らは物を抱える余裕などはないはずだ。

 

 部活動の延長のような認識なのか、『オカルト研究部』なる名前で活動していることを鑑みるに、そうかもしれない。そんな認識で領主だなんだと胸を張られても迷惑以外の感想はなく、そして実際、私たちは厄介を被った。

 

 これは、つつきがいがある。それに反意を抱かせることもできるやもしれない。リアス・グレモリーの後悔が見えるようで、私はすぐさまいちゃもんに頭を巡らせた。

 

「とにかく、わかる?あんたたちは弱すぎるの。逆立ちしたってコカビエルには勝てないくらい。立ち向かわれても、あんたたちが死ぬだけで誰も得しないのよ」

 

「ッ!!……勝てないって……わかんねえだろそんなこと!!俺と部長と、みんなで力を合わせれば、コカビエルの野郎だってぶったおせたさ!!それに一時間耐え凌げば、魔王さまだって来てくれる!!」

 

「あんなので一時間も持つわけないでしょ」

 

 コカビエルの目的は戦争を起こすことであったようだし、下僕のほうはともかく、リアス・グレモリー当人は間違いなく殺されていただろう。というか妹が死の瀬戸際にいるというのに一時間もかかるのか。

 

 関係ない思考を振り落としてから、べたつく前髪をかきあげて続ける。

 

「私とフェルが手を出さなかったら、あんたたち全員、確実にコカビエルに殺されてた。そしたら結局町は吹き飛ばされるじゃない?挑んでも挑まなくても、どちらにせよ町は消えてたの。なら合理的に考えて挑むべきじゃないって、そんなことも判断できないようだから、こうやって親切に諭してあげてるの。大変な目に合ったのに、それも水に流してね」

 

「じゃあ……どうすりゃよかったってんだよ!!町を、皆を見捨てて逃げろって言うのか!!」

 

「そう言ってるじゃない、さっきから」

 

 途端、ズン、と、鼓動のように男の『気』が震えた。龍のようなそれに混じり、怒りが、警戒と嫌悪に加わって滲み出る。

 理解できない、と言わんばかりに歪む眼差し。まるでバケモノを見るような眼だ。

 

(やっぱり、おきれいなクソガキ)

 

 口角が上がっていくのを自覚しながら、私はわざとらしく小首を傾げた。

 

「考えてもみなさいよ。挑めば町も人も、あんたたちも全部消えるけど、逃げればあんたたちは助かるじゃない?簡単な数字の問題よ。助かる人数が多いんだから、どっちか選ぶなら後者でしょ」

 

「だっ……けどよ……!!」

 

「これだけ言っても納得できない、と。にゃるほど、ねぇ……。こんなんならもういっそ、隠れてあんたたちが殺されるのを見物してたほうがよかったかしらん?」

 

 やっぱり、毒が回るのを待つべきだった。わざわざ正面切って戦うことなどなかったのだ。

 

 半分本気で考えて、私は冗談を笑った。遠回しに言った『死ね』が、重ねた皮肉のいじめで私への不信をため込んだ小手の男から、いよいよ明らかな怒気を表に引きずり出す。

 

 動いたそれを眼にして、ピトーに倣ってストレス発散してやろうかと嗤った。

 

「一誠君!!」

 

 だがもう一つの見知らぬ顔、金髪の優男が、飛び出す直前だった小手の拳を寸前で妨げた。

 

 似たり寄ったりのお子様正義漢であるらしく、眼は怯え、やはり己の行為への正邪で揺れているが、それでも私にまっすぐ視線をぶつけて立ちふさがる。

 

「……あなたのおっしゃることは、正論なんだろうと思います。あのまま、もし白音ちゃんが命を張って戦ってくれたとしても、僕たちがコカビエルを倒せる可能性は限りなく低かったでしょう。けど……だからといって、町の人々を見捨てて逃げることが正しいとは思わない……!可能性が僅かでもあるのなら、諦めてはいけない。諦めれば、その可能性すら潰してしまうなら、僕はリアス・グレモリー様の『騎士(ナイト)』として、そんなものを受け入れるつもりはない!」

 

 私の内心とは対極的に、酷く真剣な物言いが貫いた。

 

「撤回してください。一誠君の、僕たちの覚悟を笑ったことを……!」

 

 笑い声が漏れないよう、我慢するのに苦労した。

 

()よ、そんなの。だってこんなにマヌケな話、笑わずにはいられないんだもん」

 

 身勝手(おままごとみたい)な正義を大真面目に力説されて、それで笑わない奴などいるものか。しかも逆ギレする子供がセットだ。

 

 ――それはただ、見捨てる勇気がないだけでしょ?

 

「自己犠牲は結構だけど、そういうのはもうちょっとマシに戦えるようになってから言いましょうね、ぼく?」

 

「――ッ!!」

 

「バカにするのもいい加減にしろよあんた!!さっきからいったい何なんだよ!!味方なんじゃねえのか!?」

 

 虚を突かれたみたいに息を呑む金髪男を押しやり、今度こそ我慢できないと小手の男、一誠が前に出る。私は袖をまくって腕の傷を見せびらかしてやりながら、小ばかにした調子でさらに詰り続けた。

 

「こうやって尻拭いしてあげたでしょ。イエスマンじゃないから敵扱いなんて、酷いにゃん」

 

「それはッ……助けてくれたことは、感謝してる。俺たちのせいで怪我までさせちまったのも、もちろんわかってる。コカビエルと戦ったのは、あんたたちからすれば間違いだったのかもしれねえけど、けど、だからってなんで、『町の皆を救いたい』っていうその気持ちまで笑われなきゃなんねえんだよッ!!あんたのほうこそ、なんでこの気持ちが理解できねえんだ!!」

 

「理解できてるわよ?だから不相応だって言ってるじゃない。全部救う力なんてないくせに粋がって、それで結局全部パーにするバカが滑稽だって」

 

「……弱い奴は、救いたいって思うことすら許されないって言うのかよ……!」

 

 ぎり、と歯を噛む一誠に、私は確信した勝利で得意げに言い放った。

 

「何度も言わせないでくれる?そうよ」

 

 調子に乗った温室育ちどもをやり込めることの、なんと気持ちのいいことか。

 

 この説教にさしたる中身は無い。鍛えろと依頼された身であるが、少なくとも私は、こいつらの意識をいい方向に矯正してやろうなどとは欠片も思っていない。これは説教のための説教だ。

 善意なんてこれっぽっちもない、ただの悪罵。実にならないのだから印象だって悪くなるばかりだったろう。それこそ、こんな奴に教えられるなんてまっぴらだと、そう思われるくらいには傍若無人にいじくり倒した。

 

(これでキャンセル入って、違約金も踏んだくれたら言うことなしじゃない?)

 

 二月近くもこいつらに拘束されずに済む。そして何よりピトーのストレスも減ってお説教も軽くなる。たぶん。

 

 加虐心の裏にあった淡い期待が、男二人のしかめっ面に期待を覚えてふんぞり返ったのだった。

 

 だがしかし、敵意すらにじませる不満で眼光鋭く私を睨む一誠は、予想の全く正反対を口にした。

 

「じゃあ……許されるくらいに俺を強くしてくれよ……!!」

 

「……は?」

 

 憤慨して殴りかかるでもなく、背を向けるでもなく、直視したまま意志で射抜いてくる。

 

「リアス部長から聞いた。あんたたち、白音ちゃんを鍛えるために雇われたんだろ?俺が、話にならないほど弱いって言うんなら、一緒に俺も鍛えてくれ!」

 

 嫌そうにしかめた表情は、たぶんこの場合、『挑むような』と称するべきなのだろう。当てつけを一瞬夢想したが、しかしどう考えても意志は本心だし、言葉も聞き間違いではない。

 

 あれだけの罵倒を受け、敵意まで持った相手に堂々と師事を願えるのはのはなぜなのか。数秒を置いてようやく放心から帰った私は、内心の動揺をどうにか押し隠し、作った余裕の笑みで再び期待を追いかけた。

 

「あんたマゾ?ていうか、才能ないのに仙術なんて覚えようとしても死ぬだけよ」

 

「『念』っていうんだろ、あんたたちの……そっちのフェルさんが使った技」

 

 一誠の眼がピトーを見る。こころなし滑らかで、かつスケベ視線、ついでにさん付けであることに突っ込む間もなく、口を覆ってずっと不満を主張していた彼女がぴくりと眼だけで反応すると、奴はそれを肯定とでも取ったのか、彼女に身体を向けて言う。

 

「コカビエルをぶっ飛ばしたあの力があれば、俺だってもっと戦えるはずだ。だから、頼む!白音ちゃんのついででいいから、『念』を教えてくれ!」

 

「ば、馬鹿言ってんじゃないわよ!なんで悪魔なんかに……大体、私たちが受けた依頼は仙術指導であって、『念』を教える義理なんて――」

 

「ないことは、ないと思うわ」

 

 遮り、まだ震えが残るリアス・グレモリーの声が前に出る。ピトーの存在を極力無視して恐る恐る私へにじり寄った奴は、同じく震える朱乃を背後に置きながら、その手を握り締めた。

 

「わ、私はあなた、ウタへ白音への指導を依頼したけど、ふぇ……フェルには何も頼んでいないわ……!滞在のことも含めて、一誠の指導も引き受けてくれて、いいんじゃ……なくて……?」

 

 耐えていたのに後半結局浮いた涙の雫に、ピトーが顔を上げた様子が反射して映った。憎悪か激怒か、ピトーの不快が噴出する前に、私はその生意気娘を号泣に追いやるべく喉を鳴らす。ただおちょくるつもりがどうしてこうなったのかと、自分の考えなしに苦いものを感じながら。

 

「あんたね、今までも散々面倒ごとに巻き込んでおいて、尚そんなこと言うの?驚きだわ、ここまで図々しい――」

 

「――ウタ」

 

 しかし突然、ピトーの声がまんまの罵倒を掣肘した。驚愕のまま振り返り、まさか引き受けるのか、と思って次の瞬間、空を見上げた彼女に続いて顔を上げ、それに気付く。

 

 空を覆う拙い結界を貫通し、ここまで届く二つの大きな気配があった。

 

「……誰よアレ。なんでこんなとこ来たのよ」

 

「……?なんだよ、何が来たってんだ……?」

 

 ピトーの異様に鋭い第六感も、私レベルの仙術も使えない子供連中には、私たちは突然結界を見上げて意味深なことを呟いた意味不明にしか見えない。一様に疑問符を浮かべたその内心は、答える気のない私たちを真似してやっぱり天を見上げた。

 

 それと、ほぼ同時、

 

「――な、なんだ!?」

 

「結界が……!!」

 

 ぐにゃりと飴細工のように歪み、そのまま溶けるようにして結界が消えていく。戦いが終わったことに外のお子様が気付き、解除したわけではない。

 消えゆく結界に空いた大穴から降ってきた、そいつらのせいだった。

 

 ズドン

 

 墜落、というよりもはや攻撃の速度で私とリアス・グレモリーの目前に降り立つ人影。衝撃波同然の風圧に吹き飛ばされ、尻もちをついた挙句縦に一回転までした赤髪悪魔の痴態を脳内で笑ってやりながら、私は拭いきれない警戒心で、土煙越しのその二人(・・)を見つめた。

 

「さすがヴァーリくんにょ!普通に飛んだら何時間もかかるのに、十分の一もかからなかったにょ!」

 

「俺としてはあんたの頑丈さに驚きだよ。言われた通り全力で飛ばしたが、何故無事なんだ。『念』を使っているでもない、ただの生身だろう?」

 

 と、気の抜けた困惑で首を振る、ヴァーリなる白い全身鎧。気配からして一誠と同じく龍系統の神器(セイクリッド・ギア)使いなのであろう謎の男の背から、少なからぬ因縁のある相手、その得体の知れない容貌が姿を現す。

 

 魔法少女みたいな恰好をした巨漢、ミルたんが、そこに居た。

 

「………」

 

 奴に私たちと敵対する意思がないことはわかっている。ついでに外見の奇抜さとその意味不明な力とは対照的に、内面は非常に常識的で、且つ善だ。そんな人間――これが人間であることを未だに信じることができないが――が気さくな態度を見せているのだから、全身鎧だって悪者ではないのだろう。漂う『力』の圧は相当な強者であることを示しているが、それが今すぐ襲い掛かってきたら、という警戒はする必要がないはずだ。

 

 だが全身鎧の中身、神器(セイクリッド・ギア)を宿した人間であるはずのその気配に、私は確かな悪魔(・・)のそれを見つけてしまっていた。

 

 つまるところ、たぶんハーフなのだろう。半分は人間だが、しかしもう半分はれっきとした悪魔。ピトーの憎悪の対象だ。それと仲良くしているミルたんを見てしまえば、私は諸共を睨みつけ、戦闘態勢を取る以外になかった。

 

「ねえ、ミルたん。その鎧は――」

 

 どこの誰なの、と眉をひそめて喉から出かけた続き。しかし直後、ひりついた警戒心と共に、それは大声で響いた驚愕によって掻き消された。

 

「えええ!!?ミルたん!!?なんでこんなとこにいるんだよ!!?」

 

 叫んだ一誠と私とで、ミルたんは一瞬答える先に迷い、すぐ一誠にその魁偉な顔を向ける。

 

「……悪魔さん、お久しぶりにょ。なんでってそれはもちろん、この町がミルたんのホームだからにょ。町のピンチに駆けつけるのは当たり前にょ!どうやら遅すぎたみたいだけどにょ……」

 

 驚くべきことに、二人は知り合いであったらしい。ホーム、つまり拠点を置いていたことも初耳だ。なんだって悪魔の縄張りでそんなことをしているのか。

 

 湧いた疑問は、ほどなくして回答を示されるまで私の眉間にしわを寄せた。

 

「そうじゃなくてさ……その……や、やっぱりミルたん、人間じゃなかったのか……?」

 

「にょ?ミルたんはれっきとした人間にょ?」

 

「いやだから、ただの魔法少女に憧れたゴリ……漢女(オトメ)じゃなかったのかっていう……ほら、普通の人間じゃあそもそも匙たち生徒会が張った結界で、町が襲われてることなんかわからねえんだし……」

 

「なんだそのことにょ。ミルたんはレヴィアたんから話を聞いたんだにょ」

 

「れ、レヴィアたん……?」

 

 怯えを引きずるリアス・グレモリーが、その名にハッとして目を見張った。

 

「まさか……セラフォルー・レヴィアタン様のこと?魔王様と繋がりがあるなんて、そんなの……あ、貴方、本当に何者なの……?」

 

「ミルたんはミルたんにょ!『魔法少女』ハンターにょ!」

 

「……ああ……なるほど、ね」

 

 意味不明な宣言にたじろいで、そこから何を掬い取ったのか、諦めたかのように納得してしまう。一誠のほうも朱乃に何やら耳打ちされて、引き気味の苦笑いを浮かべた。

 

 私たちを置いてきぼりにして、ミルたんはそのぶ厚い、下手をしなくても私以上にサイズのある胸を張る。

 

「レヴィアたんはミルたんの同志であり、ライバルであり、お友達にょ!そんな人から妹を助けてなんてお願いされて、ミルたんが断るはずがないにょ!……ただその時は、ミルたんお仕事でちょっと遠いところにいたにょ。悲しいけどミルたんは魔法使いや悪魔さんたちが使うような、一瞬で場所を移動する魔法が使えないにょ、普通に向かったのではとても間に合わないにょ?だからヴァーリくんに頼んで近くに瞬間移動して、ついでに連れてきてもらったんだにょ」

 

「まあ、そういうわけだ。貸しに付け込まれて、タクシー扱いされただけの男さ、俺は。……だから、今のところは戦う気もない。安心してくれ」

 

 最後の一言を私たちに向け、ヴァーリは兜の中で低く笑った。

 そして、表にした警戒心が消えないうちに、

 

「アザゼルに頼まれた用事さえ済ませば、すぐに帰るさ」

 

 一滴の愉悦が、凪ぎかけた空気を割り裂いた。

 

 瞬間に、私は警戒を一段上に引き上げた。そしてリアス・グレモリーたちの一部、『アザゼル』を知る奴らが二人に、特にヴァ―リへ敵意を向ける。

 

 理解できない側の一人である一誠が困惑気味にあたふたする中、手に滅びの魔力までもを纏わせながら、リアス・グレモリーは決死の表情で二人に問うた。

 

「アザゼルの手先……そう。ならばこれは、堕天使側の宣戦布告ということかしら。私を殺して、本当に戦争を再開させる気……?」

 

「え……?ええっ!?どういう意味っすか部長!?やっぱりあの鎧野郎は敵……名前は何回か聞いたけど、結局アザゼルって誰なんすか?!」

 

「堕天使、『神の子を見張る者(グリゴリ)』の総督にょ。つまり、コカビエルくんの上司さんにょ」

 

 ミルたんが答え、そしてようやく一誠も事の重大さを理解する。さっきまで戦争だなんだと大暴れしていたコカビエル。ヴァーリはそんな戦争狂が所属していた組織の、そのトップ直々に送り込まれた使いなのだ。

 

 コカビエルの死を大義名分にした報復か、一歩進んで戦争誘発を引き継ぐ気なのか。物騒な目的ばかりを想像してしまうのは、致しかたのないことだろう。私とピトーも、そうではないだろうと思いつつも危惧を捨てきれずにいた。

 

 ミルたんが、そんな私たちの危惧を解こうと言葉を続ける。

 

「けどアザゼルくんは、みんなが思っているようなことは考えていないにょ。むしろ逆にょ。彼は戦争なんて望まない、心優しい人にょ」

 

「……悪いけど、そんな話を易々と信じることはできないわ。確かにコカビエルはアザゼルと袂を分かったと言っていたけど、つい最近の堕天使の襲撃も含めて、心優しいなんてことはとても思えない。それに、私の領地に無断で侵入してまで遂行しようとした『アザゼルの用事』というのは、いったい何なの――ッ!」

 

 言い切る手前で、リアス・グレモリーの顔に恐怖が戻る。

 

「赤髪に同意するのは癪だけど、ボクも信じられないにゃ」

 

 ピトーが沈黙を破った。ちらりと振り向けば未だ硬い目つきのまま、それを全身真っ赤に濡らした返り血で隠し、迫力ある警戒をヴァーリへぶつけている。

 

「オマエ、喧嘩売ってるのなら買うよ?今ボク、結構イライラしてるから」

 

 お約束の如く怯えるリアス・グレモリーたちと、表情は見えないがヴァーリ、そしてもちろんミルたんも、ピトーの敵意を信じただろう。

 けれどその実、半分は歓喜だ。残りに警戒と、未だ消えない正体不明の怒り。別件故に隠しているが、だとしてもまだ引きずるのかという戦慄混じりの驚きが大きかった。ぶっかけたことへ土下座する決意を固めつつ、私は彼女の戦闘狂の性から眼を離した。

 

「……にょ?フェルさん、もしかしたらと思っていたけど、ヴァーリくんとは初対面にょ?」

 

 何を言うのか、という内心だろう。私も同様眉を顰め、ピトーに代わって口にした。

 

「当たり前でしょ。ていうか面識あると思ってたの?こんな混じり――」

 

「おっと、できればそれはまだ秘密にしておいてくれないか?皆が余計に混乱するだろう」

 

 ヴァーリが遮り、ミルたんが得心がいったというふうに頷く。

 

「なるほどにょ、それで最初もウタさん驚いていたわけにょ。ミルたんはてっきり曹操くんから聞いていたと思っていたにょが、違ったにょね。反省にょ」

 

「俺にはよく自慢してくれたがね。フェルにウタ、試合とはいえ曹操が負け越すほど、相当な使い手だと」

 

「アイツの知り合い?……ふぅん」

 

 眼の剣呑が少しだけ薄れ、空いた隙間にまんざらでもなさそうな表情を覗かせるピトー。これまた余人にはわからないほど小さな変化だが、確かに上向きつつある彼女の機嫌は、気休め程度にお説教への恐怖を拭ってくれる。

 

 ならばあのヴァ―リにはむしろ感謝するべきかと、短絡的な思考が警戒心を掣肘し、曹操の知り合いというのも相俟って身体の強張りが解けた。ちょうどそれを見計らったかのように、ヴァーリは軽く頭を振って鎧の兜を消し、素顔を露にした。想像以上に端正な美少年の顔立ちは、強さと合わせて思わず心臓が鳴ってしまうほどのものだ。

 

「では改めて、自己紹介しておこう。俺はヴァーリ、『神の子を見張る者(グリゴリ)』の所属だ。そして、」

 

 ちらりと、その碧眼が一誠を見てから、私たちに笑う。

 

「今代の白龍皇でもある。よろしく、フェル、ウタ」

 

 差し出された手に、一瞬皆が固まった。

 

「……白龍皇?」

 

「は、白龍皇ッ!?」

 

 ピトーは俯き加減に記憶を漁り、リアス・グレモリーは驚愕で後退る。程度は違えど、その言葉は注意に足るものだったらしい。他の連中も、一誠以外似たような衝撃に慄いていた。

 

「……って、なんだっけ」

 

 ただ私はいまいちピンとこなかった。あの変態と同じ理解であることはムカつくが、わからないんだからしょうがない。

 

 どこかで聞いたことがあるような、ないような、なんていうあやふやで首を捻ると、握手の手を引っ込めたヴァーリが苦笑して、自身の背に広がる光の翼を指した。

 

「『白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)』、これに封じられたドラゴン、二天龍の片割れであるアルビオンのことだ。転じて宿主である俺のことを言う。……ハンターなんだろう?凡百の神器(セイクリッド・ギア)ならともかく、神滅具(ロンギヌス)くらいは覚えていないのか」

 

「……だって神器(セイクリッド・ギア)とか、私の領分じゃないし……」

 

 曹操にぶん投げるべき事柄なのだ、そういうのは。というか、神器(セイクリッド・ギア)持ちならともかく神滅具(ロンギヌス)を悪魔のハーフが持っているとか、そんな奇跡的なことを像できるもんか。

 

 などと言い訳をした私の自尊心を、目当ての記憶を掘り起こしたピトーが突っ切って吹き飛ばした。

 

「そうだ。そういえば何時か曹操が言ってたね、白龍皇がどうとか。戦ったんだっけ?」

 

「ああ、戦ったよ、俺も彼も本気で。決着が付く前にミルたんに止められてしまったが、この禁手化(バランス・ブレイク)状態であそこまで楽しめたのは久しぶりだった。だから、試合だとしても彼の上を行く君とは、かねてから戦ってみたくてね、それでつい表に出てしまったんだ。気を悪くしたのなら、一応謝っておこう」

 

 バカに尊大な謝罪はともかく、つまりこいつは曹操の『黄昏の聖槍(トゥルー・ロンギヌス)』と戦ったのだろう。別の、ヴァーリの言うところの凡百の神器(セイクリッド・ギア)を隠れ蓑にひた隠しにしているそれと戦えたのであれば、やはり奴は十分すぎるほどの強者だ。個人的にはあまり歓迎できないが、戦えるとなればピトーも喜んで受けるに違いない。混じっているのが悪魔の血であると知って、彼女がどこまでやるかは定かでないが。

 

 とにかく曹操が認めているのならば、ひとまず今のヴァーリは敵でない。これがわかった以上、一番怖いのはこの後あるかもしれないピトーのお説教だ。

 

 ヴァーリが純粋な人間でないことはわかっているだろうが、しかし巧妙に隠されている中身の『気』を感じ取る術がない彼女は、それに悪魔が関係しているなどと思っていない。たぶん所属からして堕天使との合いの子だと考えているだろう。そこで素性を伝えれば、彼女の機嫌が悪くなってしまうことは想像に難くなく、そしてそれがお説教にまで及んでしまいかねない懸念も同様、避けれるのなら避けておきたい。

 

(……気が重い)

 

 なんで自分だけ場の話題からかけ離れたところで頭を悩ませねばならないのか。

 もうあまり考えないようにしようと、できもしないことを心に決めて、私は噤んだ口の中でため息を吐いた。

 

「さて、ではそろそろ用事のほうを済ましてもいいか?フェル」

 

 僅かも臆した様子なく、ヴァーリはピトーに問いかける。中和されつつある内心をおくびにも出さない不機嫌顔で、ピトーは応えた。

 

「要相談だにゃ。散々苦労させられたし面倒かけさせられたし、ただではあげない」

 

「つまり?」

 

「お金次第」

 

 ずっと手にぶら下げていたコカビエルの生首を、彼女は嫌そうに掲げて見せた。

 

 堕天使の長であるアザゼルが頼んだ用事。その理由に悪魔との敵対がないのなら、ヴァーリを送り込んだ目的など下手人の回収以外にないだろう。

 

 たぶんヴァーリの実力ならコカビエルを倒すことも難しくなかったはずだ。堕天使たちは事件に気付き、釈明のために自らの陣営で処理したかったに違いない。イレギュラー的に私たちが倒してしまったが、だからこそ死体だけでも手に入れて、自分たちはこいつの味方ではないと証明したいのだ。

 

 実にわかりやすい構図だ。そして同時に強引であり、別の疑惑を連想させる原因でもある。

 

 青い顔をする子供連中から、一際顔色の悪いリアス・グレモリーが割って入った。

 

「ちょ、ちょっと待って!用事ってもしかして、貴方コカビエルの……うう……く、首を持っていくつもりなの?駄目よそんなの、ここは私の領地で、勝手なことは……」

 

「コイツを狩ったのはボクたちで、持ってるのもボク。領地だなんだといっても知らないし、話しかけないでよ赤髪」

 

「ひぅ……お、お金、払うから……」

 

「……コレの競りなんてしたくもないよ。それで?ヴァーリ、いくら出す?」

 

 生首から滴る血を眼で追って、ピトーが平坦な声で言った。

 ヴァーリが平然と首を傾ける。

 

「さてな。だがアザゼルなら言い値を払うだろう」

 

「それでいいよ。じゃあほら、さっさと持ってって」

 

 口約束だが大金と引き換えに、ピトーは首を投げ渡した。放物線を描くコカビエルのマヌケ面をリアス・グレモリーが何とも情けない顔で見送り、ヴァーリの手に渡る。

 

 彼は「確かに」と呟いて、次いで思い出したかのように植え込みのほうに振り向いた。

 

「ああそうだ、あのはぐれ神父にも聞き出さねばならないことがあるんだが、あれも貰っていいか?」

 

 否と言わせるつもりはないようで、答えを待つことなくヴァーリはそこに近付いた。聖剣らしき破片が散らばる地面の上に、刀傷を負った白髪の男が失神して倒れている。

 

 私とピトーは同様に眼を瞬かせ、また何か文句をつけようと肩を怒らせたリアス・グレモリーの息を遮った。

 

「……うん?あれってはぐれなの?てっきり教会の人間なのかと思ってたけど」

 

「私も、コカビエルに切られたんだとばっかり。そこの……ええっと、青髪ちゃん?あんたの仲間じゃなかったの?」

 

 見つめて尋ねた青髪ちゃん、未だに抜けない意気消沈で呆けて私を見つめ返す聖剣使いは、数秒続けてようやくハッと我に返り、ぎこちなく答えた。

 

「……あ、青髪ちゃんとは、私か?……いや、違う。奴の名前は、フリード・セルゼン、コカビエルの仲間だ。融合させたエクスカリバーと共に、そこの木場裕斗に切られた」

 

「つまりただの雑魚ってこと。なら別にいいんじゃない?好きにすれば」

 

「そうさせてもらおう。コカビエルが死んだ以上、あらましを喋れるのはこいつだけだからな」

 

 言い分に反してぞんざいに持ち上げ、わきに抱えて振り返る。ヴァーリは挨拶のつもりか、ちょいっと片眉を上げた。

 

「では今度こそ、これで失礼する。ミルたん、お前はどうする?戻るなら、連れていけないことはないが」

 

「ううん、せっかくだし、ミルたんはこのまましばらく駒王町に居るにょ。レヴィアたんと会ういい機会にょ」

 

「そうか」

 

 ということは、結局反故にはならなかった修行の依頼の間、いつまでかはわからないが、このでたらめな魔法少女とも関わらなければならないのか。

 

 何も起こらないわけがない。ついでにどうやらレヴィアタン、つまり魔王もが絡んでくるようだ。正直お友達とか言ってた時点で嫌な予感はしていた。それにしたって今が『会ういい機会』であるとは思わなかったが。

 

「嫌な事って、重なるわよね」

 

「だねぇ」

 

 案の定、ぼやきに帰ってきた小声には苛立ちの色が乗っている。眼だけを寄こしたヴァーリの、その戦意と約束で緩和されることを祈りながら、私はそっと二人のやり取りから身を引いた。

 

 だからそいつのことなど意識の外だった。背後を晒していたから、私は必要以上に肝を冷やすことになってしまった。

 

「フェル、ウタ、機会があればいずれ戦おう」

 

 ヴァーリがそう言って、好戦的な笑みを再び兜で隠した。その時だ。

 

『無視か、白いの』

 

 真後ろで、まるで大力無双(だいりきむそう)のオッサンみたいな声が、重く響いた。

 

「きゃあッ!?」

 

 巨大な魔獣でも前にしているかのような、威圧感のある重低音。聞き覚えはなく、かといって気配もない中、とどめに背中でそんな声を聞いてしまえば、悲鳴を上げて身体を跳ねさせ、戦闘態勢を取ってしまうのも致し方のないことだろう。

 

 拳を構えたその先が一誠の赤い小手であり、奴を含めた子供連中が軒並みキョトンとした眼で私を見ていても、それは仕方のないことなのだ。

 

 仕方のないことなのである。

 

 声の主、小手に宿っているのだろう何者かは、そんな私に気を遣ってくれたわけではなかろうが、全く意に介さずに再び声を鳴らした。

 

『それとも、俺が既に目覚めていると、そんなことにも気付かなかったのか?』

 

 小手の宝玉が、しゃべるたびにピカピカ光っている。わぁ綺麗なんて半分現実逃避する私はやっぱり蚊帳の外で、その『白いの』は同じく威厳の滲み出る声で応えた。

 

『もちろん、気付いていたさ、赤いの。だがどうやら苦労しているようじゃないか。……情けをかけてやったまでのことだ』

 

 ヴァーリの神器(セイクリッド・ギア)、アルビオンが、同じふうに宝玉をピカピカさせていた。

 

『お前もツキがないな。こちらの宿主は才能に溢れ、そっちは欠片もない。勝ちの芽はないぞ。さっさと見限ったらどうだ、ドライグ』

 

『それはあまりに早計だな』

 

 神器(セイクリッド・ギア)同士の会話という奇妙な光景にようやく奇異の視線もなくなって、険悪な内容を尻目に私はこっそりピトーの傍に戻って身を縮める。彼女はぽんぽん、というかペタペタ頭を撫でてくくれたが、それはむしろ恥ずかしくなるばかりなので勘弁してほしいところであった。被った返り血も広がるし。

 

『確かに相棒には才能がない。頭も悪い上に、極めつけには色狂いだ。だがな、確かに秘めているものがある。バカだからこそ、持ち得るものだ。俺はそれが、何かとてつもないことを起こす気がしてならない。……俺たちでは想像もつかない可能性、それを知らずして評してしまえば、恥をかくのはお前だ、アルビオン』

 

『……才も頭もない赤龍帝が秘めるもの、か。なるほど、期待しておこう』

 

『その驕り、命取りになるぞ』

 

 と、慰めの下で悶えているうちにピカピカの応酬は終息したらしく、ヴァーリがちょっと小ばかにした口調で笑った。

 

「可能性は結構だが、どうせ戦うならそんな賭け事よりも、俺ははっきりした強さがいいな。例えば、フェル、ウタ、お前たちのように」

 

 こっちへ向く視線の気配に、私は平常心を念じて顔を上げる。

 

「どうだ?どちらか彼と赤龍帝を交代しないか?そうすればきっと、存分に殺し合いもできる」

 

「やだね。悪魔に入ってた火トカゲなんて」

 

「ああ、うん……私も」

 

 とりあえずピトーに倣う。ヴァーリはさして思ってもいなさそうに「残念だ」と肩をすくめ、そして一誠にその視線を向けた。

 

「そういうわけだ。いずれにせよしばらくは時間があるだろう。その間、精々強くなっていてくれよ、俺の宿敵君」

 

 言うと、ヴァーリは光翼を煌めかせて飛び立った。その『力』にものを言わせた推進力で風圧を押し付け、ジェット機みたいに飛んでいく。すさまじい速度で、すぐにその姿は結界の晴れた夜空に消えていった。

 

 ……結局、何の話だったのだろうか。

 

 ようやく羞恥心をわきに追いやった私は、吹き付ける砂塵に眼をしかめながら内心で呟いた。呟いて、帰っちゃったしまあいいかと放り捨てる。神器(セイクリッド・ギア)同士の会話の内容すら覚えていないし、思い出そうとしても無駄なだけなのだ。

 

 と思って夜空から戻した眼が、ピトーのそれに掴み取られた。

 

「ところでさ、ウタ。アイツが言ってたアレ、ほんとにほんとなの?」

 

「……へ?な、何が?」

 

 彼女は一誠を、その左手の小手を眼で示し、胡乱げに言った。

 

「あんなのが本物の赤龍帝なのかって話。だって言われてもかみ合わないんだよ、弱すぎて。よくよく思い出せばコカビエルもそんなこと言ってたけど……」

 

「よ、弱すぎて悪かったな!これでも最近は『譲渡』も使いこなせるようになったし……『赤龍帝の小手(ブーステッド・ギア)』の力も、コントロールできるようにはなってきてんだよ!」

 

 睨まれて一誠が喚く。まあ確かに、あの白龍皇を見てしまえば凡人など木っ端にしか見えないだろう。コントロールできていようが、とにかく素体がしょぼすぎる。

 

 とはいえそれは一誠という悪魔の評価であり、宿す神滅具(ロンギヌス)のそれではない。ただ素体が足を引っ張りまくって、それ本体がよく見えていないだけなのだ。

 

 だからたぶん、その身体から神器(セイクリッド・ギア)だけを引っこ抜いて比べれば、『赤龍帝の小手(ブーステッド・ギア)』はきちんと『白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)』に釣り合うだろう。

 伝承通りの二天龍、白龍皇の対となる赤龍帝なのだから。

 

 ……赤龍帝?

 

「ええっ!?赤龍帝なの!?このエロガキが!?」

 

 私はこの時、ようやく正気に戻った。

 

 聴覚野で止められていた神器(セイクリッド・ギア)同士の会話が、長き滞留を乗り越えて処理される。ヴァーリが何故残念がっていたのかとか、そういうことも立て続けに巡った思考がまとめて理解し、周回遅れでその事実にたどり着いた私は、思わずまた考えなしに大声の驚愕を上げてしまっていた。

 

 幸いなことに今度集まったのは奇異ではなく呆れ顔と苛立ち顔であり、精神衛生上比較的マシだったが、それでも塞いだばかりの傷口はさっそく開き、私の口は大慌てで弁明のような言葉を吐き出した。

 

「い、いやまあ、確かにドラゴンっぽい気配はしてたし?しゃべった時も変だなあとは思ってたわよ?でもドラゴン系の神器(セイクリッド・ギア)なんてありふれてるし、そもそもそういうのに詳しくないし……ね?しょうがなくない?」

 

「別にボク何も言ってないんだけど……つまりはコイツ、ほんとに赤龍帝だってこと?つくづく哀れにゃ」

 

「あ、ははは。そうね……」

 

 自然と湧き出た愛想笑い。羞恥爆発の可能性が流れてくれたことに安堵すると、それを嘲笑と見たのか一誠が肩を怒らせた。

 

「なんだよ、せっかくの色っぽいお姉さん枠だってのに……あんたもウタもどうしてそう底意地が悪いんだよ!俺に、俺たちになんか怨みでもあんのか!?」

 

 妙に切実な前半の主張に加え、一誠は文句みたいな詰問を吐き掛ける。

 あるに決まっているだろう、と怒鳴り返してやりたいところではあるが、それはピトーの権利だ。だから威嚇のように一歩詰め寄られた私は、それをただ鼻で笑った。一番悪魔をあれこれしたいのは彼女であるのだから、邪魔をしてはいけない。実の内の安堵で誤魔化し、眼を逸らした。

 

 一拍の間。しかしピトーが息を吸う前に、ミルたんが一誠の前に立ちふさがった。

 

「フェルさんとウタさんは、むかし悪魔に嫌な目に遭わされたんだにょ。みんな、あまりそのことは聞かないであげてほしいにょ。みんなにも、知られたくない秘密の一つや二つはあるにょ?だからお願いにょ」

 

「ミルたん……でもよ、俺はともかく白音ちゃんの仙術は、修行するのも危ないんだろ?なのに、あんな奴……」

 

「……フェルさんもウタさんもプロハンターにょ。その修行って話が依頼なら、きちんと遂行するだけの誇りはあるにょ。京都の事件もそうだったにょ?悪魔さん」

 

「え、ええ……。そうね……」

 

 リアス・グレモリーが私たちをチラチラ伺いながら首肯した。『京都の事件』を見ていない一誠と金髪は懐疑を残すも、否定はしなかったマスターにひとまず口を閉じることにしたらしい。

 

 誇りというのは大げさだが、実際どれだけ奴らがムカつく存在だろうと、権力的には私たちなど及びもつかない相手なのだ。口はともかく手を出すことなどできるはずもない。出すとすれば四年前のように、明白な理由と味方を作ってからだ。

 

 思い出して、そういえばこの仕事に沖田は口出ししてこないだろうか、なんて杞憂と期待を抱きつつ、私は再度口角を捻じ曲げ一誠の優柔不断を嗤った。

 

「そういうことだから、追い出せなくて残念だったわね赤龍帝ちん。どうしてもいやなら貴女のマスターに泣きついて、キャンセル料ねだってからまたお話ししに来てにゃん」

 

「……ッ!!この……ッ!!」

 

「やめるにょ悪魔さん。ウタさんもにょ」

 

 ミルたんは一誠の沸騰を止め、鋼鉄の無表情に僅かに呆れを滲ませる。そしてその巨体でいよいよ私と悪魔たちとの視線を絶ち、私たちの全身を睥睨してから言った。

 

「とにかくにょ、二人とも、血まみれのままじゃ病気になっちゃうにょ?ミルたんのホームでシャワーを浴びるといいにょ。のぞき見する人はいないから、ホテルなんかよりもずっと安全にょ」

 

 ピトーの身体を慮っている、よりもたぶん事態に収拾をつける建前の割合が強いだろうその誘い。とはいえ断る理由は特になく、私とピトーは一瞬顔を見合わせた後、揃って頷いた。

 

「決まりにょ。それじゃあ悪魔さんたち、ミルたんたちはこれで失礼するにょ」

 

 くるりと振り向き、告げるとミルたんは植え込みのへし折られた広葉樹を持ち上げ、かと思えばそれにまたがった。何をしているのかと首を捻ったのもつかの間、何ともささやかながら魔法の気配。ミルたんを乗せた丸太が、浮いた。

 

「……なにそれ」

 

 代表して呟いたピトーに、ミルたんは厳つい顔で子供みたいに弾んだ声で答えや。

 

「ミルたんの魔法にょ!ラヴィニアさんに教えてもらったにょ!フェルさんウタさん、さあ乗るにょ!」

 

「いや……遠慮するにゃ。走って追いかけるから」

 

「……同じく」

 

 やばい絵面に加わる気には、私もピトーもなれなかった。

 

 だってそうだろう。筋骨隆々容貌魁偉な成人男性が、月明かりの下丸太にまたがり浮いているのだ。致命的に間違っている。その絵に入りたいわけがない。

 

 通り越して見ているだけでも何かに呑み込まれそうで、私は悲しそうなミルたんから急いで眼を離した。残った得体の知れない感覚を払拭するため、清涼剤代わりにリアス・グレモリーにも縋りつき、表情に怯えを引き戻させる。

 

「それじゃ、また明日もよろしくね、赤髪ちゃん」

 

 打てば響くその反応に心の淀みをすっきり清め、私はふよふよ進み始めたミルたんに続いて奴らに背を向ける。すぐに加速し始めたミルたんのおかげで奴らの反撃を聞くこともなく、口を噤んだピトーと一緒に、悪夢みたいなその光景を追いかけた。




まるで大力無双(だいりきむそう)のオッサン、略してマダオ。
何かいいマダオはないだろうかと悩んだ末のコレです。正直自分でも納得はしていない。のでアイデアあったらください感想ください。
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