主なきノラネコたちの家   作:もちごめさん

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20/9/08 本文を修正しました。


七話

「ねえ曹操……本当にこれ、出なきゃダメかにゃ」

 

 らしくない未練がましさを発揮して、ピトーは本日何度目とも知れない不平を口にした。

 

 三大勢力とハンター協会による会談、それに私たちが出席しなければならないとわかって数日経った今日、会談当日の朝を迎えてからずっとこの調子だ。嫌そうな顔と嫌そうな声のセットが一日中続き、気付けばもう夜。私だって会談なんかに関わりたくはないが、ここまで来るとそれよりも、ピトーのおかげで鬱々とした気分が募ってくる。

 

 この町に来てからただでさえ気が休まることがなかったというのに、どうしてさらに二重の追い打ちを受けねばならないのだろうか。そう思って見上げた夜空は結界の赤で覆われ、懐かしい色に染まっていた。

 

 そうやって半ば現実逃避する私の横で、ピトーがまた露骨に不満げな顔をする。

 

「だってさぁ、魔王って奴が二人も来るんでしょ?そいつらの前でおとなしく質問されろって……そんなの拷問と変わりないにゃ。絶対殺したくなっちゃう」

 

 その前を歩き、常にフラストレーションを向けられていた曹操は、しかし今回は無視せず、半身だけ振り向いた。いつの間にかすぐそこまでたどり着いた会談場所、学園の旧校舎に向かう階段に足を掛けながら、やはり私の内心と同様、めんどくさそうに吐き捨てる。

 

「お前の悪魔嫌いはもちろん十分わかってる。殺しかねないと言ったさ俺も。だがそれでも呼べと、天使と堕天使からの要請だ」

 

 くるりと身を翻し、古い石造りの段差を上り始める。数段で、これまた古ぼけた両扉にたどり着くと、奴は取っ手に手を掛け、向けた背でさらに続けた。

 

「そんなに嫌なら、いっそすっぽかせばよかっただろう。町の外にでも行けば見つかりやしない。その代わり、天使との関係は悪くなるがな。……教会からの仕事がなくなるのは嫌なんだろう?だから逃げてない。ならもう、ウザ絡みするのは止めて覚悟を決めてくれよ。俺とウタとで、フォローはしてやるから」

 

「……悪魔嫌いは私もなんだけど」

 

「程度の問題だ」

 

 私の反論をため息混じりにあしらい、曹操は重厚な扉を開け放った。

 

 ろうそくみたいにか細い灯りが飛び出して、私たちを出迎えた。肩口から覗き込めば、奥まで伸びる板張りの廊下。掃除は行き届いているらしく外観よりはきれいだが、曹操に続いてそこを歩けば、途端に鴬張りみたいに騒がしく軋んだ。

 

 旧校舎、という名称に偽りはないようだ。なんでこんなところに勢力のトップが集まるんだと訝しく思う。最低限の光量しかないことも然り、悪魔や天使、堕天使はこれで問題ないのだろうが、曹操たち人間には少々見え辛いだろう。

 私だったら一流ホテルを貸し切って、豪華絢爛なシャンデリアの下で料理なんかもいっぱい並べるのに、なんて益体のないことを考えながら三人でギシギシ進んでいると、それで再度苛立ちを刺激されたのか、ピトーが忌々しげに鼻を鳴らした。

 

「天使堕天使が、ってことは、悪魔にボクを呼ぶ理由はないんだよね。ならそっちで止めればよかったんだ。……せっかく脅してやったのに、あのにやけ顔……」

 

「……サーゼクス・ルシファー殿のことか?なんだ、もう会っているのか」

 

「ちょっと待って、私は知らないんだけど……それってもしかして、私がハンゾー探してあちこち駆け回ってた時のこと……?」

 

 ゼノヴィアの訪れを待ちつつピトーが公園で待ち構え、私は離れて網を張っていた時。この町で私とピトーが一緒にいなかったのはあの時だけだ。

 

 あんな危険な奴と一人で出くわして何かあったらどうするのだ、という私の心痛に、しまったと、手遅れながらも口を噤んだピトーは、気まずげに身体を竦ませ眼を逸らした。

 

「んー……まあ、ちょっと色々言われただけだよ」

 

「ちょっとも何も、一人で出くわしてる時点で大事よ!もう、なんで黙ってたのよ、心臓に悪いわ……だから手分けするのはやめようって、あの時言ったのに……」

 

「まあまあまあ、結局何もなかったしさ、ね?大丈夫だにゃ」

 

「はにぅッ!だ、だからいきなり頬っぺたムニムニするのやめてってば!あやふやにされたりしないって、いい加減わかって……わかってよぉ!」

 

 一瞬で背後を取られ、ピトーの凶行に侵されるさまを、半笑いの曹操に観賞されている。恥ずかしくないはずがなく、もがいても逃れられない拘束の無駄な強固さに泣いた。

 しかしそれでもガツンと言ってやらねばという意思は持ち続け、耐えた。のだが、こねられすぎていい加減変な感覚に陥り始めるころ、ふと曹操が隣の通路へ眼を向けた。

 

 私たちの視線が通らないその突き当りは、たぶんここでクラブ活動に勤しむお子様たち、リアス・グレモリーたちの部室になっているのだろう。メンバー全員がいる騒々しさは、探らずともすぐ知れる。曹操だって、今気づいたわけではないだろう。

 

 では何を見つけたのかと訝しみ、しかしその前に脱出せねばとさらにもがいて徒労に終わったその直後、曹操は恩着せがましくにやりと笑って、そっちを顎でしゃくってみせた。

 

「なにやら揉めているらしい。話でも聞きに行こうか、弟子が心配だろう?」

 

 言ってすぐ歩き出す曹操にピトーはすぐさま同調し、私を開放して後を追う。気疲れと羞恥を開放感でため息に変え吐き出し、遅れて続いて床を鳴らした。

 

 そういえば今回も前回も結局はぐらかされたな、と肩を落としつつ、これが習慣にならないよう祈る。そうしてノロノロ行く内に曹操とピトーは到着して、リアス・グレモリーから好感と恐怖の渦巻きを向けられていた。

 

 やがてどうにか落ち着いたリアス・グレモリーは、曹操に尋ねられると、己の背後、部室内に眼を戻して困ったように眉を下げた。

 

「白音に、ギャスパーの話し相手をしてもらおうと思っていたの」

 

「……というと、眷属の皆さんも証人として呼ばれているわけですか」

 

「ええ、そうよ。けれど貴方も知っての通り、ギャスパーはまだ人前には出られそうにないから……それに、かと言って一人にするのも……特に今は、少し心配なの」

 

 口ごもりつつ言うその間に私も到着し、開け放たれた室内が視界に入る。件のギャスパーは隅の段ボール箱の中で膝を抱え、何やら思索するようにぼおっと一点に眼を落していた。

 

 それが曹操の口車によるものであることは、どうやら知らされていないらしい。哀れにも純真な憧れを抱き続けるお姫様は、背信者の下僕をなおも気遣わしげに見つめて続ける。

 

「だから、仲のいい白音に一緒にいてもらおうと思ったのだけど……白音、嫌なの…?」

 

「……嫌、というほどではないです。ただ、その……私はコカビエルとの戦いでも、皆より活躍できたと思っています。だから証言を求められているなら、その分私が話すべきなんじゃないかって、そう思ったんです」

 

 あっちにこっちに往復し、私を巻き込む煩わしいその視線。挙動不審っぷりにリアス・グレモリーは唇を噛み、一つ息を呑んでからそれを押し出した。

 

「――けど……今回の会談は、ハンター協会の会長、アイザック=ネテロも出席するの」

 

「そ……れは……」

 

「……私が言うべきことではないけれど、会いたくはないでしょう?」

 

 言い辛そうにリアス・グレモリーも視線を逸らすと、それで説得は終了したようだった。

 俯き微かに頷くその様子を眼にして、身の強張りを緩める。それから改めて気合を入れ直し、リアス・グレモリーは成り行きを見守っていた己の眷属たちに号令を飛ばした。

 

「さあみんな、そろそろ時間よ。身なりはちゃんと整っているわよね?これから各勢力のトップの方々とお会いするんだから……イッセー、貴方も前のボタンはちゃんと留めておくのよ?」

 

 首肯なり笑みなりを返す面子の中で、一人名指しされ慌て出す赤龍帝を一瞥してから、私たちも彼らに背を向け、来た道を戻り始めた。

 

 増えたギシギシ音を引き連れ曹操の後ろをしばらく行くと、やがて玄関ほどではないが大きな扉が正面に見えてきた。さっきの部室や横に続く教室のそれとは異なる佇まいは、しかしそうでなくても一目で会談場所であると知れた。

 

 強い気配がいくつも感じられる。天使が一つ、堕天使が一つ、人間が二つ。そして悪魔が四つ、いや三つだ。つまり魔王どもの気配。扉に近付くにつれ濃くなるそれに比例して着々とピトーの機嫌が悪くなっていくから、もう気配を探る必要さえないくらい明らかだった。

 

 気がかりだった沖田総司はいないようだからよかったが、それでも私は気を揉まずにいられない。一歩離れた後ろで怯えるリアス・グレモリーたちと共にそれを押し切って、長かった一直線の廊下をどうにか踏み越える。扉の目の前までたどり着き、先頭に立つ曹操がノックしておとないを告げると、すぐに返事が返り、微かに軋んで扉が開いた。

 

 そうして中の様子が眼に伝わった瞬間、やはり懸念通り、ピトーの憎悪が跳ねあがった。

 

 脚が止まり、二人の魔王、特にサーゼクスを睨みつけたまま固まる。一歩下がって佇む、噂に名高いサーゼクスの最強『女王(クイーン)』はすまし顔をしていたが、そのさらに後ろの壁際に控える子供悪魔たちには影響を及ぼした。見覚えのある眼鏡と転生悪魔が弾かれるようにして身構え、さらには天使側の護衛らしき金髪ツインテールが張り詰めた顔で聖剣の柄に手を掛ける。堕天使側のヴァーリに至っては、愉快そうに凶悪な笑みを浮かべていた。

 

 ネテロの後ろにはなんとミルたんが屹立していたが、やはりというべきか彼――彼女は、こちらを厳つい眼で睥睨するのみだ。

 これはまあともかくとして、私たちの背後、ピトーに堰き止められたリアス・グレモリーの内心は、どうやら眼鏡悪魔の側に近いようで、抗議の声を上げようと、引き攣りながら恐怖混じりに息を吸っていた。だがしかし、ピトーはこれでも抑えられている方なのだ。手も口も出ていないことがその証拠。彼女の頑張りのどこに、責められる理由があるだろうか。

 

 故に私はリアス・グレモリーの不遜にやり返す気満々であったが、しかしするまでもなく、ピトーは魔王から無理矢理に視線を外した。そしてそのまま早足に奴らの対面、ネテロが腰かける席の後ろに向かう。

 

 ピトーの抱く果てしない憎悪を考えれば、そんな行動をとれたことはもう奇跡のようなものだ。彼女の自制心の強さに私は感心し、曹操とリアス・グレモリーたちが安堵のため息を吐きながらそれぞれ自身の陣営側に立つ。椅子に座る偉い面々がそれを微笑ましげに見守って、そしてようやく、その声が私たちに向けて放たれた。

 

「私の妹とその眷属たち、そして件のハンターの方々だ。さて、これで全員が揃った。会談を始めたいが……しかしその前に、まずは感謝を述べさせてもらってもいいかな」

 

 魔王サーゼクスは、いっそ不気味なくらいに柔らかな笑みを浮かべて私たちに眼を向けると、不意に頭を下げた。

 

「ありがとう、フェル殿、ウタ殿。君たちがコカビエルを退けてくれたおかげで、妹たちは無事で済んだ。魔王ではなく兄として、お礼を申し上げたい」

 

「私からも、ソーナちゃんの姉としてお礼を言うわ。あのままコカビエルが倒されなければ、きっと結界の外のソーナちゃんも巻き込まれてた。守ってくれて、本当にありがとう」

 

 と、続いて隣のもう一人の魔王、確かセラフォルー・レヴィアタンだったか、ミルたんのライバルであるらしい女悪魔も伏して礼を言う。

 

 『結界の外のソーナちゃん』とはやはり、学園に突入する時私たちに何やら言ってきた、あの眼鏡悪魔のことなのだろう。背後で微かに頬を赤らめる本人の様子から察するに、どうやら彼女も魔王の血縁であるらしい。

 そんな重要人物を大した守りもなく人間界に置いて、そりゃあコカビエルが狙うわけだと呆れつつ、私たちはそれらの感謝を聞き流していた。

 

 何も返さない私たちにリアス・グレモリーは何やら言いたげだったが、しかし魔王二人は気にせず、顔を上げて微笑みを取り戻す。

 サーゼクスが卓上の四人を見回した。

 

「では改めて、議題に入ろうと思う。リアス、コカビエル襲撃の詳細を――」

 

「必要ねえよ、今更そんなことは」

 

 しかし遮り、堕天使のいい加減そうなチャラついたオヤジ、たぶんヴァーリの存在から考えて総督のアザゼルが、鼻で笑って首を振った。

 

 にこやかを止め閉口するサーゼクスをよそに、アザゼルは茶化すように頬杖をつく。

 

「わざわざ説明されるまでもなく、全部把握してる。コカビエルがバルパーと聖剣エクスカリバーを盗んで、融合させるついでに町ごと吹っ飛ばそうとしたんだろ?そんくらいの調べも裏付けも、とっくについてる」

 

「付け加えるならその果てに、先の大戦を再開させるため、そこのリアス・グレモリー殿を殺害しようと企んだとか。……ふむ、そう考えれば、私たちもお二人にお礼を言わなければならないかもしれませんね」

 

 さらに続いて天使の優男。「後にしろよミカエル」とアザゼルにめんどくさそうな顔をさせた彼は、目礼だけしてネテロに尋ねた。

 

「しかし、となればやはり、なぜフェル殿とウタ殿ほどの実力者がその場に居合わせたのか、聞いておく必要があるでしょう。その理由が今一つ知れないのです」

 

「そうですな、確か何かの依頼だとか――」

 

 ちらりと一瞬背後の私たちに眼をやって、ピトーと目線を合致させてから露骨にため息を吐いて正面に戻る。

 

 話を代わる気がないと悟ったからなのだろう。実際私も、特にピトーは憎悪を抑え込むのに精いっぱいな様子で、魔王を視界に入れないよう、その苛立ちごとさっきからずっとネテロの後頭部にぶつけている。

 わざわざ眼で確認せずともわかっているだろうに……鈍感なんだか図太いんだか。性格の悪い狸ジジイは咳払いをしてから、好々爺然とした顔で言い直した。

 

「ワシの聞いた話では、仙術の指導のために雇われたらしいですな。リアス・グレモリー殿の眷属には猫魈の者が在籍しているらしく、素質はあるがうまく扱えないその者のために依頼したのだと」

 

 一瞬、ミカエルの目元がぴくりと痙攣した。アザゼルが「ほう」、と感嘆の声を上げる。

 

「仙術と言やあ、とんでもなく珍しい技だって話だが……ネテロ、ハンターの中にもお前以外の使い手がいたんだな。弟子か何かか?」

 

「ウタだけですがな、一応はそういうことになっております。フェルの仕事は把握しておりませんが、大抵ウタとのコンビで活動しているようですから、今回もその手伝いをやっておるのでしょう」

 

 どうにもとぼけた調子で言うネテロの台詞に、私の眉間に自然と皺が寄る。大体あっているし真実なのだが、このジジイに弟子と言われるのが少々気に食わない。だってジジイが修行中に何か理論立てて教えてくれるようなことはなく、ただひたすらに模擬戦闘をするばかりだったのだ。

 

 もちろんその経験があって能力を作ることができたのは事実だが、これからずっと『ウタはワシが育てた』的な紹介をされると思うと、もやもやせずにはいられなかった。この場で反論してやるべきだったろうが、しかしその覚悟を固める前にサーゼクスが、先ほどの朗らかとは異なる真剣な表情で口を開いた。

 

「フェル殿とは、妹の眷属に『念』を教えてもらうよう契約している。それだけだ。それよりもアザゼル、詳細は必要ないと言ったが、ならばもう聞かせてほしい」

 

「あん?何をだ?」

 

 やる気ゼロで肩眉を上げるアザゼルに、少しだけ眼の色を剣呑なものにする。

 

「決まっている。コカビエルの襲撃についての、君の意見だ」

 

 場の空気が緊張するのを感じた。

 

 大人どもはもちろん表に出さないが、子供連中は金髪ツインテールを含め、眼に見えるほどざわついている。しかしそれは致し方のないことだろう。なぜならだって子供だから。平和なぬるま湯に守られてきただけに、理不尽に殺されかけた怒りを抑えることができないのだ。

 

 まあそうでなくても、私もアザゼルのその言い分は気になるところだ。なにせ実際に死にかけたのは私たちで、ヴァーリの言った通りコカビエルの首と引き換えに随分のお金が振り込まれたが、それはそれ。どういうわけであんな騒動に巻き込まれたのか、知りたくないわけがない。

 

 理由の如何によってはさらにたかる気も無きにしも非ずであったが、残念なことに呆れたふうに肩をすくめながら飛び出した釈明は、無難にケチが付けられないようなものだった。

 

「説明するもの何も、あの時すぐ書状で叩きつけてやったろ。もうなくしちまったか?なら繰り返すが、あれはコカビエルが勝手にやったことだ。俺は全く、関与してねえ」

 

「……あくまで自分は無関係であると?」

 

「ああそうだ」

 

 堂々宣言し、口角に作る不敵の笑み。対岸の赤龍帝がそんな彼を、歯噛みして睨みつけている。

 

 しかし当然堕天使の総督には児戯の如き威嚇など通じず、実に軽い調子で手を振り、机の上に置いた。

 

「まあ、悪かったとは思ってるぜ?一応はウチに所属するやつがやらかしたことだからな。監督不足だったのは認める。ちょっと色々忙しかったもんで、あいつの動向にまで気を向けるような余裕はなかったんだ」

 

「忙しかった、とはどういう意味です?」

 

 ミカエルが、懐疑の眼で割り込む。

 

「それではコカビエルの件と関係があるように聞こえてしまいますよ」

 

「だから関係ねえっつっただろ。何聞いてやがったんだファザコン。……趣味の研究がちょうどいいところだったんだよ。それだけだ。俺は戦争なんかより、そっちの方が大切なのさ」

 

「それは否定になっていませんね、アザゼル。むしろ野心有りと告白したようなものですよ」

 

 昂然と言うミカエルに、アザゼルはまた頬杖をついて首を傾ける。片手をひらひら振って、笑った。

 

「相変わらずひねくれた野郎だな、ミカエル。趣味に興じるオヤジのどこに野心があるってんだ?今日日俺ほど平和を愛してるやつなんぞ、そうはいないぜ」

 

「あまり私たちの情報網を見くびらないでもらいたい。貴方が人間たちの神器(セイクリッド・ギア)研究の場に度々姿を現していることくらい、知っているのです」

 

 その告発でとうとう、アザゼルの笑みが崩れた。表情が固まり、しかしすぐに挑むように細められる。

 

 なんだかヒートアップしてきた二人のやり取り。私たちにはまるで関係のない舌戦だが、ただ突っ立っているだけの身には見世物のようで、二者間の火花は案外愉快だ。

 

 長く息を吐いて答えを探っている様子だったアザゼルは、それが済むと一度低く唸り、また余興を続けて言った。

 

「それが、どうかしたか?人間とつるむことが悪だなんて、そんなバカな話はないだろう。人間……てかハンターと関わりのない神話勢力なんて、今どき滅多にいやしないんだ。なあネテロ?」

 

「ネテロ殿は関係ありません。問題は人間と関わることではなく、研究対象が神器(セイクリッド・ギア)であるという点です。つまり、戦力の増強に他ならない。人間たちがそれをする分には、天使としてあまりいい気分ではありませんが……元々彼らに託されたものです、目を瞑りましょう。しかし堕天使がとなれば話は変わる。白龍皇殿のように神器(セイクリッド・ギア)所持者たちも囲って、それで野心がないとよく言えますね」

 

「……おいおい、囲うも何も、俺の所にいる神器(セイクリッド・ギア)使いってのは――」

 

 と、呆れつつ眉を下げるその顔は少し気圧されているようにも見えたが、構わずミカエルは声を上乗せ、糾弾を連ねた。

 

「それだけではありませんよ。やはりコカビエルの件も、貴方は監督不足だったといいますが、そもそも止める気がなかったのではないですか?我々天使や悪魔に対する野心があるのなら、決して考えられない手ではありません。『コカビエルの襲撃に自分たちは関与していないが、それを理由にして天使と悪魔が仕掛けてきた』とすれば、戦争再開の大義名分にはなります」

 

「……色々ツッコミどころはあるが、第一その『大義名分』とやらは、サーゼクスとセラフォルーの妹が殺されなきゃ成立しねえだろ?仮に俺にお前の思う通りの野心が存在したなら、コカビエルの結果はどうであれ、暗殺でも何してでも二人だけは必ず殺すだろうぜ。全部コカビエルにおっかぶせりゃあいいんだからな。

 だが実際はどうだ?本人どころか眷属にも死人は出てねえし、俺はヴァーリを行かせて事態の収拾を図った。ほら見ろ矛盾だ。それはお前の被害妄想だよ」

 

「しかし実際にコカビエルを倒したのは、そこのフェル殿とウタ殿でしょう」

 

 久々にミカエルと、そしてアザゼルの渋面が私たちに向く。確かにその通り。手柄を横取りされたような心のもやもやに、あの時の苦労と心労を思い出して適当に頷いてみせると、ミカエルは我が意を得たりとばかりに畳みかけ、追及を向けた。

 

「彼女たちが居なければ、皆死んでいました。その認識には私も異論ありません。白龍皇殿は事態の収拾に何一つ貢献していないのです」

 

「ふふ、手厳しいな」

 

「呑気に笑ってるなよヴァーリ、こっちが難癖付けられてんだぞ」

 

 難癖と言われてさすがに眉をひそめたミカエルを無視して、哀れなヴァ―リを叱責するアザゼルは苦しげに額を押さえた。

 

「ミカエル、そう言われると俺も苦しいが……ヴァーリの奴には、そこのミルたんも同行してた。俺経由じゃなく、セラフォルーからの依頼だ。だったな?」

 

「……ええ、そうよ。私たちは動けなかったから、お願いしたの」

 

「ミルたんがレヴィアたんに頼まれたのとほとんど同時に、一緒に修行をしていたヴァーリ君にも連絡が来たにょ。同じ目的だったから、一緒に駒王町まで飛んできたんだにょ」

 

 素直に答える二人に頷き、アザゼルは真剣の眼差しを投げかける。ミカエルは顔を険しくして受け止める。

 

「聞いての通りだ。俺たちがコカビエルを処理できなかったのは確かだが、それでもミルたんと共に解決に当たろうとはしてた。そういう心境であったことくらい、認めてくれてもいいだろう?」

 

「……どうでしょうね、案外、白龍皇殿が貴方の言う『何をしてでも二人を殺す』手段だったのかもしれません。ミルたん殿も現地で口封じするつもりが、フェル殿とウタ殿までもが居合わせたために今のような手段に切り替えたと、そう考えることもできます」

 

「それこそ憶測にすぎねえだろうが。『かもしれない』じゃなく、現実でモノを語れよ現実で」

 

「その現実を貴方が認めないから、こうやって頭を働かせているのでしょう?手に負えなくなった部下の一人を差し出すことで、将来有望な悪魔たちと神滅具(ロンギヌス)に加え、聖剣まで奪い去ることができるなら、それは十分損失に見合うだろうと、私は言っているのです。事実関係から導き出した私の意見が気に入らないなら、まずは否定するだけの根拠を示すべきではないですか」

 

「だからよォ!その意見からして的外れだっつってんだろ!?天使に悪魔と事を構える気なんて、俺にはねえんだよ!神器(セイクリッド・ギア)研究だってもちろん趣味だけとは言わねえが、軍隊作ったわけでもなしに、ささやかに有事に備えてるだけで叩かれちゃあたまったもんじゃねえ。自衛権の侵害ってやつだ。最近色々きな臭いことくらいわからねえのか?」

 

「そうですね、どこかの不満分子のおかげで」

 

「……はッ、駄目だ話になんねえ」

 

「奇遇ですね、同感です」

 

 お互い睨みあっていたアザゼルとミカエルは、そう吐き捨てて視線の火花を四散させると、乗り出した身を椅子に落ち着ける。大きく軋む一つの音に二人の気質を感じた。

 

 あるいは乱暴に椅子に座り直したその心情は、内心の疲弊から来ていたのかもしれない。それもそうだと思う。見物していた限り、まあ難しいことはわからないが、二人の意見がほとんど噛み合っていないことはわかった。野心があるかないかなんていう、目に見える証の立てられない事柄なのだから、下手をせずともこの問答は決着など付かずに延々と平行線を辿るだろう。

 

 だらしなく椅子にもたれかかるアザゼルはともかく、ぴしりと背を伸ばすミカエルにまだ千日手を続ける気があるのかは微妙な所だったが、しかし懸念をサーゼクスは重く見たらしく、ブレイクタイムを逃すまいと踏み入った。

 

「ミカエル殿、貴方がアザゼルを疑わしく思う気持ちはわかります。私も、セラフォルーも同じです。しかし……今回のコカビエル襲撃も、言ってしまえば小競り合いに過ぎない。被害も、結果的にはほとんどなかった。なのにあまりにも大それた疑惑を向けるのは、どうなのでしょう……?」

 

 大事にすれば、それこそ戦争になりかねない。政治の場でよくある現状維持の方針。

 

 だがミカエルの張られた声は、自身こそが戦争を推し進めたい野心を抱いているかのように迷いなく響いた。

 

「逆に尋ねますが、果たしてこれは、いえ、これらは小競り合いと言えるのでしょうか?重ねれば小競り合いも大戦です。僅かずつでも力を削がれ続ければ、いざという時に打つ手がなくなる。今、我々はそれに晒されているのですよ」

 

 見つめて返したその言葉は、同調ではなく明らかに敵意を含んでいた。堕天使だけでなく悪魔も疑っているのだと、言外告げられたそれは、サーゼクスはもちろんセラフォルーにも動揺を走らせる。

 

「み、ミカエルさん、どうして……」

 

 そうしてぽつりと漏れ出た声に答えたのは、ミカエルではなく、腑に落ちたとばかりに顔を上げたアザゼルだった。

 

「『僅かずつでも』、ね。なるほど、つまりお前、聖剣盗まれて疑心暗鬼になってるわけか」

 

「……盗まれたが、取り戻しただろう……?破片を元に、現在も修復中と聞いているが」

 

「エクスカリバーのことじゃねえ。いや、それも原因に含むだろうが……どうやらミカエル、お前ら行方もまだ掴めてないらしいな」

 

 意味がわからず首を傾げるサーゼクスと、何か感付きじっと凝視するミカエル。アザゼルはそれらにまた余裕の笑みを取り戻して、声に出した。

 

「盗まれたんだろ?龍殺し(ドラゴンスレイヤー)アスカロン」

 

 ミカエルの眼が見開かれた。

 

「アザゼル……!貴方、やはり……ッ!」

 

「犯人だったのかって?おい落ち着けよ、俺が盗んだのならこんな堂々告白なんてしねえって」

 

「では……なぜ盗難に遭ったことを知っているのです。この件は私以下、ごく少数しか知りえないはず……」

 

 それについてはミカエルのみならず、私や悪魔たちにも同様の驚愕と疑問を与えていた。

 

 無名の聖剣でもそうそう流出することはないというのに、伝説にもうたわれる強大な聖剣が、しかも盗まれるなんてこと、前代未聞の大事件だ。にもかかわらず私たちも悪魔たちも知らず、なぜアザゼルだけが知っているのか。

 

 しかしそれは、すぐに知れた。

 

「そういや、ニューヨークでやってるドリームオークションってのを知ってるか?」

 

 底意地の悪そうな顔だった。

 

「知っていますが……ッ!まさか……!」

 

「ああ。誰が持ち込んだかは知らねえが、盗品専門の方でな、バッチリ噂になってたぜ。……アスカロンを盗む時についでに盗ってきたんだろうな、実際、格は下がるが無銘の聖剣やら聖具やらが競売にかけられてたよ。俺も部下を行かせていくらか買わせてる」

 

「……アザゼル、その聖剣や聖具は……」

 

「返せというなら返してやらんでもない。その代わり……もうわかったろ?変に疑うのはこれっきりにしてくれよ」

 

 思いもよらない身近なところから出てきたその結末は、他人事でも、特に私たちには印象的なものだ。つい先日ピトーとの話題に出たイベント。悪い意味で思い出深い都市だから。もしも子供のお守りではなく、こっちに行って護衛か何かを受けていれば直に眼にできていたのかと、少しもったいないことをした気分になった。

 

 ピトーも何かしら思うところがあったのか微かに反応し、ネテロの後頭部からアザゼルの方へ視線を動かした。曹操も、どちらかと言えばピトーを気にして一瞥する。

 

 そのアザゼルが、しぶしぶ頭を縦に振るミカエルに続けて言った。

 

「で、運がいいんだか悪いんだか、今会場でちょっとしたごたごたが起きてるって話でな、競売が途中で止まってるらしい。アスカロンもまだ出てきてないそうだ。いつ再開するかわからねえし、教会の人間をやるにしてもマフィアの只中じゃあ体面も悪いだろ。無理矢理するわけにもいかねえ。アスカロン含めて盗まれたモノ全部、確保しといてやろうか?」

 

「……では、頼みます」

 

「それがいい。人間じゃねえほうの参加者とも鉢会うかもしれんからな。……そういやサーゼクス、その反応からして、お前もアスカロンのことは知らなかったらしいだな。会場には何人か悪魔もいたって報告があるんだが」

 

「それは……恐らく大王家の者たちだろう。彼らはその手のオークションに熱心だ」

 

「ハハッ。だとしても、だな。人のことは言えねえが、相変わらず政治はうまくいってないらしい。そりゃ不満分子(・・・・)も山ほど出るはずだ」

 

「ちょっとアザゼル!今そのことは関係ないでしょ!」

 

 顔をしかめるサーゼクスと声を荒げるセラフォルー。ついでに憤って文句を叫ぶ寸前に取り押さえられる赤龍帝。

 

 現魔王政権と古い悪魔たちの間にある軋轢は、あまりにも有名だ。

 それらをコカビエルと同じ不満分子と括ることには少しばかり違和感を感じるが、どうでもいい事柄に違和感を感じる間もなく、話は過ぎる。

 

「セラフォルーの言う通り、今日は互いの粗を掘り返すために集まったわけではないはずだ。意味のない話題は、ここまでにしよう」

 

「そう思ってるなら最初から止めろってんだ。……それで?堕天使に天使に、ついでにハンター協会まで引っ張ってきて、お前らは何が話したかったんだ?」

 

 サーゼクスは一瞬セラフォルーと顔を見合わせると、鋭く息を吸い、言った。

 

「提案は二つある。まず前提として、三大勢力で和平を結びたい」

 

 ミカエルが目を閉ざし俯き、アザゼルが鼻を鳴らした。しかしサーゼクスは構わず、あるいは世迷言と笑われていることに気付かず、二人へ力強い眼差しを向け続け、力説する。

 

「我々のこの三すくみの現状は、世界にとって害でしかない。それに、戦争の大本である神も消滅した。争う理由がないのだから、今回のような事件を防ぐためにも協定を結ぶべきだろう。三大勢力で団結することができれば、他の神話勢力に対する牽制にもなる。それに――」

 

 ネテロへフォーカスが移る。

 

「――ハンター協会と協力すれば、その枠組みに他の神話勢力を巻き込むことも可能なはずだ。アザゼルの言う通り、ハンター協会と繋がりのない神話勢力はごく少ない。しかも人間の組織が和平に賛同するのだから、信仰を糧とする神々も無視できないだろう。宗教間の争いで被害を被る人間も減ると思う」

 

「……ふむ、なるほど」

 

「随分風呂敷を広げるな、サーゼクス。世界平和がお望みか?」

 

「ああ、そうだ」

 

 顎をさするネテロと茶々を入れるアザゼルにそう言われても、しかし止まらず、サーゼクスは恥ずかしげもなく堂々と机の上で手を組んだ。

 

「だが絵空事ではない。うまくいけば、世界から無駄な争いを無くすことができる。どれほどかかるかはわからないが、今の時代、人間の世でも我々超常の世でも、戦争などあってはならないんだ。ここにいる全員がそう思っていると、私は確信している。だから共に、手を取り合ってはくれないか」

 

 ミカエルとアザゼルからその答えが出るまで、一秒と掛からなかった。

 

「お断りします」

 

「俺も、和平はごめんだな」

 

 私にしても、それは当然のことだった。

 

「てか世界平和なんてもっと無理筋だろ。なんだってお前、そんな自信たっぷりに言えるんだ?」

 

 悪魔が嫌いだということを別にして、客観的に考えたとしても結論は同じ。三大勢力間の和平など、成立するはずがない。まして世界平和の構想などはもってのほか、絵空事にすらならない盲目的な妄想だ。

 

「な、なんでよ!アザゼル貴方、戦争は嫌いだって、平和を愛してるって言ったじゃない!ミカエルも、信徒たちが戦争で死んじゃってもいいの!?」

 

 それに気付いていないのは、悪魔たちばかりであるようだった。机を叩いて身を乗り出すセラフォルーに同調して、その妹たちも赤龍帝もアザゼルを睨みつけている。

 常の行いの賜物か、ミカエルの分まで非難を一身に浴びるアザゼルは、わざとらしく大きなため息をついてみせた。

 

「何故かって?簡単だ。突然和平なんかしても、大概の連中は昨日まで殺し合ってた敵と仲良しこよしなんてできねえんだよ。大本の神は死んでも、原因までは消えやしねえのさ」

 

 それのさきがけが、他でもないコカビエルだったのだ。

 

 同胞、仲間、友を殺された憎悪はそう簡単に消えない。なのに和平で押し込めれば、当然それは反乱やテロリズムとして爆発するだろう。他でもないサーゼクスが旧魔王派を排して現在の政権を打ち立てたような、そんな事が繰り返されかねない。

 トップがいくら理想を語ろうが、人心を顧みないそれに下が付いて行くはずもない。人間界の政治を見ていれば素人でもわかるような理屈が、どうやら高すぎる野望を見上げるせいで見えていないようだった。

 

 サーゼクスは苦虫を噛みつぶしたような顔をする。

 

「しかし……どこかで断ち切らなければ、永遠に憎悪は巡り続ける。今がその時だろう?人間たちのように、前を向こうとは思わないのか」

 

「人間と我々のそれを同列に言うことはナンセンスでしょう。彼らは、百年もすれば寿命を迎え、争いの憎悪も忘れることができますが、しかし我々はそうもいかない。人間たちに倣うなら、大戦を知る者すべてを滅する他ありません。……それでも残る禍根は残るでしょうが」

 

「つまり断ち切る(・・・・)なんてことは不可能だってことだ。わかるか?突然和平なんて結べば、それこそ小競り合いじゃ済まないような大事が起こりかねないんだよ。それでも和平がしたけりゃミカエルの言う通り力ずくか、時間かけて意識改革か、あるいは……いや、それくらいだろう」

 

 決死の訴えも一蹴され、とうとうサーゼクスは意気に溢れた気迫を失った。

 隣のセラフォルーも言い返せずに黙り込むが、しかしそれだけに留まらず、何やらもごもご口の中で言葉を転がしたアザゼルは、一瞬だけネテロを見やるとすぐ戻り、三度だらしなく居住まいを崩してさらなるダメ出しを重ねた。

 

「まあ色々と無視すれば……可能不可能で言って、和平を結ぶこと自体は可能だ。こんな世の中じゃ、俺は絶対お断りだが。……しかしな、例えこの問題がクリアされ、大団円に三大勢力の同盟ができたとして、さらにおまけでハンター協会の協力も取り付けたと仮定しても、お前の企み通り他所の神話を撒き込むのはやっぱり世迷言さ」

 

「……なぜ?」

 

 サーゼクスの眼が緩慢に、得意げなアザゼルを見上げる。

 

「悪魔が世界一の嫌われ者だからだ」

 

 背後のお子様連中も含めて、悪魔全員が虚を突かれたかのように目を丸くしていた。

 

 やがて数秒後、制御装置たるリアス・グレモリーまでもが衝撃で硬直してしまったために、赤龍帝が散々言われた鬱憤を威勢良く吐き出した。

 

「おいオッサン!堕天使の偉いやつだか何だか知らねえが、適当なこと言ってんじゃねえ!悪魔が嫌われ者だって!?こんなにも優しいサーゼクス様やリアス部長が……アーシアを追放して、殺したあんたたちより、嫌われるわけがねえだろ!」

 

「……そういや、そんな話もあったな。悪かったな、【聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)】の嬢ちゃん。部下が迷惑をかけた」

 

「……ッ!!てめえ……ッく!?」

 

 おざなりな謝罪にさらに怒りを増した赤龍帝だったが、アザゼルの一睨みでたちまちのうちに委縮する。

 

 元聖女だという経歴を持つ金髪ロング、当時を思い出したのか怯えるアーシアへミカエルも一瞬眼をやったが、微かにすまなそうに眉を下げただけで何も言わず、静かな声で場の怒りを拭い去った。

 

「確かにサーゼクス殿本人は人格者です。妹君もそうなのでしょう。しかし赤龍帝殿、だからといって他の悪魔もそうだとは限らない。悪魔の駒(イーヴィル・ピース)による強引な眷属化、放逐されるはぐれ悪魔、各勢力への横暴な干渉、他にも、一般的に()とされる行動をとる悪魔は少なくないのです。それに――」

 

 リアス・グレモリーたちと、それから私たちを見渡す。

 

「四年前ですか、京都で貴女方が起こした騒ぎで、かの地では悪魔に対する規則がより厳格なものになったと聞きます。京妖怪の監視が付くんだとか。強硬な者は鎖国まで叫んだそうです。

 それだけではありません。北欧神話、ギリシャ神話、インド神話、須弥山等々、ここ最近、悪魔は似たような騒ぎを起こし続けています。……個人のことではなく、種族全体の信用がなくなっているのですよ。どんな迷惑を掛けられるかもわからない相手と同盟を結びたいとは、普通思いませんね?」

 

「そ……そんなこと……」

 

「そしてその考えは、私たち天使も同様なのです。サーゼクス殿でも妹君でもなく、そういった暴虐非道な悪魔が……もっと言うなら、そんな者たちを制御できない悪魔という種族の構造を。私は天界を守る者として、信用するわけにいかないのです」

 

「――と、つまりそういうわけだ。信用がないってのがあまりにもでかすぎる。俺たちも、和平なんかして巻き込まれたくはねえし、そこまで急ぐ理由もねえ。……サーゼクス、お前は統治者とするにはいい魔王だが、政治家としては二流三流だ。そんなやつが中心になって提案する協定なんて、怖がって誰も入りたがりやしないのさ」

 

 ミカエルの丁寧な説明を華麗に攫って、アザゼルがそう括った。今度こそ悪魔の誰も何も言えなくなり、室内がしんと静まる。

 

 これでもう、終わりだろう。魔王の馬鹿らしい思惑も、この退屈なばかりの会談も。

 結局、意見を求められることもなかった。やっぱり私たちが会談に出席する必要はなかったんじゃないか、と曹操の横顔を睨みつけるが、気付いて私に振り向く奴はいつも通りのムカつくにやけ面のまま。ここで口喧嘩を繰り広げるわけにもいかないので喉のしこりごと呑み込み顔を背ける。するとその視界の先で、ちょうどミカエルが席を立つところだった。

 

「……話は終わりですね。それでは、私は失礼させていただきます。イリナさん、行きますよ」

 

「……はい、ミカエル様」

 

 金髪ツインテールは粛々と頷き、ミカエルの後に続いて悪魔たちの間を通り抜けた。ゼノヴィアとすれ違う一瞬、彼女を気にする様子を見せたが、しかしすぐ、お互い逃げるように顔を背けた。

 

 ミカエルの護衛に戻り、前に出て扉を引く。開くその間にミカエルは思い出したように背後、アザゼルに振り向き、言った。

 

「アスカロンの件、協力をありがとうございます。お礼に、貴方が天界に置いて行った研究資料の一つ、最近発見したのですが、お返ししましょう」

 

「なん……ッ!おい、ミカエルそれは――」

 

 それほど重要なものだったのだろう。今までの軽いノリが嘘のような必死の形相で引き止めようと叫んだアザゼルだったが、ミカエルはその慌てように小さく喉を鳴らしただけで、そのまま扉の向こうへ消えてしまう。バタンと閉じて、残されたアザゼルは、長いため息を吐き出した。

 

「……マジにいけ好かない野郎だ。はあ。……じゃあヴァーリ、俺たちも帰るとするか。これ以上ここにいる意味もねえ――と、ああそうだったな、一つ忘れてた」

 

 呼びかけたヴァーリに責めるような眼を見つけ、アザゼルが私たちを見やる。

 

「悪魔からの依頼期間は八月の終わりまでだったか、その最中でも後でもいいが、暇ができたら連絡してくれ。ヴァーリと戦うって話、もうついてんだろ?冥界にいるなら好都合だ」

 

「うん、まあ、九月になってからになるかにゃ、たぶん。……って、冥界?」

 

 首を傾げるピトーの疑問には応えず、ヴァーリとアザゼルはよく似た調子でにやりと笑い、席を立った。そして悪魔たち、主に赤龍帝から嫌悪と憎悪を浴びせかけられながら、やはり部屋を出て行った。

 

 悪魔と、私たちハンター組だけが残された。しかし和平が決裂した以上、この間で話すこともない。だからこっちもさっさと解散しろと、未だ座すネテロの後頭部にピトーと一緒になって訴えた。が、老齢なジジイに圧迫はやはり通じず、軽く受け流されたその隙に、サーゼクスの失意が染みた声が差し込まれた。

 

「……ネテロ殿、貴方の返事を、まだ聞いていない」

 

 静けさの中で響き、全員の眼がそこに向く。

 

「私は……この世界の混沌を、次の世代に継がせたくはない。この世界の争いを、なくさなければならない。魔王となった責任を……私は、諦めるわけにいかないんだ。……だからネテロ殿、どうか貴方だけでも、協力してはくれないだろうか……?」

 

「私からもお願い、ネテロさん。今のリアスちゃんとハンターさんたちみたいに、みんなと仲良くしたいの」

 

 どこを見れば仲良く(・・・)なんて称せるんだ。頓珍漢なことを言うセラフォルーを、私は睨みつけた。

 

 私たちが悪魔と融和するわけが無いし、そもそもハンター協会とて、こんな話を受けるはずもない。天使や堕天使と同様、否それ以上に被害を受けているのは、他でもない人間たちなのだ。

 人間が悪魔に対する信用度は、他の比にならないほど低い。私の眼の険峻も半分は怒りだったが、もう半分は、どの口で平和を叫ぶのだと、そんな呆れを漂わせていた。

 

 だからネテロが首を縦に振るはずがないと思っていたのだが、しかし数舜後、私たちの想いは盛大に裏切られた。

 

「すでに受け入れる結論が出ております。貴方がたと協力関係を結びたいということは、前々から」

 

「は……?ネテロ、あんたジジイらしくボケて――むぐぅッ!?」

 

 私たちの事情も忘れたのか、と、信じられない思いで続くはずだった非難の叫びが、曹操によってふさがれた。お前もかと怒りがこみ上げるが、羽交い絞めされた身体は抵抗もできない。悔しいが、私はもう膂力の面でも曹操に敵わないのだ。

 

 しかしピトーは別。性別以前に種族として力持ちである彼女は、曹操には押さえられない。そもそも私で手いっぱいだろうが。

 ピトーならばたとえミルたんの妨害に遭おうが、私たちの憎悪を表明してくれるだろう。今お子様悪魔たちと関わっているだけでかなりの苦痛だというのに、その上仲良くしましょうなんて言われたら、本当に自分を抑えられなくなってしまう。

 

 私の思いは、ピトーと同じだ。そのはずなのに、眼だけ動かしてどうにか伺い見た隣の彼女は、しかし唇を引き結んだまま、ネテロと魔王たちの会話を見つめていた。

 

「それは……本当か?ネテロ殿」

 

「もちろん。しかし厳密に言えば受け入れたのはハンター協会ではなく、『V5』ですが」

 

 『V5』、どことどこの国なのかは忘れたが、近代的な五つの国家による集合体か何かであったはずだ。ハンター協会はそれの橋渡しというわけなのだろう。

 

 それなら多少、納得がいかないわけでもないが、しかしやはり、何故ピトーは黙るのか。

 

「『V5』……いや、どうであれ、協力できるのであればありがたい」

 

「我々人類も、世が荒れることを望んではおりません。今までのように取引としての情報共有ではなく、連携することができれば、はぐれ悪魔や眷属の選定などへの対応も、より安全かつ確実なものになるでしょう」

 

「……なるほど、了解した。ではネテロ殿、さっそく協定の内容について審議したく思う。三人……いや、五人か。ミルたん殿とグレイフィア以外、退室してもらおう」

 

 言われるまでもないことだ。色々思うところは残っているが、それはともかく、仲良くさせるための審議など聞きたくもない。

 そんな私の内心を悟って、曹操がようやく腕を解いた。きつい拘束で痛む身体の腹いせに小突いてやって、私はいの一番に出入り口の両扉を押し開ける。

 

 そうして、巻き込まれた会談は、私たちにさらなる嫌悪の元だけを残して終了した。




色々な乖離その二。
これにて連続更新終了。また三ヵ月後くらいにお会いしましょう。
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