主なきノラネコたちの家   作:もちごめさん

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前回までの三行あらすじ

コカビエル倒して
『念』教えて
三大勢力和平が平和に決裂した

思ってたよりも筆の進みが早かったので投稿します。今回も各日で計六話です。
それと第二部の七話までと第三部を修正しました。いずれも書く必要がないくらいの微修正ですが一応お知らせ。
最後に毎度の誤字報告をありがとうございます。日本語って難しいね。


八話

「だ、だから……この間の協定で、人間がこの正式なルートで冥界に入る場合に、特別な手続きが必要になったの……!」

 

 という、相変わらず耳慣れないリアス部長の怯えた声色を、俺、兵藤一誠は黙って聞いていた。

 

 部長の眷属、『兵士(ポーン)』として転生させてもらった恩のためにも、恐怖の元は取り除いて差し上げるべきなのだろうが、しかしそれを試みてもう数週間、何度止めてもあの二人が止まらないことはわかっている。

 

 すなわち、怖いがエッチなお姉さんハンターのフェルさんと、そしておっぱい大きいけど性格が悪いハンターのウタからリアス部長を救い出したければ、そもそも他所から手を出してはいけないのだ。

 

 リアス部長がなじられているこの状況では、割って入っても事態を悪化させてしまうだけ。いかにこの俺が駒王学園にギリギリ入学できた程度の学力しかないのだとしても、数週間も同じようなことを経験すれば、最適解は放置であると理解できないはずもなかった。

 

「この列車の中でもできることだから……だ、だから少し、時間をもらうだけなの……」

 

 だから俺は部長の助けに入ることなく、冥界に行くための列車の中で、二人に従い愚直に腕立て伏せを続けていた。

 汗を垂らしながら無心で回数を百の大台に乗せ、しかし一方の二人はこっちには全く無関心なまま、変わらず部長に嘲りの眼を向ける。

 

「えー、めんどくさーい。一応あんた、私たちの依頼主なんだから、そういうの全部そっちでどうにかしてよね。冥界に行く事情を作ったのだって、他でもないあんたじゃない。責任取りなさいよ」

 

「………」

 

「そ……そんな眼で見られても……。夏休みはいつも、グレモリー領に里帰りするのが通例だったのよ……。当たり前すぎて言い忘れていたのは……悪かったと思ってるわ……。け、けれど、責任はとったはずよ……!ハンゾーの件も、曹操経由で連れて来るってことで許可を取ったし……本来ならもっと色々な手続きがあったところを、どうしても代行ができないこれ以外片付けてあげたのよ……!これだけして……貴女の言う通り、私は依頼主なんだから、少しくらい言うことを聞いてくれたっていいでしょう……?」

 

 二人が文句を思う理由は、正直わからなくはない。夏休み中、眷属全員で冥界に帰ることを知らされたのは、本当に数日前のこと。もちろん文句なんてないし、アーシアと同様に俺も旅行気分でウキウキだったのだが、しかし悪魔が嫌いだというこの二人にはサプライズではなく、まさに寝耳に水な忌々しい話だったのだろう。

 それは不満に思っても仕方ないと、俺もそう思う。だが同時に、場所が変わっただけ騒ぎ過ぎだという憤りも内心に存在していた。冥界じゃ修行ができない、なんて話があるわけでもないのに、それをネタにまた嫌がらせを繰り広げているのだ、という、修行で関わるうちに形作られた不信感。

 

 そういう怒りを吐き出してしまわないためにも俺は無視するしかなかったが、しかしリアス部長は違う。俺の自慢のご主人様は、必死の声色でフェルさんの不機嫌な視線も跳ね退け、貫通路の扉を開けた。顔を見合わせ同時に馬鹿にするように薄く笑う二人を前の車両へ追いやりつつ、俺たちの方に振り返る。

 

 嘲りのすべてをものともせずに、まるでこれから戦地に向かうかのような覚悟の表情で全員に告げるその様は、改めて惚れ直すほど堂々としたものだった。

 

「そういうわけだから、私たちは少し席を外すわ。……あとはお願いね、朱乃」

 

「ま、待ってリアス!い、いえ、部長!せめてお供に誰か一人くらい――」

 

「大丈夫よ……ただ手続きをするだけだもの。それに、やるべきことがある子もいるでしょう?」

 

 一瞬、部長の視線が俺に向いた。諸々の想いを噛み潰して踏ん張り、身体を持ち上げ切り顔を上げると、ハンター二人が前の列車に消え、部長も続くその瞬間。扉が閉まりゆく中、向けられた背に、部長の緊張が滲むその言葉を聞いた。

 

「――みんな、頑張って」

 

 耳の奥の脈動の中で小さく呟き、閉まるスライドドアがリアス部長の姿を隠した。

 それと同時に、俺は床に倒れ伏した。

 

「やっと……監視が消えた……疲れた……ッ!」

 

 すみません部長。頑張って言われてももう限界です。

 

 オカルト研究部のメンバーやフェルさんにウタ、ちょっと前に下車したシトリー眷属たちの靴跡で汚れることも構わず、仰向けにひっくり返る。投げ出した両手がじんじん痺れ、抜けた力が返ってこない。腹筋も背筋もミシミシ張って、痛いほどだ。

 それほどの疲労だった。駒王町の地下からこの冥界行きの列車に乗り込み、以来ずっと休みなしで続けさせられていた筋トレ。フェルさんとウタに強くしてくれと頼んだのは確かに俺だが、この運動量はさすがに頭がおかしいと思う。たぶん大いに私怨が混じっていることだろう。

 

 どうであれ指導の体を取っている手前、目の前で堂々休憩することは憚られたが、今はフェルさんもウタも扉の向こう。せめて戻ってくるまで修業という名の拷問は中断したかったし、言われるまま一人だけ腕立て伏せに殉じてきたのだから、休憩の権利だって当然俺は有しているはずなのだ。だって俺は、もう十分すぎるくらい頑張っている。

 

「あ、イッセーさん、休憩ですか?お疲れ様です!」

 

 いち早く気付いて席を立ち、常備品と化したタオルと水筒を手渡してくれるアーシアだって、それを認めてくれていた。

 近くからずっと見守っていてくれて、そして今、俺の疲れ切った顔を覗き込んで聖母の如き微笑みを浮かべている、大切な女の子。やっぱ天使だ、と一周回ってシンプルな感動でちょっと涙し、同時に、こんな優しい子を追放した天使のやつらって……と会談で眼にしたミカエルの優男面を思い出す。ついでに、嫌味な堕天使の親玉も。

 

 一下級悪魔の自分が魔王様に反対などすべきことではないだろうが、やっぱり腹立たしいことばかり言う奴らとの和平なんてなくなってよかったと思う。話が通じる人間、ハンターとだけ協定を結ぶ方がずっといい。子供のころから知っていて、且つ当時将来の夢にハンターと書いた自分からすれば、天使や堕天使よりもよっぽど信頼できた。まあ、実際に知るハンターは大概がアレだが。

 

 という、疲労でとっ散らかった思考のまま、俺はお礼を口にして、アーシアから汗拭きと水筒を受け取った。

 顔を拭い、一口呷る。するとそれを見計らったかのように、ゼノヴィアから既視感のある意地悪な言葉が投げかけられた。

 

「一誠、あまり飲み過ぎるなよ。運動しているうちに横っ腹が痛くなってしまうからな」

 

「わかってるよ、子供じゃねえんだから」

 

「そうか、ならいいが……早く腕立て伏せに戻るんだぞ?ノルマまであと176回だからな、のんびりしていてはグレモリー家に到着するまでに終わらせられん」

 

 顔をしかめざるを得ない。そうだ、監視はまだここにもいた。修行バカだ。

 

 薄く水が張った金盥の中心に置かれた水入りのグラスに両手をかざしたまま、『水見式』とかいう『念』の修行を続けながら、フェルさんの後を継いだゼノヴィアがこっちにじっと眼をやってくる。どうやら手続きに行った二人が返ってくるまでの間でも、サボりを許すつもりはないらしい。

 普段からフェルさんやウタと一緒にいることが多いだけに、どっちの味方なんだと思わずにはいられない。修行の進み具合よりも俺の体調を気遣ってほしいものだ。

 

 いや、というか、

 

「なんでお前が残り回数数えてんだよ!?そっちも修行中だろ!?」

 

「『纏』と同じく集中せずとも『練』ができるようにと思ってな、カウントするのも立派な修行なんだ。なあ白音?」

 

「……そうですね。けどゼノヴィアさん、イッセー先輩の残り回数は176回じゃなくて186回です。どこかで数え間違いしちゃってます」

 

「な、なに!?……うう、私もまだ……いや待て、白音の方が間違えている可能性もあるぞ!どうだ木場!」

 

「ふふ、残念、ゼノヴィア。現在カウントが214回だから、白音ちゃんが合ってるね」

 

「なん……だと……」

 

 いつものイケメンスマイルを浮かべて手の中のカウンターを見せる木場に、ゼノヴィアが愕然と呟く。同じく『水見式』をしていた白音ちゃんは、水面に浮かぶ葉っぱに眼を落としたまま、薄い表情を微かに勝利でほころばせていた。

 

 どうやら元より、俺の味方はアーシア以外になかったらしい。

 

「……なんだとは俺の台詞だよ。なんだよみんなして俺を虐めて、そんなことして楽しいか!?ちょっとくらい憐れんでくれたっていいだろ!特に木場!お前だ!」

 

「……僕かい?」

 

 とぼけた顔で首を傾げる木場に、今だけは友達を解消して糾弾する。

 

「そうだ!グレモリー眷属の男子同盟を組んだばっかだってのに、腹筋400回、スクワット400回、腕立て伏せ400回とかいう地獄に突き落とされた俺を助けないどころか、数を誤魔化せないようそんなものまで持ってきやがって……!お前には情けってもんがねえのか!」

 

「情けも何も……回数を改ざんしてやったことにするのは、君のためにも良くないよ。それは……君にはかなりハードだとは思うけど……」

 

「そうだぞ一誠!地獄と言うが、それはお前が強くなるために必要なことだと、ウタさんも言ってただろう。あともう少しなんだから、やり遂げてみせろ!いつまでたっても強くなれんぞ!」

 

 あっという間に失意から復活したゼノヴィアに、俺は喉が詰まり、眼だけで反抗心をぶつけてやった。

 

 その姿に感じる妙な迫力、たぶん『念』であるのだろうそれを見せびらかして言うその言葉は、正論だとしても、『念』の指導を望んだ三人の内、唯一資格なしと叩き落された俺に、もやもやした感情を与えてしまう。

 一人だけ何の変哲もない筋力トレーニングをやらされて、本当に強くなれるのかという不安。自分だけが停滞する中、着実に『力』を身に着けつつある姿を見せられる焦り。そんな気持ちが疼いてならなかった。

 

 しかし嫉妬していても始まらない。俺はどうにか詰りを呑み下して、起こした上体の重みを再び地面に押し付けた。

 

「へいへい、どーせ俺はただの筋トレもきついくらいの過去最弱の赤龍帝ですよーだ。ヴァーリにも人間に毛が生えたくらいの強さとか言われたし、そんなに追い詰めたらそのうち潰れるからな!」

 

 不貞腐れて言ってやれば、さすがに木場とゼノヴィアも申し訳なさそうに眉を下げた。期待したものとはちょっとズレた憐れみが入ってるように見えるのはたぶん気のせいだろう。

 

 もういっそのことこのまま困らせて休んでやる、と我ながら情けない妥協点を見つけ出し、数十分前のスクワットで脚がガクガクであることも見抜いてくれたアーシアの手伝いで、ふかふかの座席に上ろうとした。

 

 その時ふいに、車内にアナウンスが流れた。

 

――まもなく、グレモリー領に到着します。

 

 シトリー領に入った時も聞いた誰とも知れぬお姉さんの声が、今度は俺たちの目的地を告げていた。視点が低いのと座席の背もたれが邪魔なせいで窓の外は空しか見えないが、しかし風景が、ついさっきまで通っていた次元の狭間の謎空間から見慣れたものに変わっている。

 こうなるとやはり、下に広がるであろう悪魔の町を見てみたいと思うのも、ごく自然なことだろう。冥界に来るのはライザーの時と併せて二度目だが、行きは転移で帰りはグリフォン。ゆっくり見物する暇などなかったわけで、俺の好奇心に、里帰りを知らされた時の旅行気分が蘇っていた。

 

「なあアーシア、やっぱり席じゃなくて窓際まで――」

 

 運んでくれ、と言いかけたが、やっぱりすぐに復活を果たしたお目付け役が引き留めた。

 

「だから一誠!サボっていては終わらないと言っているだろう!私の目の黒いうちは、フェルさんに虚偽報告などさせんからな!」

 

「ああもうわかったよ!チクるでも何でも好きにしろよ!……でも俺は意地でも休憩するぞ!もう一秒でも運動なんかするもんか!」

 

 修行に、あるいはそれを科したフェルさんとウタに殺されるかもという、それは割と差し迫った危機感だった。

 

 そうしてゼノヴィアのお節介を三度切り抜け、やり取りの間に挟まれいたたまれないアーシアの手を借りて、俺はどうにか車窓までたどり着いた。一緒に覗き込んで、眼下の整然とした街並みに感嘆の声を上げる。

 

 ゼノヴィアがため息を吐く。

 

「……一誠、あの時の意気はどこに行ってしまったんだ。私はそれに勇気づけられたというのに……これでは本当に、フェルさんとウタさんの修行から脱落してしまうぞ」

 

 脱落も何も、各400回をノンストップという、絶対に悪意からの嫌がらせが入っているであろうこの修行メニューが正しいはずがない。それに気付かないほどの信頼をフェルさんとウタに抱いているゼノヴィアの内心は相変わらずさっぱりだが、どちらにせよトレーニングのし過ぎで潰されるのはごめんだ。

 

 何か俺が悪いみたいな方向に向いている失望の声にも、屈するわけにはいかない。野暮に割り込んでくるゼノヴィアに対抗して、やむなく心躍る風景から眼を離し、振り向いた。

 

 が、俺が何か言い返す必要もなく、朱乃さんが優しくかばってくれた。

 

「いいじゃないですか、ゼノヴィアちゃん。少しくらい休ませてあげても」

 

 部長を見送った不安から、ようやく落ち着きを取り戻すことができたのだろう。部長に次いでフェルさんとウタを恐れている朱乃さんは、未だ僅かに残るそれをいつもの微笑で覆い、悪戯っぽく言う。

 

「何もすべてを完璧にこなすことはありませんもの。気分転換のためにも、時にはおサボりだって必要ですわ」

 

「む……副部長、堕落は何も生み出さない。私は一誠のためを思って言っているんだ」

 

「一誠君はすでに十分頑張ったのだから、そう言ってあげるものじゃありませんよ。ちょっとくらい休んだって、バチは当たらないわ」

 

「そう!その通りっすよ朱乃さん!俺も頑張った分報われたいです!……特にウタなんか、あれこれをやれって言うだけ言ってそれっきりだし、こなしても一々嫌味言ってくるし……おっぱい大きくてもあんなに性格が悪いんじゃ、やる気も出ませんもん……」

 

「………」

 

 秘めた不満を言ってやって、途端になぜか白音ちゃんから熱烈な視線が飛んできた。しかもあまり好意的なものではなさそうだ。表情も口数も乏しい、オカルト研究部マスコットから飛んできた思わぬ憤懣だったが、言葉が伴わないためにどうにも返せない。

 

 数秒見つめ合ってから仕方なしに咳払いで振り切り、そんな彼女を悲しみと慈しみが混ざったみたいな表情で見つめる朱乃さんに、俺は視線を戻した。

 

「ま、まあフェルさんは……怖いことを除けば、悪くないですけどね、嫌味言わないし。けどやっぱり、大体傍にウタがいるからストレスが溜まるばっかりなんですよ。どうにかなんないですかね、あれ」

 

 と、また怒りの眼差しが側頭部に突き刺さる。修行内容はともかく、同じハンターであるハンゾーですら常時のウタの性格が悪いことは否定しないというのに、なぜ……。

 

「……あの人たちも、悪い人ではないのよ……?」

 

 そう思っていたところに、朱乃さんがいかにも自信なさげに庇うような言葉を呟いた。疑問にさらに驚愕が混じるのもつかの間、白音ちゃんに感じる怒りがちょっと治まり、それに気付く。

 

(……ああ、なるほど)

 

 悪く言ったことがそもそもの原因かと納得し、しかし白音ちゃんがそれに怒る理由も、よりにもよってリアス部長と並んであの二人を恐れている様子の朱乃さんがそれを理解し言った理由もよくわからず、俺は首を捻った。

 

「いや、そうは言っても……あいつらいっつも俺たちのことを散々罵って、挙句に……あの曹操とかいう変態イケメン野郎とも知り合いなんですよ!?これで性格が悪くないわけがないじゃないですか!」

 

「……曹操が、『変態イケメン野郎』ですか」

 

 白音ちゃんの機嫌をまた悪化させてしまった俺の台詞に、朱乃さんは苦笑しながら、それでもさっきとは打って変わってちょっと嬉しそうに頬を緩めて答えてくれた。

 

「フェルとウタに関しては、正直に言って私も、少々言葉が汚いと思いますわ。けれど……けれどやはり、悪い人ではないのよ……きっと。以前彼女たちは、誘拐されかけた白音ちゃんを救い出しているのですから」

 

「……え!?ちょっと待ってください!誘拐されかけた!?白音ちゃんが!?」

 

 普段の修行中でも二人に無視されがちな白音ちゃんを、その二人が救い出したというだけでも十分な驚きだが、それ以上に、仲間の過去に思いもよらぬ危機があったことに震えが来た。もう解決済みの事柄なのだろうが、それでも当時を想像して肝が冷える思いだった。

 

 朱乃さんは頷き、同じく動揺するアーシアとゼノヴィアにも眼を向けて続ける。

 

「度々耳にしたでしょう?京都のでのことです。私と部長と白音ちゃんと、後は護衛の方と一緒に旅行へ赴いた時……運悪く人間の盗賊団に襲われ、捕まってしまったのです。動機はまだはっきりとはしていませんが、恐らく白音ちゃんの猫魈という希少性を狙って、何処かへ売り飛ばそうとしたのでしょう」

 

「ミルたんという巨漢と……それに、ミカエル様も言っていたな。なるほど、あり得る話だ。裏社会ではそういった取引が日夜行われていると聞く」

 

「そ……そんなことが……」

 

 いけ好かない天使の名前を思い出してしまったゼノヴィアが顔をしかめ、その肯定に俺と同じく想像を確固なものにしてしまったアーシアが、ショックのあまりふらふらと身体を揺らして後退った。

 その脚が座席のふちに引っ掛かり、ふかふかの革張りに落ちると、勢いのまま倒れ込みそうになる。ちょうど隣で修行をしていた話題の当人、白音ちゃんがその身体を支えると、瞬く間にアーシアの両腕が白音ちゃんの頭を絡め取り、力いっぱいに抱きすくめた。

 

 優しいアーシアは、あったかもしれない白音ちゃんの悲惨に、心が痛んでたまらないのだろう。突然のことに困惑し、『水見式』のグラスから離した手でわたわた慌てる白音ちゃんの様子からして誘拐のことは引きずっていないようだが、だとしても四年前の当時は、きっとすごく怖かったはずだ。

 

 そこから救ってくれたのが、フェルさんとウタなのだ。

 

「つまり白音ちゃんにとって、フェルさんとウタは命の恩人だってことか……。そりゃあ、悪く言われたらいい気はしないよな。……ごめん、白音ちゃん」

 

 例えるなら、俺にとってのリアス部長。俺は白音ちゃんの大切な人を侮辱していたということになる。それは、怒って当然だろう。

 

 しかしだからこそ、俺はフェルさんとウタが悪い人ではないなどと――少なくともいい人であるとは、絶対に思えなかった。

 

 自身なさげに言った朱乃さんだって、本心では信じていないに違いない。過去に白音ちゃんを救ったのだとしても、現在の態度がフェルさんとウタのその善性を掻き消してしまっている。聞いた印象と見た印象が全くかみ合わず、いっそもう別人の話と混ざってしまっているんじゃないかとすら思えるほどのかけ離れっぷりだ。

 ウタの嫌がらせの数々もさることながら、フェルさんがリアス部長に向ける殺気だってそう。味方であるはずなのに命までもを脅かすかのような視線は、手が出なくてもそれだけで信用することが難しい。フェルさんもウタも、たとえその原因が悪魔嫌いにあり、よほど酷い目に遭わされたのだとしても、知りもしないそれを勝手にぶつけられたって納得できるはずもなかった。

 

 だから、白音ちゃんのためにもう口には出さないだろうが、俺には白音ちゃんの気持ちを真に理解することはできない。おっぱいと見た目は別として、俺が白音ちゃんのように彼女たちを好くことはないだろう。

 

「……んん……ぷはっ!ええと……別に、謝ってもらいたかったわけじゃないんです。確かに私も、ウタさまとフェルさまのことは……イッセー先輩のトレーニングも含めて、ちょっとやり過ぎだって思う時もありますから」

 

 俺が目を伏せ謝意と反抗心に葛藤しているうちに、どうやら白音ちゃんはアーシアの抱擁から脱出を果したようだった。アーシアの肩から頭を出して、意外なことに俺の主張の一部を肯定してみせる。そして続けて僅かな逡巡の後に、俺をしっかりと見つめて言った。

 

「悪魔である私たちとは、相容れない方々なのかもしれません。四年前もそうでした。リアス部長も……私も、お嫌いなのだと思います。けれどそれでも、あの方々は私たちを守ってくれたんです。その背中がすごく頼もしくて、優しくて……安心できた。今回もそうでした。だからリアス部長も、イッセー先輩とゼノヴィアさんをお二人に任せることを認められたんじゃないでしょうか」

 

「……部長が、フェルさんとウタを信用してるってことか……?」

 

 訝しく思って尋ねると、白音ちゃんは力強く頷いた。

 

「私のためにウタさまとフェルさまを雇ってくださったこともそうだと思いますけど、でなければ眷属思いのあの方が、私たちをハンターに任せることはないと思います。好き嫌いではなく信用という意味で、部長はお二人に、曹操さまと同じくらい(・・・・・・・・・・)のものを抱いているんです。だからウタさまもフェルさまも、イッセー先輩が思っているような非道な人では――」

 

 と、一生懸命にフェルさんとウタの善性を説く白音ちゃん。部長の名前を出されて、俺もちょっとだけ己の考えに疑問を巡らした。

 

 それでも結局意見は不変だったのだが、かといって俺は決して妨害したかったわけではない。したかったわけだはないのだがしかし、突如飛び出してきたそれ(・・)には突っ込まざるを得なかった。

 

 なぜここで曹操を例えに出す。

 

「……おいおい、ちょっと白音ちゃん。曹操と同じくらいって言ったら、そんなの信用なんかあるわけないじゃんか。それどころかフェルさんもウタも、とんでもない極悪人になっちまうよ。ははは!白音ちゃんってば、こんな空気で間違えちゃ駄目だって!」

 

「え……ええっと……曹操さまは四年前のあの時にウタさまたちと一緒にいて、リアス部長を助けたんですが……?」

 

 なんとまたしても驚愕の事実が明らかとなったが、しかし変わらず俺の声には笑いが漏れる。そもそも曹操はフェルさんやウタをも凌ぐほど、疑いようもなく悪いやつなのだから。

 

 最初に奴が姿を現した時リアス部長に何をしたのか、白音ちゃんはもう忘れてしまったらしいが、俺の記憶にはしっかりと焼き付いている。ギャスパーの神器(セイクリッド・ギア)が発動した違和感を感じ取った瞬間、突如として出現した開口一番に、その調子に乗ったすまし顔のイケメン面で、奴はウタの嫌がらせよりも許しがたいことをした。

 

 にっこり微笑みかけ、「お久しぶりです。リアス・グレモリー殿」。つまり俺のリアス・グレモリー様に色目を使いやがったのである。

 

 ライザー並みのゲス野郎だ。いつ手を出すかわかったものではない。フェルさんとウタをそんな奴と同列に並べるのは、さすがに可哀そうだろう。信用できないにしても、そう思うくらいの情けは持ち合わせていた。

 

 のだが、どうやらそうであるのは俺一人だけらしい。しんと静まる周囲に気付き、見渡すと、木場もアーシアもゼノヴィアも、皆一様にあっけにとられたような表情。

 なぜわかっていないのかと、唯一いつも通りの笑みを浮かべている朱乃さんに同意を求めて眼を向けた。

 

「いやだって、顔を見るなり部長をナンパしようとした奴なんですよ!?部長がとんでもない美女だからって、いきなり色目を使うような奴が『いい人』なわけありませんもん!ねえ朱乃さん!?」

 

「あらあら、そうかもしれませんわね。けれどどちらかと言えば、色目を使っているのは曹操ではなく部長のほうかしら」

 

「……はい?」

 

 何か、異物が入り込んで思考が止まった。『色目を使っているのは曹操ではなく部長のほう』?そんな意味不明な日本語があっただろうか?

 

 あまりにも理解不能すぎて視界までもがぐにゃあと歪んできた頃、不意に朱乃さんの手が俺の頬を挟んだ。そのまま顔が目の前まで近づいて、唇が触れ合う寸前で止まる。アーシアの慌てたはわわの声と、俺の眼を覗き込む朱乃さんの色っぽい眼が超至近距離で合わさり、それで俺はどうにか忘我の極致から抜け出すことが叶った。

 

 にこりと変わらぬ笑みを浮かべ、朱乃さんの吐息が、熱くなりつつある俺の頬をさらに茹でる。

 

「白音ちゃんのように、部長も四年前に襲われたのですよ。だから盗賊団と、それにフェルとウタの詰問から庇ってもらったことが嬉しかったらしくて、それ以来ずっとお熱なの。眷属として勧誘したこともあったのよ?すげなく断られていたのだけど。……私も彼に庇われたのだけれど、リアスはちょっと夢中過ぎですわね」

 

 非常に、非常に身の凍る思いだったが、頬の熱と、朱乃さんが幸運にも曹操の魔の手から逃れていたことが相俟って、俺は辛うじて正気を保つことができた。

 

 朱乃さんは無事だったのだと安堵の息を吐き、するとその朱乃さんの目が、嬉しそうに細められた。この前、堕天使のハーフであることを告白した彼女に半ば告白めいたことを言った時にも見た表情だった。

 

 驚いて見つめていると、やがて朱乃さんは俺の頬から手を離し、一撫でしてから顔も離して近くの座席に腰を下ろした。間を置いてやってきた気恥ずかしさにドギマギする俺を見て楽しそうに笑い、そして話をまとめる。

 

「だから、イッセー君が曹操を嫌うのは自由だけれど、やり方を間違えれば、勢い余ってリアス部長にも嫌われてしまいますからお気をつけて、ということです。うふふ、とはいえ人間である曹操と上級悪魔である部長が結ばれることは難しいですから、イッセー君がちょっとかっこいいところを見せれば、案外すぐに取り戻せるかもしれませんわね」

 

「す、すぐに取り戻せる……?」

 

「ええ、だって部長の眷属なのだもの。ライザーの件もあることですし、ハンターであり滅多に接触のない曹操よりも、チャンスと可能性はずっと多いでしょう?」

 

 確かにそうだ。思い返せば確かにリアス部長は曹操との再会を喜んでいる様子だったが、しかしそれは久しぶりに会うことができた喜びで水増しされていたものなのかもしれない。

 

 だとすれば絶望なんてしている暇ではない。むしろ今すぐアピールせねば、と、与えられた希望で背中の怖気を完全に消した俺は、続いてそんな焦りに襲われる。部長は曹操の色目を嫌がっているに違いないと思い込んでいた過去の自分の呑気さが恨めしく、その緊張故に意味もなく背筋を伸ばして尋ねた。

 

「そ、それで……かっこいいところって、具体的にどうすれば……」

 

「そんなもの決まっているだろう!強さだ!つまり、トレーニングの続きだ!」

 

 微笑む朱乃さんに代わって、機を得たとばかりに逸ったゼノヴィアが声を上げた。

 白音ちゃんすらフェルさんとウタのトレーニングがやり過ぎであることを認めたというのに、未だ一人だけ二人を信じ切っている。俺を含めた周囲の呆れ顔にも気付いていないようで、俺はまた繰り返さねばならないことに気疲れを先取りしてため息を吐き、ジト目で修行バカを睨みつけた。

 

「……だから、それに関しては俺はもう意地でもやらねえぞ!筋トレで強くなれるんだとしても、やりすぎは筋肉の疲労がなんとかで逆効果なんだ!さっきから思ってたけど、お前もしかして知らないのか!?」

 

「知っているさ……!少なくとも、フェルさんとウタさんはな!そんな二人が設定した回数がやりすぎになるはずがないだろう!ギリギリを狙ったハードモードなのは認めるが、それも偏にお前を強くするために――」

 

「それが一番あり得ねえっての!!絶対、強くなる前にオーバーワークで殺されるわ!!やるにしてもちょっとは休ませろよ!!」

 

「この程度で死ぬわけがないと、何回も言っているだろう!!私は人間時代に、種類も回数もさらに多いトレーニングをしたことがあるし……ハンゾーなんてもっとすごいぞ!!なんと腕立て伏せ千回が、忍者の里での訓練で罰ゲーム扱いだったらしい!!となれば当然、本来の訓練の運動量は腕立て伏せ千回以上のハードさだ!!人間でさえそれだけできるのだから、悪魔のお前にできないはずはない!!」

 

「え嘘あいつそんなやべえことを――」

 

 と、また話がそれて驚愕と称賛へ向きかけた。その時だった。

 

 突然車内の全員を襲った振動が、出かかった言葉を動揺の中に吹き飛ばした。

 

「のわ――ぐげっ!?」

 

 前触れのない横への重力に引っ張られ、白熱の論戦に立ち上がろうとした両脚がなぎ倒された。同じくみんなの悲鳴が響く中、俺は再び床へダイブしてしまう。

 顔だけ持ち上げ何事かと見回すと、すぐにその答えは鳴り響いた。

 

 ――緊急停止信号です

 

 という、短いアナウンス。

 大分疲労が取れてきたと思っていたが、どうやら列車が急停止した慣性に耐えられるほどではなかったらしい。手を突いて身体を持ち上げながら、同時に両腕の疲労もいまだ健在である事に煩わしさを感じつつ、俺は図らずも一回分腕立て伏せの回数を消化してしまったことと含めて、それをため息に混ぜて吐き出した。

 

「いってて……いったい何だよ。列車まで俺をコケにしてんのか……」

 

「……緊急停止信号と言っていたから、先で事故でも起きたんじゃないか?運がよかったな一誠、これで腕立て伏せの制限時間が伸びるかもしれん」

 

「いや、事故なんてそうそう聞かないから……たぶんハンター協会の関連じゃないかな?」

 

 俺の恨み言とゼノヴィアの的外れを木場が否定した。訝って眉を顰めるゼノヴィアに頷く。

 

「ほら、さっきも部長が言ってただろう?人間が列車のルートから冥界に入る場合、手続きが必要になったって。この間の学園での会談で決まったのだと思うけど……聞いたところによると、今その協議の続きのために、ハンターや人間界の偉い人たちがこっちに来ているらしいんだ。そのせいで色々ごたごたしているんだと思うよ」

 

「ほー、なるほどなあ。そりゃあ、でっかい協定が一日やそこらで纏まるわけないもんな……」

 

 俺の知っている人間社会での条約や何やらも、大概は長い会議なんかの後に結ばれるものだ。

 

 納得しながら、ふとこの異常で手続きに行った三人が戻ってきてしまうのではないかという危惧が脳裏によぎり、反射的に貫通路に視線を投げた。変わりなく閉ざされたままのそれを凝視したまま、急いで身体をひっくり返し、うつ伏せに戻る。

 

 その瞬間、またしても異変が起こった。

 

「あ……れ……?空が――」

 

 悪魔の町に広がるくすんだ青色から、一瞬にしていつぞやの謎空間に塗り替わった。

 

 そのことを口に出す間もなく、

 

「ッ!!」

 

 仲間の姿と周囲の風景が失われ、踏みしめた床と振れた座席の感触が霞のように消え去った。たちまち全身を襲う落下感。唐突に起こった訳もわからない謎の出来事の連続に、俺は馬鹿の一つ覚えみたいに「うわああ!!」と叫ぶことしかできなかった。

 

「――あれ……?」

 

 が、ふと気付けばその怪奇現象は終わっていて、身体の前面に硬い地面の感触があった。列車のそれではなく乾いた岩肌と砂のようだったが、しかし疑問はともかくうつ伏せ状態の身体を起こすべく、俺はまた慣れた動作で両手をついた。

 

「どこだ、こ――ごほぉ!!」

 

 そして腕の半分を持ち上げた途端に背中に落ちてきた重量物で、都合三回目の腕立て伏せをする羽目になってしまった。

 

 また地面に押し付けられながら、人でも落ちて来たんじゃないかと思うほどの痛撃に耐えつつそれを振り落とす。どさっと結構重そうな音がして、今度こそ身体を落ち着かせると、風景を捉えた。

 

「い……岩山!?」

 

「……の、ようだ。強制転移させられたのか?」

 

 聞こえたその声の通り、振り向けば、服にさっきはなかった土汚れをつけたゼノヴィアが、俺と同じくそびえたつ険峻な斜面を見上げていた。

 

 いや、ぐるりと周囲を見渡してみれば、アーシアも朱乃さんも白音ちゃんも木場も、みんな唖然として辺りを見回している。だがリアス部長とフェルさんにウタの姿は見えない。

 どうやらあの車内にいたメンバーだけが、ゼノヴィアの言うところの強制転移を受けたようだった。

 

 ならさっきの停止信号然り、これは何らかの事故なのか。見知らぬ場所に放り出され、これからどうすればいいのか。

 心に湧き出るそんな不安と恐れを噛み潰して、俺は立ち上がろうとした。

 

「……うう……いたい……で、出ますから、これ以上僕に乱暴なことしないで……」

 

 が、誰もいないはずの真隣から聞こえたその高い声に、驚いて飛び退かざるを得なかった。

 

「おわあッ!!――って、そうかギャスパーか!びっくりさせんなよまったく……」

 

 あの時俺の背中に振ってきた謎の物体は、お気に入りらしき段ボール箱に隠れたギャスパーだったのだ。

 

 そうだ、グレモリー眷属みんなで冥界に里帰りするのだから、こいつもついてきていて当然だ。隠れていたうえにあまりにも影が薄くてしゃべらなくて、しかもつい最近仲間と認識したばかりだという三拍子が揃ったために、今の今まで忘れていた。

 

 そんな俺の失態を知らないギャスパーは、俺と部長の努力実らず未だ人見知りと引きこもり癖が治らないために、たぶん落下の衝撃に、そのことを責められていると思ったのだろう。あるいは顔を見せろと催促されていると解釈したのか、俺の驚きの大声に身を――というか地面に鎮座する段ボール箱を震えさせた後、ゆっくり恐る恐るに蓋を開け、目だけをちらりと覗かせた。

 

 そして一瞬の後、悲鳴を上げて引っ込んだ。

 

「ど、どどっどど、どこですかここぉ!?なんで僕、外に連れ出されて……ま、またイッセー先輩、僕に酷いことをするつもりなんですか!?も、もうやだ誰か僕を再封印してくださいぃ!!」

 

「お、おい落ち着けよギャスパー!これはあの時みたいな特訓じゃなくて……俺も訳がわかんねえけど、何かの事故に巻き込まれたんだよ!」

 

「……そうですわギャスパー君。私たちは何もしないから、安心してください」

 

「うう……ほ、本当ですか……?」

 

 いつの間にか隣に来ていた朱乃さんの言葉に、ギャスパーが辛うじて落ち着きを取り戻す。いつもの優しい声と笑みで「本当ですよ」と肯定し、朱乃さんは手招きして他の仲間たちも呼び寄せると、近くの岩に腰を下ろした。

 

「さて、とにかくみんな無事ですわね。……部長たちはわかりませんが、フェルとウタが付いているでしょうし、きっと……ええ、きっと大丈夫でしょう。しかし部長の不在で指示系統を混乱させるわけにも行けませんから、再会できるまでは私が代理として取り仕切ります。いいですわね?」

 

「はい副部長!……けど、実際さっきの、何が起きたんですか?ゼノヴィアは強制転移って言ってましたけど……」

 

 皆に先んじて空元気気味に返事をしてから、しかし保てず不安を口に出してしまう。何が起きたのか、なぜ転移させられたのか、全く想像がつかず、不気味だ。

 

 しかしそれは朱乃さんにもわからないらしく、その優しげな笑みに陰を乗せてしまった。

 

「……何らかの事故、としか。乗員の緊急脱出が必要な事態が起こったとは思えませんし……考えられるとすれば、そういった装置の誤作動を起こしたとか、そのような理由でしょうか」

 

「僕もそうだと思います。しかし、となれば、僕たちはどこかに転移させられた部長を探しに行くべきでは?『騎士(ナイト)』として、僕は部長をお守りしたいと思います」

 

 木場がそう言い、俺も首を縦に振る。しかしそれは、白音ちゃんに止められた。

 

「やめておいた方がいいと思います。見た限り、周辺は森ばかりですし、闇雲に探し回っても迷うだけです。……こうなったらいっそ、転移魔法でお屋敷に飛ぶべきだと思います。怒られてしまうかもしれませんが……」

 

「うむ、私もそれが正しいと思う。規則だなんだと言っている場合ではないだろう。下手に動けばアーシアと、それにそこのギャスパーをも危険に晒すことになる」

 

「え、ええと……私は大丈夫ですから、お気になさらないでください。皆さんの意見に従います」

 

 ゼノヴィアの同意に続き、アーシアがちょっと震えて山裾の樹海に眼をやり、頷いた。

 そんな姿を見せられ思い至ってしまえば、俺の頭も重くなる。八対二で部長の捜索に傾いていた思いが六対四くらいにまで持ち上がり、しかし何があろうがアーシアは絶対守ると覚悟を宣言する前に、朱乃さんの言葉で天秤が逆転した。

 

「そうですわね、私も転移すべきだと思います。それに、列車で何かしらの事故があったことはもうしれているでしょうし、明確な非常事態です。イッセー君もアーシアちゃんもゼノヴィアちゃんも、罪に問われたりはしないでしょう」

 

「……まあ、朱乃さんがそう言うなら……」

 

 従わないわけにいくまい。根拠があるならなおのことだ。

 木場も神妙に頷いて、それでもう全会一致に結論付けられた。皆を見渡しそのことを確認すると、朱乃さんは微笑んで言った。

 

「それでは、決まりですわね。もどかしいかもしれませんが、部長の無事を信じて転移魔法陣で移動しましょう。……とはいえ――」

 

 苦笑が挟まる。

 

「この人数が転移できるだけの魔法陣を完成させるのには、少し時間が掛かります。十分程度でしょうか、その間、少しお待たせすることになってしまいますわね。ごめんなさい」

 

「全然!大丈夫っすよ朱乃さん!魔法陣引いてくれるだけでありがたいですもん!十分くらい、そこらへん散歩してたらすぐですよ」

 

「そうかもしれんが、一誠、少なくともお前は散歩などせずとも時間が潰せるぞ。こういう時こそ修行だろう!」

 

 なんとゼノヴィアはまだ言うつもりらしく、立ち上がった俺の肩を押さえてくる。もう苛立ちを通り越してうんざりするほどのしつこさだが、仲間のよしみだ、無視だけは勘弁してやることにして息を吐いた。

 

「あー……ほら、あれだ。山とか森とかを歩くのも、立派な訓練だろ?そっちで頑張るからさ、だから――」

 

 もうほっといてくれと、言いかけたら間もなく意外な首肯。

 

「む……確かに、森歩きはいいトレーニングになるな。……むしろそのほうがいいかもしれん」

 

「お、おう……だろう?……なんで突然そんな物分かりいいんだよ……」

 

「そんなことはないぞ?そっちの方がお前のためになると思っただけだ。存分に走ってくるといい。……さて白音、私たちは……『水見式』のコップも水もなくなってしまったし、『纏』をするか。今更という気もするが」

 

「存分にって……走るわけねえだろこんな足場の悪いところを。……ですよね?朱乃さん、走るわけじゃないですよね……?」

 

「うふふ……どうでしょう、やっぱり特訓のお手伝いをするのもいいかもしれませんわね。白音ちゃんとゼノヴィアちゃんがここで修行をするのなら、ちょっとくらい時間がかかっても構わないでしょうし」

 

「ええまあ……暇つぶしには困りませんから。……それとゼノヴィアさん、今更っていっても、維持はともかく精度はまだ私でも改善の余地があると思います。いつもずっと揺れてますから、もっと静かに、です」

 

「そ、そんな、朱乃さん!『イッセー君は休むべきだ』って言ってくれたじゃないですかぁ!」

 

「だ、大丈夫ですイッセーさん!今度も私がサポートしますから!」

 

「……『もっと静かに』?……なるほど、努力してみる……」

 

「あらあら、アーシアちゃんったらさすが。これは私も、気合を入れてお手伝いせねばなりませんわね」

 

「僕は……うん、僕はイッセー君の散歩に付いて行くよ。君が強くなりたいというのなら、僕も心を鬼にしないとね」

 

 などと、俺が驚きと失意で呆然としているうちに混雑してきたグレモリー眷属の会話。部室での賑やかさが返ってきたようで、確定した修行への絶望感は残りつつも、この強制転移などという未知の事態に対する緊張は大分ほぐれ始めていた。

 落ち着きを取り戻し、報告や会議でなく談笑のようなやり取りが、自然と皆の表情をも温める。和らぎ、リラックスした空気感は、もちろん俺の内心をも呑み込んだ。

 驚きと失意が薄れ、だからこそ特訓にも、まあ仲間が指導してくれるならいいかと、言い訳を作って納得した。しぶしぶ首を縦に振り、じゃあ早速行こうと岩山のてっぺんを指さす木場に従って、目を閉じ『纏』とやらを始めた白音ちゃんとゼノヴィア、そして気配を殺して段ボール箱に閉じこもり続けるギャスパーに背を向けた。

 

 続く談笑の下、剣山のような岩肌に手を掛けた。その時聞こえた見知った声に皆が振り向いたのは、ちょうどその瞬間だった。

 

「全く、危機感の欠片もないな、君たちは」

 

 初めてのクライミングに背を支えてくれていた木場の手が突然離れ、俺は驚きと併せて背中から落ちてしまう。

 まだ一歩も進んでいなかった故に大してダメージはなかったが、それでもぶつけた後頭部を抱えて呻き、染み出る涙で視界が潰される。だがそんな滲んだ視界でも、俺たちとも白音ちゃんたちともほど近い、この台地の端に誰かが降り立ったことはわかった。

 

 たぶんそれがこの声の主、憎き曹操の野郎なのだろう。

 

「ああ、曹操。よかった、貴方が助けに来てくれたのですね。それで、部長たちは無事なのですか?恐らく私たちと同様に、どこかに飛ばされたのだと思うのですが……」

 

「いや、あの三人は転移させられていないよ。今も列車の中で書き物でもしているだろうな」

 

 その台詞に、朱乃さんも俺も得も言えない違和感を感じた。奴に対する敵対心も一瞬冷えてしまったそれは、聞きなれない奴の投げやりな口調と、中に含まれた奇妙な刺々しさ。

 

 最初にフェルさんを見た時のそれに、少し似ていた。

 

「れ、列車、ですか……。ということは、これに巻き込まれたのは私たちだけということですか。事故にしては何とも妙ですが……いったい、何があったんでしょう……?」

 

 曹操が、朱乃さんの質問に露骨に失笑した。失礼だと詰め寄るべき場面だが、俺も他の皆も、それができない。できないほど、曹操が纏う気配が重い。

 

「ハハッ!『何があった』、か?これが事故?まだわからないのか、君たちは。ここまで言って思い至りもしないとは、さすがに腑抜けすぎじゃあないか」

 

「……さっきから、お前何言ってんだよイケメン野郎……!俺たちを、助けに来てくれたんだろ!?なら早く……リアス部長の所まで連れてってくれよ……ッ!」

 

 起き上がり、俺はどうにか声を張り上げた。

 

「……しょうがない、ヒントを上げよう」

 

 だが曹操は全く取り合わず、困惑、そして怯えが混じった動揺で息を呑む俺たち全員を薙ぐように見やって呟き、呆れたとでも言いたげに肩をすくめると、続けた。

 

「ハンターは、その専門分野によって俗称が付くんだ。財宝の採掘だったり保全保護だったりを専門にすれば『財宝(トレジャー)ハンター』、凶悪犯罪者や手配犯などの賞金首を狙うことを専門にすれば『賞金首(ブラックリスト)ハンター』、といった具合にね。ちなみにフェルとウタは、二人とも『悪魔(デビル)ハンター』として知られている。何が専門なのかは、言わなくてもわかるだろう?まあこれは関係ないが……」

 

 合間に、キンと金属音が鳴った。曹操が手に持った長い棒で地面を突いたのだ。ようやく目尻に涙を消して、俺はそれを認識した。

 

 長く、シンプルな格好の槍。

 

 紛れもなく、人を傷つけるための武器だ。

 

「それに当てはめると、俺は『神器(セイクリッド・ギア)ハンター』だ。つまり、神器(セイクリッド・ギア)を狩るのが仕事なわけなのさ」

 

 まさかそんなことがあるわけがない。そう否定するように、すぼまる気道で必死に息を吸う。きらりと光を反射して瞬く槍先から眼を離せぬまま、俺は言葉を絞り出す。

 

「――だから……なんだよ……!」

 

 だが奴は笑って、俺と、アーシアと、木場と、そしてギャスパーを見やって言った。

 

神滅具(ロンギヌス)である【赤龍帝の小手(ブーステッド・ギア)】に、【聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)】、【魔剣創造(ソード・バース)】と禁手(バランス・ブレイカー)の【双覇の聖魔剣(ソード・オブ・ビトレイヤー)】、それに……【停止世界の邪眼(フォービトゥン・バロール・ビュー)】。これほどのモノを目の前にして指を咥えて見ているだけだなんて、そんなのあんまりだと思わないか?」

 

「だから――なんだよッ……!!」

 

 俺は渦巻く激情のあまり、繰り返すことしかできなかった。もう、その答えは予想できてしまっていた。

 

 そして、曹操は、

 

「君たちを、殺すよ」

 

 そう言って、さわやかに笑った。




デビルハンターといってもどこぞのスタイリッシュなオッサンのことではない。
次回は第三部に於ける曹操の貴重な見せ場です。感想ください。今『感想ください』を『肝臓ください』と打ち間違いそうになったことを告白します。
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