主なきノラネコたちの家   作:もちごめさん

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九話

「僕たちを……殺す……?」

 

 ギャスパーが段ボール箱から顔を出し、呆然と曹操を見る。

 

「ああ、殺す。でなければ神器(セイクリッド・ギア)取り出せないだろう(・・・・・・・・・)?」

 

 昂然とした答えを浴びせかける曹操。ギャスパーはやはり、ぽかんと呆けるばかりだ。いきなり殺すだのなんだの冗談みたいなことを言われて、まともに受け止められるはずがない。

 

 だが俺にはその冗談が、むしろ宣言が本心であると強く印象付けていた。ずっと前、忘れたくても忘れられないあの女、レイナーレも同じことを言っていた。持ち主の生命力や魂と密接に結びついているから、神器(セイクリッド・ギア)は持ち主を殺さなくては抜き取ることができないのだ。

 

「正直、最初はこんなことをするつもりはなかったんだ。君たちは上級悪魔の下僕にしてはかなり仲が良い。例えば一人でも殺せば血眼で犯人を捜すだろう。俺が犯人であるということに、恐らくたどり着いてしまう。協定が結ばれるこのタイミングで今の立場を失うことは、あまり望ましくない」

 

 ギャスパーと同じ、いや、事態を把握しつつある分だけ不安を増した皆の静寂の中、曹操は言う。

 

 へらへらと、何でもないことのようにしゃべり続ける。

 

「だが運のいいことに、聞けば君たち、列車で冥界に帰るそうじゃないか。四角い檻に自ら入ってくれるということなら、危険を冒してこそこそ暗殺する必要もない。まとめてどこかに飛ばして、そこでゆっくり殺せばいいんだから。冥界には、悪魔の目も届かない未開の地がいくらでもある。そこで君たちが死んでも、まさか列車にも乗っていない俺の仕業だと思う奴はいないだろう?」

 

「そ、曹操……貴方……本当に、いったい何を言って……」

 

 朱乃さんの絞り出したような言葉も無視して、続く。

 

「面白いのがね、この状況を作り出すために俺がしたことが、列車のシステムへの細工だけだって点さ。たったそれだけでここまでおあつらえ向きの状況を作り出すことができた。愉快だと思わないか?今まではどれだけ策を弄しても実現できなかったことが、たった一つ手を加えるだけでものになったんだ。あまりにも都合がよすぎて、俺はもう笑いを堪えるのが大変だったよ」

 

「……うそ……だろう……?曹操、お前は……」

 

「そんな……まさか、貴方が……」

 

 ゼノヴィアと木場が呟く。白音ちゃんも呆然としたまま、曹操がゆらゆら揺らす槍先を見つめている。

 

 誰一人、現実を受け止められない。それほど曹操の様子に異質を感じるのだろう。

 

 そこに、俺はとうとう限界を迎えた。

 

「――曹操、お前、ずっとそんなこと考えてたのか」

 

 ぴくりと肩眉を上げ、曹操は応える。

 

「ああ、そうだ」

 

「ずっとみんなの信頼を……リアス部長の信頼をッ……裏切ってたのかよ……ッ!」

 

「ああ、そうだ」

 

 全く変わらない調子で繰り返し、にやけ顔で頷いた奴は、晴れ渡った空を見上げて微かに肩を揺らす。

 

 馬鹿にするような笑いを残したまま、俺を見つめた。

 

「というか裏切るも何も、そもそも味方になったつもりはないんだけどね。リアスのことだってそうさ。京都の時にちょっと優しくしたらなつかれたんで、まあ害があるわけでもなしに、そのまま放っておいただけさ。……思えば、本当に何ともツイてるな、俺は。ただの子供と思っていた彼女が……まさかあれほどに成長して、これほど役に立ってくれるだなんて、思ってもみなかった」

 

「……そうかよ。お前は最初っから、部長を騙して、弄んでたってことか」

 

「まあ、そうなるな。安心するといい赤龍帝君。悲劇的にも眷属全員を失ったリアスは、俺が責任をもって慰めておいてやろう。……ああ、俺のために四つも神器(セイクリッド・ギア)を集めてくれたことに、お礼も言うべきかな」

 

 そこまで言っても尚、曹操の顔はへらへらと笑っていた。まるで何でもないかのように、馬鹿にするように歪んでいる。

 

 悔いても、悪いとすら、奴は思っていなかった。

 

 みんなを裏切り、騙し、それだけでも許せないというのに、この期に及んでも奴はまだ、俺のリアス・グレモリー様を食い物にしようとしている。部長の想い人だからこそ、もはや俺に『許す』という選択肢は存在しなかった。

 

「――曹操、てめえは……ッ!」

 

 熱く煮えたぎった眼の奥の激情が、左手に伝って硬く握り締められた。

 尋常でない怒りが、俺の【赤龍帝の小手(ブーステッド・ギア)】を呼び起こす。

 

「部長に、相応しくねえ!!ライザーなんて比較にならないくらいのクズ野郎だ!!」

 

「クズ野郎?おいおい、心外だな。女性の扱いのことを言ってるのだとしたら、少なくとも君よりはいい自信があるんだが。俺はフェルとウタと初めて出会った時も、卑俗な言葉は使わなかったぞ」

 

「うるせえよ……!!みんなを騙したこと……何よりも、部長の好意を踏みにじったてめえなんかに、これ以上部長は穢させねえ!!絶対に、許さねえッ!!」

 

 『Boost!!』と、左手の【赤龍帝の小手(ブーステッド・ギア)】が実体化すると同時に倍化が始まる。奴も槍を揺らすのをやめた。

 

「許さないなら、どうする?どう思われようが、俺は君たちを殺して神器(セイクリッド・ギア)を回収するつもりだが」

 

 ずっと変わらないその笑みは、そんなこともうわかりきっているだろう。

 

 更なる倍化の合図と共に、俺は叫ぶ。

 

「仲間も、リアス部長も、俺が守る……!!お前を、ぶっ倒してやるッ!!曹操ッッ!!!」

 

 そして、猛然と曹操に襲い掛かった。

 

 奴との間、十メートルほどの距離を駆け抜けるのはあっという間だった。一秒も経たないうちに半分が過ぎ、俺は両拳を構える。

 

 それと同時に曹操も動いた。片手に握られた槍の先が、無造作に俺のほうに向けられた。

 だがまだ遠い。このまま突っ込めば串刺しだろうが、そんなものに引っ掛かるほど、俺の戦闘経験は浅くない。

 

 つまり曹操がそれほど俺を舐め腐っているのだろうが、しかしこれはチャンスだ。片手で差し出された穂先は、どうぞ弾き飛ばしてくださいと言っているようなもの。武器を奪ってしまえば、あいつの戦闘力は激減するに違いない。

 そんなことを数瞬の内に判断できるくらいには、俺も悪魔になってからの数ヶ月で戦いに慣れてきている。だからその経験に導かれるまま、俺は倍化を開放した。

 

『Explosion!!』

 

 身体に力が満ちる。四倍となったそのパワーで、俺は槍先に裏拳を振るった。

 

「吹っ飛べぇッ!!」

 

 だが、接触の直前だった。

 

『――ッ!!よせ、相棒ッ!!』

 

 【赤龍帝の小手(ブーステッド・ギア)】に宿るドラゴン、ドライグが突如として叫んだ。

 

 いきなりしゃべったことも、その制止も驚きだが、振るった攻撃はもちろん止められない。反射的に身体が強張ってしまって勢いが削がれたが、しかしそのまま槍先を殴打した。

 

 瞬間、弾かれたのは槍ではなく、俺の拳のほうだった。

 

「――な……ッ!!??」

 

 曹操は何もしていない。片手で持った槍を俺に突き付けていた。それだけだ。

 

 振られもしない細い棒など容易く弾き飛ばせるはずなのに、しかし実際に弾かれたのはこっちの拳のほう。四倍のパワーの小手で殴りつけて、にもかかわらず威力は丸ごとすべてこっちに返ってきた。。

 

 それはまるで、巨大な鉄の塊でも殴りつけたような重さだった。

 

 俺はドライグの忠告の意味を理解した。

 突進の勢いもすべて込めた一撃が跳ね返され、後傾した身体を辛うじて片足を下げて支える。一切変化のないにやけ顔の目に、俺の愕然が写り込む。その時になってようやく、痛覚がビリビリと震えていることに気が付いた。

 

「ぐ――があぁッ!!?」

 

 左腕に、筋肉痛の千倍は酷い痛みと痺れがなだれ込んできた。骨が、筋肉が、神経が、跳ね返された裏拳の威力をそのまま受けて悲鳴を上げている。

 これが小手のない右腕だったら、本当に潰れていたかもしれない。そう思えるくらいの痛みに膝を折りかけたが、目の前の憎き敵の存在で、俺はなんとか戦意と集中を繋ぎ止めた。左腕を庇いながら、せめて歯を食いしばって睨みつける。

 

 すると曹操は槍を軽々引き戻し、俺の背後のみんなを鼻で笑って、そして言った。

 

「……そう、そのままいつまでも呆けていてくれ。君たちが現実を受け入れる間に、すべて片が付く」

 

 ぐっと、ゆっくり槍が振りかぶられる。奴の眼が俺に向き、刃が水平を向き、また瞬く。

 

 薙ぎ払いだ。避けなければいけないということはわかったが、しかし腕の痺れがそこまで到達してしまったのか、脚が動かない。

 

 俺の眼は、貫くような曹操の眼に釘付けになっていた。

 

『避けろ相棒!!死ぬぞ!!』

 

 出会ってからたったの一度も聞いたことがなかったドライグの焦り声、それが連続してもどうにもならない。とうとう振られ、神速の切っ先が煙って消えた。

 

 反射的目を瞑り、腕を盾にした。だが次の瞬間訪れたのは肉を切られる鮮烈な痛みではなく、柔らかい重みだった。

 

「――イッセー君ッ!!」

 

「――一誠!!」

 

 目を開ける。木場とゼノヴィアの背が、曹操の一撃の前に躍り出た。木場は二刀の聖魔剣で、ゼノヴィアは聖剣デュランダルで、同時に薙ぎ払いを受け止める。そして、

 

「ぐわああぁぁッ!!」

 

 やはり容易く打ち払われた。

 

「――ッぐぅ……!!木場!!一誠!!」

 

 デュランダルを大きく跳ね上げられ、押し流されながら、それでも両脚で踏み止まったゼノヴィアが、悲愴を露にそう叫ぶ。つまり、耐えられたのはゼノヴィアだけだ。

 

 木場の聖魔剣は粉々に砕かれていた。しかもその守りのさらに奥までを貫かれ、肉体にまで剣閃の到達を許している。血が噴き出し、苦悶の叫びが上がっていた。

 

 しかしそれでも尚、木場は俺を背に庇ったまま、薙ぎ払いに吹き飛ばされた俺たちは宙を舞った。痺れた頭に入り込む浮遊感。見開いた眼に映る空の色は、しかし不意に純白に消えた。

 

「イッセー君!!裕斗君!!」

 

 同時に浮遊感と吹き飛んだ勢いも消え、先ほどの柔らかいもの、木場の背中よりも数段ふかふかした何かに包み込まれる。木場と合わせてサンドされ、声からそのふかふかが朱乃さんのおっぱいであると、少しの間があってから俺は気付いた。

 しかし感情の浮かぶ間もなく地面に下ろされ、柔らかな双丘は離れていった。緩慢にその朱乃さんを眼で追うと、抱えた血濡れの木場をアーシアの傍に下ろしている光景が映る。隣で覗き込み、朱乃さんは息を呑むギャスパーと白音ちゃんに眼をやると、曹操と、戦うゼノヴィアを見つめて歯を噛み、決死の表情で告げた。

 

「アーシアちゃんは、裕斗君とイッセー君の治療を。白音ちゃんはゼノヴィアちゃんと一緒に、曹操への対処に当たってください。私は援護します。……もうこうなってしまった以上、戦うしかありません」

 

「はい、副部長」

 

「……あ、は、はい、副部長!」

 

 白音ちゃんが酷く落ち着いた声で応えた。それを聞いて我に返り、遅れて返事をすると、朱乃さんが安堵で俺を一瞥する。

 

「イッセー君は、コカビエルとの戦いのようにパワーを溜めてください。時が来れば私に『譲渡』を。……行きますよ、白音ちゃん……!」

 

 同時に白音ちゃんが地を蹴り、悪魔の羽を広げて飛んだ朱乃さんが、制服から巫女服に変身する。その手に雷の魔力が集い、発射されるのを見届けると、ふと俺は左腕に温かな波動を感じた。

 

「イッセーさん、すぐに治しますからね……!」

 

 振り向けば、アーシアが【聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)】で俺を癒してくれていた。緊張のためか汗を滲ませながら、真剣な眼差しで淡い癒しの光を手に、俺の腕へ押し当てている。

 

 じわりと染みこんで、腕に残る痛みと痺れが取り除かれていく。その心地よさと、それから地に伏し息を荒げる木場に気付いて、俺は慌てて声を上げた。

 

「あ、アーシア!俺のは掠り傷だから……それよりも木場のやつを――」

 

「その木場さんが……イッセーさんを先に治してと、おっしゃったんです……」

 

 遠慮がちなその台詞に驚き、木場へ振り向く。苦しげに薄く開いた眼が俺を見て、微かに頷くと途切れ途切れに口にした。

 

「僕は……たぶん、治っても……すぐには……戦えない……。だから……イッセー君……代わりに君が、みんなを……守ってくれ……」

 

「な、何言ってんだよ木場!!お前の方がダメージがでかいんだから、アーシアに治してもらうのはお前が先だろ!?」

 

「……そうさ、僕の受けたダメージは大きい……。ぅぐ……御覧の通りに、ね……」

 

 ぐっしょりとどす黒い血で染まった制服を示し、木場は呻く。大きく斜めに切り裂かれ、皮膚の下の肉がはっきりと見えた。

 それは生々しく、心臓の鼓動と共に脈動し、蠢いてまた血を噴き出した。

 

 流れ出る仲間の命を、初めて見たような心地になった。

 

「き……ば……」

 

 怯えて木場に動かないよう懇願するアーシアの声を聞き流しながら、俺はすぼまった喉で必死に息を吸う。

 

 木場が、血で染まった唇に苦笑を作る。

 

「自分の身体のことは、自分が……一番、よくわかる……。死には、しないさ……けど……この戦いで、役に立つのは……無理だ……。……不甲斐ないけど……たったの一撃でやられた僕は……手負いじゃ、役に立たない……!だが、イッセー君、君なら……君の力なら……!」

 

 堪えきれない苦痛が歪ませた木場の眼が見たのは、アーシアに癒される俺の左手、【赤龍帝の小手(ブーステッド・ギア)】。あの重すぎる槍を攻略するには、それ以上の重さ、それ以上のパワーが要る。そういうことだろう。

 

 朱乃さんの指示も、要はそういうことだったに違いない。曹操の槍を打ち破るための圧倒的攻撃力。俺に求められているのは、それ。

 

「……頼んだよ……イッセー君……」

 

 囁くように言うと、それっきり木場は眼を閉じて、か細い呼吸の中に沈んだ。アーシアが震えて悲鳴を漏らし、しかし大半を涙の中に呑み込むと、息を閉じて俺の治療に意識を引き戻した。

 

 辛そうなその表情を、見る。そして木場の苦悶。

 改めて感じた。これを引き起こしたのは、俺の弱さだ。

 

 俺が曹操の殺気に竦んでしまったから、木場は大けがを負い、アーシアに辛い選択をさせてしまったのだ。

 

(……フェルさんと、ウタの言う通りだ)

 

 あの時言われた言葉が脳裏に蘇る。俺が弱いせいで、こうなった。強ければ、木場もアーシアも守れた。怒りだけで向かって行った、その結果がこれだ。

 

 俺は、硬く左手を握り締めた。

 

『……相棒、考えていることはわかるが落ち着け。黒髪の言う通り、『倍化』にだけ集中しろ』

 

 さっきの焦りに息をついたドライグの声。それが俺の、今度こそ曹操をぶん殴ってやるという決意を諫めてきた。

 

 いつもなら威勢よく戦意を露にするのに、まるで曹操を恐れるかのような口ぶりだった。信じられず、驚愕の眼を小手で瞬く宝玉に向ける。

 

「ドライグ……俺の気持ちがわかってるなら、なんで止めるんだよ。俺は……やっぱり、直接ぶっ飛ばしてやらないと気が済まねえ……!たとえあいつが、曹操がどれだけ強くたってさ……!」

 

 立ち向かうことすらできなければ、俺は本当に、いつまで経っても強くなれない。仲間を守れない。

 

 曹操と戦うゼノヴィアと白音ちゃん、そして朱乃さんの姿を見つめ、唇を噛んだ。

 

『わかっている。相棒の気持ちも、あの槍使いが相棒の何万倍も強いことも』

 

「な……何万倍……」

 

 さすがにそこまでかけ離れているとは想像していなかったが、しかし俺の意思は変わらない。

 

 ドライグが続ける。

 

『だが、たかが『何万倍』だ。いざとなれば身体の大半をドラゴンにして勝たせてやれる。……奴とて、所詮は人間でしかない。ネテロや、あの奇怪な格好の巨漢のような、規格外の力を持っているわけでもないようだからな』

 

「身体の大半で『たかが』って……いやもう突っ込まねえよ。けど勝てるんだろ?なんだって曹操と戦うなだなんて言うんだよ。ライザーの時もコカビエルの時も、フェルさんとウタの時も、格上の相手にだって、お前そんなこと言わなかったじゃねえかよ!……そんなに、あいつの槍がヤバいのか……?」

 

『……いや、あれは……業物だろうが、特別な力を持たないただの槍でしかない。相棒の攻撃が弾かれたのは、あいつの『念』によるものだ。……そのはずだ』

 

「……なんだよ、『はずだ』って」

 

 やっぱり、どこか様子がおかしい。最初の慌てようもそうだが、この歯切れの悪さ。明らかにドライグは怯えている。

 

 コカビエルにも、フェルさんのあの恐ろしい気配にも動じなかったこのドラゴンが、勝てると断言する相手をなぜこうも恐れるのか。

 

『……わからんが……ただ、嫌な予感がする』

 

「……はぁ?」

 

『……言葉で表現し辛い。相棒に例えると……相棒を殺した堕天使の女が、突然目の前に現れたような……そんな感覚を、あの槍使いに感じた。……奴は……恐らく何か、尋常でないもの(・・・・・・・)を隠している』

 

 そんなあやふやな、と非難が口を突きかけたが、『相棒を殺した堕天使の女』レイナーレの存在を出されれば話は変わる。そんなことがもし起これば、呼び起こされたトラウマで俺だって身が凍っただろう。

 

 だが、だがしかし、それでもだ。

 

「……心配すんなよドライグ、だったらその杞憂ごと、俺があいつをぶっ飛ばしてやる!大丈夫さ。俺は、部長のおっぱいをこの手に揉みしだくまで、絶対に死なねえ!」

 

 ハーレム王になるという大いなる夢のためにも、『尋常でないもの』くらい乗り越えられなくてどうするのだ。

 

 ドライグが恐れるくらいの、過去最大の敵であるということはもうわかった。その覚悟はもう、できていた。

 

『……ふ……そうだったな、俺の相棒は、そういう奴だった』

 

 ドライグが薄く笑った。と同時に、続いていた左腕の心地よさが消え、汗を垂らしたアーシアの顔が俺に叫ぶ。

 

「治りました!イッセーさん!これでもう腕は大丈夫なはずです!他に痛むところはありませんか?」

 

「ああ、もう何ともないよ。ありがとう、アーシア」

 

 にいっと笑って答える。癒しの光から放たれ、かざしてみせた小手が『Boost!!』と倍化の開始を告げた。

 

 息をつき、弾かれるようにして木場の治療に向かったアーシアと入れ替わり、俺は立ち上がる。見据えるのは、仲間の三人が戦う戦場。気合を入れ直し、そして、拳を握った。

 

「よっしゃ!行くぞドライグ!俺たちの力を見せてやろうぜ!」

 

『ああ。だがどちらにせよ、しっかりと力を溜めろよ、相棒。生半可な威力では、槍使いに到底通用しない』

 

 わかってるよ、と疼く左腕に内心で応え、俺は地面を蹴った。

 数歩分も駆ければ、すぐに全員の注意が俺に向くのを感じた。曹操も、やはり神経を逆なでする笑みを俺に向ける。睨み返しながら、二度目の倍化の合図に拳を構えた。

 

 するとその瞬間、上空から声がかかった。

 

「イッセー君!!」

 

 朱乃さんだ。白と赤の美しい巫女装束のまま、勢い良く降下してきて俺の肩を捕まえる。振り払うわけにもいかず俺は止まり、首だけ振り返って見上げると、有無を言わさぬ鬼気迫った雰囲気が、俺の意志ごと鷲掴みにした。

 

「今、どれほどの力が溜まっていますか!?」

 

「え!?ええっと……二回分、だから四倍です!」

 

「ッ!……なら、あともう四回……いえ、五回倍化したら、それを私に譲渡してください!なるべく早く、それまで私の傍に!」

 

「ま、待ってください朱乃さん!譲渡じゃなくて今度こそ、俺が直接あいつを――」

 

 どうにかねじ込んだその意思は、しかしすぐさま覆い隠される。

 

「ごめんなさい、イッセー。けれどもう、余裕がないの。曹操の狙いである貴方を守りながらでは、二人とも戦えない……!」

 

 言葉の通り痛みを堪えるように顔を歪め、朱乃さんは白音ちゃんとゼノヴィアに視線を向けた。促されるまま俺も眼をやって、そしてアーシアに癒してもらっていた時には見えなかったその表情を見つける。二人とも、俺や朱乃さんの比ではないほどに苦し気で、明らかに疲弊していた。

 

 傷も一つや二つではない。それでも曹操に食らいついているのは、人離れした気力と『念』によるものなのだろう。

 

「『念』に対抗するには『念』が最も有効だけれど、それは曹操にとっても同じこと。恐らくもう、あまり長くは持ちません。私の雷も……軽々防がれました。だから今の均衡が破綻してしまう前に、イッセーと私とで最大の一撃を打ち込み、一気に倒します!……わかってください……!」

 

「……わかりました……」

 

 曹操を自身の拳で倒せないことも、必死に戦う白音ちゃんとゼノヴィアを見守ることしかできないことも、何もできない自分が苦しくてたまらない。けれどそんな命令でも、同じく苦しむ朱乃を眼にすれば、拒否できるはずもなかった。

 

 俺の我が儘でみんなが殺されてしまえば、それこそ最悪だ。三度目の倍化で溢れる力を、俺は拳の中に押し込めた。

 

「おや、赤龍帝君は後方待機か。当てが外れたな、また突っ込んできてくれれば楽だったんだが」

 

 曹操が、緊張感のない呆れ声で言った。戦闘中だというのに俺へ視線を向けたまま、撃ちかかるゼノヴィアすら気にも留めない。

 

 それに抗議するかのように、ゼノヴィアが気合の雄叫びと共に大上段から振り下ろした。

 

「曹操――ッ!!」

 

 まだ教会の戦士であった頃でさえ、デュランダルすら使わずに木場の魔剣を粉砕してのけたゼノヴィアは、『倍化』を使った俺を除いて、眷属内で一番のパワーを持つだろう。だが本来の武器をも使って放たれた唐竹割は、届くことなく槍に妨げられる。

 

 ギリギリと鍔迫り合いが起きるが、それでもほんの少しも押し込めている様子がない。本当に、生半可なパワーではあいつの『念』に届かないのだ。

 

「……はあ、まだやる気か、デュランダル。伝説の聖剣には確かに惹かれるが、俺は神器(セイクリッド・ギア)専門なんだ。後にしてくれないか?」

 

 ため息を吐くと、それにゼノヴィアは祈るような眼を向けた。

 

「曹操……お前は、本気でアーシアたちを殺すつもりなのか……?」

 

「全く、何度もそう言っているだろう?そのために君たちにも近付いたんだ」

 

「本当に……裏切ったのか……?フェルさんとウタさんを……」

 

「裏切るも何も、フェルもウタも、君たちが死んだら喜ぶだけだと思うけどね。ゼノヴィア、君、『念』を教わっているからって、自分の死に二人が泣いてくれるとでも思っているのか?」

 

 ゼノヴィアは一瞬だけ目を閉じ、そして開けた。祈りが諦めに変わり、決意が溢れた。

 

「――ッと……!」

 

 曹操の脚が半歩だけ下がった。つまりそれは、ゼノヴィアのパワーが一瞬とはいえ曹操を上回ったということ。僅かに進んだ聖剣を両手に握り締め、その溢れかえる気配、『念』と眼が、はっきりと()に向けて告げられた。

 

「悲しんではもらえないだろう……。だが、同時に喜びもしないことは私にもわかる!なぜなら私たちが死ねば、真っ先に疑われるのはフェルさんとウタさんだからだ!」

 

 同じ列車に乗り合わせ、なのに巻き込まれずに生きている。隠す気もない悪魔嫌いを合わせて、犯人だと想像が結びつくのは自然な流れだ。

 

 曹操は「そりゃあそうだな」と苦笑して、空けていた左手を槍に添える。下げさせた半歩を徐々に押し返される中、さらに『念』の気配を増幅させたゼノヴィアは、唸るように言った。

 

「フェルさんとウタさん……お前以外の誰もが望まない殺しをして、皆の信頼に背いて、それのどこが裏切りでないというんだ……!私は認めないし、許さんぞ曹操!絶対に、皆に謝らせてやる……ッ!!」

 

「おお、怖い怖い。さすが『強化系』だな。『練』もだいぶうまくなってきたじゃないか。……まだまだ殺し合いには耐えないがな」

 

 すると曹操は突然、添えたばかりの左手を自身の背後に突き出した。何のつもりと思う間もなく、その手にパンチを受け止められた白音ちゃんの姿が眼に入った。

 そういえばさっきから姿が見えなかったが、しかしいつの間に回り込んでいたのかと驚愕する俺をよそに、少しも余裕を崩さない曹操が、悔しげに顔を歪めた白音ちゃんを笑った。

 

「『絶』……いや、仙術のほうか。俺がゼノヴィアに気を取られているうちに不意を突く。力で勝れない以上、単純だが悪くないやり方だ。しかしウタを真似るにしては、『オーラ』の同化がお粗末過ぎたな」

 

「くッ――でも……ッ!!」

 

 曹操の両手と、動きは封じた。

 

 白音ちゃんの決死の表情がゼノヴィアにも伝わり、頷いた。そしてそれは、俺の神器(セイクリッド・ギア)にも。

 

『Boost!!』

 

 合計七回目の倍化が完了し、俺と朱乃さんの眼が合致する。羽を広げ、飛び立とうとする朱乃さんの背中に、俺は躊躇うことなく溜まった力を受け渡した。

 

「朱乃さん!!頼みますッ!!」

 

『Transfer!!』

 

 譲渡された力が身体に満ちる感覚に身を震わせ、飛んだ朱乃さんはその力のすべてをつぎ込み、手のひらに特大の魔法陣を展開した。一人に集中した分コカビエルの時よりも強大となった雷の力が、曹操と、その動きを縫い留める白音ちゃんとゼノヴィアを照準に捉える。

 

「こっちは魔力で守れる!!諸共やれ!!副部長!!」

 

「曹操さんが動く前に、早く……!!」

 

 その決意に、朱乃さんの躊躇もすぐに消えた。

 

「雷よ!!!」

 

 絶大な威力を秘めた雷撃が、甲高く空気をかき鳴らして放たれた。

 

 今まで見たあらゆる攻撃の中で、間違いなく最大の一撃だった。ライザーよりもコカビエルよりも、そしてフェルさんやウタよりもはるかに強力な攻撃が曹操に迫る。

 

 俺は、勝利を確信した。こんな馬鹿げた威力の攻撃に、人間が耐えられるわけがない。回避は封じられ、防御も無意味。朱乃さんもゼノヴィアも、俺と同様に倒れる曹操の姿を幻視した。

 

 だが当の曹操と、止められたほうと逆の拳を握った白音ちゃんは違った。

 

「これだけ時間が掛かって、備えていないわけがないだろう?」

 

 呟くようなそんな台詞が冗談の類ではないと、次の瞬間証明された。

 

 突如曹操を中心に、黒い炎(・・・)が爆発した。

 

「なッ!?」

 

 驚愕に声を上げたのは俺一人。爆風が白音ちゃんとゼノヴィアを呑み込み、押し退けた。しかしその二人も、もちろん朱乃さんにも、ダメージによる苦悶はあれど動揺はなく、舞い散る黒い火炎を睨む。

 

「ぐッ……これが話に聞く曹操の神器(セイクリッド・ギア)……だが!!」

 

「もう遅いですわ!!食らいなさいッ!!」

 

 そうだ。動けるようになったとはいえ、間近まで迫った雷を今から回避することは不可能だ。だから俺たちの勝利に変わりはない。

 

 そのはずだという確信を抱きながら、しかし同時に、俺の脳裏にはその確信に対する否定がよぎっていた。

 

 そしてその、白音ちゃんに寄った俺の不安は、悪いことに的中する。

 

 曹操が槍を構え、跳躍した。上空数メートルほどの高さ。もちろん俺にも、朱乃さんにも届かない。それ以前に、真正面に朱乃さんの雷。

 

 刹那。

 

「――!!?」

 

 朱乃さんが息を呑んだ。声も出ないほどの驚愕は、俺にも十分理解できた。

 

 眩く弾ける雷が、ふと気付けば小さく、そして濃縮されて纏わりついている。

 曹操は、その手の槍で強大な雷を絡め取っていた(・・・・・・・)

 

「返すぞ、雷の巫女」

 

 低く言い、そして、雷が秘められた槍を振るった。

 

 再び眩い閃光。他に見ないあの威力を保って、雷が返ってくる。狙いは当然、俺の頭上。

 

「――ッ!!朱乃さんッ!!!」

 

 見上げて叫んだ俺の声で、朱乃さんは我に返った。辛うじて寸前に防御の魔法陣が展開される。だがそれも、あっけなく焼かれ砕かれた。

 

「きゃあああぁぁぁぁッッ!!!」

 

「朱乃さんッッ!!!」

 

 雷が朱乃さんの身体を貫き、その意識をあっという間に刈り取った。俺の身体が考えるまでもなく動き、電流が霧散し落下するその身体を、飛び上がって受け止めた。

 

 広げた悪魔の羽は、飛び慣れない故に落下の勢いを抑えられず結局一緒に地面に落ち、しかしどうにか自分の身体を下敷きにして朱乃さんを守る。痛みと絶望感で半ば呆然としながら、俺は抱えた朱乃さんの身体を見下ろした。

 巫女装束がボロボロに焼け焦げていた。露出する肌も、所々火傷しているようで赤く腫れている。あれだけの威力に打たれたにしては軽傷であるようだが、それは俺の力で高められたとはいえ元々自分の魔力であることと、寸前に辛うじて防御することができたためだろう。

 

 しかしそうでなければ、朱乃さんは死んでいたに違いない。あるいは曹操の狙いが俺に向いていれば、俺が死んでいた。

 

「雷返し。雷を切る剣豪やら英雄やらの話は、日本にだって少なくないだろう?それとまあ、似たようなものさ。電撃は確かに強力だが、何も混ざらないただの雷(・・・・・・・・・・・)ではな」

 

「――ッ!!クソッ……!!」

 

 恐怖と怒りでおかしくなりそうな頭を振り、俺は朱乃さんを抱え上げた。ますます顔色を悪くしてしまっているアーシアの傍、木場の隣に、任せるの言葉も言えずに朱乃さんを横たわらせ、そして四人を庇って前を向く。

 

 白音ちゃんもゼノヴィアも、立ち上がって曹操を睨みつけていた。ただ、ゼノヴィアは息を荒げながらもデュランダルを構えているが、白音ちゃんは今にも倒れそうなほど苦しげだ。ゼノヴィアが言うには神器(セイクリッド・ギア)であるらしいあの黒い炎は、それだけ危険だということか。

 思えば訓練以外で神器(セイクリッド・ギア)使いと戦うのは初めてだ。その初戦が、まさか朱乃さんの雷すら通じないほどの難敵になろうとは……。

 

『……あれは……ヴリトラ、か……?』

 

「ッ……何がだよ、ドライグ?」

 

 気を抜けばこぼれそうになる泣き言を必死に抑え付け、不意に呟いたドライグに尋ねる。しばし考えこむような間の後、答えが返った。

 

『……あの黒炎、呪いの炎のことだ。あれは恐らく……五大龍王の一画、『黒邪の龍王(プリズン・ドラゴン)』ヴリトラの力を宿した神器(セイクリッド・ギア)、【邪龍の黒炎(ブレイズ・ブラック・フレア)】……なのだろう。匙とかいう小僧と同じ系譜だ』

 

「……マジかよ。よくわからねえけど、どっちもすげえってことはわかったよ。それが嫌な予感の正体か。ならなおさら、白音ちゃんの代わりに俺が――」

 

『待て、相棒』

 

 一歩踏み出し、被せられた制止に立ち止まる。

 

『【邪龍の黒炎(ブレイズ・ブラック・フレア)】は、解呪が困難な呪いの炎を操る神器(セイクリッド・ギア)だ。迂闊に近づけば、あの猫又のようになるぞ』

 

「ッ!そうか、白音ちゃんは素手だから……クソッ!パンチが封じられたってことか……」

 

『それにお前が前に出たとして、後ろの連中はどうなる。『炎を操る』と言っただろう。ここまで届かない保証はない。それに嫌な予感は……たかが五大龍王の破片ごときを恐れるような俺ではない』

 

「じゃあ……どうすれば……!!」

 

 ほぼ唯一使える遠距離攻撃技、【ドラゴンショット】で援護するくらいしかないか。しかしそれが、朱乃さんの雷すら受け流した曹操に通用するのだろうか。それ以前に、あのままもう一度【邪龍の黒炎(ブレイズ・ブラック・フレア)】が発動してしまえば、今度こそ白音ちゃんが殺されてしまう。

 

 どうにか解決できる手はないかと、俺は必死の思いで思考を巡らせた。しかし見えない糸口に、ただでさえあまり出来がよろしくない脳味噌が煙を噴き始める。ショートするその寸前、不意に響いたアーシアの悲鳴が俺の意識を取り戻し、振り返らせた。

 

「木場さん!まだ動いちゃだめですッ!!」

 

 二本の聖魔剣を杖代わりに、血まみれの木場が立ち上がっていた。戦慄し、アーシアと同じことを叫ぼうとした俺の口を、目の前に突き出した片方の聖魔剣で塞ぎ、切れ切れの息で言う。

 

「アーシアちゃんと、朱乃さんと、ギャスパー君は……僕が、守るよ……!だから、イッセー君は構わず、行ってくれ……!」

 

「木場……お前……!」

 

「僕は……大丈夫さ。……けど、このままじゃじり貧だ……みんな、殺されてしまう……。そうなる前に……僕の剣を使って、イッセー君……!」

 

 一瞬の迷い。また俺のせいで木場を苦しめるのかという葛藤は、しかし木場の眼の光に掻き消えた。

 

 苦しめるとか諦めるとか、そんなことより、仲間を信じれなくてどうする。

 

 そうだ、仲間を信じるんだ。

 

「……わかった。ちょっと待ってろ木場、すぐにあいつをぶっ倒してきてやる!」

 

 聖魔剣を受け取る。剣の扱いは、以前ライザーと戦う前の合宿で少しは身についている。それでも到底曹操には通じないだろうが、要はこれで炎さえどうにかできればいいのだ。

 

 そしてその次、果てしなく硬い奴の槍の壁を突破するため、第二の手段を仲間に頼る。

 

「ギャスパー!俺が聖魔剣で炎をどうにかしたら、ほんの一瞬でいい!お前の神器(セイクリッド・ギア)で曹操の動きを止めてくれ!」

 

「ひッ……え……あ、の……」

 

 段ボール箱のギャスパーはやっぱりおどおどと、意味のある言葉を発することはなかったが、しかし事態は一刻を争う。明確な返事がなくとも信じた俺は、剣を携え、そして三度の突撃をした。

 

 白音ちゃんを庇いながら曹操と睨み合いをするゼノヴィアが、血と汗にまみれた険しい表情を俺に向け、しっかりと頷いた。

 

「行くぞ、イッセー!!」

 

「おう!!」

 

 俺とゼノヴィアの二人で、曹操に向かって剣を構えた。一緒に攻撃せんと立ち上がった白音ちゃんを左手で押しのけ(・・・・・・・)、そして瞬く間に迫った曹操の顔面へ、撃ちかかった。

 

「食らえ、曹操ッ!!!」

 

 目の前を銀閃が瞬く。そして振り下ろした剣に、とてつもなく硬いあの感触。ビリビリと腕の骨に響くこの衝撃は、見るまでもなく、槍に斬撃を受け止められたことを示していた。

 

 二人がかりでも打ち崩せない。その事実に苦いものが走る。

 

「……赤龍帝君も、『念』が使えたら『強化系』かな。あまりに攻撃が単純で、作戦も短絡的だ」

 

 槍と、曹操自身からすさまじい圧迫感。渾身の力を込めて押していた剣が、軽々と押し上げられる。

 俺たちの力を無視するかのように槍が跳ねあがり、また同じように俺とゼノヴィアは弾き飛ばされた。だが今度はそれだけに収まらず、宙に打ち上げられた俺たちに、槍と逆側の手が向けられた。

 

 ごう、と。呪いの炎が渦を巻いた。

 

「まあ、やれるかどうか見せてくれ」

 

 手から放たれた黒炎は、大きく膨れ上がって俺たちに襲い掛かった。悪魔の羽を広げたゼノヴィアに受け止められ、俺は迫ってくるそれに意識を集中する。余波だけでもすさまじい熱量と呪いの悍ましさにくじけそうになる心を叩き出し、託された聖魔剣の存在を手の中に確かめる。

 そして、振りかぶった力を、黒煙に叩きつけた。この先の、舐め腐った奴の失笑をも切り裂けるように。

 

「木場を、舐めるんじゃねええぇぇぇッ!!」

 

 想いを込めた全身全霊の一撃は、聖なる力に輝き、魔の力に蠢き、そして、

 

 【邪龍の黒炎(ブレイズ・ブラック・フレア)】を打ち破った。

 

「――ゼノヴィアッ!!」

 

 黒炎の壁が四散し、飛び散る飛沫のさらに奥。曹操は、今なら無防備だ。

 

 そのことを声に詰めて叫んだ名前は、きちんとゼノヴィアに届いた。役目を果たして砕けた聖魔剣の柄だけを手にする俺を離し、いつかのヴァーリのような勢いで突っ込む。

 

 黒煙の欠片を吹き飛ばし、輝く聖剣デュランダルを、またしても大上段。

 

「デュランダルッ!!曹操のバカ者を、吹き飛ばせえぇッ!!」

 

 振り下ろし、同時に、最後まで残った黒炎も消え去った。そうしてようやくはっきりと視認した曹操の姿。それは、直前に見たものと僅かも変わっていなかった。

 対角線上に下げられた厄介極まるあの槍も、突き出された手のひらも。

 

 何より、その余裕の表情も。

 

「――ッ!!!」

 

 併せて俺は、その手のひらに再び黒煙が集まりつつあることに気が付き、叫んだ。

 

「ギャスパーッッ!!!」

 

 止めなければ、ゼノヴィアが呪いの炎をもろに受けてしまう。そして聖魔剣を失い落下中の俺は、何もできない。

 

 しかし、強力極まる時間停止の力は、発動しなかった。

 

 一瞬の後、

 

「ゼノヴィアアアァァァッッッ!!!」

 

 あまりにも速く連射された黒炎が、ゼノヴィアを呑み込んだ。

 

 二度、眼前に黒炎が広がる。しかし今度は手遅れだ。呪いの炎に焼かれるゼノヴィアの身体から力が抜けていく様子を、俺は見ていることしかできない。振り下ろす途中で止まった手で、握り締められていたはずのデュランダルが滑った。

 そしてさらに、命中して弾けたために薄れた黒炎の隙間から、曹操の動きが見えた。下げた槍を、突きの体勢で構えている。

 

 ゼノヴィアに、とどめを刺す気なのだ。

 

「やめ――ッ!!?」

 

 止めるため、手だけが必死に伸びた。が、すぐに驚愕で固まった。

 

 失神したのだと思っていたゼノヴィアが、その時、霧散させていた『念』の圧迫感を蘇らせた。

 呪いの炎に蝕まれながら、しかししっかりとデュランダルを握り直し、そして、気合が続く。

 

「ハアァァッッッ!!!」

 

「――っ!」

 

 初めて曹操の顔から余裕が消えた。見開いた目をゼノヴィアに向け、槍の軌道を僅かに変える。デュランダルの軌道に、切っ先が滑り込んだ。

 

 だがそれも、辛うじての防御。炎に焼かれる苦痛を凌駕したゼノヴィアの覚悟の一撃は、曹操の『念』でも完全には防ぎきれない。剣と槍とで火花が散り、そして吹き飛ばされたのは曹操だった。

 

 手から槍が飛び、大きく体勢が崩れる。勢いのまま地面を叩き切ったゼノヴィアが、力尽きたかのようにそのまま、眼だけを俺に向ける。

 

「やれッ!!イッセー!!」

 

 黒炎の残り火に纏わりつかれた咆哮が、その時着地した俺の脚を押した。飛び出し、運動能力の限界をも投げ捨てて飛ぶように、曹操の目前まで迫る。

 

 もしかしたら、ここからまた【邪龍の黒炎(ブレイズ・ブラック・フレア)】が発動するかもしれない。あるいは、奴の肉体も槍のように恐ろしく頑丈なのかもしれない。けれど、そんなこともう関係ない。黒炎が襲い掛かるなら、ゼノヴィアのように耐えるだけ。頑丈なら、打ち破れるまで殴り続けばいいだけだ。

 

 倍化された力が溜まっていなくても、防御さえ突き抜ければ、人間の肉体を持つ曹操に通じないはずはない。ダメージが入るなら、倒せる。曹操をぶっ飛ばせる。

 

「みんなの痛みの分、受け取りやがれええぇぇぇッッ!!!」

 

 左腕を、振りかぶった。

 

 だが、

 

「ご――」

 

 飛び散った血は、俺のものだった。

 

 痛む頬。揺れる脳味噌と、そして横倒しになった視界。

 殴りかかった数瞬の後、俺は地面に叩きつけられた。

 

 何をされたのかは、ちゃんと見えていた。それも至極単純、俺のパンチが繰り出された直後に、曹操が崩れた体勢から、同じく拳を振るっただけ。それが俺のパンチよりもずっと早く俺を突き刺したという、ただそれだけだ。

 

 けれどだからこそ、俺の思考は信じられない思いのまま、停止した。

 

「まさかあそこから攻撃されるとは思っていなかった、ということかな、その呆けっぷりは」

 

 背中にぐっと重しが加わり、地面に押し付けられた俺は、どうにか首を回して、重しとその声の姿を見た。

 

 曹操が俺の背中を踏みつけ、肩をすくめていた。

 

「まったく……無茶をするものだ。予想よりうまくやったことは認めるが、そもそも作戦自体が強引すぎる。奇策でもあるのかと思えばそうでもないし、格上とわかっている相手に正面突破なんて、どれだけうまく行っても通るはずがないだろう」

 

「……曹、操……ッ!!」

 

 台詞と仕草が徐々に身を侵し、俺の頭に感情を走らせる。蘇った怒りと混じった悔しさに、歯を食いしばって睨みつけた。

 

「……その様子じゃあ、本当に他の策はないらしい。ならもう、そろそろ殺そうか」

 

「――ッ!!?」

 

 みんなの戦慄を肌で感じた。背を踏みつけ俺の動きを封じる脚が、すさまじく重く、冷たく思える。

 

「ふ……ざける、な……曹操……!!そんなこと、絶対に……ぃッ!!」

 

「おお、まだしゃべる元気があるのか、デュランダル。少し自信を無くすな。倒す気で【邪龍の黒炎(ブレイズ・ブラック・フレア)】を使ったというのに、未だ失神すらしないとは。……が、さすがにもう動けないか」

 

 身体を這いまわる呪いの炎に脂汗をかきながら、膝を突くゼノヴィアが掠れた声で喘ぐ。意気はあれど曹操の言う通り身体は限界らしく、立ち上がろうとした脚はすぐに揺れて崩れ落ちた。

 

 他のみんなも、もう碌に動けないだろう。白音ちゃんはやはり呪いの炎で立ち上がれないし、俺もそう。もがくも、重心を押さえられているというやつなのか、全く起き上がれる気がしない。

 立つだけで精いっぱいの木場も、気を失ったままの朱乃さんも、アーシアもギャスパーも、みんなもう戦えない。曹操はそれを確認するように見回し、一つため息をついた。

 

神器(セイクリッド・ギア)に聖剣に血筋に、これだけいいものが揃っているというのに、使い手がこれでは宝の持ち腐れだな」

 

 曹操がおもむろに片手をあげ、かと思えばその手に、弾き飛ばされた槍が降ってきて納まった。そして、俺に突き付けられる。

 

「そういえば、ヴァーリも言っていたそうじゃないか。君が相手では戦いの定めもつまらないと。……『力』は、それを必要とする者、使いこなせる者にだけあるべきだ。なあ、兵藤一誠。君も死ぬ戦いを強制されるのは嫌だろう?だから代わりに、俺がその力を貰ってあげよう」

 

 刃が首筋に食い込む。微かな痛みと共に、血が滴った。周囲から、俺の名前を呼ぶ声と悲鳴が聞こえる。真っ白な頭の中で、俺はそれらの感覚を連続して感じた。

 

 白熱して弾けたその感情は、紛れもない怒りだ。

 

「――ふざ、けんじゃねえ……!!」

 

 拳を握り締めた。

 

「勝手な事ばっか、言いやがって……必要とする者だとか、使いこなせる者だとか……そうだとしても、少なくともお前に、それを判断する資格はねえ……!!俺はこの力を、ドライグを失望させる気は、ねえ!!」

 

「……失望か。神器(セイクリッド・ギア)と仲がよろしいようで何よりだ。だが現実問題として、君は果たして、自分がその力を持つにふさわしいと思えるのか?『力』は、使いこなせなければ不幸を生むだけだ。今の君のように『力』に使われているようでは、そう遠くないうちに破滅するぞ」

 

 一瞬、曹操が俺の眼のさらに奥を見る。

 

 しかしぶれた焦点に見透かされようが、どれだけ正しい事実を並べられようが、これだけは許せない。

 

「俺の破滅なんて、そんなのどうだっていいんだよ!!たとえここで死んだとしても、曹操ッ!!お前だけは絶対に倒してやる!!みんなを、リアス部長の優しい心を殺すお前を、絶対に止めるっ!!」

 

「威勢のいいことを言う。だが君の命程度で――」

 

「部長の、みんなのおっぱいは、てめえなんかに渡さねえッ!!!」

 

 怒りのまま、叫んだ。

 

 こんなクズ野郎にみんなの命と心と、そしておっぱいを、好き勝手に弄ばれるなんて、何をどうすれば許すなんてことができるのか。『力』がどうとか、そんなことを抜きにしても、裏切った挙句におっぱいを手にかけるというそれだけで、絶対にこいつは生かしておけない。

 

「だからてめえは、みんなのおっぱいを奪うてめえだけは!!絶対に許さねえエエェェェッッッ!!!」

 

『Welsh Dragon Balance Breaker!!』

 

 頭の中で凝縮した怒りが真っ赤な炎となって【赤龍帝の小手(ブーステッド・ギア)】を満たし、そして『力』を溢れさせた。

 

 ライザーと戦った時、左腕を売り渡さなければ至れなかった禁手(バランス・ブレイカー)、【赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)】が、俺の身体を覆った。対価なしに発動できたのはトレーニングの成果なのか、しかしそれすらも意識しないまま、俺は格段に上がった力を全開にして、無理矢理曹操の踏みつけに抗う。

 

「諦めるわけ、ねえだろッ……!!てめえをぶん殴るまで、絶対に止まってやるもんかよッッ!!」

 

「は――おいおい……何の冗談だこれは……」

 

 一瞬の呆然から返った曹操が、さらに踏みつける力を強めた。具現化された全身鎧すら踏み砕かんとするその『念』はやはりすさまじく、上がりかけた身体が徐々に押し下げられていく。

 

 ドライグが『相棒の何万倍も強い』と評したのも当然の強さだ。禁手化(バランス・ブレイク)してさっきとは比べ物にならないほどパワーアップしたというのに、一人ではとても押し返せない。せっかくの『力』でも、一人では反撃の糸口を生み出せず、槍に貫かれて殺されてしまう。

 

 だから俺は、『必要とする者』でも『使いこなせる者』でもなく、『信じられる仲間を持つ者』こそが、『力』を持つにふさわしいと思うのだ。

 

 助けて助けられ、守って守られて、協力して困難に立ち向かうために。

 

「――ッ!」

 

 俺に信じられないものを見る眼を向けていた曹操が、瞬間視線を横に振った。白音ちゃんの、俺でも感じられるほどの『念』の圧が、突然そこに現れる。

 

 二度目の【邪龍の黒炎(ブレイズ・ブラック・フレア)】の前、押し退けるついでに(・・・・・・・・・)譲渡(・・)した(・・)俺の力が合わさって、曹操にも劣らないほどの『念』を身体に滾らせる。白音ちゃんは呪いの苦しみを噛み殺し、拳を振るった。

 

「――えい……ッ!!」

 

 地面に。

 

「そう来たか……っ!」

 

 亀裂が走る。瞬く間に岩肌が砕け、崩壊が俺と曹操の下までたどり着いた。不安定な足場で背中への踏みつけが外れる。すかさず転がって拘束を抜け出して、勢いのまま崩れる地面の上で立ち上がった俺は、同じく立って槍を構える曹操へ、瞬時に拳を振りかぶった。

 

「みんなのためにも、俺がぶちのめさなきゃならねえんだッ!!曹操オオオォォォォッッッ!!!」

 

『Boost!!』『Boost!!』『Boost!!』『Boost!!』『Boost!!』『Boost!!』『Boost!!』『Boost!!』『Boost!!』『Boost!!』『Boost!!』『Boost!!』『Boost!!』『Boost!!』『Boost!!』『Boost!!』

 

 雄叫びと共に『倍化』の合図が無数に重なり、瞬時に発揮された『力』が最後の一歩の踏み込みで足元の岩を粉微塵にすり潰す。今まで出会った誰よりも、それこそフェルさんすら大きく上回るパワーがパンチとなって、目を見開く曹操に放たれた。

 

 人間どころか悪魔でさえ、到底耐えることなどできない一撃。コカビエルすら打ち倒せるほどの威力を秘めた攻撃。あまりの速さが槍を置き去りに、すかしたイケメン面にめり込む。

 

 その直前だった。

 

『Reset』

 

 予想だにしなかった時間切れの宣告が、俺の『力』のすべてを一瞬にして洗い流した。

 

 ライザーとの戦いのように【赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)】が解除されて溶けて消え、それどころか【赤龍帝の小手(ブーステッド・ギア)】すらなくなり、完全な無装備状態。一般人に毛が生えた程度の悪魔に戻って速度も威力も失った俺のパンチは、軽々と曹操の手に受け止められた。

 

「―――」

 

 あまりのことに声も出なかった。

 

『――バカな……!!』

 

 ドライグが呆然と呟く。手を掴まれたまま、今の自分が致命的な状況にあることにも気付かず、俺はさっきまで小手が存在した左手に言葉を漏らした。

 

「……なんで、こんな早く制限時間が……俺が、禁手(バランス・ブレイカー)を使いこなせなかった……のか……?」

 

『そんなはずはない!!神器(セイクリッド・ギア)のシステムにこんな機能があるはずがない!!オレが感知できないなど……なのにこれは……まるで、強制的に解除させられた(・・・・・)かのような……』

 

 俺の能力によるミスではなかったらしいが、しかし要領を得ないドライグの困惑で、ますます惑乱が激しさを増す。逃げろと叫ぶ仲間の声も聞こえず、しかし目の前の曹操の声だけははっきりと思考に入り込んだ。

 

「さすがに今のは肝が冷えたよ、一誠。やっぱり君が一番のダークホースだったな。それもまさか命や心よりも、女性の胸で強くなるとは……本当に恐れ入る」

 

 苦笑と共に言うと、不意に手が離された。

 

 俺はバランスを崩し、一歩二歩と後退った後、尻もちをつく。ぼおっと額の汗をぬぐう曹操を見上げ、やがて遅れて伝わった尻の痛みに我に返ると、慌てて立ち上がって拳を構えた。

 

 だが曹操は相手にせず、槍の刃を地面に突き立てると、一つ指を鳴らした。白音ちゃんとゼノヴィアを蝕んでいた呪いの炎が、瞬く間に消え失せる。

 

「まあとにかく、これくらいでいいだろう。訓練は、これで終わりだ」

 

「……やっぱり」

 

 と、続いたのは白音ちゃんの声。曹操の戦意のない行動も相俟ってあっけにとられた俺は、斜め上を見上げた曹操に続き、振り返った。

 

 その岸壁には、リアス部長とフェルさんとウタと、列車に取り残されているはずの三人が佇んでいた。

 

「――ええ!?部長!?な、なんでここに……!?」

 

 その俺の驚きに、リアス部長は羽を広げた。と思う間もなく、全速力でこっちに突っ込んでくる。現状を呑み込めないまま俺はそれを見守り、そして勢いをそのまま抱き着かれた。

 

 あの大きな双丘が、俺の顔にふにゃりと。

 

「ああイッセー!!怪我はない?曹操を相手によくやったわ……!みんなも、本当によく頑張ったわね……!」

 

「ぶ、部長……それにフェルさんにウタさんも……ずっと見ていたのか……?ならつまり、曹操が裏切ったというのは……あ、あれ?どういうことなんだ……?」

 

「相変わらずおバカだにゃあ、ゼノヴィア。訓練なんだってば」

 

「つまり、私たちを戦闘に慣れさせるために、曹操さんが相手役をしてくれていた……って、事ですよね……?」

 

「ああ。レーティングゲーム以外では、この間のコカビエルくらいしかまともな戦闘経験がないんだろう?まあそれが普通なんだが……。だからつまり、あれこれ言ったことは全部冗談さ。俺と君たちが知り合っていなければ挑発する必要はなかったんだが……すまなかった。リアス殿も、申し訳ない」

 

「……よくはないけど……いいのよ、貴方が悪いわけではないわ。そうでもしないと本気で戦おうっていう気にはなれなかっただろうからって……お兄様が提案したことだから、だめと言えなくって……」

 

「……僕は全く、演技だなんて思いもしませんでしたよ……。一撃で死にかけましたし……」

 

「そ、そうだぞ曹操!それに訓練だというなら、あの呪いの能力はあんまりだ!死ぬかと思った!」

 

「木場君には悪かったと思っているが、しかしお前に関しては言い分があるぞゼノヴィア。三発目の時、あそこでさらに向かってくるなんて……寸前で俺がガードに切り替えなかったら、君は死んでいたぞ」

 

「それは最後で唯一のチャンスだと思ったから……うう……訓練ということは……だめだったんだろうか……」

 

「別に不合格を出すためのものじゃないし、そもそも私たち関係ないし。あんたがやるべきって思ったんなら、それでいいんじゃない?反省会は自主的にお願い」

 

「……だとしても、こんなところでする必要はないわ。手加減してくれていたとはいえ、朱乃やみんなの治療も必要よ。うちの屋敷までの転移魔法陣を引いてあるから、早く行きましょう!……ほら、イッセー」

 

「――うへへ……おっぱい……ふぁっ!?は、はい部長!すぐに!」

 

 と、名前を呼ばれて、俺は極上の快楽から叩き出された。部長(おっぱい)が離れ、気絶したままの朱乃さんを抱えると、すぐ近くで赤く輝き始めた魔法陣へ向かう。

 

 仲間のみんなも、フェルさんとウタさんも、もちろん曹操もそれに続いた。その様子に、俺は違和感を感じずにはいられない。悦楽にどっぷり浸って皆々の話をあまり聞いていなかったからなのかもしれないが、曹操が仲間面をして皆がそれを受け入れているという、そんな光景に緊張を覚えた。

 

 ついさっきまで裏切者の大敵だと思っていた曹操が、実はリアス部長も納得済みの状況を演出していただけだったというその事実。それはまあ、他でもないリアス部長本人が言うのだから納得しよう。しかし実感は全く湧かないし、曹操への警戒を解く気にもなれない。俺の中の印象で、曹操は未だ敵の分類だ。

 だから『あれは全部冗談さ』なんていう曹操の台詞が、胡散臭く思えるのだろうか。

 

 俺の神器(セイクリッド・ギア)の異常もそう。曹操が悪人ではなかったと、いくら理屈でわかっていても、どうにも印象にもやが残る。そしてそれは楽園追放によって、より一層強く内心に焼き付いていた。

 

 とはいえリアス部長の慈しみの笑みの前では何も言えない。たぶん興奮か、あるいは混乱しているのだろう、と自己診断を投げ出して、俺は頭を振り、曹操のあとに続いた。

 

 それでもやっぱりまだモヤモヤする視線に気付き、ちらりとこっちを振り向いた曹操は、相変わらずのイケメン面でさわやかな苦笑いを浮かべていた。




一誠君の自力禁手化はまだ早いかと思ったのですが、かっこいいのでさせました。今回は半分偶然で成功しただけでまだ自在ではないということで一つ。
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