主なきノラネコたちの家   作:もちごめさん

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『念』関係のオリジナル要素追加。整合性のためなので許して。


十一話

「――よし、じゃあ次が最後、ゼノヴィアの番だよ」

 

 白音から視線を動かして、ピトーはニヤニヤと頬を緩ませながらそう告げた。

 呼ばれたゼノヴィアが白音の様子を気にしつつ入れ替わり、椅子代わりの平たい石に腰を下ろす。一段高い切り株の上に座すピトーを見上げ、若干の怯えと共に呟くように言った。

 

「……フェルさん、本当に、私も今のをやらないといけないのか……?」

 

「『念』を覚えたいのなら、ね。でなけりゃ別にやらなくてもいいよ?修行を諦めるのなら、ボクたちは止めない」

 

「ぐぬ……」

 

 ゼノヴィアが唇を噛む。『念』のために悪魔にまでなった彼女がそれを言われて、今更『辞める』なんて口にできるはずもない。

 

 それを知りながらも辞退を勧めたピトーは、覚悟を決められずに呻くそんなゼノヴィアを、また愉快そうに笑った。その嘲笑を纏ったまま、腕を広げて手と手の間、『隠』を使った『気』を操り、さっきの白音とその前のハンゾーの時のように文章を綴る。

 

 展開された『念文字』を前にして何をすればいいのか、前二人分を見学したゼノヴィアは当然理解している。一瞬躊躇の後、『纏』の『気』を両目に集中させ、一週間で一応の形になった『凝』を発動させた。そしてそれを以てして、絶妙に見え辛いピトーの文章を、恐る恐る眼でなぞった。

 

 だが、その恐る恐るは読み進めるうち、徐々に赤面へと変わっていった。おっかなびっくりの一行目が二行目でしかめっ面に変わり、三行目となった途端、一気に羞恥が赤く色付く。

 

 真っ赤なまま最後まで読み終え、もう一度読み直し、内容に見間違いがないことを確認して、残った怯えもすべて羞恥心に変えたゼノヴィアは、少々の困惑が混じった恨めしそうな眼でピトーを睨んだ。

 

「……思っていたのと違うが、しかし……これを言えと……?」

 

「もちろん。ハンゾーやシロネみたいに、大きな声ではっきり言うこと。でないと何回でもやり直しだから」

 

「う……ぐうう……!」

 

 羞恥心の狭間で震えて葛藤するゼノヴィアは、やがて消沈すると、大きなため息を吐き出した。涙が浮いた眼にジトリと恨み節を乗せ、溢れる羞恥を必死に押し退けようとしながら、呟く。

 

「……絶対に、強くなるんだ……!」

 

 パッと勢いよく顔を上げ、息を吸いこむ。一拍を開け、そしてどうにか『大きな声』ととれるくらいの声量で、つっかかりながらも肝心な部分は『はっきり』と、より血が上った顔で張り上げた。

 

 ハンゾーが受けたのと同じ、恥辱の台詞を。

 

「わ、『私は以前、真剣に行うべきこの修行の途中で、疲労困憊のあまり、フェル、を……か、母さん、と、呼んでしまったことを、ここに告白します……』」

 

「ん゛ッ!」

 

 と、瞬時に顔を背けたハンゾーの喉から何か鳴り、ゼノヴィアの顔がますます赤くなる。その歳で、しかもフェル相手にかよ、と内心で大爆笑していることが明らかなハンゾーの後姿を意識してしまうゼノヴィアは、もはや眼が滑って読めてもいないだろう『気』の文章を凝視したまま、一段上擦ってしまった声調で続ける。

 

「『前の夜にアーシアとイッセーと眷属の絆について話していて……冗談で、もしもフェルが自分の母親だったら大変な事になっていただろうと、いう、話題になってしまったことが原因、です……こ、今後は、気を抜いてバカなことを考えてしまわないよう……気を付けます……』うぅ、ぎゅう……!」

 

 言い終わるなり、ゼノヴィアは頭を抱えて蹲ってしまった。

 

 顔の赤みは最高潮だろう。過ぎた羞恥で潤んだ眼が地面に押し下げられ、丸まった身体が哀れっぽくぷるぷる震えるその姿。コカビエルとの戦いで赤龍帝や聖魔剣たちのような、言いたいことはあるがしかし言えない、膨れたフグみたいなこの赤面。

 

 私は、私が求めていた類の愉悦がようやく提供されたことに、言い知れぬ感慨のようなものを感じていた。

 

「そう!こういう反応が見たかったのよ!わかる?ハンゾー、あんたがした漫才みたいなつまんないボケツッコミは求めてないわけ!」

 

 お預けを食らって掣肘を食らって、焦らされていたために、喜びのあまり思わずそんなことを叫んでハンゾーの背をひっぱたいてしまう。それくらい、私はゼノヴィアのそれに、ある種の快感を感じていた。

 

「いってェッ!!ウタお前、白音ちゃんの時からずっと静かだったのに、いきなり何すんだよ!しかもバッチリ『気』ィ込めやがって!『纏』してたのに死ぬほどいてーわ!!てか誰のボケツッコミが『つまんない』だって!?」

 

「あんたのよ!……やっぱり日本人でも、関西人でないとああいうのはダメだってことね。なんでやねんも通じないし」

 

「今の張り手ツッコミだったのかよ!悪かったな!関西人じゃなくて!」

 

 久方ぶりの愉快を堪能する私。「ちゅーかボケツッコミだの関西人だの、漫才よく知ってるな」と、呆れ八割懐疑二割の呟きでやらかしに対する過敏反応を揺さぶられ、すぐに我に返って口を閉ざす。

 

 こっちのそんな内心には幸いなことに気付くことなく、ハンゾーは非難混じりに頭を掻いた。

 

「大体よお、『凝』の上達具合を見るためのテストなんじゃなかったのか?これ。……オレの時も、エロDVD買いに行ったこと暴露しやがって……」

 

「そりゃあ言うわよ。ほんとに変態ハゲだったんだもん」

 

「だからハゲじゃねーって!!変態ってのも……そもそも買いに行ったのは、一誠に頼まれたからだよ!あいつまだ十八禁の店には入れねーし……」

 

「へえ、それでお尻だとかおっぱいだとか言い争ってたわけ。あんたも大変ねぇ」

 

「とどめに性癖まで暴露するなよ!ほら見ろ!白音ちゃんにまで引かれちまったじゃねーか!」

 

 指さし、文句を喚く。怒るその様は、しかしやっぱりゼノヴィアほどの愉快さを感じない。

 

 ハンゾーの言った通り、『凝』のテストとして順に行われたこの恥辱朗読会。一番手だった奴ももちろん受けた辱めだが、その時も同じ調子だった。元からの性格なのか、どうにも演技臭い反応しか返ってこない。どうやらその頃から、ハンゾーは不審に思い至ってしまっていたようだった。

 

 つまり、テストなら何も暴露大会でなくともよかったのではないか、という。

 

「最初みたいに、絵とかを当てさせるだけでよかったろ。性格わりーなぁ、うちの師匠どもは」

 

「まあ確かに、言わせたかったからではあるけど……なに?悪い?」

 

 ついでに言えば、心を折って『辞める』の言葉を引き出せれば、という思惑もありはしたのだが、しかし成果は芳しくない。ゼノヴィアでさえもそうだった。

 

「そ、それは……つまり私は……何のためにあんな恥ずかしい思いをしたんだ……?」

 

「フェルとウタの憂さ晴らしだろ。いつものやつだよ、全くなあ……」

 

「いつもの……それでバラされて……うう、今回ばかりは、あまりにも非道じゃないか……」

 

「……やり方に文句あるなら、別に辞めてもらってもかまわないけど?」

 

「……!それは嫌だ!辞めたりなんてしないぞ、私は!」

 

 言うや否や、必死の表情で否定するゼノヴィア。やっぱり羞恥よりも『念』の修行ができない方が嫌らしい。わかってはいたことだが、本人の口から聞くのは失望もひとしおだ。

 

 そして失望という意味では、白音にもそれが当てはまる。

 

「まあ、弟子いびりなんて珍しいことでもねえし、オレたちは慣れてるからいーけどよぉ……」

 

 ため息を吐いたハンゾーの後ろから顔を出して、何とも穏やかに白音は言った。

 

「そうです。それに、ゼノヴィアさん。『念』は精神力も重要……のはずです。心を乱さない精神トレーニングも、きっと大切だと思います」

 

 ハンゾーと同じく、その表情にも気配にも、ゼノヴィアのような愉快さはない。羞恥も怒りも、その感情にはない。

 

 それどころか、私たちへ向く『負』すら、ただの一つも感じなかった。

 

「ッ!そうか!精神トレーニング!だからフェルさんもウタさんも、私にきつく当たっていたのか!そうだとは露知らず……すまない、疑ってしまって……ハンゾー!お前もだぞ!」

 

「どんなお花畑してんだお前の頭!……十中八九嫌がらせに決まっとるわ!」

 

「えっと……三割くらいは、可能性あると思います……」

 

 当人が目の前にいることも忘れて失礼なことを言う三人。相変わらず斜め上のことを考え付くゼノヴィアと、比較的ツッコミがマシなハンゾーの感情は納得がいく。だが、白音は何なのだろう。

 

「いやいやいや!どんだけ甘く見積もっても三割はねえって!白音ちゃんも『そうです』って……大概だな。……一人だけあんだけ滅茶苦茶言われたのに、ムカついたりしないしないのか……?」

 

「……無茶苦茶、ですか?」

 

「そうだろう?オレとゼノヴィアは、まあ程度はともかく揶揄われただけだが……白音ちゃんのはもうほとんど罵倒だったろ」

 

 『『戦車(ルーク)』の特性が相殺されるレベルのチビ』だの『曹操相手に仙術の有用性を全く発揮できない役立たず』だの『いてもいなくても大差ない要らない子』だの、一週間前のあれ以来だいぶハードコアになったピトーの口。私だったらすぐにでも泣いてしまいそうな理不尽を、白音はテストとして受けていた。

 

 私の知る白音は、それらに耐えられるはずがない。怒りか怨みか、どうであれ反発しないはずがなかった。

 

 だが当の彼女は、地団太踏んで喚き散らすでも、恨みがましい眼で頬を膨れさせるでもなく、陰りの入ったささやかな微笑を浮かべて、答える。

 

「気にならない、と言えば嘘になってしまいますけど……でも、ムカついたりはしません。私がダメダメなのは……全部、本当のことですから」

 

 ハンゾーどころか、次いでピトーに向けた眼差しにすら、あるはずの『負』は存在しなかった。

 

 普通、自らを痛めつけた相手には、大なり小なり怨みが生まれる。どれだけ隠そうとしても、それは相手を見る眼に現れるものだ。ごく小さくはあるがハンゾーにすら見て取れるそれは、ちょっとやそっとで消えるものではない。

 

 それが、白音にはなかった。あるのはただ苦しみだけ。罵倒で付いた傷のみだ。

 

 痛みはあれど、怨みがない。ピトーの悪意をその身に受け止め受け入れ、且つ平気な顔をしている。その様が、私には理解できない。

 理解できるはずがなかった。だってそれは、私の妹である白音と、あまりにも異なっているものだ。

 

「……白音ちゃん、それ自虐ならやめといたほうがいいぜ」

 

「え?いえ、自虐じゃないです。本心です」

 

「ならなおさら。ゼノヴィアが死んでる」

 

「――私は、『念』の練度だけでなく、精神面でも負けるのか……。もう救いようがないじゃないか……」

 

「あ、その……ごめんなさい」

 

 乾いた笑いで片頬に自嘲を乗せるゼノヴィアとは全く別物。想定も望みもしていない反応を白音が見せるのは、何故なのだろう。

 

 ――理解できないその理由は、私が白音の姉でなくなった証拠か。

 

 幼少の五年をリアス・グレモリーの下で過ごすうち、奴らに当てられ性格も変わってしまったということか。

 

 もしそうなら、記憶にある妹の物差しで測で白音をることは全くの無意味だ。内心がどうなのかとか、そんなことを考える必要はない。

 

 それに、物差しが使いものにならなくなろうが、別に困ることはない。

 

 だから考えるのはやめようと、私は白音に向けた思考を断ち切った。

 そこに、見計らったかのようなタイミングで、ピトーが変わらず機嫌のよさそうな調子で言った。

 

「救いようがなかろうが、ゼノヴィア、キミは『念』を覚えたいんでしょ?なら頑張らなきゃ。シロネもね」

 

「……!はい……!」

 

「ああ……!私は諦めないぞ、フェルさん!……励ましてくれるなんて、やっぱりあなたはいい人だ!」

 

 身体を緊張させる白音に、落として上げる詐欺師の常套句に引っ掛かるゼノヴィアが続いてピトーを見上げた。私と同種の違和感からか微妙な表情で頷くハンゾーを見届けると、ピトーは一瞬私に眼をやり、そして己に注目する三人へ言った。

 

「じゃあ、『凝』は一応全員合格でいいね。なら早速、今日から次の技をやるよ。いい?」

 

 全員の気が引き締まる。次なる『念』を聞き逃すまいと集中する彼らを眺めながら、私はピトーの眼の促しに従い、しぶしぶ木陰から立ち上がった。

 

 荷物を持ち上げ肩にかけている合間に、彼らは『それは何だ早く教えろ』とざわめき出す。

 

「また応用技か?それとも、まだやってない『絶』ってやつ?」

 

「応用技。『絶』はずっと後回しにゃ。とにかく『念』で戦闘ができるように急がなきゃいけないって、言ったでしょ」

 

「それで……どういう応用技なんですか……?」

 

 緊張を押して、ハンゾーの前に出て尋ねる白音。

 その首根っこを、私は、これは仕事だと内心をなだめて引っ張った。

 

「興味津々のとこ悪いけど、あんたの『念』修行は今日で終わりよ」

 

「え……ッ!?」

 

 弾かれるように私に振り向いた眼が驚きを呟き、次いで言葉の内容に驚愕の息を呑む。混乱はすぐにでも説明の要求で埋まりそうなほど口の端で震えて現れ、だから私は、それが解き放たれて収拾がつかなくなる前に襟首を離した。

 

「だからつまり、仙術の修行に移るってこと。元々そういう趣旨の依頼だったでしょ?『凝』覚えて『気』のコントロールがある程度できるようになって、もうそろそろ始めていい時期だわ。……お仲間と離れたくないっていうなら別に、『念』チームに居残ってもいいけど」

 

「あ……い、いえ!やります、仙術!ウタさまの下で……!」

 

 理解するに至って困惑が喜びに変わり、そこに微かな不安が入り混じる。やっぱり理解不能なごちゃごちゃの感情はとにかく無視して、私は白音に背を向けた。

 

 場所を変えるべく、鬱蒼と茂る手付かずの樹林のほうへ歩を進めながら、独り言を言うように告げる。

 

「……じゃあ、ついてきて」

 

「はいっ……!」

 

 白音は迷うことなくそう返事をして、私の後ろをついてきた。唐突な事態に文句の一つもなく、同様すら、むしろ残された二人の方が大きい。

 

「よ、よくわからんが……頑張れよ!白音!」

 

「……白音ちゃん、手ぇ出されないよう気をつけろよ!」

 

 なんて白音への声援と私への悪口を背に浴びながら、私はピトーとのしばしの別れで頭をいっぱいにして、無心を念じながら木々の間に分け入った。

 

 

 

 そうして暗い森の中をしばらく行くと、やがて小川に面した小さな空間にたどり着いた。

 

 ちょろちょろと鳴る水音とときたまの葉擦れの音が合わさり、聴覚に清涼が走る。視覚的にはさすが冥界といったふうでしかないが、しかしさっきまでの広場よりはよっぽど仙術の修行に適した場所だ。

 

 ならまあここでいいかと、私は川べりに鎮座する大岩の上に荷物を置き、一つ伸びをした。今のうちにリラックスしておかねば、これからのストレスでぶっ倒れかねない。

 半分冗談でそんなことを考えて、肩の凝りを解すべくぽきぽき回す。最後にもう一度伸びをすると、ちょうどその頃に、遅れて白音が川辺のこの空間に到着した。

 

 慣れない樹林に足を取られたらしく、少しばかり息が上がっている。彼女は二度深呼吸してそれを押さえつけると、ちょっと前までの喜びが移動の内に薄れたのか、少し不安そうな顔でためらいがちに私へ視線を向けた。

 

「あ……あの、ここで……その……するんですか……?仙術の修行……」

 

「……そうよ。何?猫又だから水の近くは嫌いってわけ?」

 

 謎の躊躇に対するモヤモヤを呑み込み、ヘタクソな煽りを振った。白音はちょっと怯んだ様子をみせるが、しかし黙ることなく、続けて問いを口にする。

 

「どうして、フェルさまやみんなと離れなければならなかったんですか……?やっぱりこういう綺麗な場所の方が、仙術を使うにはいいんでしょうか……」

 

「……まあ……そう。場所っていうか、環境の問題よ。生物の『気』が傍にあると、仙術ってやりにくいの。未熟ならなおのこと、効率が悪いから」

 

 素直についてはきたが抱えていたらしい疑問に、丁寧に答えてやる。白音の仙術の腕はほとんど素人と言って差し支えない程度でしかないのだから、最も制御しやすい自然の『気』に対象を絞ったほうがまだやりやすいのだ。

 

 それに、だ。

 

「あんたも気付いてると思うけど、フェルの『気』もね。邪気塗れのフェルが近くにいたら、さすがに修行にならないわ」

 

 たぶん一時間としないうちに邪気に呑まれる。修行が進まないだけなら別にいいのだが、それで怪我だったり後遺症だったりが残ってしまえば、批難されるのは指導していた私。それによって、少なくとも報酬に悪影響があることは、想像するまでもないことだ。

 

 ただ働きは金欠の元凶として絶対に回避せねばならない故に、私は仙術の修行に至って万全を期する必要があった。

 つまりそれだけの話。だが白音は眼を皿のように見開き、今までにないほど驚いていた。半分呆ける彼女を、私も何だと怪訝に見つめ、数秒経ってようやく口が動いた。

 

「……フェルさまの『気』は……邪気、なんですか……?」

 

 上がった息と一緒に浮いていた額の汗が、一滴だけ滴った。真に迫った必死の様子が伝わり、思わず私も歯を噛んだ。

 

 なんとなく察した私は、強張った顎をどうにか動かし、答える。

 

「……そうよ。どれだけヤバいものかは、『黒歌』の件で知ってるでしょ?」

 

 今度こそ、白音は沈黙した。

 

 不安と、恐怖と、何より、傷口をえぐられたような苦痛。表情に見えたそれらに、私は、白音にとっての『黒歌』が未だバケモノであることを見せつけられる。

 

 何でもないような表情を作って、思い出している風に顎に指を当てた。

 

「あんたの姉が邪気でタガが外れて何十人と殺したって話。ああなりたくはないんでしょ?なら精々、気を付けることね」

 

「……う、ウタさまは……そんな……フェルさんと一緒にいて、平気なんですか……?」

 

「は?何よ大丈夫って」

 

「だって……邪気、なんですよね……?」

 

 何かを堪えるように胸のあたりを握り締めながら、白音は恐る恐るの痛切な眼で私に尋ねる。それに少々、ピトーを危険物と見ている気配を感じて、私は憤りに鼻を鳴らした。

 

「……邪気って言ったけど、普通よりもその側面が大きいってだけのことよ。勘違いしてるようだけど、邪気ってそんなに特別なものでもないのよ」

 

「……特別なものじゃない……って、どういう……?」

 

「『邪なる『気』』なんて、そんなの誰でも持ってるってことよ。ハンゾーもゼノヴィアも、もちろん私にあんたに、リアス・グレモリーもね」

 

 生命である以上、邪気を持たない存在はいない。思った通り、己の中にも仲間の中にもバケモノの種が眠っていることを知らなかったらしい白音は、握り締めた手を震えさせた。

 

 またしても絶句し、青ざめつつあるその顔に向けて、私はピトーの名誉のために頭を回す。

 

「邪気をたくさん持ってるから悪い奴だ、とは、一概には言えないわけ。例えば……赤龍帝とか、あれ性欲の塊じゃない?ああいう欲望も邪気ではあるけれど、けどリアス・グレモリーとかには好かれてる。少なくとも、アレから見れば赤龍帝は悪人じゃないってことでしょ」

 

「それは……はい……」

 

 白音が一瞬言い詰まる。どうやらあの眷属の大半と違ってそこまで赤龍帝に好意はないらしく、あけすけな性欲と相俟って『悪人じゃない』に納得できないらしい。

 

 まあこの年代の女子なら、そういった男子の事柄は汚らしく思えるものだろう。猫又としての自意識が形作られなかったのなら、尚のこと。

 

 しかし私は我関せずに、続ける。

 

「だから要するに、邪気なんてのは一つの側面でしかないの。それだけを以てして邪悪と決めつけるのは、あまりにもせっかちだわ。……邪気っていうのは、仙術に悪影響を及ぼすだけのただのエネルギー。それ以上でもそれ以下でもない。悪人の証明書にはならないってこと、ちゃんと覚えといてよ?」

 

 でないと、ピトー、いやフェルまで黒歌と同じバケモノに堕とされてしまう。それは、かなり不愉快だ。

 

 そういう思いで長々と言ってやった言葉だったが、しかし白音の顔色が好調に戻る様子はなかった。変わらない、思い詰めたような苦渋の表情が、何か発しようと開けた口を悩むように閉じ、そして数度目の躊躇を経て声に出した。

 

「……けど、あの……邪気が仙術使いにとって良くないものなのは、確かなんですよね……?ならウタさまは、フェルさまの邪気の前で仙術を使って、大丈夫なのか……って、思って……」

 

「ああ……なるほど、そっちもね」

 

 ピトーの善悪よりも、かつての黒歌への恐怖が先に立っていたらしい。仲間にすら邪気があり、呑まれる危険があると知って、曰く『力に溺れて主も眷属も残虐に殺した』自身の姉のようになってしまうことを恐れたのだ。

 

 さしずめ、ピトーの邪気のすぐそばにいるウタが既に狂っているんじゃないかと、心配にでもなっているのだろう。そうなら私は、母親に死なれた時からずっと狂っている。忌々しい。

 

「別に、慣れよ」

 

 ぶっきらぼうに言ってやった。それを口の中で繰り返す白音に瞬間的に我に返り、仕事であることを思い出して、付け加える。

 

「……と、それだけって言い切れればいいんだけど、実際はまあ……ちゃんと発散してるから、ね」

 

「発散……できるんですか?だとしたら、どういうことで……」

 

 唇を噛んで黙り込み、俯く白音。方法を聞きたいのか聞きたくないのかどっちなんだと、その半端に消えた言葉尻に思うが、ここまで言って言葉を切るのはそれこそ面倒くさい。

 

 だから私は気恥ずかしさを我慢しつつ、思い出した鼻の上の眼鏡を押し上げてから教えてやった。

 

「色々やり方はあるけど、要は気分転換と一緒よ。自分が心地良いって感じることをやるの。例えばおいしいもの食べたり、ゲームしたり、渋いところだと座禅組んでみたり、あと……た、大切な人と一緒にいるとか」

 

「……ッ!!」

 

 白音が息を呑んだような音がした。まさか笑ったのか、と疑心暗鬼に若干パニックになる私。しかし実際、ピトーと一緒にいるという、それが一番利くのだ。ピトーで邪気が溜まってピトーで解消される、という特例過ぎる永久機関だが、例なんて自分のものしか知らないのだから、話すとしてもそれしかない。

 しかしそうは言っても甘えていると宣言するのはやっぱり恥ずかしく、奇しくもついさっきのハンゾーとゼノヴィアの気持ちを理解してしまった私は、それから逃れるべく視線を周囲の自然へもって行き、辺りを一周回ってどうにか心を落ち着けてから、荷物を置いた大岩の上に腰かけた。

 

 改めて白音に眼をやればさすがにもう笑っている様子はなく、覚悟の表情が固く引き締まっている。諸々の不安やらも消えて修行の開始を待ち望む彼女に、私は念のために深呼吸を一つして、お腹の前で腕を組んだ。

 

「……まあ、発散できるっていっても完全じゃないし個人差もあるだろうから、とにかく邪気には気を付けろってことしか、はっきりとは言えないけど。とかそんな話より、もうそろそろ修行のほう、始めるわよ。いい?」

 

 威厳を取り繕って、聞くまでもない答えが返る前に昂然と命じた。

 

「じゃあまず、この辺りの『気』を取り込んでみて。……京都の時、曹操のために同じような事やったんだから、できるでしょ?」

 

「は、はい……!」

 

 ほんの一瞬、たぶん邪気への恐れで返事を詰まらせるも、白音はすぐに頷いて眼を閉じた。深呼吸の集中を数秒使って整え、ゆっくりと、周囲に漂う自然の『気』に手を伸ばしていく。

 

 それはお世辞にも上手いとは言えない手際。やはり独学では大して身にならなかったらしく、その速度は四年前と大きく変わらない。ただ精度は幾らか上がっているようで、結果的に白音は過去と比べて随分早く、集中に閉じた瞼を開いた。

 

「でき……ました……!」

 

 彼女が『練』で出せる『気』のマックスの、凡そ三倍ほどだろう。顔をしかめる白音に制御できる限界量が、その小さな身体に滾っている。

 

 量だけなら私の『練』と同じくらいだ。がしかし、だからといって彼女が私と同程度までパワーアップできたわけではない。体格や戦闘技術の話ではなく、そもそも白音は、自身の(・・・)()の上から自然の(・・・・・・・)()を纏っただけ(・・・・・・)であるからだ。

 

「触りだけでも『念』を覚えたんだからわかると思うけど、自然由来の『気』っていうのは極端に攻撃性に乏しいの。取り込みやすい代わりに、ほとんど戦闘力には繋がらない。それだけ集めて、精々『練』の十分の一程度のパワーアップにしかならないわけよ。他所の『気』だから、『肉体の生命エネルギーを操る』技である『念』にも使えないしね」

 

「は……い……。じゃあ、私のこれは……あまり意味のない技だったんですね……」

 

「コカビエルの時にやろうとしてたアレを言ってるなら、そうね。別方向の使い道はあるけど、そっちは悟りだとか不老不死だとか、純粋な仙人としての行程だわ。でも今から教えるのは、あんた自身の身体強化、敵を打倒するための仙術よ」

 

 自身の必殺技を否定され、気分と共に『気』も減退する白音をよそに、私は彼女と同じように自然の『気』を取り込んだ。

 同量を取り込むのにかかった時間は一瞬だが、これはただ慣れているというだけのこと。何度か続けていればいずれ白音にもできるようになるだろう。

 

 だから私が手本を見せて示したかったのはそれではなく、その次。

 

 纏った自然の(・・・)()』を、私は自身の(・・・)()』へと変換した。

 

「――ッ!」

 

 つまり、私の『念』が倍近くに膨れ上がったということだ。

 

 同じ『気』でも、自然のそれと人のそれとではわけが違う。その第一が攻撃性の多寡。仙術では、『念』のように身体能力の強化ができない。白音が格闘戦の強さを求めるなら、自然の『気』はさして役に立たない。

 

 ならどうするかという、最も単純かつ基本的な答えがこれだった。

 

「言っちゃえば簡単な事よ。自然の『気』が駄目なら、それを全部自身の『気』に混ぜて変えちゃえばいい。仙術で『念』を使えるようにしちゃえばいいのよ」

 

「仙術で、『念』……!大量の『気』を操れれば、いつもよりも強力な『念』が練れる……って、ことですか……?」

 

「そういうこと。要は自然の『気』まで『念』にして上乗せできるわけだから、当然『纏』も『練』も『凝』も、あらゆる技の性能が上がる。あんたが扱える限界の『気』を全部変換できたら、単純計算で今の四倍強くなれるってわけね。そこまでできるようになれば、まあとりあえずは戦いにも使えるようになるでしょ」

 

「四倍……!」

 

 そもそも『気』の量が強さに直結するわけではないし、増大した『気』の制御の感覚も変わってくるために事はそう簡単ではないが、しかし間違いではないしやる気も出たみたいであるし、まあいいだろう。やって損はない。困難だろうが操れる自然の『気』の総量も増えれば、さらなるパワーアップも可能なのだ。

 

(……けどそう考えると、十秒待つだけでどんどん倍化できる【赤龍帝の小手(ブーステッド・ギア)】って、改めてとんでもないわね。こっちは一ヶ月死ぬ気で頑張って四倍強くなれるかどうかなのに……。かわいそ)

 

 憐れみには気付かず、白音は己の手に溢れる『気』を見つめ、ぎゅっと握った。硬いその表情に、私はしゃべり疲れを我慢して、最後だからと息を吐いた。

 

「つまりこれ、仙術と『念』の合わせ技なわけだけど……だから、これも『凝』と同じ応用技の一つなわけね。こういうふうに『念』と異なる『力』、例えば他にも魔法とか神器(セイクリッド・ギア)とかを掛け合わせる技を、まとめて『(ケツ)』って言うの。特に今やってるみたいな仙術との融合は『闘気』って名前ついてるから、ちゃんと覚えること。指示する時面倒だし」

 

「……わかりました……!」

 

「じゃあ、自然の『気』と自分の『気』を少しずつ練り合わせるようなイメージで。はい、始め」

 

 適当な開始を合図してやると、おずおずと意気を燃やす白音は黙って修行に殉じだす。ハンゾーやゼノヴィアみたいに文句やくだらない質問を吐かれるよりはマシだが、やっぱり彼女の感情は意味不明でちょっと不気味だ。

 

 拭い切れず、結局最後も感じてしまったその感覚にかぶりを振って、私はこの苦痛なばかりの時間がさっさと終わってくれることを祈りつつ、鞄からゲーム機を取り出した。

 

 

 

 

 

「――というのが、『結』って応用技。ハンゾーには無縁かもだけど、ゼノヴィアは聖剣を使う以上、必須になるだろうね」

 

 仙術のためにクロカとシロネが離れてからの数分間、『それで今日からやる次の技ってのはなんだ』と、突然の別れから立ち直った二人にせっつかれたボクは、長々と連ねた説明の一区切りに、ようやく息を入れることが叶った。

 

 やっぱりシロネが抜けても前でしゃべるのは疲れるなとため息つき、期待に顔を明るくするゼノヴィアを見やる。すると彼女は鼻息を荒くして、興奮気味に伸ばした手を何もない空間に突き込んだ。

 亜空間というやつだろう。同時に溢れた聖なる力がボクの身に少なからぬ悪寒を走らせ、すぐに歪んだ空間の境目から柄と、青い刀身が姿を見せる。

 

 意気揚々と聖剣デュランダルを引き抜いたゼノヴィアは、それを手に、ボクへずいっと詰め寄った。

 

「つまりこのデュランダルの聖なるオーラを、より強力にできたりするのか!?すばらしいな、それは!フェルさん、それでその『結』とやらはどうやるんだ!?」

 

「うん?ボクが知るわけないじゃん。聖剣なんて扱ったことないんだから」

 

「……へ?」

 

 一変して呆けるゼノヴィア。滞っている落胆の背を押してやるべく、ボクは半笑いを浮かべる。

 

「それどころか魔法も神器(セイクリッド・ギア)も仙術も使えないから、そもそも『結』自体ができないんだよね、ボク。だから最初に言ったじゃない?『剣を振るための『念』を知ってるやつに教えを仰ぐべき』って」

 

「じゃ、じゃあ、『結』の修行は……」

 

「やらないよ。だって教えようがないにゃ」

 

「そ、そんなぁ……」

 

 じりじりボクの肌を焼いていた聖剣が、ゼノヴィアと一緒に地面に頽れる。それでもまだ足元でピカピカ光り、いっそ砂をかけて埋めてやりたい衝動に駆られるが、やり過ごすために意識を割く必要が出る前に、横でずっと聞いていたハンゾーが横倒しになったそれを持ち上げた。

 腰を入れてもかなり重そうで、顔を真っ赤にどうにか両手で構えた彼は悔しそうにぐぬぬと唸る。

 

「確かにこりゃあ……構えるのも一苦労だもんな……ッ!」

 

「デュランダルくらいの格になると、剣が主人を選ぶって話だからね。道具のクセに生意気な奴にゃ」

 

 言ってやった瞬間聖なる力が強くなった気がしたが、しかし微細な変化は踏ん張るハンゾーもショックのゼノヴィアも気付くことはない。やがて諦めたハンゾーは切っ先を地面に突き立てると、込めた力と一緒に気落ちしたため息を吐き出した。

 

「……ま、オレも不思議超パワーなんて持ってねえみたいだし、『結』は別にいいわ。で、最初の話に戻るが、『結』じゃなかったら次は何の修行なんだ?二ヵ月でとりあえず戦える『念』を教えるって言ってたが……『纏』と『練』で身体能力、『凝』で観察力をクリアしたとして……後は戦闘能力か?」

 

「いや……っ!まてハンゾー、それにフェルさん!『結』を諦めるのはまだ早いぞ!今まで聖剣を扱ったことがないのなら、今使ってみればいいじゃないか!ハンゾーは駄目だったが、ここは一度試してみて――」

 

「戦闘能力、その通りだにゃ。要は攻撃するための『念』。それで攻、防、見と一通りでしょ?だからハンゾー、キミも腕の剣出して」

 

「フェルさん!?一瞬でいいんだ一瞬で!それで駄目ならちゃんと諦めるから!」

 

 何やら聖剣を持たされそうな気配がするゼノヴィアの発案は完全無視して、ボクはハンゾーに言った。無視に憤り縋りつくゼノヴィアが声を張り上げるが、取り合わないの意でボクの無視を汲んだハンゾーは、轟く声を押し流すようなオーバーリアクションの驚愕を演じて、腕に巻かれた包帯――とその下に隠されているらしい刃を押さえる。

 

「うげぇ!なんでお前、オレの仕込み刀のことまで知ってんだよ!?駒王町来てからは誰にも見せてねえんだぞ!?」

 

「ミルたんに聞いたから。ミルたんはネテロから聞いたんだってさ。……小さい男の子を拷問して、なのに結局負けちゃったんだって?」

 

「負けてねえよ!あれはゴンのやつを気に入っちまったから諦めたってだけだ!それに二回戦はちゃーんと勝った!……てかネテロ会長はなんでオレの手の内をばらしてんだよ!ハンター試験の内容だってのに口軽すぎだろ!」

 

「そういうお前たちはなんだ!?耳に私の声をカットする機能でも付いているのか!?私を虐めてそんなに楽しいか!?」

 

「そりゃあ楽しいけど?」

 

 限界に達したニヤニヤ故に言ってやった。途端に息を詰めてしまうゼノヴィアに、ハンゾーも呆れを向ける。そう言えばそうなるだろう、と言いたげなそれは、どうやら大分ボクの性質を理解できているようだった。

 

 半面ゼノヴィアはなぜこうなのか。人というもののややこしさを大仰にも感じながら、しかし同時に彼女のしつこさも感じ取ったボクは、まだ絞り取れそうな愉悦を我慢して仕方なく話を戻した。

 

「まあボクのことはともかく、今からやる修行も『結』に無関係ってわけじゃないよ。うまく行けば自力で『結』まで覚えられるかもしれない。保証はできないけど」

 

「なにッ!?本当か、フェルさん!?」

 

 一瞬にして元気を取り戻したゼノヴィアに頷く。そしてすぐそばの地面に転がるねじくれた小枝を拾い上げ、次の修行となるそれ(・・)を使ってみせた。

 

 『気』を、身体だけでなく物にも纏わせる技。

 

「コレが、『(シュウ)』。見ての通り、『纏』の範囲を武器にまで広げる技ね。元から備わった機能、例えば剣なら、切れ味を向上させる効果がある。ゼノヴィアの場合は聖剣を強化するんだから、『結』のきっかけか何かにもなるんじゃない?ハンゾーも、シロネと違って武器を使うし、ちょうどいいにゃ」

 

 こっちもまたボクには縁の薄い技ではあるが、しかし二人にとってはそうならないはずだ。思った通りハンゾーの眉も上がり、こころなしテンションの上がった声色を発した。

 

「ああ、なるほど!思えば『纏』を物にまでってのはやってなかったな!それで刀……こうか?」

 

 腕の包帯からするりと仕込み刃を引き出し、薄いそれを見つめると、すぐに『纏』が刃を覆った。

 

 きちんと『周』だ。『纏』の応用であるそれがさほど難しいものでないことを加味しても、そも『纏』を覚えて一月も経っていない彼が一度で成功するのは少々意外。『纏』と『練』を毎日しっかりやらせていた成果だろう。

 

 そしてそれはどうやら、ゼノヴィアも同様であるようだった。

 

「わ、私もできたぞ!フェルさん!こうで合ってるな!?」

 

 両手で構えたデュランダルにも、きちんと『周』が為されている。元々ハンゾーより多い『気』の量とデュランダルの刀剣としてのレベルが相俟って、刀身に感じる迫力はボクでも少々ヒヤリとするほどだ。

 

 しかしそれらの関心やらは調子付かせるだけなので黙っておいて、ボクは目を見開くゼノヴィアに適当に頷いてみせた。

 

「うん、二人とも完璧。すごいにゃあ」

 

「ふ……ふふふ!そうだろうそうだろう!なにせ私は剣士だからな!元よりデュランダルとは一心同体だ!」

 

「なんだ、ゼノヴィアも一発成功か。案外簡単なんだな、『周』ってのは」

 

「ぬぅ……そう、だな……」

 

 適当な誉め言葉に胸を張っていたゼノヴィアが、ハンゾーのそんな台詞で、表情からご機嫌を消してしまう。しかし、しょげて落としたその肩に納得の気配があったのは、彼女もハンゾー同様に『周』を簡単だと感じていたということだ。

 なのに自慢げにしていたのはただただ滑稽だが、それもある意味では仕方のないことなのかもしれない。教え込んだ技、『纏』はともかくとして『練』と『凝』に関しては、ボクはひとまず発動できた時点で二人に合格のハンコを押してきた。その『纏』だってもう一日中続けて使うことも可能であり、そのせいで二人とも、『纏』の範囲を少し広げるだけの『周』を簡単だと言うのだろう。

 

 だか彼らが感じるそれは間違いだ。『周』は発動は容易くても、維持して自在にコントロールすることはそうではない。攻撃なりなんなりに振り回せばなおのこと、基本の『四大行』から一段上がった応用技である通り、ただの『纏』より断然辛い技なのだ。

 

 ということを、『精孔』を開ける前段階の座学と精神修行をすっ飛ばしたハンゾーとゼノヴィアは知る由もない。『念』への知識が不足している故に、知れるとしたら、それは実際に体験したときのみだ。

 

 そこまで考え、ボクはふと思いついた。頭に浮かんだいい考えに導かれるまま、それぞれ『周』した剣を前にどっちが強いだのと言いあう二人に、提案した。

 

「簡単すぎるって言うなら、じゃあ一つレベルアップしてみる?」

 

「……?レベルアップ?」

 

 オウム返しするゼノヴィアに頷いてやり、続けてもう一度、握った木の枝へ。

 

「『纏』じゃなく、『練』で増幅した『気』を込める。想像が付くだろうけど、これなら『纏』の応用技である普通の『周』よりも、ずっと強力に強化できる」

 

 さっきの『周』とは比べ物にならないくらい『気』が込められた小枝は、もはや下手な鉄剣すらへし折れるほどのものになっている。それは多少なり『念』に触れてきた二人にも理解できたようで、特にゼノヴィアの眼がたちまちビタリとくっついた。

 熱量は違えどハンゾーも興味深々で、ボクの『気』で鈍く輝くそれを食い入るように見つめた彼は、やがて離して蓄えた輝きをボクにぶつけた。

 

「いいじゃん!やるぞオレはレベルアップ!より強くなれるってなら願ってもねぇ!」

 

「わ、私もだ!『結』のためにもなるんだろう!?ならやらないなんて選択肢はない!『周』に結びつくものは何でも絶対にマスターしてみせる!」

 

「……にゃは」

 

 迷いなく放たれた二人の同意は、ボクの口から微かな愉悦を零れさせた。

 

 『練』での『周』は、普通の『周』のさらに何十倍と難しい。

 

 そもそも、『纏』の代わりに『練』で生み出した『気』を纏わせ維持するという、つまり『練』の状態を維持し続けることからして、かなりの難易度。『周』と同じく、発動は容易だが維持とコントロールが難しい類の技であり、『纏』と『練』を複合した一つの応用技、『(ケン)』として定義されるほどなのだ。

 

 つまり『練』での『周』は、言ってしまえば応用技である『堅』をさらに応用した、高等応用技とでも言うべき『念』の神髄。あるいは『凝』を併用することを思いつくかもしれないが、どちらにせよ、段階を一つどころか二つも三つも一気に跨いで上ろうとするそれは、間違っても『念』を覚えて一ヶ月のひよっこがすることではなかった。

 

 わかっていながら、それでも黙って薦めた理由は、クロカのために悪魔のご機嫌取りをする必要がなくなったからだ。難しすぎて上達せず、ずっとその場で足踏みしてくれるなら、それはテストだなんだと面倒を見るよりも、少しは楽であるに違いない。

 

「じゃ、決定。とはいってもキミたちならすぐに発動できるだろうし、その後は実戦形式で使い方とかを覚えていくことになるだろうけど」

 

「なら、決まりだな!ハンゾー!習得でき次第、私と試合だ!体術では敵わなかったが、剣術なら私の土俵!ボッコボコにしてやるぞ!」

 

「ふん……上等!そういうことなら里の決めに倣って、負けたほうが腕立て伏せ千回な!泣いても知らねーぞ!ゼノヴィア!まずはどっちが早く『練』の『周』を成功させるか、勝負だァ!」

 

 と、恐らく今日からしばらく分のテンションの頂点で最初の競争を始めた彼らに、ボクは、扱いやすい弟子たちへの労わりを眼にやってから、外してうーんと伸びをした。背骨を鳴らすついでに枝葉に隠れた空を見上げ、帽子越しに頭を掻くと、丸太の上に座り直してため息を吐く。

 

 とりあえず、疲れ切って休憩しようとするのを『修行するって自分で決めたでしょ?』と言って背を押してやるまでは暇だ。いつものようにのんびり観戦と考えていたが、しかし『腕立て伏せ千回』のフレーズにふとそれを思い出し、首を横に向ける。

 

 そういえばもう一人いたのだ。修行と称してずっと筋トレさせていたやつ。

 

「……ねえ、イッセー、ていったっけ?」

 

 どれくらい回数をこなしたのかなんて知らないが、バケツの水を被ったのかと思うくらい汗でずぶぬれになりながら黙々と――しゃべる元気が残っていないだけかもしれないが――腕立て伏せを続けていた彼に、ボクは暇つぶしの可能性を見出し、声をかけた。

 

 今までなかった自分への言葉、それも労わりからは遠く外れた声色に何か支えが外れたのか、途端に腕が折れてべしゃりと地に伏す彼。ゆっくりと頭を動かし、恨めしそうに面倒くさそうにボクを見やった。

 

 無言で『なんだよ』とふてくされてくる彼に、ボクは続けて身体もそっちに向き直った。

 

「キミ、筋トレばっかりじゃ飽きるでしょ?ボクとゲームしない?」

 

「……げー……む……?」

 

 微かに眼の色が変わった。干からびた喉を震えさせて興味を示し、生まれたての小鹿のような腕を突っ張り、起き上がろうとしている。

 

 その様子に釣れたことを確信したボクは、強まる声の抑揚を堪えながら続ける。

 

「うん。とりあえず夜になるまであっちの二人は続くから、制限時間はそれまでかにゃ。その間にキミはボクの、身体でも服でもいいから触れる。それができたら明日の筋トレは免除してあげるにゃ。そんなゲーム。やる?」

 

 疲れた頭でもわかるような簡単なルールを提示してやった。所謂、一発勝負の鬼ごっこだ。イッセーが鬼で、ボクが逃げる側。

 

 単純明快故に、彼は間違いなく乗ってくる。特大のエサも吊るしてやって、食いつくことはわかりきっていた。

 

 のだが、言った途端に弾かれるようにして起き上がり、生気に溢れたギラつく眼でボクを捉えたイッセーには、さすがに動揺しないわけにいかなかった。

 

「さっ、触れればって……触るのか!?フェルさんに!?」

 

「う、うん、そう……。どこでもいいから触れられたら、キミの勝ち。だからこっちからは攻撃もしないよ。……やるんだよね?」

 

「もちろんやる!!やるに決まってる!!……ど、『どこでもいいから触れられたら』って……ほ、ほんとだな……?二言は、ないよなぁ……?」

 

 徐々に眉尻が垂れ、起こした身体の前で両手がワキワキ動くのは、いったい何の感情なのだろう。厭らしく歪んだその表情はいつかのマフィアたちの獣欲を彷彿とさせたが、しかしさすがにこんな状況で盛りはすまい。マフィアたちとて痛めつければ眼を恐れに変えたのだから。

 

 なら、やはり勝機でも見えているのか。確かにそう見えるような条件だが、しかし力量差を計ることはできていないらしい。

 

(まあ、受けたのならこっちのものだけど)

 

 彼の頭の中がどうなっていようとも、だ。

 ボクは動揺を拭ってもう一度頷くと、心の中でニマリと口角を持ち上げた。




本文で大体説明したつもりですが、『結』です。『念』とだだ被りする闘気の設定を生かすために定義しました。『念』と異能の融合で、『周』が物理攻撃力アップなら『結』は特殊攻撃力アップです。
つまりサイラオーグ君は闘気使いではなくなりました。彼はメガトンパンチかメガトンキックしか使えませんので。
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