主なきノラネコたちの家   作:もちごめさん

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前回までの三行あらすじ

曹操がなろう系主人公みたいな無双して
修行つけてたらイッセーがイッセーして
ピトー黒歌白音の間で色々拗れた

なんかまた筆の進みが早かったので投稿します。今回は五話分です。これはもしかしたら私の筆力的なものが上がったのかもしれない。だったらいいな…

そしてやっぱり誤字報告をありがとうございました。どちらかと言えば最近でなく過去に書いた文に対する報告が多いので震えています。


十四話

「……あー、やっぱり、においが来ちゃうみたいだにゃあ」

 

 深呼吸で吸い込んだ冥界の森特有の空気。全部を使って呟いたボクに、皿に乗った料理を取るクロカと、その皿を差し出していたシロネの眼が集まった。

 

 二人の注目を引き付けたボクは、そのまま頭の中で用意した段取りをなぞり、視線を横へ、今まさに悪魔と人間のレセプションが開かれている巨大な城へと向ける。そしてもう一度、声を張った。

 

「あんなに悪魔がいるんじゃ、もうどうしようもないね。こんな空気で食べても何もおいしくない。うん、だからボク、ちょっと気分転換にそこら辺を散歩してくるよ」

 

 串料理を二本手に言い捨てると、ボクは間髪入れずに踵を返した。クロカとシロネと城に背を向け、碌に手も入れられていない森の奥へ足を向ける。すると望んではいないが思った通り、下草を一歩追いかけたクロカが少し困惑を残したまま言った。

 

「じゃあ、歩きながら話しましょっか。白音はともかく私たちは元々無許可だし、敷地のどこでも構いやしないわ。……文句ないわよね?」

 

「あ、の……はい」

 

 並んで聞こえた足音に喉が詰まった。

 口がひとりでに閉じて、まるで石のように固まっている。だがボクは決意を以てそれをこじ開け、どうにか硬いままの言葉を押し出した。

 

 決意のための、これが最後の言葉だ。

 

「――二人は、ここに居て」

 

「……え?」

 

 あからさまに動揺するクロカ。その言葉が続いて決意が鈍らぬうちにと、ボクは彼女を置き去りに跳躍する。昨日から着っぱなしのマントを翻して木の枝に飛び乗った。

 

 きゅうっと締まる胸の奥に悶えるボクの背に、クロカの赦しがぶつかった。

 

「ちょ、ちょっと、待ってよフェル!白音に用があるのはあなたじゃ――」

 

 しかし、ボクはなんとか振り返らずに留まった。再び両脚に喝を入れ、そして気配を消して、日の落ちた深緑の中に逃げるように飛び込んだ。

 

 ボクの胴より太い枝々を跳び渡り、その度何度も不安に足を引っ張られたが、それでも堪えてボクは走り続けた。恐れに耐えて、それ以上の恐れから逃げ出す。

 

 クロカとシロネを二人きりにするために。

 

 シロネにクロカへの想いが残っていることを知ったあの日の翌日、つまり今日、開かれるパーティーからシロネを抜け出させ、連れてきたクロカと引き合わせたあの状況。お膳立てするだけでも心的な苦痛がすさまじかったあれを無駄にするなんてことはできず、もう一度作り直すなんて考えたくもない。だからボクには、足を止めることが許されない。

 

 クロカに、シロネと家族に戻れることを悟ってもらわねばならなかった。

 

 けれど、そうだ。心に据えたそんな目的とは裏腹に、内心は、悟ってもらわなければ(・・・・・・・・・・)

 

 ボクはクロカに、シロネと家族に戻れるかもしれないというその事実を、直接伝えることができなかった。

 

 実際、ボクが本気でクロカとシロネの仲を取り持つつもりなら、お膳立てなんて手のかかることなんてする必要がない。クロカにただ一言、シロネはキミを嫌っていないと言ってやればいいだけだ。

 だが、できなかった。クロカのために、自分で自分の首を切り落とす覚悟を持てなかった。自らでは絶てないから、代わりにギロチン台だけ用意して、誰かが刃を落としてくれる時を待っているのだ。

 

 頭はクロカとシロネのために動いているのに、心がそれを自分のために捻じ曲げている。決意と感情が何一つ合わさっていなかった。この逃げは、クロカの幸せを踏みにじっていた。

 

 なぜ、と、自分のことなのに疑問に思わずにはいられない。

 

 クロカにとっての『幸せ』とは、つまり『家族』であることだ。母親を失いシロネを失い、だからボクはその穴に受け入れられた。シロネとの『家族』が『幸せ』だったからこそ開きっぱなしになっていたその穴だから、元に戻ることはクロカにとって当然『幸せ』だろう。代替であるボクとの関係よりも、血の繋がった本物の『家族』のほうがより強い『幸せ』であるはずだ。

 

 『家族』はクロカを『幸せ』にするもの。ならば代替でもクロカの『家族』であるボクは、クロカをより『幸せ』にする必要がある。そしてシロネとの仲を取り持てば、それが叶う。

 『家族』であるなら、そうありたいのなら、言葉を伝えることが正しい。だができない。伝えて、自ら『家族』であることを、クロカとの繋がりを捨てることができない。つまりボクはクロカの幸せよりも、自分の感情を――シロネにクロカの『家族』の席が奪われてしまうことへの恐れを、優先させてしまったのだ。

 

 そしてその相反する二つの衝動は、本質的に同一のもの。だからボクを『家族』と呼んでくれたクロカの声と混ざり合い、マーブル模様を描いてお膳立てというどっちつかずを生み出してしまった。

 

 『家族』という繋がりがなくなってしまえば、ボクはクロカにとっての何になってしまうのだろう。わからないが、しかし何かが決定的にズレてしまう確信があった。

 

 つまりはそんな恐れが心の中に蔓延しているから、ボクはクロカに伝えることができなかったのだ。

 

 『家族』であるためには告げられないが、しかし告げないことそれこそがボクがクロカの『家族』ではないという証。どちらにしても『家族』であることを失ってしまうからこその、このどっちつかず。

 行き詰まった矛盾の塊。破綻した理解と価値観、存在意義が頭の中をも侵食するから、もうどっちが正しいのかもわからなかった。

 

 どう足掻いても、ボクは『家族』の何たるかがわからない別物(・・)だ。――そう、ボクだから。

 

 ――やはり、クロカの『家族』にはふさわしくなかったのだろう。

 

「……なら、これでよかったんだよね」

 

 元々、彼女が言ってくれた『家族』が諦めであることはわかっている。シロネが『家族』に戻るなら、それだけで何の問題もなくクロカの幸せは叶うだろう。

 ボクが黙ってさえいれば、すべて良い方向に収まる。結局のところ、それだけ。

 

 故に、これでいい。代わりですらなくなったとしても、クロカの傍に居られるだけでも、きっと思うほど悪くはない。

 きっと、シロネと悪魔が嫌いなだけのピトーだとしても、クロカは捨てたりしないのだ。……そう、信じるしかなかった。

 

「………」

 

 いつの間にか地面に降りて脚を止めてしまっていたボクは、ふと背後を振り返った。ずっと続く森と、軽く切り開かれただけの荒れた道。忘我の内に渡ったのだろうその向こうからはもう気配も感じ取れないが、クロカとシロネが今も二人きりで居るはずだ。

 そっちをしばし見つめ、意志の力で逸らしてから、喉の奥でため息を吐いた。ずっしりと重い脚を引きずって傍の木にもたれかかり、腰を下ろす。拍子に、言い訳のために持ってきた串料理を思い出し、思考の沈下に耐えかねて口に突っ込んだ。

 

 冥界にいた頃、よく狩って食べた魔獣の肉と同じような味がした。人間界の食べ物よりもよほど美味であったはずの味だ。だがしかし、不味い。全くもっておいしいと感じない。結局片方を一口だけかじっただけで、串は木の根に突き立てられた。

 

 苦しさを誤魔化すように、意識と思考をその味に向けた。

 

「……ちょっと、期待してたんだけどにゃ」

 

 無理矢理、口に出す。携帯食料を我慢して胃に押し込んでいた時以上に気分が落ち込んでいる自覚はあったが、それでも多少なり『力』に富んだものならばもしや、という呟き。多少はマシな味だったが、ほとんど誤差だ。不味いことに変わりない。

 しかし逃避には都合がよく、連想ゲームで次々食べたものの味を思い出す。ここ数日の食事が最悪であることに間違いはないが、改めて思い返せばどれもこれも酷い味だ。

 

 少なくとも、

 

アレ(・・)の味に、比べれば――」

 

 心臓が跳ねあがった。

 

 回想の内、不意に蘇ったそれが口に出てから気付き、戦慄して頭を振った。当たり前のように顔を出してしまったことを否定し、再び封じるべく瞬間的に頭を空にする。

 

 アレを、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を、思い出してはいけない。

 

 キメラアントの欲望を、表に出してはいけない。

 

 シロネに役目を奪われようと、ボクはクロカの敵になりたくなかった。

 

 必死の思いで思考を止め、早鐘を打つ心臓を抑え付ける。数度の深呼吸で、戦慄は鼓動と共にどうにか落ち着いた。本能の衝動も、再び頭の奥底に沈めることに成功する。

 固く握りしめていた手を解いたボクは、その残滓までも綺麗に払い除けるため、一際大きなため息を吐いた。

 

 だが払い除ける暇はなく、静まった感覚に気配が伝わった。

 

 複数だ。目を凝らすまでもなく、悪魔のもの。初めて能力に目覚めたあの時を思い出しそうな状況だが、しかし今回はあの時とは違う。人間と悪魔の協定が成立しようとしているこの場で、『フェル』と『ウタ』が襲われる道理はない。

 

 そのことは、未だ余波の動揺が残る頭でも理解できていた。が、反してボクは反射的に串を回収し、森の中に滑り込んで姿と気配を隠した。

 

 勘が、血の臭いを嗅ぎつけていた。

 

 そしてそれは奴らが近付くにつれ、確信を持ち始める。

 悪魔共の中に、ハンゾーの気配が紛れ込んでいた。

 

「――こんな汚らしいところを歩いているというのに、甲斐もないなぁ。人間、もっと無様に抵抗してみせてほしいよ、おとなしくなりすぎてつまらない。……それとも、ひょっとしてもう壊れてしまったのかな?」

 

「あん……?なんだ、言葉が通じてねー、わけじゃなかったんだな……。しゃべってほしいってーなら、一つ教えてやろうか……?」

 

 葉と枝の陰から視認した、先頭を歩く優男然とした男。侮蔑の口調と豪奢な装い、そして何より、赤髪と同じかそれ以上に濃い『力』の臭いは、間違いなく奴と同じ純血の貴族悪魔だ。

 

 だが憎悪が膨れる前に、歩く奴のその後方が続けて見えて、沸騰しかけた衝動を寸前で抑えつけた。

 

 勘が隠れろと言っていたためでもあるが、それ以上に、思いもよらない衝撃を見たからだ。

 

 ハンゾーは魔法陣に張り付けられ、見るからに痛めつけられていた。

 身体のいたるところに傷を作った状態のまま見世物のように晒上げられ、後ろを歩く数人の転生悪魔らしき女たちと共に純血悪魔に続いている。

 

 ここまで見れば、誰だって事件であることに気付けるだろう。少なくとも、悪魔共の熱烈な歓迎でないことはわかるはずだ。

 

 いや、ある意味では熱烈な歓迎であることに違いはないが、どちらにせよハンゾーが望んだわけではあるまい。縛られ見世物にされ、さらに息が乱れるほどの身体的な損傷まで負わされて喜べるのは、それこそ赤龍帝レベルで酷い変態的嗜好を持つ者に限られる。

 

 そしてその中にハンゾーは含まれず、証拠に彼は顔をしかめながら、貴族悪魔の背に吐き捨てるように言っていた。

 

「まあ、何度も言ったけどな!どこのどいつか知らねーが、お前!オレはグレモリー家の、一応客人の身分だ!捕まってボコられるようなことをした覚えも、筋合いもねーんだぞ!」

 

「ハハハッ!実に滑稽をことを言うじゃないか、人間。客人の身分、だって?」

 

 口元を嘲笑で歪めた純血悪魔は顔だけ振り向いて、また歩きながら続ける。

 

「下賤な人間風情が、僕たち悪魔と対等にでもなったつもりかい?ありえないね。筋合いというなら、そう考えることそのものが罪なのさ」

 

「……てめーの考えはどーでもいいが、冗談でなく事実だぜ。オレは、リアス・グレモリーに招待されて、あの館に泊めてもらってんだ。もちろん親父さん……当主様からもな」

 

 微かに揺れる純血悪魔の肩。ハンゾーはそれに解決の糸口を見たのか、小さく息を吐いた。

 

「わからねーか?オレは、お前のことを心配して言ってるんだぜ?なにせ今は、少なくとも上の悪魔さんがたにとって、『V5』との協定を結ぼうって大切な時だ。拘束即処罰はスピーディーで、まあ何よりだが、そうする前にちょっとそのことを考えてみろよ。……ついでに言えば、協定の先鋒のサーゼクスって魔王様は、グレモリー家の出だって話じゃねーか。そこに喧嘩吹っ掛けるようなマネすれば……貴族社会なんだ、今のうちに信じてくれねーと、お前の立場だって――」

 

「協定など結ばれないよ。どうせ、皆殺しだ」

 

 遮り、忌々しげが混在する声調で純血悪魔は言った。解決とは正反対の色をした否定に驚いて息を呑んだハンゾーには、背を向け歩く純血悪魔の顔が見えていなかったのだ。

 だから改めて振り返ったために見えたその表情が、彼には意外なものに思えたのだろう。あるいはずっと、この事件を、警備か何かである純血悪魔たちが、その業務に熱心であるが故に起こしてしまった勘違いだと考えていたのかもしれない。

 

 しかしどちらも、そうではない。コイツは最初から、悪意を以ってその言葉を発していた。

 

 それに匂った血が確信を促して、その時点でボクは隠れるのをやめた。

 

「へえ、何を皆殺しにするの?聞かせてよ、オマエ。興味あるにゃあ」

 

 ハンゾーと、そっちに顔を向けていた純血悪魔も背を跳ねさせ、弾かれるようにして、どこからともなく現れたボクを凝視した。

 

 すぐに『絶』であることに思い至ったハンゾーは微妙な安堵で肩を下ろしたが、しかしボクがまっすぐ見つめる純血悪魔は固まったまま。どこか怯えるようにも見えるその姿に痙攣する口角を手で覆いつつ、ボクはゆっくりと近づいた。

 

「オマエみたいな純血悪魔なんて顔も見たくないんだから、黙ってないではやくしゃべって終わらせてくれる?……でないと、殺すよ?」

 

 憎悪も覆い隠してしまうほどの殺意、殺しの衝動に、ボクは我慢ができなくなってしまう。

 

 なにせ目の前にいるコイツは、ボクが初めて出会った、純粋な敵の(殺してもいい)においがする純血の悪魔なのだから。

 

「えーっと……よう、フェル。それもいいが、ひとまずオレのことも助けてくんねーかな。……ほんとマジで、切実に。どうなるにしても、お前のその殺気に巻き込まれんのは勘弁だ。下手すりゃチビるかもしれん」

 

「……ほら、聞いた?マーキングされたくなかったら、さっさと放したほうがいいと思うよ」

 

「オレは犬か猫か!想像以上に弟子の扱いがひでえ!」

 

 なんならもっと粗雑な師弟関係だったように思うが、言う意味もないのでボクは再び純血悪魔に眼を戻した。

 

 胸の内の疼き(・・)が勢いを取り戻していく感覚に浮足立ちながら、ボクはもう一度、音もなく歩を進める。

 

「ねえ、どうにか言ってよ」

 

 ――早く、言ってしまえ。

 

 純血悪魔は、ようやく引き攣った笑みで笑い声を上げた。

 

「ああ……ああ、そうか、フェル……君がフェルか!堕天使幹部、コカビエルを下した人間の一人!……情報は確かだったわけだ。よかったよ、汚らしい森を練り歩いた甲斐はあったみたいだ」

 

「ふぅん、ボクを探してたんだ。で、用はなに?」

 

 もはやわかりきっている、それを尋ねる。奴の悪意はそれを受けて蘇り、口元の笑いをまともな尊大に戻すと、軽く片手を上げた。

 途端にボクの後方、道の両脇とその上空に気配が飛び出す。奴の後ろをハンゾーと共に続く転生悪魔と同類、潜伏していた仲間たちだ。それらが、魔法陣を構えてボクを狙っている。

 

 ハンゾーの顔が一気に緊張感を増し、純血悪魔はその嗜虐心を溢れさせながら、合図に上げた手の中で残忍を弄ぶ。

 

「人間風情が、僕の大いなる目的を知る必要はないよ。それに、そもそも僕は急いでいるんだ。こんなところに一秒でも長く居たくない。……慈悲深く、別れの挨拶をする時間だって与えてやっただろう?それだけでも、十分すぎるほど寛大だ」

 

 言うと、奴は見せつけるようにして指を動かし、

 

「だって君たちは、今ここで死ぬんだからねぇ!!」

 

 パチンと、合図に指を打ち鳴らした瞬間、背後の魔法陣が火を噴いた。

 

 四本の魔力光線が着弾して爆発を引き起こし、一瞬にして辺りに爆煙と土煙を巻き散らす。吹き飛ばされた木々の破片がすぐそばに突き刺さり、それに僅かな動揺と、盾にならなかった眷属悪魔に対する憤りを見せた純血悪魔は、しかしそれ以上の嘲笑を以てして甲高い笑い声を上げた。

 

「アハハハハッ!!粉々だ!なんだ、コカビエルはこんなモノに負けたのか?聖書に名を連ねたなんていうが、どうやら名前だけだったらしいな。……やはり、彼の言う通りだったね。堕天使も、そして天使も、恐れるに足りない。それに気付かず人間にへりくだる現魔王も、排されて当然だ。哀れな子羊を探すためにこそこそ隠れ伺う必要なんて、全く一切なかったんだ!」

 

 純血悪魔は何か吹っ切れたように叫び、ひとしきり肩を揺らした後、一つ息を吐き出して腕を組んだ。

 

「となればやはり、今すぐにでもアーシアを迎えに行こう。リアス共々彼に消されてはたまらない。……ああ、その前に、ウタとやらのほうも掃除しておかなければいけないのか。全く、僕をこんな雑事に使うなんて……現魔王を排するのは構わないが、そこはまたきちんと言っておくべきだな」

 

 腕組みの中で片手をちょいと振り、緩く起こった風が辺りに立ち込めるもやを晴らしていく。開けた爆心地に歩み寄り、クレータの底を覗き込んでニヤリとまた笑った純血悪魔は、そして振り返り、背後の転生悪魔たちに声を発した。

 

「さあ、さっさと済ませるよ。やはり思った通り人質を取るほど警戒する必要もないから、あの禿げ頭はここで殺せ。また同じように一気に囲んでしまえば、逃げるような暇、も……?」

 

 だが半ばまで言って、純血悪魔は異変に気付いた。土煙を撒き込んで流れ去っていく風の中に、やけに濃い血の臭いがしていた。それに何か、明瞭になっていく視界、地面に、赤い血が流れ込んでくる。

 

 奴にしてみれば、それはおかしいのだ。ボクが吹っ飛んだクレーターは、今、踵を返した奴の真後ろで下り坂を作っているのだから。

 

 つまり、前から流れてくるその血は、ボク、『フェル』のものではない。

 

「コカビエルが名前負けしてるっていうのは、うん、ボクもそうだと思うよ。けど、オマエが言うことじゃないね」

 

 まず最初に、もやの中で彷徨っていた奴の眼は、真正面に立つボクを見つけた。凡そ、ついさっきまでの位置が入れ替わったような恰好。気付き、次いでゆっくり、その周囲の空気からも茶色の微粒子が薄れていく。

 

 明瞭を取り戻す視界では、奴に追従していた転生悪魔たちのそのすべてが、首をねじ切られ絶命していた。

 

 まあ、ボクがやったのだが。

 

「四人合わせて朱乃にも届いてないくらいの魔力量だったんだけど……うーん、これじゃあちょっと弱いかにゃー。悪魔の基準じゃ、ちょっかい程度のレベルなのかもしれないし。ねえハンゾー?」

 

「……オレはそのちょっかいで、ご覧の通り死にかけたわけなんだが。言いたかねーけど、さっきの状況、オレだったら死んでたぜ」

 

 ハンゾーももちろん、既に解放されている。魔力が使えず解除できなくとも、ボクにとってあの程度の拘束を破壊することは難しくない。これまたハンゾーには難しかったらしいが。

 

 しかしとにかく、あちこちやられながらも解き放たれたハンゾーはこの場には邪魔だ。ダメージがあることも含めて、足手まとい。それに、純血悪魔の独り言から察するにもう手遅れかもしれないが、一応クロカにも警告を送っておくべきだろう。厄介払いと念のためを兼ねて考え、首なし死体を見回して現実を受け止めるのに忙しい純血悪魔を見張りながら、ボクは言ってやる。

 

「じゃあ、巻き込まれないうちにウタにこの状況を知らせに行ってくれる?城のほうに……まっすぐ行けばいいから」

 

「……ああ、わかった。ちょっと待ってろ、すぐに呼んでくる!」

 

「いや、知らせるだけでいいよ。コイツ相手にウタの協力は必要ないから」

 

「そういう問題でも……ったく、わかったよ!くれぐれも、やりすぎんなよ!」

 

 聞けない忠言を叫び、ハンゾーは木に跳んで消えた。するとその、殺せと言った人質が逃げたことで現状の認識がカチッとうまい具合に嵌ったらしく、愕然と死体を見やっていた純血悪魔の口から乾いた笑声が再び零れた。

 

 額を押さえ、その腕の間から覗く片目だけでボクを睨んだ。

 

「よくも……せっかく集めた僕の眷属を殺してくれたね。人間如きにここまでコケにされたのは初めてだ。……だが、僕は寛大だからね、許してあげよう。考えてみれば、手ずから君をいたぶれるんだ。そう悪いことじゃない。それに、せっかく手に入れた『力』も試してみたいしね」

 

 言うと、手のひらを前に突き出す。そこに確かに何かしらの隔絶した『力』を感じ取り、どんどんボクの中の疼きが激しくなっていく。

 

 魔法陣を展開させた奴はボクの内心など何も知らずに、さらに笑みを深くした。

 

 その邪悪な表情で、とうとうそれ(・・)を言ってくれた。

 

「喜ぶといい、人間。君は特別に、現魔王の血筋であるこのディオドラ・アスタロトが、直々に殺してあげよう。逃げた禿げ頭の代わりに、その首を切り落として仲間の下に――」

 

「殺すんだ、ボクのこと」

 

 純血悪魔の残忍が、押し流されて消え去った。言葉が止まり、表情は一転して恐怖で満たされる。魔法陣すら、感情通りに崩れて消えた。

 

 ボクはもう、衝動の抑えを解き放っていた。

 

「ねえ、オマエ、ボクを殺す気なんでしょ?」

 

 一歩近づけば、奴も一歩後ろに下がる。クレーターの縁を踏み、後がないことに気付いて、背後とボクとに視線を行ったり来たりさせる奴を、噴き出る『気』の波が襲った。

 

 ボクに張り付き動かなくなった眼に見える死と絶望の色は、ボクの顔が今どうなっているのかをはっきりと理解させた。

 

 この純血悪魔、ディオドラ・アスタロトは、もはやボクの眼に獲物としてしか映っていなかった。

 

「殺す気ならさ――」

 

 奴の何倍も残忍に、口角が持ち上がる。

 

「ボクに殺されても、仕方ないよね(・・・・・・)……?」

 

 失意から芽吹き、殺しの中に混じった欲望の衝動が、次の瞬間、背を向けた純血悪魔の肉に飛びついた。

 

 

 

 

 

 伺うような白音の視線に晒されながら、私は黙って串焼きの肉を噛んでいた。

 

 うんざりだ。料理は、城のパーティーで出されていたものを持ってこさせただけあっておいしいが、しかしチラチラ断片的な眼は嫌が応にも感覚に触る。仙術を教えていた時やらも似たような目に遭ってきたが、しかし今回のは少し熱の度合いが違う。物欲しげというか何というか、近づこうとしてくる白音のそれをずっと追い払い続けるのは気障りなことこの上なく、そんな状況故に、せっかくの携帯食料じゃない食事も台無しだった。

 

 噛み過ぎて味がなくなった肉の筋を飲み込んで、私は心の中でため息をついた。

 

 大体、ピトーはどうして私と白音を二人きりにしたのだろうか。

 

 行く気分も予定も義務もなかったはずのパーティー会場の近くまで半ば無理矢理連れてこられ、リアス・グレモリーに報酬の上乗せでもたかりに行くのかと思えば、呼んだのは料理だけを持ってきた白音一人。お金のにおいはなく、しかもそのまま何か話すわけでもなく、気付けば森に行ってしまった。ご丁寧にも私と白音の二人で待機するよう言い残し、おまけに『絶』で追えなくしてまで、だ。

 

 建前的にも現実的にも縛り付けられ、ならば今のこの二人きりの状況が、ピトーが望んで作り出したものであることは確実だ。

 だとすれば、やっぱり悪魔の気配が何だというのは建前。実際にここは、耳を澄ましても賑わいの音が聞こえないくらいには会場から離れている。悪魔の気配が気になるほどのものではない以上、ピトーの目的もまた別だ。

 

 ……たぶん、やっぱり私と白音の関係性のことなのだろう。

 

 言わば、これはテストなのだ。本当に白音への想いを消しきれているかと、自分を裏切ってはいないかと、ピトーはそれを試している。

 

 だが私には、つい最近訂正したはずのその疑心に文句を言う気も、資格もない。それだけのことを五年前にしてしまった。どうであれ見限り、裏切ってしまった事実は消せない。消したいとも思わない。

 

 だから示し続けることを求められているのなら、私はそうする。ピトーに捨てられずに済むなら何でも何度でも。そのための決意はとっくにできている。

 

 それに実際、私は白音にもう用がない。

 どちらにせよ、無視し続けるのみだった。視線だって払い除け続ける。そうすることで、きっと少しは、私がピトーと同じであると証明できるはずなのだ。

 

 考え、心持ちが若干軽くなった。これからもピトーと在れる安堵に緊張と困惑の糸が緩み、食べ終わった串を抛り捨てた。

 

 ちょうどその瞬間だった。

 

「―――」

 

 不意に聴覚に何かが届く。小さいがしかし、ずっと風の音くらいしか変化のなかった環境音故に、私は反射的に音の方向に振り向いた。

 

 城だ。今まさにパーティーの真っただ中であるはずのそこから、似合わない殺伐とした怒号の音。狭く留めていた仙術の感知範囲を広げてやれば、届く詳細に、途端に明白な異常を感じ取る。

 

「……木っ端悪魔がたくさんと……強い気配が……三つ増えてる……?」

 

 何かが、確かに起こっているようだった。そしてもう一つ、ピトーが消えた森の奥から近づいてくる、こちらははっきりとした顔見知りの気配。

 

「あ……あの……ウタさま、気配って……どうかされたんですか……?」

 

 そのどちらにも気付いていない白音には眼も耳もくれずに私は立ち上がり、その瞬間、木々の間から息せき切って飛び出してきたハンゾーを出迎えた。

 

「随分お疲れみたいね、ハンゾー。なんだってあんたがここにいるの?パーティーに興味でも湧いた?」

 

「は、ハンゾーさん?なんで……ッ!!そ、その怪我はどうしたんですか!?酷い……」

 

 遅れて駆け寄ってきた白音がハンゾーの腕を取り、拍子に力が抜けたのか、ハンゾーが地面に両手をついた。その腕にも身体にも脚にも、白音の言う通り無数の傷が刻まれている。どれもこれも、枝に引っ掛けたりしたものではないだろう。どちらかといえば、拷問でもされたような傷跡だった。

 

 ピトーがいるはずの方向から来たことも併せて、さすがの私でも察せられないはずはなかった。

 

「け、怪我は、後でいい……。無理して走って、ちょっと疲れただけだ。それより、ウタ。フェルが、悪魔に襲われてんだ!……いや、今はもう襲ってる(・・・・)かもしんねーけど……とにかく、行って止めてくれ……!」

 

「……え?あ、悪魔に、襲われてる……?」

 

 跪く格好になったハンゾーを見下ろす格好で、白音が呆然と呟いた。今まさに協定を結んでいるはずなのに、というその困惑は放っておいて、私は小首を傾げてみせた。

 

「んー?襲われたんだから、やり返したんでしょ?それをなんで『止めてくれ』なの?」

 

「冗談、言ってる場合じゃ、ねーって!相手さんが、なんか……『現魔王を排する』だのなんだの、物騒なこと言ってたんだよ!どー考えても、オレたち、少なくともフェル一人で処理できるような、そんな小さい問題じゃないだろ!?」

 

「あら、そう?はぐれ悪魔狩りと同じようなものじゃない。人を襲うわるーい悪魔を殺すんだから。どちらにせよ、フェルを襲った奴を助ける気は無いわよ?私には」

 

「ま、待ってください!『排する』って、どういうことですか!?ハンゾーさん、ハンゾーさんとフェルさまに、いったい何があったんですか!?」

 

 またしても当惑して動揺を露にする白音。その勢いに流れて寄った顔は、さすがにハンゾーも捌ききれず、私との間で板挟みになる。

 

 彼は呼吸のために口を半開きにしながら私と白音とを交互に見やり、しかめっ面で頭を掻いた。

 

「あー……つまり、最初はオレが掴まったんだよ。なんかの、リアスさんがやってくれたっていう手続きの関係かと思って、言われるがまま。したら……魔法陣っていうのか?捕まっちまって連れ出されて、まあ、色々やられたわけだ。んで突然現れたフェルが、攻撃してきた悪魔の何人かを……殺しちまって……そう、そうだ、あの野郎、『アーシアちゃんを迎えに行く』だとか、『リアス共々消される』だとか……それに、ウタ!お前も殺す気だったぞ!」

 

「へえ、もっと生かす理由がなくなっちゃった」

 

「しまった逆効果だったァ!」

 

 こんな時でも大仰に頭を抱えるハンゾーに閉口する白音を横目に、私は安堵でケラケラ笑う。どうやらやっぱり、私が出向く必要はないらしい。聞く限り、敵はピトーにとって、ハンゾーを救出しながら殺せる程度の強さでしかないからだ。ハンゾーを、囮にするではなく逃がして私の下に向かわせたことも鑑みて、手助けする必要も、もちろん止める必要もないだろう。

 

 私たちは、ことを済ませたピトーが帰ってくるのを待つだけでいい。今冥界で何が起こっているのかも、その頃には明らかになっているはずだ。

 

 なにせ『たくさんの木っ端悪魔』のその一部は、私たちの方へも向かってきている。

 

「けど……もういっそそれでいいからよ、ウタ、フェルんとこに向かえ!助けはいらんって言ってたが、殺しちまったせいでまた別のトラブルに巻き込まれるかも――ッ!!」

 

 どうしてもフェルと、悪魔殺しが正当防衛になるかが不安であるらしいハンゾーも、それに気が付いた。たぶん白音も、ハンゾーの説明に混乱を増幅させられながらも察知したはずだ。

 

 そろって緊張で身を固める二人を背に、私もそっちに眼をやった。

 

「残念、こっちもトラブってて、やっぱり行けそうにないわね」

 

 上空だ。そろいの戦闘服の兵士然とした悪魔が十人ほど空を飛び、私たちを囲って見下ろしている。その眼はどれも傲慢で、家畜でも見るような眼差しだった。

 

 つまり典型的な悪魔至上主義者たち。元バカマスターを思い出す、私が最も嫌いなタイプ。

 その一団のリーダーらしき槍持ちの悪魔へ、私はわざとらしく腕を広げ、やれやれと首を振ってみせた。

 

「それで?あんたたちはどこのどちら様?用事があるなら手短にお願いしたいんだけど」

 

「黙れ人間。貴様のような下等な存在に、言うべきことは何もない」

 

 取り付く島もない傲岸不遜な物言いが返ってくる。が、別に気にはならなかった。口の端をニヤリと持ち上げる私に、リーダー悪魔は同じく口角を上げて続けた。

 

「だがしかし、だ。まだあのお坊ちゃまはいらしていないらしいからな、冥途の土産というやつだ、教えてやろう」

 

 周囲でニヤニヤ下品に笑う悪魔たちを見回して、リーダー悪魔は権威に酔ったような顔をする。

 

「我々は、『禍の団(カオス・ブリゲード)』、その最大派閥である『旧魔王派』!この冥界の、正当なる支配者だ!」

 

「……カオス……なにその、曹操ばりの中二病が効いた名前」

 

 全く聞き覚えのない名前に、ついそのままの感想が口から出た。

 

 これに関しては別に煽ったつもりではなかったのだが、しかし奴らにはそう取られたようで、全員のニヤニヤが一転して害意に塗れる。

 

 だがそのために白音の危機感と認識能力が戻ったらしく、カオスなんたらの下に不穏を見つけた彼女は私の前に飛び出し、なんと庇うように両手を広げてリーダー悪魔を睨みつけた。

 

「か、『禍の団(カオス・ブリゲード)』も『旧魔王派』も、わからないですけど……けど、とにかく何かの間違いです!ウタさまもフェルさまも、何も悪いことはしていません!敵じゃないんだから、襲う理由なんてないはずです!!」

 

「……いいや、敵だ。人間など、我らの世界をその薄汚い魂で汚す、穢れそのものだ。転生悪魔として我らのためにただ尽くすだけならまだしも、奴らは金や権力まで攫っていく。かと思えば……今度は、転生すらしない連中にまで、媚びへつらわなければならないだと……!?ふざけるな!!我らは決してそれを認めない!!」

 

 何やら知ったことじゃない怒りまで合わせて爆発し、憎悪で城を睨みつける。すぐに私に視線を戻すと、リーダー悪魔はまた吠えた。

 

「人間、貴様は我らの目的を訊いたな?それがまさしく、あれだ!!あの城に汚らしい人間を呼び込んだことが、我らの怒りに火をつけたのだ!!偽りの魔王、サーゼクスめ……!奴はもうすでに、悪魔の駒(イーヴィル・ピース)に対する制限を受け入れてしまった!外の穢れた血が入ってこなくなるのは歓迎だが、しかしそれは、悪魔が人間に屈したという事実に他ならない!下等種族たる人間に唯々諾々と従うだけの魔王など……悪魔の誇りすらなくしたあの男に、魔王の資格などあるものかッ!!」

 

 そこで一つ吐き出しきった息を吸い、眼だけに熱を残して、とうとう言った。

 

「故に、我ら『旧魔法派』が正す。冥界に蔓延る人間を根絶やしに殺し尽くし、現魔王を排することで正しき血統に戻すのだ!!」

 

「ふーん、そう。つまりクーデターってわけ。気に入らないからひっくり返す、悪魔のお家芸。……つまりあんたたち、私とハンゾーを殺すつもりってことでいいのよね?」

 

「そうだッ!!貴様らも、それに、人間の血を引くゴミどもは一人残らず、俺がこの手で串刺しにしてやる……ッ!!」

 

 殺意に白音が息を呑み、たじろぐ。今にも飛び掛からんと張り詰めるその気迫にハンゾーも顔をしかめるが、しかし構えた槍が始動する前に、強張る肩を傍にいた別の兵隊悪魔が引いて咎めた。

 

「隊長、あなたの気持ちはともかく、わかっているとは思いますが……今回指示が出ているのは人間の掃除だけで、元人間の転生悪魔は捕らえるだけの予定ですからね?」

 

 ぐぐっと、リーダー悪魔の顎の筋が盛り上がった。

 

「……ッ!わかっている!皆まで言うな!」

 

「まあそこの転生悪魔は妖怪ですしグレモリー家の所属ですし、消しても問題ないでしょうけど。しかし指示で言うなら、こいつらハンターを掃除する場合、奴らは悪魔と戦う備えとして光の剣等の聖別されたアイテムを所持している可能性があるので魔力で遠距離から焼却せよ、という条項がありますが」

 

「わかっていると言っているだろう!!女のほうの人間が、あのコカビエルを打倒した一人だという話も承知している!!指示を無視するつもりはない……!少し、手に力が入ってしまっただけだ……!」

 

「それに加え、攻撃はアスタロト様の到着を待ってからと――」

 

「これ以上ごたごたと抜かすようなら、貴様をここで殉職扱いにしてやるからな……!!」

 

 それでようやく、兵士悪魔の小言は終わった。

 

(なんだ、自分で話を引き延ばす必要はなかったわね)

 

 悪魔も堕天使も、人間を見下す輩は油断してばっかりだ。内心で嗤う私を憤怒のまま見下ろして、リーダー悪魔は片手を突き出し魔法陣を展開した。それを合図に周囲の悪魔の全員が同じように魔力を滾らせ、私たちを射線に捉える。

 

「う、ウタさま、ハンゾーさん……逃げて、くださ――っ!?」

 

 怯えと妙な決意でファイティングポーズを取る邪魔な白音を自分の背後に引き戻し、私は、見上げるばかりでずり下がる眼鏡を元に戻しながら、堪えきれない嗤いの一部を漏らして言った。

 

「正直、クーデターに関してはむしろ応援しちゃいたいところなんだけどね。私たちも大手を振って殺しに行けるから。……でも、まあ結末はお察しよね」

 

「……遺言はそれでいいか、人間。ならばもう、さっさと死――」

 

 唸りの混じったその台詞の合間、私が、使った能力、【黒肢猫玉(リバースベクター)】を発動させたその瞬間。

 

 宙で煌めく魔法陣のすべてが、一度に爆発を起こした。

 

 轟音と共に、悪魔たちを呑み込む爆炎が頭上で円を描く命の輝きに変わる。字の通り突発的な事態に目を剥いているであろうハンゾーと、それに白音には変わらず背を向けたまま、私は狙い通りが過ぎるその光景に鼻を鳴らした。

 

「私がコカビエルを殺ったってことは知ってるのに、能力は知らなかったわけ?私に差し向ける刺客がこの程度。侮りまくって戦力分析もまともにできてないような連中じゃあ、革命なんて夢のまた夢だわ」

 

 ピトーの下に現れた悪魔たちも、きっとこれらと同じレベルなのだろう。たぶん、城で同じようなことを言っているであろう三つの強い気配たちと数多の雑魚悪魔が主力のすべて。そろい踏みしているはずの四人の魔王たちと、もしかしたらネテロも警戒して戦力を固めたのだろうが、それにしたって雑魚十数人だけで私を殺せると思われているのは、心外を通り越して呆れるばかりだ。だから嘲笑ってやった通り、そんな連中に現魔王を排することができるはずもない。

 

 そしてその確信を後押しするように、爆発で吹き飛んだあれやこれやが降ってきた。指やら手やらのパーツがばらばらと、血の雨と混ざって地面に放射状に叩きつけられる。遅れて本体のほうも落ちてきたが、驚いたことに命ごと吹き飛んでいる奴も少なくなかった。

 

 予想以上に脆かった連中が、凡そ半分ほどか。それでもやかましい絶叫が、さっきまでの嘲笑とは桁外れの大音量で鳴り響く中、絶句の白音が唖然の呟きを漏らした。

 

「魔法陣の、暴発……」

 

 パニックに陥りかけてバラバラ死体を認識から外しつつ、それでもちゃんと見ていたらしい。しかし直前に私を庇おうとしたことからして、戦闘スイッチが入っていないその時に、私の『隠』は見破れなかったようだ。

 

 差し引きゼロ点をつけてやると、それ以前に魔法陣の知識がないハンゾーが、久方ぶりに聞いた本心からの動揺の声色で白音の呟きに反応した。

 

「ぼ、暴発!?それって……自爆したってことか?全員一斉に、その魔法陣ってやつの扱いをとちって?」

 

「はい、たぶん。……けど、子供でもないのに、普通、そんなことは……」

 

 起こらない。訓練された兵士らしい奴らが、よりにもよって自爆なんて危険極まる間違いを揃って犯す、などという偶然があるはずがない。という続きの言葉のその『偶然』を、たぶん白音は私に見つけ、考え込んで内心に呑み込んだのだろう。私の背に刺さる視線をハンゾーも見つけ、興奮気味に訊いてきた。

 

「まさかウタの……『発』ってやつか?……マジか、『念』ってこんなことまでできるのかよ……それか、仙術とかか?」

 

「たぶん……けど、わかりません。ウタさまの能力、あの黒い玉も、『隠』のレベルで見えないだけかもしれませんし……」

 

「黒い……?ああ、そうか、話してくれたことあったな、コカビエルってやつの戦いのときの黒い玉……けどあれは、光の力とかいうもんを消してたんだろ?それでしかも魔法陣を、消すんじゃなく暴発させるってのは、できるもんなのか?」

 

「……できるもんよ、残念ながら」

 

 出て来る話題に、思わず私は答えてしまった。コカビエルのあの時は、万が一に備えて出し惜しみしていただけなのだ。決して、コカビエルの激しい動きにくっつけていた能力の操作に手間取って余裕がなかったとか、そういうわけではない。

 

 そのことを理解させてやるべく、私は能力を、散った悪魔たちそれぞれから呼び戻し、『隠』を解いた。十数個の黒い玉を周囲に漂わせながら振り返って、その一つを突いて二人の目の前に送って見せる。

 

「私のこれ、【黒肢猫玉(リバースベクター)】はね、要は『念弾(・・)を介して仙術を行使する(・・・・・・・・・・・)っていう能力なの。だから光力も魔力も魔法陣も関係ない。仙術で操る『気』はそのすべての根幹たる生命エネルギーなわけだから、操っちゃえば弱化も暴走も思いのままってわけよ。……まあ規格が違う分、完全にどうにかするにはちょっと時間がいるけどね」

 

「お、おう……よくわからんが、とにかくすげーな……。しかし、良かったのか?能力はみだりに教えるもんじゃねーんだろ……?」

 

「……別に、いいわよ。あんたたちに知られたところで」

 

 一瞬で口が滑ったと後悔し始めたが、まあ実際、シンプルな分知られてもさして問題はない。だからよしと決めつけて、けれど少々いたたまれない私は興味津々の白音とハンゾーから身体を戻した。

 

 そして眼が合うのは、生き残っていたリーダー悪魔。片腕が吹き飛ばされ、丸ごと焼け焦げた半身を襲っているであろう激烈な痛みを、滝のような脂汗を流しながら耐えている。

 食いしばった歯の隙間から泡を吹き、私に鬼の如き憤怒の形相を向けてくるそいつと、暴発から生き残ってしまったために苦しんでいる他の兵士悪魔たちも見やって、私は一つ息を吐いた。

 

「さてと、よ」

 

 口角が上がるのを自覚した。その途端、私に集められた奴らの視線、その眼の色が一変する。

 

 憤怒が、百八十度恐怖に転落した。まさに絶望のそれ。五年前、ピトーが動けない私に代わって悪魔の一団を殲滅した時の、斬り飛ばされたリーダーの首によく似た表情だった。

 

 周囲も同様、すっかり絶望に絡め取られ、それらを引き付けたまま、私はなおも騒がしい城のほうへと顔をやった。

 

「フェルの方は言うまでもないけど、あっちもまあ、そうかからずに鎮圧されるでしょうね。クーデターは失敗して、晴れてあんたたちは賊軍決定。ならこのまま生かしておいて、後で突き出してやるっていうのがベターなわけだけど……」

 

 迷うみたいに大仰に首を傾げ、それからリーダー悪魔に戻す。

 

「その時までただ待つっていうのも、ちょっと暇よねぇ」

 

 また一段、悪魔たちの恐怖の度合いが上がる。血走り、見開かれた瞳孔に、私の顔が反射した。

 背後に白音の怯えを感じていたが、しかし私は直視し続ける。

 

「だからそれまで、ねえ、ちょっと遊んでもいいわよね……?」

 

 我ながらよく似た残忍の表情で、私は言っていた。吹いた風に運ばれる血の臭いを手で払って、私はゆっくり、能力を引き連れ奴の下に向かった。




このタイミングで黒歌の念能力解説をするつもりでしたが、めんどくさいし需要もないだろうと思ったので止めます。感想ください。

需要あったみたいなので念能力解説します。

オリジナル念能力

黒肢猫玉(リバースベクター)】 使用者;黒歌
・放出系能力と操作系能力に仙術を融合させた【結】(『結』に関しては三部十一話を参照)
・念弾を介して仙術を行使する能力。
手で直接触れるよりは精度は落ちるが、代わりに【隠】を併用して念弾を不可視化したり、念弾の【気】を操作し囮としたりといった使い方が可能。念弾は大きさも形も変幻自在だが、弾速はあまりない。
・能力名は黒死病の当て字。ベクター『Vector』は媒介者の意であり、致死の仙術に気付かぬうちに侵されて…という感じでうまく名前に落とし込めたのでお気に入り。そしてリバースは『Reverse』ではなく『Rebirth』のほう。転生などの意味で、つまるところ六道輪廻。色が黒いとこも含めて某N〇RUTOの鬼つよ術がモチーフ。
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