主なきノラネコたちの家   作:もちごめさん

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十六話

 パリストンの能力である名刺、【ありきたりな微笑(ビジネスライク)】が燃え尽きると同時に、私は己の『気』を人間に見せていた仙術の封印をも解き放った。眼鏡も投げ捨て、耳と尻尾の変化も解除する。『ウタ』であるための縛りのすべてを解き放った私は、五年ぶりに完全な『黒歌』を取り戻した。

 

 身体に満ちる十全の感覚。解放感に身を震わせる私をほっとしたような表情で見るピトーは、きっとその内心、喜んでくれていることだろう。戦力的にもそうだが、それ以上に、見て見ぬふりをして裏切らなかったことに。

 

 大体、ピトーを捨ててまで人間のままでいたいなんて、そんなこと思うはずがないのだ。安寧や平穏だって、そもそもピトーのために求めたもの。そこに彼女がいないなら何の意味もない。

 

 何よりもまず認められ、見捨てられないため。だから私は力を取り戻すや否や、彼女と戦うべくその下に駆け寄ろうとした。

 

 その足が、小さな呆然の呟きで縫い留められた。

 

「――黒歌、姉さま……?」

 

 心臓を内側から叩き壊されるような衝撃が、私の全身を襲った。

 

 懐かしき、(黒歌)を呼ぶ白音の声。過去の記憶が走馬灯のように蘇り、たちまち頭の中が真っ白になる。幸せそうなあの子の笑顔が私の幸せであった、遠いあの頃の光景が、私に何かを訴えかけてくる。

 

 けれど私は、辛うじてそれから目を逸らすことに成功した。

 

 肺の中の息を吐き出す勢いで動揺を胸の内にしまい込み、怯んだ足をどうにか地面から引きはがす。全集中を以てして逃れ、動かし、なんとか一歩を踏み出した。

 だが使い果たされた集中力は、二歩目の前にハンゾーのひたすらな困惑へ引っ張られ、ピトーに固定させていた視線を簡単に明け渡した。頭に浮かんだ通りの表情をする白音を通り越し、あんぐりと口を開けたままのハンゾーに向ける。

 

「く、ろか……?え?だって、今さっきまで、ウタで……な、何が、どうなって……耳に、尻尾に……」

 

 要領も何もあったものではない単語の羅列。だが、それほどの混乱も仕方のないことだ。私とピトーだって初めて体験した時は盛大に混乱したし、しかも今回はパリストンの能力だけでなく私の仙術まで同時に解除されたのだ。あまりにも大きすぎる差異故に、理解が追い付かなくてもおかしくはない。

 さらに言えば、今まで関わってきた『ウタ』が変装の姿であったこと自体がそもそも思いもよらないことであるはずで、とどめに明らかに人間ではない姿形まで眼にしてしまえば、それであっさり現状を処理して理解できるはずがないだろう。ハンゾーからすれば、ふと気付けば一瞬前まで人間の『ウタ』が居たはずの場所に似ても似つかない猫又美女が立っているという、全く予想外の、意識もしていなかった領域からの不意打ちを食らったも同然なのだ。

 

 とはいえ滑稽なものは滑稽だ。目を逸らす私はそれに便乗して忘れ去り、周囲で燃え盛る炎に照らされたハンゾーの間抜け面に、いつも通り揶揄いの笑みを向けてやった。

 

「ふふ……さあ、何がどうなったのかしらね。けど一応言っておくなら、耳も尻尾も本物よ。かわいいでしょ」

 

「ほん……まさか、お前ウタなのか……?それにあの猫魔人がフェルって……でもってウタが黒歌で……待て、白音ちゃん、『姉さま』だって?」

 

 視界の端の白音は尋ねられても呆然のまま、眼だけを私にぴったりくっつけ、それ以外の意識をどこかにやってしまっている。こっちもこっちで処理が追い付いていないようだ。

 

 過去に捨てた姉だとしても、死んだはずなのに生きていたという衝撃は、ハンゾーのそれよりもずっと大きいのだろう。完全にフリーズしてしまった様子ではしばらく帰らないだろうと鼻で笑い、代わりにハンゾーにそのフリーズの理由でも教えてやろうかと口を開けた。

 

 だが言葉が出る前に正面からの突風に押し流され、気配に気付くと同時に危機のことを思い出す。正常に戻った思考が警戒心を取り戻し、反射的に気配の方向を見上げた。

 

「……嘘でしょ、よりによって……あれ、タンニーン?」

 

 焼かれて開けた森の奥から、滑るように翼の生えた巨体が飛んでくる。それは見間違いでなければ、つい昨日に出会ったばかりのドラゴン、タンニーンだった。

 

 つまり、こいつがハンゾーの言っていたピトーの敵。いや、さすがにハンゾーが見た悪魔は別物だろうが、とにかく奴は私の近くで黒焦げになったり灰になったりした悪魔たちや城を襲っているという連中と同じ、『旧魔王派』なるテロリストの一員ということになる。

 

 その登場に対する驚愕の、およそ半分を占めたのがこの思いだった。『まさかこいつがテロリスト!?』という。

 

 まだ元バカマスターの下にいた頃に聞いた話だが、奴は下種や馬鹿や屑が山ほどの冥界で数少ない常識人と言われるような、比較的まともな人格を持っていたはずだ。実際そう見えたし、『旧魔王派』の主張に賛同するとも思えない。サイラオーグ共々、珍しいことに人間への侮蔑の類を吐くことはなかったし、二人ともいわば『現魔王派』であると思っていたのだが、果たしてどういうことなのだろう。

 

 昨日までの態度が全部演技で、裏側に黒いものを隠してたということか。我ながら驚くほど納得がいかないが、しかしそれ以上出ないのなら、深く考えるのは後回しにすべきだった。どちらにせよピトーを襲うタンニーンは私の敵であり、倒さなければどうにもならない。仮に何かの間違いだったとしても、そもそも『ピトー』と『黒歌』は悪魔の敵だ。

 

 だからとにかく、まずは目の前の敵を倒すのみ。

 

 元龍王で魔王レベルのタンニーンは、確かに楽には勝てないほどの強者だろう。その強さはピトーが己の正体を露にしていることからも簡単にわかるし、見渡す限りの森を焼き尽くしたブレスも、隕石の衝突に匹敵する、という評価に違いはないようだ。負けないにしても、勝つために相応の時間を必要としてしまうことは間違いない。

 

 だが城の情勢と私たちの立場を考えれば、『時間が掛かる』というのがまずよろしくない。戦っている間にクーデターを片付けた城の連中が来てしまえば、事態はさらに混沌と化す。下手をすればタンニーン共々討伐されかねないのだ。

 だからピトーもタンニーンを私の下まで連れてきたのだろう。過保護気味な彼女がそれを良しとしたのも、私の十全に見せた安堵の半分弱も、二人で協力して素早くタンニーンを倒し、逃げるため。一人では危ういが、二人なら打倒も随分やりやすいはずだだ。

 

 意思が一つなら、言わずとも心は伝わる。受けたダメージの前では緊張するのか表情が固いピトーに、私は合図の視線をやった。返答を見届ける間もなく、迫りくるタンニーンに照準を絞って『力』を使った。

 

 『気』ではなく妖力を両手に集め、濃密なその奔流を頭上に構える。発現したのは車輪の形をした特大の黒い炎、火車。猫又の十八番であるそれを使ったのは随分と久しぶりだが、錆びついていても破壊力、つまり派手さで言えば『念』や仙術以上だ。

 

(まずはとにかく一発かまして注意を引きつける……!二人の攻撃で撹乱して、隙を作ってとどめよ……ッ!)

 

 大技故の負担に歯を噛みしめながら、私は全力全開のそれを放った。

 

 そして次の瞬間、轟音と風圧。特大火車はピトーに向いたタンニーンの横っ面に狙い違わず命中し、奴のブレスにも劣らないほどの爆発を引き起こした。目論見通り派手な爆炎に奴の巨体が跳ね返され、バランスを崩して墜落する。燃える木々を押し潰し、質量が地面までもを揺らした。

 

「す……すげぇ……」

 

 ハンゾーの驚嘆。それがタンニーンの巨体が倒れるさまではなく私の火車に対してのものであれば、自分で言うのもなんだが同感だ。

 

 思っていたよりも威力が出た。というか、思いがけずクリーンヒットしてしまった。

 

 てっきり寸前で気付かれて防御なり回避なりをされるものと思っていたが、反してもろに入った。大技に無防備な隙を晒し、しかもそのまま撃墜されるというのは、奴の名声に対して奇妙。不穏ですらあるが、ともあれ与えた痛烈な一撃は奴としても無視できないほどのダメージだろう。

 

 ならば隙を作り出すまでもなく、このまま力で押し潰すべき。そう考えた直後だった。

 

「グ――オォォォ……ッ!!」

 

 地の底から絞り出したような呻き声と共に、倒れ伏したタンニーンの身体が持ち上がった。そして開かれた牙剥き出しの口の奥に、ほとんど白色に近い、閃光のような火炎が生じる。

 

 四つん這いのまま、照らされ見えたその眼は、恐怖と、それを上回る決意にのみ輝いていた。

 

「貴様のような邪悪な存在に――これ以上、殺させはせんッッッ!!!」

 

 私には眼もくれず、ひたすら、ピトーに向けて。

 

 極大の灼熱が、再び放たれた。

 

 森も大地も消し飛ばし、真芯でピトーを襲ったそれをどうにかするような間も方法もなく、噴き出る冷や汗を瞬時に蒸発させるほどの余波を放つ熱線は、やはりピトーを呑み込んだ。

 

 それを彼女は咄嗟の『堅』で防御する。おかげであまりダメージは入っていないようだが、勢いの方は防げず、吹き飛ばされていく彼女。閃光の中に消えたその姿を気配で感じつつ襲い来る熱風の圧力に耐えながら、私は再び強調されたその『奇妙』に、ピトーが攻撃されている最中ではあるが勝機を見た。

 

 目の前の敵以外に欠片も向かない警戒心と、その眼。似たものを、少し前に見ている。

 コカビエルだ。つまり今のタンニーンはあいつと同じような状態なのかもしれない。ピトーの『気』に引き出された恐怖で、周りが見えていないのだ。

 

 邪悪だなんだと叫んでいることを鑑みて、たぶんそうだろう。そうでなかったとしても錯乱状態にあることは明白だった。それなりの痛手となったはずの火車を放った私すら完全に意識の外に置いているのだから、当然そう。

 

 作るまでもなく隙を晒してくれているのなら、奴を殺すことはあまりにも簡単だ。こそこそと【黒肢猫玉(リバースベクター)】を使うまでもない。

 

(近づいて直接触れちゃえば、一分もかからない……!)

 

 ただし、防げているとはいえそれまでピトーに耐え続けてもらうことになる故に、ゆっくりはしていられない。気だって進まないに決まっている類の囮作戦だし、せめてできる限り早くやろうと、私は不満を呑み込み悪魔の羽を広げ、『絶』を使った。

 

 魔力の気配は僅かに漏れるが、気配さえ絶てば今のタンニーンには十分だ。そう考え、妖力以上に久しぶりに使う羽で浮き上がる。感覚に慣らし、そして飛び立とうとした。

 

 その腕が、ぐいっと引かれた。

 

 思いがけない重量で浮力が潰れ、躓きそうになりながら地面に引きずり下ろされる。

 

 靴底に感じた焼け土の感触。急がなければという時のその所業に、だが私は、ピトーが受ける責め苦への焦燥も、憤りも、その一瞬にだけは感じることがなかった。触れた手のひらの感覚が、それらの想いを一時遠くへ運んでしまっていた。

 

 その正体は、振り返って見るまでもなかった。

 

 手のひらに飛びついて引っ張ったのは、白音だった。

 

「――ッ!!ちょっと、白音ッ!!」

 

 感触が全身を駆け巡ってごちゃついた思考のすべてを妨げた後、我に返った私は反射的にその手を振りほどこうした。

 

 しかし実力行使に出る前に手が止まり、奥歯を噛む。合ってしまった白音の眼は、まっすぐに私を見つめて静止していた。唖然と、信じられないものを見る眼。そこで止まっている。

 

 我慢ならず顔ごと背け、私は無理矢理腕を振った。呆然自失から立ち直ったわけでもなく、どうやら反射的に出たらしい手はすぐに外れるかと思ったが、しかしなかなか外れない。怨みの中、報いを受けさせるまで逃さない、という深層心理でも働いているのだろうか。

 

 ――だとしてもだ。

 

 そんなものに付き合う義理はない。

 

「もう、いい加減――」

 

 腕を思い切り引き、いよいよ本気で振りほどこうとした。だがしかし思わぬ事態はなお続き、気配に気付いて言葉を呑んだ、その隙間。

 

「見つけた……ッ!?てめえ!!白音ちゃんに何してやがんだ!!その手を離しやがれッ!!」

 

 城で騒動に巻き込まれているはずの赤龍帝が、白音を発見し、怒声を響かせた。

 

 少し前の私の揶揄いが的中してしまったらしい。白音がいないことに気付いて探しに来た彼らが、つい今しがたまで大火力の攻撃が連発していたこの場所にたどり着くことはおかしくない。

 だからいずれ誰かが騒ぎに釣られてやって来るだろうことはわかっていたが、とはいえこのタイミングで、しかもそれが赤龍帝たちであったことは忌々しい限りだ。ピトーに辱めを与えようと企んだ奴の顔など見たくもなかったが、『その手を離せ』なんて見当外れなことを好き勝手言われるのはもっと腹立たしく、私は、燃え盛る森の跡と逆方向、ブレスの被害を免れた茂みから顔を出した奴に視線を移す。

 

 白音を誘拐せんとしている見覚えのない女悪魔に向ける、憎々しげが混じった憤怒。炎の照明を真正面に受けるそんな形相は私に向けられ、赤龍帝は害意がありありと浮かんだ眼のまま、左手に左手に【赤龍帝の小手(ブーステッド・ギア)】を発動させた。しかし威勢のいい啖呵を切る前に、どんどん連続するために定まらない困惑を叫ぶハンゾーに気付き、一瞬だけ目を剥いた。

 

「い、一誠!?お前、どうして……いや、なんでここにいるんだ!?」

 

「ッ!!ハンゾーまで……くそッ!!……おいそこの女悪魔!お前も『禍の団(カオス・ブリゲード)』とかいう奴らの仲間なんだろ!?もしハンゾーと白音ちゃんに傷の一つでも負わせてみろ!!絶対にぶっ飛ばしてやるからな!!」

 

 目を瞬かせて叫ぶハンゾーに、赤龍帝は憎悪の増した声色で私を威嚇する。というか、何やらひどい勘違いまで抱えているようだった。

 

 もはや確信に近い領域で、奴は私をあの中二病集団の一員だと思い込んでいるらしい。まあ確かに、クーデターが起こっている最中に誘拐みたいな状況に出会ってしまえば、そう思考が結びつくのも自然なことだろう。思い込みの方は、たぶんすぐそばに転がっているリーダー悪魔の焼死体。城のほうは大分盛り上がっていた様子であるし、そこで見ただろう『禍の団(カオス・ブリゲード)』の悪魔と重なって見えるのかもしれない。

 

 赤龍帝には、私はとんでもないクズ悪魔に見えていることだろう。許すまいと拳を握り締め、絞り出すように絞り出した。

 

「待ってろハンゾー、白音ちゃん。絶対に助け出してやる。……絶対に、もうこれ以上、お前たちテロリストの好きにはさせねえッ!!」

 

 厳めしい言葉だったが、ハンゾーの混乱は勇気ではなく、ひたすらに困惑を口にする。

 

「『助け』……いや待て、そうじゃなく――」

 

「イッセーの言う通りよ!」

 

 だが一文字ずつ探しながらの手探りは、最後まで続かない。

 

 こっちも来ていたリアス・グレモリーの昂然とした声色が、茂みの奥から遮り言った。

 

「冥界のみならず、人間界までもを混乱に陥れるだなんて、そんなことは絶対にさせないし、できないわ!今なら最低限、命の保証はしてあげる。おとなしく二人を解放して投降なさい!」

 

 木の陰からゆっくり歩み出て、そのドレス姿が炎に照らされる。

 

「貴女たちの幹部の一人、クルゼレイ・アスモデウスは既に倒されたわ!他の二人、カテレア・レヴィアタンも、シャルバ・ベルゼブブも、じきに魔王様やハンターたちが倒すでしょう。……人間たちには多少の死傷者が出たけれど、けどそれまでよ!貴女たちの反乱は潰えたの!だから、それでもまだ抵抗するというのなら……もう容赦はしないわ。その子は私の大切な眷属なの。テロリストなんかには、ぜった、い……」

 

 灯りの下に出て、そしてリアス・グレモリーは、逆光の中の私にとうとう気が付いたようだった。

 

 溶けるように消えていった言葉から、昂然がありえないものを見る眼に変わり、怯えるように揺れた。

 

「う、そ……まさかあなた、黒歌……?」

 

「……へ?黒歌?……って、どっかで聞いたような……」

 

 主の様子に怪訝を浮かべ、首を傾げた赤龍帝も続けて気付く。寄せた眉がパッと開き、私を指さして叫んだ。

 

「思い出した!!黒歌っつったら、白音ちゃんのお姉さんじゃんか!!けど……あれ?死んだんじゃなかったんすか!?」

 

「死んだ、はずよ。そのはず、なのに……生きていたの……?しかも、『禍の団(カオス・ブリゲード)』の一員だなんて……」

 

 やっぱり一様に困惑し、しかも赤龍帝と同じ勘違いを呟くリアス・グレモリー。訂正してくれないかとハンゾーと、そして嫌々ながら白音にも眼をやったが、二人とも同じく困惑の只中なのか、一言もしゃべらない。特に白音に関しては私の手を捉えた時のまま、時間でも止まってしまったかのように不動だ。

 

 半開きの口を見つめるのをやめ、私はため息を吐きつつ答えてやった。

 

「……想像はご自由に」

 

 発した声に、場で困惑する白音以外の全員が反応し、眼に我を取り戻した。それで私という存在に実感でも湧いたのか、身を固くした悪魔二人に呆れの眼差しを向ける。

 

「どうせ後でわかるわ。……生き残りのからくり以外はね」

 

「か、からくり……?」

 

 ハンター協会ぐるみのあの隠蔽工作は、まあ別に教える必要はないだろう。彼らから恨まれるのはごめんだし、思惑の出所からして、下手をすればその怨みは人類全体に広がりかねない。

 

 教えなくてもショックから回復した後の白音からバレそうな気もするが、それは小娘一人の証言で露呈するような脆い地盤が悪いのだからと開き直ってやることにする。だから心置きなく、それ以外は好きにしてやろうと、私は白音に掴まれた方と逆の手を二人の前に突き出した。

 

 そして展開するのは妖術の陣。言葉ではなく暴力が返ってくる事態に、二人の緊張が一気に跳ね上がった。

 

 しかし警戒心があろうがなかろうが、無意味だ。

 

「今は、あんたたちに構ってる暇ないのよ」

 

 陣の妖力と仙術とのミックスで、発動したのは毒の霧。瞬く間に周囲一帯を薄い紫に包んだそれは、悪魔や妖怪なんかの魔の者に強烈に働き、麻痺(・・)させる。

 回避する方法は二つ、私のように相応の仙術の技量を持つか、でなければ引いて毒霧自体から逃げるしかない。が、害される直前の白音とハンゾーを助けるという、バカバカしい使命を背負う二人はやはりそうせず、漂う紫煙になすすべなく呑み込まれた。

 

 私の手に引っ付く白音にも当然効果を及ぼし、なかなか外れなかったその拘束がようやく解ける。崩れ落ちるように倒れ込んだ彼女に声を上げかけたリアス・グレモリーも、その悲鳴の前に麻痺が回って倒れた。

 

 だが赤龍帝は、主と仲間をやられた怒りにわめきながら、しかし麻痺に侵されることはなかった。

 

「て、てめえ!!部長と白音ちゃんに何しやがった!!」

 

「……あれ?これドラゴンには効かないのかしら。それとも魔力がへぼすぎて『魔の者』にカウントされなかったとか?だとしたら、面白いわね、それ」

 

 表面上は笑いながら、内側では舌打ちする。リアス・グレモリーも赤龍帝も、弱いがしかし『力』と青臭い使命感だけは強いのだ。放置すればタンニーンとの戦いの邪魔になることは間違いがなく、だからさっさと無力化しておこうと使った毒霧だったというのにこの結果。二度手間になるくらいなら無力化なんて言わずに倒してしまえばよかったと、ため息が湧き出てくる。

 

 ……まあ、赤龍帝は個人的に殺してやりたいと思っていたところであるし、機会だと思えば悪くはないだろう。そう考えることにして、私は向けた手のひらをそのまま、続けてため息を呑み込みながら念弾を見舞った。

 

「ッ!!――ガハッ……!!」

 

 狙った赤龍帝に、当然の如く命中。後ろで倒れるリアス・グレモリーのために避けれたとしても避けなかっただろうが、とにかく直撃した攻撃は服を貫き肉にまで食い込み、口から血を吐かせた。

 

 が、そこまで。どうやら私が思っていた以上にタフだったらしく、折れかけた脚は膝が地に着く前に止まり、当たったお腹を押さえて持ち上げられた顔は、痛みに耐えながらも戦意を消していなかった。

 

「……ふーん、これで倒れないの。加減間違えちゃったかしら」

 

「ッぐ……どうせ今の、念弾てやつだろ?仙術使いならみんな『念』が使えるって、ほんとだったんだな……。生憎、ちょっとばっかし慣れてんだよ、そういうのにはな……!!」

 

 というよりは、純粋に肉体の耐久力が上がっているのだろう。私の殺意の原因であるあの騒動、奴を調子付かせる原因となったピトーのゲームの賜物か。

 思えば私が与えた顔面への一発も、きれいさっぱり完治して痕も残っていない。悪魔の医療技術が優秀とはいえ、私の本気が一日でなかったことになることなどそうありえないはずだ。だからつまり、奴はダメージの逃がし方が上手くなってしまったのだろう。

 

 今の念弾も、破壊力はともかく殺傷力がないわけではない。少しは本気を出す必要がありそうだった。

 

「まあ、いいけどね。全力でやれた方が爽快だわ」

 

「ッ!……言ってろよ……!!とにかく、白音ちゃんとハンゾーは返してもらうからなッ!!」

 

 一瞬日開いた目で動揺と怯えを噛み潰し、言葉通り全力のために『気』を練る私へ、赤龍帝は吠える。

 同時に、奴は小手の拳に魔力を集めた。生み出されたのは米粒ほどのごく小さな魔力の塊で、知ってはいたが、そのしょぼさに思わず呆れが喉に出かかって『念』を乱す。ほんとにこれ相手に本気出すの?と首を傾げる心の声を苦労して諫め、折衷案としてもう一度、能力抜きの念弾を構えた。

 

 しかしそれは次の瞬間、再び発射されることはなかった。突然ハンゾーが私たちの間に飛び出し、慌てた様子で静止をかけたからだった。

 

「待て!待て待てちょっと!!二人とも落ち着けって!!」

 

「ハンゾー!!そうか、人間にもあの霧は効かねえのか!!なら今すぐ逃げろ!!それまでの時間は稼ぐ!!」

 

 赤龍帝の物言いは私がミスを犯したとでも言うようで、ちょっと眉間にしわが寄る。能力的にも混乱的にも脅威でないから放置していただけなのだが、『禍の団(カオス・ブリゲード)』の一員という勘違いの前提があるのではそう思えないのだろう。

 

 とはいえ、逃げてくれるのならこっちとしては大助かりだ。そもそも私はピトーの加勢に向かうためにお邪魔虫たちを排除したいだけなのだから、自ら去ってくれるというなら是非もない。赤龍帝と違って、殺したい理由もないのだからなおのこと。

 

 なのだが、飛び出したハンゾーは赤龍帝の決死に一も二もなく首を横に振り、視線を私と奴とに行ったり来たりさせながら叫んだ。

 

「えーっと……とにかく、攻撃するな!一旦拳を収めてだな……」

 

「攻撃しねえよ、お前が逃げるまでは……!てか、俺がドラゴンショットを寸止めしてっから黒歌も動けねえんだよ!!いいから早く逃げろって!!」

 

「いやだから、そもそもそうじゃなく……だから……ああクソ!どう説明すりゃあいいんだこんなの!!」

 

 やはり動揺ばかりの眼だが、その詰まりながらの台詞から察するに、ハンゾーはどうやら私を敵と思っていないらしい。混乱した挙句に『黒歌』ではなく『ウタ』を信じたのだろうが、とはいえそれを赤龍帝やリアス・グレモリーに納得させる言葉が見つからないのだろう。

 

 『ウタ』が『黒歌』に変わったその瞬間を見た自分自身ですら信じ難く思うのに、というような心境。見てすらいない悪魔二人にそのことを言っても余計に混乱させるだけだ。もしかすれば白音の言葉なら信じるかもしれないが、当人は呆然自失のうえ麻痺したまま。どのみち悪魔界でも人間界でも特級の犯罪者である私たちとは敵対するしかないのだが、知らない、あるいは気付かないハンゾーは情けなく頭を抱えてうんうん唸る。しかしその末とうとうひらめきがあったらしく、一転して晴れ渡った表情で、今度ははっきりと言葉を喋った。

 

「そうだ!曹操連れてこればいいじゃんか!付き合い長いあいつなら、何か知ってるに違いねぇ!」

 

 思っていたより正解に近いひらめきに、私は顔が動かない程度だが驚きを抱く。が、一方の赤龍帝はたまらず露骨な嫌悪を露にした。

 

「なんでよりにもよって曹操なんだよ!何知りたいのか知らねえけど、あいつと一緒に戦うくらいならフェルさんとウタのほうがずっとマシだ!たぶん今日は屋敷にいるはず……助けを呼んできてくれるのはありがてえけど、連れて来るならそっちにしてくれ!」

 

「おま……ッ!ったくよぉ!いいから、オレが戻ってくるまで戦うなよ!!頼むから……そのままじっと、待ってろ!!」

 

 叶うはずもない赤龍帝の要望に半分キレながら、ハンゾーは言い残し、走り出した。後半は私に言っていたような気がするが、残念ながらそれは叶わないだろう。例え曹操が間に合ったとしても、せっかくなのだから赤龍帝は殺して逃げる。

 

 そう心に決めている私は、私の後方にそびえる城を目指して脇を走り抜けるハンゾーを見送った。

 

 徒労に走る後姿に手も振ってやる。もちろんその意のほとんどは嘲笑だったが、しかし途端、表情を見せる前に突然魔力が空気を切り裂く甲高い音が鳴り響き、私の目の前を貫いた。

 

 赤い魔力光線。誰にも当たらず、森の奥でちょっとした爆発を起こしたそれの出所は言うまでもない。赤龍帝が攻撃を放った体勢のまま、私をじっと睨みつけていた。

 

「結局曹操の所に行きやがったのはムカつくけど、だからってハンゾーに手は出させねえぞ……!!」

 

「……あら、また勘違いさせちゃった?ならご生憎だけど、私、別にあいつに用はないのよ。言ったでしょ、構ってる暇ないって」

 

「へっ、負け惜しみかよ。霧が人間に効かなくて残念だったな!……これからそのこともっと後悔するぜ。言いたくねえけど曹操の野郎、強さだけは本物だからな!」

 

 ハンゾーの逃走を庇ったつもりらしい赤龍帝の目算では、どうやら私よりも曹操のほうが強いらしい。しかも聖槍なしでだ。

 

 実体験故の補正で色が付いているのだろうが、それにしても酷い侮辱。赤龍帝は私を向かつかせる才能でもあるのだろうか。そりゃあ昨日の喧嘩では少し遅れを取りはしたが、あれは『念』と体術に絞った戦いであったからだ。仙術が使えれば、タイマンでも負けはしなかった。

 

 嘲笑の顔が歪みそうになる。邪魔を排除できればいいと思っていたが、そろそろいい加減本気で殺したくなってきた。本気でボコって思い知らせてやりたい気分だ。

 

(――いや、むしろ……)

 

 私は、そうするべきなのかもしれない。

 

 ふと、そのことに気付いた。

 

 吹き飛ばされた先で戦っているだろうピトーには、さっきの『堅』を見るにまだ余裕があるだろうし、なら私はこっちを優先すべきではないか。思い至って頭が邪魔の排除から切り替わった。そのために、これ見よがしに出した念弾を己の周囲に漂わせながら、煽り全開で忍び笑いを送りつける。

 

「へえ、そうなの。じゃあ来ちゃう前にあんた殺して逃げちゃいましょっか。……ああ、やることは結局変わらないわね」

 

「……そうだな、変わらねえ。あんたが女だろうが、白音ちゃんの姉さんだろうが、『禍の団(カオス・ブリゲード)』のクズ野郎どもと同じだって言うなら……俺の、敵だ……!!」

 

 中二病集団への憎悪と混ざって見事に徹底抗戦を取ってくれた赤龍帝は、拳を構えて足を一歩前に出した。受けた念弾からの実力差も記憶の彼方に飛ばし、恐れを忘れた無謀の光が眼に宿る。

 

「随分憎まれちゃったものよね。そんなに私を殺したいなら、戦うよりも逃げちゃった方がまだ可能性があるんじゃない?曹操に任せて、ね。……わかってるんでしょ?自分じゃ黒歌に勝てないって」

 

 さっきまで期待していた薄い選択肢も、その瞬間、私の煽りに消え去る。

 

「勝てないも何もあるか!今逃げたら、白音ちゃんもリアス部長も、あの人たちみたいに殺されちまう……なら、黒歌、お前がどれだけ強くても関係ねえ!!これ以上俺の目の前で、人を……よりにもよって大切な仲間を、殺されてたまるか……ッ!!俺の大切な人たちを傷つけるやつは、誰であろうと許さねえッ!!」

 

 『Boost!!』と倍化の音。小手の宝玉が始動し、奴の『力』が引き上げられる。

 それが向けられる先は私だ。奴が見てきた他の『禍の団(カオス・ブリゲード)』同様、クーデターのために虐殺をよしとしている、過去に白音を捨て、傷つけた『黒歌』。

 

 そう思い込んでいるのなら、それがいい。それなら私も、白音の仲間を(・・・・・・)思いっきりやれる。

 

 ただの悪魔ではない、それができればきっと――ピトーも、私のことを信じてくれるだろう。

 

 私と白音を会わせたその不安も、きっと消してあげられる。

 

 そんな想いが私の口角を持ち上げる。赤龍帝はそれを眼にしてより激しい敵愾心を灯し、全身を強張らせた。

 

 だが、私へ放つために振り上げたその拳を、リアス・グレモリーの手が引き留めた。

 

「ぶ、部長!?何を……」

 

 驚愕の赤龍帝にも、そしてなんと毒霧にも抗い、リアス・グレモリーは赤龍帝の肩を掴んで立ち上がると、当の赤龍帝には何も答えないまま、その表情が一瞬躊躇うようにきゅっと閉じられた後、私に向けられ言葉を発した。

 

「……白音を……取り返しに、来たの……?」

 

「……は?」

 

 せっかく見出した『悩みの種の消し去り方』が、まとめてゴミ箱に叩き込まれるかのような台詞だった。

 

 脚も腕もプルプル震えるほど、今もまだ身を蝕む痺れを必死に耐えながら、脂汗を垂らしてようやく言ったのが、それ。意味がわからず、キョトンと呆けて疑問符を呟く以外になかった。

 

 そして突然はしごを外されたようなその気分は赤龍帝も同じだったようで、敵愾心の熱を抜かれた奴はやはり、言葉の意図がわからず戸惑うばかり。話題の当人たる白音も、うつ伏せに倒れたまま動かず、数秒の静寂をもたらしたリアス・グレモリーは、ぎこちなく息を吸った後、続けて言った。

 

「だから、黒歌……貴女の目的よ。貴女は……本当に『禍の団(カオス・ブリゲード)』の思想に傾倒してここにいるの……?それとも、白音のため……?」

 

「……なによ突然、キモいんだけど。そんなこと聞いて何になるのよ。どうせ敵同士であることに変わりはないんだから。……それとも、やっぱり時間稼ぎ?なら無駄よ、起きちゃったなら、あんたもまとめて殺すから」

 

「……その前に、答えて。それ次第では戦うし、貴女の言う通り……逃げもするわ」

 

 思わず息を呑んだ。赤龍帝が言ったように、『逃げる』は即ち白音を見捨てるということだ。

 

 リアス・グレモリーがそれを良しとすることはまずありえない。私でさえそう思っていたのだから、下僕の赤龍帝にその宣言はすさまじい衝撃だっただろう。さすがに遠慮を投げ捨て、必死の形相で詰め寄った。

 

「ぶ、部長!!……聞き間違いですよね……?白音ちゃんを置いて、逃げるだなんて――」

 

「黙って一誠!!私にとって……いいえ、私と白音にとって、重要なことなの……!」

 

 しかし上回る覚悟の声が、赤龍帝の詰問を跳ねのけ、押し流した。そうするのにどれだけの苦悶があったか、表情にありあり現れるそれに赤龍帝は困惑しながらも、私への警戒とで意識を半々にして押し黙った。

 

 リアス・グレモリーはまた一つ大きく深呼吸すると、痺れとは別の苦しさで眉を歪めながら、さらに続ける。

 

「……あの日、力に溺れた貴女が主を殺した日、白音を連れて行こうとしたことは知っているわ。白音の抵抗で、それが叶わなかったことも……。だからこれは……あの日の続きなの?……白音を……迎えに来たの……?」

 

「……ああ、なるほどね」

 

 リアス・グレモリーからのそれに、つい不満の蓋が緩んだ。

 

 つまりこいつも、私を白音の姉として見ているのか。妹が何よりも大切で、そのためにすべてをなげうち、尽くして、結局裏切られたあの時から、私が何一つ変わっていないとでも思っているのか。

 

 曹操も、そしてピトーもそうだ。それだけの仕打ちを受けて、私が変わらず白音を愛せていると、なぜそう思えるのだろう。今はもう、白音のことが何よりも(・・・・)大切な姉の黒歌なんて、どこにもいるはずがない。今のその席は他の誰でもなく、ピトーのものだ。

 

 勝手に奪ってくれるなと、私はそれを証明するために、苛立ちで痙攣を始める口の端を吊り上げ、ピトーがするような残酷の笑みを作ってみせた。

 

「それもいいかも。生きたままなら利用価値なんていくらでもあるし……うん、今ちょっと金欠なのよね。売り払ったらいい値が付くかもしれないにゃん」

 

 そうだ。白音の仲間なんて言わず、白音そのものを標的にした方がずっと手っ取り早い。

 

 最初からこうすればよかったのだ。何なら私の拷問の練習台になってもらうのもいい。死ぬよりもずっと辛い目に私自らが遭わせてやれば、いくらなんでも信じてもらえるだろう。

 

 私が、ピトーを決して裏切らないことは。

 

「これならほんとに、毒霧はいらなかったわね」

 

 倒れ伏す白音の襟首に手を伸ばした。リアス・グレモリーのように復活されないうちに処理をしてしまうつもりだったのだが、しかし私のその手は次の瞬間弾かれるように引く。首ではなく放たれた赤い魔力を迎え撃ち、掻き消した。

 

 その赤い魔力、滅びの魔力の散った残滓越しに、私はリアス・グレモリーへと眼を向ける。

 

「教えてくれたのあんただってのに、邪魔するの?やっぱりご主人様は白音が惜しくなっちゃったのかしらん」

 

「……白音が、あの子を傷つけてしまった私の下にいるより、姉である貴女と一緒にいたほうが幸せになれるのなら、止めなかったわ」

 

 ゆっくり閉じられた目が開き、私を睨みつけた。そこにはもうさっきまでの苦悶はなく、吹っ切れたそれの分、純粋な敵を見る眼で続けて言う。

 

「けどやっぱり、力に呑まれた貴女は白音の幸せにはなれない。姉妹に戻っても傷つくだけなら……絶対に、そうはさせないわ。今度こそ、私が白音を守って見せる……!白音は、貴女の妹じゃない。私の可愛い眷属よ!!」

 

「……へえ」

 

 心に何かが刺さったような感覚がして、一瞬言葉が出なかった。誤魔化すように笑みを深め、首を傾けた。

 

「酷いこと言うのね。『力』に呑まれただの、幸せになれないだの」

 

「事実でしょう!主も眷属も、無関係の人たちまで何十人も殺して……『禍の団(カオス・ブリゲード)』、『旧魔王派』と関わっていたのなら、知らないわけではないはずよ。貴女があんなことをして生み出した悪意に、白音は巻き込まれてしまったの……!裏切られて、頼る先を無くして、処分までされかけて……私があの子と出会った時、あの子に感情なんてものはなかったわ。それだけ、貴女はこの子を傷つけてきたのよ!」

 

「もちろん、知ってるわよ。リアス・グレモリー、あんたが私たちを殺させたせいで、さらに増して地獄みたいになったってことまでね」

 

「ッ!!それは……」

 

 疲れたリアス・グレモリーが唇を噛む。しかしすぐに立ち直り、反論せんと口を開いた。

 

 が、今度は私の方が誤魔化しきれなかった。止められず、吐き出した声に怒りが混じる。

 

「けど、誘拐されかけたのもそうだけど、そんなの全部、白音が自分で選んだ未来じゃない」

 

「自分、で……?」

 

 疑問符を跳ね飛ばし、眼はリアス・グレモリーに向けたまま、さらにまくしたてる。

 

「あんたの言う通り、白音は私の手を跳ねのけたの。いい?せっかく一緒に連れて行ってやろうって思ったのに、それを拒絶したのよ。私と来れば、あんたの言うように悪意の矢面に立たされることもなかったし、誘拐だってされなかった。それを蹴って、私のせいで傷ついた?そんなの自業自得じゃない。なんでそこまで責任取らされなきゃならないわけ?冗談じゃないわ、知ったことじゃないのよそんなこと」

 

 一つ、息を吸う。

 

「あの時とっくに道は分かたれたんだから、都合のいいときだけ姉妹を持ち出さないでほしいわね」

 

 とっくの昔に、私と白音は姉妹ではなくなっているのだ。なぜそんな簡単なことをわかってくれない。

 

 リアス・グレモリーも曹操も、何より、ピトーも。わかっていてもどうしようもない、信じてくれない事への憤りは隠せはしても消し去りようがなかったのだ。

 

 他でもないリアス・グレモリーが言うから、私は堪えることができなかった。

 

 その怒涛の放流に気圧されていたリアス・グレモリーは、やがて眼に白音を思い出し、そのために怯みを振り払って唸るように言った。

 

「……でも、それならなおのこと、貴女に白音はあげられない。言葉はもう不要よ!さあ、私の大切な眷属を返して頂戴!!」

 

「おしゃべり始めたのはあんたでしょ。ほんと勝手よね、情愛のグレモリーさん?そんなに手放したくないなら、首輪とリードでも付けておけば?……そうだ、そこまで言うなら、いっそ白音に決めてもらいましょうよ。よくある離婚劇みたいに。ほら、こういう場合って当人の意思が重要なもんじゃない?」

 

 リアス・グレモリーの決意の号令もスルーして、私は白音へ尋ねる。

 

「さ、白音。私とリアス・グレモリーと、どっちに付いて行きたい?」

 

「あ、貴女はッ……!!」

 

 遅れたリアス・グレモリーの戦慄。その意味もどうでもいい。しゃがみ込んで白音の目を覗き込むと、ちょうどその瞬間、瞳の中に思考の光が蘇った。

 それを、辛うじて保った表情のまま見つめる。勝手に鼓動を速める心臓を気のせいと断じて黙らせて、麻痺のせいでか細く震えた白音の唇が紡ぐ言葉を見守った。

 

「……わたし、は……」

 

 ――いや、見守る必要など、ないだろう。

 

「なーんてね!」

 

 半笑いで張った声が遮り、たちまち眉が歪んだ白音を尻目に立ち上がる。

 

「心配しなくても、白音、あんたが私のこと大嫌いだってことは、ちゃあんとわかってるわよ。自分の手で殺してやりたいくらい憎んでるってこともね。だからあの時、私の腕を掴んできたんでしょ?」

 

 応えは求めず、眼を、怒りが戻りつつあるリアス・グレモリーに向けながら、私は続けて首を振った。

 

「けど、ごめんね白音。ぶっちゃけ、あんたが私をどう思ってるかなんて知ったことじゃないの。……私もあんたが大嫌いだから」

 

「……ねえ、さま……」

 

 小さく弱々しい声が呟いて、私の眼はそっちに戻る。再び合わさった視線の、その瞳に映る私の邪悪な笑みが、またぴくりと跳ねて手を伸ばした。

 

「だから、せっかくお勧めされたことだし、静かなところでじっくりゆっくり時間をかけて――殺してあげる」

 

 投げつけた残忍な死の未来が、白音を凍り付かせる。

 

 ……これでいいのだ。

 

(これで私は、ピトーに――)

 

 それを、

 

「させねえッッ!!」

 

 やっぱり、赤龍帝が止めに来た。

 

 叫び、突進してくる。気合迸る声の迫力と溜めていたらしい小手のパワーはともかく、足は大して速くない。機動力だってたかが知れている、さっきと変わらない無謀な正面突撃だ。

 

 だからこれで十分と、漂わせていた念弾の一つを向かわせた。頭の中がごちゃついた中での、お世辞にも集中できているとは言えない攻撃だったが、念弾はその波に揺らされることなく、赤龍帝を真正面から迎え撃つ。

 奴の能力で避けられるはずがなく、命中すれば二発目のこれは耐えられないだろう。そうなればよかったのだが、しかし今度はリアス・グレモリーがいた。飛んで割り入った滅びの魔力が私の念弾と相殺し、道が開ける。遮るものがなくなった赤龍帝はそのままそこを走り抜け、拳を振り上げた。

 

「――ッ!!」

 

 だが、念弾はまだあるのだ。引き絞ったパンチが放たれるよりも早く、漂わせたうちのまた一つが飛び、小手を跳ね上げた。

 

 そしてバランスを崩し、がら空きになった正中線に一発を……と思ったが、しかしその瞬間目の前で起きた事態に、私は構えた連撃を止めた。力んだ左腕を撃たれた赤龍帝が、予想を外れてバランスを崩すだけに留まらず、身体ごと浮いて吹き飛んでしまったのだ。

 

 半端な集中で放っただけに、今の念弾にそこまでの威力はない。違和感が生まれるがそれはいったん置いておいて、私はリアス・グレモリーの下まで跳ね返されて尻もちをついた赤龍帝に、とりあえずの嘲りを口にする。

 

「……もしかして、これが全力?あんな啖呵切ったのに、二人合わせても結局この程度なの?……こんなにも弱いのに白音を取り返すだなんて、お笑いにもならないわよ」

 

「……確かに、俺は弱いよ。歴代最弱の赤龍帝ってお墨付きまでもらってんだ。……だけどな、舐めるなよ黒歌……!俺と部長の力はこんなもんじゃねえ!今ので勝った気になるのは、まだ早いぞ!!」

 

「ええ……!そうよ!黒歌が格上と認めるのは悔しいけれど、曹操と戦ったあなたなら大丈夫。それに私もいるわ!だから……二人で白音を救うわよ!!」

 

「はい部長!!」

 

 相変わらず威勢だけはいい。曹操の蹂躙から何かしら得たらしいが、ボコボコにされて手に入るのは精々耐久力くらいのものじゃないだろうか。

 

 後は、もしかすればあのスケベ技を使う気か。やった瞬間がお前の最後だと、思い出して湧いた苛立ちのおかげで、そぞろになっていた戦闘への集中力が図らずも息を吹き返す。念弾へ込める『気』が上がり、わきに追いやられた邪魔事が頭に明瞭な思考を取り戻した。

 

 そうして、ようやくまともに戦闘へと傾いた私の意識。身を起こし、私を静かに見つめる赤龍帝と、勇ましい顔で滅びの魔力を構えるリアス・グレモリーに警戒心を向けていた。

 

 すると赤龍帝が、構えもせずに神妙に言った。

 

「……部長。実は俺、秘策があるんです」

 

 スケベ技が頭をよぎる私とは異なり、リアス・グレモリーは同じく神妙に返す。

 

「ええ、わかっているわ。禁手化(バランス・ブレイク)ね」

 

(……そういえばそんなのもあったわ)

 

 失念はスケベ技のインパクトのせいと決めつけ、また一段階警戒を引き上げる。赤龍帝は一つ頷き、じっと私に眼を向けたまま言った。

 

「あの時は成功しましたけど、後で試したら一度も成功しなかった。悩んでたら、フェルさんとの修行中、ドライグが教えてくれたんです。『禁手化(バランス・ブレイク)は劇的な変化がなければ至れない』って。それで俺、気付きました」

 

 視線がその身体と一緒に反転し、リアス・グレモリーに向けられた。私に背を晒した姿で、続けて言った。

 

「だから、部長!!」

 

 その明らかな隙に、私が念弾を放とうとしていることにも気付かず。

 

「おっぱいを突かせてください!!」

 

 赤龍帝は、そう言った。




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