主なきノラネコたちの家   作:もちごめさん

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十七話

「…………え、なに?」

 

 たっぷりと呆けた挙句、構えた念弾のことも忘れて頭の中を困惑でいっぱいにしてしまった私のことは、誰にも責められないはずだ。唖然として敵意も警戒心もすっかり削がれたとしてもしょうがないと思う。

 

 だって今まさに殺し合い、というよりは殺戮が始まるであろうこの状況で、赤龍帝が鹿爪らしく言った言葉が『おっぱい突かせて』なのだ。

 

 こんなのどうすれば集中(シリアス)を保てるんだ。

 

 だというのにどういうわけかわかってしまったリアス・グレモリーも、同じく神妙に、しかし僅かに顔を赤らめながら言った。

 

「……わかったわ。けど……その、揉むとかでは、ないのね……?」

 

「はい、揉むだけじゃあ駄目なんです。それは、『劇的な変化』じゃない。手のひらに感じるあのふわふわも素晴らしくはあるんですけど、禁手化(バランス・ブレイク)するにはまだ足りないんです……。もっと……もっと、おっぱいにはまだまだ可能性があるはずなんです……!!それで俺、ずっと考えてて……思いついたんです。手のひら全体より、一点集中。指先にすべての可能性を凝縮すればいいんだって!!」

 

 そしてやっぱり赤龍帝が返した熱弁も、相変わらずよくわからない。どうしておっぱいの可能性とやらが禁手化(バランス・ブレイク)の話になるのだ。

 

 奴が曹操にボコられる最中、仲間の胸がどうたら言って怒りで禁手化(バランス・ブレイク)したことは覚えているが、まさか本気でこういう方向の覚醒を目指すつもりなのか。

 

「……何のための筋トレなのよ、ほんとに」

 

 思わず口に出た呆れは、さっきの困惑共々、喜劇みたいなやり取りをする二人に届いていない。止める者もおらず、私を置いてきぼりにますます明後日の方向にぶっ飛んで、リアス・グレモリーはしっかりと頷いた。

 

「それで貴方が至れるのなら、異議もないわ。私の胸、好きに突きなさい!」

 

「ッ!!……本当ですか?突くんですよ?おっぱいの正中線、乳首という名の頂を……!!」

 

 躊躇う赤龍帝に、リアス・グレモリーは自分のそれごと振り払うようにして、ドレスの上をたくし上げた。

 

 夜会用の薄いドレスはもちろんその下に何も纏っておらず、たぷんとまろび出たのは重量感のある乳房。肌の手入れはしっかりしているようで、ハリツヤも弾力も一級品だ。まあ私ほどではないが――いや別に今はマウントを取っている場合ではなく、だ。

 

「いっそ何かの作戦だったりするのかしら、これって」

 

 一応、今は戦闘中であるはずだ。これが私の集中力をかき乱すつもりであるなら大成功としか言いようがないが、同時に赤龍帝の眼もお目当てのおっぱいに釘付けになっているようでは意味がない。だから私は煽り八割、残りの二割の願望を込めて、今度こそ聞こえるように言ってやった。

 

 が、願いは叶わず、振り向いた赤龍帝は焦りの表情を私に向けた。

 

「集中できねえからちょっと黙っててくれよ!!俺の初めてのおっぱいプッシュなんだぞ!!」

 

 どうやらその焦りすら、『黒歌』の存在ではなくおっぱいに向いている始末。初めてと言うなら私だってこんな状況は初めてだ。猫又の女として男の欲望は熟知しているつもりだったが、色欲を前にして敵を放置するような、度を越した変態がこの世に存在するとは思ってもみなかった。

 

 そんな相手と理解してしまえば、緊張が切れるのも早かった。辛うじて保っていた僅かな戦意も消え去って、本気を出すどころかこれから戦うことすら馬鹿馬鹿しく思えてくる。脱力してしまった拍子に念弾たちも消え、なんだか投げやりな気分のまま、私はため息を吐いてひらひら手を振った。

 

「はいはい、終わるまでおとなしくしてるわよ。けど早くしてね、何度言ったかわからないけど、私急いでるんだから」

 

「早くとかそんな簡単に言うなよ!!俺は今、過去最大級に難しい問題と戦ってんだ!!……おっぱいプッシュを思い付いた時からずっと、これだけは答えが出ねぇ。その時になればわかるかと思ってたけど……やっぱり無理だ!!右のおっぱいと左のおっぱい、どっちを突けばいいのかわからねぇッ!!」

 

 もはや笑いしか出てこない。

 

「どっちでもいいんじゃない?けど……強いて言えば左のほうが張りがいいかしら。最近弄ったでしょ」

 

 適当なことを、それっぽい表情で注視しながら言ってやった。巻き込んでやったリアス・グレモリーは目論見通り赤い顔をさらに赤くして、「弄っ」と繰り返して鼻血を噴いたっきり硬直した赤龍帝へ、必死の否定で首を振る。

 

「ち、違うわよ、イッセー!!黒歌が適当なことを言っているだけよ!!い、弄ったんじゃなくて、……ちょっと最近、みんなと比べて私のは……その……どうなのかって、気になっただけで……とっ、とにかく!!騙されちゃ駄目よ!!彼女は敵なんだから!!」

 

 冷静になって敵対関係のことを思い出したあたり、案外私の適当は当たっていたのかもしれない。実際どうなのかは闇の中だが、とにかくその勢いに押されて赤龍帝は頷いた。鼻血はぼたぼた垂れたままだが再起動を果たし、曰く過去最大級の問題との対峙に戻る。

 

 がしかし、私の適当はしっかりその変態性に根付いていたらしく、左胸に眼が向いた途端、真面目顔に絶妙なキモさが紛れ込み、ニヤついた笑みとなって声に表れた。

 

「もちろん、わかってます部長。黒歌の言ったことは、俺を惑わすための嘘……わかってるんです……!けど……もしかすれば、左おっぱいの張りがいいっていうのは、本当なんじゃ……?」

 

「い、イッセー!?」

 

「もしかしたら、俺も部長も気付かないことに気付いてるのかもしれない……!黒歌は仙術使いなんですよね?俺はウタの仙術くらいしか知らないからそうだとは言い切れないけど……けど違うと否定もできない!……記念すべき最初のひと押し……間違えるわけにはいかないのに……黒歌が嘘をついていないなら、正解は左のおっぱい……嘘をついてるなら右のおっぱい……いや、嘘をついてるからって右のおっぱいが正解とは限らないのか……くそッ!!どっちだ……俺はどっちのおっぱいを突けばいいんだ……ッ!!」

 

 リアス・グレモリーの顔がどんどん赤くなっていくことにももはや気付かず、思考の沼にはまっていく赤龍帝。その発端が私の悪心による適当発言であるのだから、ここまでになるとさすがに後悔が滲み出てくる。

 

 とはいえしかし、ここまでめんどくさい迷走をすると誰が予想しただろう。誰にもできるはずがない。おっぱい一つでここまで思い悩める奴なんて、世界中探しても間違いなくこいつ一人だ。

 

 故に予測不可能。ついでに回避も不可能。だから私は悪くないと、やっぱり責任から逃れた私は仕方なく、やる気を振り絞って念弾を一つ構えた。

 

 赤龍帝の頭が決着をつけるのを待っていたらいつになるかわからないし、何より私はピトーのために急いでこいつらを排除しなくてはならない。

 というか、そういえばそうだった。思い出してから危うく忘れかけていた重要度も同時に思い出し、そしてどうにか二つ、念弾を生み出した。

 

 だがその時、不意にリアス・グレモリーが赤い顔をぷいっと背け、言った。

 

「も、もうバカっ!……そんなに悩むのなら、いっそ両方突けばいいじゃない……」

 

「両……方……?」

 

 赤龍帝が正気――中身は相変わらずだが――に戻り、目線をリアス・グレモリーの乳房から顔へと持ち上げる。一瞬呆然として、それからいかにもな驚嘆で目を丸くした。

 

「そんな……そんな心躍る日本語があったなんて……!でも……部長、本当にいいんですね?右のおっぱいと左のおっぱい、両方の乳首を同時に押しちゃうんですよ……?」

 

「い、いいから、早くなさい……。いい加減、恥ずかしいのだから……」

 

「……はい、部長。……行きます」

 

 腕で鼻血を拭い、【赤龍帝の小手(ブーステッド・ギア)】を解除して素手に戻ると、突き出した両手の人差し指。赤龍帝は鼻息荒く、血走った眼で凝視するリアス・グレモリーの乳首へとゆっくり伸ばした。そのそばから溢れる鼻血で足元に小さな池を作りながら、そしていよいよ、指先がピンク色の突起に触れた。

 

 ぴくりと僅かに身を震えさせるリアス・グレモリーに一瞬指の進行を止めるも、しかし欲望に呑まれる赤龍帝はすぐにかぶりを振り、そのまま勢いよく突く。指が柔肉に沈みこみ、形が歪むも変わらない弧の線とその弾力に、赤龍帝の表情が歓喜を叫んだ。

 

 それが声にも出る、その直前、

 

「……ぃゃ」

 

 とうとう羞恥に我慢ができなかったのか、リアス・グレモリーの口から喘ぎのような声が漏れた。

 

「…………何か、鳴った……?」

 

 歓喜が滞り、呆然の呟き。たぶんまだ女を知らない赤龍帝には掴めない正体は、だが恥ずかしそうに目を伏せるリアス・グレモリーの姿によって拒絶でないことだけは理解して、歓喜の中に組み入れられた。

 

「……素敵なものが、鳴った……!」

 

 表情に歓喜が戻り、そして、不純な満面の笑みに昇華された。

 

「鳴ったぁ!!!」

 

 瞬間、『力』が、爆発でもするかのように溢れかえった。

 

『至ったァ!!本当に至りやがったぞッ!!』

 

 赤龍帝の左腕から、そこにあった宝玉と同じ緑の閃光が巻き散らされ、一緒に聞き覚えのある大力無双なドラゴンの、歓声のような嘆きのような、どうにも私と似た投げやりの気配がする叫びが響く。

 

 しかしとにかく溢れかえったドラゴンの『気』はやがて纏まり、『Welsh Dragon Balance Breaker!!』と、禁手化(バランス・ブレイク)が発動する。瞬く間に奴の身体は赤いドラゴンを模した鎧に包まれ、さらに背中にはドラゴンらしき翼までが生えた。さっきまでとは比べ物にならないほどの『力』を宿して雄叫びを上げ、赤龍帝は鎧を鳴らしてポーズを決めた。

 

禁手(バランス・ブレイカー)、【赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)】!!主のおっぱい突いてここに降臨ッ!!」

 

 たぶんあの時の曹操も、私と同じ気持ちだったに違いない。観客として見る分には、まあ一応愉快な見世物だったが、当事者になってみれば感想はただの一つだけだ。

 

「ほんと、なにこれ」

 

 それ以上に何を思えばいいのだ、こんなもの。

 

『おめでとう相棒!!しかし酷い。俺は本格的に泣くぞそろそろ』

 

 そう思うなら止めればよかったのに、とある意味での同志を心の中で憐れんでやって、私はおざなりに拍手をしながら失笑を口に乗せた。

 

「はいはい、パワーアップおめでと。面白い覚醒シーンじゃない。……じゃあ、もう始めていいわよね」

 

 何度もやる気を挫かれたが、いい加減にしなければ。言うと私は、漂わせていた念弾の一つを操り、赤龍帝に放った。

 

 奴はすでにダメージを負っている身だ。さっきまでなら、これで終わっていた。しかし命中し、炸裂したそれは、赤龍帝に膝を突かせることすらできない。

 

「ッ……こんなもんか?全然効かねえな……!!」

 

 やせ我慢を見るにある程度は効いているようだが、仁王立ちしたままの奴にはやはりもう効果が薄いようだった。

 

 わかってはいたことだ。鎧という防具に加え、かなり高まった『力』。私の念弾は、一発でそれを抜けるほどの威力を有していない。そもそも【黒肢猫玉(リバースベクター)】ありきのものであり、元から威力的には大したことがないのだ。

 

 だから仕方がないことではあるが、赤龍帝如きに防がれたというのは中々に腹立たしかった。かといって今更このふざけたザコに本気を出すなんてこと、馬鹿馬鹿しくてとてもできない。

 だからせめて『念』だけで倒しておちょくってやると決めた私は、まともなダメージを与える手を脳内で探しつつ、念弾を手に、赤龍帝と一発のおかげで戦闘のスイッチが戻ってきたリアス・グレモリーの出方を伺った。

 

 しかし動き、次に飛んできたのは反撃ではなかった。

 

「どうだ、わかっただろ!!お前の攻撃は今の俺には通じねえんだ!!逃げるなら今の内だぜ……!!」

 

「……曹操も、もうすぐ到着するわ。そうなればもうおしまいよ、黒歌!!」

 

「……ふぅん」

 

 威嚇。いや、それも違うか。

 

「なら、倒してみれば?」

 

 私ではなく、私の背後で倒れ伏す白音に向いていた二人のそれに、私は口角を上げて念弾を放った。

 

 今度は二人とも反応し、その場から飛び退いた。左右に分かれ、赤龍帝は正面から、リアス・グレモリーは回り込むように向かってくる。

 

 私を倒すのではなく、白音を救出しようとしているのは明らかだった。

 

 赤龍帝が私を引き付け、その間にリアス・グレモリーが助け出す、という作戦なのだろう。確かに人質を取られている現状、利用されないうちにとそっちを優先させるのは至極妥当な手だ。一人が相手をして一人が隙を突くというのも、定石にあることに違いない。

 

 ただそれは、私と彼女たちほどの実力差があれば成立しないものだ。

 

「かは……ッ!」

 

「ぶ、部長ッ!!!」

 

 躱された念弾を操り、リアス・グレモリーの剥き出しの背に当ててやった。不意の攻撃で詰まった息が苦悶と共に血を吐き出し、眼にした赤龍帝が戦慄に足を止めた。

 私への突撃をやめ、膝と手を突き倒れたリアス・グレモリーを助け起こす赤龍帝に、嘲弄いっぱいに笑ってやる。

 

「あはは!ま、無理よね、私を倒すだなんて。だってあんたたち、こんなに弱いんだもの。ざまあないわ」

 

「ッてめえ!!よくも部長を……!!」

 

 眼の割合を増す怒り。煽りに乗った赤龍帝は、今度こそまっすぐ私に突っ込んできた。

 そこまで距離があるわけでもないが、その間を、ドラゴンの羽で文字通り飛ぶように駆けてくる。改めて認識したその速さは中々のものだ。防御力も然り、腐っても神滅具(ロンギヌス)の一角である神器(セイクリッド・ギア)禁手(バランス・ブレイカー)だ。雑魚悪魔のパワーアップとはいえ、侮っていいものではないだろう。

 

 怒りで振りかぶられた拳は、真正面から受ければ痛手を負いかねないほどの力を秘めている。さっきまでの赤龍帝とは確かに違うと認めざるを得ないが、とはいえまだまだ私の下だ。速いといっても十分追いつける範疇だし、防御力も……まあどうにかできるはずだ。

 攻撃に関してもそう。受けれはせずとも受け流す方法はいくらでもある。だから私も禁手化(バランス・ブレイク)を見た最初、釣り出した赤龍帝にただカウンターを見舞ってやるつもりだったのだが――白音への注意を眼にして思い直した。

 

 ピトーから借り受けた悪意に身を任せる。迫る赤龍帝のストレートパンチを見つめたまま、後ろに回した片手にそれを掴み、奴の前に引っ張り出した。

 

「な――ッ!!」

 

 麻痺に侵された白音の身体に、赤龍帝はやはりビタリと拳を止めた。

 

 兜で表情が見えないのが残念だ。あるいは止まらなければそれはそれで面白かったのに、と小さく鼻を鳴らす。うすら笑いを浮かべたまま、私は白音を背後に抛り捨て、返しの手に念弾を撃ち放った。

 

「仲間を盾にされたら攻撃もできないなんて、ほんと甘々すぎよ……!」

 

 至近距離かつ怯んで硬直した身体で回避も防御もできるはずはなく、念弾はがら空きの頭にめり込み、のけぞらせると同時にその脳を揺らす。

 

 私に乗せられて白音の救出を忘れかけたのもそうだが、総じて覚悟が、ルール無用の殺し合いに対する経験が足りない。戦闘力どころか精神面でも圧倒的に劣る連中に、私をどうにかできるはずもないだろう。

 

「そのことくらい理解してくれないと、張り合いもないわね!」

 

 ただでさえつまらない雑魚戦である上、馬鹿馬鹿しいものまで見せつけられたにもかかわらず、仙術抜きとはいえ本気を出してやっているのだ。せめて楽しませてくれなければ割に合わない。

 

 言い捨てて、ふらつく赤龍帝にもう一撃を加えるべく再び念弾。威力を求めていつもより二回り巨大化させた『気』の光球を操り、放った。

 

 痛撃と衝撃を脳に受けて前後不覚の状態であるはずの赤龍帝には、やはりこれも避けられない。うまくいけばこれで止めになるはずだったが、しかしさすがにそこまでうまくはいかず、射線上に赤黒い魔力が割り込んでくる。反応して念弾を操り、その滅びの魔力から逃がすと、そっちへ向いた私の意識に、リアス・グレモリーは背の痛みで歪んだ顔のまま立ちはだかり、魔法陣を私に向けた。

 

「甘いだなんて……理解していないのは貴女よ、黒歌!!くらいなさいッ!!」

 

「あれを甘さでなくなんて言うわけ?まあ、温室育ちのお嬢様に理解できるはずもないかしら」

 

 飛んできた滅びの魔力を片手間に弾いてやりながら、避難させた特大念弾を操作する。分裂させ、普段通りのサイズの十数個の念弾に変えてリアス・グレモリーにけしかけた。

 

 これだけの数を操れるとは思っていなかったのだろう。青い顔をして魔法陣の障壁を張るリアス・グレモリーに、私は次々念弾を撃ち込みながら言ってやる。

 

「いい?何かを得るには必ず対価が必要なのよ。守られて甘やかされてきた貴族感覚じゃ薄いかもだけど、人間界で高校生やってたんならわかるでしょ?お金と同じよ。モノにしてもサービスにしても、釣り合う金額を払わなければ手に入らない」

 

「……何の、話よ……!」

 

 おちょくられていると感じたらしいリアス・グレモリーが、軋む防壁の維持とは別方向で眉を歪める。

 

 構わず続けた。

 

「買い物だけじゃない、物事全部そうよ。何かを為すには対価を払わなければならない。要は、犠牲ね。釣り合う犠牲を捧げてようやく、あんたのそれは手に入るのよ。……なのに、でかい顔して家族(・・)だなんて言っちゃって……今度は私もどうにかできるって思ってる。守ってくれる人も甘やかしてくれる人も、ここにはいないのにさ、知らないから、私を倒して白音を取り返して、何も失わなずに『みんな幸せハッピーエンド』を迎えられるって思ってるでしょ」

 

「……だから、何の――ッ!!」

 

「人生の先輩として教えてあげる」

 

 疑問符を浮かべたリアス・グレモリーの防壁が、その瞬間にとうとう砕けた。

 

「『どっちも』なんて選択肢はこの世界にはないの。片方が惜しいなら、もう片方は諦めなくちゃならないわけ」

 

「きゃ――あぐっ……!!」

 

 防御を突き破り、鳩尾近くに念弾が突き刺さる。再び膝が地に着き、震える両の手が胴に回る。

 

「えーっと……何言ってたんだっけ?……ああそう、だからつまり――」

 

 適当に思いつくまましゃべった興奮の彼方に消えたが、『言ってやろうとしたこと』は思い出し、内臓の激痛に苦悶するリアス・グレモリーを見下ろしながら、わだかまり続ける文句を告げた。

 

「私を殺したいなら、下僕全部使い潰すくらいで来てもらわないと勝負にすらならない、ってわけなのよ」

 

 正直それでも蹂躙劇には違いないだろうが、とにかく、麻痺してお荷物状態の白音すら見捨てられない程度の中途半端な覚悟では、私を倒すことも、その白音を助け出すことすら不可能だ。どちらを優先するにせよ、自分のせいで仲間を殺したくないという甘さがある以上、その先は何もない。

 

「できなきゃ、ふつーに負けて死ぬだけよ?」

 

 だって私が通った道だ。あれをなぞって何が面白い。殺してピトーへの手土産にすると決めたのだから、そんなあっけない結末では困るのだ。やる気も出ないし。

 

 だから一つ、痛めつけて心と一緒に揺さぶって、何かが吹っ切れることを期待した。のだがどうやらリアス・グレモリーはそこまで至れず、歯を食いしばりながら顔を持ち上げ、途切れ途切れに怒りを押し出した。

 

「……使い潰す……だなんて……眷、属は……道具じゃ……ないわ……ッ!!」

 

「そうなの、変わってるわね。で、遺言はそれでいい?」

 

 首を傾げて聞き流し、もはや戦闘不能状態のリアス・グレモリーに歩み寄り、とどめを刺しにかかる。

 

 通ればもちろんそれが一番だったのだが、しかし話で少し時間を使い過ぎたようだった。小さな緑の魔力塊が、視界の端で煌めいた。

 

 脳への衝撃から立ち直った赤龍帝の魔力砲撃。身体一つ分下がって躱し、ほとんど無力化済みのリアス・グレモリーは後回しにして、私の念弾は次に赤龍帝の撃破へと狙いをつける。だがさすがの赤龍帝も二度同じ攻めはせず、来ると身構えた突撃は、砲撃の後ではなく同時に始まっていた。

 

 砲撃に紛れてスタートを切り、気付けばもう中ほどまで距離を詰めてきている。やられた頭を守るためか、腕を前でクロスしてまるっきりタックルだ。鎧を抜けずとも揺らせばダメージになる頭に念弾を当てられない以上、反撃は大して効果がない。

 

 やむなくさらに下がって逃れ、ブレーキをかけリアス・グレモリーを背に庇った赤龍帝と対峙する。

 

 怒りに震えながら、赤龍帝は歯を剥いた。

 

「てめえ!!よくも部長にまで……ッ!!」

 

 しかし燃える怒りはすぐに勢いを弱め、少しだけ顔色を曇らせる。その内を思い出して悟った私は、つい声を漏らして笑った。

 

「ふふ、ちゃんとわかってるようで何よりね。そうよ、あんたが弱いからリアス・グレモリーはやられちゃったの。ただでさえない勝ち目がさらになくなっちゃったわね。……強くなければ、救いたいって思うことも許されない。二兎追う者は一兎も得ず、納得してくれた?」

 

「……クソ、ウタみたいにムカつくこと言いやがって……!!部長も白音ちゃんも見捨てちまったら、俺はすっげぇ後悔しちまうんだよ!!そうなるくらいなら死んだほうがマシって思うほどにな!!」

 

「だから自分も一緒に死ぬ、ってこと。心中とか綺麗事みたいに言うけど……だからそれが甘いっての!!」

 

 切り捨てる勇気がないという、それだけのことだ。過去の自分を見せつけられるようで気分が悪く、思考を打ち切ると同時に私は念弾を放った。リアス・グレモリーの止めのために作り出した一発きりは大したダメージにならないが、それでも少しの時間稼ぎにはなる。

 その一瞬でもあれば十分だ。威力で押し潰すも数で蜂の巣にするも自由。リアス・グレモリーという、白音に加えて新たに増えた枷で回避ができない赤龍帝は、やはりいずれ倒れるだろう。

 

 面白くはない終わり方。望んだものではないが、私にはもうこれ以上どうしようもない。時間もあるわけではない故に、私は、諦めた。

 

 だがどうもこの二人は、とことん私を翻弄してくれるようだった。

 

 気が抜け、別のものに入れ替わる直前の隙、単なる偶然だろうが警戒心が緩んだその間に、赤龍帝の背から滅びの魔力が飛び出した。

 

 寸前気付くもまともな対応はとれず、赤龍帝を狙う念弾が滅せられる。気付いた赤龍帝はすぐさま防御体制から攻撃に移り、小手の拳を握ってダッシュした。前傾になり、開いた腕の脇から見えるリアス・グレモリーの様子。少なくとも援護の余裕はなくしてやったはずなのに、苦悶を噛み潰して突き出した手の平の魔法陣にはまだ滅びの魔力が感じ取れる。たぶん、急造で念弾を放ってもまたあれに消されるだろう。

 

 念弾だけで切り抜けるのは難しい局面。とうとう、面白みのある場面が来た。ならばそれを、あえて念弾のみで切り抜けてみせる。そうして縛りの上で打倒し、手を抜かれたうえで負けたという事実に対する憤激を肴に三人を殺して、ピトーからの信頼を勝ち取るのだ。待ち望んだその展開の訪れに、私は笑みの中の嘲弄を追い出した。

 

 どうして『面白み』を、自身の敗北の可能性(・・・・・・・・・)を待っていたのか、私は結局その矛盾には気付くことなく、念弾のための『気』を集中させた。

 

 その時ふと、気付いた。

 

 赤龍帝の拳、身体、脚のぎこちなさ。感じた違和感は、唸りを上げて迫る赤龍帝のパンチに急なブレーキがかかっていることを示していた。

 

(……そういうこと)

 

 赤龍帝は、どうやら私が思っていたよりもずっと甘い(・・)ようだった。

 

 『凝』の要領で『気』を集中させた右手ではなく、『堅』ですらない左手を無造作に差し出す。そうして立てた人差し指。

 

 その先で、赤龍帝のパンチはぴたりと止まった。

 

「――ッ!!」

 

「い、イッセー!?」

 

 拳圧による衝撃波が私の髪を翻し、焼け森を突き破る。驚愕の赤龍帝とリアス・グレモリーだが、別に私が指一本で攻撃を止めたとか、そういうわけではない。ただ、そこで拳が止まるという確信の下、指を添えてやっただけだ。

 

 つまるところ、私は赤龍帝の寸止め(・・・)を悟っただけのこと。

 

 そしてその理由は、白音の目の前で黒歌()を殴れないという、甘さだ。

 

「……聞こえなかったのかしら。私と白音はもう、姉妹でも何でもないのよ」

 

 こいつまでもがそれをわかっていない。どいつもこいつも、なぜなんだ。

 

 何故私から、ピトーを取り上げようとする。

 

「それで脅かして、白旗でもあげさせるつもりだった?お優しいわね、ほんと。……ほんとに、どんだけ舐めれば気が済むのよ」

 

 右手が力と『気』で握り締められ、私はそれを、感情のまま赤龍帝に振るった。

 

 踏み込み、全体重を乗せた突きが腹をえぐり、赤龍帝の腰をくの字に折る。砕ける鎧の感触と音、飛び散る破片だけを私の眼に映し、赤龍帝は成すすべなく吹き飛んだ。途中リアス・グレモリーを巻き込み転がり、木の幹にぶつかってようやく止まる。

 

 先に呻き声を上げたリアス・グレモリーの悲痛な心配を聞きながら、私はじんじん痛み出した右拳に眼を向け、憤りをため息に変えて吐き出した。

 

「あー痛ったぁ。指の骨、ヒビくらい入っちゃったかしら。鎧を素手で殴ったりするもんじゃないわね、やっぱり。……でもってまだ生きてるし、完全に殴り損だわ」

 

「黒、歌……ッ!!」

 

「なに?あんたも仲間がやられてお怒り?文句なら自分と、その赤龍帝に言ってよ。甘っちょろい考えで私と戦おうとするからこうなるの。敵を殴ることすらできない奴が、殺し合いの場に出て来るべきじゃない。一つおりこうさんになれてよかったわね。活かす機会はもうなさそうだけど」

 

 涙の浮いた眼で憎悪をぶつけてくるリアス・グレモリーをまた煽る。情動が過ぎて反論の言葉も出ないようで、彼女は震えて私を睨みつけるばかりだ。

 

「……甘さじゃ、ねえ……!」

 

 代わりのつもりか、赤龍帝の声が通った。まだ言うかと私は口を開くが、罵りを挟みこむ隙もなく続けられる。緑色をした兜の眼が、私を睨みつけた。

 

「仲間は……絶対に傷つけさせねえ。これは、俺が俺であるための……誇りだ……ッ!!」

 

「お子様の正義感よ、そんなの。理想ばっかり追いかけた結果がこの有様。そろそろ現実見始めてもいい頃だと思うんだけど?」

 

 テレビのスーパーヒーローに憧れる歳でもないだろうに。綺麗なものにばかり包まれてきたガキんちょはこれだから嫌だ。

 

 誤魔化し、嗤った。押し黙り、次に吐かれた赤龍帝の声は、失望に満ちていた。

 

「……お前、白音ちゃんを囮にしたな」

 

「それが卑怯だっていうつもり?私だってびっくりしたわよ、ほんとに攻撃中断しちゃうんだもの。あのまま白音ごと殴り飛ばせばよかったのにね。重症だろうし、下手すれば死ぬかもしれないけど、少なくとも、私の拷問からは救えたわよ」

 

「ッ!……お前は……どうしてそうなっちまったんだよ……!!血の繋がった姉妹だったんだろ!?お互い頼り合って生きてきたんだろ!?なのになんで白音ちゃんを裏切って、死ぬとか拷問とか、そんなことを言えるんだ!!……どうして、白音ちゃんの痛みがわからなくなっちまったんだよ……ッ!!」

 

 心からの笑みが浮かんだ。

 

「さあ、なんでかしら?白音に聞いてみれば?」

 

 答えなんて出て来るはずもないが。

 

 赤龍帝は再び喉を鳴らした。握り締めた拳を見つめ、縋るように言う。

 

「でも……何かちょっとでも、残ってないのかよ……!力に溺れて邪気に呑まれる前の、白音ちゃんが愛してた『黒歌』は……!」

 

「だからいないってば、そんな都合のいい存在」

 

 何ならもっと早くに捨ててしまえばよかったとすら思うほどだ。あの時の私は残っていないし、残す気もない。『白音の姉の黒歌』は、もうこの世にいない。

 いては駄目なのだ。今の私の中心は、ピトーなのだから。

 

 私はそれを、こっちに近付いてくるその気配(・・・・)に強く意識して、笑みに変えた。

 

「イッセー」

 

 とうとう言葉がなくなった赤龍帝の肩に、リアス・グレモリーが手を置いた。吊り上がった私の笑顔に嫌悪で顔をしかめ、一つ大きく息を吸いこんだ。

 

「……覚悟を決めなさい。黒歌は……やはり、もう死んだの。あそこにいるのは、ただの亡霊よ」

 

 白音を視界から外しながら、はっきりと言い切った。決意が込められた号令は俯く赤龍帝に顔を上げさせ、命令として許しを与える。

 

 甘さを消すための許しだ。もはや時間切れであることなど知る由もなく、赤龍帝はゆっくりと頷いた。

 

「……そうっすね、諦めます。もしかしたら改心させられるかもって思ったけど……やっぱり駄目っすね、俺。……俺じゃあ、白音ちゃんを救ってあげられない……」

 

「貴方のせいではないわ。白音の傷は黒歌と……私のせいだもの。責任を感じる必要はないの」

 

「部長だって悪くないっすよ。悪かったとしても、黒歌とは違う。部長が俺たち眷属を大事にしてくれているのは、白音ちゃんだってわかってますから」

 

 呑気に言って、赤龍帝は立ち上がった。『力』が倍増する気配がして、溢れるドラゴンの『気』の矛先が、視線と共に私に向いた。

 

 憎悪などではなくはっきりとした敵意と嫌悪が、声に乗って響く。

 

「誰かの責任って言うなら、それはお前だ、黒歌。白音ちゃんを裏切って、傷付けたことを後悔してないお前が、一番白音ちゃんを苦しめてる!だからそれを解けるのはお前だけだったけど……もう、容赦しねえ」

 

 腰が少し沈み、突進の予兆。

 

「外道に堕ちちまったのなら、俺がけじめをつけてやるッ!!!」

 

 地を蹴った。『Boost!!』『Boost!!』『Boost!!』と、いくつも重なって連続する『倍化』。既にもう、私が防げる攻撃力ではない。回避できなければ大ダメージを負うことは間違いないだろう。

 

 だが、私は動かず笑顔でそれを見守った。それ(・・)に眼を向けたいのは山々だったが、失敗してしまった以上、もう邪魔はできない。だから、突っ込んでくる赤龍帝に無防備を晒した。

 

 そうして、次の瞬間。

 

 ピトーが、赤龍帝を大地ごと叩き潰した。

 

 ばき、と、兜が砕ける甲高い音がそれだけ。後は爆弾が爆ぜたかのような轟音と砂礫だけが辺りに撒き散らされる。悲鳴も怒号も呻き声も、どれも上げる暇さえなく、焼け森から飛び出してきたピトーが為したこの一連。【黒子舞想(テレプシコーラ)】は使っていないが、間違いなく本気であったその速さは私でも眼では捉えられず、『念』の威力は言わずもがな、赤龍帝をも軽く凌駕している。

 

 不可避不可知の不意打ちで、魔王級の一撃を、赤龍帝は喰らったのだ。

 

 死、以外に顛末はあり得ない。か細く感じる赤龍帝の『気』、魂の残滓も、いずれ吹き消えるだろう。

 

 それだけのことを確認した私は妖力で土煙のもやを一掃し、ピトーの拳撃が生み出したクレーターに飛び込んだ。

 

「もう!ピトーってば、そいつは私が殺りたかったのに!」

 

 我慢をやめ、普段通りの笑顔に戻った私は、拳を収めて立ち尽くす彼女の背中に抱き着いた。身体中の火傷の具合を見ながらついでに安心感に浸り、次いで『時間切れ』に立ち向かう。

 

「けど、ごめん。文句は言えないわよね。結局援護は間に合わなかったわけだし……タンニーン、どうなったの?」

 

 肩から首を出し、顔を覗き込んだ。赤褐色の瞳は私を見て、しかしすぐに逸らされる。どこか元気のないその表情は怒っているようには見えないが、さすがに思わずにはいられないのだろう。こいつら程度の雑魚に何を手間取ったんだ、と。

 やる気が出なかった、という言い訳は通用するのかしないのか。しないに決まっているだろうと理性的な思考回路が断言し、なら別のをでっちあげるかと心の中の悪魔が囁いた。そもそも天使なんているわけがないので、囁きに従い頭を回していると、沈黙していたピトーがようやく口を開き、いつもより少し歯切れ悪く言った。

 

「ああ……うん、倒したよ、どうにか」

 

「さっすがあ!龍王って魔王クラスの強さって話よ?すごいじゃない!」

 

「……まあ、殺せてはないんだけどね」

 

 それでも致命的な怪我も負わずに退けたのだから、十分にすごいことだ。その頑張りの分ますますこっちの結果が申し訳なくなってくるが、それでお説教に突入してはたまらないと、努めて明るく声を上げる。

 

 するとふと、呆然の声が寄ってきた。

 

「い……イッセー……?」

 

 リアス・グレモリーが死にかけの赤龍帝によろよろと近寄って、傍に膝を突いた。半身を地面にめり込ませ、頭からどくどくと血を溢れさせる奴に、恐る恐る手を触れる。

 

 触れて、手の震えが一層ひどくなったのは、その死を感じ取ったからなのだろう。いつでも殺せる雑魚を見下ろす私たちに、リアス・グレモリーは純粋な憎悪を爆発させた。

 

「よくも……よくも私のイッセーを……ッ!!」

 

 溢れる滅びの魔力が全身に纏わりつき、殺意の『気』が私たちの全身を刺す。まだまだかわいらしいそれは逆に私の嗜虐心を呼び起こし、脚をピトーの前に進ませた。

 

「黒歌、それに……変異キメラアント、ピトー……たとえこの身の血の一滴までが蒸発しようと……私は貴女たちを、絶対に許さない!!!」

 

「あらあら、大事な下僕がやられてご立腹だわ。……ピトー、こっちは私がやるからね」

 

 背後でしぶしぶといったふうに頷く気配。一方の私はさっきまでとは異なりやる気も十分だ。ピトーの目前で殺せる上に赤龍帝もいないのだから、これで気分が乗らないわけがない。

 

 最初から本気の仙術で片を付ける。その気で構えた、直後のことだ。

 

 突然、前触れなく目の前を黒い炎が覆った。驚いて反射的に飛び退り、数舜後に唇を噛む。

 

 なんともタイミングが悪い。邪炎の覆いが解かれたリアス・グレモリーの傍には、戦闘態勢の曹操が息を切らして立っていた。

 

 しかもその片腕には、なんと白音までもが担がれている。クレーターの縁に置いてきたのがあだになったらしい。ますますな忌々しさを押し殺し、無理矢理に嘲弄の形に歪めて向けた。

 

「もうご到着?大変ね、あんたも」

 

「……さすがにね、リアス殿たちが襲われてるなんて知らされては、黙ってなどいれないさ。……俺が一番乗りだが、その内魔王殿たちも来るだろう。首謀者たちが逃げ、城はもう凡そ片が付いている」

 

「……ふぅん、じゃあ来る前に、全員殺しちゃわないとねぇ」

 

 実質的にはあまり変わっていない。リアス・グレモリーさえやれば、曹操は口でどうにかなるはずだ。最悪、【黄昏の聖槍(トゥルー・ロンギヌス)】と奴らの企みの件で脅してやればいい。このカードは無視はできないだろう。

 

 奴もそれはわかっているらしく、言ってやった途端に眉間にしわが寄った。そこに憎悪で我を忘れたリアス・グレモリーが、思いがけず曹操の精神に攻撃を仕掛ける。せっかく庇われたのを無視して滅びの魔力を私に放とうとして、寸前気付いた曹操に止められた。

 

「何をするのよ曹操!!邪魔をしないで!!」

 

「落ち着くんだリアス殿。赤龍帝のことはわかる。だが自棄になるな」

 

「自棄になんてなっていないわ!!私の……私の大切なイッセーが殺されたのよ!?黙って受け入れろっていうの!?」

 

「君の眷属は彼一人ではないだろう?今攻勢をかければ、白音はどうなる。無茶をして戦って、彼女まで殺す気か?」

 

「ッ……!!」

 

 私たちを見つめたままの曹操が差し出した白音に、リアス・グレモリーは辛うじて止まった。放とうとしていた滅びの魔力を握り締め、歯を食いしばって俯く。

 

 曹操が、ちらりとピトーのほうに眼をやって、続けた。

 

「……フェルに槍を折られたからね、素手じゃさすがにこの二人は相手にできない。わかってくれ」

 

「それって白旗ってこと?で、もしかしておまけにリアス・グレモリーたちを見逃せって言ってるわけ?……馬鹿なのあんた」

 

 たぶんもう二度とないこんな好機、今更逃せるものか。邪魔をするというなら、多少無理をしてでも押し通す。【黄昏の聖槍(トゥルー・ロンギヌス)】を隠し通したいのなら、それも好都合だ。

 

 どのみち、もう私たちは奴にとっても敵。後には引けない。

 

 だがそんな決心は、ピトーによって破壊された。

 

「クロカ、引こう」

 

「……え?引くって……撤退……?」

 

 首肯。どうやら本気らしい。

 

 ピトーにとっても憎き悪魔を殺すチャンスだろうに――いやしかし、そうするしかないのかもしれない。魔王まで来るというのなら、敵のテリトリーで戦うのは確かに危険が大きすぎるだろう。今の曹操のように、予想外に早く現れる可能性も否定できない。バレてしまった以上、仕切り直すのが最善か。

 

 考えて、最後に白音すら掻っ攫われたことに鼻を鳴らすと未練を捨てて、私はため息を吐き出した。

 

「……りょーかい。じゃ、飛ぶわよ」

 

 他はともかく、修練を怠らなかった転移魔法は、たちまち陣を私たちの頭上に広げた。すぐに転移が始まり、真の前の風景が剥がれるように消えていく。構えて微動だにしない曹操とリアス・グレモリーと、白音も、すぐに眼前から消えた。

 

 

 

 一瞬して、足が土の地面でなく木材のフローリングを踏んだ。眼を開ければ薄暗い簡素な室内。アメリカのホームに、私たちは早めの帰宅を果した。

 私は肩を落としてもう一度ため息をつくと、床にどさりと腰を下ろし、相変わらず表情が暗いピトーを見上げた。

 

「で、これからどうする?すぐここにも手がかかるわよ。ハンター協会とも敵対関係になっちゃったわけなんだから」

 

「……うん。……ごめん、クロカ。これは、ボクが……」

 

「言いっこなしよ、私にも原因があるんだし。それに大した問題じゃないわ。悪魔だろうがハンターだろうが、逃げるだけなら難しくないもの」

 

 ピトーの『絶』と私の仙術、それに今まで培ってきた経験があれば容易だろう。……闇を渡り歩く放浪生活にはなるだろうが。

 

「何ならまた冥界の森に戻ってもいいしね」

 

 ピトーは何か言いたげだったが、口を噤んだ。しばし歯を噛みしめ、表情が和らいだ。

 

「……そう、だね。とにかく、必要なものだけ集めてここを出よう。この街からも離れて……考えるのは、それからかにゃ」

 

 言いながらドアノブに手を掛け、開けた。緊急時の転移先兼修行場であるこの部屋は、リビングに隣接している。アメリカは昼下がりの時間らしく、開いたドアから差し込む日の光は緩やかに辺りを照らした。見えたリビングは駒王町に向かったあの時のまま、片付け忘れたゲームのコントローラーと、ピトーの大型端末が投げ出されている。それに――

 

 コーヒーを飲む、男が一人。

 

 瞬時に緊張が跳ねあがった。気付けなかったことにまたしても己の油断、そしてもう刺客が放たれたのかと驚愕に呑み込まれ、咄嗟に取った戦闘態勢は四つん這い。

 

 しかし、そこまでで止まった。

 

 ピトーも同じく驚愕し、戦闘態勢を取ったが、手は出ずに今度は困惑し、警戒するばかりだった。

 

 しばしそのまま、男がコーヒーを啜る音ばかりが響き、耐えかねピトーが口にした。

 

「……オマエ、幻影旅団のクロロ=ルシルフル、って言ったっけ。……何のつもりで、なんでここにいる……?理由と目的は何?」

 

 忘れるはずもない、あいつだった。五年経っても変わらないイケメンな顔面と、曹操のような、所謂カリスマの雰囲気。

 

 仙術の感覚もそうだと言っている。そんな奴が、『()を全く使わずに(・・・・・・・)、ソファーに沈んでくつろいでいた。

 

「なんで、か」

 

 湯気の立つマグカップをテーブルに置き、奴は私たちにその静かな眼を向ける。

 

「こっちこそ、『なんで』だな。なぜオレの名前と、幻影旅団であることを知っている?二つが一致する情報を持つ奴は限られるはずなんだが」

 

「………」

 

 僅かだが、ピトーがしまったと言うように顔をしかめる。おかげで私も気が付いた。奴と戦ったのは『フェル』と『ウタ』。今の私たちは『ピトー』と『黒歌』だ。

 

 低く笑って、奴は変わらず落ち着いたまま、言った。

 

「なるほど。やはりお前たちが『フェル』と『ウタ』の正体か。奇妙だとおもったんだ。大して名を聞かなかった奴らが、片方は化け物染みた『円』と『オーラ』。そしてもう片方はあの猫魈と同じ仙術使い。極めつけに……ふっ……確かに、よくよく見れば随分似ている」

 

「……だから、なに。脅す気なら無駄だよ」

 

「そんな気はないさ。というか、そんなことをすればお前たちはオレを殺すだろう?そうなれば、今のオレには万に一つも逃れる術がない。ここに入り込むのだって、一月近くかかったんだ」

 

 腕を広げ、肩をすくめる。

 

「こんな状態だからな、殺すことなど、赤子の手をひねるよりも簡単だろう」

 

「それよ。……そもそもなんで、『纏』すらしないわけ?舐めてるわけじゃないって言うなら、ほんと何のつもりなのよ」

 

 あれほどの男がこんなにも無防備なのだ。気味が悪くてしょうがない。私とピトーの警戒心のほとんどはそれで、だから安易に攻撃の決断ができなかった。意図が全くわからない奴の行動は、私たちの内心をグラグラ揺らしてばかりいる。

 

 その思いで、立ち上がりながら私も言ってやった。すると奴はほのかな笑みのポーカーフェイスのまま、黙って自身の胸を指さした。左胸、心臓の位置だ。無地の黒いシャツにしわだけが寄る。

 

「……馬鹿にしてる?」

 

 ふざけていると断じて、念弾を生み出した。しかしそれで望み通り捻ってやろうとした直前、気付く。

 

 奴の体内にうっすらと、奴のものではない『気』の気配。目を凝らして、ようやく見えた。

 

「……鎖?」

 

 クロロの顔に、やはり薄くだが喜びが宿った。

 

「……予言通りだ」

 

「……あのさ、いい加減ボクたちにもわかるように言ってくれる?何しに来たのかも含めて、次誤魔化すようなら殺すから」

 

 殺気を漏らしたピトー。クロロは降参とでも言うように、しかし嬉しそうな微笑のままで答えた。

 

「黒歌の言う通り、オレの心臓には今鎖が刺さっていてね、それが『念』の使用を禁じている。破れば心臓が握り潰される、らしいのさ。……オレの目的はこれだ。これを『除念』してほしい。見えているなら、できるだろう?仙術で」

 

「……まあね。でも――」

 

「してやるメリットが、ボクたちにはない」

 

 私に続いて、ピトーが言った。尤もなこと。そして間違いなく、それは奴もわかっている。

 

「ああ、だから――」

 

 頷き、前で手を組んで身を乗り出す。

 

「取引をしよう」




H×Hのヨークシン編は大体原作通りに進んだというバックグラウンド。大体ね。
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