「魔王様、お呼びと伺い参りました。リアスです」
「……入りたまえ」
少しの間を置いて、扉の向こうでサーゼクス様が応える。入室の許可を得た部長に続いて執務室であるそこに入ると、来客用らしきソファーの他は意外と簡素な内装の奥、立派な木造りの椅子に座って机の上で手を組むサーゼクス様の姿が眼に入った。傍目にも明らかなほど、疲れ切った様子だった。
そんなサーゼクス様は億劫そうに顔を上げると、途端に部長と白音ちゃんもが頭を下げる。お供の俺もお高そうなソファーの座り心地を試したい欲望を捨てて礼をしようとして、しかし直前にサーゼクス様に制された。
「楽にしてくれていいよ、どうせここには私しかいないんだ。二人とも、いつものようにリアスの兄として接してほしい」
「無茶を言わないでくださいお兄様。昨日のクルゼレイ・アスモデウスを滅したお兄様の戦いぶりを見て、みんな恐縮してしまっているんです。それにまだお仕事中なのでしょう?ちゃんと私たちの偉大な魔王様でいていただかなくては」
「ははは、手厳しいな。……これでも丸一日、朝昼夕と寝ずに頑張ったんだよ?そろそろいい加減肩が凝ってきたんだ」
「ま、丸一日?」
お説教モードに入りつつあった部長が、それを聞いて恥じたように身を縮めた。疲れ切った様子は、曰くオフが軽い魔王様の悪癖が出たと思ったのかもしれない。俺たちと違って家族故に頭になかった魔王様の弱音で、下がったトーンが申し訳なさそうな心配の言葉に変わる。
「そこまでお忙しかったなんて……知らなかったわ。大丈夫なの?お兄様」
「大丈夫だとも。人間との協定を進めるにあたって忙しくなることはわかりきっていたんだ。想像から仕事が多少増えた程度さ、問題ない。……それに、私以上に大変な目に遭った者がここにいるわけだからね。私が無理とは言えないよ」
部長の心配を笑って受け止めた魔王様が、続けて俺を見やった。
「どうかな、一誠君。その後の調子は」
俺はどうにか畏怖と緊張を呑み込んで、ついさっき包帯が取れたばかりの頭を掻いて笑った。
「いやぁ、見ての通りです。黒歌にやられた傷もピトーにやられた傷も、もうどっちも完璧治りました!」
「そうか、それはよかった。頭部に重大なダメージと聞いたが……後遺症もないんだね?」
心配そうな視線が俺の頭に持ち上がる。確かに当時は相当ひどい有様だったらしいが、目覚めた時にはもう治っていたので自覚としては薄い。しかしとにかく今は無問題、もうすっかり元通りだ。
「はい、さっきまで念のためってベッドに寝かされてたんですけど、ほんとにもう全く!全然大丈夫っす!なんせ
怪我を瞬く間に癒してくれるあのアイテムを、俺はクーデターが起こる直前に、プレゼントとしてそれを渡されていたのだ。
くれたのはレイヴェル・フェニックス。あの焼き鳥野郎、ライザー・フェニックスの妹だ。お近づきのしるしに、なんて言われて手渡された小さな包みは宝石かなんかだとばかり思って気に留めていなかったが、そのおかげで助かった。
「本当に、それに関しては良かったわ。あれがなければ死んでしまっていたかもしれないもの。本当に……よかったわ、イッセー。後でレイヴェルにお礼を言いに行かないとね」
「……はい、部長!」
本当にうれしそうに、部長は俺の生還を喜んでくれる。愛されているという実感がむず痒くも俺の頬を緩ませ、誤魔化すように大きくお決まりの返事をした。
部長はそれににっこり微笑むと、表情を改めサーゼクス様に戻し、聞く。
「それはさておき……お兄様、イッセーの容態を聞くためだけに、私と白音まで呼び出したわけではないんでしょう?」
ちらりと一瞬、サーゼクス様は、俺の隣で俯き気味に佇む白音ちゃんへ眼を向けた。黒歌に襲われてからずっと、麻痺が解けて一日経っても元気をなくしたままの俺の後輩。サーゼクス様の視線に思わず解決のヒントを期待してしまったが、さすがにそれは虫のいい話だ。魔王としての仕事で忙しいサーゼクス様はゆっくり瞑目し、柔和な微笑みに真剣さを宿らせ、静かに開いた眼で部長を見つめ返した。
「……そうだね、本題に移ろう。しかしその前にもう一つ、認識の確認が必要だ」
「認識の確認……?」
まだ続くらしい前置きに、部長が首を傾ける。サーゼクス様はオウム返しな呟きへ頷き答えた。
「今回の、『
「ッ……」
ということはつまり、呼び出しの理由もそれ関係のことなのだろう。そりゃそうだ。このタイミングでの話題なんてそれくらいだし、何よりあれはそれだけの大事件だった。
あの惨劇、城で大暴れする『旧魔王派』悪魔も、そいつらに殺された人間の断末魔も……そして黒歌のことも、眼を閉じれば簡単に蘇ってくるくらい、しつこく記憶にこびりついている。だから確認などせずとも全部覚えているのに、と思い出したくないその時の確認を告げられた悶々とした感情で、たぶん眉間に一本くらいの皺が寄った。
しかしそれがサーゼクス様のためになるのなら、部長も俺ももちろんちゃんと答えるつもりではあった。あったのだが、しかし次に出された問いは予想を若干外れ、はっきりとは答えられないものだった。
「『ハンター協会』と『V5』、つまり人間側に出た被害内容の内訳を、リアス、どこまで把握している?」
「う、内訳?」
またしてもオウム返し。肩透かしを食らったように部長は目を瞬かせる。だが無理もないことだ。俺だってそう。戦闘とか黒歌の様子とか、もっと踏み込んだことを聞かれるのかと思ったら、テレビのニュースレベルのこの質問。もちろん俺が持ち合わせる情報がサーゼクス様を満足させられるとは思えず、助けを求めるように俺に向いた部長の視線には、同じように目を瞬かせることしかできなかった。
数秒そのままで結局僅かな落胆と諦めにたどり着いた部長の眼は、しぶしぶ戻って後ろめたそうに、サーゼクス様の役に立てない無念を口に出した。
「……貴族間で広まっている情報止まりです。ハンターには人的被害が出なかったが、『V5』には数名の死者と多数の重軽傷者が出たと。……具体的な数字や被害者名なんかは、全く……」
「……曹操殿からは何も聞いていないのかい?
その名前につい、背が震えた。
白音ちゃんも同じく反応し、俯いたまま身体を固くする。部長も思うところはあっただろうが一人だけ心を制することに成功し、息を吐く。
「ああ、なるほど。それで、というわけなのね。……けど、やっぱりごめんなさい、お兄様。昨日から今日まで、連絡が取れていないの。曹操は『V5』の面々の警護で忙しくなる、というようなことを言っていたから、フェルとウタもたぶんその関係で動いているのだと思うけど……」
「……そうか。いや、いい。ありがとう」
ついでに言うならハンゾーとも連絡が取れなくなっているが、まあたぶん同じような理由なのだろう。ハンゾーもフェルさんもウタも
修行の依頼はあったが、それも事実上終了している、らしい。それを思い出し残念がっているのだろう白音ちゃんの俯いた後頭部を見つめていると、部長恐る恐るのふうにサーゼクス様の顔を覗き込んだ。。
「それで……どうしてこんなことを?詳しく知っていなければ言えないようなお話だったのですか……?」
「……いや、そうではない。むしろ知らないのが普通だ。……彼らだってハンターだからね、情報の扱い方は心得ているだろう。もしかすれば曹操殿から情報が引き出せないかと、淡い期待を持ってしまっただけなんだよ」
「……でも、曹操が知り得る情報くらい、魔王であるお兄様が知らないわけはないでしょう?被害の内訳だって、魔王様の城で起きた事件なんだから、把握できているはずだわ」
もっともなことだ。悪魔のトップのお人なのだから、少なくとも下っ端の俺たちよりは詳しいに決まっている。
だがサーゼクス様は首を横に振った。
「それがね、できていないんだ。私の持つ情報もリアスとさして変わらない。精々、死者にそこまでの要人はいなかった、ということくらいだよ」
「それは……どういうことなの?普通は下から報告が上がってくるものでしょう?」
僅かに目を見張り、訝しげに眉を寄せる。困ったような表情で黙り込むサーゼクス様に、部長は瞬きをして言った。
「まだ報告させていない、と?」
「……違う」
サーゼクス様は短く言って、下がった視線を部長の眼まで持ち上げる。
「報告
「……ええと……それはつまり、人間側が情報を止めたということ……?でも……できるの?軽症者はともかくとして、重症者は冥界の病院に運ばなければ間に合わないでしょう?なら、お兄様にまで隠蔽できるとは思えないのだけど……」
「そうした場合はできないだろうね。だがそもそも、今回の事件で人間側は誰一人冥界の治療設備を利用していない」
「ッ!それは……」
つまり……どういうことなのだろう?
難しい話に、早くも俺の脳味噌が煙を噴き始める。二人のやり取りに横入りする気は白音ちゃん共々なかったが、しかし聞いているだけでかなりのダメージだ。
部長とサーゼクス様の手前できるはずもないことを考える俺をよそに、何かを悟ったらしい部長は沈痛の面持ちで唇を噛んだ。がしかしそれは、どうやらすぐに否定された。
「手遅れだった、というわけではないよ。情報がない故に恐らくだが。……パーティーに護衛として付いていたハンターの一人に、大規模な転移が可能な
「ああ……なるほど、確かにそうよね」
どうやら重症者すべてが死人に変わってしまったと思っていた部長は、小さく息を吐き、強張った肩の力を抜いた。白音ちゃんも同じ考えだったのか、少しだけ安堵で脱力したように見える。気付けなかったのが自分だけという事実に口がへの字に曲がりそうなのを堪えながら、俺は気を紛らわすために、目を伏せ、取り戻した落ち着きで呟くように言う部長に眼を向けた。
「フェルの念能力、【
「そうだね。コカビエルを打倒できるほどの戦闘能力と、稀有且つ強力な回復能力を持ち合わせている。あれほどの人材は滅多にいないだろう。知れ渡ってしまえば是が非でも眷属に、と望む者もいるかもしれないから、せめて回復能力のことは黙っておくことにしようか。いいね?リアス」
「……もちろん言わないわ。というか、言えないわよ。どんな仕返しをされるか……」
途端に青い顔になった部長の気持ちはよくわかる。悪魔嫌い、というか憎悪の度合いで言えば、たぶんウタ以上のあの人のことだ。勧誘してきた悪魔のみならず、情報の発信源があると知ったらそこまでを標的に加え入れ、少なくとも半殺しくらいにはするだろう。想像に難くない。
そんなものに巻き込まれ、またウタのパンチを食らうのはごめんだ。殴られるならせめてフェルさんのおっぱいを拝んでからがいい。
いつの間にか思考が逸れて、過去の雪辱とまだ見ぬ希望が頬から力を抜き取りつつあった。しかし不意に、空気が引き戻される。
「だが、理由はなにもそれだけではないだろう」
雑談に傾きつつあった声のゆるみが引き締まり、真剣の色を取り戻したサーゼクス様が落ち着いて余韻を切り払う。それが吹かせた鋭い風に慌ててお供の役目を思い出した俺は、同じく身を震わせた部長と一緒に、心の中で首を傾げた。
「……他にあるの?こちらの治療を断った理由なんて。悪魔嫌いのフェルを慮った、くらいしか思いつかないのだけど……」
「そう思うかい?なら思い出してみなさい。……城でのあの戦いだ」
「ッ……!」
部長も俺も、別の不運に見舞われていた白音ちゃんを除いて息を呑む。やっぱり恐れてしまうその光景。頭を振って怯えを追い出す俺をちらりと見やって、サーゼクス様は静かに目を伏せた。
「……あの戦い、敵の数はかなりのものだった。比べれば、我々が用意していた警備の兵はあまりに少ない。全く手が足りず、せめて君たち若手悪魔や出席していた貴族たちを守ることに戦力を集中せざるを得なかった。広く守れば必ずどこかが崩壊し、乱戦になってしまうことは眼に見えていたからね。実際に、リアス。君と君の眷属たちにも苦労をかけた」
「いえ、私はサイラオーグに発破をかけられただけですから。『未来を担う我々若手悪魔こそが戦い、冥界を守るのだ』と。むしろ勝手な行動をしてごめんなさい」
「……それを止めるのが我々大人の役目だ。レーティング・ゲームならいざ知らず、殺し合いの場に君たちを巻き込むべきではなかった。辛い思いをしただろう?すまなかった」
重ねられた謝罪に押し黙った部長の脳裏にも、やはり蘇っているのだろう。見てばかりいられないと立ち上がり、しかし僅かに手が届かず、『旧魔王派』の悪魔に殺されてしまったあの男の断末魔。名前も知らない、顔だってその一瞬しか見なかったのに、記憶に焼き付いてしまっている。
救おうとした人のリアルな死は、他人でも恐ろしいものだった。
そしてそれは、身内であればなおのことだ。
視界の端に白音ちゃんを入れたまま、俺は左の拳を握り締めた。
小さく息を吐き、サーゼクス様は続けて言った。
「しかし、あの時はあれが最善だったと私は思う。君たちが蜂起してくれたおかげで敵の陣形が乱れ、私も皆を守ることを任せ、攻勢に転じることができた。あれがなければ事態はもっと悲惨と化していただろう。……だがそれでも、問題が起きてしまった」
「……それが、『他の理由』?」
部長の疑問の声に頷き、さらに続ける。
「戦力を一方に集中させれば、当然もう一方は疎かになる。今回の場合、疎かになったのは人間側の守りだ。ネテロ殿や曹操殿、先ほど言った転移能力の
「ちょ、ちょっと待ってくださいサーゼクス様!不信感って……俺たちにですか!?襲ってきたのは『旧魔王派』とかいうテロリストのやつらなのに!?」
黙っているつもりだったが、思わず叫んでしまった。守り切れなかったというハンターですらなく、なぜ必死に戦っていた俺たちがそんな感情を向けられなければならないのか、という咄嗟の憤り。
だが一瞬の後、苦しげに顔を歪める部長の表情に気付き、同時にその理由を理解した。
部長が、答え合わせを口にする。
「……私たち悪魔が主催したパーティーでの出来事、ですものね」
「そうだ。我々が管理する場で死者までが出てしまった以上、批判は避けられない。実際に、我々はあれほど大規模な襲撃を予想できず、十分な警備の兵を用意できていなかった」
サーゼクス様の言う通り、仕方がないことなのだろう。矛先に納得ができるかは置いておいて、人の死をなかったことにするのがいいことだとは俺も思わない。
不信感くらいなら、むしろ抱く方が当然か。考え、文句は呑み込んだ。しかしサーゼクス様は残念そうに続けて言う。
「それにいくら協定を受けてくれたとはいえ……アザゼルの言う通り、我々悪魔は今現在、種族単位での信用が低下している。我々の兵が人間たちを守れなかったことと合わせて、クーデターを装い、あるいは乗じて人間側を殲滅するつもりなのではないか、と考えてしまったらしいんだ」
「っ!でも……でもそんなの、殲滅なんて普通するわけないじゃないですか!意味だってない……!」
つい口が出た。が、語調には勢いが乗らない。
確かに殲滅などという行為がありえないものだとしても、貴族悪魔たちが転生悪魔を、つまりは人間の血を馬鹿にしていた様子は記憶に残っている。客観的に見れば、そりゃあ疑わしく思えてしまうだろう。人間側にとってはどっちも同じ悪魔なのだ。
理解してしまって何も言えなくなってしまった俺に、サーゼクス様は少し曇った微笑を向けた。
「そう、普通はあり得ないことだ。証拠も何もあるはずがない。だから明確な断罪ではなく、不信感なんだ。彼らに治療設備の用意があることを伝えた時、断りの言葉にそれが紛れていた。……まあきっとそう遠くないうちに、所謂『匂わせ』ではなくなるだろうがね。このような危惧を抱いたまま、協定など結べるはずがない」
「……そ、それじゃあ、人間との協定は事実上……白紙に……?」
「ええ!?不信感ってだけで、そこまでになっちゃうもんですか!?」
言ってから、しかしふと考えが巡る。
なっちゃうもんかもしれない。だって俺とフェルさんウタのように、自分に害意を持ってるかもしれない相手と心の底から仲良くなれるはずがないのだ。……ゼノヴィアを除いてだが。
「このまま放置すれば、そうなるだろう。協定は破棄される。しかしもちろん私も、そして『V5』も、そんな結末を望んではいない。不信感を知り、こちらに悪意がないことを示すために、条約の一つを無理矢理進め、人間側に治外法権の領地を与えたんだが……それだけでは少々楔としては弱い。自衛の手段を持たせはしても、それでは根本的な解決にはならないだろう。不信感、つまり我々悪魔への恐怖感そのものを拭う必要がある」
「な、なるほど……?」
全くなるほどではないが相槌を打ち、サーゼクス様を見つめ返す。しかし部長はまたしても悟ったようで、はっと目を見開き呟いた。
「っ!そうなのね、だからイッセーと白音を連れて来るように、ってことなの……」
「……え、やっぱりこの話、俺も関係あるんすか?てか白音ちゃんまで?」
「そうよ。つまり――」
俺と、相変わらず俯き加減で顔が見えない白音ちゃんを見やってから、部長は一つ深呼吸を挟んで答える。
「……つまり、貴族とその眷属として、唯一『旧魔王派』から痛手を受けた私たちを、テロリズムへの反対の証明にしようということなのよ。……ですね、お兄様」
「……凡そ、その通りだ」
サーゼクス様が頷いた。しかし一方の俺はやっぱり部長と違って頭が冴えず、精一杯働いた脳味噌が白旗を上げる。
「あのー……それでその『証明』ってのをするためには、俺たち何すればいいんすかね……?」
とうとう部長の顔にも呆れの色が入ったが、だってわからないものはわからないのだ。国語は得意なほうだが、そもそもの地頭があまりよろしくない。断片の情報から推理しろだなんて言われても無理だ。
くすりと鼻が鳴るような笑い声を漏らすサーゼクス様に羞恥心を刺激されながら、俺は言い訳を呟きつつ眼を逸らす。それを部長が拾い、しょうがないなと微笑を浮かべて口にした。
「この間の会談と同じよ。あの時はアザゼルのせいで台無しになったけど……要は人間の面々に、クーデターが起きたあの時、私たちが体験したことを説明するの。敵の敵は味方、なんて言うでしょう?私たちは精いっぱい戦ったんだと訴えて、『旧魔王派』は共通の敵であることを理解してもらうのよ」
「ああ!なるほど、確かにそれが一番の『証明』っすもんね!なんだ、簡単じゃないっすか!」
「……黒歌のことも、話す必要があるわ」
その一言で、理解したことへの安堵がまとめて吹っ飛んだ。そうだ、何も思わずに話せるはずがない。……白音ちゃんにとっては。
思わず視線を右下の白音ちゃんに向けた。相変わらず俯く後頭部に流れる白髪が見えるだけだが、その姿はどこか辛そうにも見える。
サーゼクス様はその様子に少し表情を硬くして、静かに言った。
「だが、話してもらわねばならない。これで冥界の命運が決まるかもしれないんだ。わかってくれ」
「……魔王様が、そうお望みなら」
と、一瞬の間で葛藤があったのだろうが、白音ちゃんは頷いた。未だショックは抜けていないが、『冥界の命運』なんて言われては断れなかったのだろう。
かと言ってサーゼクス様を恨むこともお門違い。実際、説得の適役は俺たちしかいないのだ。無傷だった他のみんなでは『敵である』という証明が薄れるし、かといって兵士悪魔たちの死は、お偉いさんには響かない。
だから魔王の妹とその眷属という肩書を持ち、実際に
つまりそれで言うと、一番説得に適しているのは俺かリアス部長だろう。言っては何だが白音ちゃんはずっと麻痺したままだ。俺のように死にかけたわけでもないし、部長のように高い地位を持っているわけでもない。
きっと俺たちが表に立ってフォローできる。これ以上白音ちゃんを苦しませないために決めた決心は部長と同じで、同時に顔を見合わせた俺と部長は同時に頷き、それをサーゼクス様に向けた。
サーゼクス様は優しげに微笑んだ。
「……ありがとう。君たちの想い、無駄にはしないよ。……では早速、説得のための段取りを――」
と言って、机の上で組まれた手を解く。その直後だった。
ばたん、と突然背後でドアが開け放たれる音がして、俺たちは皆反射的に振り返った。驚きの眼で発見したのは、仰々しいローブを纏った一人の男。薄く汗をかいた妖艶な顔はどこかで見たような気もしたが、しかし記憶を辿る間もなくこっちに迫り、おざなりに『失礼』と言って俺たちを押しのけた。机までのしのし歩き、手の紙束をサーゼクス様に突き付ける。
「……アジュカ、突然なんだい?」
コミック誌くらいの厚さのそれを受け取りながら、サーゼクス様はアジュカなる男を見上げて尋ねる。男、アジュカは唸るように息を吐き、短く言った。
「とにかく読んでくれ、サーゼクス。問題が起きた」
言われ、紙束に眼を落とすサーゼクス様。書かれた文字を眼がなぞり、進むたびにどんどん眉間の皺が増えていく。紙をめくり、黙々と読み始めたサーゼクス様を、アジュカはやはり黙って見下ろしていた。
その時間で突然の乱入者がもたらした驚きから立ち直った俺は、代わって湧いた僅かな警戒心と憤りを、声を潜めて部長に聞いた。
「部長、あのアジュカってやつ、誰なんですか?なんかサーゼクス様にタメ口聞いてましたけど……」
「イッセー……知らないのだろうけど、間違っても『やつ』なんて大声で言っては駄目よ。あのお方はアジュカ・ベルゼブブ。お兄様と同じ、四大魔王のお一人なの」
「……マジっすか」
言われてみれば顔への既視感、城のパーティーでサーゼクス様の隣の席に座っていたような気もする。魔王様に不敬じゃないかと思っていたが、どうやら不敬だったのは俺のほうだったようだ。
冷や汗がドバっと出た。恐る恐るアジュカ、いやアジュカ様へと視線を戻して聞かれていないかと確認し、動きがなかったことに息をつく。
と思うや否や代わりにサーゼクス様が吐き出したため息は、直後俺に向いたものではないと気付いても、しばらく俺の心拍数を上げることとなった。
「……これ全て、協定破棄の嘆願書か」
「大王家からのな」
「っ……割って入って申し訳ありません、アジュカ様、サーゼクス様。ですが私たちはたった今、協定を繋ぐための御役目を賜った身……どういう意味なのか、お尋ねしてもよろしいですか……?」
鼓動の振動と下がってしまった血の感覚で言葉が出ない俺に代わり、部長が言いたいことのほとんどを言ってくれた。
そうだ、なぜ今ここで人間側からではなく悪魔側からそんな話が出て来るのだ。援護でそんな視線を送ると、アジュカ様はこっちに振り向き、一瞬サーゼクス様と眼を合わせた後、次いで身体ごとこっちに向いた。
「割って入ったのはこちらのほうだ、君が謝る必要はない。故に、侘びも含めて答えよう。私がサーゼクスに渡したものは、彼の言った通り、人間との協定を破棄せよとする進言の束だ。ほぼすべて、大王家に連なる貴族たちからのものになる」
「そ、そんな、なぜ……やはり、彼らが人間を蔑視しているからなのでしょうか?」
「内心はそうだろう。だがアレに書かれている理由は別だ」
アジュカ様は部長と、そして俺の予想に首を振り、難しい顔をして神をめくり続けるサーゼクス様のほうを眼で示す。『アレ』、つまり大王家たちが人間との協定を否定する理由。それは――
「黒歌と、ピトーだ」
息を呑んだ。ここでもその名前が出て来るのか、という思いを喉のあたりで押し留め、続く言葉を聞く。
「この一人と一匹は、本来ハンター協会会長のアイザック=ネテロによって討伐されたはずだった。サーゼクスが相当な金を費やして協会に依頼してな。……この辺りは君たちも詳しいだろう」
部長は何も言わず頷いて肯定を示し、俺もそれに倣う。しかしやはり反応できない白音ちゃん。アジュカ様はしばらく見つめていたが、やがて諦め近くのソファーに腰を下ろした。
「しかし、生きていた。生きて、再び事を起こした。もう聞いているだろうが、タンニーン殿に未だ意識が戻らないほどの重傷を与え、十数人の悪魔を……殺した。加えて現在行方不明となっている貴族悪魔、私の身内であるディオドラ・アスタロトも、奴らに殺された可能性がある。それらの原因はすべて、奴らを
「だからそんな失態のある組織を有する人間側は、協定を結ぶに値しない、と……?」
解せない、というふうに部長は眉を歪めた。確かに理屈はわかるが、しかしそれだけで人間全体に資格無しとするのか?という疑問。協定を結ぶ先はあくまで『V5』であり、ハンター協会はその補佐と仲介でしかないはずだ。それに二人を取り逃がしてしまった協会の力が不足しているのなら、それに文句を言うのは悪魔ではなく『V5』だろう。
他にその失態とやらを協定の破棄まで結び付けられる理由は見当たらない。人間を疎ましく思う貴族たちの気持ちが、どうして魔王様の意思すら無視するほどにまで成長してしまったのか。
わからずにいると、ふとアジュカ様に向いた視線の横で、サーゼクス様の顔が忌々しげに歪んだ。同時に気付いたらしいアジュカは、俺がそれを疑問に思う間もなく、答える。
「しかし一部にはもっと過激な主張をする者もいる。仮にも悪魔である黒歌が人間であるネテロに討伐されるはずもない故に、そもそも討伐されたという事実こそが奴のフェイクであり、ネテロとハンター協会はすでに奴に操られた傀儡なのだ、と。そんな組織は協定の破棄だけではなく、部隊を送って壊滅させるべきだ、という意見もちらほらとあったな」
「……そのようだ」
サーゼクス様が眼を紙に落としたまま、低い声色で肯定する。部長が憤りの声を上げた。
「そんな……馬鹿げています!確かに黒歌は……戦ってみてわかりましたが、強かった。しかしネテロ以上だとは思えません……!それどころか私には、フェルやウタや曹操のほうが強いように思えました!全力を見たとはいえないでしょうから、確かなことは言えませんが……」
「私もリアスと同感だな。このような話がありえるとは思えない。ネテロを上回るほどの実力が黒歌とピトーにあるのだとしたら、五年前の逃亡の折、私たちが差し向けた討伐部隊は一人として戻りはしなかっただろう。……今回もね。……アジュカ、君はなぜ私にこんなものを読ませたんだ?」
半分ほどを読まずに閉じ、サーゼクス様は進言を机の上に投げ出した。
「まさかこのような破綻した言い分が協定の障害になると思っているわけではないだろう」
「ああ、そうだ。ネテロのあの戦いっぷりを見て、黒歌に屈したと本気で考える奴はいないだろう。大王家は今の魔王政権を叩きたいだけだ。だから……こんなものは無視してしまえばいい」
アジュカ様は以外にもあっさり同意を示すと、紙束に眼をやりちょいっと指を振った。途端に火が付き、灰も残さずに燃え尽きる。見届けたサーゼクス様がなおも疑問の表情で口を開くと、それを遮りアジュカ様は続けた。
「しかし問題なのは、この疑惑が大王家の内に留まらず、貴族どころか民衆にまで広まってしまったということだ」
「……なるほど。民たちの間でも、協定に対する反感が生まれているのか」
「今はまだ、そこまで大きなものではない。しかし気付いたころには口止めできる段階を過ぎていた。すぐに全土に広がり……サーゼクス、お前の想像した通りの声が上がるだろう。ネテロの、ハンターの強さを知らない市民たちからすれば、人間が悪魔に敵うはずがないという常識は実に納得がしやすい。……それに、そのほうが大衆受けもいいからな」
ソファーの背もたれに身体を預け、天井を見上げながらそう付け足す。声色は明らかな嘲りだったが、その言葉は俺にも不快感を抱かせた。魔王様同士の会話を邪魔するなんて恐ろしくてできなかったが、しかし小さな呟きとして漏れ出す。
「……大衆受けって……」
何もわかっていない奴らに、なぜサーゼクス様の平和への想いを踏みにじられなければならないのか。我慢できなかったその憤りに部長が気付き、俺を小突いて注意しようとしたその直前、なんと聞こえてしまっていたらしく、サーゼクス様が俺に微笑みかけた。
「ありがとう、一誠君。気持ちは私もわかるが、しかし彼らを疎ましく思ってはいけないよ。正しき道を示し、導くのが我ら貴族の責務なのだから」
そう言われるともう俺は縮こまるしかない。ガキっぽい言いがかりであることを突き付けられ、サーゼクス様の温かな眼がさらなる羞恥を呼び寄せる。
その一連を、不意に響いた咎めるようなアジュカ様の声が止め、サーゼクス様の魔王としての顔を引き戻した。
「ならまずは、導くための土台を修繕する必要があるぞ、サーゼクス」
「……なに?」
ソファーに身を沈めたまま、アジュカ様は顔だけでサーゼクス様を見やり、言った。
「協定への反感というのはあくまで副次的な結果だ。……巷間に出回っているこの噂を、そのまま教えてやろう。『傀儡であると見抜けず協定を結ぼうとしているサーゼクスは魔王に相応しくない。クーデターの首謀者を二人も取り逃がしたとあってはなおのこと』、だ。不信感の大元は協定ではなく、サーゼクス、君なんだ」
「カテレアとシャルバのことまで出回っているのか……!それで、弱い私は『ルシファー』の名に不相応だと……。しかし、自分で言ってしまうのは何だが、私は民衆人気が高い方だと思う。取り逃がした程度で民心が私を否定するものか……?それに……『サーゼクスは』?非難するつもりではないのだが、そういう噂が出回っているのなら、私がクルゼレイを倒したことも伝わっているはずだ。代わってアジュカ、君たち他の魔王は敵兵悪魔の対処を頼んだ故に、これには関わっていない。なのに批判の対象が私だけというのは……些か奇妙じゃないか?」
「また別の噂があるからだ」
アジュカ様が短く答える。きっぱりした調子は聞かずとも理由の明朗さが明らかで、サーゼクス様のみならず俺たちの懐疑を取り払った。
そして、アジュカ様はサーゼクス様から反対の部長へと首を回し、懐疑の代わりに驚愕をもたらした。
「リアス・グレモリー、君が件の黒歌と内通しているのではないか、という疑惑が広まっている」
「……は……?」
誰もすぐには言葉を発することができなかった。俺もやはり言葉の意味に理解が及ばず、止まった脳味噌で呆けているうちに、アジュカ様は続いて白音ちゃんに眼を向けた。
「正確には黒歌の妹である白音が疑われているわけだが、しかしそれも巡ればサーゼクスへの不審になる。裏切者を身内に抱えている魔王、となるわけだからな」
「……それは……馬鹿げている。白音が内通者など、馬鹿げているとしか言いようがない噂だ」
サーゼクス様が我に返り、首を振った。続いて俺も思考を取り戻し、半ば叫ぶように訴える。
「そうです!!ありえないですよそんなの!!だって白音ちゃんは……黒歌の奴は、白音ちゃんを裏切って見捨てた奴なんでしょ!?しかも今回は拷問して殺すだなんて言ったんだ!!なのになんで白音ちゃんが悪者になってるんだよ……ですか!!」
「君たちはあり得ない話だと知っていても、民衆は知らない。タンニーン殿に致命傷を与え、ディオドラを殺したテロリストの妹である、というだけで疑うには十分だ。それに、言ったろう?そのほうが大衆受けする。『何もなかった』よりも『何かがあった』のほうが愉快なんだ。ほとんどの大勢は事実ではなく、より過激なゴシップに惹かれる」
「そんな……」
震える声で口を覆い、とうとう直立の姿勢を崩した部長は白音ちゃんの頭を抱きしめた。俯くその表情はやはり見えないが、今となってはむしろ見ようと思うこともできず、俺は憤りを拳に押し込め、二人から視線を外す。
するとその先、サーゼクス様が不意に椅子から立ち上がり、隠しきれない怒りで足を鳴らして、アジュカ様に詰め寄った。
「誰なんだ、アジュカ。その噂とやらを流した人物は……!」
「……わからん。まあ間違いなく大王家に連なる誰かだろうが、証拠は何一つない。それよりもだ、サーゼクス」
アジュカ様も立ち上がり、真正面からサーゼクス様を睨んで肩を掴んだ。
「犯人捜しよりも、まずは早急に噂を払拭する必要があるだろう。このままでは協定も、お前の地位も消えてなくなる。唯一繋がった人間との協定という繋がりを失ってしまえば、我々は世界から取り残されてしまう。今、悪魔が再び分裂してしまえば、待っているのは以前よりももっと酷い、悪魔という種族の破滅だ。あらゆる勢力からの信用を無くした我々には、もう後がないんだ」
『もう後がない』、その言葉にサーゼクス様ははっとしたような顔になり、怒りの気迫を押し込める。
元一般人の高校生である俺には政治の話はわからないが、つまり『ぼっち』がまずいということなのだろう。魔王様二人が認めている以上俺も認めざるを得ないが、堕天使の総督が言ったように世界中の神話勢力から嫌われている俺たち悪魔は、人間の勢力からもそっぽを向かれれば味方がいなくなってしまう。
万が一の時、誰も助けてくれないのだ。寄ってたかって虐められても、庇ってくれる人は一人もいない。そういう主人公がパシリにされたり恐喝されたりするような展開と結末は、漫画でいくらでも知っている。人間側、『V5』との協定とは要するに、唯一自分を見捨てないでいてくれた親友なのだ。
だから、
間違いなくそんな俺以上に重要性を理解しているサーゼクス様も、数秒押し黙って怒りをやり過ごした後、再び椅子に戻って机の上で手を組んだ。
「……それで、どうやって払拭する。私への悪意による噂なのだろう?『V5』たちのように言葉で解決できるとは思えないが」
「明確な行動が必要だ。大王家、いや、噂を流した連中の口も噤ませられるほどの、確固たる実証。……故に提案する。サーゼクス、君の妹たちと共に『旧魔王派』の拠点を襲撃し、取り逃がした幹部の二人と黒歌を打ち取れ。それを完遂できれば、あらかたの問題は解決できるだろう」
「……『打ち取れ』、かい」
サーゼクス様の視線が、アジュカ様から少し下にずれた。その眼の心配はもちろん部長と、そして白音ちゃんに向いている。
もちろん俺も、白音ちゃんを抱きしめたままの部長も気持ちは同じだ。曰くどうやら戦いに赴かねばならない事それ自体はともかくとして、その中に白音ちゃんまで含まれているというなら、彼女の心を案じずにはいられない。
黒歌がもうすっかり悪に染まってしまったとわかっていても、そうでない優しかった時、自分の大好きなお姉さんだった姿を知っている白音ちゃんには辛いだろう。
たぶん俺と同じくそんな心配を思い浮かべたサーゼクス様は、しかしゆっくり瞬きをしてアジュカ様に視線を戻し、唸るように言った。
「確かに、それができればベストだろう。彼ら不満分子を叩くことができれば、後顧の憂いも絶つことができる。しかしその提案の通りにするにしても、我々は『旧魔王派』の拠点の所在どころか、彼らが属する『
「それに関しては問題ない。協力者がいる。というか、協力者が現れたからこの策を思いついたんだ」
「……協力者?」
「ああ。……特に赤龍帝君は少し驚くかもしれないが」
サーゼクス様の怪訝に頷き、次いで俺を見やるアジュカ様。何のことやらで俺は『はい』も『いいえ』も言えず、その沈黙は結局『はい』に捉えられたのか、視線はさらに移って俺たちの背後、扉のほうに向けられた。
そして、声を上げる。
「さあ入ってくれ、ヴァーリ・ルシファー君」
ほぼ同時に、重いブーツの足音と共に、銀髪のイケメン野郎が入ってきた。
あまりの予想外による驚愕で声が出ない俺たちには眼も向けず、堕天使側の『人間』であるはずの白龍皇、ヴァーリは俺たちの間をすり抜け、不敵な笑みでサーゼクス様を見やり、言った。
「一月ぶりだな、魔王サーゼクス。紹介の通りだが、改めて名乗ろう。俺は今代の白龍皇、ヴァーリ・ルシファー。君たちに協力しに来た。よろしく頼む」
「……まず一つ、尋ねてもいいかな。『ルシファー』というのは?」
「紛れもなく、本物だ」
俺たちと違って驚きを御し、尋ねるサーゼクス様に、ヴァーリでなくアジュカ様が答えた。断言に喉が詰まったみたいに鳴るのをよそに、続ける。
「血、魔力、能力、調べたが、すべてに於いて先代ルシファーのものと一致した。人間とのハーフだが、彼は間違いなく『ルシファー』の子だ。……ちなみに、アザゼルは最初から知っていたそうだ。知っていて自分の傍に侍らせていたとは、本当にあの男は解せん」
「……なるほど、そうか。まだ血は途切れていなかったのか。まさか彼に子がいたとは……」
「納得したか?サーゼクス・ルシファー」
「……やめてくれよ、私の『ルシファー』はただの称号だ。君はグレモリー姓かサーゼクスで呼んでくれ。……しかし、そうとわかれば俄然気になるな。なぜ今、アザゼルの下から我々に――」
その時ようやく俺は突っ込むべきところを思い出し、叫んだ。
「ちょ、ちょっと待ってください!それっすよそれ、アザゼル!!こいつは堕天使の仲間なんでしょ!?なのに協力者とか、絶対危険っすよこんなやつ!!」
「『堕天使の仲間』はもうやめたよ。今はフリーだ」
叫んだが、しかし即座にお前には興味がないと言わんばかりにバッサリ切り伏せられ、その背に気圧され言葉が止まる。
「疑わしいなら後でいくらでも調べてみるといい。それにどうせ、見定めるのは君でなく、魔王だ」
またしても言い返す言葉がなくなって、黙る。尻目にそんな俺を見てから、ヴァーリは魔王様たちに向き直った。
「だから信頼を勝ち取るために、少し情報を開示しよう。サーゼクスも気になっているだろう?俺が本当に『旧魔王派』のアジトを知っているのか。どうやって知ったのか。……簡単だ、その『旧魔王派』から教えられたのさ」
「……と言うと?」
鋭くなったサーゼクス様の眼差しにも全く怯む様子はなく、ヴァーリは鼻を鳴らして笑う。
「君たちよりも一足早く俺の血を知ったらしくてね、スカウトされたんだ。了承し、かの組織の幾らかにまで入り込むことに成功して、そして今に至る。俺はシャルバ・ベルゼブブと同じ、魔王の座を追われたものだからな、俺が持つ情報がガセである可能性はほぼ無い。信憑性と理由に関しては、これで信用してもらえたかな?」
「……いやつまりそれ、お前が『旧魔王派』のメンバーだってことじゃねえか!!信用も何も、敵だろ敵!!」
「スパイという言葉を知らないのか、赤龍帝」
……もういい。もう喋ってやるもんか。
黙らせられた俺は自主的に顔ごとやつから背け、代わりにサーゼクス様がしばしの沈黙の後、こころなし柔らかくなった声色で尋ねた。
「ヴァーリ君、君に我々を害する目的がないということは信じよう。……それで、情報の条件は何かな」
「……さすが、話が早くて助かる」
ズボンのポケットに突っ込まれていた手が出て、背後の俺たちを親指で示した。
「彼らは黒歌、そして君はカテレアとシャルバを殺るんだろう?なら余ったピトーとやらと、俺を戦わせてくれ」
「……それだけかい?」
「ああ、俺は強い奴と戦えればそれでいい。アザゼルの下に留まっていたのも、その立場が相手を見繕うのに都合がよかったからでしかないのさ。しかし今回は逆に都合が悪い。元龍王タンニーンを倒してのけたほどの相手と、しかも死闘ができる機会はめったにあるもんじゃない。だからこうして交渉している、それだけだ。条件を呑むのなら、代わりに俺もアジトの場所を教えよう」
間が開き、サーゼクス様は組んだ手を見つめたまま、呟くように聞く。
「……アジュカ、アザゼルは何と言っていた?」
「好きにしてくれ、だそうだ」
アジュカ様が答え、サーゼクス様の悩むような、再びの間。今度は数十秒続いた黙考は、しかし開けず、業を煮やしたアジュカ様は立ち上がり、サーゼクス様の机に手を突いた。
「サーゼクス、決断しろ。リアスたちが黒歌と戦うのは不安だろうが、もう一匹の敵、あのキメラアントを相手にしてくれる白龍皇がいるだろう。リアスの名誉を回復させる目的である以上、人間であるハンターは元より、他の悪魔の戦力も多くは連れていけない。裏切りの危険性もあるが、しかしこれがリスクの底だ。話を聞く限り、黒歌一人ならリアスたちでもどうにか倒すことができる。……気持ちはわかるが、これが冥界の平和を保つ唯一の道なんだ」
「だが……」
真に迫った説得は、しかしわかっていても容易には頷けない。いざとなって躊躇してしまう気持ちは、俺だって同じだ。
だが、苦しげに呻いた、その時だった。
「……やります」
小さな声。皆の注意がそっちに向く。
思わぬことに呆ける部長の腕が解け、露になった白音ちゃんの眼が、まっすぐサーゼクス様に向いていた。
その眼と声は、この場の誰よりも決意に満ちたものだった。
「私が、黒歌を殺します」
言った白音ちゃんが、俺にはまるで別人に見えた。
各日更新終了。一足早くヴァーリが仲間に加わりました。白音もやる気出したみたいだし、黒歌ピトー戦もこれで安心だぜ!
そしてお察しの方もいらっしゃるかもしれませんが、次回の更新が三部の佳境、つまりラストになる予定です。年末年始も近いので今度こそ三ヶ月かかると思います。かからなかったら空いた時間ゲームするのでやっぱり三ヶ月後になります。ゆるして。
感想ください。