主なきノラネコたちの家   作:もちごめさん

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前回までの三行あらすじ

冥界でクーデターが起こって
ピトーがアスタロト君もぐもぐして
リアスと一誠ぶっ飛ばして逃げた

今回も五話分です。書き直しが頻発して普通に時間かかりました。そのぶんいい感じになってる…といいなぁ…

そしてやっぱり毎度のことながら誤字報告をありがとうございます。第三部の一部をまたも手直ししたので今のうちに土下座しておきます。


十九話

 こっそりと覗き込んだ広い空間には、やはり誰もいなかった。

 

 敷き詰められた石材パネルと絨毯を歩く音は一つもせず、二階へ続く大階段にも人影は見られない。少し埃っぽい空気だけが、空間のすべてを満たしている。

 

 それは、どう考えても見覚えのある大広間の風景だった。

 

「……さっきも来たよな、ここ」

 

 外観と同様、いかにも宮殿然としたそこはゲームの舞台のようで正直心躍ったが、二度目且つ徒労までもが合わさればそれも薄れる。視覚情報に落胆を注ぎ込まれ、俺は肩を落とした。

 

 この大広間の大階段、思い違いでなければ上の階には玉座の間があるはずだ。そっちを正面とすれば、対面の大扉の先はエントランスを経て中庭で、さらに先には外庭と正門。中外の庭を断ち切る境の通路は城壁と同じく四角く巡り、この大広間に繋がっている。

 

 俺たちは、ちょうどそこを巡ってきたばかりだった。そして他に見落としがなければ、宮殿のすべてを一通り回り終わったということになる。

 その間、悪魔どころかねずみの一匹すら見ることはなかった。だから俺はもはや明確な確信を以てして、隠れる柱の陰から小声で文句を叫んでやった。

 

「おいヴァーリ!!黒歌もピトーもどこにもいねぇじゃんか!!『旧魔王派』のアジトって、ほんとにこの宮殿なんだよな!?」

 

 俺たちは部長と白音ちゃんのため、アジュカ様が立案したあの作戦を遂行している最中なのだ。

 

 サーゼクス様は魔王の威厳を取り戻すために『旧魔王派』のトップであるシャルバとカテレアを、そして俺たちは部長と白音ちゃんの裏切り疑惑を打ち消すため、黒歌を倒さねばならない。そのためにヴァーリのもたらした情報から『旧魔王派』のアジトを襲撃し、実際、サーゼクス様のターゲットであるトップの二人と配下の軍団には、宮殿の門前で出くわしていた。

 

 だからこの宮殿はアジトで間違いない、そう思ったのだがしかし、俺たちが倒すべき黒歌とその仲間であるピトーは軍団の中にはいなかったのだ。ならばと探した宮殿のどこにも見当たらない。

 

 ヴァーリはここがアジトだというのに、この結果は明らかにおかしいだろう。罠の臭いがプンプンする。

 おかげでとうとう溢れたそんな文句だったのが、一番に反応したのは通路の壁に寄りかかって腕を組むヴァ―リではなく、ちょうど俺の隣で集中していたゼノヴィアだった。

 

「イッセー、この大馬鹿者……!私たちは敵陣に潜入しているんだぞ!?そんな大声を上げる奴があるか……!」

 

 声は十分抑えたつもりだったが、それでもゼノヴィア的にはやかましかったらしい。怒声に気まずさが勝ち、俺は素直に陰に引っ込んだ。しかしそれでもゼノヴィアの眉根の皺は付いたまま、治まったようには見えないその苛立ち、精神の消耗は、やはり彼女が使っているという『念』の技、『凝』によるものなのだろう。

 教わっていた時は俺も隣に居たはずであるのに全く覚えがないが、とにかくものすごく注意して見ることによって隠れた『気』を見つけることができるそうだ。それで黒歌を見つけようという腹積もりであるらしいが、今の今まで俺の目視と同様、何の成果も得られていない。

 

 だからそれも含めてのヴァーリへの懐疑なのだが、しかし続く賛同はゼノヴィアを含めて一つもなかった。代わりに朱乃さんが、ちょっと困ったふうな顔をした。

 

「信用できないという気持ちはわかりますが、イッセー君。今、魔王様が戦っているのは間違いなく『禍の団(カオス・ブリゲード)』、『旧魔王派』のシャルバ・ベルゼブブとカテレア・レヴィアタンなのですから、やっぱりここが彼らのアジトであるというヴァーリの情報は正しいと思いますわ。黒歌とピトーも、かの組織の一員であるのだから、必ずどこかには……」

 

「でも……今となっちゃそれも怪しくないですか?第一、一員ならボスのシャルバの傍についてるはずでしょ?なのに黒歌もピトーもいなかったじゃないですか。他の兵隊はみんな戦ってたのに」

 

「しかしそれは――」

 

「宮殿の守りを任されてるから。でもその割には誰もいなくて……それを言い出したのは、ヴァーリっすよ。俺たちはスパイをしてたお前が言うならそうなんだろうって思ったけど……なあヴァーリ、お前、本当に俺たちの味方なのか……?」

 

 もしかして、例えば魔王様から俺たちという戦力を削ごうとしているのではないだろうか。あるいは思いつけないような思惑か、それがどんなものであれ、嘘を吐いているのなら碌なものでないに決まっている。

 

 俺たちを、部長を陥れようとしているなら、それを許せるはずがないのだ。だが睨みつけてやったヴァーリはムカつくにやけ顔のまま、俺の疑念に失笑を返してきた。

 

「味方さ。前魔王の子孫が悪魔の敵であるはずがないだろう。……彼女らのように心の芯まで、というわけではないが」

 

「っ!……やっぱり、なんか隠してやがんだな」

 

 口角が上がった嘘を認めるようなヴァーリの台詞に、俺だけでなく皆も身を跳ねさせた。視線の集中を受けながら、ヴァーリは、奴はますますにやけた笑みを深くする。

 

「そう警戒するな。隠していたといっても裏切ったわけじゃない。ちょっとした、かわいらしい嘘をついただけさ。……ピトーと黒歌が宮殿にいるはずだ、という確証のない話をな」

 

 ヴァーリは俺たちの反応を面白がるように、もったいつけてそう告げた。やっぱりか、と思うと同時、それを裏切りでないと言い切った奴への怒りが湧き出て来る。我慢できず、声を潜めるのも忘れて詰め寄った。

 

「つまり俺たちを騙してたってことじゃねえか!!二人とも宮殿にいないなら、じゃあどこにいるんだよ!!あいつらの居場所を隠して、裏切りじゃないってんならてめえ一体何のつもりだ!!」

 

「ピトーと全力で戦いたかったから。余計な邪魔が入る余地を消したかったから、だ。無人の宮殿なら、俺も奴も戦いに集中できるだろう?」

 

「……いや、そのピトーと黒歌が宮殿にいるってのが嘘なんだろ!?言ってることが滅茶苦茶じゃねえか!!……ってことはお前……二人がどこにいるのか、本当にわかってなかったってのか!?」

 

「まあ……そうだ。そもそもあの二人が『禍の団(カオス・ブリゲード)』に所属していると知ったのは、悪魔側に着いたあの時だった……シャルバの秘密の隠し玉だったんだろう。その上奴らは二人とも『念』を使う。『絶』でもされれば、存在に気付くのはまず不可能だ」

 

「じゃあ……マジでどうするんだよ!!あいつらがこの戦いに参加しているのかいないのかもわからないってことなんだろ!?」

 

「いいや?参加はしているさ」

 

 どこにいるかわからないと言いながら、しかし直後そんなふうに断言してみせるヴァーリ。もう訳がわからない。俺は頭痛がしそうな苛立ちでむしゃくしゃしながら頭を掻きむしり、凄んでみせた。

 

「だからさっきから何が言いてえんだよヴァーリ!!俺をおちょくってるのか!?この前も父さんと母さんのこと……クソッ!!冗談だとか言って人を怒らせることばっかしやがって……!!」

 

「イッセー……!いい加減落ち着け、今は潜入中だと何度も言ってるだろう……!」

 

 ゼノヴィアの別の方面の苛立ちも、俺の怒りと同じく限界が近い。このままでは本当に、ヴァーリのこのムカつくイケメン顔をぶん殴ってしまいそうだ。

 

 そんな激情を寸でのところで堪えてやっているというのに、ヴァーリの顔にはやっぱり笑み、愉快そうな表情しかない。おかげでもはや増大に際限はなく、あっという間に限界を超えて噴き出しかけたその寸前、見計らったかのようなギリギリのタイミングで、ようやくヴァーリは口を開いた。

 

「残念だが、今は落ち着け宿敵君。そう怒らずとも説明するさ。……まずはピトーと黒歌がこの戦いに参加しているとする理由、か?簡単だ。奴らが『禍の団(カオス・ブリゲード)』であるのなら、組織存続の瀬戸際であるこの戦いに参加しないわけがないだろう」

 

 だがしかし、実際戦っているどころか、姿すらどこにもなかったじゃないか。そしてそれは、ヴァーリ自身も認めた事実。

 

 そう声を荒げかけるも、その間を与えずヴァーリは続けた。

 

「話を聞く限り、奴らは二人とも、かなり鍛えられた念能力者だ。当然『絶』も会得しているだろう。レベルの高い『絶』で気配を絶ち、本気で隠れられたら、俺やお前たちはもちろん、サーゼクスにだって見つけることは不可能。……単純だ。奴らは隠れて、サーゼクスに不意打ちを食らわせる機会を待ってるのさ」

 

「そ、そんな……!なら、早く知らせなければ――」

 

「知らせたところでどうにもならないだろう。いることがわかっても、『どこに』も『いつ』も知りようがないんだからな」

 

 知り、動揺を見せた部長だったが、ヴァーリのその言葉で必死に心配を噛み殺そうとする。確かにヴァーリの言う通り、教えても無意味なら邪魔にならないよう我慢すべきなのかもしれないが……やるせないばかりだ。

 

 そういうところに全く気遣いのないヴァーリは、部長の様子を全く気にする様子もなく、それどころか鼻で笑って目を伏せ、大扉に向けた。

 

「とはいえ、そもそも気配を感じないんだから、確証なんてない憶測だ。例の『オーフィスの蛇』、あれを込みにしても、シャルバ程度の強さでピトーと黒歌の手綱を握れるとは思えないしな」

 

「……要はパワーアップアイテムなんだよな、『オーフィスの蛇』ってのは。それでも手綱が握れてないって……どういうことだよ!?憶測って、またお前――」

 

「落ち着けと言ってるだろう。もし二人が不意打ちなんて狙ってない場合、つまりシャルバを見限ってとっくに逃げ出してた場合でも……黒歌はその白音を攫おうとしているんだろう?ならこうして孤立していれば、またとないチャンス。誘われて出て来るはずだ」

 

 言いながらヴァーリが眼で示した白音ちゃんは、その視線に緊張のあまりかずっと感情の見えない無表情で唇を噛んだ。

 

 しかし、だ。

 

 ヴァーリは、肩をすくめてみせた。

 

「……と思っていたんだがな。この現状だ、影も形もない。そこまでの熱意でもなかったのか……あるいは俺の存在を恐れたか、どちらにせよがっかりだ」

 

 黒歌とピトーは姿を現さない。ヴァーリ曰く、それが答えなのだ。

 あの二人、いや黒歌は、白音ちゃんへの悪意よりも己の身の安全を取ったのだ。なにせこっちの戦力がいかにも過剰。魔王様自身とその眷属、留守を守るために『女王(クイーン)』であるグレイフィアさんを含めて何人かを残したらしいが、それでも半数がいるし、加えて白龍皇で前魔王の血筋でもあるヴァーリと、俺たちオカ研メンバーが引きこもりの治らないギャスパーを除いて勢ぞろいしているのだ。これだけを敵に回したら、俺でも確実にビビってしまう。

 

 だからヴァーリの『見限った』というその予測は、たぶん外れている(・・・・・)のだろう。あの時、黒歌が実の妹である白音ちゃんに向けた残虐の執着。直に目にしていないヴァーリにはわからないのだ。ビビった程度で諦めるわけがない。

 

 となれば黒歌とピトーはやはり魔王様のいる戦場に隠れて隙を伺っている可能性が高く、ヴァーリにとってもピトーがシャルバたちのサポートに気を取られるかもしれないから、戦闘狂の本懐である『お互い全力の戦い』ができる見込みが薄くなってしまって不満の戦闘。この先に舞っているのは、つまりはそういう事態だ。

 

「……後はピトーがシャルバに付いていて、殺された恨みをサーゼクスだけでなく俺にも向けてくれるか、という可能性に賭けるくらいか」

 

「……やっぱり俺、お前の考えにはついていけねえよ。なんでそんなに戦いが楽しみなんだか……まあ、きっと戦えはすると思うぜ。俺たちはそれで十分だ」

 

 理解はできないがしかしかわいそうとは思えたために、黒歌たちが逃げ去ってはいない確信を言外に言ってやる。眼にして、それで悟ったヴァーリは眉を上げて驚いて、ふん、とまた鼻で笑った。

 それが嘲りではなくどこか認めるような苦笑であったために、俺も何も言わずに頷く。するとヴァーリは、ふと明後日の方に視線を泳がせ、口にした。

 

「となればやはり、奴らが言っていた秘密兵器とやらはピトーと黒歌のことだったのかな」

 

「……は?秘密兵器?」

 

 なんだそれは。

 突飛な単語に思わずヴァーリを疑っていたことへのほんの少しの申し訳なさも吹っ飛んだ。理解が追い付かずさらなる追求もできないでいると、それらを押しのけその重大さに気付いたリアス部長が、さっきまでの俺のように警戒心を纏って声を上げた。

 

「貴方、秘密兵器なんて私にも魔王様にも、今まで一言も言わなかったじゃない!なぜ隠していたの!?」

 

 ヴァーリは怒気混じりの部長の声をさらりと受け流し、笑った。

 

「あの時は言う必要がないと思ったんだ。秘密兵器があるってことは城でのパーティーへの襲撃前に聞いていたんだが……てっきり『蛇』のことだと思っていたからな」

 

「オーフィスの……。既にシャルバが明かしていたから、ということ。けれど今は考えが変わり、黒歌とピトーという戦力がそれだろうと……」

 

「ああ。あの時、妙に気が進まなそうな顔をしていた理由もそれで合点がいく。かたや元猫又の転生悪魔で、もう片方は悪魔の血が入っただけのキメラ。シャルバの思想からして、あの二人の存在を誇れるわけがない」

 

「……なるほど。それで、なぜわざわざその話をしたの」

 

 言わなかった理由に納得はしたが、そもそもそんな疑われるだけの話、黙っていればよかったじゃないか。当然今度はそんな疑問が出て、部長は怒気を抜き、その分を困惑に変えて眉をひそめた。

 

 睨みつけられたヴァーリは壁から背を離し、組んでいた腕を解いてひらひら振った。

 

「なに、ちょっとした礼だ。腹の中を見せれば、少しは信用もできるってものだろう?っとまあ、そんなことより……今はやるべきことがあるんじゃないか?」

 

 言いながら、広間を堂々歩くヴァーリはその行く先を大扉に向け、頭だけ振り向いた。

 

「黒歌もピトーも魔王と戦っているんだろう?なら、こんなところで突っ立っている意味はない。そっちもそうなんじゃないか?」

 

「っ!言われなくとも……!行くわよ、みんな!」

 

 部長の号令。俺もみんなも、当然ゼノヴィアももはやうるさく言うことはなく、急いでヴァーリの後を追った。

 

 援護……するのは確かに邪魔になるだけかもしれないが、しかしきっと何かできることはあるはずだ。戦う覚悟を決め、そして閉ざされた大扉手を当て、押し開こうとするヴァーリに追いつく。

 ヴァーリはまたちらりと背後に眼をやってそれを認め、そして小さく頷いた。

 

「さあ、行くぞ」

 

 大扉が軋んで動き出す、その直前だった。

 

「「「「「「「「――ッ!!!」」」」」」」」

 

 全員の身を、突如として猛烈な悪寒が襲った。

 それに感じる感情は、恐怖。世界中の悪意を煮詰めて凝縮したかのようなすさまじい奔流が、気付けば周囲一帯を覆っていた。

 

 コカビエルと戦っていた時のフェルさんにだってかなりの圧迫感を感じたが、これはそれ以上。明らかに俺たちに向けられた迫力に声も出ず、視線すら、ヴァーリの背中から動かすことができないほどだ。

 

 明らかに、扉の向こうに何かがいる。そんな圧倒的な気配に、ヴァーリがふと独り言のように呟いた。

 

「……なんだ、やっぱり御せてはいないのか」

 

 素早く大扉から離れ、一瞬で『力』を纏う。

 

禁手(バランス)――」

 

 しかし禁手(バランス・ブレイカー)、【白龍皇(ディバイン・ディバイディング)の鎧(・スケイルメイル)】の発動は、

 

 大扉の爆発によって吹き飛ばされた。

 

「きゃあっ……!!」

 

「ッ!!アーシアッ!!」

 

 わきをものすごい速さで飛ぶ何かと、遅れてやってくる風圧。巻き込まれたアーシアの姿が眼に映る。俺の身体もバランスを崩しかけていたが、気付けば反射的に手が伸びていた。地面を蹴って抱きとめ、一緒にごろごろ絨毯の上を転がると、やがて背中を大階段にぶつけて止まった。

 

 扉からこの階段まで、結構離れていたはずだ。それほどの爆発とはいったい何事かと顔を上げれば、同じように吹き飛ばされ、放射状に散らばった仲間たちも、顔をしかめて吹き飛んだ扉の方を睨みつけていた。

 

 そこに佇む人影。巻き上げられた埃や土煙が治まって露になったその姿は、禁手(バランス・ブレイカー)状態の俺を一撃で瀕死に追いやったあいつ。

 

 黒歌の仲間である、キメラアントなる魔獣の姿だった。

 

「やっぱり……ピトー!!」

 

 ほんの一瞬殴られる直前に見た姿と服装は変わっているが、間違いない。銀髪と猫耳に尻尾。その禍々しさすら感じる気配にも憶えがある。フェルさんを除けば、そんな気配を発していたのは奴だけだ。

 

 そんな敵が、城門前の戦場ではなくここにいる。予想は結局外れていたことになるのだろうが、しかし、となればやはりその後ろに彼女もいた。

 

「あら、ほんとに少ない。私たちを殺すって話なのに、これだけしかいないの?」

 

 黒歌の不思議そうな顔が、倒れる俺たちを見回していた。悠々と広間に足を踏み入れると、その眼が白音ちゃんを見つけて止まり、侮蔑で染まる。

 

「もっと大勢で来ると思ってたんだけど……ふぅん、そう。ほんと、どいつもこいつも甘っちょろいわよねぇ」

 

「好きに言っていなさい!どうであれ、私たちがやることは変わらないわ……!」

 

 部長は白音ちゃんを背に庇い、やはり優しさを理解できない黒歌の言葉を払い除ける。実際討伐隊が俺たちだけなのは部長と白音ちゃんの名誉回復が目的にあるからだが、何やら勘違いしているらしいのをわざわざ正してやることはない。

 それに少数だとしても、過去に上級悪魔であるライザー・フェニックスとのレーティングゲームにも勝利して若手悪魔としても期待されていたりする俺たちは、精鋭であることに間違いはない。さらに、戦力の面で言えば頼もしい奴がこっちにはついているのだ。

 

「そうだぜ黒歌、そっちから来てくれんなら好都合だ!!この前みたいにはいかねえぞ!!みんなもいるし、それに白龍皇のヴァーリもいるんだからな!!白音ちゃんはお前の好きにはさせねえ……!!もう、容赦もしねえ!!今度こそ、きっちりぶっ飛ばしてやる!!なあヴァーリ、ピトーは任せた、ぞ……?」

 

 フェルさんやウタや曹操とも張り合う、いや、もしかすれば凌駕するかもしれないほどの強者。奴までもが味方なのだから、たとえ黒歌とピトーが『蛇』を使ってパワーアップしているのだとしても、協力すれば俺たちは戦える。

 

 その思いで、俺はヴァーリを探した。吹き飛ばされて大広間に散らばったみんなの背中を見渡して、しかしヴァ―リの黒革ジャケットが見えなかった故に言葉尻がしぼんで疑問符が付く。

 

 だが姿の代わりに、音が後ろから響いた。

 

「頼まれずとも……奴は俺の獲物だ」

 

 瓦礫がガラガラと階段を転がってきて、驚き振り向けば、破壊された段差に埋まった身体を引き抜くヴァーリの姿があった。

 

 しかも額から一筋血を垂らしながら、怒りの敵意でピトーを睨みつけている。その負傷、曹操と同じく中身は気に入らないが信頼できる実力を持つはずの奴がダメージを負ったという衝撃は、俺の驚きをますます激しいものにした。

 

「どっ、どうしたんだよヴァーリ!?お前だけそんな傷……!!」

 

 奴も俺たちと同じく扉の爆発で吹き飛んできたのだろうが、しかし眷属のみんなはほとんど無傷なのにお前だけなぜ、という疑問。少し考えればわかるようなこと故に、ヴァーリはしかめっ面の目だけを一瞬俺に向け、乱暴に息を吐き出した。

 

「ピトーの攻撃を、少し見誤っただけだ。禁手化(バランス・ブレイク)が間に合わなかった。だがもう問題ない。次は見切れる」

 

 ピトーの攻撃とは、つまりあの扉の爆発だ。俺たちが吹き飛ばされたのもそう、ヴァーリに突き刺さったそれの余波だったのだろう。

 数舜後にそうだと気付き、ピトーの強さに改めて戦慄を覚える俺は、それを無理矢理呑み下して立ち上がり、小手の拳を突き出した。

 

「とにかく黒歌!!お前は俺たちと戦ってもらうぜ!!お前たちもそのつもりなんだろ!!」

 

「……だとしても、分かれて戦ってあげる筋合いはないんだけど。ていうかわかってる?あんたたちの中で私たちとまともに戦えるの、そこのヴァーリくらいなものよ。それをピトーにあてがって、私にはあんたたちだけ?それで倒せると思われてるのはほんとに心外だわ。……それを良しとしたなら、ヴァーリ、あんたも案外苦労はしなさそうね」

 

「……別に構いはしないのさ。何なら二人同時にいただきたいくらいだ。が、そういう契約なものでな」

 

 忌々しげに言い捨てて、ヴァーリは今度こそ禁手化(バランス・ブレイク)した。一瞬でコカビエルの時に見たあの純白の鎧に包まれ、背中から光翼と、四対八枚の悪魔の羽が生える。力の強大さを示すその枚数は、奴が初代魔王の子孫である証だ。

 

 たぶん黒歌たちもそのことは知っているだろうが、しかし奴らは全く怯まず、ひそひそと、ヴァーリを横目に耳打ちし合っていた。

 

「……なんか調子こいた女好きみたいなこと言ってるけど……あいつもあの変態に汚染されたのかしら。ヤよねぇ、せっかくのイケメンだったのに」

 

「……まあ、うん。敵の目の前で主の胸を突くくらいだからね」

 

「おい聞こえてんぞ!!誰が変態だって!?ヴァーリは元からあんなスカした野郎だったろ!!」

 

 潜める気もない言葉に、つい心外が漏れる。なぜか味方からも冷たい眼が送られているような気がするが無視し、悪評ごと断ち切るため、精神を集中。部長のおっぱいブザーを思い出し、高まる幸せな気持ちを一気に力に変え押し出した。

 

『Welsh Dragon Balance Breaker!!』

 

 ヴァーリに続いて俺も禁手(バランス・ブレイカー)、【赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)】を発動させる。多少時間はかかるが、あの頃を思えばもはや自在だ。

 

 下りてきたヴァーリの機嫌の悪さを隣に感じながら、俺は黒歌を指さして言ってやる。

 

「けどもう、どうでもいい。これ以上お前と話すことなんか何もねえ!!かかってこい黒歌!!俺たちで決着をつけてやる!!」

 

 だが黒歌は相も変わらず、舐め腐った笑みを浮かべた。

 

「自分たちだけ好き勝手言って、ちょっとひどくない?私にもしゃべりたいこといっぱいあるのよ、ピトーに殺されたはずのあんたが生きてることだとか、色々。まあいいけど……あ、じゃあ一つだけ」

 

 白音ちゃんへ向け、残忍を付け加えた。

 あの時と同じ、冷酷な笑みだった。

 

「わざわざ白音を連れてきてくれてありがとう。おかげで最後にじっくり嬲ってあげられるわ」

 

 仲間たちが皆息を呑み、そしてゼノヴィアがデュランダルを握り直し、呟くように口にする。

 

「……なるほど、白音の姉だと言うからどんな人物だと思っていたが……どうやら外道に堕ちたというのは本当らしい」

 

「正直、少し安心したよ。……これなら楽に切れそうだ」

 

 木場も続けて頷いた。見える背中から少し強張りが消える。

 朱乃さんやアーシアも同じだ。みんな、恐怖と同時に安堵。部長が敵と定めた相手とはいえ、白音ちゃんの姉と戦うという事態に感じていたのだろう抵抗は、今の瞬間に消え去った。

 

 もう白音ちゃんが愛した黒歌はどこにもおらず、戦うしかないのだと。もうどうしようもなく手遅れなのだと、奴のその表情ははっきり物語っていた。

 

「わあ、酷いことばっかり言うのね。殺意マシマシって感じ」

 

「当たり前でしょう……!!」

 

 部長が、白音ちゃんを背に庇って鋭く言った。その後姿からも、部長が黒歌の言葉に抱いた怒りの激しさがわかった。

 

「何度も言わせないで、黒歌……!!もう貴女を許す気も、救う気も私たちにはない。絶対に白音は渡さないわ!!」

 

「そっちこそ、何度も言わせないでくれる?あんたのその上から目線な態度も、的外れな憐れみもどうでもいいの。白音の気持ちだって関係ない。私は私のやりたいようにするだけよ。他の何でもない、これは私の意思なんだから」

 

 張り合っているつもりか、黒歌も強い調子で応じて部長を睨んだ。その身体に、徐々に『念』特有の圧迫感が高まっていくのを感じる。あの時の念弾を思い出し、背中にじっとりと冷や汗が浮いた。

 

 だが部長はその威圧に怯むことなく、毅然と立ち向かった。滅びの魔力を身に滾らせ、言葉を返す。

 

「なら、私たちも私たちのやるべきことを為すわ」

 

 背を白音ちゃんと俺たちに見せたまま、続けて戦意を引っ張り上げるため、叫んだ。

 

「世界に仇なす『旧魔王派』の一員、はぐれ悪魔の黒歌。悪魔のためにも人間のためにも、そして白音のためにも、私は貴女を許さない。……今度こそ、絶対に倒すわ!みんな、覚悟はいいわね!!」

 

「はい、部長!!」

 

 眷属の皆が、部長の決意にそう応えた。共に戦い、部長と白音ちゃんを救うため。内通者なんて疑惑を打ち消し、大好きだったお姉さんを今度こそ失ってしまう白音ちゃんの悲しみを、少しでも軽くしてあげるため。

 

 にや、と、こっちを嘲るように笑う黒歌。俺も、鎧の拳を握った。

 

 だがみんなと違い、次に脚は動かなかった。

 

「……ああやっぱり、思い違いはそのままなわけ。ほんと滑稽……じゃあせっかくだし、そんなあんたたちにいいモノを見せてあげ――」

 

 と、何かを言おうとして、以前の恰好とは違う大きくはだけた着物の胸襟に手を掛けた。その声と動作に気を取られ、他の皆には聞こえなかったのだろう。俺の背にいたアーシアにもわからなかったはずだ。

 

 唯一部長の背に跳ね返った声が届いた俺だけが、その小さな呟きを耳にした。

 

「――ごめんなさい、リアス様」

 

 感情を押し殺したような、そんな声の直後、

 

「きゅ――」

 

 と、部長の喉から、奇妙な音が零れ出た。

 

 みんなが一斉に振り向き、そしてぽかんと呆ける。ぼたっと地を打つ血の塊。

 

 それが部長のものだと悟った時には、既に身体は傾いていた。

 力なく膝を突き、部長は地面に倒れ伏した。吐いた血に頬がぺしゃりと浸り、それを押し広げるように擦りながら、その首が緩慢に背後を向く。信じられないと語る眼が見ているのは、小動もせずそこに立ち尽くす白音ちゃんの姿。

 

 後ろから、俺はすべてを見ていた。だからその眼の理由も、白音ちゃんが一切の衝撃を受けていない理由もわかってしまう。

 

 突然の事態にみんなが混乱する中、俺だけが呆然と見つめ、呟いた。

 

「――なに……やってんだよ?……白音ちゃん……?」

 

 俺には確かに、白音ちゃんが部長の背中を攻撃したように見えた。

 

「な……に?どういうことだイッセー……!?部長が、突然……」

 

「倒れて……っ!黒歌に攻撃されたの!?白音ちゃん、すぐに手当を!!」

 

 呆然とするゼノヴィアと、一人我に返って指示を飛ばす朱乃さん。だが、的外れだ。

 

 白音ちゃんは朱乃さんの声にまるで耳を貸さず、部長を避けて無造作に歩き出した。足の向く先は、黒歌とピトーのほう。理解が追い付かない。

 

 そうして脳味噌を止められているうち、白音ちゃんはゆっくりと、俺たちと敵二人の中間ほどまで歩を進め、そこで木場もここが戦地であることを思い出した。

 

「ま、待つんだ白音ちゃん!!それ以上一人で近づくのは危ない!!黒歌の目的は君なんだよ!?」

 

「白音ちゃん……!」

 

 不穏を感じ取ったアーシアの声にも、まるで耳を貸さない。歩みはそのまま続いている。

 

 どんどん離れていく。

 

 質の悪い冗談だと思った。

 

「……白音ちゃん、お前、何考えてんだよ……!!」

 

 脚がようやく止まった。

 

 白音ちゃんはしばらくそのまま立ち止まり、そして肩が膨れるほど大きく息を吸い、ため息にして吐いた。再びの僅かな間。その次に、響き渡った。

 

「――あははははっ。『何考えてる』って、イッセー先輩、見てたのならそれくらいわかるんじゃないですか?」

 

 黒歌のそれによく似た、嘲弄の笑い声。白音ちゃんは半身振り向き、その歪んだ笑みを俺たちに向けた。

 

「そもそも、私たちが黒歌姉さまを倒そうとした理由って、私の内通疑惑を払拭するためでしょう?馬鹿馬鹿しい話です。疑惑も何も……その通り、私は正真正銘、内通者なんですから……!」

 

「……何を……何を、言っているの……?白音ちゃん……」

 

 ますます強まる朱乃さんの困惑すら狂気的な笑みに変えて、白音ちゃんは続ける。

 

「まだわかりませんか?つまり、私は元から裏切りものなんです。黒歌姉さまと、ピトーさまにずっと情報を流していました。……みんな、私に騙されていたんですよ」

 

 徐々に無感情に、冷たく平淡になっていく口調。突き放すように言い切って、白音ちゃんは再び俺たちに背を向けた。そして、着物に指を引っかけたまま固まる黒歌の下に行ってしまう。

 

「……しろ、ね……」

 

 か細い部長の声。裏切られたことへの、いや、裏切らせてしまった自分自身への絶望感が滲み出ていた。

 

 だが満ち溢れた慈愛すら、白音ちゃんには届かない。足を止めることさえせずに言う。

 

「残念でしたね、リアスさま。せっかく覚悟を決めてここに来たのに。さっさと撤退して、今度は大勢連れてきたらどうですか?その頃には……もうここにはいないでしょうけど」

 

 みんな、確信せざるを得なかった。冗談なんかではなく、事実。それは白音ちゃんの言葉だ。

 普段と何も変わらない声で作り出された拒絶の言葉だったから、みんなわかってしまった。

 

「なんでだよ、白音ちゃん……なんで……ッ!!」

 

 なんで俺たちを、部長を裏切ったんだ。

 

 なぜ、どうして。過去、一緒に戦ったあの思いは、部長を愛していたあの時の白音ちゃんは、いったいどこに行ってしまったのだ。

 

 わかっても、信じてしまいたくなかった。その時だった。

 

「――へえ、さすがクロカ。仙術での操作、うまくいってたみたいだにゃ」

 

 ピトーがそう言った。

 

「は……!?」

 

 言葉を耳にして反射的に俺もそっちを見れば、黒歌の驚いたような表情が(・・・・・・・・・)弾かれるようにしてピトーに向く(・・・・・・・・・・・・・・・)、その瞬間だった。白音ちゃんの脚も止まって、それで俺は、自分が完全な思い違いをしていたことに気が付いた。

 

 なぜそれを思いつかなかったのだろう。白音ちゃんが裏切ったなんていう、その理由も定かでないありえない可能性よりも、そっちの方がずっとありそうな話じゃないか。

 

「そうか!!あの時、お前が白音ちゃんの腕を引っ張ってた時……!!黒歌お前、白音ちゃんを操っていやがったんだなッ!!」

 

 『気』という生命エネルギーを操る技である仙術。どれほどまでのことができるのかはわからないが、他人の生命エネルギーまで操れるなら、その肉体も操ることは可能なはずだ。証拠に、見た黒歌の驚愕と共に白音ちゃんの動きも固まった。黒歌の意思で操作されていたことは、もはや疑いようもない。

 

 そしてそうであるなら絶望の必要はない。白音ちゃんは裏切ったのではなく、裏切らされていただけなのだから。

 

「操作……ッ!!そういうことか……!!黒歌、貴様よくも……!!」

 

「……ますます許せなくなったよ。裏切りを強いるなんて……!!」

 

「……ということはつまり、黒歌さえ倒せば白音ちゃんは元に戻る……!!」

 

 ゼノヴィアと木場も気付き、絶望を怒りに変える。冷静に努めて道を見出した朱乃さんも、応えて戦意を黒歌に向けたまま頷いたゼノヴィアに、意気を取り戻す。

 

 その内にそれぞれ安堵を抱えながら、倒れ伏したまま動けない部長に代わって、朱乃さんが前に出た。

 

「己の主人を手にかけただけありますわね、黒歌。まさか白音ちゃんにも同じことを強制させるだなんて……。もはや一切の慈悲はありません。あなたは、私たちグレモリー眷属が必ず倒す……!!」

 

「そして白音ちゃんを救い出す。当初とやることは変わっていないけど、俄然やり通さねばならなくなった。君のような邪悪は、ここで絶たれるべきだ……!!」

 

「そうだな。私の妹弟子に手を出したこと、必ず後悔させてやる!!」

 

 みんなの士気が高まっていく。俺も拳を固く握りしめた。

 

「ああ……!!黒歌、お前がもう白音ちゃんの姉さんでも何でもないってことは、もう十分わかったよ。だから絶対、白音ちゃんは渡さねえ……!!俺たちの可愛い後輩を苦しめるお前は、俺たちの敵だ!!」

 

 ここで必ず決着をつける。白音ちゃんの苦しみを絶ち切ってみせると、俺は誓った。

 

 その決意の敵意はさすがに届き、黒歌は驚きの表情のままこっちを見やると、その感情を、戻らないながらもさっきまでの余裕の態度へと捻じ曲げた。歪な不敵を浮かべながら、ピトーに言う。

 

「色々何のつもりって聞きたいところなんだけど……どうするのこれ。あっち変にやる気出しちゃったみたいだし」

 

「……そうだね、うん。じゃあもう始めようか」

 

「いや、だから――」

 

 と何か言いかけた黒歌までもを黙らせるようにして、瞬間、ピトーからすさまじい圧が噴出した。

 

 『気』なのだろうが、やはり白音ちゃんやゼノヴィア、曹操にウタのそれとは違い、フェルのように恐怖心を直接掻きむしってくる類の気配。ついさっき、扉の爆発の直前に感じたものと同じだ。

 

 何度身に受けても、これに慣れるということはないだろう。否応なしに俺たちの身体は凍り付く。その中で唯一ヴァ―リだけが、歓喜の嬌声を上げていた。

 

「ほう……!やはり……いいぞキメラアント!『オーラ』は曹操以上か、そうでなくては!」

 

 感じているのだろう恐怖に抗うように叫び、圧の最中で足を一歩踏み出した。兜に光る青い目がピトーを捉え、姿勢が低く傾いていく。

 

「やはりシャルバの誘いなど蹴って正解だったな!これほどの手練れと殺し合う機会をふいにしかけていたと思うとぞっとするよ……!さあ、前口上はもういいんだな?ならもう我慢も限界だ。悪いが俺から行かせてもらおう……ッ!」

 

 戦意を剥き出しに、ヴァーリは突撃しようとした。しかしその時、またしても突然の事態。

 

 じゃりんと頭上で甲高い音がして、反射的に見上げれば、天井にいくつもの線が走っていた。と思えば間もなく、動く。

 

 天井が落ちてきた。

 

「……なぁッ!?」

 

 鋭利な刃物で分割でもされたかのようにして、するりするりと抜け落ちた瓦礫が静かに次々に降ってくる。特に前方、大扉辺りが酷いようで、見れば仲間のみんなも、そして黒歌までもが驚愕をみせていた。

 

 その苛立ち混じりの声が、俺の耳にも届く。

 

「もう……ッ!!ピトーもあいつも、いったい何のつもりよ!!」

 

 仲間であるはずのピトーにも向けられた悪態。なぜかそんなことを吐き捨てながら、やはり降ってくる瓦礫を避けようと動き出す。

 

 その一歩目が出たと同時、ピトーが白音ちゃんを突き飛ばした。

 

 「きゃん」とかわいい悲鳴を上げてつんのめった、その先は――

 

「へ……?」

 

 黒歌だった。

 

 二人がぶつかって、唖然とした黒歌の脚も止められる。崩れた着物がさらに崩れて余計に胸元が露になり、白音ちゃんの身体に挟まれふにゅりと歪むそのエロスと、肌に張り付いた黒い何か(・・・・)が見えた。

 

 しかし頭も理性も反応する間もなく、瓦礫は手遅れなまでに落下して、その結果。瓦礫が床の石材パネルを割り砕き、擦れて崩れる轟音と土煙の中に、白音ちゃんと黒歌は呑み込まれた。

 

「し、白音ちゃんッッ!!!」

 

 衝撃に叫ぶと、ほぼ同時に大きな振動。大量の瓦礫が落ちた扉前を中心に、地面が蜘蛛の巣状にひび割れ、そして砕けた。

 

 天井どころか床までが崩落した。抜けて起こった揺れは俺の脚を掬い上げ、転ばせた。その瞬間運の悪いことに真上から降ってきた瓦礫を、傍のアーシアを突き飛ばしてからぶん殴って破壊し、その後も白音ちゃんがどうなったか不安に駆られながらも、やむなく降り注ぐ瓦礫からアーシアを守ることに注力した。

 

 そうしてやがて治まり、俺は改めて正面の惨状を眼にした。

 

 大扉前に大きな穴が開いていた。あれだけ振った瓦礫のほとんどがそこに吸い込まれたらしく、変わらず平坦な大広間にみんなの姿はすぐに確認できた。部長を抱えて下がり、宙に浮く朱乃さんと、同じく難を逃れた木場とゼノヴィア。絶句して巻き上がったもやを凝視するみんなも、アーシアも俺もヴァーリも、もちろん無事だ。

 

 白音ちゃんと、そして黒歌の姿だけが、広間のどこにもなかった。

 

「あーあ、ちょっとやりすぎちゃったかにゃあ、これ」

 

 ピトーが穴の端から底を見下ろし、言葉の調子とは少し外れて苦しげに呟いた。

 

「……瓦礫で塞がってて見えない。んー、クロカどうなっちゃったかにゃあ」

 

「……まさか、白音ちゃんを殺すために仲間ごと……?……言葉を話すから信じ難かったけれど、キメラアント、やはり所詮は魔獣ということなのね」

 

 首を振って気を取り戻し、嫌悪に満ち満ちた朱乃さんがさらに上から見下ろすが、しかし直後、反応して見上げたピトーの邪悪な眼に怯んでしまう。息を呑む朱乃さんをしばらくひたすらに残忍な眼差しで見やって、それから少し右に移し、再び平坦を纏うと言った。

 

「一応言うけど、やったのはボクじゃないよ。天井を切ったのは、ほら、アイツ」

 

 導かれ、視線を向ける必要もなく、それは吹き抜けになった二階から飛び下りた。結構な高さだというのに、着地は軽い足音。乾いた擦過音を鳴らして、そしてその不機嫌そうな冷たい眼差しでピトーに言った。

 

「おい、なんでオレのせいになってんだ。やれっつったのはてめぇじゃねぇか」

 

 着流しを身に纏い、腰に刀を指した侍のような風体の男だった。片手に長い棒状に膨れた布の包みを持って、続けて鼻を鳴らす。

 

「……てか、何のつもりか知らねぇが、あんまり変なことは言わねぇほうがいい。オレもあいつらも、てめぇらを完全に信用したわけじゃねぇ」

 

「……またその話?ノブナガ、キミしつこいにゃ。やったのはボクじゃないんだってば……一応。それに、そういう加入の仕方もアリなんでしょ?」

 

 侍、口の悪さと恰好的には野武士であるノブナガなる男は、小馬鹿にするようなピトーの口調にますます機嫌を悪くし、舌打ちまでする。何の話なのかはほとんど読み取れないが、あまり仲は良くないらしい。

 

 いや、というかだ。

 

「貴方は……人間……!?なぜ人間が『旧魔王派』に手を貸しているのです……!?」

 

 現魔王のサーゼクス様たちを倒し、人間や他の神話勢力とも戦争を起こす、というようなことが『旧魔王派』の主張であったはずだ。そんな組織に協力する人間がいるのか、と抱かずにはいられない疑問。もう宮殿内にはいないはずの敵が現れたことよりも、そっちの方が衝撃だった。

 

 だがそれらすべての情動を、ノブナガは一纏めに否定した。

 

「『旧魔王派』だぁ?んなもんに入った覚えはねぇな。オレたちは盗賊よ」

 

「『オレたち(・・)』……?『盗賊』……?」

 

「特にお前は当事者の一人だろ。……『蜘蛛(クモ)』さ」

 

 怪訝そうに繰り返した朱乃さんの表情が、その一言で固まった。木場も、どうやら同じ。ノブナガの登場に続いて少なくない衝撃を受けたようで、息を呑む音がこっちにまで届いた。

 

 その激烈な反応の理由がわからない俺は、思わず素直に口にする。

 

「蜘蛛って……何だよ。でっかいバケモノ蜘蛛とか、そういうのを使役してるって話かよ……?」

 

 でなければ、何にあれほどの衝撃を受けるというのだ。

 そんな疑問には、当人たちではなくゼノヴィアが答えてくれた。

 

「『蜘蛛(クモ)』というのは通称だ。実際の名称は『幻影旅団』、人間界では最高峰の賞金首だ」

 

「さ、最高峰……」

 

 名称のほうも初耳だったが、さらに警戒心を引き上げたゼノヴィアを見るに、本当にヤバい連中なのかもしれない。だが止まらず、今度は朱乃さんが「それに」と続いた。

 

「京都での件、覚えていますね?白音ちゃんが誘拐されかけた事件」

 

「……はい。そりゃあもちろん――って、まさか……!!」

 

「……そうです。かの『幻影旅団』が、白音ちゃんを誘拐しようとした張本人なのです!」

 

 だからこその朱乃さんと木場の反応だったのだ。

 そして、あの時のみんなの絶句はそれだけではなかった。

 

「……黒歌と、同じ目的です。それにあの時、胸の上に一瞬見えた刺青……あれはまさか、見間違いなんかではなく……!」

 

「蜘蛛、だったと……!」

 

「……え?あ、あの黒いの、刺青って蜘蛛のタトゥーだったのか!?おっぱいの上に!?そりゃあ……びっくりするのも納得のエッチな――って、あれ?『蜘蛛(・・)』?」

 

 朱乃さんと木場の苦い表情に、続いてゼノヴィアが頷いた。

 

「『幻影旅団』のメンバーは、その身体に団員の証である刺青を掘るらしい。それが、蜘蛛なんだ。つまり黒歌たちは、『禍の団(カオス・ブリゲード)』ではない。奴らは元々テロリストではなく――」

 

「そ、『蜘蛛』に入ってるんだ、ボクたち」

 

 割り込み、言ってのけたピトーがジャケットの首元をぐいっと引っ張れば、見えた。鎖骨のあたりに、十一の数字が刻まれた蜘蛛のタトゥー。

 

 ゼノヴィアの言った、『幻影旅団』のメンバーである証だった。

 

「別に勘違いさせたままでもよかったんだけどにゃ。ボクたちのこと、悪魔なんかの下についてるってあまりにも信じ切っちゃってたからさ……クロカもネタばらししたくなったんだよ、たぶん」

 

 服を整えながら言うピトー。確かに、俺たちは皆、二人が『禍の団(カオス・ブリゲード)』だと思い込んでいた。その一環で、白音ちゃんを攫いに来たのだと。疑いすらしなかったのは間抜けな話なのかもしれない。

 

 だがしかし、それが何だというのだ。

 

「……お前たちがどんな組織に入ってるとか、そんなのどうだっていいんだよ……!」

 

 二人が『蜘蛛』だったという事実はそのまま部長と白音ちゃんの疑惑の否定だが、そんなことを馬鹿正直に言っても治まるはずがないのだ。そもそもこんな馬鹿げた疑惑を指示しているような連中なのだから。

 

 それにもしこの問題がなかったとしても、部長と白音ちゃんを傷つけた黒歌とピトーを許せるはずもない。

 俺もみんなも、その思いは同じだ。だから俺の憤りに頷き、地面に降り立ったゼノヴィアは冷や汗をかきながらも言ってのけた。

 

「確かにな、我々はどうであれ、黒歌を倒して白音を救い出すだけだ。それに……貴様ら『蜘蛛』は、一度フェルさんとウタさんに撃退されているんだろう?弟子たる私が同じ功績を上げればきっと私を見直して、ハンゾーと一緒にまた修行だってつけてくれるはずだ!こういうのを『たなぼた』と言うんだったか……とにかくラッキーだな、私は!」

 

 その私情はとにかくとして、実際そう。やることは変わらない。黒歌ごと白音ちゃんを穴に突き落としたのだって何の意図もないわけがないのだ。操作されている白音ちゃんが自力で切り抜けるのは難しいだろうし、早くなんとかしなければならない。

 

 まずい事態だが、それでもまだ終わったわけではないのだ。危機感と『禍の団(カオス・ブリゲード)』という前提の消失に身を焦がされながらも、諦めはしない。

 

 だがそんな思いを逆撫でするように、ノブナガは嘲りで笑った。

 

「ほーん、あながち間違ってねぇが、一番愉快なとこが見当外れだな。『フェルさん』『ウタさん』ってのが――」

 

「ノブナガ、オマエ出番はまだ先のはずでしょ。勝手なことしてるくせに、無駄なことまでしゃべらないでよ」

 

 しかし言葉の途中でピトーが遮り、ノブナガは変わって意地の悪そうな笑みを浮かべた。一瞬低く笑って、睨むように見やる。

 

「お目付け役だ。おめぇが取引を守るように見張ってろってな」

 

「へえ、『守る』だなんてよく言うにゃ」

 

「んでついでに、新しい刀の試し切りがしたくてな」

 

 言いながら、ノブナガは片手に持つ包みを振ってみせた。拍子に布の結び目が解け、中身が露になっていく。

 

 そうして剥がれ、瞬間漂う気配、強い光にピトーもが僅かに顔を歪め、一方の俺は背筋を凍らせた。

 

 初めて見た時のゼノヴィアのデュランダルや、イリナの擬態の聖剣(エクスカリバー・ミミック)と相対した時と似ているが、それよりもずっと酷い悪寒がした。

 

「伝説の龍殺し(ドラゴンスレイヤー)、聖剣アスカロン。西洋剣は好みじゃねぇが、一剣士としても振り回したくなっちまうんだ、こういうのは」

 

 それは盗まれ、オークションで競売にかけられているはずの聖剣の名前だった。

 

「な、なんでお前がそれを持ってるんだよ!?」

 

 堕天使の総督であるアザゼルが回収すると言っていたはずだ。だから奴が持っているはずがないと、俺は反射的に偽物を疑う。

 

 だがその内心を見透かしたように、ノブナガは薄笑いで剣を抜いた。輝く刀身が俺に向けられ、たちまち身を襲う悪寒でたじろぐ俺に、奴は言う。

 

「その様子じゃだいぶ効いてるらしいな。ならこいつは本物だ。悪魔と龍の混ざりもんであるお前らにゃ、猛毒も猛毒だからな、この『オーラ』は。なあ、赤龍帝に白龍皇?」

 

「ああ、確かに本物のようだ。ピトー、お前を倒した後も黒歌に奴にと……楽しみが増えたよ」

 

 隣でヴァーリが毅然と応じる。悪魔であり、ドラゴン。奴も俺と同じ悪寒を感じているはずなのに、その調子には影響が微塵も感じられない。

 

 その姿に反骨精神を刺激され、俺もぐっと腹に力を込め、喉を鳴らした。

 

「また、俺たちが負ける前提で話してんじゃねえよ、ヴァーリ……!!聖剣があろうがなかろうが、俺たちの邪魔をするっていうんなら、誰であろうとぶっ飛ばすだけだ!!」

 

「活きがいいねぇ!オレは好きだぜそういうの!あの小僧みたいに、こんな時でなけりゃあスカウトしたんだが……残念だ。侘びに……どうだ、行かせてやろうか?猫又のガキんとこに」

 

「出て来たならちゃんと戦ってくれる?それこそ『取引』、にゃ」

 

 もちろん本気ではなかったのだろう。ノブナガは肩をすくめて、アスカロンの鞘も投げ捨てた。ピトーも戦闘態勢で、俺たちもいよいよを予感し戦意を研ぎ澄ます。

 

「ほら、さっさと始めちゃおう」

 

 ため息混じりにそう言って、次の瞬間、溢れかえったピトーの『気』が顕現した。




二次元キャラの刺青にエロスを感じるのは私の性癖です(唐突な告白)
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