主なきノラネコたちの家   作:もちごめさん

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二十話

黒子舞想(テレプシコーラ)

 

 練り上げた『気』を一瞬で発動させ、ボクの頭上に出現する。身体と思考がその人形を介して一体となる感覚と共に、久しぶりの全力を身に纏ったボクは静かに息を吐いた。

 

 本気のそれを使うのは少し前、曹操の腕試しに付き合ってやった時以来だろうか。いや、それだってただの試合だ。我を失ったタンニーンも使うほどではなかったし、となればやはり、最後にこの感覚を味わったのはネテロと戦った時だったのだろう。

 

 実に五年ぶりの強敵。相手は白龍皇で、なんと悪魔とのハーフであるらしいこの男。しかもルシファーの直系だという奇跡のような存在だ。血も実力も、戦うとすれば全力を出す価値のある相手。

 

 だからこそ、『この状況で』ということが残念だった。

 

 ただ静かに白龍皇を見つめ、広間にぽっかり空いた穴の前に立ちふさがり、構える。そんなボクとは真逆に大興奮の白龍皇は、真っ白の全身鎧までガシャガシャ鳴らして、楽しそうに戦意を弄んでいた。

 

「聞くと見るのでは大違いだな、すさまじいプレッシャーだ。これがタンニーンを下し、ネテロの片腕を落とした念能力か……!」

 

「知ってるんだ、ボクの能力」

 

 一応、驚いたふうな表情を作る。白龍皇の足が一歩前に進み出た。

 

「お前がネテロにやられた時の記録映像が残っていたのさ、戦い方だけでもどういう能力なのかは想像がつく。……自身を操作し、戦闘力を上げる類の能力だろう?生物の限界を超えたあの反応速度は、『念』を使っている証明に他ならない」

 

「まあね、大正解。……そこまでわかってて、キミ、ボクに勝つつもりでいるわけだ」

 

「そうでなければここに来はしない。その程度の気概、この、俺の宿敵君すらも持っているさ」

 

「……おいヴァーリ、『すらも』って、なんか悪意があるように聞こえんだけど」

 

 白龍皇の隣の赤龍帝が不服を呟く。こっちは真っ赤な全身鎧で、実際白龍皇の神器(セイクリッド・ギア)と対になる禁手(バランス・ブレイカー)だが、並んでみれば一目瞭然、その力は圧倒的に劣る。

 故に数を減らす観点からすれば真っ先に殺しておきたいのはこっちだが、しかし『この状況で』はできるはずもなく、ボクは傍でピカピカと鬱陶しい聖なる力を振りまく聖剣を担いでいるノブナガへ、声だけを向けた。

 

「ノブナガはアイツら雑魚の相手してね。ボクは白龍皇やるから」

 

「まあ……いいけどよォ、そんくらいねぇと張り合いねぇし。てめぇに指図されんのは癪だが」

 

「なら代わる?白龍皇、譲ってあげてもいいけど」

 

「……俺が相手してどうすんだ」

 

「おいおい、これ以上焦らさないでくれよ。能力を見せつけておいてまだお預けか?」

 

 不服そうに逡巡をみせたノブナガの呟きに白龍皇が首を振った。拒絶して、そして再び兜の目が射抜くようにボクを見る。

 

「ピトー、お前の相手は俺だ。せっかく穏便に勝ち取った権利なんだよ。誰からも咎められず、どちらかが死ぬまで続けられる真剣勝負……!!逃がさないぞ、絶対に!」

 

 白龍皇に感じる『力』が爆発的に高まった。赤龍帝に加え、周囲の仲間もその迫力に目を剥いた。

 

 だからそれを直接向けられているボクにとってそれは、奴らが感じている以上の、殺気。これまた久方ぶりな純粋な殺しの意思を向けられ、身体はますます高揚した。

 

 そしてやはり、理性は逆に冷えていく。それもこれも『この状況』のため、赤龍帝に憂さ晴らしをすることすらもできない。ならノブナガに任せた方がまだマシで、それでも出て来るため息を呑み込みながら、ボクは兜の奥で戦闘狂の顔を露にした白龍皇の動きを見つめていた。

 

「――さあ、待ちに待った戦闘(・・)だ」

 

 そんなボクの内心など知る由もない白龍皇は、笑い、その背の光翼で飛ぶようにしてボクに襲い掛かった。

 

 放たれる拳。予想よりも鋭いそれに驚きが横切るが、しかし【黒子舞想(テレプシコーラ)】に操られたボクの身体はそれを悠々躱す。どれだけ速い攻撃だろうとネテロの【百式観音(ひゃくしきかんのん)】よりは遅いのだ。ならば回避に苦労はしない。

 

 続けて飛んでくる二撃目三撃目のパンチも最小限の動きで躱し、盛大に空を叩いた連撃の手応えに、白龍皇が戦闘への集中を取り戻し始める。四撃目にフェイントが混ざり、五撃目では殴りの代わりに蹴りが飛んだ。

 しかしやはり、それらすべての攻撃は掠りすらせず、そこでようやく白龍皇は近接戦闘でボクにダメージを与えることが困難だということを自覚した。六撃目、唐突に攻撃を止め、一気に後ろに飛んで悪魔の羽を広げた。

 

 宙からボクを見下ろして、その身の膨大な魔力で一気に魔法陣を発動させる。

 

「これなら、どうだ――!!」

 

 瞬きほどもないほんの僅かな間の後、魔法陣から複数の魔力光弾が放たれた。降り注ぐ眩いそれを眼に捉え、ボクはその射線上、自身の背後を意識する。

 

(回避――は、できない)

 

 クロカとシロネが落ちた穴がある。避ければそこに着弾し、何らかの支障をきたすことは間違いない。

 

 なら、好き嫌いは言っていられない。歯を噛みながら、ボクはその血に宿る魔力を使った。

 

 盾として展開する、防御魔法陣。初めて使うそれだったが、次々襲い来る光弾を防ぎ止めた。

 

 さすがはルシファーと言うべきか、神器(セイクリッド・ギア)だけでなく魔力のほうも強大で、すさまじい威力の一発一発を防ぐごとに魔法陣がミシミシ嫌な音を立てる。そしてやはり、気配に捉えた最後の一発が障壁を叩いた瞬間、魔法陣は砕け散った。

 

 その破片の光芒をも切り裂いて、怯む間もなく白龍皇の拳が突っ込んできた。

 

 ただの殴打が当たらないのなら魔力との合わせ技で、ということ。実際、魔力攻撃に対処したばかりの今、さっきのような最小限の動きでの完全回避は難しい。

 

 故にボクはやむなく、【黒子舞想(テレプシコーラ)】でその場から大きく飛び退いた。

 またしても白龍皇のパンチは空を切り、勢いがそのまま床の石板に突き刺さる。遅れて伝わる威力がそれも粉砕し、穴の縁まで波及し崩れるのと同時、手を引き抜いた白龍皇が愉しくてたまらないといった戦意でボクを睨みつけた。

 

「これも躱すか!!本当に、大した能力だな……ッ!!」

 

「ボクもキミがここまでできるとは思ってなかったよ。神器(セイクリッド・ギア)だけじゃなかったんだね」

 

 兜の奥でニヤッと笑った。

 

「当たり前だろう?手札は使いこなせなければ意味がない。お前のような強者と戦うためにはなおのこと。……お前も、『念』だけでなく魔力も中々じゃないか」

 

「……苦手なんだけどにゃ、魔力」

 

 というよりは嫌いなのだが、ほぼ同義。それっぽく嘲笑が混じった笑みを浮かべてやると、思った通り、白龍皇は一瞬押し黙り、言った。

 

「……ほう、苦手であのレベルか。嬉しいぞ、ピトー。それほどの強さ……それでこそ、全力で殺す甲斐がある――ッ!!」

 

 ボクの嘲りも戦意に変えて拳を握った白龍皇。またしても飛んで突っ込んでくるその姿と行動に、ボクは奴の精神構造を確信した。

 

 他の連中、赤髪や赤龍帝は、仲間を守るためにクロカを倒しに来ている。要は守るためにやむなくの戦いだが、白龍皇にそんな思いは全くなく、ただただ戦いたいだけ。

 

 強い敵を倒して自分の強さを証明したいから。戦うために戦う、バトルジャンキーだ。

 

 つまり、ある意味ボクと似ている。奴の目的はボクを殺すこと、ただそれだけ。それを為すまでは止まらない。

 

 故に、内心では虚しさが勝っていた。

 

(――もうそろそろ、いいかにゃ)

 

 本当に殺すまでできればよかったのだが、そういうわけにはいかないのだから仕方ない。だからボクは筋肉達磨の悪魔の時と似たような気分を抱えながら、それを早く終わらせるべく、予定よりも随分早いが決断した。

 

 一瞬崩れた天井のほうを見やり、認めると、すぐに戻した視線に白龍皇を捉え、地を蹴った。瞬く間に距離が縮まる。白龍皇の警戒が少し高まるのを感じた。

 だが無視して突撃し、再び魔法陣を使う。しかし今度は防御ではなく攻撃のため、生み出した灼熱の火球を放った。

 

 牽制だが、それなりの高威力。人一人を呑み込む大きさのそれを白龍皇は避けるか迎え撃つかするしかないが、どちらを選択しても問題ない。

 

 さっきの自分が使った戦法をやり返された白龍皇は一瞬動きに動揺をみせたが、すぐに身体の強張りは解け、火球に鎧の手をかざした。そして、『力』を使った。

 

『Divide!!』『Divide!!』『Divide!!』『Divide!!』『Divide!!』『Divide!!』

 

 【白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)】の『半減』が、連続して発動した。向けられた火球はたちまち威力を削がれ、一瞬のうちにろうそくの火のようにか細く転じる。それはよろよろとたどり着いた鎧の表面を、僅かに舐めて消え去った。対象に触れることなく『半減』が行使できるとは知らず、少しだけ予想外ではあったがしかし、やはり問題はない。

 

 場面転換の暗幕の役割はきちんと果たされた。

 

 障害が取り除かれた白龍皇の眼には、ジャケットから何かを取り出し、片手に構えているボクの姿が映っていた。

 

 回避するばかりだったさっきまではなかった、明らかな近接攻撃の気配。念能力者の本領であるそれに、奴は注目せざるを得ない。警戒心が引きつけられれば、まともに『念』を修めていない奴に察知できるはずもなかった。

 

「なにを――がッ!!?」

 

 白龍皇の背後を、『隠』で気配を隠していた悪魔(・・)が突如現れ、殴りつけた。

 

 その正体はボクではないし、もちろん穴の底にいるクロカでもノブナガでもない。誰も名前を知らない、ただの一匹の悪魔。恐らく白龍皇たちが表で見たであろう『禍の団(カオス・ブリゲード)』の装備を身に纏ったソレの攻撃は完全な不意を突き、白龍皇は地面に叩き落とされる。

 

 雑兵の評価がふさわしいその力ではそれでも大したダメージにはならないが、衝撃と同時にバランスを崩された体勢はそれだけでボクには十分。無様に落下する白龍皇に手の中のモノの狙いを定め、たわめた脚の筋肉を跳ねさせ一気に加速し詰め寄った。奴の全身鎧の隙間、今この一瞬だけの無防備を晒した肉の部分に突き刺すため。

 

 だがしかし、あと一跳びでそれが叶ったその直前、ボクの視界の末端にぎりぎりその影が映った。

 

 赤龍帝の姿だった。ノブナガが抑えていたはずなのに大穴の手前、白龍皇の醜態に驚愕の表情を見せてはいるが、その足は明らかに大穴の底を目指している。

 

 クロカとシロネの下に向かうつもりなのだ。それに気付いたボクは、標的を変えざるを得なかった。

 

 前への勢いを押し留めた軸足で舵を切る。一瞬で赤龍帝の背後に跳び、ボクを見失って狼狽えるその背に手のひらを当てた。

 

 そして、ただ突き飛ばした。

 

「う、わあぁッ!!?」

 

 驚きと衝撃に悲鳴を上げながら、赤龍帝は白龍皇の下まで飛ばされる。衝突の間際というところで白龍皇は体勢を取り戻し、赤龍帝の身体を片腕で受け止めた。

 

 その表情は苦々しげだ。赤龍帝にボクとの『死闘』を邪魔された苛立ちと、それが無ければ自分がボクに何かをやられていただろうという、二律背反。感謝とで矛盾して処理できない感情をぶつけるように、白龍皇は己の背後、その背に痛烈な不意打ちを食らわせた悪魔へ向けて、振り向きざまに魔力を放った。

 

 それは単なる雑兵悪魔ではどうしようもない一撃だった。普通であればその悪魔は、自分が攻撃されたことにも気付けずにその身を消滅させられていただろう。それほど強烈で、且つ避けようのない速攻攻撃。

 

 だが悪魔は、体捌きのみでそれを容易く回避してみせた。

 

「ッ!?まさか、こいつは――ッ!!」

 

 並みの悪魔ではあり得ない身体能力。眼にして白龍皇はその異常に気が付いたらしく驚愕するも、同時にそのまま突撃してくる悪魔に向かって、身体は動揺を置き去りに動いた。

 

 鎧に包まれた腕が伸び、そして特大の『力』は発揮された。

 

『Half Dimension!!』

 

 瞬間、突撃する悪魔の脚がねじ切れた。

 

 続いて下半身までもが、まるで圧縮(・・)されるかのように縮まって弾け飛ぶ。筆舌に尽くしがたい事象だったが、その気配は『半減』のものと同一だ。

 

 恐らく白龍皇は、空間自体に『半減』を使ったのだろう。局所的に空間を半分としただけであり、悪魔の下半身はそれに巻き込まれて押し潰されただけ。

 白龍皇帝の『力』の応用技であるだけだ。それでもかなり脅威的ではあるが、全く別の能力という最悪の不確定要素が出なかっただけ良しとする。手札を一枚切らせただけと考えればむしろプラスだ。

 

 予兆も把握した。次はボクでも対処できるだろう。そう脅威にケリをつけ、息と一緒に吐き出す。

 

 悪魔の残った上半身が突進の勢いのまま、おびただしい量の血を撒き散らしながら吹っ飛び、ちょうど突き飛ばされた衝撃から立ち直ったばかりの赤龍帝と衝突した。上がる悲鳴。パニックに陥る奴は全く無視して、白龍皇は油断なくボクを睨みつけたまま、その死体を片手で持ち上げた。

 

「……先制点を取られた、ということにしてやろう」

 

 言うと同時、首を握り潰して止めを刺す。そんなことをせずとも既に壊れていただろうが、目当てはそこではないのだろう。なぜなら奴は気付いている。

 

 痛みも何も感じていない、それどころか己に起こった自体も理解できていなさそうな茫洋とした表情でぴくぴく痙攣する悪魔の残骸、その潰した首から、白龍皇はソレを引き抜き目の前にかざした。

 

「他人を操作する能力、それがお前の二つ目の『発』ということか」

 

「お見事、大正解にゃ」

 

 適当に応じた。ボクも一緒に、手に持つソレを見せびらかす。

 

 コウモリのようなデザインの、小さなアンテナ(・・・・)だった。

 悪魔はそれで操作されていたのだ。

 

「奇妙だと思ったさ、あの動き……無名の悪魔にできる動きじゃない。まるで熟練の武闘家だ。それに、寸前まで俺がその存在に気付けなかったのは、『絶』か『隠』でも使っていたからだろう?悪魔が『念』を修めているわけもない。そしてとどめにこのアンテナ。典型的な操作系能力のトリガーだ」

 

 白龍皇はアンテナを握り潰した。さらに念入りなことに魔力で消し飛ばし、開いた手の隙間から残ったくずが零れ落ちる。

 

 ボクはその様子に、いかにも悔しそうな顔をしてみせた。するとその表情の理由も全く理解できていないらしい赤龍帝が、悪魔の死体への怯えを引きずりながらも今度こそ起き上がり、白龍皇帝の横腹を小突いてボクの持つアンテナを指さした。

 

「と、トリガーってどういう意味だよヴァーリ?今の……うぇ……この悪魔、『禍の団(カオス・ブリゲード)』の奴だろ……?操作系能力ってことは、つまり……」

 

「……ピトーが念能力で操っていた、ということだ」

 

 少々面倒くさそうに白龍皇が答えた。赤龍帝が息を呑み、ボクとアンテナとへ警戒心を向けた。白龍皇も、やはりその眼は油断なくボクとアンテナへ向いている。

 

 だがその『ピトーが(・・・・)』という部分は大いなる間違いなのだ。

 

 念能力には気付いてもそのことには気付けない白龍皇。ボクはその様子に神妙の表情を保ったまま、続く会話を黙って聞いた。

 

「一定の条件を満たした対象を操作する能力……奴の場合はあのアンテナだ。恐らく、事前にこっそり攫うなりなんなりして準備していたんだろう。宮殿内を一周する羽目になったのはそのせいだろうな」

 

「……やっぱりこいつも黒歌の同類ってことか。躊躇なく人を利用しやがる。しかも黒歌もピトーも結局『禍の団(カオス・ブリゲード)』じゃなかったんだろ?ならこの悪魔、ぜんぜん関係ねえじゃねえか……」

 

「なんだ、憐れんでいるのか?奴らじゃないが、甘いなお前は。どうであれ、お前たちにとっては敵だろう」

 

「うるせえよ、ヴァーリ。けど……つまりあのアンテナに刺されたら操られちまうってことだろ。たぶん俺たちも例外じゃねえ。気を付けろよ、ヴァーリ」

 

「俺は、そうだろう。だが赤龍帝、お前が警戒する必要はなさそうだぞ」

 

 言い捨てて、白龍皇は悪魔の羽を広げると宙に浮かび上がった。取り残された赤龍帝は、見上げながら困惑を露にする。

 それで得意げに鼻を鳴らした白龍皇が、やれやれと首を振って答えた。

 

「ついさっき背を攻撃された時、ピトーはお前にアンテナを刺さなかっただろう?それだけだ。奴はお前を操る気は元からない」

 

「い……いや、単に刺せなかっただけだろ。鎧を着てるから――」

 

「それは俺にも言えることだ。普通にやったのでは操作の条件を満たせない。だからピトーはあらかじめ操作しておいた悪魔を使って俺に隙を作り出し、鎧の継ぎ目を狙ったんだ。お前も背中を取られただろう?やろうと思えば同条件、やれたはずだ。だが……そうしなかった。それはなぜか」

 

 一つ息を吸いこんだ。

 

「操作するための条件であるアンテナが、手元にあの一つしかないからだ」

 

 自信満々に言い切った、その予測。

 ボクは顔をしかめてため息を吐いてみせた。

 

「……それも正解。うーん、結構鋭いにゃあ」

 

「たった一つのものを赤龍帝に使えば、俺を操作することができなくなる。そのアンテナは確かに、俺たちにとってのアスカロンと同じ、食らえば即ゲームオーバーな一撃必殺の武器だ。そんなものをわざわざ赤龍帝如きに使うこともない、そんな驕りだろう、余計に持っていないのは。わざわざ隙を作って刺すより直接殴り倒したほうがずっと楽だ。……俺の場合は、殴り合うことそのものが負け筋になるわけだがな。だろう?」

 

「まあ、ね。下手に仕掛けてカウンターでも貰ったら、『半減』でこっちが詰む。……触れた相手の『力』を、そのまま自分のものにできるんでしょ?」

 

「ふっ……神器(セイクリッド・ギア)使いの弱点だな、能力が隠せないというのは」

 

 だが把握されているとわかっているから、アンテナが操作能力の要であると、白龍皇は理解できたのだ。

 

 ボクの得意分野は、【黒子舞想(テレプシコーラ)】を見る通り近接戦闘。しかし白龍皇相手ではそれが命取り、要は触れるだけでボクを戦闘不能にできるのだから、迂闊に攻撃を仕掛けられない。

 故の一撃必殺の操作系能力。攻撃を何度も重ねる必要がないこれならば、一度でボクの勝利が叶うのだ。

 

 白龍皇はそう考えた。そしてそれは凡そ正解だ。奴の『半減』の力を警戒して、隙を待ち仕掛けた。それは事実。

 

 だがその策がボクだけ(・・)のものではないことに、やはり白龍皇は気付いていなかった。だからボクはしかめっ面のまま、その内ずっと失笑を堪えているのだ。

 

 白龍皇のそのしてやったりという表情がボクの内心のそんな事実を知りもせず、再び得意げに言った。

 

「まあ、ある意味これで条件は五分五分だな。互いに能力は割れ、一撃で相手を殺せる手札を有している。が……いや……手札の数で言えば俺の方が有利かな。なにしろ一つ潰したばかりだ」

 

 悪魔の死体を足蹴にする。

 

「これの悪魔離れした動きはお前が直に操作していた証拠。それほど精度の高い操作が可能なら、操作可能な人数もそう多くはないだろう。アンテナのことはそういう理由でもあるんだろうが……仇になったな」

 

「ほんと、何から何までお見通しみたいで。ムカつく奴だにゃ、白龍皇」

 

「今に限っては誉め言葉だな。戦闘中に敵の能力を考察するなんて基本だろう。お前のアンテナのように、知らずの内に条件を満たしてしまって即負け、なんてことは、特に念能力者相手では珍しくもない。嫌というほど思い知らされてるさ」

 

 その思い知らされた相手とは、恐らく曹操かミルたん辺りなのだろう。特に曹操は神器(セイクリッド・ギア)に干渉できると思われる能力を持っている。それを使われたからこその、『思い知らされている』。

 

 つまり、試合(・・)の戦闘経験が多いようだ。ボクの内心に気付けないのは、やはりそれが故か。

 

「随分、戦闘の機会に恵まれてるみたいだね、キミ」

 

「おかげさまでな、何なら念能力者相手が一番慣れているくらいだ。使う方はからきしだが、知識からの考察は得意分野であるつもりさ」

 

 慣れと、それ故の驕り。とうの昔に落とし穴に落とされていたことなど知る由もない白龍皇は、ボクの様子にただ愉悦した。それを見て、赤龍帝がちょっと嫌そうに感嘆の声を上げた。

 

「やっぱり……認めたくねえけどすげえなヴァーリ。強いことはわかってたけど、頭もいいのかよ。顔もいいし……ほんと嫌味な奴だぜお前はよ!」

 

「……その怒りを力に変えてくれればいいんだがな。全く……まあいい。赤龍帝、とにかくお前もこちらに出てきたんだ。ならせめて、邪魔にだけはなってくれるなよ?ピトーは俺の獲物なんだ」

 

「それって……手を出すなってことか?悪いけど、それは無理だぜヴァーリ。俺は部長たちが作ってくれた隙で一人ノブナガを突破してきたんだ。みんなのためにも、ピトーの奴をぶん殴ってどかして白音ちゃんを助けに行く!お前の戦いが終わるのを指咥えて待ってるわけにはいかねえ!!」

 

 奮い立ち、赤龍帝の兜の眼がボクに戦意を叩きつけた。一歩踏み出した足が転がる瓦礫を踏みつけ、砕く。やはり『力』だけ(・・)は大したものだ。

 

 だからそれだけでノブナガから逃げられるわけがない。まず間違いなくわざとであることを確信するボクは、赤髪たちをあしらうノブナガの後姿を、こればかりは表情通りに睨みつけ、余った眼の忌々しげをそのまま赤龍帝に向けた。

 

「じゃあボク、これからはキミも同時に相手しなきゃならないってこと?めんどくさいにゃあ。めんどくさいし……先に殺しちゃおうか。ねえ白龍皇、キミもタイマンのほうがいいんでしょ?」

 

「まあ、そうだな」

 

「ヴァーリ!?」

 

「だがまだ彼には死んでほしくないんでね、邪魔させてもらおう」

 

「ヴァーリ……!」

 

「なにせ赤龍帝だ。あれも俺が強くなるための、大切な踏み台の一つなんだからな」

 

「ヴァーリぃ……」

 

 という三段活用で三転した好感度。結局見捨てられた赤龍帝は恨めしそうに白龍皇を見上げるが、奴はまるで意に介さない。ボクを殺すタイミングを今か今かと待っている。

 

 その戦意は悪いことではないのだが、しかしその内では着々と準備を、魔力を練り上げているのだろう。ごく単純な理だ。近接戦でアンテナを刺される危険があるなら、遠距離から叩けばいい。それに魔力の打ち合いは間違いなく初代魔王の血筋である白龍皇に分がある。

 

 だから勝てないというわけではないが、それに徹せられるのは面倒だ。であればと揺さぶってやるべく、ボクはそこに手を伸ばした。

 

「踏み台ねぇ……それってボクまで眼中にないみたい。他に倒したい相手でもいるの?」

 

「安心しろ、お前だけじゃないさ。赤龍帝もフェルもウタも曹操も、それにミルたんも、すべては通過点に過ぎない」

 

 いい気になるなよ、と見せかけの不快感を露にして言ってやると、白龍皇は途端に乗ってきた。思っていたよりも傲岸不遜な名前を出して、続きは一息吸いこんだ覚悟を以て言った。

 

「俺は、真なる白龍神皇になる。そのために、いつか最強の存在たる『真なる赤龍神帝(アポカリュプス・ドラゴン)』グレートレッドを倒す。お前も赤龍帝も、そのための糧だ。……これで満足したか?お前だけじゃない、すべて等しく眼中にないんだよ、俺は。ただ一つ、グレートレッドだけが――」

 

「『俺の倒すべき相手』って?にゃるほど、眼中にないんじゃなくて目が見えてないだけだったわけだにゃ」

 

 遮って言い、合点がいったという風に笑ってやった。

 

 あからさまな嘲笑。そんな反応をされるとは思っていなかったのだろうか。白龍皇はあっけにとられたかのように言葉を止めた後、兜越しでもわかるほどの明確な苛立ちをボクに向けた。

 

「……何が言いたいキメラアント。まさか……無謀な夢だとでもいうつもりか……?」

 

「それ以外に何があるの。ミルたん……は、確か最強って言われる人間の一人だよね。名前を出すならまだ倒せてはいないわけでしょ?フェルとウタと曹操って奴らも」

 

「……単に試合までしかできていないというだけだ。味方と殺すまでやりあうことはできないだろう。だがもしその気でやりあえば、ミルたんはともかく他は人間だ。俺が敗れる道理はない」

 

 だろう?と歪に作り出した不敵の笑みがノブナガをちらりと見やった。

 

 確かにそうだ。悪魔と人間の間には絶対的な差がある。魔力だけではなく、力も体力も寿命までも、生物的に言えば悪魔は人間の上位種と言っても過言ではない。例え戦闘技術で勝っていても、生物としての格の違いはそう易々と越えられはしないのだ。

 

 それは確固たる事実。動きようのない真実。だからこそ、白龍皇は確信しているのだろう。

 

 それは他の悪魔、人外たちと何も変わらない。

 

 奴は人間に興味などないのだ。だから、気付けない。

 

「あれらは所謂修行の一環さ。実践の場はまた別、つまり今だ。さあ、戯言はもういいだろう。再開しようじゃないか……!!」

 

 白龍皇は抑えられない歓喜だけを叫び、そしてやはり魔力を放った。

 

 瞬時に現れた数多の光弾がボクめがけて降り注ぐ。一発一発が石張りの地面を穿つほどの威力だが、ためらわず、ボクは宙の白龍皇めがけて跳躍した。

 

 光弾の間を縫い、いつかのように結界を足場にして駆け上った。あと一息で拳の射程といったところまで接近したころ、そこでようやく白龍皇も弾幕をやめ、次なる魔法陣に魔力を移した。

 

「虚勢か、それとも本気かは知らないがな、キメラアント!!」

 

 叫び、展開される数珠つなぎの魔法陣。高出力の光線が、一瞬の後に撃ち放たれる。周囲の空気まで焼き焦がすほどの攻撃だったが、しかしボクは既にそこから離れ、白龍皇の死角でアンテナを出していた。

 

 だがそこに、白龍皇の小手の手のひらだけが向けられた。

 

「無謀などと偉そうな口を叩くのなら、その理由(強さ)を俺に証明してみせろ!!」

 

『Half Dimension!!』

 

 空間半減の力で周囲の空間が軋む、その予兆を感じ取った瞬間、ボクの能力がボクの身体を引き戻した。

 

 逃れた直後、目と鼻の先で『半減』が発動し、不発に終わる。かと思えば、離れたはずの白龍皇の拳が目の前に迫っていた。空間の半減、つまり奴との距離も半減され縮まったのだと気付くと同時、再び動く能力に身を任せながら、至近距離で響く白龍皇の声に眼を向けた。

 

「俺はそれすら打ち破り、俺の夢を証明してやるッ!!」

 

 恐らく歯を剥いている白龍皇が、その怒りで放ったボディブロー。だがボクは躱してのけた。見切り、動いた能力が最小限で致命の攻撃を回避し、そのままするりと懐に潜り込みながらアンテナを抜く。

 

 渾身の打撃が空を切ったことによって伸びた脇の下辺りに突き刺そうとした。が、頬に感じた風圧がそれを押し留め、前傾姿勢の身体を横に反らせた。

 

 一瞬の後、白龍皇の脚がボクの頭があった位置を蹴り抜いた。その威力は風圧からしてもかなりのもの。避けなければ間違いなく昏倒してしまっていただろう。アンテナを刺せてもボクが気を失ったのでは意味がない。

 その理由を、白龍皇は『操作を行うことができなくなる』からであると思っているだろうが、それが誤りであると教える気はボクにはない。黙って退き、距離を開けた。

 

 豪快に後ろ蹴りを空振りさせて難局を乗り越えた白龍皇は、恐らくその安堵で喉を鳴らし、身体の向きをボクへと戻した。

 

「……ずいぶんよく避ける。頑丈な上にその柔軟さは……もはや液体だな。そんな肉体を持つ上に魔力も『念』も使いこなすとなれば……俺が白龍皇でなければ、本当に勝ちの目はなかったかもしれないな……。だが、負けん……!俺はお前を、曹操をミルたんを、世界に溢れる強者どものすべてを下し、最強の存在になる!!」

 

 だからそれは不可能なのだ。例えこの作戦がなくとも、例えそれすら覆してボクたちを倒してのけたとしても、叶わない。ルシファーであること、そして白龍皇であることを明かして悪魔の軍門に下った今、それは決定的だった。

 

 あの魔王は、世に混乱をもたらすような真似を許しはしないだろう。例え他すべての貴族悪魔が声を上げようが、封殺する。でなければ人間に、『V5』に見限られるからだ。

 白龍皇が最強を求めれば、いずれは当然他の神話体系にも手を出す。そうなった場合の混乱は当然『V5』には都合が悪く、許したとなれば関係悪化は必至。それを良しとするほどの無能では、さすがにない。

 

 代替を寄こすのかそれとも封じ込めるのかは知らないが、魔王はそうするはずだ。そしてもし、もし仮に白龍皇がそれで満足できず、反逆したとしても。

 

 奴は牙すら、曹操とミルたんにもがれているのだ。

 

「……かわいそうなやつ」

 

 背を丸めて結界の足場に手足を置くボクの口から、戦闘の落ち着きがため息と混ざり、つい一緒に口に出た。

 

 耳聡く、白龍皇は反応した。

 

「……いいだろう、そこまで言うなら俺ももう何も言わん。本気で行くぞ、キメラアント!!その戯言を負け犬の遠吠えに堕としてやる!!」

 

 怒りで膨れた龍の『気』が巨大な魔力の光球に変わり、ボクに放たれた。

 

 回避はしない。備えて練っておいた魔力を使い、防御魔法陣でそれを迎え撃つ。着弾、そして炸裂。閃光が大広間を覆い尽くした。

 

 それに紛れ、動かした。

 

 その数舜後、防ぎきれなかった魔力に焼かれるボクめがけて、閃光を突き破った白龍皇の追撃が飛んでくる。眇めて光を絞った眼で、ボクはそれと、奥の白龍皇の姿を捉えた。

 

 前傾姿勢。光弾に続き、奴自身もが攻め入ろうとしている。アンテナの危険よりも攻めの手を選んだその頭には、程よく血が上っているようだ。

 

 それを悟って好機と見た新たな悪魔が、天井から白龍皇に襲い掛かった。

 

 これも『禍の団(カオス・ブリゲード)』の兵隊悪魔。さっき肉塊になったものと同じ装備、二股の槍で白龍皇を刺し貫かんと振り下ろす。だが二度目はなかった。

 

「やはりなッ!!わかっていたさ、まだ駒が残っていることくらいは!!」

 

 ボクを狙っていた鎧の腕が弾かれるようにして跳ね上がり、槍を捕らえて圧し折った。続いてもう一方の腕が拳を握って悪魔の腹に突き刺さり、同時に発動した魔力がその肉を一瞬で食い破った。

 

 貫通し、空いた大穴。絶命と同時にがくりと垂れた首から、拍子にアンテナが抜け落ちた。

 

「貴様の能力が多くを操作できずとも、アンテナさえあらかじめ刺しておけば残機としては扱える。駒が潰れたのなら別の駒を出せばいいだけ、なんだろう?あの余裕は。……だが、俺に何度も同じ手が通じると思わないことだ!!」

 

 嘲笑いながら、片手間に飛ばした光弾でアンテナを破壊する。粉々になったその残滓が、閃光の余韻できらきらと瞬き、地面へ降り注いだ。

 

 明瞭を取り戻した、その足元の光景。

 

「ヴァーリッ!!」

 

 光にやられた眼を瞬かせる赤龍帝が、それに気付いて叫んだ。

 

 片手に悪魔の死体をぶら下げたまま、白龍皇の視線がボクから下に移り、そして寸前身構えどうにか防いだ。

 

 三匹目の『禍の団(カオス・ブリゲード)』の悪魔だった。真下に潜んでいた悪魔が仕掛けた、やはり槍での攻撃。その切っ先を魔法陣で止めながら、白龍皇は悪態を付く。

 

「ふん、手が割れた途端にもう次か。……いいさ、どれだけ用意しているのか知らないが、すべて俺が――ッ!!?」

 

 だがその悪態は、半ばで驚愕に変わった。

 

 右腕で貫いた二匹目の悪魔。死に、アンテナももう刺さっていないはずのその身体が、動いた(・・・)のだ。

 

「なん――ッ!!」

 

 しかし声を上げる暇もない。鎧ごと腕を締め上げんと蠢く悪魔を弾かれるように見やって、その先に、白龍皇は見た。

 

 何十匹もの悪魔の大群(・・・・・・・・・・)。それらが一斉に、白龍皇へ襲い掛かった。

 

 それからはもう、白龍皇はボクに眼をやる余裕をも失った。動揺と槍によって四方から肉薄されうまく反撃ができないらしく、右腕から悪魔を振りほどく暇もないまま、次々襲い来る悪魔を左手の魔法陣のみでいなし続ける。大技でまとめて吹き飛ばせば大群は一掃できるが、その隙にボクに襲われればと思うとできないのだろう。悪魔どもに纏わりつかれている限りは肉の壁がある。それが剥がれて無防備な所に接近されれば、相打ちになったとしても『半減』の後に倒すという手間がある分向こうが不利だ。

 

 警戒は再びボクに向いた。故に後は適当なタイミングと場所を待つだけ。地面に下ろしてやればなお都合がいいはずだ。

 悪魔どもを使ってじわじわとそのついでも成しながら、ボクは足場の結界から飛び下りた。ゆっくりと落とされていく白龍皇、その姿を覆い隠す肉団子を見上げる。なんとなく食欲をそそる光景にくねる尻尾と一緒に見物していると、やはりというか何と言うか、赤龍帝が襲い掛かってきた。

 

「このッ!!……ピトーお前……!!何やったんだよッ!!」

 

「うん?何って?」

 

 全力で攻撃しているつもりだろうが、白龍皇のそれと比べればお遊び同然の拳を受け止め、首を捻る。

 

 赤龍帝は歯噛みしながらボクの眼を睨みつけた。

 

「だって……おかしいだろ!!お前の能力はアンテナが無けりゃ使えねえはずだろ!?なのにあの悪魔たち、首にもどこにもアンテナが刺さってねえ(・・・・・・・・・・・)!!」

 

 どしゃりと、白龍皇の『半減』にすり潰された悪魔の一匹が落下した。赤龍帝の言う通り、その肉塊の中にアンテナは破片すらも存在しない。

 

 元から、あの悪魔どもにアンテナなど刺さっていない。

 

「へぇ、意外と眼がいいね、キミ」

 

「おかしいのはそれだけじゃねえ……!!死んだはずのやつが動くし何十人も一度に操作してるし……そんなことできるはずがないのに、なんで……ッ!!」

 

 必死の表情は得体の知れなさに引きずり出された恐怖を噛み殺し、止められた拳を引いて飛び退いた。睨みつけたまま、『Boost!!』と倍化された力を握り締める。

 

「それ、半端な『念』の知識しかないキミたちの推測でしょ?勝手に決めつけて勝手に驚いてるだけにゃ。あの悪魔どもを操作してるのは、間違いなくボクだよ」

 

 というか、あれこそ(・・)がボクの能力であるのだ。筋トレばかりさせていた赤龍帝にも、中途半端にしか会得していない白龍皇にも、悪魔どもの頭上で(・・・・・・・・)その肉体を操っている人形たち(・・・・・・・・・・・・・・)の姿を見ることができるはずもなかった。

 

 死体が動くのだって、そういう能力であるというだけだ。直に肉体を操る故に、アンテナと違って対象の生死は関係ない。数も、アンテナよりも精度が劣る代わりに多くの数を操れた。

 

 だが、それに奴らは気付けない。そこに全く別の二つの能力が働いていることは、奴らにとって、白龍皇にとって理の外なのだ。

 

 なぜなら、白龍皇の頭の中ではこれが『戦闘』であるから。奴にとっての戦闘とは、自分の最強を証明するための行為。相手と自分、どちらが上かを決めるため、つまり目的は相手を倒すことだ。殺すだなんだというのは所詮、本気度の表れでしかなく、堕天使の下にいた頃には曹操とミルたん、他にも相手はいたのかもしれないが、人間離れした実力者たちとそんな戦闘に明け暮れていたはずだ。

 

 故に奴はリング上での戦闘(試合)しか知らず、勝ち負けも勝負も何もない戦闘(殺し)など知らない。知られないよう、囲われてきた。だからボク以外の敵の存在(・・・・・・・・・)を考えもしない。

 

 ただの『殺人(・・)』が、奴に理解できるはずがなかった。

 

「う――おおおォォッッ!!」

 

 咆哮と共に、悪魔だったものが放射状に撒き散らされた。弾丸のようにボクへ飛んできた一際大きな肉塊を、ボクは反射的に払い除ける。

 

 赤い血が散るその視界。純白だった鎧を赤く染めた白龍皇が、もうすでにボクめがけての突進を開始していた。爆発的に増した殺気と『力』。真反対からも、何重もの『倍化』を重ねた赤龍帝が襲い来る。

 

「……案外、早いにゃ」

 

 挟み撃ちを認識して、つい眉間に皺が寄った。最後の準備にほんの少しだけ時間が足りないのだ。悪魔どもでもう少し持たせられると思っていたが、そううまくもいかないらしい。

 

 ならば仕方がないだろう。内心でため息を吐きながら、まず振るわれた赤龍帝のパンチを片手で防いだ。

 

 その力だけはさすがに強大だ。衝撃が身体を伝い、ボクの足元の地面を割り砕く。さらに続いて白龍皇の拳が放たれて、もう片方のボクの腕が受け止めた。

 

 更なる威力と、その危険を上回る『半減』という名の致命が身を襲った。

 

「赤龍帝、また邪魔を……!!だがこれで――」

 

 白龍皇は手応えに、翳ってはいるが歓喜を吐き出す。だが遮って、赤龍帝の眼がそれを捉え、ひっ迫を叫んだ。

 

「ヴァーリ!!また上だ!!」

 

 攻撃を止めて作った僅かな間だが、どうにかそれで間に合った。白龍皇の頭上に、また新たな悪魔の軍団。

 奴らには見えないボクの人形たちが操るそれらが再び天井より降り、白龍皇を襲った。

 

 だが白龍皇は振り向きもしない。

 

「構うな!!こいつさえ倒せば問題ないッ!!」

 

 そう吐き捨てた。確かに、大抵の念能力は術者が死ねば解除される故に、その判断は間違いではない。そもそも悪魔どもの攻撃も白龍皇には大したダメージにならないのだから、優先順位は間違っていないだろう。

 

 白龍皇は攻撃をその身に受けてでも、ボクにとどめを刺すつもりだ。宝玉が輝き、『半減』が『力』を奪い取ろうとする。

 

 その直前だった。

 

 眩い閃光と共に、悲鳴がその発動を掻き消した。

 

「が、ああァァァァッッッ!!!」

 

 激痛を示す絶叫。白龍皇のものだ。そのあまりの激しさに赤龍帝までもが怯み、パンチに込められた力も硬直する。

 

 その眼が愕然としたまま凝視するのは、白龍皇を襲った悪魔どもがそれぞれ手に握った剣。ボクにも悪寒をもたらす閃光と、絶叫の原因であるそれだった。

 

「あ、アスカロン(・・・・・)!!?」

 

 ノブナガの手にあるはずの伝説の聖剣が、悪魔どもにそれぞれ一本ずつ。二桁の龍殺し(ドラゴンスレイヤー)が、白龍皇の身体に突き立てられていた。

 

 あり得ない光景。しかしそれが現実であると認めた赤龍帝は、驚愕と恐怖で肉体のみならず思考までもを停止させた。その隙にボクは、掴んだ赤龍帝の拳を投げ飛ばした。

 

 白龍皇に叩きつけられ、悪魔どもを巻き込んで地面を転がった。衝撃で白龍工の肉にアスカロンがより深く食い込み、さらに上がる苦悶の声は間違いなく本物の苦痛。悪魔でありドラゴンの魂をも宿す白龍皇には、コピーであっても(・・・・・・・・)十分すぎる効き目があるようだった。

 

 それでも歯を噛みしめ、顎を震わせながら、串刺しにされた白龍皇は鬼気迫る憤怒の声でボクを睨みつけていた。

 

「きッ……さま……ッ!!いったい、どれだけの能力を……ッッ!!!」

 

「んー、お得意の考察でもしてみるか、数なら数えてみればいいんじゃにゃい?【黒子舞想(テレプシコーラ)】と操作能力とアスカロンの能力と……ほら何個?」

 

 正解は二個。『フェル』の能力も併せればその限りでないが、しかしどちらにせよ気付けない白龍皇は怒りだけを募らせる。

 

 そしてそれはすぐさま、『力』へ変わった。

 

「なめ……るなぁッ!!!」

 

『Divide!!』

 

 聖剣によって削り取られ続ける『力』と血。どくどくと身体から流れ出るそれらに吠えた白龍皇は、執念でボクに手を向け、こんどこそ『半減』を発動させた。

 

 赤龍帝のパンチと一緒に白龍皇のも受け止めたために、すでに条件はそろっていた。故にどうすることもできず、ボクの身体から『力』が抜け出た。その分が白龍皇に渡り『吸収』され、そして最初に危惧した通り、有利が逆転する。

 

 とは、ならなかった。

 

「あ、が……ッッ!!?」

 

 『吸収』したボクの『力』、『気』は、邪気塗れなのだ。五年経っても尚原因不明な、悪意や負の感情の集合体である邪気をたっぷり含むボクの体質。ボク自身やクロカは慣れているから問題ないが、そうでない白龍皇がボクの邪気の半分をいきなり取り込めばどうなるか。

 

 悩むまでもなく、膨れ上がる心の衝動に呑まれる。

 

 白龍皇の場合であれば、恐らくボクを殺すという、最強も真なる白龍皇も忘れた一つの殺意のみに。

 

「がアアアァァァァッッッ!!!」

 

 吸収され、爆発的に膨れ上がった魔力が無差別に撒き散らされた。周囲の悪魔たちとアスカロンは跡形も残さず消し飛び、勢いは赤龍帝の身体も押し流す。膨大な魔力を纏ったまま、白龍皇は殺意で捉えた。

 

 そして呟くように紡がれる、呪文。

 

『――我、目覚めるは!!覇の理に全てを奪われし二天龍なりッ!!』

 

 神器(セイクリッド・ギア)の最終到達点である禁手(バランス・ブレイカー)の、そのさらに先へ至らんとしたものの成れの果て、覇龍(ジャガーノート・ドライブ)

 

 ある種の暴走状態であるそれは、邪気に呑まれたやつに相応しい手なのだろう。それに実際、それは有効だ。覇龍(ジャガーノート・ドライブ)がどれほどのものなのかはわからないからはっきりとは言えないが、白龍皇が『戦闘』でボクを下そうというのなら、いっそ理性くらい飛ばしたほうが可能性がある。

 

 だがなんにせよ、遅すぎた。

 

 三節目が始まる前に、白龍皇の身体をノブナガの『円』が包み込んだ。

 

「あ――」

 

 全くの同時、背に斬撃。【白龍皇(ディバイン・ディバイディング)の鎧(・スケイルメイル)】が、あっさりと砕け散った。

 

 曰く『『円』の範囲内のものを切る』という単純故に強力な能力を持つノブナガ。背後に突然転移(・・)されれば、防ぎようがない。

 

 それがとどめとなった。

 

 本物のアスカロンの力も合わさって呪文は途切れ、白龍皇の身体は傾いた。

 ボクは再びアンテナを構え、その肩を支えてやった。

 

「まあ、ボクも残念だとは思ってるよ」

 

 白龍皇が想像したであろう『戦闘』などここにはない。そしてボクにとってもこれは『戦闘』ではない。ただ、殺し合いという名のただの作業。戦いでも勝負でもなく、あらかじめ決めた道筋をなぞるだけの、ただの手順の積み重ね。そのために、実に六人がかり(・・・・・)で作り出したのが、今のこの瞬間だ。

 

 それだけの人数で白龍皇を叩くと、いや、処理するとボクたちが決めた時から、もうこうなることは決まっていた。なぜなら確実なものにするための六人がかりであるから。もしも白龍皇がそれらを『戦闘』に引き戻せたとすれば、最初から覇龍(ジャガーノート・ドライブ)という強力無比な切り札を切り、小細工ごと蹂躙する以外になかっただろう。

 

 だが白龍皇はそもそも小細工があることを想像できない。そうなるように、ミルたんたちに戦闘経験をコントロールされたから、正々堂々の決闘によって個の最強(・・・・)が欲しい白龍皇(強い存在)は、ボクもそうだと信じて疑わなかった。

 

 だから他人の介入など認識にすらない。それをする人間が取る手段も想像できない。暴力で敵わないことがわかりきっている弱い存在だからこそ、代わりに人は知恵を絞るのだ。

 

 そこに正々堂々も、殺しに卑怯も正義もあるはずがない。

 

 白龍皇は、今になってそのことに気付いたようだった。

 

「ピトー……貴様ァッ……!!!」

 

「ボクも今は、人の中にいるからさ」

 

 だからまあ、仕方のないことなのだ。

 

 兜も砕けて露になった白龍皇の憎悪の表情にため息を吐きながら、ボクは奴のその首筋にアンテナを突き刺した。




うちのヴァーリくんはきっとヒソカと仲良くなれる。
感想ください。
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