そして誤字報告をありがとうございました。
「お……おい、ヴァーリ……?」
恐る恐るに声をかけた赤龍帝だったが、当然応えは返らなかった。
ボクによってアンテナを刺され、操作された白龍皇は、ゆらりと幽鬼のように起き上がり赤龍帝に振り向く。だがその眼はしかし、何も映していない。虚ろにどことも知れない虚空を見つめるばかりの生気のない動きは、その事実を受け止め切れない赤龍帝に激しい動揺をもたらした。
それに追い打ちをかけるように、白い鎧の宝玉から声が響いた。
『……逃げろ、今代の赤龍帝』
悔しさが滲み出た声色。使い手を操作していても
恐らく最難関の課題の完了に肩の力を抜くボクだったが、しかし赤龍帝は生まれた明らかな隙よりもドラゴンの言葉の方が衝撃だったらしく、驚愕に身を跳ねさせ、鎧を鳴らした。
「に、逃げろって……確か、アルビオンっつったっけ?なあ、ってことは……まさかほんとにヴァーリは……」
『……完全に操られてしまっている。奴の言葉、意思一つでヴァーリはお前たちを襲うだろう』
「嘘だろ……いやでも、どうにかならねえのかよ!?念能力だか何だか知らねえけど、そんな奴の力くらい、ヴァーリなら跳ね退けれたりしねえのか!?なあヴァーリ!!敵にいいようにされるなんてらしくねえぞ!!戻ってこい!!」
『無駄だ。ヴァーリ本人にはもちろん、私にもどうすることもできない。それほど強力な能力だ。……こんな形で今代の因縁に決着が付いてしまうのは、私もヴァーリも望んでいない。こうなってはもう……貴様たちが立ち向かっても死ぬだけだ』
故にボクたちが白龍皇を使って赤龍帝を殺そうとする前に逃げろと、アルビオンは歯切れ悪くそう言った。わかっているのだろう。そのせめてもの望みが叶う可能性が果てしなく薄いことが。
単純な実力差。赤龍帝が手も足も出ない白龍皇を倒してしまったボクを相手に逃げ切ることが、果たして奴に可能なのか。客観的に見て、ほぼ不可能だ。
それがわかっていないのは、当の赤龍帝だけだった。しかも首を横に振って、奴はボクに怒りの衝動を向けた。
「……逃げるってことは、白音ちゃんも見捨てるってことだろ。そんなこと、俺は絶対にしねえ……!!ヴァーリも……ムカつく奴だけど、俺たちの仲間だ!!見捨てるなんてできるかよ!!」
『そういうことだ。悪いなアルビオン、俺の相棒はバカなんだ』
赤龍帝のほうのドラゴン、ドライグも、宝玉の中から呆れ半分な声を出す。アルビオンの返事はないが、顔が見えれば頭痛を堪えるような表情をしていたことだろう。
ボクにしてみてもただの無謀だとしか思えないのだが、しかしその勇気に感応するものはドライグ以外にも存在した。自身をバカと評されたことにぼそぼそ文句をつける赤龍帝に、ヴァーリを切った聖剣アスカロンを肩に担いだノブナガが、いかにも愉快に大笑した。
「あっははははは!!やっぱおめぇ面白れぇな!こんな状況で啖呵切れるなんざ、バカでも大したもんだぜ」
「う、うるせえ!!褒められてんのか貶されてんのかわからねえけど……とにかく俺は逃げねえ!!白音ちゃんもヴァーリも、俺たちが絶対に助け出す!!」
「へえ、俺たちねぇ」
ノブナガが顎を撫ぜた。口が閉じ、半笑いの口角が残る。
その嘲りの通り、赤龍帝は気付いていないのだ。赤龍帝と白龍皇以外の連中をまとめて相手していたノブナガが、赤龍帝の対面でのんびり茶化しているその理由。
「後ろ、見てみろよ」
ノブナガが顎で促し、何かを感じ取った赤龍帝は緩慢に背後を振り返った。
大階段の傍、そこで戦っていたはずのやつの主と眷属の仲間たち。
全員が地に伏していた。
「……ぶ、部長!!みんな……!!」
「ぅ……ぐ……」
苦悶だけが返る。アスカロンの聖なる力に焼かれ、動くことも、まともに声を出すことすらもままならない様子だった。
ノブナガの実力と武装を考えれば当然の帰結であるわけだが、曰くバカである赤龍帝は信じられないと言わんばかりに目を見開き、呆然と衝撃を持て余している。主である赤髪の下に膝を突いて助け起こす赤龍帝はひとまず放置することにして、ボクはしたり顔で赤龍帝の様子を見つめるノブナガに、呆れの視線を向けて言った。
「殺すんじゃなかったの?」
途端、にやけた口がへの字に曲がる。元々皆殺しにはするなと言ってはいるのだが、それにしてもただの一匹も死んでいない。ノブナガのその反応で逆にボクの口角は上向き、さらに続けて言ってやった。
「それに、倒すだけにしても時間かかり過ぎだよね。キミの役目、聖剣での不意打ちで確実にヴァーリの動きを止めることでしょ?なのに勝手に試し切りだって出てきて遊びだして、それでこの体たらく。あんまり遅いから、おかげでボクも一発貰う羽目になっちゃったしさ」
「……うるせぇな。全部織り込み済みだったくせしてよく言いやがる。てか、仕損じたのは俺の技量のせいじゃねぇぞ?このアスカロンとかいう聖剣がなまくらなのが悪いんだ。伝説とか言うくせに……ただの骨董品だった。碌に切れやしねぇ」
顔はそのまま眼だけをボクにやって、アスカロンでぞんざいに地面を突くノブナガ。流麗な鋭さを見せる刃は言う通り、転がる瓦礫の一片に傷の一つさえつけることができない。
なるほど確かになまくらだ。赤髪たちの身体に刻まれるのが火傷ばかりで刀傷がないのはそういう理由なのだろう。
そしてその原因は、恐らくゼノヴィアが言っていたアレなのだ。記憶を遡って思い出しつつ、ボクは大きく伸びをした。
「因子、だっけ確か。それが無いんじゃない?」
「あ?なんだよ因子って」
顎に置いていた手を着流しの懐に突っ込むノブナガが首を傾げる。ボクは薄ら笑いで肩をすくめてみせた。
「ふぅん、やっぱり知らないんだ。……聖剣を扱うための資質みたいなものらしいよ。それを持ってないなら、なまくらになっちゃうのも納得だにゃ」
「んだそりゃ。聞いたこともねぇぞそんな話……。聖剣どころか剣も扱えねぇくせに、なんでそんなこと知ってんだ。適当言ってんじゃねぇだろうな?」
残念ながら恐らく本当。その聖剣使いであるゼノヴィアからの情報だ。何でもあいつの元仲間は因子のおかげで聖剣を扱えるようになったらしいし、現仲間の聖魔剣も、取り込んだからこそ聖と魔が融合したその特異な能力を手に入れたという。細かいことは興味もないが、因子が欠如していることが要因ではあるのだろう。
それが物で後付けできるものであることには触れてやらず、首を横に振って適当であることを否定した。それであっさり信じたノブナガはがっくりと肩を落とし、倒れ伏すゼノヴィアのほうを覇気なく見やった。
「……マジか。ってこたぁあのデュランダルも、オレが振ったらただの鉄の棒きれになっちまうってことかよ。興奮してたのが馬鹿みてぇじゃねぇか」
「棒切れとは難いサイズだにゃ」
しかし馬鹿みたいなのはそうだろう。特別ガタイがいいわけでもない野武士が身の丈に合わない大剣を担いでよろけているような、あるいはそんな光景もあったはずだ。
想像して失笑が零れた。ますます気を悪くした様子のノブナガ。なんでもないちょっとしたやり取りだったが、しかし気の抜けたその態度が赤龍帝の怒りを刺激してしまったようだった。
「くだらないこと、しゃべってんじゃねえよ……!!」
食いしばった歯から唸り声を押し出したような、激怒を感じる言葉。腕の中で痛みに身動ぎする赤髪をそっと地面に下ろし、赤龍帝は再度立ち上がって顔を向けた。
兜の眼が、感情を映して鋭くノブナガを貫いた。
「よくも部長を……みんなを酷い目に合わせやがったな……!!許さねえぞ野武士野郎!!」
純粋な怒り。纏うドラゴンの『気』が膨れ上がる。それを眼にしたノブナガの機嫌はたちまち好転し、感嘆の声を上げた。
「ほー、すげぇもんだ、またパワーが上がりやがった。やっぱあいつを思い出す……。なぁ、ほんとにお前、『蜘蛛』に入らねぇか?」
「てめえらみたいなちんけな泥棒になる気なんてこれっぽっちもねえよ!!そんなもんより、俺にはハーレム王になるっていう崇高な目標があるんだよ!!てめえもピトーも、まとめて俺がぶっ倒してやる!!」
到底崇高には程遠いことを本気で怒りながら宣う赤龍帝に、ノブナガの笑いはまた大笑にまで逆戻りした。ボクの言葉もそっくり洗い流されてしまったようで少し残念に思ったが、そんなことは我関せずに、赤龍帝の怒りはひたすら右肩上がりに高まっていく。
『Boost!!』と『倍化』が発動して、溢れた『力』の波動が吹き抜けた。その風圧を受けながら、ノブナガは再びアスカロンを肩に担いだ。
「ははっ、やっぱりフラれちまったか。こうと決めたら聞きやしねぇ。だが……自分が置かれてる状況がどれだけやべぇかってことは、しっかり理解しておいた方がいいな」
僅かに真剣の眼差しで、続ける。
「このクソ猫一人ならまだしも、オレを同時に相手して、本気で勝てると思ってんのか?しかもおまけで白龍皇。大してお前はもう一人だけで、味方は全滅だ。戦闘経験もねぇ、ちょっとパワーがあるだけのガキなんだからよ。相当頭捻らねえとマジで死ぬぞ?」
「仮にも敵になんで真面目なアドバイスしてるのかにゃ、このなまくら人間。頭を捻る以前に自分の実力見誤って殺し損ねてるくせにね」
「なまくら人間ってなんだてめぇ。この骨董品使わなきゃあいつら程度、殺すのなんざわけねぇよ。何ならてめぇで証明してやろうか?」
「できもしない事を言っちゃうと恥かくよ?……ほら、白龍皇も呆れてるにゃ」
正確には白龍皇を操作しているあの男が、だが。しかし白龍皇は気付いたその事実に、どうやら赤龍帝は気付いていないらしい。「呆れてんのは適当言うてめぇの口だろうよ」と返してくるノブナガは無視して打ち切って、ボクは憤怒を滾らせる赤龍帝へ更なる燃料を注ぎ込んだ。
「で、実際のところはどう?何か作戦でもある?」
でなければボクたちには対抗できないと、そう言ったノブナガの見解に異議はない。普通に考えれば今の状況は赤龍帝たちにとって絶望的、ボクとノブナガを倒すどころか、逃げることすら不可能に近いのだ。
その上でただ突撃してくるだけなら、例えばこれがいつもの仕事、ただの悪魔狩りであるなら歓迎すべきなのだろう。実力も考えもない相手なら、殺すのは楽だ。
だが今回は少し事情が異なる。ノブナガたちに皆殺しを禁じたように、多少の傷ならともかく、死なれるのは都合が悪い。それに保険のためにも、『力』が強い赤龍帝には無事でいてもらう必要があった。
戦意があるのはいいが、ちゃんと方法が、
それが奴ら『蜘蛛』との取引であり、作戦。意識するとつい沈みそうになる心を無理矢理口角を保ってどうにか支えていると、ようやく煽りの燃料が引火した赤龍帝が地面を踏みしめ吠え立てた。
「うるせえって言ってんだろ!!勝てるとか勝てないとか、そんな小難しいこと知るかよ!!お前たちを倒せなきゃ、部長たちは殺されて、ヴァーリは操られたまま。白音ちゃんも、下手すりゃもっと酷い目に合うかもしれねえんだ!!ならやるしかねえ……てめえら全員、俺がぶっ倒す以外にあるか!!」
「……へっ、どうやら本気らしいな。十二のガキだってここまで偏屈じゃなかったぜ。なら――」
と、何かしらの思い出でもあるのか一瞬宙に視線を向けたノブナガが、いかにも仕方なしといったふうに一歩下がった。適度な加減はお前に任せると、暗に告げて来るその態度。
ボクが小さく頷いた、その瞬間だった。
背にした大穴から、二人分の気配が飛び出してきた。その正体は見るまでもない。
「し、白音ちゃん!?」
赤龍帝の驚愕の眼が宙を追い、そして己の真隣に着地した。服も身体もボロボロなシロネが、しかし生きてそこに戻った。
と、一拍置いて今度はクロカがボクめがけて落ちて来る。シロネに殴り飛ばされました、というふうに投げ出された身体が、ちょうどよくボクの腕に収まった。頬に綺麗な紅葉が咲いた彼女が、閉じたその眼を開けて微笑んだ。
「……仲直りは、うまくいったみたいだね」
「……うん。ありがと、ピトー」
腕がぎゅっと握られた。喜ばしいことだ。だがやはり、言いようのない苦痛は生じた。
呑み込んで微笑み返すが、見抜かれているのかクロカの笑みが少し翳る。見ないふりをして彼女を下ろすと、恐らく何も聞こえていないはずのノブナガがクロカの顔、シロネにやられたと思われる平手打ちの痕を覗き込み、嘲笑で鼻を鳴らした。
「おいおい、まさかお前、あのチビにやられちまったのかよ。いったいどんなドジ踏みゃぁ負けられんだ?」
「負けてないわよ!ちょっとした、その……事故で一発貰っちゃっただけ!」
頬を撫でながらノブナガを睨みつけるクロカは、そう言うと不意に正面シロネたちの方へ視線を戻した。続いて見ればなんと立っている影がもう一つ、アスカロンの『力』を叩きつけられ倒れ伏していたはずの赤髪が立ち上がり、足を引きずりながらもシロネの元へ向かおうとしていた。
己の背後のその気配に遅れて気付いた赤龍帝が慌てて身体を支えに行くと、同時に力が抜けた赤髪は赤龍帝に肩を借りたまま、恐れるような眼をシロネに向けた。赤龍帝のように、窮地に陥っていたはずのシロネの帰還を喜びもせず、何も言わず、ただじっと見続ける。
その重たい沈黙に耐えかねたのか、シロネは同じく表情を暗くして、眉尻を下げた。
「……リアスさま、迷惑をかけてしまって、ごめんなさい。けど私、もう大丈夫です。姉さまの操作は――」
しかし、謝罪と無事のアピールは赤髪の耳に入らず、遮った。
「私を……選んでくれるの……?」
「………」
「ぶ、部長……?」
唇を引き結んだシロネと、明らかに『喜』ではないその感情にひたすら困惑する赤龍帝。赤髪はやはりシロネにのみ、その言葉を向け続けた。
「私は……私があなたの主人としてふさわしいとは思えない……。あなたが幸せになれるならって思っていたけど……でも貴女が黒歌に操られていたって知った時、喜んでしまった。あなたの身の心配よりも……それを許した黒歌を白音が選ぶはずがないって……あなたの心を取られずに済むってっ……!綺麗なことを言いながら……私はあなたを手放す勇気がなかっただけなのよ!」
視線が背けられる。何かを押し留めるように固く口が閉じ、しかし震えながらそれをこじ開け、自嘲のように言う。
「……ウタの言う通り、私、ただ自分勝手なだけだった。情愛のグレモリーが聞いて呆れるわね。……私がしたのは全部あなたの幸せのためじゃなく、あなたに好かれるための偽善で、ずっとそんな気持ちだったから、全部白音を傷つけて……結局、一つも与えてあげられなかった。なのに……」
とうとう足も崩れ、赤龍帝諸共地面に座り込んだ。顔が上がり、許しを請うようにシロネを見上げた。
「それでも白音は、私の眷属で、家族でいてくれるの……?貴女の幸せを望めずに、苦しめることしかできなかったこんな私を、それでも……」
「苦しめることしかできなかっただなんて、そんなことありません」
卑屈に連ねる赤髪を、今度はシロネが遮った。静かに首を振り、続けて言う。
「黒歌姉さまは確かに私の唯一の姉さまで家族です。けどリアスさまだって同じ、私の大切な家族なんです。リアスさまが自分勝手だとしても、捨てたいなんて思うわけがないじゃないですか」
歪んでいた赤髪の表情が緩やかに解ける。ボクの隣で、クロカがひっそりと嬉しそうな笑みを作った。
だが、ボクにはわからない。そのことに吐き出されるため息を呼吸に混ぜて、ボクは赤髪の目から零れ落ちる水滴の瞬きを見ていた。
それを通して、シロネの言葉に呼応する悪魔どもの姿が見えた。
「……そうですよ、リアス様。その思いが何であれ、僕たちが救われたことには変わりない」
聖魔剣が、その剣を支えに起き上がる。さらに続いて堕天使混じりの黒髪も。
「それに……私たちを、愛してくれもした。その事実だけは、確かよ、リアス」
元聖女の金髪。
「みんな、部長さんにかけがえのないものをいただきました……。離れ難いと思っているのは、部長さんだけじゃありません。私たちも……。そう思うほどに、強く愛しているということなんじゃないでしょうか……?」
そしてゼノヴィアも、ダメージを乗り越え立ち上がった。
「そういう、ことだ。そんな想いを疎ましがる奴など、ここにはいないさ。私もな、拾ってもらった恩をまだ返せていないんだ。心折れてしまっては困るぞ、部長……!」
なんと、ノブナガに倒されたはずの全員が戦意を取り戻してしまった。見せつけられ、当のノブナガはやはり忌々しげな様子。恐らくそれを内心でからかって留飲を下げるクロカを横目に、ボクはまだ、悪魔どもの茶番を黙って見届ける。
赤髪が、目元を拭って奴らの言葉にゆっくりと頷いた。
「……そうね。私こそ、みんなに色々なものをもらったわ。なのに私が、それを捨ててしまうわけにはいかないわよね」
赤龍帝の手を借り、もう一度立ち上がる。己の眷属たちの顔を見渡して、覇気の戻った堂々とした声色で言った。
「みんな……私と白音のために、力を貸してちょうだい。ヴァーリを救って、あの三人を倒すわよ!白音がやり遂げたように、あなたたちの力を見せつけてやりなさい!」
「「「「「「はい部長!!」」」」」」
揃った号令で、その全員の視線がまっすぐボクたちに向いた。どいつもこいつもさっきまで地に沈んでいたということも忘れ、身体のダメージも嘘のよう。
気力を燃やして戦う気満々になってしまった奴らの様子に、ノブナガは苦り切った表情を引き攣らせる。クロカはとうとう我慢ができず、心に留めていた失笑を溢れさせた。
「ちょっとノブナガ、私がどうこう言ってたくせに、あんたはあんたで一人も倒せてないじゃない。勝手なことしてくれたくせに、なに?ホントに『幻影旅団』の特攻なの?先輩がザコすぎて心配になっちゃうわ」
「チッ、おめぇもうっせぇな!天井崩したのはピトーの指示だし、
こめかみに血管を浮かせながら、ノブナガは聖剣を地面に突き立て、己の本来の武器、腰にさした刀に手を掛ける。
頭に血が上った様子。本気を出すつもりであるようだが、それはそれで心配だ。
「……殺すのはいいけど、ちゃんと真面目に働いてよ?」
「わかってるよ!いいから黙ってろ!」
吐き捨て、鯉口が切られる。シロネが身体を固くし、悪魔どもが身構え、ノブナガが脚をたわめた。
しかしそれは、前に放たれることはなく、
ボクとクロカと、操られた白龍皇も一緒に、瞬間横に跳んだ。
一拍の後、寸前までボクたちが居た穴の前を、破壊された大扉から赤黒い魔力の塊が貫いた。それは猛スピードで赤髪の前までたどり着くと、止まり、人の姿を取り戻した。
「お、お兄様!?」
魔王サーゼクスだった。
憎き悪魔の王。嫌が応にも感情が泡立つその称号を持つ者は、意識だけはボクたちに向けたまま、動揺する赤髪の姿を眼にして安堵のため息をついた。
「よかった、怪我は……ないとは言えないようだが、無事だね、リアス」
「……ええ」
こくりと頷く赤髪。魔王の突然の登場に唖然としていた表情が、徐々に理解を経て口惜しそうに歪む。
その理解がなかったらしい赤龍帝が、動揺のまま困惑の声を漏らした。
「な、なんでサーゼクス様ここに……?外で敵のボスと戦ってるはずじゃ……」
「あちらは掃討戦に入ったよ」
敵は片づけたから、だから赤髪たちに手を貸しに来たのだ。手が空けば、それはもちろん妹に手を貸すだろう。それが『家族』というものだから。
知っている故に、ボクにとっても魔王の参戦は予想の範疇。予定通りだ。だが続く言葉は、その事情が少し異なるようだった。
「カテレアは、倒すことができたんだが……シャルバを取り逃してしまったんだ」
赤髪や赤龍帝たちのみならず、ボクたちにとってもそれは衝撃。予想外だ。強いとはいえ奴ら程度を倒せないなど、思ってもみなかった。作戦には大きな支障がないだろうことが救いだが、少々違和感が引っ掛かった。
「どこで手に入れたのか、妙な武装を使われてね、仕留めきれず逃走を許してしまった。もしや黒歌とピトーと合流する気かと思って急いで駆け付けたんだが……まさかシャルバではなく人間がいるとはね。しかもその顔、知っているよ。『幻影旅団』のメンバーだね?」
言い、敵意の眼をノブナガに向ける。京都でシロネと赤髪が浚われかけた事件の怒りがまだあるのだろう。赤龍帝からボクとクロカも団員らしいと告げられると、その眼はボクらにも向けられた。
だがそんなものに一々構う気はないし、それに、違和感。『妙な武装』にそれを感じたボクは、魔王をじっと注視したまま、頭の中でそれを転がしていた。
しかしそんな余裕があったのも僅かな間。魔王がやってきた以上、作戦は最終段階だ。刀を収め直したノブナガが、地面に突き立てられ置き去りにされた聖剣アスカロンをちらりと見やってから、着流しの中に腕をしまい込んで気の抜けた軽薄を言った。
「おーおー、わらわらと、今度はラスボスまで来やがった。さすがにアレは相手にしてらんねぇなぁ」
先ほどまでの戦意が嘘のように消え、一瞬ボクに目配せをする。そして、背を向けた。
「ちっとばっかし心残りだが……しゃーねぇ、オレはとんずらさせてもらうとするか。後は頑張れよ、ピトー、黒歌」
軽く手を振って、ノブナガは跳躍した。ボクもクロカも見送るが、さすがに魔王はそれを見逃さない。
「逃がさないよ、君たちのような悪人は」
滅びの魔力が放たれる。防御など意味はなく、当たれば人間の身のノブナガはひとたまりもないだろう。
そのための白龍皇だった。
「ッ!?」
魔王の静かな敵愾心が、明らかな動揺に変わる。瞬時に腕を振るい、発射した己の魔力を掻き消した。
ノブナガを狙ったその射線上に、味方であるはずのヴァーリが飛び出したからだ。
「なぜ……!!」
「そ、そうだ!!サーゼクス様!!ヴァーリのやつ、今ピトーに操られてるんです!!操作系の能力とか何とかで……」
相変わらず勘違いしている赤龍帝だが、そこはどうでもいい。重要なのは、これで魔王は白龍皇を決して傷つけられなくなったということ。裏切ったのなら戦う理由もあっただろうが、そうでなく意志に反して操られているだけである以上、些細な失態も冒せない奴の立場は、初代魔王の子孫である白龍皇を犠牲にすることなどできないのだ。
目的である権威の回復どころか、下手をすれば周囲を巻き込んでの破滅もありえる。だからこそ白龍皇は、
間違いなく一番の不確定要素である魔王の行動を縛るために、ボクたちはわざわざ白龍皇を殺さず、操作した。いわば人質である奴は、その能力と相俟ってボクたちに手を出そうとする魔王を立派に邪魔してくれる。現に魔王は、崩れた天井を飛び越え消えていくノブナガを、ボクたちと一緒に見送ることしかできなかった。
「なるほど……」と呟く奴のその眼が、そんな現状を理解してしかめられる。光の翼を広げた白龍皇にその命までもを盾に使われ動きをも止めさせられる奴の眼前を、ボクとクロカは悠々通り抜けた。
そして、赤髪や赤龍帝どもと対峙する。場はできた。後は戦うのみだ。
「……リアス、みんなを連れて逃げるんだ」
「お兄様……」
撤退の命令を喉から捻り出す魔王に、赤髪は先の言葉を噛み殺す。それができるできない以前に、逃げたくないのだろう。今遁走を選べば己と、それにシロネにかけられた疑惑が拭えない。
しかしそれでもと、魔王は白龍皇を注視しながら説得を重ねる。
「こうなってしまった以上、危険すぎる。黒歌一人ならともかく、ピトーとも同時に戦うのは……無謀だ。私の眷属たちはまだ表にいる。だからせめて、そこまで……」
「………」
答えない赤髪。しかし揺れているのは見て取れた。さすがに実の兄からの言葉は効くらしい。
とはいえ戦意喪失されるのは困る。故にボクはクロカと、そしてシロネに視線をやった。
それを認め、クロカは鼻を鳴らした。
「無謀ってったら逃げるのだって無謀よ。だってお目当ての白音はまだ手に入ってないんだもの。そう易々逃がすと思う?京都も含めたら二度も失敗してんのよ、こっちは。……三度目はないわ」
「私は、攫われる気なんてありません!」
応えて、シロネが声を張る。前に歩み出て全身に『力』を滾らせた。
すると頭と腰から、髪色と同じ純白の三角耳と二股尻尾が生え出た。クロカと同じ、そしてボクのものともよく似た、その猫の象徴。背後に仲間の驚きを背負いながら、シロネはそれらを引っ張り、続けて拳を構える。
「それに、もう逃げる気もありません。……姉さまもピトーさまも、ここで倒します!!」
「白音ちゃん……ああ、そうだな……!!」
赤龍帝が身体を震わせ、そしてそれを噛み潰した。
「サーゼクス様、すみません。でも俺らも、白音ちゃんと部長を救いたいんです!!大丈夫っす!!俺たちみんな修行して強くなったし、力を合わせればピトーも敵じゃない!!それに白音ちゃんは一人で黒歌ぶっ飛ばして戻ってきたんだ。負けてらんねえよ!!なあ、みんな!!」
各々、賛同の声。その気迫に、魔王も挟む言葉はなかった。
戦闘の始まりと作戦の終わりは繋がった。準備は、整った。
ボクは不敵の笑みを作った。
「クロカをやったくらいで随分調子に乗ってるね。言っておくけど、ボクはクロカよりも強いよ?もちろんノブナガよりも。あいつ程度にボコボコにされたくせに、やっぱり悪魔ってバカばっかりだね」
「あら酷い言われよう。私だって一応悪魔なのよ?まあ……ピトーと比べたら否定はできないけどね、強さのことも含めて。とはいえ――」
肩をすくめるクロカが、手のひらに火車を作り出す。
「ラッキーパンチ一発で騒がれるのはムカつくし、ちょっと本気出しちゃうから」
「当たり前だよ。さっさと倒して攫って……終わらせないとね」
だから本気で、ボクたちは奴らに
それが作戦。その目的。準備が整ったのなら、時間をかける意味はない。ボクは全身に『気』を纏い、戦闘態勢を整えた悪魔どもに突っ込んだ。
攻撃の手は、握り込んで拳に変える。シロネが合わせて飛び出した。
「えいッ!!」
気の抜けた気合の声と同時、互いの拳が激突した。一瞬拮抗の間ができ、しかしすぐに、ボクの攻撃が打ち勝つ。
たちまちシロネは押され、弾き飛ばされた。だが、できたその隙は数の利ですぐさま埋められる。シロネと入れ替わるように、今度は赤龍帝が前に出て、『倍化』がされた『力』をボクに叩きつけた。
逆にこちらが攻撃直後の隙を突かれた形。とはいえ防御できないわけもなく、ボクは余った片腕でその攻撃を受け止める。重い衝撃とほんの僅かな刺激が痛覚に走るが、それだけで赤龍帝の攻撃は止まった。
「ッ!!やっぱ硬え……!!」
息を呑む声を捉えながら、ボクはゆっくりと、引き戻した拳に『気』を集中させた。
怯んでしまった赤龍帝には必中の距離、そして間違いなく大ダメージを与えるだろう威力。それを構えたボクと赤龍帝との間に、しかし次の瞬間、閃光が降り注いだ。
轟音と共に視界に入ったのは、黒髪の雷撃。迫りくるそれを眺めてから、回避を決める。飛び退き、直後その場に転がっていた瓦礫が爆散した。
さらに間髪開けず、飛び散る破片と土煙を押しのけ、二つの剣尖がボクに襲い掛かる。ゼノヴィアと、聖魔剣。二人が振りかぶる剣見切りつつ、ボクはそれをまた腕のガードで受け止めた。
やはり感じる衝撃と痛み。デュランダルの聖なる力の分、赤龍帝の時と比べて僅かに痛みは大きいが、だが変わらずダメージは皆無だ。
打撃も斬撃も通じない、キメラアントであるボクの身体の防御力。それを見せつけられた剣士二人の表情が歪んだところで、その後方から、シロネがいかにもひっ迫した様子で声を上げた。
「やっぱり、『気』も身体も頑丈すぎます……!!物理攻撃じゃ碌にダメージが通らない!!」
「貫くには僕らじゃ火力不足か……!!またこんな状況、少し悔しいね!!」
「言うな木場!!言われなくても今嫌というほど実感している!!まさか私のデュランダルまで素手で止めてしまうとは……だがッ!!」
返し、二人は同時に無理矢理剣を振り切った。しかしやはりボクを切れてはいない。むしろ自分から弾き飛ばされに言った格好。
その意図は、開けた正面を見ずともわかる。
「リアス!!君の滅びの魔力ならば通じるはずだ!!」
魔王が叫び、次の瞬間頷く赤髪から放たれる滅びの魔力。あらゆるものを滅するそれは、キメラアントの硬い身体すらをも無にできる、奴らの唯一の矛だ。
そうであることを気付かせるために、ボクは黒髪の魔力以外の攻撃を避けずにわざわざ防御して受け止めた。それしか有効打がないのだと知れば、赤髪は滅びの魔力でボクたちを派手に殺してくれるだろう。それこそ、赤黒い魔力の奔流が
さらにせめて最上級悪魔クラスの破壊力くらいがなければ不自然故に、黒髪の雷撃よりも、できることなら赤龍帝よりもこっちが適当。なのだがしかし、今まさに放たれた滅びの魔力は些かならず弱すぎた。身体に溜まった聖剣のダメージが思っていたよりも大きいらしく、これでは少々、殺されるには足りない。
赤龍帝を重ねさせる必要があるだろう。判断したボクはやむなく、クロカに目配せをした。
「……りょーかい」
小さな返事と共に、構えていた火車が放たれた。妖力で生み出された黒い炎はたちまちボクの眼前を横切り、それと比べれば解くゆっくり僕の身に迫っていた滅びの魔力を貫き、消し飛ばした。
流れ弾が僅かに残っていた天井に命中し、爆発を引き起こす。より広がった夜空から、雨のように降り注ぐ天井の破片に打たれる悪魔ども。クロカはそんな奴ら、特に赤髪に向け、嘲弄を口にした。
「まあ確かに滅びの魔力は脅威だけどぉ……ちょっと威力しょぼすぎない?あれなら守らなくてもよかったかしら。ねえ、ピトー?」
「……そうかもね。『堅』で十分だったかにゃ。でもクロカもアイツらいたぶってやりたいんでしょ?このままじゃボク一人で片付いちゃいそうだけど……代わる?」
乗じた煽りは狙い通り、クロカよりも悪魔どもの苛立ちを引き出した。
「クソ……余裕こきやがって……!!なめんじゃねえ!!両方いっぺんににかかって来いよ!!」
赤龍帝が怒りに任せて言い放つ。頭に血が上りはしたが奮い立った奴はしかし、すぐに聖魔剣に制せられ、その背に隠された。それはそうだろう。突撃でもされたら赤髪の滅びの魔力に『譲渡』ができなくなる。
故に、声を荒げないまでも苛立ちをため込んでいたらしい聖魔剣が、その柔和な顔つきにらしからぬ険峻を浮かべ、手の中に形作った。
「イッセー君じゃないけれど……その驕り、命取りになるよ!!」
さっきまでの『聖魔剣』に代わり、ひたすらに巨大な大剣が奴のその手に握られた。そして、横薙ぎに振るわれる。
奴の長所であるスピードは死に、中途半端な威力だけがあるトロい攻撃。回避は言わずもがな余裕だが、どうやら驕りがあるらしいボクは、やはりそれを受けた。
重量と合わさり、僅かに押される。そしてその大きな刀身によってふさがれる視界。何を狙っているのかは明白で、もちろんクロカも気が付いた。
「驕りもするわよ、手がこんなに陳腐なんだから!」
ボクからは見えないが、閃光からして黒髪の雷だろう。ボクに放たれたそれに、クロカはまた火車を構えた。だが――
「させませんっ!」
掣肘。迎撃を放たんとするクロカの胴に、気配を消したシロネのパンチが突き刺さる。火車は立ち消え、クロカも体勢を崩した。
となれば防ぐ者のいない雷撃は、大剣を貫きボクを襲った。
「うッ、ぐ……!」
電流が全身を駆け巡る。無いに等しいダメージだが、身体の動きは封じられた。そして奴らの狙いは正にそれ。瞬間、砕けた大剣を捨て一跳び下がった聖魔剣は、地面に手を突きたて、『力』を解放した。
「【
ボクの周囲の地面から数多の『聖魔剣』が、文字通り生えた。いつかに見たような剣山となってボクの周囲を囲い、電撃と合わせてボクを縫い留める。
そして引いた聖魔剣の後ろに、滅びの魔力の魔法陣を構える赤髪の姿が見えた。
必殺の一撃を確実に命中させるために、という意図であるわけだ。
麻痺が解け、逃げようとしてももう遅い。聖魔剣によるダメージは無いにしても、その拘束からは一瞬では抜け出せない。それだけの間があれば、当てられる。
そして当たればボクを殺せるのだ。ボクを射抜く赤髪の眼はそれを叫び、放った。
「私の可愛い下僕たちを甘く見たこと、後悔しながら消し飛びなさい!!キメラアントのピトー!!」
だがその威力は、ボクの望む水準には届いていなかった。
ボクがあまりにもあっさり拘束されたことで、準備が間に合わなかったのだろうか。赤龍帝は奴のさらに後ろで未だ『力』を溜めている。
(……ちょっと、急ぎすぎちゃったかにゃ)
なら仕方ない。この場は切り抜け、もう一度機会を待とう。ボクはそう決めて、『堅』を使った。
『練』で練り上げた『気』が全身を覆い、滅びの魔力がその守りを食い荒らす。相殺して薄くなっていく面の守りに纏った『気』を集中させて、そして『堅』に使った『気』がほぼ消し飛ばされたころ、滅びの魔力も霧散した。
ボクは鼻を鳴らして、ついでに腕の一振りで剣山の拘束を破壊してやってから、唇を引き結ぶ赤髪へと言った。
「いくら滅びの魔力がボクの肉体を貫けるって言っても、『気』はまた別問題。魔力でも、もっと威力がなきゃ話にならない。そういう意味で言ったんだけど……わかってる?」
だから早く、赤龍帝の『譲渡』で限界までパワーアップして撃ってこい。何なら拘束なんてせずともこっちから当たりに行ってやるから。
それくらいが最もちょうどいい威力なのだ。そう思いながら嘲笑った、ちょどその時、気付いた。
「ピトー!!」
背後。振り向くと同時、クロカがその間に割り込んでくる。眼前にいたのは、『絶』で気配を消したゼノヴィアで、
「なら、これはどうだ……!!」
振りかぶられた聖剣デュランダルの青い刀身に、彼女の『気』のすべてが吹き込まれた。
「躊躇わず、一気にッ!!」
そして、振るわれた。無視できない威力。背を向けるボクはさっきのように受けられるはずがなく、故にクロカが両の手で、聖剣の力とゼノヴィアの『周』とを受け止めた。
『念』と仙術の同時使用。『堅』、いや、すべての『気』を集中させる技である『硬』で刃を受け止めつつ、仙術で威力を抑え込もうとしている。その目論見は成功しているようだが、そもそもクロカの身体はボクのように硬くない。完全には防ぎきれず、血が舞った。
寸でで蹴りを繰り出し弾き飛ばしたが、一瞬見えたのは手のひらに刻まれた赤い一線。しかしそれに動揺する暇もなかった。
再び正面、赤髪のいた方向から、赤龍帝の眼がボクたちを射抜いていた。
「言ったろ、両方いっぺんにかかって来いって」
静かに言うと、手を突き出す。そして、
『Boost!!』
という『倍化』の合図がいくつも何度も重なって響き渡る。膨れ上がる奴の『力』。曹操の時やクロカの時の値をはるかに超えて、想定していた制御できる限度も容易く飛び越える。それほどの『力』が、小さな魔力の塊に押し込められていた。
赤龍帝が狙っているのは、ボクとクロカを同時に攻撃できる今この瞬間。赤髪が放てる最大威力の滅びの魔力よりもはるかに強力な攻撃。それは少々――
「マズ――」
呟くよりも早く、手がクロカを突き飛ばす。そのほぼ同時、
「部長と白音ちゃんの分、受け取りやがれッ!!」
赤龍帝は、拳でその撃鉄を叩いた。
「ドラゴン――
視界いっぱいに広がる眩い光と、空間を引き裂くような耳をつんざく轟音。極大な魔力は間違いなくボクたちを捉え、そしてその身体を内に呑み込んだ。
魔力の砲は、すべてを貫き消し飛ばした。大扉はもはや跡形もなく、床の石板は融解し、外の庭園にまで大きなクレーターを作った。
そんな赤龍帝の一撃から、『気』を絞り尽くし動けずにいたゼノヴィアを救い出す役目を終えたシロネは、その爆発跡にゆっくり歩を進めていた。
ちらりと、途中に転がる青い血の千切れた腕に眼をやって、次いで残った肉片ではなく、半ば土に埋もれるようにして横たわる赤い血の身体、クロカの下に膝を突く。片腕と両脚、胴の一部が消し飛び、もはや死ぬのみであるクロカの眼が薄く開いてそれを認め、掠れた震え声を絞り出した。
「……やめ……しろ、ね……ゆる……し……」
しかしシロネは、すっと伸ばした指先をクロカに向けた。『気』を纏い、とどめを刺すための、貫き手。
引き絞って、感情のない眼と声調で、放った。
「サヨナラ、姉さま」
肉が突き破られる音。血が噴き出し、僅かに残っていた命が零れ出る。引き抜けば、その瞬間に尽きた。
シロネと、その仲間たちは、黙ってその様子を見つめていた。
という光景を、ボクとクロカは双眼鏡を手に眺めていた。
宮殿から遠く離れた崖の上、岩に腰かけて作戦の完了を見届けると、息を吐く。双眼鏡を外し、それを背後のクロロ=ルシルフルに投げ渡した。
「やっぱり、ボクのはほとんど消し飛んじゃったにゃ。クロカはどうにか形を残せたし、まあいいんだけどさ」
「肉片でも死体があるのなら、まさか生きていると思われはしない。実証済みだ」
「だろうね。ボクも見た目じゃ判別できなかった。コルトピ、だっけ?すごい能力だね、【
振り向き、眼をやったロン毛の毛玉は、ボクの言葉に小さく頷いた。
薄い反応。その裏には警戒心が透けて見える。ならばとちょっかいを出してやりたくはあったが、そう思った瞬間、ぱたんと、本を閉じる音が威圧的に響いて断ち切った。クロロは念能力の産物であるそれを手の中から消して、両手で双眼鏡を弄びながら薄く笑った。
「だが、失態だな。オレもお前も赤龍帝の潜在能力を読み違えた。転移が発動する前に少し食らっただろう?」
「……さすがにちょっと痛かったけど、全然平気だよ。シロネにも作戦が伝わったんだから、後はつつがなく済むだろうし……だよね、クロカ?」
「……まあ、そうだけどさ」
巻き込むと、不満の色が混じった声色が返ってきた。ずっと覗いていた双眼鏡を放り出し、手のひらの傷を舐めながらコルトピへその不満を向けた。
「けどあの命乞いの台詞は何なのよ?あんたの能力で私たちをコピーしたのがあれなら、おかしくない?あんな無様なこと、私絶対言わないわよ!そりゃあ、白音にはちゃんといいところで人形と入れ替わるってことも説明してあるから、あれが私じゃないってわかってるけど……あの顔、どう考えても引いてるわよ!せっかく取り戻した姉の威厳がまた消えかかってるんだけど。何?嫌がらせ?」
「……違う。まだ、慣れてないから」
確かにクロカが、いや、コピーされたクロカの人形がしたのは、らしくないお手本のような命乞いだった。それが無様かどうか、シロネが引いているのかはわからないが、クロカにとっては看過できないものであったらしい。
故のクレームを、しかしコルトピは突っぱねた。短く小さく呟き、「はあ?慣れてないって何よ?自分の能力でしょ!」と羞恥も含めて凄むクロカをものともせず、淡々と続けて言う。
「【
「……そういえば――」
そうだった。確か初めて顔合わせした時、クロカ本人が言っていた。コルトピに仙術を使う資質があると。
元々持つ者が滅多に存在しないその才能。興味を惹かれてはいたが、しかしクロカがしたのは指導とも言えない会話の一、二言であったはずだ。それで会得したのであれば、コルトピへの評価は改める必要があるかもしれない。
受け流していた警戒心に、ボクも警戒心を抱かざるを得ない。だがボクと違ってそこまでには至らず、少々驚くまでに留まったクロカが、鼻を鳴らして面白くなさそうな顔をした。
「半分冗談のアドバイスだったんだけど……あんたあれだけで、能力に組み込めるまでレベルアップしちゃったわけ?すっごい、特級のびっくりだわ。……白音の記憶、探ったんならやり方はずっと前からわかってたんでしょ?なのに『つい最近』って、ね」
「……『記憶を探った』?」
聞き覚えのない事実。クロカは頷き、遠くの宮殿を眼で示す。
「白音がそんなこと言ってたのよ。ほら、あの拳銃使いの女。あれに頭の中覗かれたんだって。『黒歌』の顔知ったのもそれなんじゃない?」
次いでクロロに訊くと、奴は「ああ」と肯定を返した。
「正解だ。お前たちが言う拳銃使い、パクノダは相手の記憶を読み取る能力を持っていた。その記憶を弾丸に込め撃てば、対象も記憶を得ることができる。とはいえ……百聞は一見に如かずともいうだろう?それにあれは、幼い故に穴だらけだった」
「……ああ、そう。やけに詳しく仲間の能力明かすじゃない……?」
「殺されたよ。クラピカっつう鎖野郎にな」
と、クロロではなく一段上の岩棚に胡坐をかくノブナガが答えた。眉を寄せ、憎悪を滲ませながらボクたちの下まで飛び下りる。
「見かけたら教えてくれ、礼はする」
「……信用してないとか言ってたくせにね。まあ、覚えとくよ」
「おう。奴の能力はどうやら旅団メンバー相手には無敵に近いようだが、お前たちなら敵じゃねぇ。仮入団お疲れさん。刺青はてめぇの能力で消しとけよ?」
「はいはい、言われなくてもこんなのつけたままにする気はないにゃ」
適当に返事をすると、ノブナガは満足そうににやりと笑った。他の連中以上にクラピカなる男への恨みが強いらしい。
もちろん関わるつもりなんてこれっぽっちもないボクは、腰を上げると大きく伸びをした。一緒にクロカも促して、頬を膨らませたままの彼女も立ち上がる。ひとまずその疑念は解けた故に、「さて」と続けてクロロを見やった。
「それじゃあ、これで取引は完了ってことでいいよね?ボクたちは、生きていた『ピトー』と『黒歌』をもう一度殺すことができた。それに……シロネとクロカの仲直りもできたし、大成功。そっちはキミの鎖が解けて、死体とはいえ悪魔の身体手に入れた」
「ああ。カテレア・レヴィアタン、魔王の血となれば金を出す人間も大勢いる。人体収集家も魔物収集家も魔法使いも錬金術師も、皆が欲しがるお宝だ。あの戦場でこっそり持ち出すのは骨が折れた」
言いながら、クロロは小さな風呂敷包みを取り出し見せる。手のひらサイズのその中に、件のお宝が入っているのだろう。恐らく、奴が盗んだ念能力の一つ。コルトピのコピーとこっそり入れ替え、小さくして運び出したに違いない。
しかしそのあたりの苦労などに興味はない。あの時、ボクたちの拠点で躱した取引のすべては、今双方完全に完了した。もうこれ以上、共に行動する必要はない。それだけだ。
その時、ちょうどよく二人分の人影が、より宮殿内部が観察しやすい岩の向こう側から姿を現した。
「団長、白龍皇のアンテナが壊された。もうすぐオレたちの存在にも気付いて探し始めるよ。早く逃げたほうがいい」
「………」
ボクの能力だと思い込ませたアンテナの操作系能力、その本来の持ち主である童顔の男、シャルナークと、対面してから今まで言葉も眼も向けようとしない日本人形のような子供、カルト。
唇を固く引き結んだままのそいつは、紙を操る能力で遠い宮殿内の音を聞くことができる故にこの場に連れてこられているのだが、実力的には赤龍帝たちと同程度。自分が雑魚であることを知って自尊心でも傷付いたのだろうか。
わからないが、どうせもう関わらないのだ。関係ないとそのぶすっとした横顔から眼を逸らし、ボクはシャルナークの言葉に頷いたクロロに手を差し出した。
「次元を渡るのは大変でしょ?急ぎたいなら転移魔法で送ってあげようか?クロカが」
「ヤダ」
カルトと張り合うようにむくれるクロカの即答に、クロロは苦笑を漏らして答えた。
「結構だ。ちゃんと手はずは整えているんでね」
言うなり、クロロたちはみんな背を向けて崖の上から飛び下りた。最後尾のカルトの姿が視界から消えて、次いでその気配も消える。全員、見事な『絶』。確かにこれなら次元を超えるための列車に無賃乗車することだって可能だろう。
「……クラピカってのも、随分な連中に手を出しちゃったもんね」
横目で見送りながら、クロカがそんなことを呟く。「だね」と肯定すると、眼はじっと奴らが消えた一点を見つめたまま、気がかりなふうに声を出す。
「あいつら、ほんとに殺さなくてよかったの?私とピトーの秘密、知られちゃったのに」
「……あいつらが暴露したところで、大してダメージはないよ。泥棒の言葉とハンターの言葉、どっちが信用に足るかは言うまでもない。そのことはクロロもわかってるだろうしね、だからあいつも最後までボクたちを裏切らなかった。裏社会に喧嘩売ったばっかりらしいから、表にまでそうする余裕はないにゃ」
なにせボクたちの秘密はハンター協会だけでなく、恐らく、もっと上にとっても急所たりうる。それがどこまでなのかは未だにわからないが、もしもの時はそれらすべてが敵に回るのだ。どう考えても『幻影旅団』にはデメリットしかない。
それに、だ。
「裏切られても、別に問題はなかったよ。そうなってもシロネは『フェル』と『ウタ』のことをしゃべらなかっただろうから」
「そう……ね。パリストンから新しい名刺貰えばいいだけの話……」
だというのにボクがクロロの取引に乗ったのは、より完全な解決を目指したためであり、それに何より……クロカとシロネの望みを、叶えるため。
「………」
静かに息を吐いた。するとクロカは、ボクの腕にぎゅっと抱き着いた。
「言っとくけど、白音と姉妹に戻っても、ピトーとの関係は変わらないからね?」
「……うん」
どうにか口角を持ち上げた。
クロカはそれに少し翳った笑みを見せると、足元に転移魔法陣を展開した。
「……じゃ、帰りましょ。情報くれた曹操にも、今回ばっかりはお礼しないとね」
そう言うクロカにボクは奴の、奴
「おのれ……おのれサーゼクス……!!忌々しい偽りの魔王どもめッ!!ぐ、うぅ……この借り、いずれ必ず返すぞ……!!」
薄暗い密室に、男が一人、息も絶え絶えに蹲っていた。食いしばった歯の間からだ液と混じった血を垂らし、消し飛んだ片腕の傷口を押さえながら、己にその深手と屈辱を与えた相手へ悪罵を吐き続ける。
男は、シャルバ・ベルゼブブといった。現魔王を排し、世界を再構築せんとした『
そう、シャルバは負けた。唯一残った同格であるカテレア・レヴィアタンを失い、強力な手駒になるはずだった白龍皇、ヴァーリ・ルシファーにも裏切られ、恐らく、雑兵の部下さえ一人残らず失った。
個人に留まらず、組織としても完全な敗北。だからシャルバは敗者で、自身もそのことを理解せざるを得なかった。しかし認めたくはなく、ひたすら罵り、呪い、怨みを吐き出す。声高に叫び続け、安全な隠れ家の中で、シャルバは現実から眼を背け続けた。
そうし始めていくらの時間が経ったのか、ある時ふと、シャルバはその気配に気付いた。見知ったそれに顔を上げると、目の前に立っていたのは目深なフードとローブで姿を隠した一人の人間。己の熱心な崇拝者である男だった。
人間は皆、下等生物の虫けらとしてしか見ていないシャルバだが、どういう訳かこの男だけは別だった。出会ってそう日にちは経っていないが、すでにある程度の信頼を持っている。他の誰にも教えていないこの隠れ家の場所も、つい教えてしまっていたほどだ。
それほどの信頼を抱いていた故に、シャルバの表情はすぐさま怒りに歪み、勢いよく立ち上がってフードの男に詰め寄った。
「貴様ッ!!よくものこのこと姿を現せたな!!貴様の……貴様のせいで!!私はサーゼクスに敗れることになったというのに!!」
「……何を、お怒りなのでしょう」
くぐもった困惑の声。それはますます怒りを掻き立て、シャルバは衝動的に、傷口から引きはがした手を男の目の前に突き付けた。
すると、血まみれの手の中に出現する。龍のような象眼が施された、細長い棒。半ばから先がなくなってしまった槍のようなそれが、次の瞬間、微かな聖なる力に瞬いた。
それは、
「見てわかるだろう!?貴様が私に捧げた【
それが、折れてしまった姿だった。
「サーゼクスの攻撃一つを受けただけで、これだ!!聖槍がこれほどあっけなく破壊されるなど……いったいどうなっている!!おかげで私は不意を突かれ、敗北し、逃げおおせることになったのだぞ!!これを貴様のせいでなく何という!?」
「……なるほど」
男は呟き、俯いた。シャルバはまだ止まらず、まくしたてる。
「謝罪しようが何をしようが、貴様に償い切れることではないぞ、人間!!貴様は私の栄光に傷をつけたのだ!!気に入っていたが……もはや許せん!!せめてもの慈悲に、私自らが貴様の息の根を止めてやろう!!」
「慈悲、か」
「……恨むなら、
憎悪を叫ぶ内、頭が冷えてきたのだろうか。お気に入りの人間を消すという事実に、シャルバはほんの少しだが眉を歪めながらそう言った。しかしもはや殺さないという選択肢はない。敗北の理由を聖槍に被せなければ、シャルバは立ち直れなかったのだ。
だからせめて、今度こそサーゼクスを倒し、真なる悪魔の世を再構築する。その意思を固め、槍と共に男の命を狩り取ろうとした。
だがシャルバが振るった、ただの人間には反応すらできないはずの一撃は、あっさりと身を引いて躱した男によって、男が纏っていたフードだけを切り裂いた。
「『玩具』、もそうか。言い得て妙だな。ああ、その通りだよ、シャルバ・ベルゼブブ」
まるで人が変わったかのような物言いに、シャルバは躱されたことへの怒りも出せずに眼を見張った。とてつもなく、意外に思えたのだ。男は、そんなことを言うような
それに、男は特別強いわけでもない、
「……さすがに超越者と戦えるほどの強度にはまだ至れず、か。試作段階とはいえ、これでは使い物にならんな。碌なデータすらとれない有様では……」
「試作……だと……?」
シャルバは、働かない頭でどうにか疑問の言葉を捻り出す。男はくすりと鼻で笑い、指を鳴らした。すると折れた槍が光の玉に変わって男の手元に飛んでいくが、それにすら反応ができない。
「もう少し違和感を感じないものかな。まあそれだけこの能力が強力ということか。……シャルバ、君は『
言うと、男の手の中に一本の槍が出現した。聖なる光の輝きは、シャルバの手元にある聖槍よりもはるかに激しい。紛れもなく、【
そしてその光に照らされた、初めて目にする男の顔。
シャルバには、覚えがあった。
「き、さま……!!ハンターの――」
「曹操だ。改めて初めまして……いや、お久しぶりと言うべきかな。今の俺は聖槍の担い手である曹操だから、前者の方が正しいと思うんだがね」
城のパーティー会場を襲撃した時、ハンター協会の会長であるネテロの隣にいた男だった。
それを理解し、シャルバはすべてを悟った。自分がずっとハンター協会にはめられていたこと。フードの男、曹操が自分に接触してきたのはただ実験に利用するためだけであったこと。
すさまじい屈辱。シャルバは吠え、展開した極大な魔法陣を、にやけ顔を作る曹操に向けた。
しかし次の瞬間、頭に尋常ではない衝撃が叩きつけられた。
それは身体の自由を失うのには十分で、たちまち魔法陣が掻き消え、シャルバは地に沈みこむ。薄れる意識を必死につなぎとめ、眼だけで曹操を見上げた。
そこに、曹操とは違う小柄な少女の肢体が写り込んだ。
「オー、フィス……」
『
「聖槍の担い手、曹操。これでグレートレッドを倒してくれる?」
「いいや、オーフィス。それはできない。しかし君が欲しいのはグレートレッドの首ではなく、『真の静寂』なんだろう?それなら提供できるさ、彼ら『
「それでいい。我、グレートレッドを倒したいわけじゃない。邪魔だから、排除したかっただけ」
「なら、場所は別に次元の狭間でなくてもいいわけだ。何も問題はないさ、任せてくれ」
こくりと頷き、幼い少女のその身体がシャルバの鎧の襟首を掴んだ。背を向け、歩き出した曹操のあとに続いて引きずる。シャルバはそれに全く抵抗できず、おとなしく連れていかれる他なかった。身体は動かず、動けたとしても、最強のドラゴンの一角とされるオーフィスから逃げ切れるとも思えなかった。
だからシャルバは、やはり呪うことしかできなかった。背を向ける直前、一瞬目にした曹操の表情。どす黒い悪意を、落ちゆく意識に焼き付けながら。
(サーゼクス……!!人間などと手を組んだこと、必ず後悔するぞ……!!)
シャルバは、そのまま何処かへと運ばれていった。
以上ッ!第三部完!
こんな感じで幕引きです。ここまでお付き合いいただきありがとうございました。そしてお察しのこととは思いますが、四部に続きます。どこかで三部作にするとか言っていたような気がしますが気のせいです。またプロットまとめたり他の作品書いたりして間を開けてから再開する予定なのでよろしくお願いします。
で、それに際して重要なお知らせ。
タイトルを変えようかと思います。元々短編として付けたタイトルだったのに今は白音も加わって二房でなくなっちゃいましたし、それに何より検索欄に出て来る拙作のポエミーなタイトルがいい加減恥ずかしく…。多くの方に読んでいただけたのは大変光栄なのですが、どうやら私は羞恥プレイには向いていないようなのです。
なので四部も読みたいと思ってくださる読者さんはタイトル変更の混乱を避けるために拙作のお気に入り登録をしておくことをお勧めします(乞食)
あと感想もください(乞食)