主なきノラネコたちの家   作:もちごめさん

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二話

 遠くで響いた列車のブレーキ音を、帽子の中の耳が捉えた。広い構内で反響し、続いて空気が吐き出されると共に、開くドアの駆動音と靴音もが聞こえてくる。

 

 それらを認識して、占領した壁際の石スツールに身体を沈みこませながら、ボクは隣でぼーっと突っ立っているハンゾーへ口だけを向けた。

 

「新幹線、着いたみたいだにゃ」

 

「さすが、よく聞こえるな」

 

 腕組みが解け、顔が持ち上がった。構内側の電光掲示板を見やり、次いで時計を一瞥する。得た情報は彼の期待と一致して、安堵と共に疲れの滲んだため息を混ぜて、ボクへ冷たい横眼を向けた。

 

「時間ぴったし、なら一誠たちで間違いねー。はあ……ようやくだぜ。だから言ったんだよ、我慢して一緒の列車に乗りゃあいいだろって。どーせ三日間も監視でべったりなんだから数時間くらいなんでもねーだろ?なのにわざわざ一本前ので来て待ってるなんてよ」

 

「……うるさいにゃあ、車内の狭い空間でっていうのがヤなんだよ。修学旅行のアイツらを見張るのとはわけが違うにゃ」

 

 ボクは気怠い身体の首だけをハンゾーに向け、不機嫌とで折半した半目で睨みつける。話題だけで精神がすり減らされていくのを自覚しながら、構内の奥の気配から意識して注意を切った。

 

 ほどなくしてその努力をふいにし、ボクの前に現れるだろう“アイツら”。ゼノヴィアたちが修学旅行で京都を訪れるその当日が、まさに今日のこの時間だった。

 同じく監視、警護する仕事が始まるのも、もちろん今日。だからボクは言葉の通りの理由で先んじて京都へ移動し、他の学園生徒と共に新幹線で到着する悪魔どもを駅の出入り口で待ち構えていた。

 

 しかしそれに付き合い、ボクと共に奴らを待つと決めたのはハンゾー当人なのだ。別にボクが強制したわけではない。だからボクは続け、これ見よがしに息を吐き出し投げやりに言った。

 

「そんなに嫌ならキミ一人でアイツらと来ればよかったのに。ボクと違って悪魔なんて平気でしょ、ハンゾーは。赤龍帝なんかとは仲もいいし」

 

「……師匠ほっぽり出して弟子が勝手するわけにいかねーだろ。生徒のゼノヴィアはどーしようもねーけど、あいつの分も媚び売ってんだよ」

 

「……ああ、そう」

 

 真っ当な正論のつもりであったがしかし、案外と真面目な反論を返してきたハンゾー。それを言葉通りに受け取るなら、つまり師匠冥利に尽きる……のだろうか。ただしそれがボクを思ってのことなのか自身の矜持に従ってのことなのかは一考の余地がある。故にそれきり、黙ったままハンゾーからも注意を外した。

 

 代わりにあくびをして、居住まいを直す。硬いスツールで凝った身体に再び楽な姿勢を見出すと、ふとその時、ハンゾーとは逆の傍からくつくつと隠す気のない忍び笑いが割り込んだ。

 今度はそっちに首を傾けてやれば、肩を震わせ笑いを抑え込んでいる曹操の姿が眼に入った。

 

「フェル、褒めてやればいいだろう。師匠思いな弟子を持ってよかったじゃないか。なあ、ハンゾー?」

 

「……やっぱこの周辺、誰も彼も性格わりーな」

 

 槍をしまったギターケースを椅子代わり壁に立てかけ、引っかけるようにして座っているために視点は高い。ハンゾーの力ない嘆きもあれど、笑いも相俟って見下されているようで、ボクは不機嫌を露に睨めつけ、鼻を鳴らした。

 

「オマエこそ、来なくてよかったんだけどにゃあ」

 

 ハンゾーはともかく、奴は数日前までの段階ではここに来る理由のない人間だった。

 

 ハンゾーのようにボクの指導が欲しいわけでもないし、監視の仕事はボク一人が受けたもの。そして何より、クロカすらも置いて一人でやると言ったボクを、一番に了承したのは奴であるのだ。その内側、一旦一人で自身のキメラと対峙したいのだという内心も、奴はわかってくれているものだと思っていた。

 

 のだが、奴はほんの数日前にいきなり口を出し始めた。俺もフェルの仕事に連れて行け、と。

 

 曰く一人で監視するには悪魔の数が多いから、ということ。これは正直ボクも言われるまで気付かなかったのだが、修学旅行に赴く駒王学園の悪魔は、ゼノヴィアや赤龍帝たちだけではなかった。

 

 二月前に学園ごとコカビエルを結界で覆っていた一団、最近ではシロネのレーティングゲームの対戦相手であった連中だ。あの転生悪魔たち、駒王町を巣とする悪魔のもう一派であるソーナ・シトリーとかいう純血悪魔の下僕たちも、学園に通う生徒の一人だったのだ。

 その中で修学旅行に参加する二年生は五人。ゼノヴィアたちと合わせれば九人だ。確かに一人で連れ歩くには些か多い。そんな論調で、曹操はいつの間にかボクの仕事にその身を無理矢理食い込ませていた。

 

 いい気なんてするはずもない。しかし依頼を受けただけのボクはそれを拒絶できるような立場ではもちろんなく、そして結局曹操はここにいる。奴もボクに付き合って悪魔たちの列車には乗らなかった辺り配慮はあるようだが、それで帳消しできるものでもない。

 だからそうまでしてねじ込んだ胡散臭い理由は、どうせまた悪いことの建前か何かなのだろう。企みにはもう慣れっこだが、巻き込むのは勘弁してほしいところだ。

 

 結論として益体のないため息に着地して、ついでに顔から不機嫌の色も下ろす。最後にため息で振り払って、ボクは姿勢の崩れ切った身体を起こし、胡坐をかいてぼーっと正面、見覚えのある制服を着た人間らが混じり始めた人波を見つめた。

 

「何なら半分はハンゾーに見張らせたのに。人手が余っても暑苦しいだけにゃ」

 

「日が暮れればちょうど良くなるだろう。今は構内の熱気と外の放射熱が合わさってるだけさ」

 

「あー確かに、最近は地球温暖化もあってこの季節でも結構……とかいう話じゃないような……っていうことでもなくて!え!?フェルお前それ、オレ下手したらただ働きされてたってこと……?」

 

 やっぱ性格……、といつも通り大げさにがっくり肩を落としたハンゾーが視界の端に映る。反射的に眼が動きを追っていた。

 

 だからその瞬間、何の偶然か眼と眼が合ってしまった見知った青髪が、ボクたちを見つけて周囲に構わず大声を上げていた。

 

「フェルさーん!」

 

 ぶんぶん手を振り、割れた人波の間を突っ切って駆け寄ってくる転生悪魔。ゼノヴィアは、周囲の注目のすべからくを引き連れ、たちまちボクたちの傍までたどり着くと、目を煌めかせて勢いよく言った。

 

「おはよう!いや、もうこんにちはか?とにかく、いよいよ今日の夜からだ!よろしく頼む、フェルさん!」

 

 そして台詞と同じくらい勢いよく頭を下げる。その背に遮られていた奇異の視線がそのままボクたちへ到来し、さすがにいたたまれなさで喉が鳴った。

 

「……キミさ、自分が人間界では正体隠さなきゃいけない種族だってこと、忘れてるよね。どうして自分から目立とうとするの?」

 

「え?あ……そ、それは、修行のことを考えると嬉しくて、つい……」

 

「それと、ボクの名前を大声で呼ぶのもやめてほしいんだよね。仮にもハンターなんだよ、ボク。目立ちたくないのはキミら悪魔と一緒、と思ってたんだけどにゃあ」

 

 呼び戻した不機嫌で落胆し、肩を落としてみせる。ゼノヴィアはその様子を眼に映し、たちまちしゅんと身体を縮めた。

 

 彼女をあれほどまで――まあ平常運転かもしれないが――狂喜乱舞させた修行、ボクと交わした約束は、しかしあくまでハンゾーのついでだ。契約があるわけでもなし、ボクの気分次第でいつでも反故にされるようなものでしかない。その考えなしっぷりに反して、恐らく今までのボクの態度から常に意識させられていたのだろうこの危惧が、だから、高かったゼノヴィアのテンションを一変させた。

 

 縮まった身体の肩をぴくりと跳ねさせ、恐る恐るにボクの顔色を伺い、明らかにおっかなびっくりなご機嫌取りを開始した。

 

「ええっと……そ、そうだ!フェルさん、う、上着を着るにはまだ早くないか?外も日差しがきつくて暑そうだし、脱ぐなら、わ、私が持つぞ……?」

 

「別にいいよ。脱がないから」

 

「そ……そうか……」

 

 出ばなから挫かれて、おずおず差し出した手をゼノヴィアは引っ込める。前へと傾いていくその顔には、もはや絶望の色すら見えた。

 

 本当に忙しないやつだ。実際、暴走しやすい彼女の危惧などボクの内にはない。故にまあお仕置きはこのくらいでいいかと、ボクは話を修学旅行のそれへ戻し、他のメンバーの所在を尋ねようとした。

 

 がするまでもなく、割り込んできた気持ちの悪い声に黙り込んだ。

 

「ぬ、脱がない!?それはいけない!我慢しちゃ身体に悪いっすよフェルさん!そうだから、全部脱いじゃいましょうよ!そしてそのお召し物をお預かりする役目はぜひ俺に――ん゛か゛ッ!!」

 

 赤龍帝だった。ゼノヴィアにぶん殴られていた。

 

 沈黙し、さらに首をホールドされて、これ以上ボクの機嫌を悪化させたくないゼノヴィアによって必死の説教が開始される。声を潜めながら怒鳴るという器用なことをする顔色に、些か戻り過ぎではあるが赤みが戻った。

 

 とても褒められないような赤龍帝の介入だったが、まあゼノヴィアを意気消沈から引き戻したのだから構うまい。寸劇に微妙な顔をする曹操とハンゾーを横目に、ボクは腰を上げてスツールから降りた。赤龍帝の後ろに続いてきた他の悪魔ども、聖魔剣と金髪に、続いて意識を向ける。

 

 咳払いを一つして空気を切り替えてから、言った。

 

「道中、列車の中でも問題とか起こしてないよね?土を踏んでなくても妖怪のテリトリーなことは違いないんだから」

 

 ボクが見張る予定の残りの二人、特に聖魔剣のほうが露骨に身を固くした。金髪をボクから守るかのように進み出て、眉が僅かに警戒に傾く。

 

 それはもちろん好かれているとは思っていないが、しかし以前、冥界で修行が始まる前に会った時までは、少なくとも味方としては見られていたはずなのだが……何か嫌われるようなことをしただろうか。

 

 思い当たる節はなく、ならばどうでもいいと、ボクは黙りこくってじっと凝視してくる聖魔剣から眼を外し、改めて金髪に向けた。

 

「で、どうなの?ボクはオマエ……キミらを捕まえるべき?」

 

「あっ……い、いいえ!皆さん、おかしなことは何も……。イッセーさんも、ずっとトレーニングをしていらっしゃったので、その……い、いつものようなエッチなイタズラも、なさってはいませんでしたし……」

 

 喉の引っ掛かりを呑み込み言うと、その日常的らしい“エッチなイタズラ”を想起したのか、緊張から羞恥が顔に上っていく金髪。微かな敵意の滲む聖魔剣にすら気まずげな顔にさせた元凶は、ゼノヴィアの小言から抜け出して、疲れ切った声色を吐き出した。

 

「筋トレ、した(・・)っていうかさせられた(・・・・・)んだけどな。ゼノヴィアがご丁寧にダンベルまで用意してきやがったんだよ」

 

「ちょうどよかっただろう?狭い空間で、座席に座りながらでもできるトレーニングだ。まさか通路で今までのように腕立て伏せや腹筋をするわけにもいくまい」

 

「だからそうじゃなくて!そもそもなんで俺まで筋トレさせられなきゃならないんだよ!?修行ってのはお前とハンゾーの話だろ!?俺はもうこりごりだぜあんな地獄!」

 

 夏休み前までは強くなりたいと吠えていたのに、すっかり心が折れてしまったらしい。僅かながら恐怖心の眼がボクを掠める。そしてその心境の変化はゼノヴィアも承知していることのようで、声調は説教終わりで落ち着かせたまま、冷やかに弱気を憐れんだ。

 

「しかし、お前はハーレム王?とやらになるんだろう?上級悪魔となって眷属をもつには、やはり“力”が必要だ。が、足りないことは以前のレーティングゲームでわかったはずだ。私はその手助けをしてやっているつもりなんだが」

 

「いやお前の戦績で言われても……っていうか、やり方が極端なんだって!そりゃ、朝とかのトレーニングは真面目にやるよ。でも……今は修学旅行中なんだぞ?一生に一度しかない高二の思い出なんだぞ?そんな時まで腕を筋肉痛にしたくねぇんだってば!」

 

 赤龍帝は迫真の訴えと共に、痙攣する己の両腕を突き出してみせた。服越しにも以前より筋肉が付いてきたことは見て取れるが、それでもこの有様。どうやらゼノヴィアはほとんど休憩を入れさせなかったらしい。

 

 もしかせずともボクの影響なのだろうか。「なあ見てくれよ酷いだろ?」と必死に同情を買おうとする奴だったが、弱音は聞き慣れているようで、仲間のことごとくは心を鬼に見て見ぬふりをする。唯一ハンゾーだけが友の憔悴に心を痛め、「ならこの兵糧丸を」と懐をまさぐった。

 いつかに見た光景。だがその時、またまた別の声がその間を割り、ボクの視界に入り込んだ。

 

「ま、そのおかげで俺は若干楽できたんだけどな」

 

 赤龍帝の一行に続き、出入り口を行く人波に増え始めた学園の制服。その中の一団が、ボクたちを見つけて向かってきていた。

 五人のうち唯一の男が、落胆に落ちた赤龍帝の肩に手で叩いた。

 

「三馬鹿も、お前がいなけりゃ口ほどにもないな。悪魔の力を使うまでもなく成敗してやったよ」

 

「な、なにぃ!?てめぇ、松田と元浜に何かしやがったのか!?」

 

「いつも通りだよ。記念撮影用のカメラのビデオ機能でこっそりエロい動画見ようとしてたから没収した。どうやら連中、お前を見捨てて二人だけで楽しむつもりだったらしいぞ」

 

「な……んだとぉッ!?あいつら、俺を見捨ててそんな……ゆ、許せんッ!!……だが、お前が奴らの抜け駆けを止めてくれたんだな?ありがとう、匙!今回ばかりは礼を言うぜ!」

 

 そう、確か名前は匙といったか。以前に見たシロネのレーティングゲームで対戦相手の一人だった神器(セイクリッド・ギア)持ちの転生悪魔だ。

 曹操と同じブリトラ系列のそれを宿す彼は、嘲ったはずなのに感謝を向けてきた赤龍帝に頬を引きつらせ、咳払いで誤魔化した。それからボクと、そして曹操に意識を向け、背筋を伸ばす。

 

「それで……お二人がフェルさんと曹操さん、ですよね?今日から三日間、よろしくお願いします」

 

 そして礼儀正しく頭を下げた。一緒に付いてきた女生徒四人、同じく試合で見覚えのある転生悪魔たちも続いて腰を折った。

 

 彼らもまた、ボクたちの監視対象だ。あの学園に巣くうもう一派の悪魔、魔王セラフォルーの妹の眷属たち。そこにも当然二年生、修学旅行に参加する者はいた。

 曹操が今年は人数が多いと言ったのは、まさに奴らが理由だった。ゼノヴィアたちと合わせて計九人は、確かにまとめて連れるにしても手に余るかもしれない。

 

 だからやはり曹操がでしゃばるのは仕方のないことで、奴は顔を上げた悪魔たちに微笑を返し、見渡した。

 

「ああ、こちらこそよろしく。これで全員そろったね。じゃあ、そうだな。ソーナ・シトリー……いや支取蒼那殿の生徒会メンバーは俺が、リアス殿のオカルト研究会メンバーはフェルが付くことにしよう。ハンゾーも一緒だ。気心が知れた相手の方が、お前もやりやすいだろう」

 

「気心なんて、そんなのあるわけないにゃ」

 

 とはいえ別に反対する理由もない。悪魔と行動を共にすることはどちらにせよ変わらないのだから、それだけ言って口を閉ざす。了承を受け取った曹操はギターケースを持ち上げながら、何かを締め付けたようなはっきりした調子で頷いた。

 

「さてそれじゃあ、さっそく出発しようか。確か夕方までに宿に帰ればいいんだったか。荷物は……ああ、そうだった。宿の者が運んでくれているんだったね」

 

「そうだ。古い旅館らしいんだが……“オモテナシ”というやつだろう?サービスがいいな!」

 

 それが妖怪による体のいい荷物検査であることなど知らないゼノヴィアが、ボクの方を見て眼のきらめきを取り戻し始めた。曹操はそんな彼女と周囲の全員を見回して、ここよりはマシな炎天下の外へ身体を向けた。

 

「全くだ、同じところに宿を取っておいてよかったよ。……さてシトリー眷属諸君、まずはどこに行ってみたいか、希望はあるかな?地図は頭に入っているから、多少の案内はできるよ」

 

 と、曹操は人当たりのいい声を作り、いつかの吸血鬼を篭絡した時のような顔で悪魔どもに微笑みかけた。効果はてきめんで、特に女四人は初対面の相手に抱く緊張というものもすっかり忘れ、男のほうも礼から続いた肩の強張りがなくなった。

 そして、もちろん行程の計画は決めてあったのだろう。曹操のそれに応えるべく、男の口は淀みなく開いた。

 

 だが言葉が出る前に、突然飛び出してきた二人の人間(・・)が、男にラリアットを食らわせていた。

 

「オラァッ!逃がさんぞ匙ぃ!」

 

「貴様俺のカメラとお宝動画、どこに隠したッ!」

 

 曹操に気を取られて不意打ちで、しかも喉に入ってしまったために、転生悪魔の身でもそれなりに効いたらしい。悶絶する彼に、新たに現れた坊主頭の男とメガネの男の二人は鬼気迫った迫真の形相で、さらに胸倉を掴み上げた。無理矢理立ち上がらせて、血涙を流さんばかりに見開かれた目で詰め寄った。

 

「宿の人が持ってこうとしてたお前の荷物の中にはなかった!ならお前の手元にあるはずだ!違うとは言わせないからな!」

 

「あれはなぁ、元浜がテレビ画面を二時間も直撮りして作り上げた、汗と涙の結晶なんだよ!リビドーの中で手振れを抑えるのがどれだけ大変か……匙!お前にわかるのか!?」

 

「ゲホッ、ごふ、ぐ……わ、わかるも何も、そんなものを持ってくるお前らが――」

 

「そんなものだとぉッ!?てめえ、こいつの苦労を……ッ!そんなもの扱いか!?お前にんなこと言う資格があるのかよ!?」

 

「そうだぞ匙!松田の言う通り、いくらお前が生徒会の一員だったとしても、言っていいことと悪いことがあるだろ!エロは男の夢、男のロマン!……俺のことはいい。だがエロに対してその態度は何だ!同じ男として、誇りを持って戦えよ!そうでなけりゃ、お前に俺たちの夢を邪魔する資格はないッ!!」

 

「そうだ!返せ!なにはともかく俺にあの脱衣シーンの続きを見せろ!資格のない奴にあの動画は渡さねぇッ!!」

 

「――資格がないのは、お前らだああぁぁぁっ!!」

 

 理解不能な男三人の戦いは、とうとうキレた赤龍帝によって唐突に終了した。

 人間二人、話に聞く松田と元浜の首を後ろから、落とす一歩手前くらいに腕で締め上げている。おかげで二人は、自分を除け者にして観賞しようとしていたことに怒り狂う赤龍帝へ、何の弁明もできずにタップしていた。

 

 人間なのだから助けてやるべきかもしれないが、しかし三人は友人であるようだし元々罰を受けるべき行いだし何よりすべてが低俗すぎるしで、ボクも曹操もハンゾーも手を出す気になれない。お仲間の女たちもドン引きの様子で、唯一騒動の外にいる聖魔剣は関わりたくないかのように眼を逸らしている。

 

 お手上げだ。がそこに、救世主たるおさげ眼鏡の女生徒が現れた。

 

「まーまー兵藤、気持ちはわかるけどそこら辺にしときなさいよ。二人とも、股間膨らませる間もなく取り上げられちゃってるんだから」

 

 救世主だが、コイツもまた低俗だった。だがその人間の女が告げた事実は赤龍帝を幾分冷静にしたらしく、キョトンとして緩んだ腕から、松田と元浜は無事脱出することに成功した。げほげほ咳き込む二人に気まずげな眼を落としながら、赤龍帝は呟くように訊く。

 

「それ……ほんとか?なあ匙、どうなんだよ……?」

 

「……たく、言っただろ、『大したことなかった』って。精々十分かそこらじゃないか?」

 

「ま、マジか……」

 

 そこで表情が完全に申し訳なさそうなものへ切り替わった。地面を舐める松田と元浜の傍に屈みこみ、無駄に悲愴感のある謝罪を始める。

 

 何故だか三人分の泣き声まで混ざり始めるそれは一層理解不能で、とうとう興味の尽きたボクはそれらから眼を離した。理解が及ばないほどの性への執着を持つ存在は赤龍帝くらいだろうと思っていたが、もはや疑いようもない。奴らも同類だ。世界は広いということだろう。

 となればおさげ眼鏡も怪しく見えて、ついうっすらと警戒心を抱いてしまう。こちらに移動してくるその手足を意識してしまう中、彼女の眼鏡越しの視線を受け止めた。

 

 彼女は値踏みするみたいにボクの身体を眺めると、一つ息を呑みこんでから、どこかぎこちなくも見える微笑を向けた。

 

「それで、あなたが件のフェルさん?ゼノヴィアっちの御師匠さんなんだとか。そっちのスキンヘッドが弟弟子(おとうとでし)のハンゾーで、イケメンさんが……師匠の師匠?まあよくわからないけど……ああ、私は桐生、桐生藍華。今日から三日間、あんな奴らも一緒だけどよろしくね」

 

「ああ、うん、よろしく。……ところで」

 

 今日から三日間って、いったい何のことだ。

 

 ボクはこの三日、ゼノヴィアたちを監視するだけであるはずだ。人間である彼女は関係がない。しかしその言いぶりは、もしかしたらそうではなく……。

 

 唐突に降ってきた疑念は、訝しげな桐生から逃れてたどり着いたゼノヴィアによって、またも悪くなる顔色を対価に回答された。

 

「ええっと、その……い、イッセーがな?私たちには京都を案内してくれる人の伝があると、そういう風に言ってしまって……」

 

「……それで私、てっきり今からいいとこ連れて行ってくれるんじゃないかと思ってたんだけど……あれ?もしかして、何か勘違いしちゃってた?」

 

 首を傾げる桐生。なるほど、またあの変態が原因か。

 

 彼女のフランクな態度を見るに、ハンターだとかの秘匿すべき部分はきちんと隠したようだがしかし、そもそもなぜしゃべるのか。嫌がらせなのか。

 

 どちらかといえば奴がバカであるという線が濃厚だが、ともあれそういう話になっている以上、ここで勘違いを肯定するのも不自然だ。断る理由を考えるのも面倒だし、人間の三人くらい、加えて連れても問題はないだろう。

 ボクは号泣しながら二人と肩を組み和解を果した赤龍帝に冷たい眼をやってから、半分投げやりに声を押し出した。

 

「……まあ、確かにキミたちも一緒って言うのは聞いてなかったけど、別にいいよ。三人増えても何かが変わるものじゃないし、案内してあげるよ。……ハンゾーが」

 

「えっ!?オレ!?」

 

 だって日本人だろう。言外にそう言って押し付ける。

 

 思いもよらぬ攻撃を受けたハンゾーは、集まった注目を挙動不審に見回して、ボクに顔を寄せるとこっそり否定を主張した。

 

「オレは確かに日本人だが京都人じゃねーんだよ……!それにここらは五大宗家って組織の管理下で、オレたち忍者も大っぴらに活動が――」

 

 と、既知のことを必死に説明するハンゾーの口を、ボクは続いて冊子を押し付けることによって物理的に黙らせた。

 

 “京都観光ガイド”のタイトルを眼で読ませ、有無を言わさずその背中を押しのける。

 

「友達なんでしょ?頑張って付き合ってあげなよ」

 

「……マジでマジかよ」

 

 ボクと曹操は奴ら悪魔の監視の仕事。ならハンゾーも、少しは働いてしかるべきだ。

 そんな半ば以上のこじつけを以てして、悪魔たちの修学旅行はスタートした。

 

 

 

 ハンゾーは人間三人の目を縫ってガイドブックにかじりつきながら、赤龍帝が作ってしまった案内役の姿を、どうにか演じ続けていた。

 

 到着したばかりの初日故に近場の観光名所を回るだけで済んだのは、彼にとって幸運だっただろう。カンニングしつついくつかのうんちく披露し終え、やっと混雑する土産物屋の通りにたどり着いた今、明らかにほっとした表情を浮かべている。

 それに少々申し訳なさそうな顔をしながら何やら話しかけている赤龍帝と、同じく会話に混じっているも、どうやら売られている土産物の木刀に興味を引かれている様子のゼノヴィア。そしてその落ち着きのない子供っぽさに楽しげな微笑を見せる聖魔剣と金髪に加えて何やらニヤニヤしている松田と元浜の後姿が、ボクの二十歩ほど先を歩いていた。

 

 その集団が、ゼノヴィアの好奇心のせいでショッピングに惹かれたのか、傍で大きく店先を開いた土産物屋へまとめて入って消えていく。見張るボクは、訪れた一時の休憩に大きく息を吐き出した。

 

 人ごみと土産物屋と京都の通り。いかんせんシロネを探し回っていた時のことを思い出してしまう。

 首を振って早いうちに心痛を追い出し、突き出た軒先の日陰に寄って足を止めた。一息つこうとしたのだが、許されず、いつの間にか前の集団から抜け出していたらしいあのおさげ眼鏡、桐生が、ボクの顔を覗き込んできた。

 

「ねえねえフェルさん、聞きたいことがあるんだけどさ……いい?」

 

「……うん?内容によるけど、なに?」

 

 唐突に一緒の陰の下に入ったその笑顔には、やはり僅かなぎこちなさが見える。なんというか、ボクのことをを計りかねているといったふうな強張りだ。その理由はわからないでもないのだが、しかしやはりどうにもできず、ボクはせめて穏やかに首を傾けた。

 

 すると彼女は「えーっと」と口ごもってから、垣間見えた罪悪感を呑み込んで質問を言った。

 

「フェルさんって、ゼノヴィアっちとあのハンゾーって人の師匠なんでしょ?それで、何の師匠なわけ?剣道とか柔道とか、ほら、そういう意味でさ」

 

「んー……まあ、そうだよ。武術。教えてくれってしつこく押しかけられちゃってさ、夏休み中教える羽目になっちゃった。ハンゾーはボクから声をかけたんだけど……ほんとに大変だったにゃあ」

 

 一般人に【念】の存在を教えられるはずもなく、ぼかして答えて苦労話で逸らす。だがどうやら桐生の関心ごとはそこにはなかったらしく、さして変わらない調子にて続けて口にした。

 

「それってきっと兵藤とかアーシアも一緒なんだよね?なら教えてほしいんだけど……あの子ら、武術なんて覚えて何してるの?なんか最近、私に内緒で色々無茶やってるんじゃないかって気がすることが多くてさ、心配なのよね」

 

「ああ……にゃるほど」

 

 それが本命の質問だったのだろう。どこで感付いたのかは知らないが、コカビエルやボクたちとの戦い然り、危険に襲われ続けている赤龍帝たちが気になっているようだ。

 

 ほんの少しの予感だが、“師匠”の単語で手元に振ってきた手掛かりに、友の秘密を暴く負い目はあれど探る気になったか。友達思いで結構なことだが、ボクにとってその友情は酷く厄介だ。全く赤龍帝は思っていた以上に忌々しいことをしてくれた。

 

 しかしそれはさておき、どう誤魔化そうか。あまり下手な嘘をついても、どうやら案外聡いらしい彼女のことだ、むしろ不信感を持たれかねない。となればやはり、事実で以ってうやむやにするべきだろうか。

 

 ボクはそう決め、無意識に顎を撫でていた指を立て、唇の前に持っていった。

 

「言うなって言われてるから、他に漏らしたりしないでね?」

 

「え、ええ。なに?もしかしてほんとに深刻な話なの……?」

 

「うんにゃ、大っぴらにすべきじゃない話ってだけだよ」

 

 不安はあっさりと否定して、続けて手招きして彼女を近くに招き寄せる。至近距離のその耳に口を近づけ、こっそり耳打ちした。

 

「ハンターになりたがってるんだよ」

 

 ゼノヴィアが。ついでに言えば後の祭りな上過去形だが。

 

 しかし省いたそれらは形を変え、桐生の脳内にてあの気弱な金髪と合わさり、困惑となって少し身を引かせた。

 

「え……?ハンターって、あのハンター?すっごく危険な職業って言われてる?」

 

「うん、どこまで本気か知らないけどね。まあそれなりに熱を入れて頑張ってたよ」

 

「まさかあの子が……いや、さすがにアーシアは応援してるだけ……よね。それにしても、ゼノヴィアっちはともかく兵藤がハンターって……」

 

 目指すにしても無理がある。彼女の知る赤龍帝のスペックではそうなのだろう。事実神器(セイクリッド・ギア)なしなら悪魔であることを加味してもそんなものだ。

 

 だから彼女のその感想は妥当。ついでにボクも追従し、恐らく、今後友達二人が過酷な試験を受けるのかもしれないという不安でとうとう明白に笑顔を曇らせる彼女へ、無用な心配をさせることになってしまった申し訳なさもほんの少し、頬を緩く持ち上げてみせた。

 

 その瞬間、ふと近くでカシャッという音がした。

 

 知覚し、反射的に手が伸びた。革手袋の下でプラスチックと電子部品、そしてフィルムが握り潰される。遅れて意識もそっちに届き、ボクたちに向けたカメラを破壊され眼を点にする松田と元浜に、ボクはつい飛び出てしまった殺気を急いでひっこめた。

 

「あー……ごめん、つい。ボク、写真を取られるのって苦手なんだよね」

 

「……え?あ、ああ。そう、なのか。こっちこそ、あの、すんませんです」

 

 しばしの硬直から蘇った松田が、どもりながらも会釈気味に頭を下げる。シャッターを切った張本人である元浜は未だ帰らないが、ほんの一瞬とはいえボクに殺気を向けられたのだから無理もあるまい。念能力者であるボクの威圧が一般人にはどれほどのものかということくらい自覚している。

 

 だからこそ二人の表情が厭らしいニヤニヤ顔のままであることは驚きだったが、しかし目を瞑ってため息にとどめた。だがどうやら桐生には看過し難いことだったようで、ボクの背中で殺気に気付かずに済んだ彼女は、なぜだか挙動不審になっている二人に呆れたように鼻を鳴らした。

 

「……やるんじゃないかとは思ってたけど、まさかほんとにやるとはね。誰これ構わず変態行為するの、私が言うのもなんだけどいい加減止めたら?そろそろほんとに警察のお世話になっちゃうわよ」

 

「へ、変態行為とは失礼な!覗きは男のロマンであり存在理由……っていうか!今回に関しては違うだろ!?フェルさんのその、す、素敵な微笑を記録に収めようと……な、なあ元浜!?」

 

「……ふぁっ!?そ、そうだぞ!?あのエロティックは笑みだけでも十回はシコ――し、至高の作品だと評価されそうなもので、芸術的な価値があってうんたらかんたらで……」

 

「ほら下心」

 

 瞬く間に墓穴を掘ってしまった元浜が、冷や汗を垂れ流しながらショックでがっくりと膝を折る。憐れみの眼でそれを見下ろす桐生。もう一人の松田もあわあわと狼狽し、四方八方に逃げ道を探し始めた。

 

 そしてふとボクにその眼がたどり着き、瞬間活路を見出したようだった。パッと明るくなって、動揺に流れる汗はそのまま、半分裏返った声色で口を開けた。

 

「そっ、それはさておき……フェルさん、意外というかなんというか、力持ちなんだな!千円フィルムカメラとはいえ、さっきそこで買ったばっかの新品を片手で粉砕しちまうなんて!」

 

「まあ、これでも武術の師匠だからね。それより、本当にごめんね?カメラ。お詫びに新しいの買ってあげるにゃ」

 

「ほ、ほんとっすか!そりゃ助かる!千円っつっても俺らには結構な金額で……んで、そのあと改めてお写真とかは――」

 

「撮ってもいいけど、今度は手ごと潰すことになるかもしれないにゃ」

 

 殺気を浴びた彼らには十分な脅しとなっただろう。はいつくばってカメラの残骸を片付けている、と見せかけて下からボクの身体を射抜かんばかりに凝視していた元浜もびくりと震え、己の手を守るかのように押し抱いた。

 

 それらは無視してボクは日陰から脱し、通りの人の流れに戻る。慌てて続く三人の気配を背に感じながら財布を取り出して日本円を探しつつ、彼がカメラを買ったという店、赤龍帝たちが買い物をしているはずの店内へ足を向けた。

 レジの前、眼と手は財布を探るまま、ついてきた松田たちに商品を持って来いと短く告げる。向かってすぐに戻ってきた松田に、ようやく見つけ出した千円札を手渡した。

 

 そうして顔を上げてふと気付くと同時、桐生が怪訝そうに首を傾げていた。

 

「あれ、兵藤たちはどこ行っちゃったのかしら」

 

 店の中には、そこにいるはずの悪魔たちが一人もいなかった。

 

 おまけにハンゾーの姿もない。監視対象と弟子が同時に消えて、眼を離してしまっていた己の失態に後悔と、そして想像だにしなかった事態への困惑が頭をよぎった。

 

 まさか、いつかのシロネのように攫われたのか。仕事の失敗を上回る面倒な事件までもを想像してしまい、覚えた危機感で息が詰まる。それでもなんとか喉を開け、もしかすれば事態を眼にしているかもしれないレジの店員にそれを尋ねようとした。

 

 その直前に、遠くに感じた“力”の気配がボクの台詞の必要を消した。

 

 弾かれたようにそっちを見やる。通りの脇から小山に伸びる小さな鳥居の連なり、その天辺だ。瞬時に悪魔たちがそこでトラブルを起こしていることを悟ったボクは、その苦々しく曲がる口元を無理矢理開き、どうしたんだと言わんばかりの視線を投げてくる三人へ短く告げた。

 

「探してくるから、キミたちはここにいてね」

 

 言うと、返事を待たずに早足で店を出た。なるべく目立たぬよう、且つ急いで鳥居の下までたどり着くと、途端に消えた人影でボクは人払いの結界が張られていることを発見する。そしてそれが妖力を源にしたものであることにも気が付いた。

 

 ということはトラブルの相手は妖怪、監視のボクが傍に居ないことを咎められてでもいるのだろう。第三勢力という最悪がなかったことには安堵しつつ、同時にお咎めが確実であることに肩を落としながら、ボクは長い階段を駆け上った。

 

 するとすぐ、剣戟らしき争いの音と必死の声が聞こえてきた。

 

「――だから何回も言ってるだろ!?俺たちは侵略者とか、そんなことしに京都に来たんじゃないって!ただの修学旅行なんだよッ!」

 

「僕たちはあなた方妖怪と敵対する気はない!だからとにかく一度剣を収めてくれ!」

 

 両方とも男の声。赤龍帝と聖魔剣だ。そして台詞からしてトラブルの内容もボクの想像通りであるらしい。

 

 だが想像から大きく外れるかわいらしい声が一つ、二人の説得の言葉を思いっきり切り裂いて響き渡った。

 

「聞く耳など持たん!!我らの決めに従わぬ悪魔は皆、敵じゃ!!」

 

 四年ぶりで少し感じは変わっているが、間違いない。九重の声だった。

 

 聞いて、しかし最初に覚えたのは懐かしさではなく困惑。京都を治める八坂の一人娘である彼女が何故こんなところで、しかも戦っているのだろうか。

 

 不安だ。若干芽生えたそれで焦りを足に伝えるボクは、道を外れて木々の中を最短距離で突っ切り始めた。

 

 その最中にも、変わらず争いの音と声は続く。

 

「ぐっ……!反撃するわけにもいかんし、せっかく買った木刀ももうそろそろ限界だ……!一誠!元はといえばお前が怪しい人影を見たとか言って飛び出して行ったのが悪いんだぞ!どうにかしろ!」

 

「お、俺のせいかよ!?だって本当にあの人影、あれは確かに……って、言ってる場合じゃねえ!なんとか誤解を解かねえと……そうだ!お前が言ってた“決め”って、確か悪魔が京都に行くにはハンターの警護と監視が、ってやつだろ!?ならあのハンゾーが――」

 

「あのようなハゲのハンターなど、私は知らんのじゃ!」

 

「な、なに!?ハンゾー、お前ハンターではなかったのか!?」

 

「アホか!!警護と監視を任せたハンターじゃねーっつうだけだ!!……ってかハゲって……なんでそんなあっさり……」

 

「ハンターには我らから仕事を依頼するのじゃからな!!私が小さいから騙せるとでも思ったか、汚い悪魔に、その手先の人間め……!!それに、特に今回はフェルが来るのじゃ!!忘れるわけがない!!」

 

「ハンゾーが落ち込んでるのはそっちじゃないと思うけど……しかしその言い方、君はあの人に随分な思い入れがあるらしいね!……つまり、君が部長たちの言っていた九尾の姫、九重か!」

 

「ッ!そうか、貴様らあの赤毛の悪魔の……!!ならますますもって逃がせん!!覚悟――!!」

 

 九重の勇ましい気合の声。その手に握られている刀が【念】を纏い、飛び掛かって高くから放たれる。標的の聖魔剣と、九重の部下らしき紙の面をつけた妖狐たちと対峙する仲間たちが、眼を見開いてその一撃に息を呑んだ。

 

 木の葉の向こうにようやくそれを視認したボクは、勢い良く跳躍してその合間に割り入った。

 

 ばきん、と、腕で受けた九重の刀がへし折れ、飛んだ刀身が近くの木の幹に深々と突き刺さった。聖魔剣の方は剣ごと突き飛ばし、吹っ飛んだ身体が道の鳥居を破壊する音が一拍遅れて聞こえてくる。

 

 緊急故に乱暴にはなってしまったが、しかしともあれ乱入で周囲も驚き止まったことを認識し、折れた刀を手に呆然とボクを見つめている九重へ、ボクは詰めた息を吐き出した。

 

「久しぶり、九重。ごめんね刀折っちゃって」

 

「……ふぇ、フェル――」

 

 ボクの姿をその金の瞳に認め、そして徐々に呆然が歓喜に傾く。

 その瞬間に、我に返った妖狐の一人が慌てて跳んできた。九重の身体を抱きかかえ、取って返して大きく下がる。他の妖狐も動いてボクとの間に立ちふさがり、構えた刀をボクへと向けた。

 

 九重はその頃になってようやく部下の突然の行動、有無を言わせずボクから遠ざけられた理由を理解し、非難の声を上げた。

 

「なっ……何をしておる!!刀を下ろせ!!フェルはこの悪魔どもとは違って、敵なんかでは――」

 

「お(ひい)さま、お母上と約束なされたでしょう。あの者は力あるハンター、であればこれより先は私にお任せいただきます。……ご心配なさらぬよう、話を聞くだけです」

 

 妖狐は冷静に九重を諫め、抱いたまま、面の奥から“話を聞くだけ”とはとても思えぬ鋭い眼をボクへ向けた。

 

「お主がハンターのフェルだな。今日より三日、悪魔どもを監視する手はずとなっていた者の一人。であればこ奴らは言い分通り、京に無断で侵入したわけではなかったということとなる。ならば、此度の騒動の責がどこにあるのかは、わかっておろう……!」

 

 向けられている刀が、ほんの少し牽制から前に出る。

 

「弁明があるのなら、そこで申せ」

 

 そう言いながら、向けてくるのは相変わらず明らかな警戒心のみだった。ボクがうっかり悪魔たちから眼を離してしまった瞬間を偶然にも捉えてしまっただけ、ということは理解している様子であるのに、しかし何らかの悪意が存在する可能性を捨てきれないらしい。ボクか悪魔か、あるいは協力して何かよからぬことをしようとしていたんじゃないかと、周囲の妖狐たちも疑っているようだ。

 

 やはり、協会が悪魔と協定を結んだことが響いているのだろう。はた迷惑な話だ。癪だが素直に頭を下げてやろうと決め、溜飲も呑み込もうとした。

 

 しかしその前に、半分ひび割れた木刀を握り締め、ゼノヴィアが必死にボクを庇いだした。

 

「ち、違う!フェルさんは悪くないんだ!私たちがフェルさんに声も掛けずに離れてしまったから……その、勝手な行動をしてはいけないということばかりが頭にあったから、突然飛び出して行った一誠を連れ戻さねばと、頭がいっぱいになってしまって……」

 

「いやだから俺のせい……いやでも……本当に見覚えがあった気がしたんだよ、人影が!なああんた――狐の人!こっちに上ってったはずなんだよ!見ただろ!?」

 

「そんなものは知らん。忠告しておくが、嘘は貴様らの立場をも悪くするだけだぞ」

 

 反論を切って捨てられた赤龍帝が「ほんとに見たのに……」とうなだれる。だが機運に乗ろうとしたのか、もがいて妖狐の腕から脱出した九重が、その袴を引いて説得を言った。

 

「とにかく何も起こらなかったのは確かじゃろ!?フェルが悪いことなんてするはずがないし、監視していた悪魔どもも……たぶん、人影も何かの勘違いじゃ!悪気があったわけじゃないと、私は思う!」

 

「……お(ひい)さま、その確証はありません。お(ひい)さまの印象だけでは――」

 

「だが悪意があるという確証もないじゃろう!少なくともフェルはそうじゃ!監視に関してもたまたま一瞬眼を離してしまっただけ、それだけで敵とみなすのはあまりに乱暴すぎる!それでも怪しいというなら、母上に意見を仰ぐのが自然ではないか!?」

 

「………」

 

 しょうがないお嬢様を見る眼だが、妖狐は黙り込んだ。周囲で構えられた刀も、戸惑いがちにだが下りる。

 

 一方微妙に庇われたのかそうでないのか微妙な悪魔たちだったが、しかし事を荒立てるわけにもいかずどうしたものかと迷いの表情。そこに、妖狐を言いくるめることに成功した九重が、さらなる一手を叩き込んだ。

 彼らに向かい、頭を下げた。

 

「だから……そちらの面々にも悪いことをした。邪悪なる悪魔とはいえ話も聞かずに切りかかってしまったこと、謝罪するのじゃ」

 

「え……ああっと……まあ、敵じゃないってわかってくれたんならいいけど……」

 

 罵倒されながら謝られ、微妙のまま受け入れる赤龍帝だったが、しかし全く聞いていない九重は続け、パッと上げた顔をボクに向けていた。

 

「お侘びに、私自ら京都を案内してやろう!ついでに見張ることもできるし、一石二鳥じゃ!なっ?なっ?」

 

 その期待の眼差しは、あの頃のようにボクと一緒に遊びたい、と思ってくれていると信じていいものだろう。ボクからしてもそのほうが楽しいし、ハンゾーも、大して知らない京都の観光案内の役目から逃れられると、無言でぶんぶん首を縦に振っている。

 

 妖狐に眼をやっても苦々しげなばかりで何も言わず、であるなら断る理由もなかった。

 

「うん、じゃあ、お願いしようかにゃ」

 

「っ!やった!じゃあ早く行こうフェル!あの時の八つ橋屋、新しいメニューがすっごくおいしいのじゃ!」

 

 嬉しそうに言って、ボクの手を掴み引っ張る九重。それでやっと戦闘の空気が消え、所々納得がいっていなさそうな顔は残るも武装を解いて動き始めた。

 

 だが少々残念なことに、空は夕日の赤みを増し始めていた。




原作での修学旅行シーン、木場くんがハブられててかわいそうだと思った思い出。クラス違うからまあしょうがないんですけどね。ていうか一人だけ違うとこからしてかわいそう。
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