主なきノラネコたちの家   作:もちごめさん

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五話

「いやー、我ながらマジでびっくりしたぜ。まさかこんな時期に熱中症でぶっ倒れるなんてなぁ」

 

 目覚めた人間の一人、丸刈りの松田は、昼過ぎの高い日に手をかざして見上げながらそう言った。その顔は自身が言ったことだというのに怪訝に傾いているが、それも無理のないことだろう。

 フリードが九重を攫って消えて数時間。それだけの時間で施した記憶修正は、どうやら違和感を完璧には消せていないようだった。同じく数時間の記憶の欠落を、気付かぬうちに発症した熱中症での失神と説明されたもう一人、眼鏡男の元浜もやはりいまいち納得がいっていないふうな表情のまま、不思議そうに首を捻った。

 

「しかもみんな一斉にだしな、覚えてないが。だがまあしかし、悪かったな一誠。みんなも、せっかくの京都観光中断しちまって」

 

「あー……いや、別にいいって。気にしてねえよ、ちょっとくらい。な、アーシア」

 

「……あ、はい、そうですね……」

 

 歯切れ悪く答える赤龍帝と金髪。元浜と視線が合わないのは必要があるとはいえ嘘をついている負い目か、それともその原因を作ったフリードが、悪魔たちにとって少なからぬ因縁のある相手であったからだろうか。

 

 だがどちらにせよ、そんなことを知る由もない元浜には、その言葉が言葉の通りに聞こえなかった。すまなそうに顎が引き、閉じた口がおずおず謝罪を口にした。

 

「……悪かったよ、次からはちゃんと気を付けるからさ」

 

「ちゃんとこの白濁した甘い液体も飲むから、許してくれよ一誠。あ、お前も飲むか?この命育む母のミ――」

 

「いや変なふうに言ってっけど、ただのスポーツドリンクだろそれ!?」

 

 半ば以上の中身が残ったペットボトルをじゃぷじゃぷ振ってみせる松田に、赤龍帝は盛大なツッコミを入れる。その光景から眼を離し、前を行く彼らの上方、広がる青空に少し目線を上げながら、ボクは唇を軽く噛んだ。その先には、まだ薄く煙りが立っていた。

 

 フリードの襲撃があった、あの林だ。それなりの面積が八坂によって焼かれたはずだが、結局小さなボヤとして片付けられつつあると聞いている。故に特別通行禁止などはされておらず、修学旅行を再開した一行がそこを通って金閣寺へ向かっているのも自然なことだ。

 

 が、近づきつつあることを認識する心はどうにも落ち着かない。ついさっきあの場で見た光景が、元人間の化け物たちとフリードのあの姿が、脳内に蘇る。

 

 どちらももう、そこにいないことはわかっている。前者の元人間たち、そして適合できなかったのか死んでしまっていた一部と無事であった半数も含めて全員は、今は妖怪たちの管理下であるし、フリードだって野次馬をしに戻ってきているわけもないだろう。

 

 なのに変わらずボクは彼らの姿を見ていた。

 

 いや、今だけではない。今までも、だ。松田たちのやり取りだって、見ているようで見てはいなかった。眼球はそれを映していても脳内にあるのはフリードの姿だけで、様々な生物が混ざったキメラのようなあの姿が、ずっと頭の中を占めていた。

 

 あれはキメラアントではない。ただの人間、ただの敵。なのに、なぜ害意の一かけらも抱けないのか。

 

 ボクはいったい、何を欲してその手を止めているのだろう。その理由が、ずっとわからない。

 

 空に上る煙を見つめながら、ボクの意識はずっとそこに向いていた。その姿は傍から見れば呆けているように見え、集団熱中症があった今では朦朧としているようにも見えたらしい。「だって見ろよ、商品名にそう書いてあるんだぜ?」という気持ちの悪い笑い声に混じって、気遣わしげな声色が耳に入った。

 

「ねえ、フェルさんは大丈夫なの?熱中症」

 

 機械的に眼をやる。桐生の心配そうな顔がボクを覗き込んでいた。見つめ返すボクはやがて視線を戻し、適当な返事を口にする。

 

「大丈夫だよ、鍛えてるから。それに、大人だしね、ボク」

 

「そうは言うけど、八坂さんも倒れちゃったんでしょ?しかも私たちよりも重症。九重ちゃんと一緒に休んでるって話じゃない」

 

 当然といえば当然の話、攫われた九重はもちろん、八坂も今はこの一団にいない。救い出すために妖怪の統領として動いているのだ。

 

 それを誤魔化すために伝えられた理由を口にし、次いで桐生はボクの顔から全身へと視線を移し、眺めて少し呆れたように息をついた。

 

「それにずーっと厚着のまんま。四人も倒れたっていうのにね。……まあ、仕方ないってことはわかってるけど」

 

 どの口で大丈夫とか言ってるのよ、と竦めた肩が続けかける。だがその遠回しな心配がボクと彼女との間に浮かぶ前に、聞き慣れた笑声が揶揄いを含んで後頭部に響いた。

 

「安心するといい、桐生君。もしこいつが倒れたら、その時は俺が叩き起こすよ。担いで病院へ運び込むような羽目にはならないさ」

 

 振り向けば、余所行きの笑みにほんのりニヤニヤ笑いを浮かべてボクを見やる、曹操がそこにいた。

 

「最高級のスポーツドリンクも用意したからな、倒れたら頭から浴びせてやろう」

 

「……それって、松田たちが騒いでるアレのこと?」

 

「ああ。商品名は置いておくとして、効果のほどは申し分ない。一流スポーツ選手も愛飲しているとかどうとか」

 

「……置いとけないほど商品名は問題だと思うんだけど。っていうか、曹操さんの恰好も結構暑いんじゃないの?」

 

 ジト目の桐生が会話に横入りされた分も含めて曹操を睨むも、曹操は笑って流して首を振った。

 

「案外と涼しいものだよ。少なくともフェルの上着よりはマシさ。熱気が籠らない」

 

「けど、そっちは大荷物だにゃ」

 

 反論は叶わず、ボクは曹操が背負うギターケースを見やって鼻を鳴らす。その中には奴の獲物が収められているはずなので、見かけ以上に重いことだろう。

 

 それでも曹操にとってさしたる負荷ではないはずだが、それらを知らない桐生は同意するようにうんうん頷き、続いてギターケースに眼を向けた。

 

「そんな大きいの、宿に置いて来ればよかったじゃない。まさか路上ライブするわけじゃないんでしょ?」

 

「これは……うん、ちょっと大切なものだからね、肌身離さず持っておかないと落ち着かないんだ。置いておいて、盗まれたらと思うと気が気でなくてね」

 

「フェルさんもそうだけど、曹操さんも大概かわってるわね」

 

「……一緒にしないでほしいにゃ」

 

 まさか桐生の言う通り、壊してしまったお詫びにボクが買ってやった槍が大切だから、なんてかわいらしい理由であるはずもない。単にそれは武力が理由。万一フリードが襲ってこないとも限らない状況で、それを手放すはずもないだろう。

 

 しかし、ということはつまり、曹操はフリードを殺す気であるのだ。それは当然のことで、且つそうする以外に事態の解決は不可能。フリードを殺し、九重を救出する必要があることは、ボクも理解していた。

 だがそれでも、想像したそれをボクは喜べそうにない。心の中に黒いもやが射し、呟くように吐き捨てたボクは歩みを速めた。

 

 それを追ってわざわざ目の前に割り込む曹操が、わざとらしく落ち込んだ風に言った。

 

「俺と一緒なのがそんなに気に食わないのか?酷いじゃないか、短い付き合いでもないというのに」

 

「短い付き合いじゃないから嫌なんだよね。例えばその余所行きの顔とか、見てるだけで背中が痒くなっちゃうにゃ」

 

「……全く」

 

 こちらを振り向く顔から仮面が剥がれ、ムッと不貞腐れたように潰れる。変わりっぷりに息を呑む桐生を余所にため息を吐き出し、再び仮面を被りなおすと前を向いた。

 

「酷い言われようだ。それだけ曹操はボクに心を許してくれているんだ、とでも思っておくものだろう、そういうのは。……なあ、匙くん。君も配慮は重要だと、そう思うだろう?」

 

「……なんで俺を巻き込むんだよ、曹操さん」

 

 そうして訳のわからない捨て台詞の後呼ばれた名前に、前を歩いていた男の悪魔、匙の嫌そうに歪んだ顔が振り向いた。

 曹操はその肩に腕を回し、親しげな調子で言う。

 

「そう言うなよ、互いに共通点を持つ同士じゃないか」

 

「そうだけど……いや、それとこれとは話が別だろ。俺関係ねえじゃん。フェルさんとも、ほとんど今日が初対面みたいなもんなんだぜ?頼るなら桐生に頼ってくれよ。同性だし、なんか仲良さそうじゃんか」

 

「あれ?匙、なんでこっちにいるの?あんた生徒会メンバーのグループでハーレム状態だったはずじゃない」

 

「気付くの今かよ!?ってかハーレムとか、兵藤みたいなこと言うんじゃねえ!!」

 

 すっとぼけてそんなことを言う桐生に、匙はツッコミと同時に、そのさらに前方でざわつき始めた眷属仲間の女生徒たちに向けて、大慌てで首を振った。

 

 曹操と共に分かれて京都観光をしていた彼、そして仲間の眷属たちも、曹操と一緒にこちらへ合流していたのだ。彼らにも、悪魔に対する妖怪の決め、すなわち監視は必要故に、仕方のない事態。合わさり結構な大所帯となってしまっているが、理由はどうにか付けられていた。

 

「ああ……マジで、お前たちが熱中症でぶっ倒れたから、心配で俺らはここにいるんだぞ?感謝しろとは言わねえけど、何で揶揄われなきゃならないんだよ」

 

「そうとも。体調不良の生徒がいるなら対応するのは生徒会の務め、だそうだ。せっかくの修学旅行だというのに、立派じゃないか」

 

 相槌の如く褒め称える曹操の言うようなことを、人間三人は説明されている。だからそこには強く出れないものだと思っていたが、ここまで言われても桐生の顔には自責の類は薄い。代わりにどこか挑戦的に首を傾け、言った。

 

「まあその志は素晴らしいと思うけどさ、さすがに全員来ちゃうのはお節介の領域よ。気絶しちゃった時のことは覚えてないけど、とにかく今は全然大丈夫なわけだし」

 

 その台詞が、いわば懐疑のそれを含んで告げられた事柄は、ボクたちはともかく匙たちの眉を動かした。松田と元浜も、声を聞きつけやって来る。集団の左右で立ち止まり、歩くボクたちを待ち構えていた二人が、悟った曹操が離れた途端に匙の両肩を捕まえた。

 

「そうだぞ匙!俺たちはもう何ともない。どうせお前……生徒会の責任がどうたら言って、また俺たちのお宝動画を取り上げるつもりなんだろう!?」

 

「そうはいかねえぞ!せっかく夜中お前の部屋に忍び込んで取り戻したんだ!二度と奪われてたまるかよ!」

 

「はあ!?まさか朝に鞄の中がぐちゃぐちゃになってたのは……!!」

 

「いや松田に元浜!お前らまた俺を除け者にしやがったのかよ!?」

 

 驚愕する匙と、またしてもなにやら被害を被ったらしい赤龍帝もが現れ、ボクたちの前で騒ぎ出す。呆れる他の面々と、桐生は愉快そうにケラケラ笑った。

 

 ボクはそこから一歩分、身を引いた。この間にと、一緒に曹操も引っ張り込む。そうして、空の煙でに延々高まり続けるその思いから、ようやく自制の鎖を取り払った。

 

「ねえ、曹操。そもそも何のつもりで、ボクにあんなものを――」

 

 見せたのか。そう続きかけた言葉は、しかし目の前を落下した小さな水滴に掣肘された。

 

 一度気付けばぽつぽつと、水滴は続々天から降ってくる。前を行く一団もそれに気付き、空を見上げた。

 

「あれ……天気雨?こんなに晴れ渡っているのに、降ることもあるのね」

 

 生徒会のほうの、名も知らない女生徒の一人が呟く。他も同じ認識、珍しいものを見たという感嘆を見せるのみだ。が、隣の曹操は一人、困ったふうに喉を鳴らした。

 

「さすがに、気付かないほど腑抜けてはいないだろうな、フェル」

 

「……まあ、ね」

 

 これは単なる天気雨などではない。地面に濃い点を描き、すぐに蒸発するその気は、明らかに自然現象のそれではなかった。超常の力。そして、どこか妖力のようにも感じる気配。

 

 微かな予感がした。

 

 ほぼ間違いなくこれが襲撃の前兆であると確信、あるいはすでに知っている曹操は手を振り、戦闘を行くハンゾーと聖魔剣を呼び止めた。

 それで察し、身構えるハンゾーの様子に、聖魔剣や他の悪魔の面々にも緊張が走った。

 

「まさかこの雨は……彼の仕業なのか……?」

 

「な、なんでだよ!?あいつ、逃げたんじゃねえのか!?だから俺たち、八坂さんたちに手伝えることはないって言われて……」

 

 聖魔剣と赤龍帝の驚愕。他も似たり寄ったりの動揺に囲まれて、蚊帳の外である人間三人は困惑の眼で見回す。だがそれらの対処をする間もなく、次の瞬間視界が明滅した。

 

 妖狐の異能の一つである【狐の嫁入り】の天気雨が、その能力によって、ボクたち全員を転移させたのだ。明滅に感じたその気配。終わり、そして一変した周囲の風景を眼に映し、しかしボクは皆とは別の理由で息を呑んだ。

 

「うおっ!?な、なんだこれ!?俺たち今まで普通の道歩いてた……はず、だよな……?」

 

「……私もあんたたちも、ほんとに熱中症で頭やられちゃってるのかもね。なによここ……茶色い、洞窟……?」

 

 否、()だ。

 

 キメラアントの、ボクが産まれたあの場所の風景。転移させられたこの空間は、それにとてもよく似ていた。

 

 予感がますます強くなった。

 

「ま、松田たちも一緒に転移させられちまったのかよ!?ど……どうしよう!?魔力とか妖力とかで忘れさせるのは、何度も繰り返すのは危険だっていう話、だったよな?」

 

「まあ、そういう話は後で考えればいいさ。君たちは彼ら三人をしっかり守ってやってくれ。欲をかいた間抜けの退治は、俺たちの役目だからね」

 

 眼を瞬かせたり天井を仰ぎ見たりして現実と戦う人間三人の様子に慌てる赤龍帝へ、曹操はにこりと笑う。直後、ばすっと空気が皮か何かを叩くような音がして、ほぼ同時に超高速で飛来した小さな何かを、反応した曹操が背負うギターケースで受け止めた。

 

 粉砕されるケース。しかしその奥から金属がこすれる鈍い音がして、それが“何か”を叩き落とす。迎撃し、くるりと回転して曹操の肩に担がれたそれは奴の槍だ。同時にもう一つ、ケースの中身はそれだけでなかったらしく、槍の半分ほどの長さ、しかし幅は数倍ほどありそうな包みがごすんと音を立てて土造りの床に転がった。

 

 それを横目に見やる曹操に、狙撃の先、空間の中央辺りで怒りに歯を食いしばるフリードが叫んだ。

 

「おいこらそこのクソ人間!誰に向かって間抜けだなんだと言ってんだぁ!?」

 

「紛れもなく、君だよフリード・セルゼン。まさか俺も、これほど愚かなことをするとは思っていなかったのさ。せっかくの逃走のチャンスだったというのに俺たちを襲い、その上――」

 

 曹操はフリードの隣、タコのような触腕をしならせ、銃身のような片腕をこちらに向ける金色の毛並みを持つ化け物(・・・・・・・・・・・・)を、痛ましいものを見る眼で見やった。

 

「九重姫を、そんな姿にしてしまうとはね」

 

 ボクの予感は、曹操にも肯定されることとなった。

 

 天気雨もこの空間も、すべて九重の力によるもの。しかし彼女が害意を以てボクたちにその力を使うはずがない。なら、使わされたと考えるのが自然だ。

 そしてその方法は、フリードが観光客たちを化け物に変身させ操った能力は、確かにボクも眼にしている。

 

 だからつまり、フリードの隣で殺意を放つタコの化け物は、間違いなく九重なのだ。

 

「おい……まさか、あれが九重ちゃんなのかよ……!?」

 

「イェース、オフコース!その通りっスよおハゲになってるお兄さん!その反応を今か今かとお待ちしておりました!正真正銘、このタコは俺様がお持ち帰りした、あのクソチビ狐でござんすよぉ!」

 

 こちらに、というよりは恐らく曹操へ向けられるハンゾーの、どこか責めるような驚愕も、ようやく見れた望み通りの反応に満悦のフリードの様子すら、ボクの意識には入らなかった。

 

 フリードのキメラの姿を見た時よりも、衝撃は大きいものだ。元より親密であった相手が、キメラと化している。

 その事実に、ボクの心は間違えようもなく、歓喜していた(・・・・・・)

 

(……そうか)

 

 ようやく、ボクはフリードに抱いた耐えがたい想いの理由を理解した。彼も、そして九重も、キメラアントではなくても限りなく近い存在となった二人は、ボクの眼にはどうしようもなく仲間(・・)に見えてしまっていたのだ。

 

 そんな単純な、自分の心に気付くことができなかった理由も、同じく悟る。彼女らがボクの仲間で、それを求めているということはつまり、そこに居たはずのクロカが、もはやボクにとっての仲間足りえないと認めることと同義であるから。

 

 ボクはもう、シロネの下に行ってしまったクロカと一緒にいられないと、心の深くではそう考えてしまっている。

 

 クロカが求めるものではないものを、欲してしまっていた。

 

(そんなわけ……)

 

 ない。かぶりを振る。しかしその決意は弱々しく、キメラの九重を凝視したまま、脚がひとりでに前へ進み出た。

 

 だが無理矢理に止められた。進む身体に突然、槍を押し付けられ、ボクを我に返すと同時に、曹操は床に転がる包みを拾い上げる。巻かれた布を解きながら、ため息を吐き出した。

 

「全く、八坂殿にどう報告すればいいのやら。自分の娘があんな風にされてしまったと知れば、さしものあの人も怒り狂うだろうな」

 

「おやおやそれはいらぬ心配ですなぁ。だってここにいるクソ悪魔とクソ人間全員、俺様にぶっ殺されちゃうんですもの!」

 

「自信も随分なものだ。俺如きは敵じゃない、ということか」

 

「当たり前すぎて失笑ですわ!あのクソ狐にやられた喉もマシになってきたし、そのクソ狐自身もここにはいない。どっかで結界を使って、街全域を封鎖してやがんでしょ?」

 

「正解だ。ということは、その結界が容易く破れるようなものじゃないことも確認済みなわけだ。九重姫の力があったとしても、子供の力でどうこうできるはずもない」

 

「だとしてもあんなもん、もう一回脅してやりゃあ一発なんすよ。ついでにお前らの首も一緒に持ってったら効果倍増じゃない?ちゅーわけで……」

 

 と続いた罵り合いを、とうとうフリードは打ち切った。飛び掛かるべくキメラの身体をたわめ、残った七本のクモの脚がぎちぎちと軋んで鳴る。

 

 曹操へ向く照準が、その一拍の溜めの後、放たれた。

 

「愉しい愉しい復讐のお時間ですッ!!」

 

 巨体が跳ね、大砲の玉のように一直線に飛んでくる。背後に聞こえてくる慌てた声。

 

 それとほとんど同時に、ようやく曹操が動いた。ほとんど解けかけた包みを、振りかぶって投げたのだ。巻かれた布が置いて行かれ、その中身がとうとう露になる。

 

 諸刃の直剣だった。剣先をまっすぐフリードに向けて飛ぶそれは、素人のボクでも一目で業物とわかるほどのすさまじい鋭さを秘めている。

 

 もし命中すれば大変な深手となってしまうだろう。だが刃のすさまじさは、切れ味だけではなかった。

 

 フリードのカメレオンの眼が、一瞬にして零れんばかりに見開かれる。同時に背後からも、聖魔剣の驚愕の叫び。

 

「まさか、それはッ!?」

 

「魔帝剣グラム!!?」

 

 強力な龍殺しの力を持ち、魔剣の帝王とも呼ばれる強力な魔剣の名前だ。まるで投げナイフのような扱いを受けているあの剣が、伝説の魔剣そのものであるということか。

 

 理解し、ボクも曹操の奇行に驚愕すると同時、それを肯定するかのようにグラムが龍殺しの薄暗い【気】を噴き出した。龍でなくても緊張が走るほどのものだったが、しかしフリードは顔を引きつらせながら、どこか呆然とその手を伸ばした。

 

 飛んでくるグラムを受け止める気なのだ。続くだろう曹操の攻撃を考えなければ、確かにそれは可能だろう。強力な武器を奪取することを優先したのかもしれないが、それにしては様子がおかしい。目前にあるグラムを拒絶しつつ、しかし一方で欲する心がせめぎ合っているような、そんな呆けた表情。

 

 ボクの心臓が、締め付けられたかのように疼いた。同時に考えてしまう。フリードがグラムを手にした場合、曹操を相手にどれだけ勝ちの芽があるか。

 だが思わず巡ったそれらの思考は一切が無意味であり、数舜後、曹操が敵を利するような愚を犯すはずがないという当然の事柄と一緒に、ボクはその前兆を、【念】を感じ取った。

 

 直後、グラムの絵を掴もうと伸びたフリードの腕が、飛んだ。

 

「あ……?」

 

 たたらを踏んだフリードの、肩口の滑らかな切断面から遅れて飛び散る鮮血。それを避けるため身を捻る、一瞬前までそこにいなかったはずの、フリードによく似た白髪の人間の男。突如現れたそいつが振るったグラムに、一滴だけ血の雫が滴った。

 

「やあ、我が同胞。……とも呼びたくないほど酷い姿になっているが」

 

「お……おま……ッ!!」

 

 呆けた眼をそのまま白髪の人間に向けるフリードだったが、我に返ると肩の切断面を押さえて思い切り後ろに後退した。食いしばる歯の隙間から興奮したような荒い息を繰り返し、その合間に持ち上がる頬をぴくぴく痙攣させる。

 

「う、腕痛に加えて、まさかまさかの感動の再開……!!フリード様、涙ちょちょぎれっすわ!!」

 

「……それは何よりだ。元はともかく今のその姿じゃ、感動も何もないけどね。……とはいえこれ以上無駄話をする必要もないだろう。始めるが、いいかい?曹操」

 

「ああ、任せたよ」

 

 顔半分でこちらに振り向く白髪の人間に曹操が頷くと、瞬間男はグラムを構えて走り出した。フリードに向けて振るい、その恐るべき切れ味を身を以って知った彼が飛び退いて回避する。

 

 痛みと合わさり必死の表情を浮かべるフリードと、涼しい顔で次々剣技を繰り出す白髪の男。その戦いに抱いてしまう好悪ごちゃまぜの感情を、ボクは預けられた曹操の槍にぶつけて堪えるしかない。見つめていると、ふと背後から感嘆のため息が聞こえた。

 

「……曹操さん、彼は……何者なんです?突然現れ、しかも魔帝剣グラムまで操るなんて……」

 

「味方さん、なんですよね……?」

 

 聖魔剣と、語調に不安を覗かせる金髪の質問。曹操は戦いを見守りながら、ああ、と軽い調子で答えた。

 

「もちろん味方だ。お察しの通り、魔帝剣グラムの今代の使い手であり、俺のハンター仲間。名前はジークフリートという」

 

 白髪の人間の名前が告げられて、悪魔たちは一様に息を呑む。似ていた容姿と合わせて思うところがあるのだろうが、しかし曹操は触れず、続けて言う。

 

「実力も折り紙つきさ。加えて最初の一撃、大量出血を強いたことで、透明化の能力も封じた。そうかからずに片は付くよ。とはいえ……」

 

 と視線を少し横へずらす。触腕の銃口を、戦うジークフリートの背中に向けている九重だ。萎んでいた九本の尻尾が、空気を蓄えて膨らんでいる。そして一拍の後、聞き覚えのあるばすっという音と共に、圧縮されて銃口から放たれた。

 

 つまり九重の触腕は、空気銃のようなものなのだろう。【念】が込められた、よくよく見ればノミのような形をした弾丸は、ジークフリートへかなりの速度で飛んでいく。悪魔たちはもちろん、九重を操作しているフリードにも見切るのは不可能だろう弾速だ。

 

 が、ジークフリートは戦闘の片手間にノミの弾丸を弾いてみせた。フリードの身体を浅く切り裂いたグラムが瞬間的に加速し、剣の腹で方向が変わる。壁にめり込むそれを見ることもなく、流れるように再びフリードへ振るわれた。

 そんな剣舞を見せつけるジークフリートは、余裕の表情を横顔に乗せて言う。

 

「彼女、件の攫われたお姫さまなんだろう?この化け物は僕が相手をしているんだから、そっちでどうにかしてくれよ。狙撃はやっぱり面倒だ」

 

「わかっているよ。俺も今、それを言おうとしていたところだ」

 

 肩をすくめて答えた曹操は、次の瞬間ボクの手から預けていた槍を抜き取った。思いがけずするりと奪われた心の支えが、封じられていた脚を前に踏み出させた。ボクは思わず、それを止めていた張本人であるはずの曹操の顔を見上げる。

 その顔はにこりと微笑み、見慣れた類の笑みを作っていた。

 

「フェル、やってくれ。九重姫はたとえ姿がどう変わろうと、守らなきゃいけない」

 

 無力化して捕まえろ、ということだ。耳聡く、フリードはいたるところが切り裂かれた血だらけの身体にいっぱいの意気を振り絞り、必死に叫んだ。

 

「ッ!!動くんじゃねえゴリラ女!!それから槍チン野郎も!!ちょっとでも動いたら、クソチビ狐!!お前自分で死ね!!」

 

 もしも九重を奪取されれば状況がすこぶる悪くなる。それに気付いたフリードが、今更のように指示を下した。九重の意思無き瞳がボクたちへ向く。

 

 その眼、指示を、ジークフリートに使わなかったのはそこまで思いつく余裕がなかったためなのか、それとも似た顔と名前が理由であるのか。しかしどちらにせよ意味はない。

 

 それが仲間を守るためであるから、ボクの身体は滑らかに動いた。

 

「かひゅっ……」

 

 九重が瞬きするだけの時間で、ボクには十分だった。一瞬で九重の背後に跳び、視界からボクが消えたと気付く前に意識を刈り取る。異形となった九重を既知の手段で失神させられるか少しだけ不安だったが、しかしうまくいったようだ。力が抜け、ぐたりと倒れる九重の少しひんやりとした身体を支え、抱き上げる。その様子を唖然として見るフリードが、ぽかんと呆けて口を開けた。

 

「は、えぇ……?あれ、なんでそんなに速いんスか?あんた、アリンコのようにクソ雑魚だったじゃありません?」

 

 一番初めに彼が赤龍帝たちに飛び掛かった時には、何者かもわからない以上間違っても殺さぬようにと手加減したし、その後もキメラの身体を見てから何もできなくなってしまった。彼はそんなボクしか知らないのだ。

 

 実力を誤解してしまうのもおかしくはない。そんな観察眼が彼にないことは、とうに明らかになっている。

 

「さあ、最後の保険もなくなった。身体はボロボロ、【狐の嫁入り】の空間に於いては逃げることもできない。詰みだよ、フリード・セルゼン」

 

「……はあ?なにわけわかんねえこと言ってんですかね完成品サマは。詰みだとか、んなもんあるわけねえだろうがよォッ!!」

 

 激情を見せ、叫んだフリードは残った僅か三本の脚をたわめ、ジークフリートの頭上(・・・・・・・・・・)を飛び越えた。

 

 その先、九重を抱くボクへと飛び掛かる。そんなこと、普通に考えればありえないのだ。

 

 ジークフリートほどの実力者が対応できないような行動では全くない。フリードと戦っていた時もそうだ。展開こそ一方的でフリードの反撃の一つも許すことはなかったが、しかし実力差からして、殺ろうと思えば一瞬で頭から両断できていただろう。

 

 つまり、ジークフリートはフリードを殺さぬよう、ずっと手を抜いていた。その理由はボクの手加減でも、もちろんキメラの身体への同調でもない。

 

 恐らくは、今この状況を作るため。

 

 ボクは九重を片腕に、もう一方の手で、隻腕となったフリードが伸ばす異形の手を受け止める。せめぎ合う意志に、ようやく悟った。

 

 曹操がフリードとキメラ化(オーダー・ブレイク)を用意した理由。それは、

 

(ボクに、キメラアントを殺させるため)

 

 ボクの中の“キメラアント”を殺させようとしているのだ。

 

 その目的は、どうせクロカやシロネと関係ない何か。ろくでもないものなのだろう。だが結果はボクの求めるものと一致する。ボクの中の“キメラアント”、悪魔を受け入れることを許さないその一面を消すことができれば、ボクはクロカとシロネを憎まずに済むからだ。

 

 だからもう、曹操やジークフリートに対する憤りの類はなかった。奴らの目的とやらもどうでもいい。だから、九重を守るためにも、フリードを殺すのだ。

 

 しかし、それでもボクは、フリードを殺せなかった。

 

「ん、がぁ……!」

 

 肩から噴水のように激しく血を噴き出させながら、開いた瞳孔でボクに憤怒を向けるフリードが、大きく口を開けた。そこからずるずると、大きな針がゆっくりボクの額へ伸びてくる。

 

 それは死の淵にあるという必死さゆえか、驚くほどの【念】が込められていた。額へ到達すれば、致命傷にはならずとも出血してしまうだろう。ボクに流れる青い血が露見すればあらゆるものが終わりだ。

 

 だからフリードを殺して止めることは、九重だけでなく、ボク自身を救うということでもある。ありあり理解できたとしても、できない。フリードは、殺せない。

 

(だって――)

 

 それをしてしまえば、仲間を失ってしまえば。

 

(クロカと出会う前の、あの頃みたいに……)

 

 長くをクロカと共に過ごし、より濃い影となったあの孤独。ボクだけが生き残ってしまった虚無感に、再び戻されてしまう。

 

 だからボクが“キメラアント”である限り、仲間であるフリードは救いたいと感じる対象ですらあった。

 

 確信し、抵抗の心も折れる。その寸前。

 

「我が友から離れよッ!!下郎めがッ!!」

 

 迫るフリードの顔があったはずのその場所を、恐ろしいほどの密度の妖力が貫いた。

 

 眼前に広がる薄紫の奔流。一瞬、頭が真っ白になる。すぐに途切れ、視界が戻った。

 

 そこに見えたのは、頭部と上半身がもろとも消し飛んだ、フリードのキメラの身体。呆然と見つめる中でそれはゆっくりと傾き、やがて力なく横に倒れた。

 

 フリードが、死んだ。遅れて理解がやって来るが、しかし何かしらの感情が意識に上る前に、ボクの腕から九重のキメラの身体が取り上げられた。

 

「ありゃりゃ、九重ちゃんも変身させちゃっていたんですね。確かに操作してしまえば戦力にもなるでしょうけど……まあ、こうなりますよね」

 

 大きな三角帽をかぶった金髪碧眼の、恐らく魔法使いであろう少女だ。九重を掲げるように持ち、憐れみを含んだ眼差しを、黒い粒子となって消えていくフリードの亡骸に落としている。

 

 その眼にほんの僅かな、仮にも敵に向けるものではない痛切が見えた気がしたが、しかし間もなく消え、フリードの亡骸に油断なく攻撃の構えを向けていた八坂が、消滅でようやく死を確信し、手の妖力を引っ込めた。代わりに優しく、震えながら魔法使いから九重を受け取り、腕に抱いて一滴涙を零す。

 

「ああ……本当に、九重なのじゃな……。すまぬなぁ……妾が至らぬせいで辛い目に合わせてしもうた……」

 

「……申し訳ありません八坂殿。しかしフェルが上手く保護してくれましたのでご安心を。それに、そこのルフェイが九重姫を元の姿に戻せます。被害に遭った観光客たちを人の姿に戻す場面は、もうご覧になったでしょう?」

 

 九重を抱きしめる八坂に頭を下げてから、隣にやってきた曹操が傍の魔法使い、ルフェイを眼で示した。八坂は涙を振り払い、ゆっくりと顔を上げる。

 

「うむ……そうじゃな。感謝する、フェル殿。……ルフェイ殿も、頼めるか?」

 

「はい、もちろん」

 

 笑顔で頷くと、ルフェイは九重に手をかざし、何やら魔法陣をいくつも展開した。九重を元に戻すための術式なのだろう。途端、九重のキメラの身体が淡く光り輝き始めた。

 

 その光に、ボクの眼はフリードの亡骸から離れた。キメラではなくなっていく九重の身体。噴き出し、付着したのだろうフリードの血が、今更頬を流れていくのを知覚する。

 

「……なんか、ようやくいかにもなファンタジーって感じの光景だよな。魔法陣か?あれ」

 

「そう、なんじゃない?でも正直、いかにもって言っても……」

 

「もうとっくの昔に理解が追い付かねえよ。剣にモンスターに魔法に……待て、八坂さんもなんか尻尾生えてねえか……?」

 

 人間三人がぼそぼそ言い合い、それにどう触れたものかとまごついている悪魔たちの様子も把握できていた。だが意識は微動だにせず、九重へ。ひたすら焦燥ばかりが膨れ上がった。

 

 フリードが死に、そして九重も同じように死んでしまうという恐れだ。せっかくの仲間が、殺されて(キメラでなくなって)しまう。

 

 だが、一瞬だけボクへと向いた八坂の眼が伸びそうになる手を留め、ボクにその光景を見守らせていた。

 

 するとやがて、九重を覆う光が一際強くなり、そして、解けてしまった。

 薄れ、遠ざかる光の奥には、元通りの九重の姿。八坂はまた涙を、しかし今度は歓喜で流し、暖かい柔らかさの戻った九重の頭を優しく撫でた。

 

「おお……!よかった……。九重、妾がわかるか?大事はないか?」

 

「うう……はは、うえ……?」

 

 ちょうど意識を取り戻し、九重が呻く。弱ってはいるが、母親の八坂には正気を取り戻したとわかるらしく、たちまち顔がほころんだ。が、その目が開いた瞬間、息を詰める。

 

「あ……ええと、これ、人間用の術式なので……妖怪の九重ちゃんにはちょっとした問題が出てしまった……ようですね……」

 

 九重の顔を覗き込み、発見するなり目を泳がせるルフェイの焦り顔。そんな反応の二人を九重はきょろきょろ不思議そうに見まわして、それでボクも気が付いた。

 

 片目だけが、キメラだった時のそれのままだ。

 

「ああでも!もうフリードの支配からは解放されているはずですし、種族的にもちゃんと妖怪です!手も足も、他はちゃんと元に――」

 

「フリード……そ、そうじゃ!私、あいつの尻尾に刺されて、そうしたら身体が変に……!」

 

 自己弁護を始めたルフェイを遮り、記憶の鮮明が戻ったらしい九重が、ハッとしてボクを見やった。異形の眼が銃身だった右腕に向き、次いでボクへと向けられた。

 

「わ、私、まだあの化け物のままなのか!?フェル!私の顔、どうなっておるのじゃ!?」

 

「……眼、が……」

 

「眼!?私の眼が、元に戻っていないの!?」

 

 必死の形相となり、その頃にようやくボクは幾らか我を取り戻した。フリードの死というショックから、九重の眼が引き上げてくれたのだ。

 

「……ああ、うん。そうだけど……でも、すごく、いい(・・)と思うにゃ」

 

 語調をも侵しかける喜色はどうにか塞ぎ止め、ボクはそう答えた。九重は表情を一変、キョトンとして目を丸くすると、数秒後、微笑んだ。

 

「なら、よかったのじゃ!」

 

 

 

 ――まあ、一定の成果は得られたか。

 

 曹操は新幹線の駅のホームにて、この企みに於いて一緒に行動した面々とハンター仲間の二人、そして孫弟子の二人に加えてピトーが、眼帯をした九重と別れを惜しむを様子を見やりながら、内心でそう呟いた。

 

 ――失敗ではないが、成功とも言い難い。キメラの楔を砕くにはまだ遠い、だな。

 

 寂しそうな顔で、何時か近いうちに遊びに行くと手を握る九重に、喜びと後ろめたさがぐちゃぐちゃに混ざり合った表情で返すピトー。そこの面だけ見れば、キメラアントに対する執着が残っていることがわかる。企みは失敗だ。

 だがそれでも、最終的には八坂が撃破することとなったがしかし、ピトーはフリードの攻撃を受け止めたのだ。抵抗もできなかった最初に比べれば、明らかな進展だろう。小さすぎる一歩であることには違いないが。

 

 それにしても、だ。なぜ毎回、この京都では事件がこじれてしまうのだろう。本来であればピトーがキメラ化(オーダー・ブレイク)を使ったフリードを殺し、それで終了するはずだった今回の事件。それが数人の人間の死者を出し、大掛かりな事件処理と記憶処理、それがができず裏側の世界を知ってしまった一般人が三人と、さらには京妖怪重要人物である九重に傷跡までもを残す結果となってしまった。

 

 普段の策はもう少しうまくいくというのに、この土地に呪われてでもいるのかと、思わず考えてしまうほど。あるいはピトーに、かもしれない。バカバカしいことを考えそして曹操はそれを失笑と共に吹き消した。

 

 そうしてやがて、曹操は新幹線の発車時間が迫っていることに気付く。未だ続くピトーたちの別れの挨拶を片付け、自分たちも列車に乗り込むべく、肩をすくめて歩を進めた。

 

 その瞬間、ぞっとするほど冷やかな殺気が、曹操の肩にポンと置かれた。

 

「……一つだけ、聞かせよ、曹操」

 

 八坂のものだった。まあそりゃ察するよな、と、曹操は額に薄く冷や汗を浮かせながら、ゆっくり息を吐く。

 

 妖怪の統領は、冷たく尋ねた。

 

「此度の件、主は誰のために企んだ」

 

 吐いた息を再び吸い込む。間はほとんどなかった。

 

「もちろん、俺自身のためだ」

 

 嘘は言っていない。言えば八坂にはわかってしまうだろう。だから安易に「フェルのため」なんてことは言わなかった。

 

 それで果たして騙されてくれるのか。嘘に自身はあれど冷や汗が止まることはなかったが、しかし数秒後、肩から手が退いた。

 

「……その言葉、信じよう。じゃが曹操、覚えておれ」

 

 一際強く、首筋に殺気が食い込んだ。

 

「次はない」

 

 ようやく消え失せた。立ち竦む横を、さっきまでの威圧を全く感じさせない微笑を浮かべた八坂が通り過ぎ、ピトーへ別れを告げる。

 

 肩をなでおろしながら、曹操は改めて意志を固くした。

 

 ――だが、やらねばならないんですよ、俺は。

 

 なぜならそれがハンターで、俺が目指す英雄であるから。

 

「おい曹操!もうすぐ列車が出るぞ!修学旅行は終わったのに、まだ京都に居残るつもりか?」

 

 他は皆列車に乗り込んだ後らしく、手を振るゼノヴィアの他には、ピトーがいると思われる席の窓に何かを話す九重と八坂の姿しかない。曹操は瞬きして背に残る震えと思いを覆い隠すと、応えて手を振り返した。

 

「いや、今行くよ」

 

 そこに、ふと声がかかる。

 

「失礼。あなたが曹操と、あちらはリアス・グレモリー殿の眷属、ゼノヴィアさんか?」

 

 整いはしているものの、まだ粗が残る【纏】。そして口にした情報。恐らく、なって日のないルーキーハンターだと、主観的に悟った曹操は声のほう、背後を振り向く。

 

 金髪に、カラーコンタクトのような不自然な黒目。黒いスーツを身に纏う中性的な男は、曹操の反応を是と受け取り、続けた。

 

「ノストラードファミリー若頭、クラピカという者だ。リアス・グレモリー殿に取り次いでもらいたい」

 

 発車寸前を告げるアナウンスが鳴った。




前話の後書きでフリード君がキメラアントの念能力を使用できる理由を説明しました。
なので今回は能力を受けただけの九重がイカルゴのような能力と姿になってしまった理由を説明したいと思います。

性癖です。

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