主なきノラネコたちの家   作:もちごめさん

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前回までの三行あらすじ

修学旅行の付き添いで京都再訪して
キメラ化したフリードが襲ってきて
撃退したら帰り際にクラピカ来た

今回の更新は全四話。の割に時間が掛かったのは迷走の証。結局当初の流れから大きく変わることはなかったので無駄に一週間とかしたわけです。よろしくお願いします。


六話

「初めまして、リアス・グレモリー殿。私がクラピカです。時間を作っていただいたこと、感謝します」

 

「……まあ、どうぞ座って頂戴」

 

 奴の拠点である部室、地位にものを言わせて設えたのだろう、質素ながら高級そうな調度品の数々に囲まれながら上座のソファに腰かける赤髪は、どこか気の進まなさそうな顔をしながら対面の席を示して言った。

 

 それに対しクラピカ、数日前の修学旅行の帰りの列車にて出会った金髪の中性的な男は、頭を下げてから席に座った。赤髪の後ろに控えていた朱乃が、すかさず湯気の立つティーカップをテーブルに添える。

 赤髪の前にも同じものが置かれるがクラピカと同様意識も向けず、代わりに出入り口傍でその三人を眺めるボクへ、社交辞令のように言った。

 

「フェル、貴女も、どこかに座ったらどう?」

 

 同調する朱乃の顔には、しかし対照的に隠しきれない忌避の色が浮いていた。その心の内はどうせ“さっさとどこかへ行ってしまえ”なのだろう。実際この部屋にいる四人の中でボクだけが無関係。赤髪との面会を願ったクラピカ、当人たる赤髪と女王(クイーン)の朱乃のどの事情とも、本来であれば関りはなかった。

 

 その、なかったはずの関りが新たに生じてしまっていたから、ボクは首を横に振った。

 

「ボクはクラピカをここまで案内してきただけだから」

 

 そのついでにクラピカの目的と結果を見届けて来てくれと、曹操に頼まれたからだった。

 

 曰く奴には“やらなければならない仕事”とやらがあるらしい。そう言って投げて寄こした頼みだが、どうせその仕事とやらは京都のこと、その後始末やら何やらであるのだろう。白々しい。

 

 そう、白々しいが、しかしボクはその頼みに頷いた。奴の勤労を労ったりとか憐れんだりとかそういうことではもちろんなく、単にあの出来事、キメラと化したにもう触れたくなかったからだ。

 

 少なくとも今は直視したくない。だからそれがちらりとでも話題に出る前に、ボクはクラピカを先導した。素直に頼みを遂行しているのは、ただそれだけの理由だった。

 

 後は他に、“クラピカ”という聞き覚えのある名前に興味が湧いたという理由もなくはないが、もうボクは“蜘蛛”ではない。故にノブナガに報告する義務もないので、それは単なる好奇心。

 しかしどうであれもうボクにはこれを見届けないという選択肢はなく、ボクの台詞を言葉通りに受け取った赤髪と朱乃も『ならもう用はないはずだろう』と言いたげだが、ボクに動く気がないことは伝わったようで、諦めて視線を外した。

 

 ごほん、と咳払いをして、なんとかボクの存在を意識の外に出すと、赤髪は脚を組み、真剣の眼をクラピカに向けた。

 

「それじゃあ、さっそく用件を聞きましょうか、クラピカ。……ハンゾーと同期のハンターであり、しかも海外のマフィアの若頭でもある貴方が、日本にいる私に何の用なのかしら。この時勢でお兄様、魔王様とのパイプが欲しいというのなら、残念ながら無駄足と言ってあげるしかないのだけれど」

 

「……悪魔は人間の願いを叶え、糧とする種族だと聞いています」

 

「ええ、そうよ。ただ知っているならわかっていると思うけど、願いには対価が必要よ。さすがに今はもう魂を要求したりはしないけど、それがお金でも物でも、対価に見合ったことしか私はできないし、する気もないわ。……それと個人的に、願いがマフィアの悪事であるなら、どれだけの対価であっても叶えてあげるつもりはないから、そのつもりで」

 

 赤髪がクラピカに対して微妙な表情であったのは、恐らくその危惧が原因であったのだろう。調べたのか把握しているクラピカの経歴。そこから導き出される彼の目的として、最初に思い浮かんだのがそれであったわけだ。

 

 そして実際がどうであったかは不明瞭だが、赤髪の毅然にクラピカの口は一瞬止まった。何か記憶を辿っているかのように一瞬唇が震え、しかしすぐに呑み込み、改めて言った。

 

「対価は……この身です」

 

「……それは、魂を、という意味?さっきも言ったけれど、もうそういうものを対価には――」

 

「いいえ、ある意味では確かにそうだが、違います」

 

 遮り、そしてさらに赤髪の表情に疑問を重ねさせ、クラピカはまっすぐに赤髪を見つめて、言った。

 

「私を、貴女の眷属にしていただきたい」

 

 赤髪も朱乃も、そしてボクも驚かざるを得なかった。

 

 一見して、クラピカは誇りを持つハンターだ。態度や言動からも察しは付く。ハンゾーのように、金や権力に服従するタイプでないことは明らかだ。

 

 そのはずが、眷属にしてほしいというその望み。誇りを捨てた飼い犬ハンターになることを望むもので、特に一度ハンゾーに眷属への誘いを断られている赤髪は驚きのあまり目を丸くして絶句した。

 

 朱乃に肩をゆすられどうにか正気を取り戻すと、赤髪はティーカップを手に取り、口を付けてから言った。

 

「……私の眷属、ね。それがどういう意味なのか、貴方はちゃんとわかっているの?」

 

「もちろんです。チェスの駒をかたどった悪魔の駒(イーヴィル・ピース)で他種族を悪魔に転生させる。悪魔の人口減少を食い止める目的で開発され、今は“V5”との協定で新たな眷属を探すことが困難になっているという事情も承知しています。それに、貴女に一つ、未使用の戦車(ルーク)の駒が残っていることも」

 

「……それを自分に授けろと、そう言いたいのね、貴方は」

 

 頷くクラピカ。対して赤髪は相変わらずの困惑と、そして不審が見えた。

 疑いもするだろう。始終真剣、端的に言えば無表情であるクラピカが言う提案。読めない心情は気味が悪い。確かに協会の眼が入って様変わりしたと聞く眷属収集事情の中でクラピカの申し出は、赤髪にとっても嬉しいものなのかもしれないが、その動機が見えないとなっては手を取る気にもなれないだろう。

 

 そしてボクもその動機は気になる。故に、口を挟んだ。

 

「ふぅん、つまり売り込みに来たんだ、クラピカ。でもなんで?ハンターなら悪魔になんてならなくても、大体のことはできるじゃにゃい?」

 

「……その“大体”の外にあるものが目的だからだ。そしてそれを貴女に教える義務はない」

 

 首が僅かに曲がり、黒い眼の端がボクに向く。しゃべりたくないという拒絶が言葉になるが、しかし赤髪もボクと同様の思いであったらしく、口を開いた。

 

「聞かせて頂戴。でなければ話に頷くこともできないわ」

 

「……だってさ」

 

 改めて見やると、座るクラピカの頭が前に向き直り、僅かに俯いた。迷っているというよりは、話すことで変化するであろう状況を再計算しているといったふうの間。

 

 それらが終わり、持ち上がった顔がすうっと息を吸いこんだ。が、それが言葉に変わる前、ボクは悟り、壁際から一歩退いた。

 

 ほぼ同時、ばきっと扉の蝶番が壊れる音と、悲鳴が室内の静寂を突き破った。

 

「おわぁッ!!ぐぶ……!!お、おい、何すんだよ一誠、ゼノヴィア……!」

 

「あ、ああ、済まないハンゾー。やはりどうにも気になって、つい力が……すぐに退く」

 

 つい数舜前までボクが立っていた場所も巻き込み、外れたドアごと折り重なるハンゾーと赤龍帝とゼノヴィアの姿があった。最初からドアの裏で聞き耳を立てていたことは承知していたが、まさかドアを破壊するほど気になっていたとは予想外だ。

 

 それもすべてクラピカの来歴、ハンゾーの同期であり【念】使いのハンターであることが故なのだろう。だが一人、赤龍帝だけは違うと見える。一番上のゼノヴィアが身体をどかしたというのに「おっぱい……背中におっぱい……」と気持ちの悪い顔でうわ言を繰り返すばかりの赤龍帝は、業を煮やしたハンゾーに振り落とされても変わらず好色のまま。敷かれたカーペットの上にあおむけに転がっている。

 

 要は彼がクラピカを気にした理由もまた女。曹操に燃やした対抗心と同じであるのだろう。証拠に赤髪が呆れ顔で「イッセーったら……」と失望のため息をついた瞬間、赤龍帝は正気を取り戻し、慌てて手を貸しに来た朱乃の世話になるまでもなく、弾かれたように起き上がって必死な言い訳に口を回した。

 

「いやその!……あの、えっと……そ、そうっすよ部長!たまたま、ほんとにたまたま聞こえちゃったんですけど!そのクラピカって野郎が俺たちの仲間になりたいって言ってきてるんですよね!?そのくせご主人様になる部長に隠し事するなんて、そんなの俺だって信用できないですよ!だからクラピカ!悪いけど転生悪魔になってハーレムが作りたいってんなら、他の上級悪魔を当たってくれよ!」

 

「……少なくともハーレムが目当てじゃねーと思うぜ、オレは。だよな?」

 

 赤髪の冷たい眼差しに眼が泳ぎまくる赤龍帝に割って入り、身を起こしたハンゾーはソファの背に手をかけクラピカの顔を覗き込んだ。クラピカはそんなハンゾーにちらりと、そして赤龍帝とゼノヴィアにも視線をやって、吸っていた息を吐き出した。

 

「……わかった。信用のためになるのなら、話そう。だがその前に一つ、こちらからも尋ねたい」

 

 赤髪に向き直りそう言うクラピカは、ふと顔に手を伸ばした。後姿からは何をしているのかわからないが、少しして離れた手の指には、半球の黒っぽい膜のようなものが乗っていた。

 

 恐らくカラーコンタクト。気付いて視線を赤髪の方へ戻せば、その驚きに見張られた眼に、クラピカの美しい()眼が映っていた。

 

「“緋の眼”、という言葉をご存じですか」

 

 聞き覚えがある。確か世界七大美色の一つだとかなんとか。

 とはいえ知る情報はそこまでだったが、一方の赤髪にはより詳細な知識があったらしく、神妙な顔つきで頷いた。

 

「……知っているわ。世界で最も美しいと言われるいる色を持つものの一つ。“クルタ族の眼球”のことね」

 

「が、眼球って、なんか物騒な名前だな……。そういう見た目の宝石か何かなんすか?」

 

「いや、名前の通りのシロモンだ」

 

 答えたのはハンゾーだった。その表情に僅かに覗くのは恐らく忌避感で、怪訝そうな顔をする赤龍帝とゼノヴィアと朱乃へ、続けて言った。

 

「クルタ族っつー少数民族が、感情が高ぶると目が赤くなる特殊な一族だったんだよ。美しいって言われるのはその色でな。だから……まあその……」

 

「緋色になったまま死ぬと、色が眼に残り続ける。だから殺し、奪い去られた眼球にそういった名が付いている。“緋の眼”、“クルタ族の眼球”とは、殺された私の同胞、クルタ族たちの本物の瞳なんだ」

 

 言い詰まったハンゾーの後を継いだクラピカの、感情を殺した口調。憎悪が聞こえてくるようで、それで三人も、そしてボクも口をつぐむこととなった。特にボクは台詞の『殺された』という部分について、その犯人、クラピカが憎悪を向ける先に少しばかりの心当たりがある。

 

 ボクもまあ、曹操の頼みを抜きにしても百パーセントの無関係とは言い切れないということだ。つまるところ、クラピカが赤髪の眷属になることを望んだ理由、目的とは、

 

「幻影旅団へ、復讐がしたいのね、貴方は」

 

 それに他ならない。

 

 恐らく一度は、旅団の頭であるクロロの心臓に鎖を刺し、念能力を奪うことによって、復讐は為されたのだろう。しかしそれをボクたちが解いてしまった。故に再び始動。ボクたちを含めた旅団と赤髪たちがぶつかったことを知り、ここまでたどり着いたに違いない。

 

 無論それを表に出せばせっかく“ピトー”と”クロカ”を殺した意味もなくなってしまうので、ボクもクラピカの境遇を悟って憐れむ三人に倣って押し黙る。

 

 赤髪はゆっくりと、クラピカの憎悪を見つめながら言った。

 

蜘蛛(クモ)が起こした悪事について、少し調べているから知っているわ。数年前に彼らが貴方の集落を襲い、皆殺しにしてしまったと。……生き残りなのね」

 

 クラピカは硬い息を吐き出しながら頷いた。

 

「……そうです。しかし、復讐という理由もあるが……今はそれよりも、奪われた同胞の瞳を全て取り戻し、弔いたい。そのためにマフィアに取り入りましたが、しかし人間界でいくら地位を高めても、冥界の貴族悪魔が所有する“緋の眼”を取り戻すことは難しい」

 

「そう……。確かにそうね。私も何度か、他所の家のパーティーで自慢気に見せられたことがあるわ。綺麗だけれど趣味の悪いものだとしか思えなかったけど……少なくとも、簡単に手放そうとはしないでしょう」

 

「それでリアスさんの眷属にってか」

 

 黙したまま、ハンゾーの言葉にクラピカは頷いた。次いで「それに」と続ける。

 

「貴女と貴女の仲間が蜘蛛(クモ)と対決し、結果二人を倒したことは聞いています。黒歌もピトーも、どちらも私の知らない名前ですが、しかし旅団メンバーを殺したのなら、奴らが復讐に動いてもおかしくはない」

 

「……それは私も危惧しているところよ。それに向こうにその気がなかったとしても、悪魔として彼らを野放しにするつもりもないわ。あの時、戦場から消えたカテレア・レヴィアタンの亡骸。聞くところによると、それらしきものが人間界の裏取引に流れているという話だもの。彼女が現魔王に対する反逆者だとしても、そのような冒涜は許せない」

 

「ならばなおのこと、私を眷属とすることは貴女にとっても悪い話ではないはずです。私は以前に一度奴らと対決し、うち二人を殺しているのだから」

 

 少し言い淀むように言うと、殺人の告白にどよめく赤龍帝たちは無視したまま、クラピカはふと右手を前に突き出した。

 

 すると民族衣装の袖の先、素手の手に【念】が発動し、五指に能力と思われる鎖が具現化した。その内の中指と小指の鎖が袖から出て垂れ下がり、蛇のように独りでに動いてかぎ爪と槍先のような先端を持ち上げた。

 

「主にこの二つが、私の旅団攻撃用の念能力です。中指が【束縛する中指の鎖(チェーンジェイル)】、拘束した旅団メンバーを【絶】状態、念能力を全く使えない状態にするもので、小指が【律する小指の鎖(ジャッジメントチェーン)】。これは相手に私が定めたルールを順守させるものです。どちらも使用に際して制約があり、特に【束縛する中指の鎖(チェーンジェイル)】は旅団メンバーにしか使えないのですが、しかし念能力者の集団である幻影旅団に対して有効に働くことは確認済みです」

 

「お、お前ももう能力作ってんのかよ……。いやでも、それにしてもやけに詳しく話すが……いいのか?」

 

 なるほどその【律する小指の鎖(ジャッジメントチェーン)】なる能力がクロロの心臓に刺さっていた鎖の正体か、と納得するボクをよそに、ショックにかぶりを振り尋ねるハンゾー。確かにその疑問、能力の詳細だけでなく弱点までもを明かすことは、わざわざ言うまでもなく大きなリスクだ。

 

 だがボクはノブナガの台詞を思い出し、なんとなく明かした理由を察する。しかし隠して驚きを演じていると、クラピカが涼しい顔で振り向き、頷いた。

 

「問題ない。というより、今更隠したところで意味がない。すでに私の能力は旅団に割れてしまっている」

 

「……そりゃあ……」

 

 意味がないと言うわけだ。クラピカが旅団のメンバー二人を倒した際、引き換えに露見したのだろう。ノブナガ曰くクラピカの能力は旅団に対してほぼ無敵らしいが、奴らもそう甘い集団ではない。

 

 それでもハンゾーと同期、つまりピカピカの新人ハンターであるクラピカが二人も倒せたという事実は驚きだ。今年のハンター試験は随分な才能に溢れていたらしい。

 

 そしてその才能は交渉の面でも同様であったようで、クラピカは赤龍帝たちが落ち着きを取り戻す間にカラーコンタクトを付け直すと、彼らの一人一人を見やってから、再び赤髪を見つめて言った。

 

「ですが、私の能力が旅団に対する強力な矛となれることには変わりない。彼らのような仲間と協力すれば、リスクのカバーも可能。彼らを守ることができる。黒歌やピトー、ノブナガと戦ったのならわかると思いますが、他のメンバーも同程度には手ごわい。それに罪を償わせる、捕らえるという目的であるのなら、なおのこと私の能力は有用でしょう」

 

「それは……そうだけれど……」

 

「ならば改めてお願いします。私を貴女の眷属として、悪魔に転生させていただきたい。叶えていただければ、貴女に忠誠を誓いましょう」

 

「………」

 

 頭を下げるクラピカと、その頭頂部を見つめて唸るように黙り込む赤髪。痛ましいものを見るようなその眼は、赤龍帝が建前半分で言った信用などではなく、もっと別なものを心配しているように見える。

 

 だがそれを言葉にするには、クラピカはもう遠すぎる(・・・・)ようであった。故にかける言葉がなく、沈黙。そんな赤髪が、眷属にするか否かを迷っているように見えたのか、赤龍帝がその嫉妬ばかりの表情で何かを叫ぼうとした。

 

 その寸前、破壊されて素通しになった部屋の出入り口から、仮にも高等学校の敷地内であるこの場に見合わない、甲高い少年の声が響き渡った。

 

「あっ!クラピカ!ハンゾー!やっぱり、声がしたと思ったんだ!」

 

 大声の割に静かな足音と気配。間違いなく常人でない。というか、クラピカと知り合いであるらしい時点で、この学園に通う兄か姉の下に遊びに来た下の兄弟、なんていう可能性はないだろう。

 

 ならば何者か、声に気付いた他の全員と同時に、ボクも壊れた出入り口のほうを振り向いた。

 

「………」

 

 重力に逆らう黒髪のツンツン頭。元聖女の金髪くらいの背丈の、知らない少年が満面の笑みでクラピカと、そしてハンゾーに手を挙げていた。

 

 その眼はやがて赤髪や赤龍帝たちに回り、虚を突かれたような表情を認めて遅れること数秒、自分の登場が歓迎されているわけではないことに気付いて気まずげになる。終わりにボクと合致した視線で、居心地の悪さに身を縮めた。

 

 そしてボクも、妙に落ち着かない心地にさせられながら少年から眼を逸らした。すると再び視界に映った出入り口の向こう、続く廊下に、今度は銀髪のトゲトゲ頭の少年の姿が見えた。いかにも生意気そうなニヤニヤ笑いを湛えた猫目の彼は、クロカもの少年の下まで全くの無音で忍び寄り、その肩をポンと叩いた。

 

「ほら言わんこっちゃない。こっちは悪魔のテリトリーだって、あいつらも言ってただろ?仕事かなんかの大事な話してるに決まってんじゃん。……あ、久しぶりハンゾー。クラピカはニューヨークのオークション以来だから、全然久しぶりって感じしないけど」

 

「お、おお!久しぶりじゃねーか二人とも!いや、というか……」

 

「なぜここにいるんだ?ゴン、キルア」

 

 もう一人の少年、キルアの登場で、ハンゾーとクラピカの驚愕に、ようやく反応するだけの冷静が戻ったようだった。声を上げ、黒髪のツンツン頭、ゴンにも見張られたその眼を向ける。

 

 だが真っ先にリアクションを返したのはその二人ではなく、念能力を見せられ今までぐっと余計な興奮を堪えていた、ゼノヴィアだった。

 

「ゴンにキルア!そうか、君たちがそうなのか!同期のハンターだと、ハンゾーから話は聞いているぞ。本当にまだ子供なんだな!」

 

「ハンターなのはゴンだけだよ。てか、いきなりなんだよあんた。オレたちのこと知ってんの?」

 

「ああすまない!先に自己紹介すべきだな!私はゼノヴィア、ハンゾーの姉弟子だ!そしてそっちがフェルさん、私たちの【念】の師匠だ!」

 

 興奮からかズレて名乗り、さらにはボクまで示すゼノヴィア。気圧され気味に一歩退いていたキルアだったが、しかしボクの名前を聞いた瞬間、顔色が変わる。微かな驚きと、そして納得の後、値踏みするような眼をボクに向けて呟いた。

 

「……へえ、あんたがフェルか。こんなとこで……いや、コンビなら当たり前か」

 

「……どこかで会ったこと、あったかにゃ?」

 

 そんな覚えはないが、しかしコンビと言われて意識が向けば、ふとそんな既視感が湧いてきた。こんな感じの銀髪に、以前見たことがあるような……。

 

 小首をかしげるボクに、キルアは肩をすくめて答えた。

 

「あんたが会ってるのはオレじゃなくて、オレの親父だよ。親父が仕事で“旅団”の一人を殺った時、あんた、一緒に戦ってるはずだぜ」

 

「『旅団の一人を、殺った』……!?」

 

 告げられ、既視感に思い至ったボクの納得を掻き消すくらいの声が、クラピカの驚愕から吐き出された。能面膿瘍だった顔にようやく明らかな表情が現れ、ソファから勢いよく立ち上がる。

 

「そういえばクラピカには話したことなかったっけか。……四年位前だっけ、親父が日本の京都で仕事受けてさ、最初はこのフェルたちを暗殺しろって依頼だったらしいけど、色々あって共闘して旅団のメンバーの一人を相手したんだよ。んでその時、親父、言ってたんだよね。『旅団と、フェルとウタには関わるな』って」

 

「え……それって……」

 

 と、反応したのは朱乃。赤髪に振り向き、そして同様に眼を見張った赤髪が、キルアを見つめてその内情を口にする。

 

「貴方……まさかシルバ=ゾルディックの息子なの……!?」

 

「ああ、あんたのことも親父から聞いてるよ。リアス・グレモリーさん?」

 

 ニヤッと笑う小生意気な笑み。あのシルバとは全く性格は異なるようだが、しかし確かに、改めて見ればよく似た顔立ちをしている。ボクたちに対する評価、息子への忠告は守られなかったようだが、どうであれ驚きだ。

 そんな奇妙な縁が、まさかボクの知らないうちにクロカに繋がっていたとは。

 

「ほんと、私もびっくりしたわ」

 

 呟きながら部室内に入ってくるクロカとシロネの足音を、ボクは背中に聞いていた。

 

 その存在も声も、感じるのは修学旅行の前以来、数日ぶりだ。だがその数日間で発覚したボクの心が、久々の再会を喜ぶことを許してくれない。顔を合わせることすらいたたまれず、できない。

 

 だからボクは芽生えたその想いをわだかまらせて留めたまま、続くクロカの嬉しそうな声をただ聞いた。

 

「グリードアイランドの中のお店で偶然会ってね、【気】もそれっぽいなって思って声かけたら、まさかよ。世界の狭さを再認識したわ。ね、白音?」

 

「そうですね。それに……そうだ!ゴンくんもキルアくんもすごいんですよ!【周】を覚えてから数日で、修行で何キロ分も岩山を掘り抜いてお店までたどり着いたらしいんです!」

 

 続くシロネの声も、何かが偽物であるように感じた。ボクは反応を返せない。しかし代わりに、ゴンが苦笑いして頭をかいた。

 

「あはは……あの時は食料と水だけ買って、すぐに元の場所に引き返さなきゃならなかったから、あんまり話もできなかったよね」

 

「と思ったらあのババアたちの用事のおかげで再開して、しかも現実世界に戻る羽目になったんだもんな。……にしても、ハンゾーはわかったけどさ、クラピカはなんでこんなところにいるんだ?旅団の話を知らなかったならフェルに会いに来たわけでもないだろうし、悪魔になんか願い事?」

 

「……まあ、な。だが――」

 

 頭の後ろで腕を組むキルアに、クラピカはぎこちなく頷いた。未だ動揺が抜けきっていないように見えるその眼は、しかし次いでクロカに向けられ、尋ねた。

 

「仙術使いのウタ、で合っているか?」

 

「へ?ああうん、そうだけど」

 

「なら一つ、聞いておきたいことがある」

 

 仙術使いであることを知られていた驚きと、そして唐突な質問に面食らうクロカだが、クラピカは構わず続ける。

 

「仙術で、他人の掛けた念能力を除去することは可能か?」

 

 それがクロロに施し、解除された【律する小指の鎖(ジャッジメントチェーン)】のことであることは、恐らくクロカには察せられなかっただろう。疑問符を浮かべながら、素直に答えた。

 

「可能よ。まあ実力と、かけられた【念】の強さにもよるけど」

 

「ならば、私の心臓の鎖はどうだろう」

 

「心臓?ああ確かに、よく見ればなんかあるわね。ちょっと技量があれば余裕よこんなの。つまりあんた、これを解除してほしくてこんな……」

 

 そこまで言って、その鎖がクロロの心臓にあったものと同じであることに、クロカは気付いたようだった。同時にクラピカの名前を初めて知ることになった相手のことも思い出したに違いない。黙る口元に隠しようもなく驚きが滲む。

 

 だがさすがに、クラピカが除念の事実を“ウタ”に繋げることはなかった。「なるほど」と呟き、小指から伸びる鎖を軽く握りしめた。

 

「ならやはり、除念をしたのは黒歌か。であれば彼女が倒された以上、私の能力はまた安易に解除できるものではなくなったはず」

 

 と、具現化された鎖を消しながら言うと同時、さっきまでとは一転して表情を険しくしたキルアが、再びソファに座ろうとするクラピカの腕を引いた。

 

「お、おい、ちょっと待てよ!さっきから鎖の解除って、まさかクロロのことか!?」

 

「……そうだ。今からちょうど一月前、八月の終わりか。その頃にはもう、奴に仕掛けた【律する小指の鎖(ジャッジメントチェーン)】は解除されている」

 

「解除されたこと、わかるんだ」

 

「そういう風に能力を作った。……当然だろう?他人にかける【念】があるなら、その逆、解除する方法もあると考えるのはごく自然なことだと思うが」

 

 続くゴンの驚きへ無自覚に煽りを答え、クラピカは素知らぬ顔で腰を下ろす。口の中で「仙術にその効果があると知ったのはつい最近だがな」と付け加え、赤髪へ向き直った。

 

「しかしとにかく、旅団が完全復活したということには変わりない。黒歌とピトーの穴が埋まれば、すぐにでも仕掛けて来ておかしくないでしょう。なぜなら、ここにいる全員で合わせて五人もの旅団メンバーを殺しているうえ、目的は達せられていないまま。そして最近は人類と悪魔の間で条約がむすばれた混乱の最中。……仇討ちにしても盗みにしても、奴らからすれば今以上の好機はない」

 

 膝の上で拳を握ったまま、クラピカは僅かに身を乗り出し、赤髪に迫る。

 

「ですがこちらからしても、これは奴らを一網打尽にできるチャンス。だから『貴女にとっても悪い話ではない』願いなのです。……私のためであるが、同時に貴女のためにも、私は貴女の眷属になることを望んでいる」

 

 赤髪の眼をまっすぐに、じっと見つめて逃がすことなく捉えたまま、クラピカはそう言った。

 

 決意の固さがありありと伝わり、皆が黙って静まり返る。その決意を初めて知った友人、ゴンとキルアは衝撃に口をあんぐりさせながら、クラピカが願っている転生悪魔であるシロネに無言の驚きを行き来させていた。

 

 もちろん当のシロネとクロカにとってもそれは驚き。最初にボクが感じた類のそれも、中に含まれているのだろう。そんな彼女をいいことに、ボクは気付かれぬように、半ば触れ合っていた身体を彼女から離した。

 

 赤髪はもちろんそんなボクの動作など気付かない。それどころか目の前のクラピカすら見えていないかのような様子だった。自分の頭の中だけに眼を向け、数秒の思考。悩み、そしてやがてクラピカへと戻った。

 

「貴方の決意は、わかったわ。……いいでしょう、その願い、叶えてあげる」

 

「ぶ、部長っ!」

 

 ぶれない赤龍帝の悲嘆の声。しかし直後、「ただし」と赤髪は続けた。

 

「幻影旅団だけの使い捨ての矛なんて、私には必要ないわ。私の眷属になりたいというのなら……そうね、まずは力を見せて頂戴。幻影旅団を倒した後も、ずっと私の矛であり続けられるだけの実力を」

 

「……なるほど、わかりました。どうやって証明すれば?」

 

 はっきりとした声で告げられた赤髪の条件に、クラピカは静かに頷いた。そして続けて訊き返す。どうすればその条件が満たせるのか。

 

 それに答えたのは赤髪ではなく、その眼が通る一番奥。クロカたちのさらに背後から現れた、少なくない因縁のある彼女たちだった。

 

「レーティングゲームに出るって手があるわさ」

 

 特徴的な語尾。その背後に身を縮めて隠れているもう一人の正体も、気配を探らずとも理解する。

 

 初めて人間界に出て様々なものを失い、そして得たあの日、作り物の聖剣でボクをボコボコにしてくれたあいつら。確か、名前は――

 

「……ビスケット=クルーガーね。まさか貴女まで来ているなんて……」

 

 そう、確かそんな名前。シロネに大きな影響を与えてしまった事件から覚えていたらしい赤髪が、彼女を見ながら息を吐いた。

 

 気詰まりの感情が見えるそのため息に、ビスケットは「邪魔して悪いわね」と謝罪に手をかざし、赤髪が「今更だわ」と肩を下ろして首を振る。その一連の間、念能力の賜物か以前とは違いまるで少女のような外見をした彼女を見つめ続けるボクの眼を、過去の戦闘による苛立ちと捉えたのか、クロカがそっとボクに近付き耳打ちをする。

 

「ゴンとキルアの師匠してるらしいのよ、あいつ。二人と出会った時、一緒に鉢合わせしちゃってさ」

 

「……そう」

 

 絞り出した返事は機械的な無感情だったが、幸いなことにこれも怒りと捉えられたようで不審がられた様子はなかった。そうして何事もなく続く眼前の光景で、ゴンの純朴な瞳が疑問を得て斜めに傾いた。

 

「レーティングゲーム?ビスケ、それって何?」

 

「上級以上の悪魔が自分の眷属同士を戦わせる、特殊な条件だったりが付いた試合みたいなもんよ。それが天空闘技場みたいにエンタメ化してんの。悪魔の世界では地位まで決定するくらい重要なものだから、あんたたちもハンターならちゃんと覚えときなさいよ」

 

「それにクラピカを出して力量を見定めるってことか?でもそれ、矛盾してんじゃん。クラピカをリアスの眷属にするかどうかって話なのに、その眷属になってないと出場できない試合に――んがっ!?」

 

 不意にキルアへと拳骨が飛び、台詞を止めた。ビスケットは手袋の拳を払いながら頭を抱えて蹲るキルアを見下ろし、鼻を鳴らす。

 

「離れてるから聞こえないとでも思った?……まあそれはそれとして、別におかしなことを言ってるわけじゃないわさ。そういえばあんたたちには現実世界に戻ってきた理由、言ってなかったけどね。そのルールに当てはまらない、ちょっと特殊なレーティングゲームがもうすぐ開催されるんだわよ」

 

「ああ……確かに、まだ兵士(ポーン)の枠が埋まっていないと聞いているわ」

 

 赤髪が得心がいったという風に頷く。「魔王の妹が推薦するなら一発でしょ」と片目をつぶるビスケット。だが奇妙だ。赤髪はともかく、悪魔と特に深い関りがあるわけではないはずのビスケットが言うその“特殊なレーティングゲーム”とやらに、ボクは全く心当たりがない。

 

「なにそれ?」

 

 思わずそのまま、疑問が口を突くと、なぜだか驚いたように眉を上げたビスケットが首を傾げつつ答えた。

 

「若手悪魔と新米ハンターで競わせて、互いに切磋琢磨しつつ親睦を深めましょうって催しよ。表向きはね。フェル、あんたも選手の一人に選ばれてるんだから……曹操辺りから、何も聞かされてないの?」

 

「……初耳だにゃ」

 

 思っていたよりずっと寝耳に水な話だった。いつの間にそんなことになっていたのだろう。

 

「……伝え忘れたのかしら。珍しいわさ、あの子がそんなミスをするなんて」

 

「嫌がらせで黙ってたって線のがありそうだけどな」

 

 怪訝なビスケットに苦笑いをするハンゾーの推測は、凡そ正解だろうとボクも思う。なればこそそんな奴に屈する気にはならず、それを理由に催しへの拒絶を言おうとした。

 

 が、それを悟ったのか直前に、ビスケットは肩をすくめた。

 

「まあ出場を断るのは自由だけど、何分悪魔の大王家が主催で、しかも結構規模が大きいのよ。それにあんたたち二人、堕天使のコカビエルを倒したんでしょ?新米ハンターの顔みたいなもんだから、それに断られたとなっちゃ面目丸つぶれ。冥界でもかなりの権力を持つ彼らに睨まれたら、色々とやりにくくなるんじゃない?」

 

 ボクに、というよりボクとクロカの正体に向けてそう言うビスケット。そして確かに、そう言われてしまえばボクはもう要請を断れない。

 

 その理由はもはや、背後でクロカが聞いているからという、ただそれだけになりつつあるが。

 

「えっと……そういうわけでさ、私もあのババアから話聞かされて、それでピトーのもまとめてオッケーしちゃったのよね。目的にそぐわないわけじゃないし……」

 

「いい加減にしないとほんとにキルアみたいにぶん殴るわよあんた……。とにかく、事実上強制の招集なのよ。だからあたしたちもしょうがなしに修行を中断して、呼ばれたジャンヌを……ジャンヌ、いつまで隠れてんのよ。ビビってないで出て来なさい」

 

 ボクの機嫌を伺おうとするクロカの視線をどうにか回避していると、ビスケットが半ば苛立ちを引きずりながら己の背後、今の今までずっとその背に隠れていた女を引きずり出した。

 

 こっちの姿はビスケットと違ってほとんどあの時のままだ。神器(セイクリッド・ギア)、【聖剣創造(ブレード・ブラックスミス)】の使い手であるジャンヌは、その碧眼にあからさまな恐怖を宿し、ボクを認めて小さな悲鳴を漏らした。

 

「ひぃっ!か、勘弁してよ師匠!く……ウタだけでも怖いのにフェルにまで注目されるなんて――」

 

「そんなふうにこそこそしてる方が注目されるわよ。それにどうせ同じチームで戦うんだから、遅かれ早かれでしょ?」

 

 睨むボクにますます顔色を青くする彼女、ジャンヌもどうやらボクたちと同じくレーティングゲームに出なければならないらしい。そのあまりにもなビビりっぷりは、悪魔たちにはボクのそもそもの印象からして何かやったんだろうなとしか思われなかったらしく、一様に憐れみが向けられる。

 

 その中心で、まるで意に介さないクラピカが久しぶりに口を開いた。

 

「レーティングゲームの件はわかりました。それで私の実力が証明できるというなら是非もない。私をそのチームに推薦していただけますか」

 

「……わかったわ。貴方を眷属にするかどうかは、その結果を見て決める。それでいいわね」

 

「ええ」

 

 応えるクラピカ。そして再び騒ぎ出す赤龍帝と、区切られた堅苦しさに解かれた自制で、そもそも眷属になるとはどういうことだとクラピカに詰め寄るゴンにキルア。それに加わろうとするハンゾーやゼノヴィアたちの様子を見やりながら、ボクは最大限の注意を以てして、静かにクロカの顔を見やった。

 

 眼が合う。しかし苦心して作ったいつも通りの表情に、クロカはボクの内心の変化に気付かない。

 

 返される笑みに、ボクは改めて、京都でのことを彼女に告げないことを誓った。

 

 クロカの顔にボクと同じような今までの絆への疑問を――ボクにとってのクロカという存在が、自身で思っていたよりも重要でなかったという事実を、見られたくなかったからだ。




クラピカ眷属志望。つまり私は全国八千万のロスヴァイセファンの皆様に土下座をせねばならない可能性があるということ。
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