主なきノラネコたちの家   作:もちごめさん

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八話

 転移した先の戦闘フィールドには、スタジアムの熱気とは正反対の、驚くほど清涼な空気が満ちていた。

 

 周囲に広がるのはのどかな草原。少し先には小さな林と湖が広がっており、見上げれば空も青々としている。いや、よく見れば魔法陣らしき赤色と混ざって奇妙に歪んではいるが、そこさえ見なければあまり冥界らしくない、人間界の高原にありそうな湖畔といった風景。

 

 ここで私たちは、誰とも知れない敵チームと戦うのだ。景色に釣られて気が抜けてしまいそうな自身を、私は使命感を以てして 咤した。ついでに同じくのんびりの空気に呑まれかけている一誠先輩の横腹を、少し強めに肘で小突く。

 

「一誠先輩、しっかりしてください。今不意打ちでもされたらどうするんですか」

 

「お……おう、そうだな。部長をがっかりさせるわけにはいかないし、気合入れねえと……!」

 

「はい。これ以上負けるわけにはいきません」

 

 なにせ現在、この試合で四回戦目なのだ。

 

 そしてそれまでの戦いはずべてこちらの敗北で終わっている。一試合目の戦車(ルーク)戦ではゼファードル・グラシャボラスがヘラクレスに敗れ、続く二試合目、僧侶(ビショップ)対決ではシークヴァイラ・アガレスがルフェイ・ペンドラゴンに敗れた。この試合の前、三試合目も、二人で出場した木場先輩と匙先輩が騎士(ナイト)のジークフリート一人に圧倒的な実力差でねじ伏せられた。

 

 だからいい加減に勝ち星を上げねば、こっちの士気が危ういのだ。そうでなくても(キング)のヴァーリさんにやる気がないというのだから時間の問題。観客も、ほとんどが悪魔市民であるために、元々(キング)であったゼファードルとシークヴァイラが倒れたこともあってお通夜気味であるし、その意味でも空気を一変させる必要がある。

 故にダイスで出た駒価値5、残ったメンバー内では最も上手くコンビネーションが取れるだろうと、(キング)の代理と化しているリアス部長は私と一誠先輩を選出した。その期待は裏切れない。

 

「みんなのためにも絶対に勝ちましょう、一誠先輩!」

 

「ああ!勝って部長にご褒美貰うんだ!誰だろうがどっからでもかかってきやがれ!真剣勝負だ!」

 

「『どこからでも』、ねえ。やってほしい?味気なく終わっちゃうと思うけど」

 

 気合の意気込みで、私たちは頷き合っていた。お互いに戦意を盛り上げ、身に宿そうとするその狭間だったから、耳が外に向くまで間があったのだ。

 

 一拍、どころか三拍ほども遅れて、私は後に続いた悪戯っぽいその声が、黒歌姉さまのものであることに気が付いた。

 

「ねッ――う、ウタさまッ!!?」

 

「いッ!?い、いつからそこに……!!」

 

 と、そこからさらに少しだけ遅れて一誠先輩も声の方へと振り向いた。弾かれるようにして顔を向けたその先は、一本の木の枝の上。林のちょうど端っこで、黒歌姉さまはニヤニヤと笑みながら寝そべり、私たちを見下ろしていた。

 

 驚きと、触発された半端な警戒心で腰が引けている私たちの姿に姉さまは一通り満足したらしく、枝を飛び降り地面に降り立つ。生え茂る下草を音もなく踏み、直後私たちの背を撫でやってきたそよ風が、姉さまの身体から気配の不明瞭を攫って行った。

 

「『はい。これ以上負けるわけにはいきません』の辺りからかしら。……いやね、気配で次に白音が出て来るって気付いて、脅かしてやろうと思って気配消しながら転移したの。場所、案外近かったのよ?」

 

「そして俺はそれに付き合わされたというわけだ。師弟の戯れに巻き込まれた被害者同士、仲良くしようじゃないか赤龍帝」

 

 さらに続いて木陰から登場した人影は、肩に槍を担いだ曹操さん。その駒価値は兵士(ポーン)の2で、僧侶(ビショップ)の姉さまと合わせて5。つまりこの二人がこの試合での対戦相手であると、立ち直りつつある私の脳味噌は、あからさまな敵対心に歯を向いて抗議する一誠先輩の姿を横目に見ながら理解した。

 

「うるせえ!!仲良くなんてしてたまるかイケメン野郎!!元から誰でもぶっ倒すつもりだったけど、お前が出てきたおかげで断然やる気が湧いてきたぜ!!」

 

『Welsh Dragon Balance Breaker!!』

 

 音声と共に禁手化(バランス・ブレイク)し、全身鎧を身に纏う一誠先輩。爆発的に増大する“力”の勢いが空気を押して草原がざわざわと音を立てるが、しかし頼もしいはずのそのパワーは、この場では圧倒的なものではない。すぐ隣で波動を浴びる私の不安を覆すには、全く至らない程度のものだった。

 

 だって、勝てるのだろうか。姉さまと、さらに同等程度の力量であると思われる曹操さん。その強さは、少なくともチーム内では私が一番よくわかっている。なにせ私たちは姉妹、黒歌姉さまの時もウタさまの時も、私からすれば姉さまは庇護してくれる側。守られてきた私よりも弱い道理はない。

 

 半分固定観念と化してしまっていることは否定できないが、それでも強いことには間違いないのだ。それが二人。誰が相手でもチームのために勝たねばならないということはわかっているが、しかしその勝ちの芽が見えない。

 

 理解した私は、戦意をぎらつかせて足を踏み出す一誠先輩とは逆に、思わず一歩引いてしまっていた。

 背後に消えた、そんな私の内心。兜の後頭部にカメラが付いているわけではないだろうが、一誠先輩はその時、戦意を消して穏やかな声で私に言った。

 

「大丈夫だって白音ちゃん。そっちも修行、頑張ってきたんだろ?今までの俺たちじゃないってこと、見せてやろうぜ!」

 

「で……でも、ただ修行をしたくらいで……それに、曹操さんには神滅具(ロンギヌス)も、恐らく操れる念応力があるんです……!うまくやれても、またあの時みたいに鎧を解除されたりすれば……」

 

『そこにはオレも同感だ、相棒。奴は得体が知れない。策もなく突っ込めば二の舞になるぞ』

 

 一誠先輩の神器(セイクリッド・ギア)に封じられたドラゴン、ドライグさんも、思わず飛び出た私の弱気に一部同意する。さしもの一誠先輩もあの時、夏休みに冥界入りした時の実力テストの内容には喉を鳴らさずにいられなかったが、だがその危惧には曹操さんが首を振った。

 

「あれは今回使わないよ。赤龍帝の力を封じて勝っても興覚めだからな、安心してかかってくるといい」

 

 言ったからにはその通り、曹操さんは約束の言葉を守るだろう。考えるまでもなく皆無であった勝利の可能性に思考の余地が生まれたが、しかしそれは一誠先輩にとっては余裕故の挑発。語調に再び敵意が戻った。

 

「舐めやがって……!!絶対ぶっ飛ばして、リアス部長にお前の情けない姿を見せつけてやるッ!!」

 

「あっ……!い、一誠先輩ッ!」

 

 怒りの方向と駆動する両脚。それを目にして手を伸ばすが間に合わず、一誠先輩は曹操さんへと突進してしまった。

 

 目にもとまらぬ速さで拳を振るい、それが曹操さんの槍に受け止められて火花が飛び散る。せめぎ合うそれらから一拍遅れて訪れた衝撃が身を打ち、私は思わず腕で顔を覆った。

 

 するとその轟音の去り際に、ほど近くで草が鳴る音がした。顔を上げればそこには二人の戦闘から逃れた黒歌姉さまが降り立っていて、戦う二人を見やったまま、呆れ混じりに呟いた。

 

「赤龍帝ちんってばおバカだけど、思い切りがいいのはまあ美点よね。そこのところは白音も見習っていいんじゃない?」

 

「ッ……!」

 

 思わず身体が跳ねる。が、どうにか恐怖心は抑え込み、私は大きく下がって距離を取った。身を拘束しようとする固定観念を振り払い、拳を握って構えたのは、姉さまに言われるまでもなく一誠先輩の気迫を思い出したからだ。

 

 そう、もうゲームは始まっているのだから、勝てるだの勝てないだのを考えるのは時間の無駄でしかない。私は大きく深呼吸をして気力を振り絞ると、“力”を解放した。

 

 普段は隠している猫耳と尻尾が生え、全身に【気】と妖力が満ち溢れる。姉さまは私が戦意を取り戻したことに気付き、振り向いてその頬を持ち上げた。

 

「それじゃ、私たちもそろそろ始めましょっか。来なさい白音、観客もお待ちかねだわ」

 

「はい、ウタさま……。行きますッ!!」

 

 覚悟を決めて、私は姉さまに飛び掛かった。一跳び二跳び、最短で距離を詰め、最後の一歩を踏みこむと同時に、構えもせず隙だらけに見える姉さまの胴へ、渾身のパンチを振り抜く。

 

 だがしかし、期待した手応えが拳から伝わってくることはない。純粋な膂力では戦車(ルーク)の駒の特性を持つ私が勝っているだろうが、私も姉さまも仙術使いであり念能力者。事はそう単純ではない。

 

「私と真っ向勝負するにはまだまだ【流】が足りないわよ白音!確かに私、他と比べれば格闘戦は苦手だけど……この程度でどうにかなったりしないから!」

 

 腕が払われ、と思えば間髪入れずに蹴りが飛んできた。しかも【流】も使っていないフラットな状態で、しかしそれでも込められた【気】は私のパンチと同等以上だ。

 

 さらりとこんなことを、少なくとも私にはできないような【気】の攻防移動をしてのける姉さま。辛うじて防御した腕がビリビリと痛むのを自覚しながら、押されて後ろ足を踏んでしまう私は改めて確信する。

 

「だからもったいぶらずに、さっさと能力使ってみせてよッ!」

 

 やはり能力なくしては、私は姉さまと戦うことすらできないのだ。続く追撃、迫る姉さまのストレートパンチを凝視し、脳内にある記憶と重なる動作を見つけた私は、瞬間、練り上げた【念】を発動させた。

 導かれて身体が動き、パンチを避けると同時に、さっきまでの私とは打って変わって滑らか且つ鋭い【流】が拳を包み、吸い込まれるようにして黒歌姉さまのお腹へ伸びる。

 

 その一連の動作に姉さまは目を剥いて、故に攻撃は防御のヒマもなく突き刺さった。

 

「……がふッ!!そ、れ……ピトーの……ッ!!」

 

 混じった苦悶で折れた身体が固まる。怯んだ隙の、恐らく唯一の打倒のチャンスは逃すわけにいかず、私は再びピトーさまの攻撃(・・・・・・・・)を、続けて姉さまへと打ち放った。

 

 これが私の能力、【空想崇拝(ソウルトランス)】だ。効果を端的に言い表すなら、それは他人の攻撃のコピー。一度見て記憶した、例えばパンチを打つ時の筋肉の動きや姿勢、【流】などを使っているならその比率を、その通りに自分の身体で再現する。

 つまり私は、攻撃の瞬間だけピトーさまになれるのだ。知りうる中で最も強い体術を扱うピトーさま。その力を真似して己が物とすればどんな相手だろうと、それこそ姉さまとだって戦える。

 

 そのはずだと、ある意味でのそんな信頼から生まれたのがこの能力だった。そして初の実戦、身の丈に合わない力を無理矢理引き出し使っているためか消耗は大きいが、しかし攻撃は通じた。私の能力は証明されたのだ。

 

 そのことに喜びと、そして姉さまを攻撃しているという罪悪感で心は乱れるが、能力によって次々ピトーさまの攻撃を繰り出す身体には一切の動揺はない。記憶をトレースして操作され、動作する肉体は正確無比に、姉さまにとどめの一撃を叩き込んだ。

 

「――っぐ、はぁ、はぁ……」

 

 重い打撃音と共に姉さまは背中から倒れ、私を操作していた攻撃の動作が止まるや否や、消耗の分の疲労感がまとめて身体に伸し掛かり、思わず地面に手をついてしまう。引き攣る肺を抑え込み、大きく深呼吸をして息を取り戻そうとする私。

 

 だが次の瞬間聞こえた声は、私に休憩を許さなかった。

 

「……ふぅ。にゃるほど、ね。これが白音の念能力……。悪くはないけど、正直戦闘向きとは言い難いかしら。特に私とは相性最悪」

 

「ッ!?」

 

 声も出ず、地に向く顔を跳ね上げた私の視界には、私の肩を蹴り抜く姉さまの脚が映っていた。

 

 そして訪れる痛みと衝撃。なすすべなく吹き飛ばされた私の身体は地面を転がり、林の木の根元にぶつかって止まる。その背中の痛みにも顔をしかめながら目を開けると、倒れたはずが宙返りするように体勢を取り戻した姉さまの、私へ向く少し冷めたような眼が視界に入った。

 

 その身体には、声色と同様にダメージの跡が見えなかった。

 

「さしずめ人の格闘戦を模倣する能力、ってとこ?修行用にはいいかもだけど、いずれ不要になるかもしれない能力っていうのは感心しないわね。……やっぱりちゃんと見張って止めるべきだったわ」

 

 姉さまはため息と一緒に後悔を吐き出した。どういうわけか私の、ピトーさまの渾身の攻撃が効いていないという事実が、その平然とした様子で確信に変わる。

 

 理屈は全くわからないが、再び勝ちの芽が消えうせたようだ。が、私の闘志はまだ消えていない。今のままでだめなら、さらに先へと向かえばいいだけだ。

 

 ……使えば間違いなく怒られるだろうから、できればこんなところで使いたくはなかったが。

 しかたない。私は決心して身を起こしながら、もう一つの能力(・・・・・・・)のため、【気】を内で練り上げ始めた。

 

 ただ懸念点はまだ一つ、この能力が本領を発揮するためには【空想崇拝(ソウルトランス)】よりもさらに多くの【気】を必要とするという点がある。なんなら【空想崇拝(ソウルトランス)】の併用が条件である故に、相当の集中力も必要だった。

 だからそれまではどうにか耐え忍ばねばならない。困難だが、それさえできればまだどうにかなる。そう思って気力を支え、私は腕で冷や汗を拭った。

 

 その時だった。運がいいのか悪いのか、問題を解決できる手段が向こうからやってきた。

 

 いや、吹っ飛んできた。

 

 瞬間的に気配に気づき、私は吹き飛ばされてくる一誠先輩の鎧の背を、辛うじて捕まえ受け止めた。だが勢いは支えきれないほどのもので、結局押し込まれるようになって一緒に吹き飛ばされる。生い茂る木々をへし折り、突き抜け、そして湖に突っ込み派手な水しぶきを上げたところでようやく止まった。

 

「ぐ……わ、悪い白音ちゃん。巻き込んじまった」

 

「大丈夫です。けど、一誠先輩の戦況はあんまり大丈夫じゃないみたいですね……」

 

 耳や尻尾にも降りかかる不快な水滴を払いつつ、私は息を吐き出して一誠先輩の鎧を見やる。所々の破損に加えて、全体に広がる焼け焦げたような跡。曹操さんの神器(セイクリッド・ギア)、【邪龍の黒炎(ブレイズ・ブラック・フレア)】を受けてしまったのだろう。呪いの炎はくすぶり、今もなお一誠先輩に少なくないダメージを与えているに違いない。

 夏休みでパワーアップしたとはいえ、やはり今なお一誠先輩の力量は曹操さんには届いていないようだ。当然といえばそうだが、歯噛みせずにはいられない。

 

 その心の声が聞こえたのかはわからないが、一誠先輩は水の中から立ち上がり、憤慨するように鼻を鳴らした。

 

「吹っ飛ばされたのはちょっと油断しちまっただけだ!心配すんなよ白音ちゃん、曹操の野郎は俺が責任もってぶちのめしてやるから!……それより、白音ちゃんの方は大丈夫か?受け止めてもらった時の一瞬、腕に怪我してるように見えたけ――どおぅ!!?」

 

 と続いて心配を口にしながらこちらに振り向いて、そして私を目にした途端に一誠先輩は素っ頓狂な声を上げた。いきなりなんだ、敵襲かと身体が強張るが、しかしすぐに兜の眼の先、視線を辿って力が抜ける。

 

 水を被ってしまったせいで透けてしまった服、学園の制服の胸元に、兜の奥の一誠先輩はだらしのないスケベ顔に変わっていた。

 

 私はじんじん痛む腕でそこを隠しながら、一誠先輩の顔面へ一発を見舞った。

 

 兜の口から吐血、いやたぶん鼻血を吹きながら後傾し、再び巻き上がる水しぶき。完全に水中に沈みながら、しかし見えないはずの表情は満足そうで、私はさらにその微笑ましいものでも見るような面を踏みつけてやろうかと真剣に考えた。見られたのは下着だけだが、リアス部長たちとは外見も中身も正反対のそれに対して性欲に混じったその表情。比べられているようで腹立たしいやら恥ずかしいやら。

 もういっそのこと、ご立派な姉さまに倣って付けない方針に切り替えようかと、私はやけくそ気味に考えた。ちょうどその時、聞こえてきた足音が私を戦いのそれへ引き戻した。

 

「よくやったわ白音、そういうケダモノは殴って躾けるのが一番なの。これからも変なことやってきたら遠慮なくボコボコにしてやりなさい」

 

「ぶはぁっ!……だ、誰がケダモノだ!どんな状況でも、そこにおっぱいがあるなら無視しちゃならねえ……!それが男としての、おっぱいに対する礼儀ってもんだ!」

 

 だから非難されるいわれはないと、本気で言ってしまうのが一誠先輩だ。今もその言葉には欠片の嘘も疑いもなく、勢いよく起き上がって三度しぶきを撒き散らした一誠先輩は、文句を付ける黒歌姉さまに、本心から憤然として胸を張っている。同じリアス部長の眷属として尊敬できるところはあるがしかし、やっぱりこればかりはどうにかならないものだろうか。

 

 ならないのだろうなと、これから先の何万年を想像しても見えてこない“更生した一誠先輩”の図にため息を吐き、私はやるせなさに襲われて一誠先輩に向けていた拳をだらりと下ろした。

 

 黒歌姉さまもいくらかそんな一誠先輩に慣れてきてしまっているのか、私と同じく諦めを含んだ表情で首を振り、湖のほとりの木陰で立ち止まった。

 

「にしてもほんとに元気ね、赤龍帝ちん。曹操、あんた腕落ちたんじゃないの?」

 

「そこは彼の成長を褒めるべきじゃないか。このわずかな期間で禁手(バランス・ブレイカー)を完全に習得してみせたんだ。土台の上に何もない分、その速度に関しては俺やお前以上かもしれないぞ」

 

 姉さまに続き、曹操さんも林の中から姿を現した。槍を担ぎながら姉さまに向かって肩をすくめ、次いで一誠先輩を見やる。

 

「しかし、とはいえすごいな赤龍帝。俺もそれなりに本気でやったつもりだったんだが……少し鎧が焦げ付いたくらいか。以前と比べて鎧の強度も格段に上がっているようだ」

 

「当たり前だ!それに、防御力だけじゃねえぞ、夏休み中ずっと続いた筋トレ地獄も乗り越えた俺のパワーは!あのピトーだってぶっ飛ばしたんだ……もう、お前なんかにゃ負けねえ!!」

 

「そうか。ならもう一段、俺もギアを上げて――」

 

 と、その登場に敵意を露にして構える一誠先輩に続き、曹操さんも槍を構えて穂先を向けた。その全身から噴き出す【気】、【纏】も強まります圧迫感に、私と、恐らく一誠先輩の背にも冷たいものが走る。

 

 だが緊張で見つめていた曹操さんは、ふとその視線を、スライドさせるみたいに横に逸らした。一瞬遅れて私と、そしてジト目の姉さまがその理由に気付いた。

 

「……なに気にしてんのよ、ドスケベ」

 

「……気を遣っただけなんだが。あんまりなトラップじゃないかそれは」

 

 私の濡れ透けを見られたのだ。理解すると同時に込み上げてくる羞恥。もう一方の腕も半自動的に胸元を覆い隠すが、辛うじて残った冷静がそれを思い出させ、すんでのところでそのチャンスを見出した。

 

「――い、一誠先輩……!」

 

 今にも飛び掛からんとしていたその背中を捕まえて、耳打ちした。

 

「考えがあります。私に先輩の“力”、【譲渡】してください……!」

 

「ッ!……ああ、わかった!」

 

 理由は言う暇がないし、一誠先輩も聞きはしない。その信頼に応えるため、私は一つ頷くと、羞恥を振り払って一誠先輩を追い越し走り出した。

 

 派手に水音が鳴り、当然すぐ気付かれる。だがそれでも曹操さんの“気遣い”は一瞬その身の動きを止め、私の接近を許す。そのほぼ同時、後ろに伸ばした手の平に、一誠先輩の小手の手が触れた。

 

「行くぞ!!【赤龍帝からの贈り物(ブーステッド・ギア・ギフト)】ッ!!」

 

『Transfer!!』

 

「――ッ!!」

 

 【譲渡】された力が全身に満ちる、ともすれば多幸感のような感覚。しかし浸ってなどいられない。【倍化】もされた、その溢れんばかりの“力”、すなわち【気】を大量に纏った今なら、燃費が極悪な“もう一つの能力”もすぐに発動させることができる。

 

 勝っても負けても訪れるだろう姉さまのお説教のことは一時忘れて、私は一誠先輩の手が離れると同時、【念】を発揮した。

 

 自分の【気】と、そして【譲渡】された一誠先輩の【気】が、一瞬にして変質する。途端に身体から溢れ、私自身も怖気が振るいそうになるその【気】は、しかし姉さまと曹操さんにそれ以上の戦慄をもたらした。

 

 当然だ。変質させ、今の私の身体を満たすピトーさまの(・・・・・・)()】は、それだけの迫力を持っている。

 

 【空想崇拝(ソウルトランス)】とは異なり、こちらは念応力というよりはほとんど仙術。他人の【気】へと、その性質をコピーし変える技。それこそが私のもう一つの能力、【猫依転成(ドッペルオーバー)】なのだ。

 だが同時に発動させる【空想崇拝(ソウルトランス)】も含めて、これらはただの前提条件。身体と【気】の動き、そして性質の全てをコピーして、【猫依転成(ドッペルオーバー)】は真価を発揮する。

 

 ここまで同化した私は、もはやピトーさま本人だ。

 

 ――【黒子舞想(テレプシコーラ)】――!!

 

 瞬間、私の頭上に出現したバレリーナのような人形の姿に、曹操さんたちの動きは完全に固まった。

 

 迎撃の槍もその動きを止め、となれば弾き飛ばすのも簡単だった。人形に操られて我ながら恐ろしいほどの【気】を纏った右手がその穂先に触れ、容易く跳ね上げる。一緒に上体ものけぞり、がら空きとなる曹操さんの正面。

 

 そこめがけて、一誠先輩がふざけた気合と共に拳を振りかぶった。

 

「お前に、リアス部長のおっぱいは、渡さねぇーーッッ!!」

 

 曹操さんのお腹に一誠先輩の赤龍帝の力が突き刺さる。押し潰された肺の空気と血を一緒に口から噴き出しながら、攻撃を凝視する曹操さんはしかし踏ん張りがきかなかったらしく、振りぬかれた打撃に吹き飛ばされた。

 

 木々や岩々の破砕音を撒き散らし、林の中に消えていく。それをわざわざ見届ける、なんてことはせずに、私は続いて戦意の矛先を横に振った。

 

 すなわち、黒歌姉さま。

 

「一誠先輩ッ!!一緒にウタさまを!!」

 

「ッ!!わかった!!」

 

 曹操さんを追おうとしていた一誠先輩も呼び止め、黒歌姉さまへ向かう。二人がかりに若干の後ろめたさはあるがこれはレーティングゲーム、私情は抜きだ。

 

 決心し、私は【黒子舞想(テレプシコーラ)】を動かした。意思からタイムラグなしに身体が動き、瞬きの間もなく姉さまの懐に入る。見上げれば驚愕と、生じ始めの怒りが見えたが眼を逸らし、一緒に拳に握り込んだ。

 

「えいッ!!」

 

「っぐぅ……!!」

 

 当然息遣いまで聞こえてくるほどの至近距離で姉さまは躱せるはずもなく、ジョルドブローは命中した。苦悶の呻き声に手が止まりかけるが、これも無視して攻撃を続行。ストレート、ボディーブロー、ハイキックと連続攻撃はすべてもろに突き刺さり、遅れて姉さまの身体がよろめく。

 

 そこに一誠先輩が、再び拳を構えて突っ込んできた。重なる『Boost!!』の声は今度は私のためでなく、すべて一誠先輩の攻撃力へと変換される。威力は圧倒的に高く、いかな姉さまでもこれに攻撃されれば戦闘不能は間違いない。

 

 故にそんな一誠先輩の気配を捉えていた私は、その一撃を通すために渾身のアッパーを放った。顎を打ち上げ、威力が両足を地面から浮かび上がらせる。これで回避は不可能。連撃を止め、ステップで一歩下がって一誠先輩に道を開けた。

 

 その、一瞬だけ攻撃が止んだ瞬間。隙とも言えないその隙に、まるで狙っていたかのように黒歌姉さまは【念】を発動させた。

 

 【黒肢猫玉(リバースベクター)】、黒くて丸い、仙術の媒介である念弾。それが一誠先輩の進路上に、【隠】をしながら出現する。ピトーさまの【黒子舞想(テレプシコーラ)】で【凝】ができる私と違い、一誠先輩には見えないそれ。

 

 瞬時に悟り、私は隣を駆け抜けようとする一誠先輩の腰を、体当たりして押し倒した。

 

「食らえこの――んぐえッ!!?」

 

 内臓への衝撃で押し出される、首を絞められたような悲鳴。それを肩で押しのけ、滑って横倒しになりかけた身体を、私は掬い取るようにして抱え上げた。一緒にもらい受ける前方への勢いは能力と気合で踏み留め、直後真反対、後方へ思い切り跳び込んで下がった。

 

 低くした体勢の背中に念弾の気配が掠るが、しかしそれは今の私の動きについてこれるほど早くない。辛くもその魔の手から脱出し、地面を削りながら静止した私は一誠先輩を下ろし、詰めていた息を吐き出した。

 

 だが、

 

「……はあ、残念、赤龍帝ちんはやれたと思ったのに。これじゃあ痛いばっかりのやられ損じゃない」

 

 顔を上げ、見やれば姉さまの険しい表情。頭を振って口の端から垂れた血を袖で拭いながら、表情と同様に苛立っていることがありありとわかる声色を放っていた。

 

「効いて、ない……!?」

 

 ダメージは、あるだろう。痛がっているし、少なくとも血は流れている。しかしその程度はどう見ても私の想定に届いていない。

 

 能力を使った私の攻撃は、つまり本気のピトーさまの攻撃と同等。五大竜王、をも倒したそれを受けて平気でいられるはずはなく、しかもこれは正真正銘最後の切り札。私が繰り出せる最大威力の攻撃であるというのに、眼前にあるのは間違いのない、無残な現状。

 

 またしても、手応えに反して黒歌姉さまは無事だった。

 これが通じなければ、もうどうすればいいのか。そんな私の動揺に、姉さまは荒れる感情を押し殺すため、一瞬だけぎゅっと目を閉じ、開いた。

 

「確かにピトーの……あー……こっちでも話題になってたから知ってるんだけど、強力な能力よ?肉体の限界を超える、ってなればさすがに私じゃ敵わないわ」

 

「ぐぅ……それ、やっぱり、あのピトーの……くそっ……!ならなんで、そんな平然としてやがるんだ!」

 

 腰を押さえて苦しそうにしながら起き上がる一誠先輩が一瞬私の頭上を見上げ、次いで私の代わりに姉さまへ言う。姉さまは呆れたように鼻を鳴らし、自身の眼を指さしてみせた。

 

「だってはっきり見えちゃうんだもの、【気】の流れ」

 

「……【気】の……?」

 

 流れ。それが要するに【流】のことであるのはわかる。グリードアイランドでゴン君やキルア君と一緒に修行したように、【気】をそれぞれに分配する時のその動き。私が【空想崇拝(ソウルトランス)】でコピーできるあれのことだ。

 

 それがどうかしたのかと、首を傾げてその半ば、私はようやく気が付いた。知識のない一誠先輩が、黒歌姉さまを警戒しながら一人疑念に顔をしかめる。

 

「流れって、なんだよそれ。っていうかそもそも、よくわからねえけど、見えてたって言ってもお前、全然防御もできてなかったじゃねえか……!」

 

「してたわよ防御。まあ赤龍帝ちんが思ってるように“腕で”とかじゃなく、【念】、【硬】でだけど」

 

 【硬】とは、【纏】【絶】【練】【発】【凝】すべての複合技だ。端的に言い表すなら究極的な【凝】。最大限に高めた【気】を一ヶ所に、その他全ての【気】をゼロにして塞ぐことにより、その集中量を爆発的に増大させる。

 

 代償に“その他”の防御力は完全になくなるが、しかし姉さまレベルの念能力者がそれをやれば、“一ヶ所”はすさまじい力を持つようになるだろう。それこそ、【黒子舞想(テレプシコーラ)】の攻撃を受けても平然としていられるほど、高い防御力を得られるに違いない。

 

「普通だったらこんな危ない橋を渡ったりしないけど、でも白音、ピトーの能力に集中してるからかもしれないけど、あんた攻撃がうるさすぎるのよ。【凝】の部位とそれを動かす周囲の筋肉への【気】の比率とか……まあそういうのが丸わかりだから、使う技も狙ってる場所も見なくてもわかるわ」

 

 だから姉さまは的確に私の攻撃命中箇所を予測し、【硬】を使ってピンポイントにそれを防いだ。防御姿勢が追い付かずとも、それだけで十分だったのだ。

 

 理屈はわかった。一誠先輩も【念】に詳しくないからこそ、要は私の攻撃を見切っていたのだと無理矢理納得した様子。だが私は【念】と、そして仙術を知っているからこそむしろ、その絶技に愕然とせざるを得なかった。

 

「うそ、そんな……【凝】ならともかく、周囲の筋肉……?私がどこを攻撃するかわかるほど細かく把握するなんて……そんなこと、どうやったら……」

 

 少なくとも、私には到底不可能な技術だ。直に触れて、たっぷりの集中力とたっぷりの時間をかけても、肘から上より下の方が【気】が多いかもしれないとか、わかるとすればそれくらいがせいぜいだろう。

 しかし姉さまは明らかにそれ以上の精度で、しかも【黒子舞想(テレプシコーラ)】の超高速連撃を見抜いてみせた。どうやればそんなことができるようになるのか、私にはまるで想像がつかなかった。

 

 そんな思いで姉さまを見やると、姉さまはまるで威圧するかのように無造作にこっちへ歩みながら言った。

 

「私の師匠がさ、そういう【気】の流れがほんとありえないくらい静かなのよ。それをどうにか見切ってやろうって頑張ってたら、いつの間にかできるようになったわけ。だからたぶん、ピトー本人の【黒子舞想(テレプシコーラ)】も見切れるわよ、私。それを見越したフェイントとかで、勝ち負けは別だけど……白音の記憶の中のピトーはそういうことしなかったみたいね」

 

 姉さまの言う通り、私はピトーさまのフェイントを知らない。となれば記憶の通りに【気】と身体を操作する【空想崇拝(ソウルトランス)】では姉さまの“見切り”に対抗することは不可能。発動させた【黒子舞想(テレプシコーラ)】の能力を使ってそれを試みようにも、コピーでない私の地力でそんな細かな操作は頭がこんがらがること間違いない。実質三つの能力を併用している関係上、必要なのが思考のみとはいえ、集中できる自信はまるで湧かなかった。

 

 いや、自信が湧かないなんて話ではない。やはりこれも不可能だ。

 そのことを、私は黒歌姉さまがその距離の半分を詰めてきたころ、とうとう明確に、それは私の身体を侵し始めた。

 

「――ッぐぁ……!」

 

「ッ!?お、おい、どうした白音ちゃん!?」

 

 心臓が膨張したかのような衝撃と共に、堰を切ったようにして全身に広がる冷たい悪意(・・)。臓器が縮こまるような恐ろしい感覚に胸を押さえる私の、その身から溢れる気配に味方の概念は消え去って、とうとう一誠先輩もが顔を青くして驚愕を露にした。

 

「ああもう、やっぱり……」

 

 黒歌姉さまの、『言わんこっちゃない』という呆れと苛立ちが混ざった声色。

 

 そう、私は今、ピトーさまの能力である【黒子舞想(テレプシコーラ)】を使っている。その発動条件は二つ、【発】である【空想崇拝(ソウルトランス)】によってピトーさまの身体と【気】の動きをまね、仙術の【猫依転成(ドッペルオーバー)】でその【気】の性質をもまねること。

 

 つまり今の私はピトーさまの邪気塗れの【気】を纏っているわけで、それは当然、仙術使いである私にとっての猛毒だった。

 

「コピー能力はいいけど、よりにもよってピトーにするなんて。自殺行為ってことはわかってたんでしょ?」

 

「自殺行為……?おいウタ!それってどういうことだよ!?」

 

 要は白音は自分で自分の【気】を毒に変えているのだと、短く説明する黒歌姉さまの声はもはやまともに聞いていられない。全身の肌を焼き溶かし、内側にしみ込んでくる悪寒の瀑布に耐えることで精いっぱいだ。

 

 何度か傍で体感し、一度はその身に能力を受けたこともあるから、という感覚でいたが甘かった。さっきまでは【黒子舞想(テレプシコーラ)】のおかげもあって動けたが、しかしこんな状態では碌に戦えそうにない。

 

 それでも何とか歯を食いしばり耐え、私は頽れそうになる身体を必死に留めて姉さまを見上げた。姉さまはじっと静かに私を見下ろす。

 

 交差した視線に、その意思は伝わったようだった。

 

「……その能力、解除するつもりはないってわけ。そんなに苦しいのに」

 

「ここで……やめたら、黙っていた意味も、なくなってしまいますから……」

 

 事前にこの能力を明かしていれば、姉さまは間違いなくその習得を止めただろう。だが邪気塗れの【気】は、私がピトーさまと縁を結ぶための資格の一つ。諦められない。

 

 着々と胸の奥に刺々しい氷塊のような感覚が積み重なり、その冷気を何度もかけて排気しようとしながら、私は身を引いて持ち上げて、頭上の人形に命じて両手の【気】を集中させた。

 

 姉さまも構え、そして再び能力を使った。

 

「わかったわ。なら仕方ないけど、さっさと強制終了させてあげる。……数分だし大丈夫だとは思うけど、これ以上邪気を吸っちゃわないよう、ベッドの中ではおとなしくしてるのよ」

 

 周囲に出現する黒い念弾。既に出現させていたものを合わせて数は六。それを私が認めた瞬間、姉さまの身体が前に傾き、その姿が霞むほどの勢いでダッシュした。

 

 私はそれを辛うじて視界に捉える。念弾を従えながらの突撃。それの速さは今までの余裕、手加減の類を一切含まず、間違いなく本気のもの。だがその纏った【気】と念弾も、ぎりぎりとはいえ眼で捉えられるのだから、【黒子舞想(テレプシコーラ)】によって対処は可能。私は迷わず身を蝕む【気】を振り絞り、それを迎え撃とうとした。

 

 そのはずが、唐突に視界を埋め尽くした黒色によってその意思は砕かれた。

 一瞬遅れてそれが【黒肢猫玉(リバースベクター)】の黒い念弾、それが槍の形に急速に変形して伸びてきた穂先であることを気配に悟る。顔を貫かんとするそれを、私は半ばの恐怖心と反射を以てして、頭を右にずらして避けた。

 

 そのたった一瞬、迫る槍が黒歌姉さまの姿を覆った僅かな間の後に再び前を見やれば、眼前まで迫っていたはずの姉さまの姿は消え去っていた。

 

「ッ!!?白音ちゃんッ、後ろだッ!!」

 

 何、と思う間もなくその瞬間、一誠先輩の大声も突き破るほどの衝撃が、私の後頭部に突き刺さった。

 

「あ……ガ……ッ!!?」

 

 意識が飛びそうになる。しかし【黒子舞想(テレプシコーラ)】によって【気】を増幅されていたおかげでなんとか堪え、倒れかけた身体も踏み出した右足が支え、耐える。

 

 そして残る痛みと衝撃を噛み殺し、背後を振り向けば――やはりそこには誰もいない。

 

 いや、視界の端に何かが写り込んだ。

 瞬時に【堅】、さらに腕をかざして防御しようとするが、しかしそれはすり抜けてガードの少し下、今度は左の脇腹に痛撃。折れる身体を無理矢理操り、ちらりと見えた何かを追おうとするも、どこからともなく現れた黒い念弾がそれを妨げ、見失ってまた攻撃が身をえぐる。

 

 その三発目のダメージで、私の身体は限界を迎えた。

 

「あッ……!!」

 

 維持するだけの集中力が失われ、頭上の【黒子舞想(テレプシコーラ)】がばらばらと解けて消え失せた。同時にその前提能力、【空想崇拝(ソウルトランス)】と【猫依転成(ドッペルオーバー)】も解除され、私の【気】も元に戻る。邪気から解放されて清涼な空気に歓喜する身体だったが、それを覆うほどのショックで私の膝はとうとう折れ、へたり込むと呆然と荒く呼吸した。

 

「……ピトーのその能力は操作に本人の意識が必要だから、認識できない攻撃には対応できない。能力それ単体なら、簡単な目くらましだけで攻略できるのよ」

 

 いつの間にか目の前に黒歌姉さまが戻っていた。手のひらに念弾を弄びながら、静かに諭すように続ける。

 

「あれはピトーの戦闘勘があって初めて強力な能力足りえる。そこを鍛えず能力任せじゃ誰と戦ってもこうなるわ。特に念能力者同士の戦いでは、知られている能力はむしろ隙になるってこと、覚えておきなさい」

 

 告げると、姉さまは立てた人差し指に念弾を乗せる。それで私を戦闘不能にするつもりだろう。能力が解除され、【気】も体力も邪気に蝕まれて尽きた私には、もうそれに抗する力はない。

 

 敗北の悔しさはもうなかった。それ以上に、どうしよう、やっぱりこれでピトーさまのコピーは禁止されちゃうのかなと、無念の波が痛みも忘れて身を侵す。

 

 しかし姉さまは一際大きく、盛大に肩の力を抜きながら、深々とため息を吐き出した。

 

「まあ仙術との【結】で拡張性は高そうだし、可能性の開拓って意味でも、これからはその修行も付けてあげる。……時間をかければ、いずれはピトーの能力も使いこなせるようになるでしょ」

 

 荒い呼吸から無念が解けて、私は今放たれんとする念弾を見上げて安堵する。ただ一つ、リアス部長たちチームに勝利を届けられなかったことが残念ではあるが、しかし負けてしまったのだから仕方がない。きっと残りのメンバーが仇打ち……ができるかは疑問だが、祈りつつ、私は己の敗北を受け入れて眼を閉じた。

 

 だがどうやら、負けを認識したのは私だけであるようだった。

 

『Explosion!!』

 

「――ッ!」

 

 聞き慣れた音声と姉さまが息を呑む音。眼前にごうっと重い風切り音が現れて、これまた慣れた“力”の余波が風圧と一緒に私の身体に吹き付けた。

 

 眼を開けると、さっきまで黒歌姉さまがいた場所にパンチを打った格好の一誠先輩が立っていた。

 

「悪い白音ちゃん、ちょっとぼーっとしちまってた!!」

 

 兜の眼が、背後に庇う私をちらりと一瞥して言う。次いで敵意に変わったそれが向くのは一誠先輩の牽制に一跳び分ほど下がった黒歌姉さまで、冷やかに視線を返していた。

 

「赤龍帝ちん、ここはほら、エンターテインメント的にも白音がリタイアするまでおとなしくしてる場面じゃない。もしかして空気読めない子?」

 

「うるせえ!空気よりも白音ちゃんを守るの方が大事なんだよ!それに……さっきの邪気ってやつ、やばい気配はなくなったから、もう白音ちゃんは大丈夫なんだろ?だったらもう悩む必要もねえ!今度こそ白音ちゃんと一緒にお前をぶっ飛ばすだけだ!!」

 

 当の私に力は残っておらず、諦めているのだがしかし、どうにも気付いていないらしい一誠先輩の語調に気後れは欠片もないようだ。白音ちゃんなら大丈夫、という信頼がすごく痛い。

 

 だがしかしそこまで信じてくれるのであれば、最後の最後、悪あがきくらいはして然るべきかもしれない。私は一旦、諦めをため息に変えて、一誠先輩のその信頼に応えるため、なけなしの気力を振り絞って腰を持ち上げた。

 

「……一誠先輩。ごめんなさい、私にはもう、ウタさまと戦えるだけの力は、残っていません」

 

「……そうか。なら任せろ白音ちゃん!俺一人でも――」

 

「その代わり、ウタさまの【隠】、見えない念弾を見破れるように、一誠先輩が【凝】を使えるようサポートします……ふッ!」

 

 と、その言葉の意味に姉さまが勘づくよりも早く、私は再びその内の【気】をピトーさまのものへと変化させる。記憶から引き出すのは私と姉さまを決定的なすれ違いから救ってくれたあの時、姉さまの攻撃から私を守ってくれた、いつの間にか私の掛けられていたあの能力。

 

 一度に何体も出現させられる人形であれば、残り少ない私の“力”でもどうにかなるはず。「ちょっと白音!」と非難に焦りの色を混ぜる姉さまの声を意志で聴覚から締め出しつつ、私は邪気で震える手を一誠先輩の肩に乗せた。

 

 しかし能力は発揮されることはなく、他ならぬ一誠先輩によって私の手が外された。

 

「やめてくれ白音ちゃん……!確かに……ウタの言う通り、俺、余計なことしちまったのかもしれないな。ごめん白音ちゃん、無理させるようなこと言っちまって」

 

「い……え、でも、ウタさまと戦うのなら、最低限あの能力は見切れないと――」

 

 一誠先輩の戦意が無駄になってしまう。一番最初、曹操さんを撃退した後に二人で向かって行った時のように念弾に襲われて、それを見ることができない一誠先輩に今度こそ命中し、姉さまの仙術がたちまちその意識を刈り取ってしまうだろう。

 

 私の力なくして立ち向かえばそうなることは必至。勝ちの目がないことを、一誠先輩はわかっていないらしい。あるいは実は目測のような屈強な戦意では元からなく、私が戦えないと知った時点で折れてしまっていたのだろうか。

 

 だがしかし、逆に勝つための説得をする羽目になった私の言葉を塞ぐように、一誠先輩は拳の親指を突き立て、恐らく兜の奥でニヤッと笑った。

 

「心配すんな!曹操最手に苦戦してたとこ見せて不安にさせちまったのかもしれないけど……あいつは男だからな、ウタ相手なら勝算はある」

 

 びくり、と一誠先輩に向いたフォーカスの外で、眉に皺をよせていた姉さまの顔色が変わった。だがよく見えなかったこともあってその時はさして気に留めず、私は尋ねる。

 

「勝算……?黒い念弾、【黒肢猫玉(リバースベクター)】は一誠先輩には見えないんですよね……!?」

 

「大丈夫だって、無様に負けたりなんてしねえよ。なにせ……せっかくちびっ子たちも身に着てくれてるんだからな!!」

 

 “ちびっ子”と聞いて思い出す。そういえば会場入りの前、一誠先輩は応援メッセージやファンレターなんかを受け取っていたなと。

 

 ついでに修行を理由に断り続けていた同士のゼノヴィアさんと、そろそろ出演しなければ眷属としてまずいだろうかと話し合った記憶も蘇る。次いで脳裏にその、グレモリー家主導の特撮ヒーロー番組で一誠先輩がモデルとなった主人公、彼を称する二つ名的なキャッチコピーの文字列が浮かび上がった。

 

 黒歌姉さまの表情、それが嫌な予感を察知した故のものであるということに、私は遅れて気が付いた。

 

「“おっぱいドラゴン”……行っきまぁぁっす!!」

 

 見えずともわかるスケベな顔。そしてその手には、あのスケベ技の魔法陣。

 

 欲望を見せつけながら雄叫びを上げた一誠先輩は、まっすぐ黒歌姉さまへとそれを向けた。

 

「んの――ッ!!」

 

 直後の突進を察知した姉さまは、怒りと、そして恐れで念弾を発射した。

 

 一誠先輩のその技は、一度ピトーさまをその毒牙にかけたらしい。最悪の事態は辛うじて曹操さんが防いだと聞くが、それ故の怒りと、もし命中すれば黒歌姉さまをウタさまとしているという念能力、【ありきたりな微笑(ビジネスライク)】が解除されてしまうという恐れ。それらを侵す一誠先輩を私が応援できるはずもなく、止める力がない代わりに、私は眼前の光景には口をつぐんだ。

 

 姉さまの念弾が視界いっぱいに広がっていた。一誠先輩でも見ることが可能な六個を中心に、その周囲に【隠】の念弾がおおよそ三十。それらの球体ががまるで網のように広がって一誠先輩へと投げられていた。

 見える六個を避けようとすれば確実に見えないどれかに接触する。こんな状況でも隙のない黒歌姉さまの技から逃れる術は一誠先輩にはないだろう。一瞬の後、訪れることが確定的であるちびっ子たちのヒーロー像が粉砕される未来を、私は自業自得の呆れを以って黙って眺めることに決めた。むしろ今までの気持ちが反転し、さっさとやられてくれと、仮にも味方に酷いことを思うくらいだった。

 

 だからそんな私の予想、願望は、二重の意味で喜べない方向へと捻転した。

 

 身を低くしてスタートダッシュの前傾姿勢をとっていた一誠先輩が、両手の人差し指を突き出し、黒歌姉さまの、恐らくその豊満な胸に向けて、

 

「見せてやるぜ……俺の新技!!煩悩開放イメージマックス!!さあさあウタのおっぱいさん、心の声を聞かせてちょーだいなっ!!」

 

 何か使った。

 

「【乳語翻訳(パイリンガル)】!!」

 

 私も姉さまも一瞬にして警戒心を跳ね上げた。もしや今すぐにでも服がはじけ飛びはしないかと構えたが、しかし直後、特別何も起こらない。一誠先輩が念弾に倒れるまで、あとほんの数舜。

 

 目に見える変化はなくてもその効果が表れたのは、一拍遅れたその時だった。

 

「なるほどつまり……ここだァッ!!」

 

 見えないはずの念弾を、一誠先輩はダッシュを開始すると同時、見事に避けて見せたのだ。

 

 網の隙間を、まるでそこにどう配置されているかわかっているかのように捉え、潜り抜けた。あてずっぽうではありえないその動きに、私の絶句は意志を必要としなくなる。

 だが反して黒歌姉さまは同様に驚愕しつつも手を止めず、眼を見張りながら新たな念弾を一誠先輩に放つ。今度は私でも碌に見えないほど強い【隠】がかけられていたが、やはり一誠先輩は身を捻り、恐らく躱してそのまま再び一足、距離を詰めた。

 

 何をしたのかはわからないが、一誠先輩は黒歌姉さまの【隠】を完全に見切っていた。であればただ愚直に念弾を投げつけるだけの攻撃は無意味。姉さまは瞬時に理解して身を翻す。今の一誠先輩をどう攻略するにせよ、まずは距離と時間を稼がねばという判断だ。

 

 それすら、まるでその考え、心の声を盗み見たかのように、ほとんど同時に一誠先輩は吠えた。

 

「にが、すかぁッ!!」

 

 響く振動。呼応して震える鎧の装甲が、一部だけ吹き飛んだ。

 その勢いが爆発的な加速となって、一誠先輩の身体を黒歌姉さまの下まで一息に押しやった。一緒に張り手のように伸びる魔法陣を構えた手は、その一瞬の接近で姉さまを間合いに捉えてしまっている。脚を軸に後方へ身体を向け、今まさに逃走を試みようとしていた姉さまは伸びる魔法陣を凝視しながら愕然の表情。念弾を回避された時点では保たれていた冷静も、とうとう消し飛んでしまうほどの信じ難い光景の連続。

 

 一体全体どうなっているんだ。たぶん私たちはそんな動揺に頭の中を支配されたまま、もはや打つ手がなくなった一誠先輩のスケベ魔法陣を見つめるしかなかった。

 

 そこに、寸でのところで救い、あるいは生贄の手が伸びた。

 

「ひぅ――!?」

 

 という短い悲鳴を突き飛ばし、黒歌姉さまの背中側、木漏れ日が射す林の中から現れたその手が、ほとんど捨て身のぶちかましのようにして、次の瞬間、代わりに一誠先輩と衝突した。

 

「――っぐ……!」

 

「あっちょっ――ぐむんっ!?」

 

 正面衝突の勢いは死なず、互いに跳ね飛ばされて宙を舞う。手足をばたつかせながら真っ逆さまに落下していく一誠先輩とは正反対に、一秒ほどの滞空時間で体勢を取り戻した。ちょうど私と姉さまの中間あたりの草地に着地したその人の顔を、私は日の当たったそこでようやく認識した。

 

「曹操さん……!」

 

 一誠先輩の攻撃でも、彼を倒せてはいなかったのだ。立ち上がったその背中から顔だけが私に向き、不敵にニヤリと微笑んだ。

 

 それに警戒心も、そして感謝も抱く暇はなく、さらに事態は怒涛の如く。

 

 ぱちん

 

 曹操さんの笑顔の向こう、とうとう地面に激突した一誠先輩が、その拍子に指を鳴らしてしまう光景。次いで曹操さんの漢服に一誠先輩の魔法陣が輝いて、そして――

 

 ビリビリビリィッ

 

 と、いっそ清々しいくらいに見事な勢いで、曹操さんの服が破れて四散した。

 

 もちろん、漢服も学生服もその下の下着すらも分け隔てなく、何から何まで。

 

「………」

 

 皆、数秒の静寂。眼前の光景に顔へと血が上っていくのを自覚しながら、私はそっと手で両目を塞いだ。

 

「お……ろろろろろ、げぇぇぇッ!!お、お前ッ!!曹操っ!!俺の快適夢空間を邪魔するに飽き足らず、なんっ、なんて悍ましいモノ、見せつけてきたがんだ!!頭おかしいんじゃねえの!!?」

 

「…………ははっ」

 

 一誠先輩の嘔吐音と、正直意識できないその言葉。のちに一つだけ、乾いた笑い声がして、次の瞬間すさまじく重い打撃音が響き渡った。

 

 そして少しして、こころなし引き攣った姉さまの声が鼓膜に届き、私は覆った目を解放した。

 

「曹操、どっか行ったからもう大丈夫よ……」

 

「あ、はい……」

 

 恐る恐る見やると、確かに曹操さんはいなくなっていた。同じく一誠先輩の姿もない。さっきまではなかった血だまりが広がっているのを見るにそういうことなんだろうと、羞恥の息を吐き出した。

 

 そして一方、姉さまは頬のあたりを赤く染めながら、私とは視線を合わさずにそれを言う。

 

「……で、まあ、勝負は決まったわけじゃない?だからほら、あいつのためにも速く降参してほしいなー……って……」

 

「あの……はい、一誠先輩がすみませんと、お伝えください……」

 

 けほんと咳払いをして、私も姉さまから眼を逸らしたまま、宣言した。

 

「リタイア、します……」

 

 お互いに気まずいまま、私たちは転移の光に包み込まれた。




オリジナル念能力

空想崇拝(ソウルトランス)】 使用者:白音
・操作系能力
・記憶にある体技や【気】の動きと配分をコピーし、その通りに自身を操作する能力。
コピーの範囲は包括的なため、例えばコピーしたパンチの軌道を曲げるといったアレンジは一切きかない。

猫依転成(ドッペルオーバー)】 使用者:白音
・操作系能力と仙術の【結】
・記憶にある対象の【気】の性質をコピーする能力。
それ単体では大した意味はないが、【空想崇拝(ソウルトランス)】との併用により対象の能力をコピーし使用することができる。
ただし【空想崇拝(ソウルトランス)】と【猫依転成(ドッペルオーバー)】とコピーした能力の三つを同時に発動させる関係上、消耗がすさまじい。【空想崇拝(ソウルトランス)】と同様にアレンジはきかず、本編のようにピトーの邪気等、よくないものまでコピーしてしまうこともある。
・操作系能力は早い者勝ちで同時に他の念能力には操作されないというルールがあるが、仙術が噛んでいるのでセーフ…ということにしていただきたく…。

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