主なきノラネコたちの家   作:もちごめさん

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十一話

 害意を灯した化け物たちはたちまち私たちへ襲い掛かった。その中で私のほど近くに出現した一体、たてがみを生やしたライオン型のそいつが、にたりと残虐な笑みを浮かべて両手の爪を私へと剥く。一瞬だけ身を縮め、ばね仕掛けのような勢いで私へ飛び掛かった。

 繰り出されんとする爪の一撃はあっけに取られていた私へ戦意を取り戻させるのに十分な威力を秘めていて、私の手は半ば自動的にそれを迎え撃たんと能力を構えていた。だが戦意を容易く覆い隠してしまうのが、ライオン型のその造形。キメラの姿を意識してしまうとたちまち躊躇が生まれ、【気】を散り散りにしてしまう。迫りくる攻撃に身体も強張り、気付けば防御姿勢を取っていた。

 

 ズガッ、と腕に激しい痺れが伝わる。支えきれない威力が私を数歩分後退させて、喉からは躊躇と合わせて苦悶が漏れ出した。その様子にライオン型は忌々しそうに鼻を鳴らし、にやにや笑いを引っ込めた。

 

「……お前、柔そうなくせにやたらと硬いな。それが【念】ってやつか」

 

 そしてしゃべった。警戒の意思を込めて言葉を話した。それもまた私にとっては衝撃で、喉が詰まる。しかし今度はどうにか呑み下し、痺れる腕をぎゅっと握った。

 

「あんたこそ……何なのよ、その姿……っ」

 

「――!……『何なのよ』って?おいお前、このたてがみを見てもわからねえのかよ。百獣の王に決まってるだろ。……いや、“王”は名乗れねえが」

 

「っ……この……!」

 

 軽口なんて求めていないのだ。今すぐにこの、胸の内に生まれてしまった躊躇の元を否定してしまいたい。それはライオン型に“キメラ”の面影を見たくない一心で、つい熱が上がってしまう頭が奴を睨みつけ、脚を一歩踏み出させた。

 

 だがその感情は狙われたものだった。

 

「オレたちの王は、リゼヴィム様だからな」

 

 ライオン型が笑みを取り戻すと同時、

 

「あの方の【魔獣創造(アナイアレイション・メーカー)】に生み出されたしもべ故に!」

 

 全く別の声が、頭の後ろで鳴り響いた。

 

 反射的に振り返る。するとそこには私めがけて矢のように降ってくる、コンドルのような異形の姿。眼にし、ライオン型の軽口が私の注意をコンドル型に向けないためのものだったと悟った時には、もはや避けようがなくなっていた。

 

 ほとんど頭上の、斜め上から突っ込んでくるその角度はさっきのような防御も難しい。【気】だけで防ぐしかないと、私が覚悟を決めたその瞬間、

 

「――ぐおぉッ!!?」

 

 コンドル型に、横から青色の血に塗れた何かがすさまじい勢いで衝突した。

 

 ウサギのような長い耳が見えた気がしたが、しかしそれを確かめる間もなくコンドル型ともみくちゃになって、降下のベクトルの一切をぶち抜いて吹き飛んでいった。向こう側の客席で他の化け物を巻き込み血しぶきが撒き散らされる光景を呆けて見つめ、すぐに我を取り戻すと、それを引き起こした当人のほうを見やった。

 

「く……こいつ……」

 

 ライオン型も同じく我に返り、認めて私に向けた以上の警戒と、そして明らかな恐れを、食いしばった歯の隙間から零す。

 ミルたんは、その眼を静かに見つめ返しながら私の前に出た。

 

「【魔獣創造(アナイアレイション・メーカー)】、彼は確かにそう言っていたにょ」

 

 その言葉はライオン型でも、もちろん私でもなく自分自身に向けられたものだった。事実を確かめるように、呟きは続く。

 

「確かあれは、以前曹操くんが小さな男の子から回収していたはずにょ。つまり……【絶霧(ディメンション・ロスト)】や【白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)】のようなコピーではなく、オリジナルにょ?」

 

 その瞬間、突然辺りに爆発音が響き渡った。しかし遠い。視線を上げればスタジアムの外側、この浮遊都市アグレアスと地上とを繋ぐロープウェイの近くで黒煙が上がっている。

 リゼヴィムの襲撃に際して逃げ出した観客たちが集まっているだろう場所だ。加えて言うなら、私たちに負けた白音もその近くの医療機関に転送されて治療を受けているはず。

 

「白音……」

 

 思わず口から零れ出た。ミルたんは眉間に皺を寄せる。

 

「……神器(セイクリッド・ギア)のバクとまで言われる神滅具(ロンギヌス)……やっぱり規模が桁違いにょ」

 

 凄みの増大した顔が爆煙を見上げ、ライオン型から視線が逸れた。じっと捉えられ続けていたそれがなくなって、その時が唯一の隙、仲間の化け物を容易く屠ったミルたんを倒す最大のチャンスだと、恐れで視界が狭まったライオン型は感じたのだろう。ミルたんが呟くなり、叫んだ。

 

「ッ!!今だッ、お前ら!!」

 

 ミルたんという強固過ぎる存在と白音への心配で幾らか内心の困惑を忘れられた私は、その声とほぼ同時にそれらの気配を察知した。故に瞬間、ウシ型とワニ型とサイ型が四方から襲い掛かるのを跳んで躱すことができたが、しかしミルたんは動かない。三体に組み付かれ、抑え込まれる。

 そして端からミルたんが標的だった三体は逃した私など気にすることなく、一様に決死を叫んだ。

 

「捕まえた!死んでも離さんぞ、人間!」

 

「早くオレたちごと!」

 

「拘束しろ!」

 

 そして決死はやがて上空に向く。上に跳んでいたのはクモ型の化け物だった。そいつは妙に気持ちの悪い顔を厳めしく変え、丸く膨れた下半身をミルたんたちへ向けた。

 

「任せるべ!ケツの穴がぶっ壊れるくらい、全力全開だべ!」

 

 恐らく彼の肛門であろう部分がぶるぶる震え、

 

「【愛の放射線(ラブシャワー)】!!」

 

 糸の網が噴き出した。そしてそれは狙い違わずミルたんと三体の化け物たちに降り注ぎ、捕らえる。粘着質でぴったりと絡みつき、三体の上からさらにミルたんを戒めた。

 

 着地し、その様子を一瞥した私は、今度こそ【念】を練り念弾を構えた。向ける先はミルたんと一緒にがんじがらめにされた三体でも、『よし』と喜ぶライオン型でもなく、私と同じく着地、というか墜落してきたクモ型。八本もある手足をばたつかせ、痛そうにお尻を押さえながら起き上がった彼は、ミルたんに次いで私に敵意を向けた。

 

「け、ケツ、()ってェべ……。けど、まァーだまだオラは戦えるべ!そこのオナゴ!次はオメェを捕まえて、リゼヴィム様に褒めてもらうべ!」

 

「リゼヴィム様リゼヴィム様って……ほんとに、見てるとちょっとイライラしてきたわ、あんたたち。……けど、ありがと」

 

 その、キメラの姿でそんなことを言う。それが少し癇に障る。けれどだからこそ、そんな連中にピトーを想起し、重ねてしまって生まれた躊躇が酷く馬鹿らしく思えた。

 

 吹っ切らせてくれたことへの感謝の言葉。クモ型は意味が分からないと首をかしげたが、理解なんて待つ気はない。私は念弾を彼に飛ばした。

 

 注意がそっちに向く。迎撃しようとしているのか、肛門が念弾に向いてぴくぴくと二度ひくついた。

 

「……へぇ」

 

 無視してくれれば能力で簡単に終わらせられたのだが、過度に警戒してくれるならそれはそれでやりやすい。迎撃を選んだのであればなおのことだ。

 

 念じ、念弾を槍の形に変形させた。さほどではない速度の念弾を一転して急速に伸ばす、白音の時にも使った手札。不意を突かれたクモ型はそれでも辛うじて糸を撃ち放ち、命中させた槍先が軌道を変えて己の頬を掠めるのを緊張の顔で見送る。

 予想外の動きをした得体のしれないものから眼を離せるはずがないのだ。となればその陰に隠れた私は当然フリー。死角から一息に近付いて、仙術でその身体を打ち据えた。

 

 攻撃は一撃でクモ型の命を破壊した。血が噴き出し、目から光が消える。

 その時、私は別に気を抜いていたわけではなかった。まだライオン型や、ちょっと離れれば別の化け物は山ほどいるのだ。だがその接近と攻撃に、私はまるで反応できなかった。

 

「うぐっ――!?」

 

 気付いた時には背に衝撃だけがあった。弾かれるようにして背後を振り向けばその途中、糸の網に囚われたミルたんの下に、私の背を突き飛ばしたのだろうそいつはもうたどり着いていた。

 

 さらには攻撃まで打ち放った後らしい、網の隙間から拳を引っ込める様子だけが辛うじて見えて、あまりにも素早いそいつは楽しそうに笑っていた。

 

「はははっ!言われた通り来てやったけど、何だよこいつもう捕まってんじゃん。意味ないんじゃ――ッ!?」

 

 だがすぐに喜色は途切れて戦慄に変わる。ライオン型や、一緒に囚われる化け物三体も同じだった。囚われ身動きが取れないと思われていたミルたんが、腕で糸を引きちぎり始めたのだ。

 

「ば、バカな!オレの力でもびくともしない強度が……!?」

 

「ク……!でも糸とそいつらをくっつけたままじゃ、オレの脚には追い付けない!今度はお前が鬼――」

 

 ウシ型が叫ぶのに続き、さっきまで笑っていた彼、チーター型の化け物は必死に威勢を吐き出した。一緒になにやら“力”の気配が生まれるが、だが間もなく、掻き消える。

 チーター型の言葉に反して一瞬のうちに立ち上がって距離を詰めたミルたんが、自由を取り戻したその拳を叩きつけたのだ。

 

 ドガアアァァァン!!

 

 パンチは爆音のような音を撒き散らした。私にも威力の余波と石片やらが襲い掛かる。驚愕に意識を取られずそれらを防げたのは、ミルたんの強さを間近で味合わされた経験があるからだ。瀕死のピトーが最後に振り絞った一撃から曹操を守り受け止めてしまった彼が、この程度できないはずがない。

 もっと言うなら、そもそも彼は化け物たちの攻撃を避けなかったのだ。避けられないはずはなかったのにわざと捕らえられたとなれば、何かを企んでいることは明白だ。

 

 もっとも、

 

「……一撃で糸と化け物四体、まとめて吹っ飛ばしちゃうとは思わなかったけど」

 

 治まった石片から顔を守っていた腕をどけてもやも吹き飛んだそこを見やれば、パンチを向けられたチーター型だけでなく、ミルたんに纏わりついていたそれらも余波だけで消し飛んでしまっていた。

 一緒に地面もえぐれ、できてしまったクレーターの底に佇むミルたん。その周囲には肉片どころか血の一滴も存在しない。パンチ一発で、恐らく人間や悪魔の皮膚よりもずっと硬い甲殻を持つはずの化け物を四体、存在から消滅させてしまったという事実は、味方であるにもかかわらず私のこめかみに冷たい汗を流させた。

 

 が、戦場は一切の停滞を許さない。冷や汗の冷たさが、瞬間、左手の甲に感じた鋭い熱に追いやられた。

 

「いッ……!?なに、これ……!?」

 

 反応して持ち上がった手を見れば、なぜだか魚が突き刺さっていた。一瞬過去に戦った念魚使いの幻影旅団を思い出すが、しかしすぐにそんなわけがないと気付く。奴はもう死んだのだ。

 

 それに何より、手に突き刺さるまで私はこの念魚の存在に気が突けなかった。うぬぼれるわけではないが、そこそこに大きい念魚の飛来を私が見過ごすはずがないというのに、この現実。いっそ手に突き刺さってから具現化されたのではと思えるほど、まるで予兆はなかった。

 

 いや、むしろ本当にそうなんじゃなないか。例えばあのチーター型にぶつかられた時、何かマーキングのようなものを付けられていて、それを導に何らかの能力を使っているとか――。

 

「うぐっ……!やっ、ぱり……!」

 

 今度ははっきりとその瞬間を眼にした。服のお腹に食い込み皮膚に触れるくらいの位置で突然出現し、突き刺さる魚。痛みと驚きは噛み殺し、想像が正しかったことを確信した私は仙術での気配感知の範囲を思い切り広げ、その魚の【気】と同じ気配を求めて探った。

 

 過程で引っかかる敵のあまりの多さに頭が痛んだが、しかしすぐに見つけた。スタジアムの内部、私たちも使っていた控室の一室。外に敵がひしめく現状では手を出し辛い場所だ。その方向を見やりながら、私はつい歯噛みしてしまう。

 

「そのお魚さん、犯人さんはあっちにょ?」

 

「っ!ミルたん……!」

 

 だがふと気付けば、クレーターを上ってきたミルたんが、茫洋にも見える無表情で私の見つめる先を見やっていた。突然のほど近くに驚きつつ頷くと、ミルたんは次いで、イラつきながらもゆっくり後ずさりしているライオン型へと眼を向けた。

 

「ク……!どいつもこいつも、囮にもならねえかよ……!クソ――がぶッ!!?」

 

 ライオン型も眼を付けられたことに気付き、悪態をつきながら覚悟を決めたように構えるが、辿る先は他と同じだった。巨体に見合わぬ素早さで一瞬のうちに接近したミルたんに顔を鷲掴みにされてしまう。そして、“犯人さん”めがけて投げられた。

 

 ライオン型は周壁を突き破った。勢いのままスタジアムを貫通し、やがて島まで飛び出して見えなくなってしまう。だが間違いなく死んだだろう。地上に落下するのはぐちゃぐちゃの死体であるはずだ。二体分の。

 

 身体に突き刺さっていた魚たちが消え去り、栓がなくなったせいで血が溢れ出る。傷口を仙術で応急処置しつつ、私は呟いた。

 

「……ほんとにとんでもないわね、やっぱり。もうあんた一人で解決できるんじゃない?」

 

「そんなことはないにょ。現にほら、見るにょ。新しい敵さんがまた生まれてきているにょ」

 

 私の冗談に、大真面目に見える無表情を返してきたミルたん。しかし彼の言う通り、見渡せばそこかしこで化け物の陰が地面から湧き出してきている。術者のリゼヴィムは上空で魔王と眷属を相手にしているが、それでも他の神器(セイクリッド・ギア)の存在も相俟ってそれくらいの余裕があるらしい。

 

 戦況は、はっきり言ってよくない。ミルたんの意見もそうらしく、見上げたリゼヴィムから、次いで未だに黒煙が止まないロープウェイ方面に厳しい眼をやった。

 

「このぶんだと、あっちはもっと酷いはずにょ。守らなきゃいけない人たちがいるのに、戦力はこっちよりもずっと少ないにょ……。やっぱり、応援に行った方がいいにょ。ハンターチームのみんなであっちを守ってほしいにょ」

 

「……それ、もしかして私を含めて言ってる?」

 

 途中までは同意するところだったが、その部分には口を挟まざるを得ない。冗談を言う余裕くらいはあったはずだが消え失せ、私は思わず荒くなってしまう語調を苦労して抑えつつミルたんを睨みつけた。

 

「もしそうなら、絶対にお断りだから。ピトーを……フェルを見捨てるなんてごめんよ」

 

 同じくリゼヴィム絡みな中央リング上の酷く硬い結界。白音のことも気になるが、しかしだからこそ、あの中に閉じ込められてしまっているピトーを放っておくわけにはいかない。

 白音も、例えば同じ状況だったら私と同じことを言うだろう。二人でそう決めたのだ。

 

「あれがリゼヴィムの力なら、リゼヴィムを倒せば解除されるのが道理でしょ?それに……フェルを信じろって言ったの、あんたじゃない……!逃げるわけない!私は絶対、フェルを助けるんだから……!」

 

 だから言ってやった。他人任せになんてもちろんしない。それは私たちの役目なのだ。

 

「………」

 

 黙り込むミルたん。私を見つめるその眼に、何か危ういものを見るようなそれが見えた。リゼヴィムに挑むのは無謀だと言外に言われている気がして、否定してやろうとしたその瞬間、

 

「諦めたほうがいい、ミルたん。そいつは中々に頑固だぞ……っと!」

 

 いつもの声、曹操が、いつの間にか近くまでやってきていた。手にする槍に邪炎を纏わせ、はねた化け物の首を焼きながら、くるりと私たちに振り向いた。

 その顔を見て、私の口からミルたんへ向けた否定がただの息になって抜け出てしまった。それくらい、奴は全くもって意外な表情をしていた。

 

「それに、俺もね。……自分の不始末は、自分でつけなきゃならない」

 

 声も顔も、見た覚えがないくらいの真剣に満ちていた。

 

 いつものへらへらとした態度は鳴りを潜めてしまっている。ピトーや私との組手でも見せたことがない気迫。どこか自罰的な眼が、まっすぐにミルたんを見ていた。

 

 恐らくそれが見えていない曹操の後方、同じく戦い聖剣王コールブラントを振り回している金髪眼鏡のアーサーが、揶揄うように言う。

 

「自分が回収した神器(セイクリッド・ギア)が利用されたからといって、そこまで責任を感じることはないと思いますが。……とはいえ、曹操があの下品な悪魔の相手をするのは賛成ですね。彼が最も相性がいい」

 

「相性って……曹操の神器(セイクリッド・ギア)のこと?」

 

 邪炎でなく、聖槍のほう。秘密になっているそれをアーサーが知っているのかを見極めつつの質問に、アーサーは目だけで頷いた。相手をしていた化け物を両断して斬り殺し、剣を払って血糊を落とすと続けて曹操自身に振り向いた。

 

「それもありますが、主に念能力のことです。あなたももう目にしているんでしょう?彼は神器(セイクリッド・ギア)を操れる」

 

「……条件は中々厳しいけどね、相手が空中にいるのではなおのこと。だからウタ、お前の力も必要になる」

 

「……それはいいけど、へぇ、アーサーは能力のことよく知ってるみたいね。私たちにはつい最近まで明かしてくれなかったのに。というか未だにどういう能力なのかしゃべろうとしないくせに」

 

「ああ。なにせお前たちにはまるで関係のない能力だからな。というか、そんなことよりも――」

 

 と、なんとなく恨みがましいものになってしまった私の白い眼をあっさり断ち切ると、曹操はふと、真面目顔を崩した。いつも通りのにやけ顔に戻り、立ち尽くして見守っていたミルたんを越してさらに後方に眼をやり、言った。

 

「遠くの心配をするよりも、まずは直近の危機に対処すべきだな。リアス殿たちがもうそろそろ限界だ」

 

 ミルたんは慌てた様子で振り向いた。つられて見やれば確かに、今の今まで忘れていたが、化け物たち相手に苦戦している様子のリアス・グレモリーたちの姿があった。

 サイラオーグやヴァーリを欠いて、残っているのはリアス・グレモリーとゼノヴィアと、後は確かソーナとかいう名前の眼鏡の三人だけだ。敵が【魔獣創造(アナイアレイション・メーカー)】で生み出された魔獣故にゼノヴィアの聖剣デュランダルが上手く働き防いでいるが、防ぐだけでは増す一方の物量はもう彼女らの姿を隠してしまうほど多くなってしまっている。

 

 曹操の言う通り、もうすぐ限界が来るだろう。助けられそうなのは、リゼヴィムと戦う魔王たちを除けば私たちだけだ。そして、まあ恐らく察するのも面倒な諸々を加味して出した適役が、

 

「……わかったにょ」

 

 ミルたんなのだろう。本人も厳しい表情で一秒だけ考えこんでから頷いた。すぐさま駆けつけるべく走り出そうと踏みだして、一瞬止まって告げた。

 

「だから、そっちも頼んだにょ」

 

 そして行ってしまう。たちまちたどり着いて始まる無双を尻目にして、「さて」と曹操は私やアーサー、戦う他のメンバーを見渡し言った。

 

「頼まれたことだし、それにやはり無視するわけにもいかない……うん、ここで一つ、分かれてみようか。ネテロ会長もヴァ―リを連れて行ったようだが、足りないのは力ではなく手数だろうし」

 

「ふんっ……!つまり、俺たちは向こうの奴ら助けに行けってことか!?おいしいとこ一人締め……じゃねえや!二人締めする気かよ曹操っ!」

 

 身体中トゲトゲの世紀末染みた恰好をしたヘラクロスが、棘付きの拳をミサイルのように飛ばしながら鼻を鳴らす。呼応して、曹操でなく生み出した無数の聖剣で壁を作るジャンヌが喜びを含んだ声を上げた。

 

「願ったりだわ!師匠と弟弟子たちのことも気になるし!……クラピカだっけ?そっちも、ゴンとキルアとは知り合いなんでしょ?」

 

「……ああッ!そうだな……ッ!」

 

 クラピカが応えた。彼の能力なのだろうか、やたらに多くの【念】を込めて具現化された鎖を振るいながら、喉から無理に押し出したような声を出す。

 他のメンバーからは戦いに集中しているのか返事が返らなかったが、拒否の声は出なかったという方向に受け止めたらしい曹操は、次いで頷き、襲い来る化け物たちを見やって言った。

 

「決まりだ。ゲオルグ」

 

「わかってる」

 

 短く交わし、魔法使いでもあるゲオルグは先ほどから何やら唱えてかざしていた手のひらを頭上に上げた。すると次々現れる魔法陣。見知った体系もあるがほとんどが知らないもので一瞬何をするつもりなのかわからなかったが、一瞬の後、明らかになった。

 ごうっ、と、眩い閃光が周囲に降り注いだ。どうやら浄化のそれだったらしい。浴びた化け物たちは次々に蒸発し、消え去る。当たったわけでもないのに私にもピリピリと針でつつかれるような痛みを与えたそれはやがて収まり、視界の戻った周囲には何もなくなっていた。

 

 化け物たちの攻撃が止んだ。しかしすぐ、波はまた押し寄せるだろう。その間にゲオルグが叫ぶ。

 

「ルフェイ!早く!」

 

「行きますよー!はいっ!」

 

 ジャンヌの傍で一緒に守られていた三角帽の魔女が、次の瞬間、私たち以外の全員に魔法陣を発動させた。こっちはよく見る転移魔法。皆が転送されていく中、ゲオルグが曹操を案じて呟く。

 

「気を付けろよ。くれぐれも……彼には」

 

「わかってるよ。そっちも頼んだ」

 

 眼が閉じ、姿が完全に消える。そして次に私と曹操が見やるのは、ゲオルグの魔法で行く道の開いた先、リゼヴィムの姿。あの魔法でもこちらに一瞥もくれない奴へ、その油断を後悔させるべく、私と曹操は同時に地を蹴った。

 

 だが一時とはいえ地上の化け物を一掃した魔法は、上空のものまでは排除できていなかった。感度の悪い人間耳に、一瞬聞こえた風切り音。気配を見つけ、私は疾走にブレーキをかけて隣の曹操を突き飛ばした。

 一緒に飛び退き、次の瞬間降ってくるそれ。コウモリ型の化け物は、地面を両脚で砕き割りながら目隠しに隠れた視線を私に向け、忌々しげに口元を歪めた。

 

「ッ!いい反応してるじゃない……ッ!?」

 

 苛立ちを湛える彼女に、すかさず曹操が槍を放った。一転して驚愕へ変わってそっちを確かめようとしているが、それすら間に合わずにコウモリ型は串刺しにされる。

 はずが、その間に新たな陰が割り込んだ。槍はコウモリ型でなくそれを貫き、切り飛ばす。青い血と、そして羽毛が舞った。

 

「ぐおぉッ!!?わ、ワガハイの翼が……ッ!!何と強烈な一撃か!!」

 

「く……時間稼ぎのつもりだったけど、こうなったらここで両方倒すわよ!!」

 

 コウモリ型が唇を噛んで羽ばたいた。そして片羽となったもう一体、ミミズク型の化け物はどうするのかと思えば突然、苦痛に震えるその身体が急激に膨れ上がる。ミミズクからまるでゴリラのように筋骨隆々な姿に変化して、血を撒き散らしながら隻腕を振るった。

 

「ワガハイの身体がもつうちに、決めさせていただきますよォッ!!」

 

「援護するわよ!!【超不協(シークレット)――」

 

 決死のゴリラ型にコウモリ型が動きを見せて、それに私たちが身構える。いずれにせよさっさと片付けなければと、私は念弾を生み出した。

 だがまたしてもそれが活躍することはなく、生み出すと同時に再び空気を切り裂く音がした。それはコウモリ型の時のそれよりずっと重く、速かった。

 

「ノ、ぉ……」

 

 コウモリ型の首に、撃ち放たれた刀剣が突き刺さった。発動しようとしていた能力ごと断たれ、首と剣が突き刺さった身体が落下する。

 

「ッ!!?そんな――」

 

 と、こちらも驚愕を露にしたゴリラ型の悲鳴も待たずに続く展開。ゴリラ型のすぐそばに落ちてくるコウモリ型を貫く剣に、人間の男が一人、前触れなく現れたのだ。

 そして男は貫く剣、いや魔剣。恐ろしいとすら思えるほど鋭そうな刃に続く柄を左手で握りながら、右手のもう一振りの魔剣を眼にもとまらぬ速さで振るう。ゴリラ型は全身を切り刻まれ、呻き声の一つも許されることなく瞬時に絶命した。

 

 崩れる元ゴリラ型の肉塊を一瞥してから左の剣を引き抜き、転がるコウモリ型の頭に突き立て止めを刺すその男。曹操は構えを解き、呆れたふうに肩をすくめた。

 

「まったく……少し協調性が足りないんじゃないか、ジーク」

 

「そうかもね。けど友達思いの僕を止める人は一人もいなかったよ」

 

 答える男、ジークフリートは、右手の剣を肩に担ぎながらこちらに振り向き、不敵に笑った。

 

 その、いかにも都合のいい言い訳じみた理由はともかくとしてだ。活躍の機会を奪われ続ける私は曹操と違って軽口を通して受け入れることなどできず、見る眼と声色には非難がこもっていた。

 

「……聖魔剣とブリトラの子相手には使ってなかったけど、それがあんたの能力?自身を剣の下に転移するって、まあまあ使い勝手はよさそうじゃない」

 

「おまけに右手では剣を自身に転移させる。“まあまあ”というのは過小評価だな、彼の剣技と所持する魔剣を含めて考えれば」

 

「転移距離が剣の格に比例するのが厄介だけどね」

 

 ジークフリートが答えて右の魔剣を地面に突き立て、代わりに新たな魔剣を転移させる。それまでの二本とは違って禍々しさがなく、清らかに輝く白い刀身。聖剣、ジャンヌが神器(セイクリッド・ギア)で生み出したものだろう。

 それを掲げ、上空で戦闘を繰り広げるリゼヴィムへ向けて言った。

 

「けど、これだけ近くなら何の問題もない。二人とも、飛んでいる相手には邪炎と念弾の遠距離で戦うしかないだろう?前衛が必要なはずだ」

 

 言われ、少しの間曹操は怪訝そうな顔をしていた。すぐに思い至ったように元に戻る。

 

「……ああ、そうか。確かに君にはこっちの神器(セイクリッド・ギア)はあまり見せたことが――って、おいジーク!」

 

 だが何か言おうとしていた曹操を、ジークフリートは聞かずに駆け出した。追い越される寸前、辛うじて私は戦闘中であることを思い出して【念】を練る。一方反応の遅れた曹操を揶揄ったのか、走りながら一瞬私たちへ振り返り、その戦意へと移り変わった表情を向けた。

 

「おしゃべりをしている暇はないだろう!さっさと片付けないと、また雑魚散らしからやり直しになる!」

 

 叫び、ジークフリートはあっという間にリゼヴィムの直下、ピトーが囚われる結界の傍までたどり着く。駆け上り、頂上から跳躍した。それでも全く戦場には届かないが、左手の剣を振りかぶり、投擲する。禍々さを放つ魔剣は、まっすぐにリゼヴィムへと飛んでいった。

 そして無防備に見える背中へ吸い込まれる、その直前に、落下し始めたジークフリートの姿が掻き消えた。

 

魔剣が導く覇の旅路(カオスシフト)】――!!

 

 転移する。リゼヴィムの背と羽が彼の間合いの中。投げた剣を掴むジークフリートは、それを軸に構えていた聖剣を、次の瞬間もう振るっていた。

 

 だが、

 

「――ッ!!」

 

 リゼヴィムの背から生え出た銀色の腕に防がれた。

 

 驚愕に眼を見開くジークフリート。しかも腕は聖剣を受け止めた一本だけでなく、他に三本。それらが一斉にジークフリートに襲い掛かった。

 

「それは――!!」

 

「やっほー、試験管ベイビーくん」

 

 リゼヴィムは、タイミングを合わせたサーゼクスや沖田の攻撃を本物の腕で防ぎつつ、それだけ言って振り向きもせずにカウンターを叩き込んだ。

 

「んのッ!!」

 

 だが命中の寸前、ジークフリートにこっそりくっつけていた私の念弾が間に入った。私たちも結界の傍までたどり着き、正直心は乱れていたがそれでもなんとか能力を発動させる。

 結界の内を気にしつつもカウンターの初撃を受け止めることに成功し、その間でジークフリートも我を取り戻した。

 

 能力が発動し、曹操が回収していたらしい魔剣に転移してくる。リゼヴィムの腕はあまりにも硬かったらしく、ひびが入ってしまった聖剣を一瞥して投げ捨ててから、顔をしかめた。

 

「……迂闊だったね。よりにもよってそれまで盗んだのか」

 

 私もため息の後に見上げ、改めてその阿修羅みたいなことになってしまっている腕を見やり、呟く。

 

「ってことは、あれも神器(セイクリッド・ギア)でいいのよね?やたらと気持ち悪いけど」

 

「ああ。ずっと前にジーク本人から抜き出した神器(セイクリッド・ギア)だ。【龍の手(トゥワイス・クリティカル)】、その亜種になる」

 

「……ふぅん」

 

 仕事を手伝ったか何かで知っているだけだと思っていたが、まさかの元所持者本人だったらしい。そっけなくしてやったが驚きはばれていたらしく、曹操が素早く反応して鼻で笑ってくる。

 

「彼が持つ最強の魔剣、魔剣帝グラムには強力な龍殺しの呪いが掛かっているからな、ドラゴン系の神器(セイクリッド・ギア)である【龍の手(トゥワイス・クリティカル)】を宿したままでは本領を発揮できないのさ。だから取り除いてくれと言われたので、やった」

 

「そういうわけだよ。後悔も特にないけれど……いや、あれは禁手化(バランス・ブレイク)かい?魔剣を同時に六本振るえると考えれば、やっぱりちょっと惜しかったかもしれないな」

 

「だから言ったろう、もう少し慎重に考えるべきだろうと。神器(セイクリッド・ギア)は【念】よりもかなり自由が利くんだから。……ほら、こんなふうに」

 

 ジークフリートの後悔に呆れで応え、曹操はこれ見よがしに邪炎、【邪龍の黒炎(ブレイズ・ブラック・フレア)】を使ってみせた。手のひらから溢れ出す黒い炎は消えずに宙に蟠り、大きく平べったく、ちょうど踏み台にできるくらいの塊に変化する。

 それが続けていくつも現れ漂えば、言わんとしてることはすぐにわかった。実体のあるそれをポンと叩き、曹操は上を見上げた。

 

「俺が足場を作ってサポートする。これなら曲芸じみた攻め方をする必要はないだろう?二人で削り、疲弊させたところで機を見て俺が神器(セイクリッド・ギア)を封じる」

 

「封じるって、今更だけど……見えてるだけで神滅具(ロンギヌス)クラスが三つと普通のが一つあるけど、大丈夫なの……?」

 

「問題ない。が、多めに見積もって十秒は時間が欲しい。奴の動きを止めていてくれ」

 

 私の不安にも、曹操はにやりと笑って首を振る。しかし……十秒。リゼヴィムからそれだけの時間を奪い取るのは中々に難しそうだ。

 

 だが、やらねばならない。ピトーを、フェルを救うために。

 

 右手に先ほど投擲した魔剣、一際禍々しい気配を放つ、恐らく魔剣帝グラムを転移させ、厳しい眼で見上げるジークフリートも私のものとは毛色は違うだろうが決心を見せる。

 私を含めて三人ともが、リゼヴィムに敵意を向けた。そしてようやく一塊になったそれが、とうとうリゼヴィムにとっても無視できないものになったらしい。首ごと振り向き、見下ろした。

 その眉は、あからさまに面倒くさそうに下げられていた。

 

「あー……今から三人加勢はさすがに過労だねぇ。ワンオペでやんなっちゃうよ。飛べる魔獣はほとんど全滅しちゃったし、さすがにもうイメージ力のネタ不足って感じ」

 

「それは諦めて投降する、という意味かい、リゼヴィム」

 

 宙に浮かぶサーゼクスが尋ねる。しかし噴出する滅びの魔力の波動は全く弱まらず、すでに答えを予期してしまっているようだ。

 そしてその通り、リゼヴィムは唇の端を吊り上げた。

 

「まさか!まだ切り札(禁手)もお披露目してないのに!」

 

 叫び、広げた両手の先に二つ、陰が生まれた。見知った魔法陣(・・・・・・・)が現れ、その中から何かが出てこようとしている。

 

「ッさせん!!」

 

「曹操ッ!!」

 

 待たず、剣士二人がそれぞれに切りかかった。悪魔の羽を羽ばたかせる沖田は細身で華奢に見える陰へ、曹操による邪炎の足場を駆け上ったジークフリートはごつごつ大きな巌のような陰へ、【周】を以って迫る。

 

 リゼヴィムはそれを止めようとしなかった。止める余裕がなかったのかもしれないが、ともかく恐ろしい速さで放たれた二人の斬撃は、確かに二つの陰に命中して切り裂いた。

 

 だが直後、二人の顔に現れたのは驚愕の表情。

 そして現われる。蝶の羽を広げた優男と赤い肌の大男。それぞれ閉ざされていた目が開き、腕に負った小さな傷と剣を握る二人を見やり、やがて悪意が灯った。

 

「「いきなりひどいじゃないですか(ひでぇじゃねぇか)」」




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