主なきノラネコたちの家   作:もちごめさん

58 / 70
十二話

 魔法陣から出現したチョウ型は、すぐに羽を広げて空中に浮遊した。だがもう一方の赤肌筋肉には羽も翼もどちらもなく、魔法陣が役目を終えて消えるや否や落下する。

 真っ逆さまで、その直下はちょうど私たちの近く。察したジークフリートがそれを追い、私と曹操も戦闘に構えるが、しかし落下の中ほどで赤肌筋肉は体勢を取り戻した。

 

 翼が生えたのだ。背中がぐにぐにと蠢いたかと思えば、内側から皮膚を押し上げるかのようにして肉が突き出し、形作った。肉の質感が羽ばたいた。

 例えば悪魔も羽を出し入れできるし、私のような妖怪ならば全く別の姿に変化することも可能だ。が、しかしそれらは魔力的な機能として元より備わっているもので、変化に至ってはただ化けているだけで実際の姿を変えられるわけではない。

 一方、赤肌筋肉の翼は変形だ。元々備わっていない器官をたった今作り出したということ。故に本能も慣れもそこには存在していないらしく、羽ばたいて宙に制止したと思った次の瞬間には再び体勢を崩して落下した。

 

「ぐお……ッ!」

 

 少し離れたリングの縁をちょうど掠って墜落する。巨体の振動が足に伝わり、それからしかめられた顔と頭をさする手だけが舞台の上から見えた。

 

「……練習が必要だな」

 

「生憎、今はそんな暇はないようですよ。私がこちらを片付けるので、貴方はそちらをお願いします」

 

 チョウ型が応え、その眼を宙のサーゼクスたちへ向ける。ぼやく赤肌筋肉は軽く頭を振り、肯定を示した。

 

「ああ、いいな、それ。……切られた礼もしなきゃならねえしなァ……!」

 

 そして同時、チョウ型と赤肌筋肉から発せられていた悪意が明確に定まった。一人ずつに向いたのだ。チョウ型は沖田に。そして赤肌筋肉は、ちょうどその時地面に降り立ったジークフリートに。

 

 ただ一人にだけ向けられた濃密な【気】の迫力は、その()でたちまち二人の身体を凍り付かせた。

 

「ジーク!!避けろッッ!!!」

 

「ッ――!!!」

 

 一拍の間があって曹操の絶叫。その時には赤肌筋肉はもうリングの縁を踏み壊し、ジークフリートの間近で拳を引き絞っている。膨れ上がった腕の強張りが、辛うじてジークフリートの腕を動かすと同時に撃ち放たれた。

 

 凍り付いた身体では回避も能力発動もできなかったが、それでもジークフリートは右手の魔剣帝グラムで赤肌筋肉のパンチを迎え撃った。浅くとはいえあの硬い肌を貫いた魔剣の切れ味ならその威力ごと切り裂けると踏んでのことか、同時に【周】が、ほとんど【硬】に近い割合の【流】を併用してグラムに宿る。

 

 しかし、

 

「もう見たぜそれ!!オレも同じことすりゃあ、潰れるのはお前だァッ!!」

 

 直後振るわれた拳には、一瞬にしてジークフリートの【周】を容易く上回るほどの【気】が込められた。もはやどちらも止まらず、接触。そして酷くあっけなく、ジークフリートの剣は押し返された。

 メキメキと骨のへし折れる音がして、パンチは絶大にまで膨れ上がった威力を撒き散らしながら振りぬかれる。ジークフリートの身体は吹き飛ばされ、私の視線を振り切りあっという間に見えなくなった。

 

 そして一瞬遅れてやってきた余波は私と曹操をも吹き飛ばした。風圧に巻かれて瓦礫と一緒に身体が宙に巻き上げられる。悲鳴を食いしばりながら着地して見上げると、そこには凄惨な笑みを浮かべる赤肌筋肉と、それによってもたらされたミルたん並みの破壊の跡だけが広がっていた。

 

「ど……どんだけ――」

 

 ふざけた【念】なのだ。

 

 恐らく赤肌筋肉はその口ぶりの通り、【念】を使ったのは初めてだったのだろう。見た限りでも随分荒い技だった。

 それで尚この威力。技術の不足を補って余りあるほど、潜在する【気】が膨大。ミルたんやピトーすらも軽く超えている。

 

 強さを目の当たりにして、そしてそれが私たちに向けられていることを改めて意識して、押し込めた悲鳴が戦慄に変わった。すると逆立つ怯えにもう一つ、上空のそれが引っ掛かって私の視線を無理矢理引き上げた。

 そこではチョウ型が魔法陣に拘束されていた。魔王の眷属の魔法使いであるマクレガー、知名度も、もちろん腕もトップクラスである彼の功績であるらしい。そうして押さえている間に力を溜め、一息に倒すのが魔王たちの作戦であるようだ。

 

 だが赤肌筋肉に植え付けられた私の恐れは、最大の一撃を叩き込むため集中する沖田とサーゼクスと同じ未来図を描けない。代わりに抱いた危惧は、すぐに現実になった。

 

「……なるほど、こちらも面白い節理ですね。魔法というのですか」

 

「なに――ッッ!!?」

 

 マクレガーが訝しげな顔になるが、瞬時に一変する。チョウ型を睨みつけていた眼が見開かれ、突然下へ。自身に現れた魔法陣を驚愕で凝視した。

 

 動揺も当然のことだろう。その魔法陣はチョウ型に使っている拘束魔法陣と同じもので、さらに込められた魔力はチョウ型のものだったのだ。赤肌筋肉と同じく初めて見るらしい魔法を眼だけで真似してしまったチョウ型は、一方己にかけられた拘束を無視してゆっくり腕を持ち上げた。

 

「ッ!!しまっ――ッッ!!」

 

 そしてそれは、仲間の危機を見て溜めの半ばで力を解き放たんとした沖田へと向けられた。

 

「では、こうすればどうでしょう」

 

 魔法陣。しかし感じるのは拘束ではなく攻撃の意思。まさかこの数秒でその魔法体系を理解し、攻撃の術を作り出したのだろうか。見たことも聞いたこともない術式が組み合わさり、強力な殺しの波動を帯びる。

 それを向けられて、構えの体勢から切りかからんとちょうど動き始めたばかりだった沖田は、今更回避に動くことも、かといって迎え撃つこともできず、眩い光を放つチョウ型の攻撃を見つめることしかできなかった。

 

 だが寸前、その間に人影が割って入った。手の魔法陣が攻撃を受け止め、しばしのせめぎ合いの後、なんとか逸らすことに成功する。もちろんその正体は拘束されているマクレガーでも、沖田と同じような状況にあったサーゼクスでもなかった。

 

 メイドの恰好をした銀髪の女悪魔、サーゼクスの女王(クイーン)であるグレイフィアが、その美貌に少なからぬ汗をかきながら険しい眼をチョウ型に向けていた。

 

「おや……貴方は……?」

 

 動きを止め、首をかしげるチョウ型。勇ましく気迫を返さんという様子で息を吸いこんだグレイフィアだったが、しかしそれよりも先に滴る沖田の呆然とした呟きに意識が向く。

 

「避難誘導をなされていたはずでは……?」

 

「……そちらはハンターの方々の協力もあって安定しました。なので私はリアス様の避難をと思いやってきたのですが――」

 

 背に庇う沖田から、改めてチョウ型に言葉の矛先を向け直す。

 

「どうやらそれは難しい様子。私も前に立たせていただきます」

 

「……すまない、苦労をかけるねグレイフィア」

 

 サーゼクスが安堵の息と一緒に僅かに目元を歪める。一瞬横顔だけで振り向き薄い微笑でグレイフィアが返すと、その瞬間、さらに上から大音量の哄笑が降り注いだ。

 

「アヒャヒャヒャヒャ!誰かと思えば尻軽女のグレイフィアちゃんじゃないの!ルキフルグス家のくせして下半身で動いた裏切者がさぁ!」

 

「っ……!!その下品な口を閉じなさい、リゼヴィム・リヴァン・ルシファー!!私は、悪魔の未来を血ではなくサーゼクスに見た。だから彼と家族になった。それだけです!!」

 

 見上げ、さらに表情を険しく怒りのそれにして言い返すグレイフィア。リゼヴィムはチョウ型と赤肌筋肉二体の召喚に消耗したのか疲労の様子を見せながら、しかしなおも嘲笑う。

 

 妻を口悪く言われて不機嫌、どころか明らかに殺意が増したサーゼクスは、さらに激増する滅びの魔力を全身から迸らせつつ、吐き捨てるように言う。

 

「君にはわからないのだろうね。……そもそもあの大戦の折、戦いすらせず冥界から逃げ出した君に裏切者などと言える義理があるのかい?」

 

「アヒャヒャヒャ!それもそうか!言い訳するけど、あの頃はまだ悪魔とかどーでもよかったんだよね。興味が出たのはここ最近!サーゼクスちゃんたちがくだらないことしちゃったからだねぇ」

 

「くだらないことなどではありません!!それこそが私たちの……いいえ、悪魔全体の希望。貴方などに壊させはしない……!!そこの得体の知れない化け物共々、ここで倒させていただきます!!」

 

 威勢よく言い切り、そしてそれはチョウ型にも向けられた。それまでずっとグレイフィアを見つめて何やら考え込んでいたらしい彼は、急に自分を捉えた視線にハッとした顔になり、しかしすぐに収めるとゆるゆる首を振った。

 

「……“得体の知れない化け物”ですか。そんな呼び方をするのなら、いっそのこと名前で呼んでください。私はプフ、シャウアプフです。そしてあちらがモントゥトゥユピー、ユピーと呼んでやってください」

 

「おい、オレはこんなゴミどもに呼ばれたかねェぞ」

 

 余裕の表れか、私には全く意識も向けない赤肌筋肉、ユピーがプフを見上げて言い返す。だがもう手遅れで、ちらとユピーにも眼をやったグレイフィアは毅然を返した。

 

「……なるほど、では覚えておきましょう。お墓に刻む名前が“得体の知れない化け物”では、確かにあんまりですものね」

 

「ほう、敵に墓を作るのですか。お優しいのですね」

 

 顎に手を当て薄い驚きを見せるプフ。しかし応酬の最中でも場の空気はどんどん張り詰め、狂暴なものになっていく。

 

 グレイフィアの登場によって膠着した戦況がまた動き出す。彼らも、そしてもちろん私も予感して身構えた。

 

 その時ふと、プフの口が紡いだ。

 

「――さすがは姉上」

 

 その単語は、皆の戦意に一瞬眉をしかめさせた。グレイフィアに向かって吐かれた意味のわからない台詞。他はすぐに関係のないことだと意識から締め出したが、それが遅れたものが一人。

 

「……あね……?」

 

 グレイフィアは困惑と、それから僅かな悲しみを見せて呟いた。しかしかぶりを振って遅れて単語を追いやり、身に魔力を滾らせる。

 一方ユピーも、揶揄うように鼻で笑った。

 

「何を訳のわからねぇこと言ってんだ。“姉上”だとか、“家族”なんてもんがオレたちにあるわけねぇだろう」

 

「……“姉上”?何の話ですか?」

 

 緊張が突然喉奥に滑り込んできて詰まったものを呑み下し、私は次いで訝しげに繰り返すプフを見上げる。その反応にユピーは揶揄いの笑みを消して、「ああ?」と首をひねった。

 

「何の話って、お前が言ったんだろ」

 

「耳がおかしくなったんですか?ユピー。しっかりしてください。たかが一人、敵が増えただけですよ」

 

 平然と切って捨てる。その言いようにわけがわからんとしばらく頭を掻いていたユピーだったが、やがて私に意識を戻し、大きく息を吐く。

 

「……まあ、いい。やることは変わらねぇ」

 

 そして吐いた分だけみしみしと肉体を膨張させた【気】が、一斉に私へ牙をむいた。

 

「全部ぶち殺してから考えりゃいいだけのことだろ!!」

 

「まさしくその通り」

 

 と、プフもまた殺意を取り戻す。天に掲げた手のひらから巨大な魔法陣が発動し、サーゼクスたちが止める間もなく発動する。

 

 とうとう来た。向けられた巨大な【念】にわかっていても身体が震えてしまう私は、ユピーの凶悪な笑みから眼を離せぬまま、代わりに仙術の気配探知を駆使して降り注ぐ魔力の爆撃の回避に動いた。

 重なる爆音。ジークフリートを助け起こす曹操やミルたんに守られるリアス・グレモリーたち、それに未だひしめく化け物たちを少なくない数巻き込んでいるのがわかる。しかし心配していられる余裕は全くない。ユピーのあのパワー、もし他に余計な注意を回して見切り損ねれば、その瞬間、間違いなく私も潰される。警戒は僅かも緩められなかった。

 

 爆撃でもうもうと立ち込める土煙の中でもユピーの気配から意識は外せない。見つめ、変わらずそこにあるのを確かめ、動かないその気配に何をする気だと冷や汗が流れるばかり。

 このまま様子見を続けるべきか、それとも打って出るべきか。決めかねていたその時だ。

 

「ッ!!?気配が――」

 

 突如霧散した。消えたわけではなく、文字通り霧のように広がって周囲に散ったのだ。瞬く間に周囲の土煙全体からまんべんなくユピーの気配を感じてしまい、捉えられない実体に私は後ずさりし、せわしなくあたりを見回す。

 そのおかげか眼に、というか指先の触感に留まった。土煙の乾燥した感触ではなく、本当に霧のような冷たさと水気。ユピーの気配を僅かに濃く感じるその奥から、一転して灼熱の温度が迫ることを瞬間悟った私は、頭に響く警鐘に任せてその場を飛び退いた。

 

 一瞬後、以前に眼にした魔龍聖(ブレイズ・ミーティア・ドラゴン)タンニーンの火炎に勝るとも劣らない威力が、私が立っていた場所を焼き払った。地面が瞬時に赤熱して溶け、抉れる。そしてまたも爆発。無理な回避を強行した私は爆風に煽られる。

 そこを狙われた。土煙とそれに紛れた霧も吹き飛ばされ、すぐ近くの範囲だが復活する気配探知。そこに鎌のように変形したユピーの腕が私へと襲い掛かるさまが引っ掛かった。

 左からの鋭い刃が刈り取ろうとしているのは私の首で、尋常でない悪寒が喉元まで迫る。しかし、辛うじて抑え込んだ。

 

「い――ッッ!!」

 

 顔を地面に叩きつけるほどの勢いで倒し、首狩りを逃れる。代わりに冷気がざっくりと頬を切り割いたが御の字だ。痛みは噛み潰し、さらにそのまま倒れた勢いを利用して、振るわれた鎌の腕をかかとで蹴り上げた。

 

 前転して離れ、振り向いて対面する。血の滴る鎌の腕を見せつけ笑うユピー。私の頬からも、遅れてバクバク鳴り始めた心臓のせいで血が噴き出し、地面と首元までを汚す。

 

 だが、そんなことよりも、

 

(かっっったい……!)

 

 ちゃんと【流】も込めたというのに、ユピーは蹴り上げのダメージを全く受けていない。私の攻防力移動に追いつかず、故に【気】の防御もできていない上に比較的脆いであろう関節を狙ったというのに、むしろ攻撃した私のかかとのほうが痛いくらい。すさまじい肉体だ。

 

 それこそ筋肉どころではなく、ピトーのような甲殻みたいに。

 

 ――違う、落ち着け。

 

 余計なことを考えている場合じゃない。湧き出た妙な感想は心の奥に押し込める。一つ息を吐き出し、傷口ごと頬の血を乱暴に拭うと痛みで意識を引き戻した。

 とにかく、私の膂力では物理的なダメージを与えられないのなら、残る手段は仙術のみ。彼に宿る【気】の多さ、生命の守りの分厚さはは尋常なものではないが、どうにかしなくてはいけない。

 持久戦を覚悟した私は、ゆっくりと距離を詰め始めたユピーを恐れを押し殺して睨みつけながら、【黒肢猫玉(リバースベクター)】を発動させるために【念】を練った。

 

 そのはずが、【気】が全く発現しなかった。

 

「え……?」

 

 思わず腕に眼を落とす。そして気付いた。腕だけでなく全身から、ほとんど【気】が湧いてこない。何かに削り取られてしまったかのように、内にため込まれているはずの【気】が欠けているのだ。

 

 言うなれば、生命力を刈り取られた。悟るも遅く、ユピーが今度は真正面から突進するように距離を詰めて来た。ジークフリートにしたように、歪に膨れる腕が拳を握り、振るわれる。

 まるで超巨大な隕石が迫ってくるような迫力。生命力を削り取られた脚は避けられない死に奮起できない。ただ眼だけが見開かれ、それを見つめた。

 

「ウタッッ!!」

 

 だがその間に、必死の声と【念】に輝く槍先が割って入った。【硬】を纏った槍とそれを繰り出した曹操は、私を通り越して次の瞬間、ユピーのパンチと打ち合った。

 

 甲高い金属音のような音が辺りの空気を震わせる。あまりに激しいそれは風圧に転じ、いよいよ周囲のもやを完全に吹き飛ばした。そうして光に照らされる曹操の表情。見たことがないほど必死なそれで、噛み砕かんばかりに食いしばった歯と血管が浮き上がるほど筋肉が盛り上がった両腕は、奴の全力でもユピーの一撃を受け止め切れないことを示していた。

 みし、ぎし、と、曹操自身に先んじて槍のほうが悲鳴を上げ始める。じりじりと槍を押し戻されつつある曹操はちらりとそれを見やり、歯の隙間から咆哮を押し出した。

 

「う、おおおおおォォォッッッ!!!」

 

 僅かに身体が捻られる。それは槍の角度も僅かに変え、結果、ユピーの拳は刃の腹を滑って地面を貫いた。

 

「う、ぐぇ……ッ!」

 

 地面が爆発し、吹っ飛んでくる曹操が私を巻き添えにする。もみくちゃになって瓦礫と一緒に転がって、そして爆音による耳鳴りが治まるのと同時にようやく止まると、私は頭を振って衝撃の余韻を振り払い、抱えた曹操の背中めがけてわざとらしく鼻を鳴らしてみせた。

 

「……遅い。助太刀する気があるならもっと早くに来なさいよ」

 

「ふぅ……勘弁してくれ。ジークを介抱しなければならなかったんだ。腕が潰れただけじゃなく、あばら骨までへし折れていたんだぞ」

 

 ということは、期待はしていなかったがやはりジークフリートは戦力外。私たちはたった二人で、あの鬼のように頑丈な筋肉の塊を相手しなければならない。

 

 いや、“頑丈さとパワーだけ”でないことは今さっき明らかになった。

 

「しかし見ていたが……吸血鬼の霧にドラゴンのブレス、おまけにあの攻撃、死神の鎌のように生命力を刈り取ったか。……まさにキメラだな」

 

「やめて」

 

 耳に入らないうちに切り捨てる。しかしとにかく、あのふざけた肉体に加えていくつも備える特殊能力。他にもあると見るのが自然で、正直、私一人での対処はもうほとんど不可能だ。

 

 切って捨てた私の内心を悟ったものだろうか、何かを悔やんでいるような表情の曹操から一旦眼を離し、深呼吸。仙術で削られた生命力を回復させると、私は静かに曹操の背を押し、立つよう促した。

 

「……とにかく、曹操、手を貸して。あいつを()ってからじゃないとリゼヴィムの動きを封じるなんて無理。だから、あっちが先よ」

 

「それはそうだろうな、放置できないというのは俺も同感だよ。というか、元からそのつもりだ」

 

「そ……で、倒す手段になんか当てあるの?仙術がそれなら、正直ちょっと分が悪いわ。コカビエルとかは光力ばっかりで【気】が薄かったから簡単だったけど……」

 

「そうか……【邪龍の黒炎(ブレイズ・ブラック・フレア)】が通じるかどうか……まあ最悪、あっちの槍(聖槍)を使う。どちらにせよ時間をかけてられないからな、手早くやろう」

 

 言い、さっきの一撃を受け止め随分ボロボロになってしまった槍を杖にして、曹操は私の膝から立ち上がる。穂先を少し残念そうに見つめると、それを正面、忌々しそうにこちらをにらむユピーへ向けた。

 ユピーは鎌の腕を元に戻し、またボコボコと変形するそぶりを見せながら、その苛立ちを吐き出した。

 

「弱ぇ癖に生き残りやがって……しゃらくせぇ!!」

 

 瞬間変形が完了し、腕が巨大化した。集まる大量の【気】。パンチを凌ぐ威力を秘めたそれが持ち上がり、そして私たちへ叩きつけられた。

 

「まとめて、潰れろォッ!!」

 

 私たちは瞬時に分かれて飛び退き、さっきのような無様を回避する。三度破壊され八方に飛ぶ瓦礫もよけながら、さらに私は能力を発動させた。

 

 【黒肢猫玉(リバースベクター)】、黒い念弾が数十も生まれ、叩きつけの反動で浮き上がったユピーの身体めがけて飛んでいく。もし一つでも見過ごされれば楽ができたのだが、しかし苛立ちで思考が乱暴になっているとはいえユピーはそれほど甘くない。

 

 またも変形。肉体が蠢き、頭から肩にかけて全方位を見やるための目と、そして見つけたものすべてを打ち落とすための腕がいくつも生え出る。そしてそれらが、余さず私の念弾を粉砕した。

 身体の周囲で鞭のように振るわれ続ける攻撃。これではいくら撃っても私の念弾は通らないだろう。

 

「なら――ッ!!」

 

 これでどうだ。と、私はさらに練った【気】を注ぎ込み、特大の念弾を形作る。ユピーの身体すら覆い隠せるほどのサイズなら、鞭では恐らく破壊できない。

 

 予想は正しく、瞬間ユピーは鞭を止めた。だが続く。

 片腕、止まった腕のそれぞれが、今度は拳を握ったのだ。そして放たれ、迫る特大の念弾を打ち据えて破壊した。

 

「はッ!!そんな小細工が――!!」

 

 そしてそこまでが私たちの策。破壊した念弾の奥、その陰で曹操が練り上げた“力”。嘲笑を詰まらせたユピーの眼に映るのは、全面を覆い尽くす邪炎の壁だ。

 

 私の念弾を囮にこれを食らわせるのが本当の思惑だ。神にすら消すことが難しいという邪悪な炎。これならば、あるいはユピーを倒せるかもしれない手の一つ。それが“点”を処理した次の瞬間、“面”として襲い掛かるのだ。

 パンチでも鞭でもこれは防げない。弾けて散り散りになる念弾の光芒から、私は確信してそれを見つめていた。

 

 今まで戦って集めた情報からの推測だったから、だから私は頭から抜けていたのだ。

 変形。背中から、まだユピーの強さを認識できていなかった時に眼にしたものが生え、広げられる。

 勢いよく羽ばたいた翼は、巻き起こした風圧で邪炎の壁に穴をあけてしまった。

 

 穴は波及して広がり、やがて壁自体の形を保てず崩れていく。ユピーは消えゆくそれを口角を上げて笑い、次いでつまらなそうに周囲を見回した。

 

「おいおい、なんか知らねぇが作戦会議して、結局こんなもんかよ。しかもいねぇし、逃げるための目くらましか?」

 

 見回すあたりの土煙、そのどこにも私と曹操はいなくなっていた。故にそう呟いたユピーだったが、

 

「ま、そんなわけねぇよな!!」

 

 もちろん、見えている。あらゆる方面を監視する彼の眼は、瞬間背後の土煙から飛び出してきた槍を捉え、そして変形した。

 

 まるで針山。背から勢いよく生え、突き出した針がボロの槍をとうとう折り、さらにその奥までを貫いた。だが砕けて舞う穂先はともかく、そっちの手応えのなさにはすぐ気付く。

 

「武器だけ、ってことはこっちは囮ィ!!」

 

 そして真反対、つまり正面の土煙の僅かな揺らぎと、それを発生させた大きな存在が放つありありとした気配をユピーは察知した。その拳は導かれるまま握られ、振るわれた。

 

 土煙を吹き飛ばして、そしてめり込むその感触。

 

「まず一匹――!?」

 

 それもまた異常。一瞬の後、ユピーの眼にその正体、コカビエルに使ったものと同じように念弾を私の形に変形したものが映る。

 

 これも囮?なら、まさか本当に逃げたんじゃ……などと考えたことがよくわかる呆然と、次ぐ憤怒の表情。その変化の狭間こそ最大の隙だ。

 

「やられっぱなしが性に合わないのは、僕も同じでね……ッ!!」

 

 次の瞬間、吹き飛んでちょうどユピーの懐に転がり込んだ折れた槍の穂先に、私と曹操を連れたジークフリートが転移した。滴るほどの脂汗をかきながら、左手に槍の穂先を握って鬼気迫った笑みを向けている。

 

 残った気力の全てを使って私たちを運んだジークフリート。その身体を掴んだ手を放し、私と曹操が詰める一歩。穂先が舞っていたのはそれだけでユピーを拳に捉えられる距離で、そしてそれだけの時間では、ユピーの思考は私たちの攻撃に追いつけなかった。

 

「「せやあああああッッ!!」」

 

 私と曹操の全力の【硬】を込めた拳が、ユピーの胴体に突き刺さった。下からアッパーのように放ったそれはさすがの巨体も持ち上げ、そして上空に打ち上げた。

 

 それでも彼のあの肉体、硬い手応えからしても、ダメージは決定的なものではないだろう。アッパー一発にすべての力を吐き出した私たちには体勢を崩した彼への追撃もできないし、ジークフリートも然り、私たちを運んだので限界だ。

 が、上空には肉体強度など意に介さない滅びの力の使い手が構えていた。同時にプフを相手にしていた眷属たちも彼に一撃を入れたらしく、よろめくその身体がちょうどユピーと衝突する。

 

 二人が重なったそこに、魔王は強大な滅びの魔力を撃ち放った。

 

「はあッ!!」

 

 目にしているだけで身がすくむほどの魔力は、互いようもなくユピーとプフを呑み込んだ。悲鳴の一つも上がる間もなく、どんな拳も刃も通さない肉体があっけなく消滅する。滅びの波が通り過ぎ、後に残ったのは巨体故に残ったユピーの下半身と、寸前に回避の選択に手を掛けることができたプフの、辛うじて残った半身だけだった。

 

 いずれにせよ、二体とも即死のダメージであることは疑いようもない。サーゼクスたちもその死体をちらりと見やってからすぐに残った最後の大敵、リゼヴィムへと鋭い眼を向けた。

 

「……リゼヴィム、いい加減にわかったんじゃないかい?いくら“力”を手に入れようとも、君の目的は達成されない。空虚に笑い続けるだけの君に、私たちの結束は打ち砕けないんだ。……これが最後だ。全て諦め、投降してくれ」

 

 リゼヴィムは静かに告げるサーゼクスに、なおも笑って応えた。

 

「空虚?そりゃあもう、悪に中身なんて必要ないよ。悪にあるのは悪だけでいい、だからこその邪悪な悪魔だぜ!?俺はそれを取り戻そうとしてるだけ」

 

「……結局、狂人には何を言っても無駄ということですか。……サーゼクス様」

 

「……ああ。わかったよリゼヴィム、君がそう言うのなら、私ももう腹をくくろう。……一人で私たち全員を倒すことができるか、試してみるといい」

 

 呟くように言い、構えるサーゼクス。湧き出る気迫はもはや爆発のようで、波動のように空気を揺るがせた。

 

 ビリビリと、私にまで届く振動。それを向けられたリゼヴィムは、

 しかしそれこそが愉快であるかのように、声を上げて大笑いした。

 

「ア――っヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャッッ!!おいマジかよサーゼクスちゃん!俺が一人!?目ん玉どこに付いてんのよ!」

 

「……下の有象無象のことを言っているのなら、そもそも数には入らないよ。残る君さえ倒せば、後は掃除と変わらない」

 

 恐らく集団戦に向かないミルたん一人で抑えられるほどののだ。新しい個体の発生さえ止めてしまえば容易くケリが付くだろう。そうでなくても彼ら程度がサーゼクスとリゼヴィムの戦いに手を突っ込めるはずもない。

 

 だが、ニンマリ弧を描くリゼヴィムの眼が見やるのは、地上ではなくもっと上。

 

「いやいやいや、おめめどっか行っちゃったサーゼクスちゃんでもさすがに見えるでしょ。いるじゃんそこに」

 

 ユピーとプフの、その死体。

 

「二体」

 

 滅せられたはずの箇所が、再生されて生者に戻るその様子。

 凍り付く全員の中で、あっという間にプフとユピーは目を開けた。

 

「あれは――」

 

 傍で曹操が何かを呟きかける。上の二体に視線を縫い付けられ、その両方の眼に一度殺されたことへの憤怒が宿るさまを見つめさせられる私には続く言葉を聞くことができない。

 

 いや、そもそも言葉が続くことはなかった。二体の怒りに呼応するようにして、響き渡ったその音が、曹操をも巻き込み皆の驚愕を上塗りしたからだ。

 

 ばきん

 

 硬いものが割れる音。私の身体はゆっくりと、音の咆哮に首を回す。

 

 結界だった。リング上に出現し、シャルバとサイラオーグ、そしてピトーを閉じ込めた、驚くほど硬い半球。何かの卵のようなその表面に、ヒビが入っていた。

 ヒビは徐々に広がり、やがてぽろぽろ崩れるように穴が開く。段々と露になる奥の暗闇に、リゼヴィムの歓喜が響き渡った。

 

「アヒャヒャヒャヒャ!!なんてナイスタイミング!!大ボス戦の始まりだよォッ!!」

 

 誰も何も反応できなかった。もちろん、最も近くで目の当たりにした私も。

 

 広がり、人一人分ほど開いた穴。そこから出た足がリングを踏んだ。次いで手と身体と、そして顔。

 その眼を私は見る。見てしまう。

 

 ピトーの冷たい眼差しが、私の絶望を何でもないふうに眺めていた。

 

 ピトー、なのだ。フェルではない。耳も尻尾もさらけ出し、肌を隠す上着はどこにもない。

 その下に着ているジャケットとパンツ姿で悠然と結界から出ると、やがてその眼は興味を失ったかのように私から逸れた。

 

「ぁ――」

 

 脚から力が抜けた。へたりこみ、私はピトーの横顔を見つめる。

 

 その顔は、溢れ出る【気】は、もうどうしようもなくプフやユピーと同じように、“キメラアント”にしか見えなかった。

 

 ピトーは人間ではなくなってしまったのだと、思い知らされる眼だった。

 

「……ッ!!」

 

 曹操の叫び声も聞こえない。ピトーは意に介さず、すっと右手を天に向けた。

 瞬間、さっきのプフの数倍は大きい魔法陣が、スタジアムを覆い尽くさんばかりに展開された。その術式に見えるのは破壊の一色。より強力な、悪魔も人間もキメラも、私すら巻き込むことにためらいのない魔力が魔法陣に注がれる。

 

 強張った曹操の腕が私のお腹に回り、抱え上げられる感覚があったが意識もできず、

 

 次の瞬間、悍ましいほどの破壊が降り注いだ。




オリジナル念能力

魔剣が導く覇の旅路(カオスシフト)】 使用者:ジークフリート
・放出系能力と魔剣の力の【結】
・右手は魔剣を手に転移させ、左手は魔剣の下に自らを転移させる能力。
いずれの転移も手のひらと剣の柄を支点としている。魔剣の格により転移可能な距離は増減し、魔剣帝グラムであれば次元を越えた移動すら可能。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。