主なきノラネコたちの家   作:もちごめさん

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ここからしばらく曹操のターン。

誤字報告ありがとうございます。


十三話

 降り注ぐ魔力の波動に俺が【黄昏の聖槍(トゥルー・ロンギヌス)】を発動させたのは、ほとんど反射的な行動だった。

 本能的な危機感。これをまともに受ければ死ぬ。例えば瀕死のジークと黒歌を守る必要がなかったとして、【堅】の防御や【邪龍の黒炎(ブレイズ・ブラック・フレア)】を応用した盾で身を守っても、なお貫きこちらに致命傷を与えるだろう威力。迫る魔力は瞬時にそれを悟らせ、聖槍の聖なるオーラで俺たちを覆わせた。

 

 その直感は正しかった。聖槍の圧倒的なパワーの全てを費やし展開した障壁を介しても、襲い来る魔力は槍を握る手がしびれるほどの衝撃を俺に与えた。そうして辛うじて凌ぎ、思わず瞑ってしまった目を開けて見た光景も、また衝撃的なもの。

 

 辺り一帯は見るも無残に変えられていた。広かったはずの舞台は半壊の結界が乗る部分を残してきれいさっぱり砕け散り、その外側も、敷かれていた石板は影も形も見当たらず、でこぼこに抉れた地肌ばかりが広がっている。土煙でよく見えないが、この分では客席側も酷い有様なのだろう。

 

「……となれば、生み出された魔獣たちも、ほとんど消えたかな」

 

 であればその脅威に晒されていたリアスたち、その護衛に付いていたミルたんがフリーになる。こっちに参戦してくれれば、特にユピーのあの怪力と張り合えるほどの尋常ならざるパワーは確実に値千金。大きな戦力となるだろう。

 

 というか来てくれないとかなり不味い。なにせ今、こちらの戦力は実質俺一人。しかも動くことすら叶わない者を一人、抱えている状態なのだ。

 

 血反吐を吐くジークだけでなく、黒歌もまた、その気力と一緒に意識を飛ばしてしまっていた。

 

 俺の腕の中で目を伏せ、ぐったりとしている彼女。見下ろして軽く揺するが、やはり起きる様子はない。ただしその肉体には、俺が守ったこともあって大したダメージはなかった。だからつまり、問題は心なのだろう。心が折れてしまうだけの光景を、黒歌はその眼に見てしまったのだ。

 そして俺もまた、その光景を眼にしてしまっている。周囲の破壊の跡ではない。それを引き起こした張本人。「アヒャヒャヒャヒャ!!俺まで巻き込むの、ちょっとひどくない?まあ無事だけど!!」なんて上空で笑うリゼヴィムを気にする余裕もない。

 

 俺は眼前、結界の傍で悠然とこちらを見つめるピトーを見つめ返し、ひりつく喉からいつもの笑みを絞り出した。

 

「……魔力は嫌いだ、なんて言っていたのを聞いた覚えがあるが。その割にはとんでもないのを使ったな。名のある大悪魔でも、ここまでのは難しいんじゃないか?」

 

「んー、そうでもないんじゃない?術自体は大雑把だし、魔力量でゴリ押しただけ。全魔力の半分くらいをつぎ込めば、まあこれくらいの威力は出て当然かにゃ」

 

 いかにも普段通りの何でもないような調子で返すのは、“ピトー”だ。“フェル”ではない。パリストンの【ありきたりな微笑(ビジネスライク)】の効果は消え去り、耳も尻尾も隠す気もなくさらけ出されている。

 

 印象も姿形も、完全に“ピトー”のそれだ。加えて、平然とした様子に反してらんらんと輝く眼の、怖気が走るほどの明白な殺気も。

 

 抑えようもなく冷や汗が滲む。その恰好も相俟って、俺の頭の中では初めてピトーと出会った時の光景が繰り返されている。瀕死の彼女に突きつけた槍ごと、たったの一撃で吹き飛ばされたあの光景。心身共々叩き伏せられた、あの時の衝撃。

 息が詰まる。一つ深呼吸をしてやり過ごしてから、俺はもう一度会話を紡いだ。

 

「……それにしても、舞台に上がり込んできた敵はシャルバだったと思うんだが、見間違いだったか?それとも奴に化けていたとか」

 

 ピトーは表情だけを疑問形に変え、首をかしげる。

 

「なんでボクがあんなのにならなきゃならないの。さっさと殺しちゃったよ。……弱らせたのはサイラオーグだったけど……っていうか、曹操は知ってたのかにゃ?あの時飛び込んできた仮面の悪魔、あれって神器(セイクリッド・ギア)そのものだったらしいんだよね。サイラオーグの金色の鎧になって襲い掛かってきた時はびっくりしたにゃ」

 

 どうにか“ピトー”と“フェル”の間のイコールを切り分け言ってやったのに、完全に無視して素知らぬ顔。それでもう、俺も理解せざるを得なかった。

 

 黒歌も、これを見てしまったのだろう。今のピトーの平然、その奥にかつての親愛や友好はもう存在しない。

 あるのはただ敵意であり、それをピトーは隠そうとしていないのだ。

 

「そ、曹操……こいつは、まさか……」

 

 故に正体に気付きかけるジークを制し、その傍に黒歌を下ろす。槍を手に、俺はようやく腰を上げた。

 そして冷や汗を肩で拭い、うすら寒い作り笑いで言う。

 

「それはご愁傷様。だがもう終わったことなんだろう?そのことは水に流して、こっちを手伝ってくれ。俺一人でジークと黒歌二人も運ぶのは大変だ」

 

 対してピトーは、相も変わらず平然と。

 

「それは……無理かにゃぁ」

 

 その瞬間、俺とピトーは同時に相手に打ちかかった。

 

 聖槍と、剥き出しになったピトーの爪とが激突し、衝撃が轟く。聖なるオーラが混じった俺の【オーラ】と、ピトーの悍ましいほどの【オーラ】。せめぎ合いは、しかしすぐに傾いた。

 

「ッ――!!」

 

 重さに耐えかね、俺の片膝が地に付いた。地面が歪んでひび割れる。聖槍を以てしても足りないほど強大なピトーのパワーに、俺はその殺意の本気を見る。

 軋む身体を必死の思いで支えながら、俺はピトーを見上げ、食いしばった歯の間から押し出す。

 

「なぜ……だ、ピトー……!!なぜお前が、こんなことに……!!」

 

「……こんなことって?もしかして黙って刺されろって言ってるのかにゃ?だったらさすがにごめんだよ。あれってすごく痛いんだから」

 

「なぜキメラアントに堕ちたかとっ……!!聞いているんだッ!!」

 

 気合と共に、俺は身体ごと捻ってなんとかピトーの爪を弾いた。しかし間髪入れずに襲い掛かるもう一方の手。膝は突いたまま、今度は槍の石突でそれを受け止める。

 

 京都での失態がピトーの心に一つのささくれのようなものを生み出してしまったことは理解している。敵であったフリード・セルゼンはまだしも、九重に残ってしまったキメラアントの証。それをピトーがどう感じたのか、詳細は推し量るしかないが、“キメラの性を忌避させる”という目的からは遠いものを抱かせたことは間違いない。

 そこに現れたこの状況だ。フリードや九重のような“一部”ではなく、明らかにキメラアントを模した形で生み出された魔獣たち。特にプフやユピーは、纏う禍々しい気配すら、ピトーのそれとよく似ていた。

 

 だが、だとしてもなのだ。

 

「お前と黒歌の関係は……ッ、その程度で消し飛ぶようなものじゃないだろうッ!!」

 

 だからこそ俺は京都を含めていくつかの荒療治も画策したのだ。それが助けとなったかはともかく、白音も加えて深まる彼女らの絆はより固く、より解き難い“楔”となってピトーを縛り付けた。そのはずだったのに。

 

「……この状況がリゼヴィムの差し金でも、操作されているわけじゃないんだろう……?なら、なぜなんだ」

 

 今のピトーが何一つわからない。だからどうすればいいのかも、正直よくわからない。

 

 ピトーはそんな俺の困惑を映した眼を、その瞬間、そっと逸らした。

 

「……キミには、わからないことだよ」

 

 “わからない”のその先を、ピトー自身の手が塞いだ。俺の困惑が固まる。ピトーはきゅっと数舜口を引き結び、それから重ねた。

 

「曹操だけじゃない……シロネにも、クロカにも、わかるわけがない。……ボクのコレ(・・)は」

 

 放つ殺気が徐々に揺らいでいった。二撃目をと引き絞られていた片手が離れ、胸元で握り締められる。

 

 こころ。それを眼にして、俺はふと自分のそこにも妙な疼きが生まれていることに気が付いた。荒々しい熱、それが怒りであることに、俺は、ハッとしてこっちを見やったピトーの様子で理解する。

 その眼に映っていた俺の顔からは、さっきの困惑が消えていた。

 

それ(・・)は、黒歌や白音よりも大切なものなのか」

 

 “家族”を売り払ってでも欲しいものなのか。

 

「……そうだよ」

 

 短い肯定が返る。

 

 熱が全身に広がった。

 

「……そうか」

 

 その結果が、リゼヴィムの手先ということなのか。プフやユピーやキメラの魔獣たち、それを生み出すリゼヴィムこそが守るに値すると。だから、それを害する俺たちを排除する。

 

 反吐が出る。

 

「なるほど、それは確かにわからない。……いや、わかりたくないな――ッ!!」

 

 身体の熱が膨れ上がり、槍がピトーの爪とのせめぎ合いを弾き飛ばした。一緒に俺も後ろに跳んで距離を取る。そうして仕切り直され、改めて俺がピトーに向けるのは、もはや戦意のみだった。

 弾かれた手に顔をしかめ、少し眉を寄せて見やってから、ピトーも気を取り戻して俺を見る。

 

「ピトー、お前を止めるにはもう、実力行使しかないらしい。……覚悟はいいな?」

 

「……おとなしくしてくれれば、痛くないように殺してあげられるんだけど」

 

「こちらの台詞だ」

 

 キレのない冗談を冷たく突き放す。【オーラ】を練り、聖槍のそれと合わせて纏わせる。

 

 増幅された聖なるオーラは悪魔の血を引くピトーにとって致命的だ。並の悪魔なら威光に触れただけで消滅するほどの“力”は、ピトーとはいえまともに受ければ戦闘不能を免れないはず。

 “殺す気”を露にしてやれば、応じてピトーの【オーラ】も禍々しく爆発した。数多の試合は交わしたが、しかし初めての殺し合いが迫る。

 

 怒りで噛みしめていた口が、闘志に笑んだ。今まさに放たれんとしたその時、

 ぽん、と、不意に肩が叩かれた。驚き、ピトーを視界に入れたまま僅かに顔を傾ければ、そこにはミルたんの姿。

 

「ミルたんは、黒歌さんにピトーさんを信じようって言ったにょ」

 

 偉丈夫は、しっかりとピトーを捉えて言う。期待していたその登場、リアスたちは無事なのかと聞く余白もなく、彼の力強い【オーラ】が身に溢れていた。

 それはつまり、ミルたんもまた覚悟を決めているということだった。

 

「結界に囚われるピトーさんを助けようとして拒絶された時、黒歌さんはピトーさんの変化に気付いてしまったにょ。だからミルたんは黒歌さんを元気付けたくて、言ったんだにょ」

 

「……そう」

 

 ミルたんを見つめ返すその眼は硬かった。どうでもよさそうな無感情に固定され、返される。

 

 黒歌の想いを無価値にしようとする心。つまり今は無価値でないということで、それを上回るものを望む彼女の内心が、ミルたんの顔に一瞬陰を作った。

 

 だが、拳は握られる。

 

「……それがどうしてこんなことになっちゃったのかは、ミルたんもわからないにょ。けどピトーさんの中にフェルさんが、“フェルさんであろうとしたピトーさん”がいるのなら、ミルたんも黒歌さんも曹操くんも、みんなずっと信じているにょ」

 

 強大な【オーラ】が溢れかえった。

 

「それだけにょ」

 

 そして、爆発した。

 

 目にもとまらぬ速度でミルたんの巨体が突っ込む。俺と、恐らくピトーも、それを認識したのは間近まで接近したミルたんがピトーを攻撃しようとするその直前。すさまじいとしか言いようのない量と精度の【オーラ】を纏った拳が、ピトーの胴に振り下ろされた。

 

 だがそれが届く前、直前の察知と攻撃のその狭間、一瞬とも評せないようなわずかな時間で、ピトーは能力を発動させた。

 【黒子舞想(テレプシコーラ)】。自身を操作することによって限界を超えた動きを可能にする能力。ピトーの頭上に出現したバレリーナのような人形は、間違いなくその効果を発揮した。

 

 回避。まるでミルたん自身が攻撃を当てずに逸らしたかのように滑らかに、操られたピトーの身体はミルたんのパンチの横をすり抜けた。

 もし俺であれば指の一本も動かせなかっただろう。だがピトーは躱してみせて、さらに懐に潜り込んだ腕がカウンターまで繰り出した。

 

 ミルたんに負けないほどの【オーラ】が下から顎を打ち上げた。防ぐことなどできるはずもない。そして脳が揺れれば、仮にも人間であるミルたんは耐えられない。

 

「ッ!!?」

 

 はずが、息を呑んだのはピトーのほう。

 ミルたんは微動だにしていなかった。顎に突き刺さった拳はそこで止まり、威力を脳まで伝えていない。首の筋肉のみで受け切って、さらにミルたんは止まらなかった。

 

 二撃目が飛んだ。対してピトーは表情に動揺を引きずりながらも再び瞬時に反応する。上から振り下ろされた剛拳が大地だけを割り砕き、ピトーはその盛り上がった腕の筋肉を踏んで跳んだ。

 そしてほんの一瞬だけ宙で静止したピトーの脚が、瞬間激しい強張りをみせる。目視できるほどの濃い【オーラ】が迸る、踵落としの予兆。それを眼にして、ようやく俺は聖槍の力を解き放った。

 

 いわば聖なるオーラの光線だ。無視できるはずもないそれにピトーは攻撃を中断し、代わりに強張りを足元に展開した小さな結界へぶつけ、空中で体勢を変えて光線を回避する。光線は背のギリギリを貫いた。

 

 ダメージを与えられはしなかったが、とにかく間は開いた。俺は急いで脚を進め、地面に突き刺さった拳を引き抜くミルたんへ呆れを言った。

 

「まったく、一人で先走らないでくれよ。おかげで攻めの段取りが滅茶苦茶になったじゃないか」

 

「……できれば、曹操くんに戦ってほしくなかったんだにょ」

 

 だから一人でやろうとしたと。

 

 だが、弱々しい口調はもう理解してしまったようだ。圧倒的なパワーと耐久力を誇るミルたんだが、しかしピトーが相手ではそのパワー、そもそも当てることが難しい。体技も速さもレベルで言えば文句なしに高いのだが、ピトーの能力がそれをはるかに上回ってしまっているのだ。

 

 加えて繰り出そうとした踵落とし、そしてさっきの魔法陣を鑑みるに、ピトーは俺が知る時よりもかなりパワーアップしているらしい。鍛えていたのだとしてもすさまじい上り幅。あらゆる攻撃を見切ってしまう“技”に魔王レベル以上とも思えるほどの“力”が合わさって、もはやピトーは“強者”程度で立ち向かえるような相手ではなくなってしまっている。

 だからこその、ミルたんの苦言だ。自分一人ではピトーを倒すことは難しいが、かといって手を借りることのできる曹操は、この場では弱い(・・)。ミルたんは肉体面でまだピトーに勝るが、俺は“技”でも“力”でも“身体”でも彼女に劣っている。

 ピトーと戦うには、人間ではあまりによわっちいのだ。

 

「そんなこと、五年も前から知ってたさ!!」

 

 叫び、攻めあぐねるミルたんを置いて俺は地面を蹴り飛ばした。瞬く間に距離を詰める。ピトーが構え、拳の先が俺に向くのを感じ取った。

 

 殺意ではないが、戦意を向けられるのは決して初めてではない。組手や試合は星の数ほど繰り返してきた。そしてどうあがいても人間でしかない俺は、その度に打ち負かされてきた。

 一度も勝てたことはない。悔しくて、増す一方の闘志に行き場が無くて、だからその度、その気がなくても考えてしまった。

 

 組手でも試合でも勝てない。だがもし本物の戦いであれば(ルール無用なら)どうだろうか、と。

 

 あるいは、ピトーという強大な獲物をどう狩るかという妄想。幼稚でくだらないことだとは思う。頭の中での憂さ晴らしも同然だ。まともな喧嘩で勝てないからと、ナイフを片手に夜道を襲う想像をするチンピラのようなもので、仮にそれで倒せても、自分がピトーよりも弱いという事実に変わりはない。

 

 だがしかし、幼稚でもくだらなくても、俺はどうしても、ピトーを相手に“勝ち”を見たかったのだ。

 そんな思いで変化した能力、殺意も剥き出しにした全力を、俺は初めて解き放った。

 

禁手化(バランス・ブレイク)!!」

 

 【|極夜なる天輪聖王の輝廻槍《ポーラーナイト・ロンギヌス・チャクラヴァルティン》】――!!

 

 瞬間、俺の背後に輪後光が射すと共に、ボウリング大の球体が計七個、【七宝】が現れた。その一つ一つにはそれぞれ異なる能力――この場面に適するものも適さないものも含め――秘められている。

 

 が、ピトーがそんなことを知るはずがない。ジークやヴァーリにも見せたことがない禁手(バランス・ブレイカー)なのだ。故に彼女が想像するのは、偶然にも似通ってしまった黒歌の念能力、【黒肢猫玉(リバースベクター)】。その全てが触れれば致命傷となり得る黒い念弾。

 

 だからピトーの警戒は、【七宝】の全てを自身めがけて飛ばされた瞬間、七個それぞれ平等に差し向けられ、回避へ動いた。

 身体に接触させたくないという思いの先行。少なくともその瞬間、彼女に迎撃の選択肢はない。おかげで無事に射程距離に捕らえた球体の一つ、【女宝(イッティラタナ)】は、見事にその効力を発揮した。

 

「ッ――!!?【黒子舞想(テレプシコーラ)】が――」

 

 眩い、しかし目つぶしにはなりえない程度の輝きが放たれ、ピトーを包む。すると瞬時にピトーの頭上の人形が解けて消えた。

 

 【女宝(イッティラタナ)】、本来は女性の異能を一定時間封じるというものだ。しかし強力な効果の代償に、相手がある程度の強者であれば全く通用しないという欠点も有していた。

 そしてその“ある程度の強者”の範疇には、確実にピトーが入ってくる。つまりこの能力は無意味。故に無駄を削ぎ落した。

 

 対象は女性の、すでに発動している能力だけでいい。期間はほんの一瞬でいい。そして“封じる”ではなく“解除”でいい。

 さらには連続使用ができない条件まで設定し、そこまで限定して、ようやく【女宝(イッティラタナ)】はピトーの圧倒的な速さを奪うに至った。

 

「――ぐッ!!」

 

 初見且つ、輝きという不可避。さしものピトーも【黒子舞想(テレプシコーラ)】を前提としていた動きを途中で止められれば即座に体勢を取り戻すことは不可能。驚愕は能力の再発動も遅らせて、迫っていた【七宝】、【将軍宝(パリナーヤカラタナ)】に胴体を打ち据えられた。

 

(だが……)

 

 決定打には程遠いだろう。

 単純な破壊力のみを求めたそれは確かにピトーにダメージを与えたが、しかしそれまで。膝をつかせることもできない。俺の手札でそれが叶うのは、やはり聖槍本体による攻撃のみだ。

 

 ピトーもそれはわかっている。故に次なる警戒は、【七宝】の後に続き突っ込む俺に向いた。それから逃れるようにして、打たれた勢いに身を任せた彼女は自ら吹き飛ばされ、俺との距離を離そうとする。

 

 接近する俺の方が速いが、しかし彼女が手に入れたのは逃避ではなく時間だ。聖槍が届くまでの間が伸び、その間に【黒子舞想(テレプシコーラ)】を再発動しようという目論見。【女宝(イッティラタナ)】が為したのが“解除”である以上、その発想は当然だ。

 そしてそれは十分に叶うだろう。凡庸な使い手であれば能力の発動に数秒かかったりもするが、ピトーのそれは段違い。コンマ一秒を切る。手に入れたのが僅かな間でも、それだけあれば聖槍が届く前に【黒子舞想(テレプシコーラ)】を発動し、回避することは容易なはずだ。

 

 そうやって俺の追撃をかわし、振出しに戻して蹂躙。

 

(できると思っているなら、少し俺を舐め過ぎだ――ッ!!)

 

 ネタ一つで打ち止めなわけがあるか。

 厳しい表情ばかりのピトーの戦意に対し、俺は段々と頬が持ち上がっていくのを自覚した。

 

(――【馬宝(アッサラタナ)】!!)

 

 ピトーの背後にするりと逸れていった【七宝】の三個目。これもまた、強敵相手には通じない欠点を持った能力だった。しかしこっちも制約、インターバルと効果範囲の制限を設けることによってそれをクリア。

 

 発動するその効果は、強制的な短距離転移だ。

 

 眼前のピトーの姿が掻き消える。そして直後に現れたのは、振り下ろされている途中のミルたんの拳。その目の前だ。

 

「――!!」

 

 息を呑む間すらない。例えここから【黒子舞想(テレプシコーラ)】を発動したとしても、その頃にはパンチが命中している距離。つまり回避不可能。俺の能力に見事なタイミングで合わせてくれたミルたんの全力を食らえば、受けるダメージは聖槍と同等、うまくいけば致命傷まで手が届く。

 

 確信した。が、ピトーは【黒子舞想(テレプシコーラ)】を発動させなかった。代わりに腕が閃く。ほど近くにあったそれが辛うじて己が身とパンチの間に滑り込み、そしてパンチに込められていたミルたん渾身の【オーラ】と、急ごしらえであるように手のひらしか覆わない奇妙な(・・・)オーラ(・・)】とが衝突した。

 

 防御された。しかし【硬】ですらない【念】でミルたんの攻撃を受け切れるはずがない。無事では済まないはずと、振り向く俺はその攻防を視界の正面に捉えた。

 

「な――に!!?」

 

 そして絶句する。ミルたんも驚きに眼を見開いた。

 

 確かにピトーは吹き飛ばされはした。だがそれは僅かな距離で、体勢さえ崩れていない。パンチの勢いで地面を滑り、それだけだ。

 ダメージを受けた様子がない。だがどうなっているんだという困惑はあれど、それで攻めの手まで緩めはしない。致命傷に留まらず止めを刺す手札まで、すでに俺は切っている。

 

 俺はゆっくりと【念】を練った。それを全て聖槍に注ぎ込む。たちまち溢れる極大なオーラは、嫌が応にもピトーの注意を引いた。

 首だけが振り向き、鋭さの増した眼が俺を見る。少しでも動けばすぐに対処できるよう、槍だけでなく俺の手足も顔も、じぃっと。

 

 それだけの意識が向いていれば、四個目の【七宝】、【居士宝(ガハパティラタナ)】によって生み出された幻影には気付きようがないはずだった。

 

 しかし、突如ピトーが纏う【オーラ】が広がった。

 

「ッ!!?」

 

 【円】だ。アメーバ状の特異なそれが広がり、猛烈な悪寒が俺やミルたんを包み込む。

 

 もちろん、今まさに奇襲を仕掛けんと気配を消してピトーに襲い掛かった幻影もだ。

 

「……そっちのやり口は、ボク組手とかでさんざん見てきたから」

 

 小さく呟き、そして一瞬だった。【円】を収め、振り返りざまに振るわれた拳が幻影を捉えて叩き潰した。幻影と、それを生み出していた【居士宝(ガハパティラタナ)】までもが破壊され、粉々に砕け散る。

 

 それを認める前に、俺は脚を動かしていた。再突撃。構える槍は注ぎ込んだ【オーラ】のおかげでさっきのミルたんの一撃にも届く威力で、聖なるオーラも併せればあれ以上にピトーを蝕む力を持つ。

 

 切った手札は潰えたが、しかし隙も生み出したのだ。幻影を消し飛ばすために向けた背中、その上空には【黒子舞想(テレプシコーラ)】の姿がない。【円】も併用しているために余裕がないのか、それとも別の理由なのかはどうであれ、素の状態ならば聖槍の攻撃も通せなくはないはず。

 何連撃とかけてでも彼女の体捌きを追い越す気概で、俺は聖槍に【邪龍の黒炎(ブレイズ・ブラック・フレア)】を纏わせ、突き込んだ。

 

 だが、

 

「受け止め――ッ!!?」

 

 想像は根底から外れ、ピトーは槍を避けなかった。腕を突き出し、手のひらで止めたのだ。

 

 真正面から切っ先を、だ。いくらなんでもありえない。そんな驚愕のあまりに見開かれる俺の目は、ピトーの手のひら、切っ先との間に挟まる奇妙な(・・・)オーラ(・・・)】に気付き、その正体を認めることとなった。

 

「人形――!!念能力か!!」

 

 所謂、藁人形によく似ていた。手のひらに収まるサイズのそれがクッションのように衝撃を受け止め、さらには攻撃の【オーラ】を吸っていることに俺は気付く。

 似た能力の存在が頭をよぎり、俺は焦燥を噛み潰し、急いでそこを離脱した。防がれてしまった聖槍を握る手が強張り、力が入る。息を吐き出しどうにかそれを緩めようと気を落ち着けながら、静かにピトーへ言葉を向けた。

 

「……まさか俺の知らない能力を作っていたとは……薄情だな。俺とお前の仲なんだ、教えてくれたってよかっただろうに」

 

「お互い様じゃない?曹操だって、禁手(バランス・ブレイカー)だっけ、使えるなんて初めて聞いたにゃ」

 

「それはお前、【黄昏の聖槍(トゥルー・ロンギヌス)】自体隠しているんだ。わざわざ話すわけが――っと、俺にも返って来るな、この言葉は」

 

 強気に笑みを浮かべてみせる。知りもしなかったピトーの新能力、あの盾があったからこそミルたんのパンチに耐えられたのだろう。そして俺の聖槍も、衝撃と共にその威力の源、聖なるオーラを吸収されたことで効果を発揮しなかった。

 

(いや……“吸収”というよりは“肩代わり”に近いか……。やり返されたな)

 

 叩き込まれる衝撃と【オーラ】、つまりダメージを人形が代わりに受けた。その割に人形に傷がついた様子はないが、感覚的にはそう感じた。改めて考えれば、ヴァーリの【白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)】による【吸収】とは明らかに異なる。

 

 離れるべきではなかったのかもしれない。元々あった印象を利用し返され、吐き出す域に苛立ちが混じる。

 

 それでも頭には上げずに、直後俺は三度踏み込む。しかし今度は一人ではなく、先に飛び出したミルたんの背を追ってだ。【七宝】、新たに生み出した【居士宝(ガハパティラタナ)】も併せて周囲に集め、援護の体勢。

  藁人形への警戒だ。効果が“肩代わり”であるのなら、代わりに受け止めた“力”は果たしてどうなるのか。何が起きるかわからないからこそ肉体強度の高いミルたんが前で、対応力の高い俺が後ろ。

 

 【馬宝(アッサラタナ)】はまだだが【女宝(イッティラタナ)】のクールタイムは終わった。なら取り返しのつかないタイミングで人形ごと能力を解除してやればいい。

 むしろチャンスとそう切り替えて、拳を引き絞るミルたんの奥をじっと見つめる。するとやはり、ピトーと藁人形に動きを捉えた。

 

 ただし藁人形は俺の攻撃を止めたものではなく逆の手に握られていたものだった。恐らくそっちはミルたんのパンチを受けたほう。ピトーはそれに【オーラ】を注ぎ、そして変化は急激に起こった。

 

 藁人形を滑らかな素材が覆い始めた。たちまち藁人形の全身はその下に隠れ、姿が変わる。変化したそれはどうやら、ミルたんを模した人形であるようだった。

 

 ――嫌な予感しかしない。

 

 しかしできることなら効果の詳細を確かめるまでは【女宝(イッティラタナ)】を使いたくない。衝動を呑み込む。するとその時ふと、ピトーの眼がミルたんから俺へと移り、そしておもむろにミルたんの人形を抛り捨てた。

 

 同時に空いた手に魔法陣。魔力攻撃かと身構えるが、現れた魔法陣はあまりに小さい。それによって生み出された氷も比例して小さく棘程度の大きさ、しかも一つきりだ。

 ミルたんどころか俺にすら傷の一つも付けられないだろう。ピトーはそれを、抛り捨てた人形に向けて発射した。

 

 予想していなかった方向、さらにはそもそも人形はピトーの真横、破壊された舞台の結界へ向けて抛られている。止める手もなく、またその余裕もなく、氷の棘はミルたんの人形の片腕に突き刺さり、さらに結界にまで突き刺さって縫い留めた。

 

 それこそが、ピトーの能力の発動条件だったのだ。

 

「ッ!!?ミルたんの腕が――!!」

 

 動かない。宙に固定されたように、殴りかからんとした剛腕が突如として停止した。繋がる身体もそれに縫い留められ、脚が止められる。

 

(これかッ!!相手を模した人形で相手の動きを制限する能力――!!)

 

 その条件が“素体となる藁人形に相手の“力”を受けさせること”なのであれば、俺もまたその条件をクリアしてしまっている。証拠にピトーのもう一方の手の中ではすでに藁人形が変化を始めており、見せつけるように突き出されたそれには濡れ羽色の髪が生えてきていた。

 

(俺まで動きを止められるのは不味すぎる――ッ!!)

 

 そこに待っているのはなぶり殺しだ。戦慄に導かれるまま、俺は【女宝(イッティラタナ)】を発動させようとした。

 

 が、

 

「――なんで……逃げてって言ったはずにょ!!」

 

 ミルたんの大声とほとんど同時に、人形の変化が止まった。ピトーの目からは戦意を含めた感情がスッと抜け落ち、見開かれた丸い目が俺ではなくその背後、ミルたんも見やっているそれを見つめている。

 

 あまりの激変に俺の“力”も固まって、思わずそっちを振り向いた。

 

 リアスたちの姿があった。黒歌と、とうとう気を失ってしまったらしいジークを運び出そうと、三人で奮闘している。それらの顔が一斉に恐怖に囚われ、こっちを、ピトーを向いた。

 

 その瞬間、ピトーの【オーラ】が膨れ上がった。

 

 【黒子舞想(テレプシコーラ)】が発動し、ハッとして振り向く間もなく、操られたその身体が俺の隣を駆け抜ける。俺は遅れながらも、ほとんど反射でその能力を消し去ろうとした。

 

「ダメにょッ!!」

 

 だが反射故に、その絶叫で【女宝(イッティラタナ)】は留まった。代わりに爆発するミルたんの【オーラ】。ピトーが放つ悍ましい気配も覆い隠すほどのそれが一点、固定された腕に集まり、鬼と思えるほどに歪んだ形相と咆哮が、宙の拘束を引きちぎった。

 

 人形に突き刺さっていた棘も砕け、自由を取り戻したミルたんは、常軌を逸した肥大をみせる筋肉から湯気を吐き出し、用いてたちまちピトーへと追いついた。一方ピトーも予期していたのか振り向き、両者同時に攻撃の構え。

 

 いや、勝負を決する気合だった。二人とも攻撃の手には【硬】。防御力はゼロで、当てれば相手を殺すことが叶う。

 

 そんな状況を、ミルたんははっきりと眼に見てしまった。

 

「っ――」

 

 ほんの一瞬、生まれた躊躇。ピトーを殺すことがどういうことなのか、頭の中に巡った。

 

 しかし感情が消し飛んだピトーにはそれがなく、

 

 どぎゅっ

 

 ミルたんの鋼の身体を、ピトーの貫き手が貫いた。




そんなわけで曹操の【七宝】に少し手を加えております。せっかくの能力なのにピトーに通用しないっていうのは寂しいので。
ところで【女宝】とかいう自分よりも弱い女性を(戦闘能力的に)丸裸にする能力ってなんだか一誠味がありますね。
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