主なきノラネコたちの家   作:もちごめさん

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十四話

 ピトーが手を引き抜いた。途端どばっと溢れ出る鮮血。胸に大穴を開けたミルたんの身体が力を失くしてゆらりと傾き、そして倒れ伏した。

 

 地面に赤色が広がっていく。その上でピクリとも動かなくなったミルたんに、リアスの顔がどんどん自責で染まっていった。

 

「あ……わ、わたし……」

 

 その震え声に、ピトーはゆっくりと振り向いた。己が下したミルたんから眼を外し、緩慢に背後へと持っていく。眼差しは、明らかに殺意のままだった。

 

 それを認めて、ようやく俺も動揺を振り払った。

 

(――ッ!!【将軍宝(パリナーヤカラタナ)】!!)

 

 【七宝】の一つを差し向ける。あっさりと弾き返されるが時間稼ぎには十分で、その間で回り込み、ピトーとリアスたちの間に滑り込んだ俺は聖槍でピトーの裏拳を受け止めた。

 

 【オーラ】と【オーラ】がぶつかり合う衝撃。拳の背と合わさっているのは刃だというのにどちらも傷つかず拮抗してしまう光景は、わかっていても些かならぬ心理的なダメージを俺に与えた。だからその分リアスと同様、ミルたんを守れなかったことに激しい後悔が迫り来る。【七宝】の能力も過半数が割れてしまった今、自分一人でリアスたちを守りつつ格上のピトーを倒すのはかなり困難だ。

 おかげで歪む俺の顔を、ピトーは相も変わらず丸い眼で見つめながら、ふと呟いた。

 

「ボクの念を解除する能力、使わないの?ほら、使わないと、曹操の技量じゃボクに追いつけなくなる」

 

 せめぎ合うピトーの拳が滑り、しなって流れるようにこちらの懐に入り込もうとする。俺は脳が焼き切れそうな感覚を味わいながら速度に必死に食らいつき、再び槍でそれを止めた。

 

 余裕もなく、拳を凝視したままなんとか返す。

 

「頭が、冷えたんだよ……ッ!ミルたんのおかげでねッ!」

 

 あの時の静止の声。遅れて我に返って気付いたのだ。【女宝(イッティラタナ)】でピトーの【黒子舞想(テレプシコーラ)】とミルたん人形の能力を解除しようとしたあの場面、よくよく考えれば妙だった。

 今ピトーが言ったように、ピトーは【女宝(イッティラタナ)】の効果を既に把握している。にもかかわらずこれ見よがしに俺の人形まで具現化しようとして、まるで【女宝(イッティラタナ)】を使って来いと言わんばかりの能力の大盤振る舞いだ。クールタイムの制約に気付いてその隙を狙っているという可能性もあるだろうが、俺の動きを制限できる人形は強力なうえに恐らく簡単に再度具現化できるものではないはず。それを失って得る隙は決して対価に見合うとは思えず、故に普通は“使わせよう”ではなく、【女宝(イッティラタナ)】の発動を“躊躇させるよう”に動くのではないだろうか。

 

 無論ブラフの可能性もある。だが【念】と名のつくものの大抵に干渉できる仙術を操る黒歌が傍にいるのだから能力強制解除への対策を考えようとするのは自然であるし、その可能性がある以上、一人となった今は危険など冒せない。もし厄介なカウンターを食らってしまえば、フォローしてくれる味方はもういないのだ。

 

(【女宝(イッティラタナ)】は、もう安易に使えない……!)

 

 だが言の通り、使えなければピトーの速さは奪えない。つくづくあの時点で見抜けなかった己が不甲斐なかった。

 

「んー……やっぱりミルたんって、無茶苦茶だけど鋭いよね。さっさと倒せてよかったにゃ」

 

「……その割には、少し残念そうじゃないか……!キメラの仲間欲しさに裏切った割に、まだこっちにも情が残っていたのか……?」

 

「『残念そう』?……ああ、まあ、確かに最後の最後でしり込みされたのは残念だったかも。どうせならちゃんと戦って()りたかったにゃぁ……ッ!」

 

 戦闘狂らしい返しを放ち、間もなく再びピトーの拳が膠着を抜け出し、俺へと襲い掛かる。鬱憤を誤魔化すか、あるいは別の何かを押し隠そうとするような唐突な再開だが、思考に沈む余地もなく俺の脳味噌は見切りと反射にばかり割り当てられた。でなければもはやピトーの攻撃を捌けず、しかもその攻撃は徐々に徐々に速くなり始めていたのだ。

 

 さあ使え。使わなければすぐ死ぬぞ。ピトーはあからさまにそう言っている。つまり【女宝(イッティラタナ)】を発動させた瞬間、俺の負けが決まるということか。

 

(さあ、どうする……!!)

 

 スパークする脳の隙間に思考能力を捻り出し、考える。逆転の手、打開法、何でもいいからできることはないかと探し回る。

 

 槍と拳の打ち合い。そんな只中に、ふとリアスの震えた声色が蘇った。

 

「殺し……そ、そうよ……!早く、早くミルたんを助けないと……あ、あんなに血が……」

 

 音で気付く。リアスがこちらに来ようとしている。怒鳴り散らしたい衝動に駆られたが、幸いなことにその余裕も必要もなく、ゼノヴィアが大声でそれを留めた。

 

「ダメだ部長!!あんなところに飛び込めばあなたが死んでしまう!!」

 

「落ち着いてリアス!大丈夫……大丈夫だから……」

 

 と、恐らくリアスを抱きとめたのは残ったもう一人の悪魔、ソーナ・シトリーだろう。トラウマの再発か、不安定なリアスに続けて語りかける。

 

「貴女のせいじゃないわ。貴女は正しいことをしたの。ウタとジークフリートを助けたでしょう?だから自分を責めないで……」

 

「その通りだ!以前も皆が言っただろう!?部長の優しさは誰が何と言おうと正しい!それだけは間違いないんだ!!」

 

「いーや、リアスちゃんのせいだね」

 

 哄笑混じりのその声は、突然上から降り注いだ。ちょうどその時なんとか打ち合いを再びせめぎ合いに持っていった俺は、注意はピトーに向けたまま、視線を一瞬そっちに向ける。

 

 リゼヴィムは、その背をプフとユピーとの戦いで疲労困憊な様子の魔王たちへ晒し、大胆にもまっすぐこちらを見下ろしていた。

 責める視線を叩きつけ、身を震わせるリアスへさらに言う。

 

「みんなを助けたい、誰も見捨てたくない、だって私は情愛のグレモリーなんだから!……アヒャヒャヒャヒャ!結果、守ってくれてた大恩人を殺しちゃった!だから正しくは“せい”じゃなくて“おかげ”だね!ありがとう!厄介なミルたんを倒せたよ!」

 

 底意地の悪い顔がリアスに向けてにっこりと笑いかける。深まる絶望の声色が「また……私……」と呆然として呟くと、すぐさま二人の怒声が覆って塞いだ。

 

「ふざけるなッ!!元はすべてお前のせいだ!!ミルたんや曹操を襲わせているのはお前だろう!?」

 

「それに変異キメラアントのピトーは本来、五年前にアイザック・ネテロに討伐され、しかもつい最近、生き延びていた彼女をリアスたちが倒したはず。……禍の団(カオス・ブリゲード)に加わっていたことも考えれば、貴方が彼女を従え、手助けしていることは明白!この戦いを引き起こしたのは他でもない貴方でしょう!!」

 

「そうだ!!部長の優しさを利用しておいてよくもそんなことが言えるな!!

恥を知れ下種め!!」

 

 語気の荒いゼノヴィアとソーナ。しかしリゼヴィムは芝居がかった調子で首を振る。

 

「いやいやいや、なんでもかんでもおじいちゃんのせいにしないでくれない?おじいちゃんはあの魔獣なんて助けてないし、操ってもないもんね!」

 

 言い切り、リゼヴィムは全く信じた様子のない二人を鼻で笑ってから、少し俯き気味に考え込む様子をみせる。

 

「でもまあ、そうかもねぇ……。甘さを知っててそれを利用したことは間違いないわけだし、そういう意味じゃあ戦略の賜物ってことになるのかな?じゃあ褒めてあげないと!褒めて伸ばすのがウチの教育方針なんだ!」

 

「この……!!どこまでもふざけたやつだ!!」

 

 憤慨するゼノヴィアは構える聖剣デュランダルの刃を、思わずといったふうにリゼヴィムに向ける。がもちろんリゼヴィムが取り合うはずもなく、それどころか嘲笑うかのように言葉が続いた。

 

「というわけで……リゼちゃんポイント百点あげちゃう!よくやったねぇ」

 

 表情まで厭らしい。

 

「フェ~ルちゃ~ん!」

 

 ピトーに向けて、リゼヴィムはその名を口にした。

 

 やっぱり知っていたのか、という納得と共に、とうとう衆目の前で言いやがった、という舌打ちが俺の口から零れ出る。サーゼクスたちやリアスたち、特にゼノヴィアが、憤然を固まらせて困惑に眉をひそめた。

 

「なにを……なぜここでフェルさんが出て来る!お前が救い、手懐けて曹操と戦わせているのはピトーだろう!?」

 

「だーから何もかも違うって言ってんでしょデュランダル。バカだねぇ、救ってないし手懐けてもないし、フェルはピトーだって言ってんだよおじいちゃんは!」

 

「だから意味が……ッ!まさか、京都でフリードが使ったあの薬!あれでフェルさんがピトーの姿に!?」

 

「そう――いや違う!フェルは最初っからピトーの変装なんだってば!なんかの念能力で人間の姿になってたの!……全く、ない頭でももうちょっとうまく使って理解してほしいもんだね。でしょ、曹操くん?」

 

 リゼヴィムは意味を呑み込めないゼノヴィアから、その矛先を突如として俺に向けた。心臓が跳ね、受け損ねたピトーの拳が服を貫き肌を掠める。

 込められた【オーラ】が激しい痛みを伝えて来るが、それでも意識はリゼヴィムへとその注目を寄せたままだ。

 

キメラ化(オーダー・ブレイク)だっけ?あんな作りかけのアイテムなんか、俺が仕込みに使うわけないでしょ。てか、まともな形に変身できるはずないもんね」

 

 キメラ化(オーダー・ブレイク)まで知られていることの驚きだった。名称も、その開発が道半ばであることも、知る人間は決して多くない。おまけにどうやら京都の事件に俺が関わっているということまで知っている様子。

 

(その情報源は……)

 

 やはり、彼なのだろうか。確証も何もないまま、疑惑はその解を求めて俺の顔に不敵の笑みを作る。

 

「なら、何を仕込んだだリゼヴィム……!まさかペットよろしく“お座り”の――ッ!!」

 

 と、自然と出てきたジョークはピトーのほうから怒りを引き出してしまう。一際パワーの増したパンチが槍を襲い、その重さが俺に膝を突かせた。

 

 叩き伏せられる寸前で歯を食いしばり、必死にそれを受け止める。その奥からピトーの冷たい視線が俺を射抜いた。しばしの間があり、眼と同じく冷たく言う。

 

「……羨ましいなら、ボクが仕込んであげようか?“お座り”」

 

「結構、だ……っ!人間の誇りは、そうそう捨てられないもんでね……!」

 

 さすがに怒るのか、というか手まで出るほどかと、内心で冷や汗を拭いながら応じる。しかしとにかく押し込まれたままではまずい。何度とも知れぬ必死を振り絞って“お座り”からの脱出を試みていると、あの狂ったような笑い声がまたリゼヴィムの喉から放たれ響き渡った。

 

「アヒャヒャヒャヒャ!!“人間の誇り”!?ジョークセンスキレッキレじゃん!その“誇り”のためにピトーを生かしちゃったからこんなことになってんのにさぁ!」

 

「なに……?どういう、意味だ。リゼヴィム……!」

 

 サーゼクスがプフの魔力を弾き返しながら、疲れ切った様子で息を吐きつつ疑問を吐き出した。

 

 それはこちらにとってかなりの致命傷、しかし噴き出た血の量はもはや隠し切れないほどだ。故にどうしようもなく、俺は膂力の全てを注ぎ込み、辛くもピトーのパワーをいなして重いパンチをすり抜けた。

 

 距離を取り、立ち上がると、ひとしきり笑ったリゼヴィムの返答がその上空からサーゼクスへと返る。

 

「意味も何も、さっきからずーっと言ってるじゃんよ。……わからん?フェルの正体はピトーでしょ?じゃあそのフェルが所属している勢力は?」

 

「ッ――!!」

 

 一拍置いて息を呑む音。そして再発する哄笑が全員を舐める。

 

「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!どいつもこいつもバカばっか!そんなんだから三流政治家とか言われちゃうんだぜサーゼクスちゃん!相手のことなーんにも知らないのに仲間に引き入れちゃうんだもん、悪魔の駒(イーヴィル・ピース)もそうだけど、もう笑うしかねェよこんなもん!」

 

 疲労消耗を吹き飛ばすほどの衝撃的な事実。意識が戦闘からリゼヴィムの怒りへと切り替えられたらしく、眷属たち三人は皆、激怒の眼をそっちへ向ける。が一方、リアスとゼノヴィアは傍で伏す黒歌を見つめ、驚きに呑まれていた。

 

「そんな……ということはまさか、ウタも……?」

 

「今まで、すっと……」

 

 深く関わってきた二人だからこそ、信じ難いという思いが強いのだろう。しかも黒歌の方はまだ“ウタ”のまま、パリストンの能力は持続し続けてとても黒歌の印象とは繋がらない。

 

 が、疑われた時点でもはや挽回のしようがない。本当にどうしようもなくなったのだ。今までの苦労は無に帰し、ため息をつきたくなるが、当人たるピトーには、もうそんな感傷などは存在しなかった。俺は実際に息を吐く間もなく、それに対応せざるを得なくなる。

 

 せっかくとった距離を、ピトーが急速に詰めてきた。正確にはその予兆で、脚が曲げられ、筋肉が膨らみ強張っている。俺は槍を固く握り、それと同時にピトーの身体が半ば煙って飛び出した。

 眼が追い付かないほどの速度。しかしもう幾度も眼にし、そのスピードには随分慣れた。とはいえギリギリではあるがとにかく捉え、聖なる刃がカウンターのように、突っ込んでくる胴体を切り裂いた。

 

 と一瞬は思えたほどの軌道だったが、ピトーの【黒子舞想(テレプシコーラ)】はそれをも避ける。ただし意外な方向に。

 

「――ッ!!また無視かッ!!」

 

 大きく横に躱していた。俺の槍は届かないがピトーの拳も届かない距離。そうしてそれた凶刃の目当ては、背後のリアスたちだ。狙うことで俺の行動を制限するとかそういうことではなく、やはりどうしてもリアスたちを殺したいらしい。

 

 だがもう二度目はない。俺はピトーのパワーに集中するため意識を切っていた【七宝】を再び操作し発動させた。

 

「【馬宝(アッサラタナ)】!!」

 

 同時に槍を操りながら自身を転移させる。次の瞬間、俺の目の前にあるのはピトーが通り過ぎた軌跡ではなく背中そのもの。俺を抜いたと思い込み、リアスに夢中なピトーのそれは無防備だ。滑らかに閃く俺の槍は動きを止めず、直後にそこを貫かんと突きを放った。

 

 静かな連撃。ピトーの類まれな第六感は寸前にそれを察知するが、目がそれを捉えたのみでとても回避の暇はないはずだ。狙ったのは身体の正中線で、しかも転移した刃はミルたんの時のようにもう打ち放たれた後。【黒子舞想(テレプシコーラ)】で動こうが身体のどこかには傷が行く。

 再発動のインターバルで連発できない事と、これでもなお致命傷には程遠いことが難点だが、今の手札では数少ない“ピトーに攻撃を当てる手段”。こんなところで切りたくはなかったが――

 

(やむを得ない!!リアスたちをここから離して、それからまた仕切り直す!!)

 

 俺は全力でピトーの身体を貫いた。

 

 その寸前に、不可視の力に腕が引っ張られた。

 

「ッ――!!?」

 

 槍先が明後日の方向を向き、ピトーの肉ではなく空を貫いた。またも空振り、しかも今度のピトーは避けてもおらず、脚はリアスに向いたままだ。

 

 動きを見せたのは片方の手のひら。その下に吊り下げられた俺の人形が、四指から伸びる魔力の糸に片腕を上げさせられているという、それだけだ。そしてその腕と同じように、俺の右腕も独りでに動いたのだ。

 

 思い違いを悟る。

 

(行動の制限じゃない、人形と本人の状態をリンクさせる能力――!!)

 

 間接的に相手を操作する能力だ。アンテナを使うようなよくある操作系能力の、少々効果が劣ったバージョン。しかしその条件が圧倒的に簡単だ。おまけにかけられれば即詰み、という面では大して変わらない。

 

 想定していたよりもずっと凶悪。【女宝(イッティラタナ)】の発動が頭をよぎるが、どのみち間に合わないと切り捨てられ、代わりに左手が槍を受け継ぎ、連撃を繋いだ。

 だがいずれも空を切る。動きを把握され、的確に行われる妨害操作が【黒子舞想(テレプシコーラ)】と相俟って最小限での回避、そして、リアスたちへの接近を許してしまった。

 

「ぐお――!?」

 

 追いすがろうとするが、地面に叩きつけられた人形にまたも氷の棘を撃たれ、動けなくなる。その間にピトーは、呆然とするリアスとゼノヴィアを守ろうとするソーナが放つ水龍を容易く砕き、そして返しに悠々、魔力を放った。

 

 強烈な爆発が、リアスたちを呑み込み辺りを揺らした。轟音と爆風。動けない俺はそれをもろに喰らうことになり、リアスたちを移動させるために動かそうとしていた【象宝(ハッティラタナ)】、飛行能力を有する【七宝】を反射的に盾に使う。瓦礫のいくつかを弾き飛ばし、そしてようやく治まった周囲を確かめれば、三人はやはり吹き飛ばされて気を失い、血まみれで倒れ伏してしまっていた。

 傍に寝かされていたジークと黒歌の姿もある。しかし当たり所がよかったのかはたまた別の要因か、全員生きてはいるようだ。すぐに治療を施さなければ危ういだろうこともまた、間違いない。

 

 それほどの惨状。それを生み出した轟音は、もちろん上空の戦闘にも割り入って皆の鼓膜を揺らし、一人の男を愕然とさせていた。

 

「――リアス……が……!!!」

 

 サーゼクスは瀕死のリアスを認め、途端、その内の滅びの魔力が爆発した。

 

 悪寒が走った。凝視する彼の姿から“人”が消え去り、代わりに内側のオーラの塊が人の“形”だけをなぞって現れる。剥き出しになった“力”はミルたんやピトーとも異なる、まさに別次元のものだった。

 

(……これが、超越者サーゼクス・ルシファー……!!)

 

 話だけは聞いていた。初代ルシファーの十倍の魔力量を誇る彼の真の姿は“人型に浮かぶ滅びのオーラ”であると。

 

 これがそうで、しかもその激情がリアスの惨状に向いているのなら――

 

「ピトー!!!」

 

 彼女とて、太刀打ちできるとは思えない。思わず叫んでしまうくらいの圧倒的な“力”は、次の瞬間、ピトーめがけて襲い掛かった。

 

『【滅殺の魔弾(ルイン・ザ・エクスティンクト)】――!!!』

 

 一つ一つにとてつもない威力の滅びの魔力が濃縮された球体。それらが一斉に憎悪すら伴い放たれる。

 

 とても受け切れない。避けることもできない。ピトーが消し飛ばされる光景を容易に想像できる威力と数。

 

 だがそんな想像を、瞬間、爆発的に増大したピトーの“力”が打ち崩した。

 

「う……があああああぁァァァァッッッ!!!」

 

 気合、あるいは絶叫と共に、ピトーは膨れ上がった“力”で魔法陣を発動させた。展開した“盾”にはサーゼクスの滅びの魔力の球体にも劣らないほどの濃密な魔力が込められ、それは驚くべきことに、防御不可と思われた滅びの雨を防いでしまう。

 

 次々滅びの魔力の球体を放つサーゼクスと、それを何発も防いでまだ力尽きないピトーの魔力。二者の間にあった見る間でもないほど深い“力”の差は、疑う余地なく消え去っていた。

 

(どういう……)

 

 ことなのだ。

 

 ピトーのその“力”はいったいどこから湧いて出た。戦っている最中に感じていた成長によるパワーアップとは比にもならないほどの異常な上り幅、まさかサーゼクスのように“真の姿が――”などということがあるわけもない。

 

「アッッッヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!!すッげぇ!!すッッッッッげーーーーっぇ!!元鞘だとこうも違うかよ!!シャルバはあんなだったのに!!本気(マジ)のサーゼクスちゃんと戦えちゃってるよ!!ヒャヒャヒャヒャヒャ!!」

 

 渦を巻く疑問はテンション最高潮に大笑いするリゼヴィムにその答えを感じ取り、叫んだ。

 

「リゼヴィム!!これが貴様の言う“仕込み”か!!ピトーにいったい何をした!!」

 

「アヒャヒャヒャヒャ!!人間(君ら)のアイテム使ってちょっとパワーアップしてあげただけだよ!ホントそれだけ!」

 

「そんなことがあり得るか!!」

 

 これほどの能力上昇を可能にするものなど聞いたこともない。キメラ化(オーダー・ブレイク)然りコピー神器(セイクリッド・ギア)然り、まだまだ完成とするには程遠い出来栄えばかりだ。“人外に抗しえる兵器の開発”という目的の、その一段階目で悪戦苦闘しているのが現状。

 

 俺の知る範囲では、そのはずだった。だが自供した犯人はその詳細を口にしないまま、好き勝手に嗤い続ける。

 

「あり得てんじゃん、目の前よく見な曹操くん?サーゼクスちゃんにも届くパワー、それさえ与えてあげれば、知ってる人は知ってる通り、悪魔が大大大っっっ嫌いなピトーちゃんだもん。何もせずとも勝手に悪魔をブチブチ踏み潰してくれる、悪魔殲滅兵器の誕生ってわけよ!エコロジーだろ!?」

 

 正気を疑うような台詞が飛び出る。理解不能の度合いはもう彼からろくな情報が得られないであろうことが明らかなほどで、俺は舌打ちしつつ意識を眼前のピトーへ戻す。身体は動かないが能力の使用は可能な故に【七宝】での介入を考えたが、するとその時、介入するまでもなく事態が動く。

 

 リゼヴィムの直下で【滅殺の魔弾(ルイン・ザ・エクスティンクト)】を防ぎ続けていたピトーの盾がとうとうひび割れ、砕け散ったのだ。一方のサーゼクスもその頃にはもうほとんどの魔弾を撃ち尽くしてしまったいたが、最後の一発だけが残って傍に浮遊している。

 

 形成が傾いた。チャンスと捉えたのであろう人型の滅びのオーラ、サーゼクスは、疲れ切ったように放つ圧力が衰えさせながらも散り散りになる魔法陣とそれに込められた魔力の向こう、盾の破壊で体勢を崩すピトーを消し去らんと、魔弾を撃ち放った。

 

 最後の一発を残してちょうど防御が解けるなど、あまりにもタイミングが良すぎる。怒りで我を忘れた彼は、こんな見え透いた誘いも見抜けなくなっていた。

 

 いや、その強さ故に半端な小細工などないも同然に打ち破れる彼には、元々戦闘に於いてそれを警戒するという認識自体、薄かったのだろう。格上どころか同格の敵もいない強者だからこその経験不足。ヴァーリと似た業を負う彼は、だから発射された魔弾に合わせて誘ったピトー(同格)の思惑を見抜けなかった。

 

 体勢を崩した背に隠れていた腕が、【黒子舞想(テレプシコーラ)】に操られて伸び、手の中の人形を突き出した。サーゼクスの姿を模している。恐らく魔法陣での防御に紛れて条件を満たし、具現化したのだろうそれは代わりの盾に使われ、魔弾の最後の一発を受け止めた。

 

 ピトーの膨れ上がった【オーラ】と合わせて見事に防ぎきる。魔弾は消滅し、しかし同時に人形もまた滅びの力に侵され、消滅した。

 

 外側だけが。

 

 あっけないと、一瞬感じたのは全くの間違いだった。サーゼクスを模した外装が剥がれ、中から出てきたのは埋まっているはずの藁人形ではなく、それがドロドロに溶けて形作られたかのような闇色の流体。そしてその正体は一目でわかるほどの圧倒的【オーラ】、サーゼクスが放った【滅殺の魔弾(ルイン・ザ・エクスティンクト)】の、全力の滅びの魔力そのものだった。

 

 藁人形がサーゼクスを模すために、身代わりとして受けた魔力なのだろう。それらが露になった途端、一斉にサーゼクス本人へと返った(・・・)

 

「――ッ!!?」

 

 攻撃性もそのまま、襲い来る滅びの魔力はかつて放った全力(・・)そのもの。そして今のサーゼクスはその全力を絞り出した後で、咄嗟に迎撃として放った滅びの魔力ではとても及ばない。これもまたあっさりと、噴き出た魔力はサーゼクスのみならず、周囲に漂うその眷属たちまでもを呑み込んだ。

 

 寸前にマクレガーとグレイフィアが結界を展開したように見えたが、やはり防ぎきれるはずもなく大爆発を起こす。勢いに吹き飛ばされたそれぞれの身体が墜落して地面に叩きつけられ、魔力のダメージと衝撃が次々に彼らの意識を飛ばしてしまう。だが唯一、サーゼクスだけは人の姿に戻りながらも意識を繋ぎ止めており、なんとか膝をついて着地しながら、自身の魔力によってボロボロになった身体を苦しげに持ち上げると、大威力の発射口となった反動に手を押さえるピトーを見つめて、傷だらけになったその顔を歪めた。

 

「ぐ……リゼヴィム、なんてことをしてしまったんだ……。これが……彼女が我々を、今の悪魔社会を破壊するための殲滅兵器、だって……?」

 

 ダメージを負った肉体から絞り出すように呟く。

 

「彼女は……ただの、爆弾だ……!」

 

 それなのだ。咳き込むサーゼクスは俺を一瞥し、静かに息を吸う。

 

「見境なんて、ない……。悪魔だろうが人間だろうが、邪魔者を皆吹き飛ばす。……君の打った手は、正義も邪悪も、戦いも何もない……滅亡じゃないか……!わかっていないのか。リゼヴィム、君もまた、彼女にとっての邪魔者なんだぞ……!?」

 

 ピトーは悪魔を憎悪している。この世の全てから消し去ってしまいたいほどに。

 【魔獣創造(アナイアレイション・メーカー)】でピトーが求めるキメラを生み出せようともそれは変わらず、“力”を与えただけだと、つまり洗脳などの操り紐を付けていないというのなら、間違いなく後々にリゼヴィムへも牙は向く。神器(セイクリッド・ギア)は宿主から取り出せる、という事実は既知のものであり、尚且つ与えられた巨大な“力”があればそれも容易だからだ。

 

 早い話、強いとはいえサーゼクスに劣る実力でしかないリゼヴィムではピトーをコントロールできない。故にリゼヴィムの“仕込み”とやらは自滅の手、皆を道連れに滅びようとしているも同義。現に今さっきの滅びの魔力はリゼヴィムをも呑み込んだ。

 

 そう、俺も思っていた。だが見上げた上空、爆煙の晴れたそこには、

 

「だから、なに?」

 

 全くの無傷のリゼヴィムが、変わらぬ邪悪な顔で笑っていた。

 

「いやまさかサーゼクスちゃん、俺がそんなおバカに見える?シャルバじゃあるまいしさぁ」

 

「……あれを受けて、無傷、だと……!?」

 

 サーゼクスが目を見開く。リゼヴィムを襲ったのは要するにサーゼクスの全力攻撃であり、それで毛ほどのダメージも与えられないということはつまり、リゼヴィムはサーゼクス以上、下手をすれば最強のドラゴンである真なる赤龍神帝(アポカリュプス・ドラゴン)グレートレッドクラスの実力を持つということになってしまう。

 

(そんなことはあり得ない……)

 

 故に、動揺するサーゼクスとは逆に俺は内心に疑いを抱くことになった。何か仕掛けがあるのだと、そして直感から、それがこの戦いに勝利するためのキーであるということを確信する。

 

 思考を巡らせる。

 

「どういう、ことだ……!?まさかそれも、盗んだ神器(セイクリッド・ギア)の能力なのか……!?」

 

「かもねェ……。でもこれでわかっただろ?サーゼクスちゃんの言ってることは全部杞憂、俺は“爆弾”にはやられない。君らが全部死んだらピトー始末して、ちゃんと悪魔も復興してあげる」

 

 『杞憂』、『爆弾にはやられない』、『ピトーも始末』。つまりリゼヴィムはピトーにも勝つ自信があるということ。

 

 ――いや、ピトーには(・・)、か?

 

「そう難しく考えなくてもいい、リセットするだけさ。“悪魔”という種族が誕生する前に戻して、俺がもう一度作り直す。パパンの仕事を息子の俺が継ぐわけよ。だから安心して、殺されてくれればいいよ」

 

 考えてみればリゼヴィムを襲ったのは実質的にはサーゼクスの魔力であったが、実際のところはピトーの【念】、増大した“力”によるものだ。通用しなかった、つまりリゼヴィムが無効化したのは己が仕込んだピトーの“力”であるということで、加えてその“無効化”という現象、そこだけを見れば彼の能力、【神器無効化(セイクリッド・ギア・キャンセラー)】と繋げることができる。

 

(もしや、ピトーのパワーアップの正体は……)

 

「とはいえまあ、区切り的にも責任的にも、後は冥途の土産にも、とどめくらいはおじいちゃんが刺してあげようか。悪魔に冥土も何もないけどね!アヒャヒャヒャヒャ!」

 

 羽音と笑い声に気付いて思考の海から顔を上げれば、リゼヴィムがゆっくりと下降し、サーゼクスの傍に降り立つその場面。もはや立つだけで精いっぱいらしく、ふらふらと身体が揺れるサーゼクスはリゼヴィムを睨みつけるが、当のリゼヴィムはそれに愉悦を見出すのみ。このままではサーゼクスは殺されるだろう。

 

(であれば、ここが切り時か)

 

 俺はそう悟り、手の聖槍を握り締めた。

 

 最後の切り札。リゼヴィムやピトーどころかサーゼクスたちにまで影響を与えてしまうために今までは発動が憚られたが、言っていられる場合ではなくなった。さすがに助けなければ、後にリゼヴィムとピトーとプフとユピーの四人を一人で相手せねばならないと考えると選択肢がない。

 それに一方、ピトーへの戦略もある程度立てられた。むしろ通常時よりも楽に倒すことが叶うはずだ。他三人と同じように、その“力”を弱点に変えることができるはず。

 

(まあ、予想通りに“力”が“神器(セイクリッド・ギア)”であったならの話だが)

 

 神器(セイクリッド・ギア)ハンターを自称する身でそれなりに詳しいつもりであるが、俺はあれほど強力な能力強化系の神器(セイクリッド・ギア)を知らない。となればその正体の可能性は“新しく出現した新規の神器(セイクリッド・ギア)”か、それとも“複製ではなく創造された新たな人口神器(セイクリッド・ギア)”かの二択だが、恐らく後者だろう。リゼヴィムが言っていた『元鞘』という言葉は、つまりそれが元々ピトーに関係するものだったことを示している。そして真っ先に思いつくのは、五年前に採取されたピトーの遺伝子情報、血液だ。

 

 神器(セイクリッド・ギア)の複製には、何にせよ“核”となる力の源が必要だ。

 それはいわく付きの宝物だったり力ある魔獣の肉片だったり、つまり超常の“力”が宿る何か。そこから元となる神器(セイクリッド・ギア)のシステムを写し取るわけで、システム自体の解析にはまだ至っていないというのが俺の認識であったのだが……。

 

(秘匿されていた可能性は、今の状況を鑑みても十分にあり得る)

 

 “核”は力ある魔獣、ピトーの血液で機能する。もしも俺のあずかり知らぬところでキメラ化(オーダー・ブレイク)とは別の使い方をされていたのであれば、あれほどのパワーアップを可能とする神器(セイクリッド・ギア)を作り出すことも可能――なのかもしれない。

 

(前例がないから何とも言えんが……)

 

 しかし、たかが少しの血液程度でこれほど強力なものが造り出せるはずがない、という与えられた知識による前提も、この際捨ててしまうべきだろうか。とにかくリゼヴィムの“仕込み”が神器(セイクリッド・ギア)を指していることは八割がた間違いない。であれば思い描く通りに事を進めることができるはず。とにかくそこに集中すべき。

 

 それにいくら強力だろうと正体が何だろうと、掌握してしまえば同じことだ。

 俺は蟠ったままの疑問はひとまず横に置き、自らの内で【オーラ】を練った。

 

「……さてじゃあ、さよならだねサーゼクスちゃん」

 

 ひとしきり笑ったリゼヴィムが、息をついて気を静めると、静かにサーゼクスに言う。

 

「化けて出ないでね?おじちゃんお化けとか苦手なタイプだから」

 

 魔力で作り出した刃が迫る。それから逃れようとして脚を縺れさせたサーゼクスは倒れ込み、脚を踏みつけられてもはや次はない。

 

 瞬間に、俺は練った【オーラ】を発露させ、聖槍のそれ諸共に纏う。気付かれる前に能力を発動しようとした。

 

 その直前。

 

 するっ、と、滑らかに銀色の一閃が走った。零れ落ちるように断面が離れ、丸いものが転がる。

 

 リゼヴィムの首が、あっけに取られて呆然とした表情のまま地面に落ちた。

 

「さっきから聞いていれば……やはり不遜ですね、貴方」

 

「向かってこねェからほっといたが、やっぱ先にぶっ殺しときゃよかったな」

 

 プフと、そして腕の鎌に血の雫を滴らせるユピーが、その傍にゆっくりと降り立った。




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