主なきノラネコたちの家   作:もちごめさん

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前回までの三行あらずじ

リゼヴィムがコピー神器などなどを手に襲撃してきて
かと思えばプフとユピーに始末され
キメラ堕ちしたピトーが曹操たち皆を倒して暴走一誠に襲われた

半年以上ぶりの本編更新。
どれだけの方が覚えてくださっているかはわかりませんが、お待たせしました。
そしてご報告。今回の更新で最終話まで駆け抜けます。全九話です。よろしくお願いします。
そしてしれっと各話後書きのオリジナル念能力詳細を整え直しました。


十六話

「――さま……姉さま……っ!」

 

 声がして、私の意識は暗闇から抜け出した。うっすら開いた視界の中に、涙目で私の身体に縋りつく白音の姿が見える。

 

 なんで泣いているんだろう。そう不思議に思いながらも、半ば無意識に伸ばした手が固めのベッドの上から抜け出して白音の頭を撫でた。ハッとして顔を上げた彼女は、丸く見開いた目から涙を弾き飛ばす。

 

「黒歌姉さまっ……!!」

 

 そして飛び出た歓喜の悲鳴に、意識に続いて私の頭も叩き起こされる。夢現から弾き出されて、勢い良く身を起こした。途端に感じる身体の痛みに息が詰まるも、拍子に鼻に入り込んだ薬品臭漂う空気がすぅっと気道を気付けのように通り抜け、呼吸はすぐに正常に戻る。

 しかし故に、私の頭には困惑が広がった。

 

 まず周囲、広い室内にはずらっと簡易ベッドが並んでいる。私のように寝かされている者はほとんどいないようだが、代わりに見知った顔が幾人も見える。上に腰かけたり、あるいは治療を受けているようだった。

 レーティングゲームで同じチームだった連中、グリードアイランドで白音のついでに少しだけ修行を手伝ってあげたゴンたちや、そしてなぜか意気消沈しているリアス・グレモリーと眷属たち。非戦闘員のアーシアと何か思い悩んでいる様子のギャスパーまでが固まり座り込んでいる。

 

 そして私がそれらの姿を認識した時、白音の歓喜に反応して、彼ら彼女らの顔が持ち上がる。その眼が、ことごとく私に向いて明らかな不審を発していたのだ。

 

 少なくとも、信頼できる仲間を見る眼ではなくなっている。元々それほどの信頼関係があるわけではないが、それでもこうまであからさまな、ともすれば敵意を見せられたことはない。

 

 場所にも状況にも私の理解は追いつかず、そして安堵で私に抱き着いたままの白音に迫る気にもなれず、私は周囲の面々の中で唯一敵意でなくオドオドと不安の類に身をよじっていたゼノヴィアに向けて、直前までの記憶を辿りながら訊いた。

 

「……あれから、どうなったの? キメラもどきと戦って、それから……ピトーが、現れて……。彼女は……? それに、ここはいったい……」

 

「こ、ここは避難所だ。ほとんどの避難はもう終わったが、私たちは、その……見ての通り、まだ移動できていない。外で戦いが……続いていて……」

 

「戦い……って、まだピトーが――」

 

 戦っているということか。例えばここに姿が見えないネテロやサーゼクスたちと。

 

 強さで言えばピトーを殺せるだけの実力者たちの存在に、私の身体を戦慄が駆け抜けた。しかしそれを表に出すことは堪える。ピトーの身を案じることはつまり、私の正体の露見に繋がるからだ。

 

 しかしその心配が不要なものであると、直後理解させられる。

 

「そうだ。戦闘は続いている。お前と同様、ルアス・グレモリー殿らに殺されたはずのピトーがな」

 

「……私と、同様――っ!」

 

 クラピカの眼が、まるで私の心を見通そうとするかのようなまっすぐな視線で私を貫き、そう言った。一瞬だけ何の話か分からなかったが、すぐに悟る。ピトーだけでなく私もが、“ウタ”ではなく“黒歌”だとバレてしまっているのだ。

 

 そういえばついさっき、私を呼んだ白音も『黒歌姉さま』呼びだった。もはやそれは公然の事実となってしまっているのだろう。私は胸に白音を抱きしめながら、警戒心露なクラピカと、そしてどうやら似たような心境らしい周囲を見回し、大きく息を吐き出した。

 

「……そりゃね、いくらなんでも碌な実戦経験もないお子様なんかに殺されたりしないにゃん。私もピトーも」

 

「や、やっぱり、ウタさんは……」

 

 ゼノヴィアの表情が歪む。ほんの少しだけ心が痛んだが、無視し、私はゼノヴィアに代わってクラピカへ、改めて当初の質問を向ける。

 

「で、ピトーは今、どこで誰と戦ってるの? 戦況は? プフとユピーと他のキメラアントもどきたちは?」

 

「……それを知って、どうする気だ」

 

「決まってるじゃない。……ピトーを助けに行くのよ」

 

 本心をそのまま口にする。たちまち周囲の面々に緊張が走るが、その中で一人、こわばりの欠片もない声が穏やかに言った。

 

「拒絶されたのに、か?」

 

 言葉に弾かれ振り向けば、ベッドに横たわる曹操の口先が、呆れたふうに苦笑していた。

 

 嫌が応にも思い出してしまう、あの時、彼女が私に向けたあの冷たい表情。それに感じた、曹操が言う通りの拒絶の感情。

 

 吐いた言葉が揺らいでしまいそうになる。けれどもぐっとこらえ、心に残る熱をかき集めて、私は反論しようとした。

 その時、ゆっくりと身を起こす曹操の姿にようやく気付く。

 

「っ! 曹操、その、目……!」

 

「ん? ああ、フェニックスの涙は治癒はできても、消し飛ばされた眼球を再生することはできないからな」

 

 肩をすくめていかにも気楽に言い、フェニックスの涙の小瓶を摘まんで揺らす曹操は、その両目を失っていた。焼けただれ、閉じた瞼のその奥は空洞なのだ。

 

 そして恐らく、それをやったのはピトー。故の苦笑。僅かに滲んだ棘に私はほとんど確信し、けれども想いは崩れず、それを喉から押し出す。

 

「……そう、ご愁傷様ね。で、現状を教えてくれる?」

 

「おいおい……。全く、お前には負けるよ。ピトーに何をされたか、忘れたわけじゃないんだろう?」

 

「……それでも、よ」

 

 深く息を吐き出す。無論疑われるまでもなく、あの時のピトーの眼、(ヒト)を捨ててしまった眼は、今も私の心を苛んでいる。ちらりとでも思い出せば、それだけで足がすくんでしまいそうになる。それでも私が膝を突かずに済むのは、やはり記憶にピトーの存在があるからだった。

 

 初めて出会った時も、ハンターに居場所を持った時も、白音と再会した時も。彼女はずっと私たちと共にあり、そして確かに彼女も、それを望んでくれていた。

 

「ピトーはキメラアントじゃない。“人”よ……。私はそれを信じてる……!」

 

 だからピトーが私たち(ヒト)を捨てたのは、きっと何かの間違いだ。理由を確かめない選択肢はない。

 

「私も……同じ気持ち、です……!」

 

 そして私のこの想いは、白音も同じだった。私の腕の中から顔を上げ、まっすぐな眼でそう言う。

 

 ベッドから降り、私の手を握るその熱さも相俟って、振りほどく気にはなれない。白音は決して部外者でも、他の連中のようにピトーを敵対視しているわけでもなく、確かに家族の一員だ。

 

 置いて行かれる失意と後悔を再び彼女に味わわせることはできない。私も手を握り返し、身体の痛みは意識から締め出してベッドから出た。立ち、呆れ顔の曹操と周囲の面々を見回す。

 

「教える気がないんなら、それでもいいわ。どのみち私たちは私たちで、勝手に動くだけだから。……行きましょ、白音。……危ないだろうから、離れないでね」

 

「はい、姉さま」

 

「だめ、よ……そんなの……っ!」

 

 振り返る。まるで幽鬼のような生気の欠けた声で最初は誰のものかわからなかったが、見やればすぐにわかった。周囲の眷属たちまでもがぎょっとした顔をし、見つめるのはその輪の中央。

 青い顔で目だけを赤く腫らしたリアス・グレモリーが、座り込んだまま白音へ必死に手を伸ばそうとしていた。

 

「イッセーだけじゃなく、あなたまであんなのと戦うなんて……わ、私が、許さないわ……! ……命令、だから……お願い……白音……」

 

 しかしその手は次第に落ち、彷徨った。そのまま手を伸ばして白音を止めるべきか、それとも行かせるべきなのか。衝動なものが去って、表に出てきた怯えの顔が選択を止めてしまっている。

 

 止めているのはやはり、彼女が纏う絶望の雰囲気。何があったのかは知らないが、ぽっきり折れてしまっている彼女の心の怯えだ。『イッセーだけじゃなく』というセリフからして、彼に何かあったのだろうか。そういえばこの場にも姿がない。

 

 とすればさすがに口ははさめず、代わって白音がそんなリアス・グレモリーを悲痛な面持ちで見つめて、申し訳なさそうに首を振った。

 

「……ごめんなさい、リアスさま。でも私、行かなくちゃ駄目なんです」

 

 歯が食いしばられて、同時に握った手の力がまた強くなった。

 

「そんな……いや……白音……」

 

 リアス・グレモリーの手が悲嘆と共にとうとう地に落ち、涙にぬれた顔が前に傾いて紅の髪の幕に隠れてしまう。眷属たちもその様子を痛ましそうに、そして白音に何とも言い難い残念そうな眼を向けた。

 

 ちょうどその時、音が響いた。

 

 薄く、遠くから空気を揺らす地鳴りのような重低音。そしてその質量を物語るぶ厚い気配が、不意に届いて私の感覚に触れる。

 そして囁き声程度のそれがほんの一瞬で爆音へと変わった瞬間、危機感に刺激された私の本能は瞬時に私を動かした。

 

「――ッ!!?」

 

 皆を守る結界が展開され、ほぼ同時、周囲が吹き飛んだ。

 

 外が一変する。ベッドに加えて外壁だけでなくそれらが巻き起こす砂埃までもが一瞬のうちに背の向こうの彼方に消え、代わりに外の光景、天井に広がる空と破壊しつくされた市街の光景が広がった。

 

 そして破壊の理由。その衝撃波を撒き散らしたドラゴンらしき赤い巨体が、街の中央に巨大なクレーターを造っていた。

 

 墜落してきたのだ、その巨大なドラゴンが。

 

 ――いや、

 

「イッセーッッ!!!」

 

 リアス・グレモリーの絶叫を聞くまでもなく、そのドラゴンは明らかに赤龍帝、彼女の眷属である兵藤一誠そのものだった。

 

「そんな……イッセー君っ!!」「イッセーさん!!」「イッセー先輩!!」

 

 この世の終わりのような表情で絶望するリアス・グレモリーに続き、眷属たちも一誠の姿を認めて駆け寄ろうとする。私の結界の壁を押し破らんばかりの必死さだ。

 

 それもそのはず。こちらは気配を探らずとも明らかな事実。一誠は明らかに死にかけていた。無機物的な鱗はそこかしこが剥げて血まみれで、翼は片方が根元から千切れなくなり、極めつけに腹部には太一と同じように、何か巨大な砲弾のようなもので抉られたような傷跡が刻まれている。

 

 巨大化した彼の生命力など知りようがないが、身体の【気】も肉体も、その巨体に反して酷く小さくか細く、今にも燃え尽きてしまいそうだった。

 

 そんな状況を眼にして、仲間たちが動揺しないわけがないだろう。白音までもがそうだった。

 

「姉さまッ、結界を!! は、早く助けに行かないと――」

 

 結界を展開する私の手を引き叫ぶ白音だったが、私がそれに応じる前にさらなる事態。

 

 彼方から、すさまじい威力を秘めた魔力の光線が一誠を貫いた。

 

「あ――」

 

 守ってやるにはその攻撃は突然で、そして強力すぎた。光線は貫通して大地を砕き、腹部の傷が裂け血を噴き出す。一誠のドラゴンの頭が跳ね、光線の先に声なき悲鳴を吐き出すと、やがて傾き、緑の眼が結界の中のリアス・グレモリーたちを見つけて弱々しく振り向いた。

 

『ブ……チョウ……』

 

 最後の吐息だった。ゆっくりと、張り詰めていた糸が解けるように目が伏せられる。やがて巨体から命がとうとう消え失せ、その肉体が魔力の粒子に変わって消えていった。

 

 リアス・グレモリーたちの悲鳴や慟哭が響く。が、私は光線の先、それを放ち一誠を殺したその人物を見つけてしまい、その時、他の全てが頭に入らなくなっていた。

 

 宙に浮き、地を這う虫でも見下ろすような冷酷な視線を一誠に向けている、見慣れているはずのその姿。

 

 ピトーだった。だが、違う。ピトーが一誠を襲い殺したことは、彼らの陣営との敵対を認識した今、ここまでの動揺にはなり得ない。

 私の思考を止めたのは、赤龍帝から視線をゆっくりとこちらに向け、私を捉えた彼女の、その瞳だった。

 

「あれ……だれ(・・)――?」

 

 ピトーが、全くピトーではなかった(・・・・・・・・・)からだった。

 

「姉、さま……?」

 

 私の様子は一誠をなくした白音にすらわかるものだったらしい。その困惑は当然理解できるものだ。だって見かけはピトーと変わりない。いつも見て、そして気を失う前にも見たそのままの姿。

 だが明らかに違う。彼女は私を拒絶すると同時に“人”であることも捨てたが、そんな次元の違いではない。

 

 決して彼女ではありえない眼差しは、まるでピトーの身体を別の何かが乗っ取り、動かしているようにも見えた。

 

 いったい――

 

「なに、が――!!」

 

 私を見つめていたその“誰か”の眼が不意に反れた。背も向けられ、羽はそこから飛び去らんと羽ばたく。一誠以外を害する気はないらしい。

 

 ただ私は他のハンターたちのように戦意がなかったことに胸をなでおろすなんてことはできず、気付けばその後を追おうとしていた。結界を解除し、白音と共に野戦病院もどきの跡地を出る。

 

 その前に、曹操が聖槍を杖に立ち上がり、私に投げかけた。

 

「黒歌」

 

「……なに? あんたに何言われようが、私は行くから! ……ピトーを乗っ取った奴を、ぶっ飛ばしに……!!」

 

 言葉にして、そうだ、と気が付いた。

 ピトーが一変して(ヒト)を捨てた理由。それはきっとあの“誰か”のせいなのだ。ならばそいつさえ殺せば、ピトーはきっと元に戻る。

 

 やるべきことが定まって、私の中の困惑が憎悪に転じた。私からピトーを奪った“誰か”を許さない。怒りがエネルギーに変わり、私の【気】が荒々しく膨れていく。

 

 だが曹操は威圧染みた私の気迫にもまるで怯むことはなく、再び言った。

 

「ピトーを乗っ取ったのは神器(セイクリッド・ギア)だ」

 

「っ!」

 

 仇の正体を指す言葉に、さすがに私の足も止まった。白音が振り返り、聞き返す。

 

神器(セイクリッド・ギア)!? それって、どういう……」

 

「正確には人工神器(セイクリッド・ギア)、いや、人工神滅具(ロンギヌス)と言うべきか。とにかく、そのレベルの強力なパワーアップが可能な……人工物だ。恐らく、プフやユピーと同様、ピトーに連なる何かを封じた、な」

 

「何か、って……!」

 

 どんどんとピトーを侵したその正体が明瞭になっていく。私はその時、もうほとんど確信に近い予想を得た。

 

「ピトーにとってその“何か”は、よほど重要なものらしい。お前をあっさり捨てて、そっちを取るほどのものだ。それを『ぶっ飛ばす』ことがどういうことか――」

 

「“それ”が消えれば、ピトーにだって執着はなくなるわ」

 

 “それ”、ピトーを乗っ取った“誰か”とはつまり、“王”だ。

 

 自惚れではなく、彼女にとって私以上に価値あるものなどそれしかない。彼女は元々“王”に奉仕するために生まれた。そのキメラアントの血に、そう定められているのだ。だからその血の大本、産まれず、存在するはずがない“王”を消し去ることが叶えば、その定め(・・)だって消えてなくなる。

 

 ピトーの“王”への想い、その在り様を知っているのはこの場で私だけだから、私のやるべきことは変わらなかった。

 

「ピトーの中から神器()を消し飛ばせば、それで全部解決。心配しなくても私たちで全部片づけるから……だから曹操、ウタとフェルの後始末は任せるわよ。もう使えないだろうから。……じゃあね」

 

 呟くように言って、私は私を“ウタ”足らしめている懐の名刺、【ありきたりな微笑(ビジネスライク)】を破り捨てた。背に羽を生やし、白音と共に“王”が飛び去った市街の外へと向かう。

 

 背に刺さる視線と握った白音の手を意識しながら、私はより決意を固く、全力の“力”の火種を身に熾した。

 

 

 

 

 

 真っ暗闇の中、別れの言葉を最後に黒歌と白音が飛び去ったことを、俺は鼓膜に届く音で悟った。

 

 できることならついて行きたかった。黒歌の言う通り、ピトーから神器(セイクリッド・ギア)を抜き取ることでピトーを元の彼女に戻せるのなら、やはり俺の神器《セイクリッド・ギア》を操る能力、【神は人の為ならず(セイクリッド・アドミン)】はあった方がいい。仙術でどうこうするにも限界があるだろう。

 だが両目とも潰れた今、とてもではないがその後を追うことはできなかった。黒歌が俺を運んでくれたとしても、やはり両目、盲目で、ほとんど聴覚のみでしか周囲の状況を知ることができないような状態ではお荷物にしかならないことは明らかだ。

 

 故に、歯噛みしながら見送ることしかできなかった。

 

 そしてお荷物なのは何も俺だけではない。一人彼女らの後を追おうと駆け出し、俺のすぐそばを走り抜けようとしたゴンの襟首を、俺は微かに感じる気配と足音を頼りに捕まえた。

 

 ゴンはすぐに俺を非難するような、あるいは懇願するような声色を叫んだ。

 

「曹操さん……! 離してよ、オレも白音と黒歌さんと一緒に――」

 

「君程度じゃ、余波に巻き込まれて死ぬだけだ。彼女らの助けになることなんてできないし、足手まといになるだけだ」

 

「……じゃあ、なんで白音を止めなかったんだ。オレたちと白音の戦闘能力は……そりゃ白音の方が強いけど、そこまでさがあるわけじゃない。オレたちが足手まといなら、白音だって足手まといだ」

 

 ゴンと違って時折怯えるように詰まる声はキルアだろう。二人ともグリードアイランドなるゲームで共に修行励んだ仲であるらしく、故に俺の対応は無視できないことだったようだ。

 

 ただ、二人とも内心ではわかっているのだろう。言葉は言い辛そうにそこで止まる。そして俺も、その理由を言葉にするには重たい口をこじ開ける必要があった。ある種の羨望のためだった。

 

 押し黙っていると、俺が寝ていたベッドの隣から野太い高めの声が響いた。

 

「止められるはずがないにょ。黒歌さんも白音さんも、ピトーさんの家族なんだからにょ」

 

「あっ、ちょ、ちょっとミルたんさん!? もう回復しちゃったんですか!?」

 

「……というか、あの傷で生きているのが不思議ですね……。心臓、止まっていませんでしたか……?」

 

 驚きの声を上げたのは、腹に大穴を開けられた彼の容態を見ていたルフェイ。半分呆れた調子なのはその兄のアーサーだ。

 

 そしてその兄妹二人の心配をよそに、すでにダメージの見えない静かな口調でミルたんは続けた。

 

「黒歌さんたちも言っていたようだけど、止めても行こうとしたはずにょ。二人と争う余裕は今はないにょ。……悪魔さん、一誠くんも……死んでしまったんだからにょ……」

 

「……まあ情を抜きにしても同感だな。彼女らはさっさと逃がすべきだ。また一人減る前にね」

 

 言葉を返したのはゲオルグだ。黒歌の結界が解かれ、消滅してしまったらしい一誠の下へ駆け寄ろうとするリアスたちを抑えているのは彼らしい。その声の隙間から、絶望に満ちた嗚咽がいくつも聞こえていた。

 

 そんな状態で、しかも戦闘能力もこの場に於いては高くない彼女らは、確かにさっさと下げるべきだ。外に出られない原因の主であったピトーが去った今が、その絶好の機会。

 

 故に俺もゲオルグに同意を示そうとしたが、その前に割り込まれる。

 

「けどよ……実際あいつらだけで……黒歌だけであのバケモンがどうにかなるもんか? 瞬殺される以外想像できねぇぞ」

 

「まあ……そうでしょうね。少なくとも白音ちゃんは、私も実力は知ってるけど……やっぱりあいつ相手じゃ戦力にはなれないと思うわ。二人ともやられて、またあいつが戻ってくるかもしれない」

 

 ヘラクロスとジャンヌが言う通り、二人がピトーを倒せない可能性は客観的に見て非常に高い。兵藤一誠の覇龍(ジャガーノート・ドライブ)を、恐らくほとんどダメージを受けずに屠ってしまうほどに、神器(セイクリッド・ギア)に操られたピトーは今やそれほど強いのだ。

 俺たちがこの場に隠れ留まっていたのも、その戦闘に巻き込まれかねない危険を嫌ったからだ。けが人やリアスたちだけでなく、戦える面々までもが全滅してしまいかねない。それほどの相手に挑む無謀は誰にでもわかることであり、だからこそゴンは理解しながら俺を攻め、周囲もその認識を否定することはなかった。

 

 だからまあ、全員大なり小なりの恐怖で眼が曇っているのだ。ピトーを乗っ取った神器(セイクリッド・ギア)が一誠を殺した後に俺たちを襲わず、黒歌の方に思わせぶりな眼をやってから去った理由。ついてこいと言わんばかりの眼差しが示す意味。

 

 ピトーの黒歌たちに対する愛情は、神器(セイクリッド・ギア)に押し退けられたとはいえ消えていないということだ。一誠を殺したように俺たちをまとめて攻撃しなかった理由はそれで片が付く。黒歌に用事があるのなら、目の前で俺たち(仲間)を攻撃することは普通避けるだろう。

 

 であるなら、ピトーは今すぐには戻ってこない。

 

「少なくとも、それまでにいくらかの時間は空くはずだ。ならその間にさっさと逃げるべきだろう」

 

 言うと、隣のベッドから衣擦れの音。

 

「どのみち、もうこんなところに隠れてはいられない。彼女らが時間を稼いでくれている間に、皆を連れて行こうじゃないか。僕ももう、幾らかは回復できた」

 

 ジークはベッドを出て、出した足で床材を踏み立ち上がった。その動作が緩慢なのは、彼の傷が癒え切っていないからだ。俺のフェニックスの涙をやろうと言ったのだが、最後の手段に取っておけと拒否して応急処置に留めた故の傷ついた肉体。引きずって身を起こした彼は、その手にヒュンと、恐らく能力で魔剣を転移させ、息を吐く。

 

 それから彼と、魔法使いのゲオルグとルフェイとの間で話し合いが始まった。そもそもどこに避難するのかとか、この浮遊都市アグレアスに張られているという防犯用の対転移魔術術式をどうかいくぐるかとか、そんなことをするくらいなら歩いて街に元からあるはずの転移装置を探すべきだとかいう、俺たちには理解できない相談。

 しかしどのみち、冥界というこの異界から脱出するには彼らの力に頼るほかなく、おとなしく待つしかない。故に他の皆、今度の災難に巻き込まれた皆は三人のそれを静観した。だが一部は口を開く。仲間を失った悲しみを押し殺し、ゼノヴィアが、呟くように言った。

 

「……助けては、くれないのか……?」

 

「ゼノヴィア……」

 

 ハンゾーが諫めるように、しかし躊躇いながら、身を乗り出す彼女の肩を止めたらしい。

 

 理由も気持ちもよくわかる。ゼノヴィアの求めている“助け”が、自分たちの身の安全でないことも。

 

「だって……白音とウタは、このままだとフェルさんの神器(セイクリッド・ギア)に殺されてしまうんだろう? みんな……みんな仲間じゃないか……! だというのに、こんな……時間を稼いでくれるとか、そんなの、見捨てるみたいじゃないか……!」

 

「……仕方ねーよ。仲間って言ったって、別に一蓮托生の関係でもねぇ。それにあの強さ、死にに行くようなもんだ。そんなもん、もう逃げるしかねーだろ」

 

「だからって――!」

 

「大丈夫さ」

 

 興奮しかけたゼノヴィアに割り込んだ。二人と、もしかすれば他の者たちの視線が俺に向く。俺はそれに、当たり障りのない希望を答えた。

 

「悪魔陣営も無能じゃない。これだけの騒ぎがあったことに加えて魔王の一角まで落とされたんだ。気合を入れて解決に臨むだろう。例えば軍と、残る三魔王が動けば、さすがの奴もひとたまりもないさ」

 

 それはもう既に動いているだろう。ことが起こってからもう随分時間が経っている。黒歌たちが殺されるようなことになる前に討伐隊が到着する可能性は高い。故の真実味は、幾らか彼らの心配を取り除いたようだった。

 

 だがそれでは、黒歌と白音は救えてもピトーを救うことはできない。彼女は殺されることになるだろう。

 故に、その時は――

 

(その時は……“最後の手段”か……?)

 

 いや、あれは人一人の命を救う、なんていう程度の小さな目的で使っていいものじゃない。

 

 だから本当に黒歌頼りだ。彼女がピトーの想いをどうにか引っ張り出してくれることを願うしかない。どのみち、目が見えない俺には何もできない。

 

「……ピトーがいてくれれば、【人形修理者(ドクターブライス)】で新しい眼を作らせたんだがな……」

 

「………」

 

 誰かが息を呑みこむような音がした。

 

 その直後だった。

 

「ンだよぉ。にーちゃん、もう傷モンになっちまってるのかよぉ」

 

「――ッ!!」

 

 ふと鳴る間延びしたその口調は、もう五年も前に聞いた覚えのあるものだった。

 

 そしてその声の主は、同じ時に死んでいた。俺は今はない目ではっきりとその瞬間を眼にしていた。故に驚愕で言葉が詰まり、見えるはずがないのに思わず声の方向を振り向く。

 

 同時、新たな声がさらに二つ。

 

「そいつは残念だ。サンペーを()ったって相手なら、オレも戦ってみたかったんだがなァ」

 

「でも一番のお目当ては健在みたいよ。それで十分でしょう?」

 

 「ちげぇねぇ!」と応じる太い男の声と女の声。前者は一転、聞き覚えはないがしかし、その正体は思考を回すまでもなく想像できた。

 

「パクノダ!? それに……」

 

「ウボォーギン……!!」

 

 そしてサンペー。皆、死んだはずの幻影旅団のメンバーだ。

 

 認めて、ゴンの困惑を押し退けるほどの憎悪がクラピカの口から吐き出される。サンペーを倒したのは俺たちだが、聞いたところによれば残る二人はクラピカが打倒したのだという。自身の部族を皆殺しにされた復讐を成したというのに、その首謀者たちが蘇って再び目の前に現れたのだ。心を乱されないはずがない。

 

 ジャラジャラと聞こえる金属がこすれる音が響く。クラピカが彼の能力である鎖を具現化させた音だ。しかし続いて走る鎖の音、彼が旅団を攻撃する音は聞こえてこなかった。

 憎悪を押し殺して様子見に踏み止まれたその理由は、やはり死者が蘇ったという異常事態への警戒のためだろう。その仕掛けを記憶から瞬時に悟った俺は見えないながらも聖槍を両手で構え、歯噛みしながら呟いた。

 

「……奴らの“聖杯”か……」

 

「その通り」

 

 応えは頭上から、降り注ぐ破壊の音と共に返ってきた。

 

 建物ごと魔力で攻撃されている。そして前も三人に塞がれ逃げ場がないことに気付いた瞬間、漂う生暖かい空気の感触と共に音が薄れた。ゲオルグの【絶霧(ディメンション・ロスト)】だ。転移し、逃れた先で避難所が跡形もなく消し飛ばされる音を聞きながら、改めてその声を聞いた。

 

「【幽世の聖杯(セフィロト・グラール)】、でしたか。おかげでいい駒が手に入りましたよ」

 

「ピトーが言うにはあいつら、人間にしちゃあかなり()ぇんだろ? しかもお前らに殺されたって話だ。露払いには都合がいい」

 

 プフとユピー。()としてそれぞれに【幽世の聖杯(セフィロト・グラール)】を埋め込み生み出された二人のキメラが、宙から地を這う蟻を見下ろすようにそう言った。対してサンペーが、自身を蘇生した彼らに遠慮なく叫ぶ。

 

「おい、おめぇらよぉ! 虫のくせに、人様を駒扱いなんぞしてんじゃねぇよぉ!」

 

「下等なサルが何を言うのやら。不満があるなら死人に戻っていただいても構いませんよ。いなければ寄ってくる雑魚が鬱陶しいですが、しかしそれだけのこと」

 

 プフは目くじらを立てることもなく、というより本心からどうでもいいらしく冷たく返す。対してサンペーたち旅団の三人も、文句を言いつつ扱いを全く気にしていないようだ。互いに利用し、されるだけの関係ということなのだろう。

 

 協力はないが、故に仲間割れもない。俺たちに向けられるのは純粋に両者の合計だ。

 それだけで、俺たち怪我人や心の折れたリアスたちを連れたこちら側にはすさまじい脅威となってしまう。

 

「確かにな、どうでもいい。虫どもは後でぶっ殺しゃぁいい。まずは旅団(クモ)の障害を取り除くのを兼ねて、やり返さねぇとなァ……鎖野郎……ッ!!」

 

「クズめ……一度で足りないのなら、もう一度始末してやるだけだ……ッ!!」

 

 個人ではなく旅団(クモ)という集団を生かすことを掟とする奴らは、つまり対旅団特攻能力を持つクラピカを殺すことが目的なのだろう。そしてそれと合致する、プフとユピーの目的。こちらはまあ、さっきの攻撃からして明らかだ。

 

「騒がしい濁声……やはりいい駒とは言い難いかもしれませんね。が、まあいいでしょう。駒として不適格でも、あれほど良質な【気】を宿した肉なら“王”にもお喜びいただけるはずです」

 

「ああ。どのみち“王”さまの命令は冥界の掃除だろ? 二匹や三匹、増えたところで変わらねぇ。……奴らもちょうどいねぇし、さっさとやっちまおうぜ」

 

 俺たちを殺すこと。去ったピトーの後片付けだ。

 

 だが、黒歌も口にしていたが“王”という単語。ピトーを乗っ取った神器(セイクリッド・ギア)を指すのであろう名前と、そしてプフが居ないことに安堵した“奴ら”。

 

 自分の認識がどこか僅かに、しかし決定的に違っているような気がした。だがそれに深く思考を巡らせる暇はなく、敵たちは瞬間、俺たちに襲い掛かった。




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