「ッ!! 曹操、避けろッ!!」
「――!!」
それが誰の声であったか、声音の記憶は、次の瞬間に俺を襲った衝撃と一緒に吹き飛ばされた。
潰れた眼に視界はなく、無防備な所に襲い来る攻撃は瞬時に俺の身を凍らせる。が、直後に感じたのはぶ厚い風の壁に叩かれた感覚のみだった。
それを及ぼした攻撃自体が、俺の目の前で止められたのだ。そのことを、巨大な鋼鉄を同質の槌か何かで殴りつけたような轟音と、【オーラ】に悟る。
【円】すら碌にできないほどその手の“感じ取る”才覚に乏しい俺でもわかるレベルの強大な【オーラ】が、攻撃を放った方と受けた方、両者の身から迸っていた。
「……確かに、強ぇなお前。オレと力で競える人間がいるなんてとは、まぁ知っちゃぁいたが、驚きだな。……こりゃ、聖槍野郎より、先にお前を
「誰一人、殺させるわけにはいかないにょ」
プフと、ミルたん。その声色は双方ともに重い。全力を発揮しなければ勝利できない強敵だと、お互いに感じた攻防だったのだろう。
それを、感じはできても目視できない俺は、やはり足手まとい。即殺されかねなかった攻撃に反応することすらできない。恐らく初めてピトーと相対した時以上の危機を前にして自衛手段すらない現状を改めて実感させられ、さすがに身体に震えが走った。
そして同時に口惜しさも。
(目さえ無事なら……ッ!)
プフもユピーも、その不死身を
その動きを追うことができれば、一瞬でもこの手に捉えられれば、と思うもそれが叶わない無念。聖槍を握る手に力がこもり、脚が勝手に後退る。
だが歯噛みしている場合でないことは明らかだ。ユピーとミルたんの戦いでなくても、今や戦闘はそこかしこで繰り広げられている。あの二人には及ばないが、近くで強力な【オーラ】と、鎖の音が重なって鼓膜を叩く。
「【
「ぐぁ――ッ!! この威力は……!!」
ばきぃぃん、と響く甲高い音は、恐らく鎖が砕かれた音だ。【念】により具現化された物体の損耗は、使い手が受けるイメージに大きく影響される。つまるところクラピカはウボォーギンの攻撃に対して以前よりも強力な、自分の鎖を上回るほどの威力を見たということだ。
以前に同じ鎖で殺した相手に彼が気圧された可能性は、彼の憎悪も鑑みて有り得ないだろう。となればクラピカが感じた敵のパワーアップは現実。
プフやユピーの動きどころか奴のその力量すら満足に知覚できない俺は、周囲の状況をそうやってどうにか推察する。一方、視認ができる面々俺のようにおぼろげでなくその凶悪さを実感し、驚愕と恐れを露にした。
「【
「な、なんだそりゃ!? まさかプフたちみてーに不死身だ、なんて言うんじゃねーだろうな!?」
「そこまでじゃないでしょうけど、たぶんすごーく丈夫になってるんだと思います! だから捨て身みたいな【硬】の大安売りしてるんですよ!」
「よく見てるわね。正解よ、お嬢ちゃん!」
ジャンヌとハンゾーの驚愕に応えるルフェイ。直後パクノダが撃った銃声がルフェイに命中したようで、小さな悲鳴が上がる。
「まぁおいらにゃぁ、あんまり関係ねぇけどなぁ!!」
「曹操ッ!!」
そして続くサンペーの嘲笑に、必死なゼノヴィアの声と腕が割り込み、庇うように俺を押し退けた。
実際庇ったのだ。空気を掻く音からして恐らく念魚のものであろう攻撃にも気付けなかった俺の代わりに、ゼノヴィアのデュランダルが念魚を迎え撃つ。
その念魚がどういう個体かはわからないが、本人が【
「ジャン、ケン――グー!!」
それを横からゴンが、一声と共に吹き飛ばした。感じる【念】はクラピカには及ばずとも、【念】を覚えて半年も経っていないとは思えないほど強力なもので、恐らくゼノヴィアと併せて念魚も倒されたのだろう。ほんの僅かに息を緩めた彼が、サンペーを警戒して呟く。
「あの人も、オレたちは知らないけど、幻影旅団だったんだよね。確かクラピカが、曹操さんたちが倒したって言ってた……」
「ああ、厄介なやつだよ。釣竿が必要だが、具現化できる念魚の種類は知る限りでも十を越える。気を付けろよ、ゴン、ゼノヴィアもすべての念魚に固有の能力が――」
「釣竿……? は、持っていないように見えるが……」
首を傾げるふうに、ゼノヴィアが呟いた。
戦慄を覚える。それはつまり、サンペーのもう一つの具現化能力を発動しているということになる。
苦い唾を呑み込み、声をサンペーに向けた。
「……初手からそれか。今度はどこを捥ぎ取ったんだ?」
「そりゃぁ
光のない視界に響く、狂気的な声。腹の底からあらゆる意味での震えが上った。
奴の能力、【
しかしそんな想像の埒外は現実となっている。証拠に、傍でキルアの口から怯えた掠れ声が零れて聞こえた。
「マジかよ、こいつ……。親父の言ってた……幻影旅団って、こんな……っ、くぅ……!」
「――! キルア!?」
掠れ声から不意に飛び出た苦しみの呻き声を心配してゴンが傍に寄る。同格の旅団メンバーとは対峙したことがあるという話だったが、恐らく
「ウボォーが殺されちまった件、お前ぇらも関わってるらしいなぁ?」
「っ……!!」
「ウボォーは鎖野郎とタイマンをお望みだしぃ、どうせ虫どもに掃除されちまうんならぁ……ヒマだしよぉ、落とし前っつぅことでおいらがぶっ殺しちまっても、別にいいよなぁ?」
「っ!!しまっ――!!」
空気がうねるような、恐らく念魚が泳ぐ音。回遊する大勢の念魚に紛れたその音はゼノヴィアを欺いたらしく、サンペーの前に立ちふさがる彼女は焦りに息を呑む。
彼女をすり抜ければ、その後ろに位置するのは無防備な俺たち。一歩前に踏み出し、僅かな気配も逃すまいと全力で集中しつつ聖槍を構えた。
そうして発揮された【円】とも呼べないほど狭い感知の網を、次の瞬間、念魚ではなく手裏剣が切り裂いた。
「させねーよ!! ゴンたちを殺したきゃ、こんな念魚じゃなくてめぇで来いよヘタレ野郎!!」
「ハンゾー!!」
俺の【円】の範囲、皮膚のギリギリを掠めるようにして飛んだハンゾーの手裏剣は、見事念魚を捉えたようだ。肉を突く鈍い音が目の前で鳴り、次いで落ち、足元でびちびち跳ねる念魚がやがて力尽き消える。
そうして挑発を決めたハンゾーに、サンペーは変わらず鷹揚な間延び声で不気味な殺気を向け応じた。
「手前ぇら雑魚なんざぁ、念魚ちゃんだけで十分なんだよぉ!!」
ブン、と今度は念魚の遊泳ではなく、もっと太いものが空気を叩く音。
「あいつ、念魚を投げ――!! ハンゾー!!」
「おうよッ!!」
投擲された念魚に、恐らくまた手裏剣が突き刺さった。ハンゾーが捉え、勢いを削いだ念魚であれば、ゼノヴィアが振るうデュランダルという重い巨剣でもその狙いを違えない。
最高の切れ味を誇るその刃は確実に念魚を殺し、その身を両断したようだった。その片割れ、分かたれた念魚の半身が宙を舞い、俺の下まで降ってくる。
感知し、瞬時に聖槍で払い除けようとした。反射的に腕は動いたが、直後に思考が追い付き、気付く。
念魚は分かたれても尚、一匹のサメの形をしていた。サメの念魚。その能力を、思い出した。
「爆発――ッ!!」
瞬間的に聖槍を傾け、刃ではなくその側面でサメを打ち払う。遠くへと弾き飛ばすと、同時に背後へ、もう一方のサメが飛んだであろう方向へ振り向き、叫んだ。
「逃げろ!! そいつは倒すと爆発するッ!!」
「な――ッ!! 部長ッ!!」
聞き悟ったゼノヴィアの切迫。サメの脅威はリアスたちに牙を剥く。
そして彼女たちがそれから逃れることができないという確信は、俺もゼノヴィアも同様のものだった。精神的支柱たる兵藤一誠を目の前で亡くした彼女たちは、未だ現実を受け入れられず、今、生きる気力すらをも失いかけていた。弧を描いてゆっくりと降ってくる
危惧の通り、直後に爆発音が轟いた。届く爆風の勢いはそれだけでも痛みを感じるほどで、
だが心折られた彼女らの中、ゼノヴィアの他にもう一人、主の危機に自身を奮い立たせた者がいた。
「ぶ……ちょう……。無事、ですか……?」
「裕斗……!」
聖魔剣使いの木場裕斗。弱々しく主の安否を尋ねるその声から察するに、彼が盾となって守ったようだった。
ただ彼が
「裕斗……どうして……」
呆然と、自分と同じ虚無感を感じているはずの彼がなぜ自分を守ろうとしたのか、リアスがどこか怯えるような声で呟いた。木場は立ち竦む彼女に、身体のダメージを押し殺して囁くように答える。
「グレモリー眷属男子訓戒その一、男は女の子を守るべし。……イッセー君が言っていたことを、思い出しました……。部長……彼は……彼の、言葉は……僕たちの、中に……」
先細り、声はやがて途絶えた。死んだか気を失ったか、どちらかはわからないが、命を投げ捨てるその行為と言葉はリアスだけでなく朱乃とアーシアにも届き、閉じたその目を開けさせる。
「イッセー君……」
「イッセーさんが……」
反応を見せた二人。しかし眼は開いても虚ろなままで、その心にまた自ら思い出したように影を落とす。
「でも……イッセーさんは、もう……」
「フェルに……ピトーに、殺されてしまった……」
アーシアと朱乃に続き、リアスまでもが、呟く。
「イッセーは、私の大事な下僕は……もう……」
いない。その言葉を否定するように、ゼノヴィアの大声が遮った。とうとう耐えかねた、というような怒りの混じった声だった。
「けど、その想いは今でも私たちの中にある!! 今まさに、木場がそう教えてくれたじゃないか!! だというのに部長、副部長、アーシアも、あなたたちはなぜまだ諦めているんだ!? どうして戦おうとしないんだ!? 私が信仰を捨てて仕えることを決めたのは、そんな弱い悪魔ではなかったはずだッ!!」
「私は……元から、弱い悪魔よ……。グレモリー侯爵家に生まれただけで、“強さ”なんて、これっぽっちも……」
「ふざけるなッ!!」
ゼノヴィアが叫ぶ。心折れたリアスに、彼女は息を荒げながら怒りを吐き出した。
「ということは何だ、私の眼は節穴だったとでも言うつもりか!? コカビエルの時やゲームの時のように堂々と指示を飛ばしていたあなたは、いったいどこに行ってしまったんだ!! 敵がどれだけ強大でも、あなたは希望を失わず、仲間を信じて共に戦ってきただろう!! だというのに、この場で戦う仲間たちを信じられないのはなぜなんだ!! なぜ……私たちと共に戦ってくれないんだ!! リアス部長ッ!!」
「戦えるわけ、ないじゃないッッ!!!」
主に信じてもらえないゼノヴィアの怒りと悲しみは、瞬間、血を吐くようなリアスの絶叫に押し流された。ゼノヴィアのそれよりもより苦し気で痛切なその叫びに、彼女らだけでなく俺の意識もが持っていかれる。
リアスはぜいぜいと息を吐き、そのまま堰を切ったようにその思いを溢れさせた。
「私だって……私だって助けたい!! 一緒に戦いたい!! 誰も死んでなんて欲しくない!! けど……どうしようもないでしょう!? 私には、誰かを助けられるような力なんてないんだから……!!」
「そりゃ……そうだろうよ!! そうやって地面に座り込んでるだけじゃあ、なんにもならねーよ!!」
「違うのよ!! 立ち上がったって意味なんてない!! むしろみんなの迷惑に……それこそ足を引っ張って、みんなを……わ、私が殺してしまうかもしれない……っ!! ゼノヴィアッ!! ……貴女は、間近で見たでしょう……? 私が……私が、どれだけ愚かなことをしてしまったか……!」
ハンゾーが意識の硬直を振り払ってリアスに否を突き付けるが、リアスはそれにまた激しく首を振る。頬に涙が滴るのが見えずともわかるほど、己の思いと引き起こした事態に苦しむ彼女の声は酷く怯えたものだった。
そして気付く。リアスの心をへし折ったのは赤龍帝の死だったが、へし折れるだけのひびを入れたのは彼でも俺たちでもリゼヴィムでもなく、かつての黒歌の言葉だったのだろう。
「……リゼヴィムと【
「そんなことは――」
「“ない”なんて言わないで!! ……全部……私が弱いせいなのよ……。主のくせに、イッセーよりも白音よりも弱いのに……なのに戦って、負けてしまったから、イッセーを死なせてしまった……。白音も行ってしまって……次は、誰……?」
「り、リアスお姉さま……」
不安そうに呟いたのはギャスパーか。しかし愛すべき眷属の心配もリアスの耳には聞こえないらしく、折れた心はピクリともせず地に伏したまま。
「私は、もう戦えない……。ウタの言った通りだったのよ。弱い私は戦ってはいけなかった……。私にもう、みんなの命を背負わせないで……っ!」
涙を堪えた必死の声を、リアスは叫んだ。
その嗚咽に応えられる者はいなかった。いたのはただ、悪意を向けるサンペーだけ。
「じゃぁ、楽にしてやるよぉ、嬢ちゃん!」
「ッ!! うわぁッ!!」
「ぐあッ!!」
サンペーが駆け出す音の直後にゼノヴィアとハンゾーの悲鳴。恐らくサンペーからの攻撃をもらってしまった二人は弾き飛ばされたらしく、俺は反射的にその中心、突っ込んでくるサンペーへ、勘のみで突きを放つ。だがあてずっぽうはもちろん当たるはずがなく、反撃を躱した奴の手は、正面から俺の顔を突き飛ばした。
顔面への張り手は俺の身体を怯ませ、足を地面から浮き上がらせる。そのまま顔を鷲掴みにされ、次の瞬間、奴はそのまま俺を投げ飛ばした。
「きゃあっ!!」
「ぐっ……リアス殿……!!」
投げられた自分がリアスに受け止められたことを理解して、俺は直後、すぐに身構えた。俺にリアスを背負わせた時点で、サンペーの狙いは明らかだった。
そしてどのみち、念魚やハンゾーの手裏剣以上に速いだろうサンペーの攻撃を、目視できない俺は対処できない。
「めくらと一緒にぃ、逝っちまいなぁ!!」
「――ッ!!」
息を詰め、全身に全力の【オーラ】を纏った。精いっぱいの防御で、その一撃目の衝撃を覚悟した、その時、
「曹操ッ!!」
「おぉッ!」
俺とサンペーの間に飛び込んできたジークの声が、鋼鉄同士がぶつかるような鈍い音で、押し寄せるサンペーの圧力を弾き返した。
俺を庇ったのだ。ユピーから受けたダメージが抜けていない身であるはずなのに、それを押し切って。
「ジーク……!」
「……聖杯を封じるために、君に死んでもらっちゃ困る! それに……目の前で友が殺されそうなのに、見て見ぬふりなんてできなくてさ……!」
彼はそう言うと、恐らくにやっと笑ってみせた。
だが反して、余裕などがあるはずがない。サンペーの攻撃を弾いただけで止まっているのがその証拠。それだけで精いっぱいの彼に対して、サンペーはジークとは逆に本心からの笑みを、その声に乗せていた。
「へへぇ、いいねぇ、友情ってぇのはぁ。……じゃぁ、まずはお前ぇさんから死んどくかぁ!!」
二撃、三撃。サンペーの攻撃が続いた。ジークはそれを剣技と魔剣帝グラムの力で防ぐがしかし、一撃ごとにその息は目に見えて荒くなっていく。
サンペーはそんなジークを嘲るように小さく笑い、底意地の悪い声を張り上げた。
「よかったなぁ、赤髪の嬢ちゃん。一緒に死んでくれる男が二人に増えたぜぇ? あの余でも楽しくやれそうじゃねぇかよぉ」
「ぐ……! この……!」
ジークには声を上げるような余裕すらなく、いたぶるような台詞はまっすぐ、リアスに突き刺さる。俺の背後で、彼女の中の絶望が深くなっていくのを感じた。
「そうさぁ……雑魚のお前ぇを守るために、もうすぐこいつは死んじまう。邪炎のにぃちゃん一人なら、抱えて逃げるでも何でもできただろうがなぁ……かわいそうになぁ……」
「や……や、め……」
「やめてほしいのかぁ? 自分のせいで味方を殺したくない、だったかぁ。……馬ぁ鹿。やめるわけねぇだろぉ? お前ぇ、自分で言ったじゃねぇか、『私には、誰かを助けられるような力なんてない』ってよぉ。……そうだ、後ろのお前ぇらもだよぉ」
「ッ……!」
震える声で呟くリアスに続き、朱乃やアーシア、ギャスパーにも向けられたその悪意。それはまるで子供がする悪戯のようで、今まさに殺さんとしているリアスたちに向けてもサンペーの利にはならないことだがしかし、故にある意味では純粋な、言葉の連なりとなって彼女たちに響く。
「口だけの雑魚なお前ぇらにゃ、“誰か”どころか“自分”すら守れやしねぇ。だからその分、他の誰かが傷を負うことになる。だからよぉ、戦うことも守ることもできねぇ弱ぇ奴に、できることなんざぁ端から一つだけなんだよぉ……!」
「がはっ……!!」
肉体のダメージによる消耗と合わさり、ジークがとうとう攻撃を受け損ねた。身体が俺の前に倒れ、受け止め開いたその向こうに、彼が対峙していたサンペーの強大な【オーラ】の攻撃を悟る。
その口が、哄笑するように叫んだ。
「目ん玉見開いてぇ、こいつらの死に様見届けてやりなぁ!!」
その時だ。
「ジャン、ケン――」
「お――ッ!?」
間近に突然現れた声。サンペーが反応し、俺への攻撃を止めて息を呑む。瞬時に緊張を取り戻したようだったが、それでも応じるには遅かった。
「グー!!」
「ぐぉお――ッ!!」
重い打撃音と共にサンペーの身体から肉がひしゃげる音がして、どうやら奴は、そのまま地面に叩きつけられる。
間近で爆ぜた石片やらから身を庇う俺は、やがてサンペーの拳から強大な【オーラ】が消え去ったことを悟り、防御姿勢の腕を下ろす。その時に、サンペーをその子供とは思えないほど強力な【念】の拳で沈めてみせた彼が、驚き固まる俺に構わず、ほとんど叫ぶようにしてリアスの涙に訴えた。
「違うよリアスさん! リアスさんは弱くなんてないよ!」
「ゴン……」
ゴンのまっすぐな言葉は、やはりリアスの心に届いて揺らした。彼女の絶望の根幹に対する否定。だが自身の眷属の言葉でも解けなかったその戒めはその否定をただの慰めに改編し、再び首を振る。
「……ありがとう。でも、もうやめて……私を守らないで……。そんな価値、私には――」
しかし途中で遮られた。
「――いいパンチしてんじゃねぇかよぉ、ガキんちょがぁ……!」
「っ!!」
「やべぇ、逃げろゴンッ!!」
地から響いたサンペーの怒りが、ゴンに戦慄の息を呑ませた。
いつから狙っていたのか気配を消し、不意を打ったからこそゴンの攻撃は通じたのだ。正面戦闘に於いてゴンに勝ち目などないほどの実力差がある事実は誰の目にも明らかで、故にハンゾーも声を上げたが、しかしその頃にはサンペーの【オーラ】は完全に蘇っていた。
今度はゴンに、反撃としてその矛先が向けられる。
「どこに隠れてやがったのかぁ、達人レベルの【絶】使いも厄介だなぁ。まぁ、とりあえず死んどけよぉ、ガキんちょ!」
奴の拳に集中する【オーラ】は、【硬】の攻撃で全身の【オーラ】を使い果たしたばかりのゴンにはとても耐えられない。俺は反射的に彼の服の袖を掴んで自分の側に引き、焼け石に水ながらも攻撃の威力を和らげようと試みた。
その時、さらにもう一人。
「ッ――【
今度は奴の頭上あたりにキルアの声が、バリバリと空気をつんざく雷鳴の音と共に叩きつけられた。
しかし少々ぎこちない。恐怖を押し殺して捻り出したような雷撃は、ちょうどゴンを巻き込まずサンペーだけを焼いたようだが、その身の【オーラ】は揺らいでいない。動きが一瞬止まったのみで、故に俺はゴンと背後のリアスの手も引いて飛び退り距離を取れたが、同時にサンペーが身を起こす間をも与えてしまったようだった。
直後、慌てて俺たちと奴の間に入るゼノヴィアとハンゾーの足音。サンペーは振出しに戻った戦況を前にして、今度は意地の悪そうなそれではなく、明らかな苛立ちを乗せて嗤って言った。
「ッはぁ……なるほどなぁ、お前ぇの仕業かぁ、影の薄いにぃちゃん」
「……俺程度の使い手は眼中になかったようなので、利用させてもらったまでだ……!」
張り詰めたコンラの声に納得する。彼の
しかしそれは感知能力の話であり、戦闘能力は別問題。ゴンのパンチもキルアの電撃も大きなダメージになっていないらしい状況で振出しに戻そうが、無論油断などできるはずがない。故にゼノヴィアとハンゾー、もちろん俺も、気を引き締め直すとともに強く内の【念】を練る。
しかし一人、ゴンは臨戦態勢の気配を放つサンペーすらほとんど意識せず、未だその言葉をリアスたちに向けていた。
「ねえリアスさん、本当に、自分に価値がないだなんて思ってるの?」
「え……?」
「本当に、弱い自分を守るためにイッセーが死んだって思ってるの?」
ついさっき死にかけたはずのゴンが、前と全く変わらないトーンで口にする言葉。自分の死よりも許し難い事柄だとでも言うような真剣の声に、リアスが思わず呆けた声で返す。しかし重ねられ、言葉にされた
「そう……そうよ!! 私が、私が弱いせいで、イッセーを殺したの!! それをもう思い知ったのっ!!」
半狂乱に叫ぶリアスは、震える声でさらに続ける。
「魔力量はヴァーリに遠く及ばないし、制御技術もソーナに劣る。肉体の力だって、サイラオーグとは比べるべくもない、でしょう……? 私にあるのは、滅びの魔力だけ。でもそれだって……通じなかった……! そんなことはわかりきってたはずなのに、なのに私は私なら大丈夫って、私は強いって思いこんで……ッ!!」
そして失敗し、結果、一誠が怒りに狂って死んだ。
助けようとしたから、もっと言えば立ち向かおうとしたから、一誠が死んだ。レーティングゲームのような娯楽ではない、本物の殺し合い。脅威を前に自分が無力であることを知らず、故に知った今、とめどない後悔が一誠の死と共に彼女の心を深く蝕む。
「違うよ」
しかしゴンは幾度となっても変わらず、それを否定する。
「確かに、オレはリアスさんのことも、悪魔や下僕のことだって何も知らない。グレモリー家っていうのにどれだけ価値があるのかもわからない。けど、それでもリアスさんは死んじゃいけないってことだけはわかる」
「どう、して……?」
呟くリアス。縋るようなその声に、ゴンは力強く、言った。
「イッセーは、リアスさんたちを守るために戦ったんだよ」
その一言が、リアスと、そして朱乃とアーシアの眼に光を灯したことが、見えずともわかった。
一誠は、彼は殺されたがしかし、確かに守ったのだ。己が命よりも大切な彼女らを。
そして気付く。諦めた自分たちが、それを捨てようとしていることを。
「リアスさんたちが弱いからでも、イッセーが下僕だからでもない。イッセーは、ただリアスさんたちが大事だったから……自分の命よりも大切な人たちだったから、戦えたんだ……! だから、イッセーがそんな思いで守ったリアスさんたちの命を捨てちゃうのは、絶対にダメだ!!」
それは他でもない、一誠の死すらをも無にする行為であるのだから。
残された彼の想い、存在が、心を暗闇から引き上げる。最愛を亡くした悲しみに打ちひしがれていた彼女に、再び気力を取り戻させた。
「……イッセーくんが、私を……」「イッセーさん……」
朱乃とアーシアの心の中にも、また一誠の存在が戻る。そのたった一つで立ち直りかけている彼女たちは、あと一押しで気力を取り戻し、それまでの戦意を、戦う力を取り戻すだろうと感じた。
しかしやはり、彼女たち程度の力量では戦況を動かすには足りない。今のような事態は避けられても、サンペーを念能力の戦闘になれていない者たちで相手せねばならない戦力差の不利を覆せるわけではないのだから。
故に傍で繰り広げられたゴンとリアスの言い合いに、それまで俺は関心がなかった。取り戻しても折れたままでも、どちらでも大した違いはない。
ゼノヴィアのように悪魔の力を使っても、あるいはハンゾーやジークの【念】でも念魚をどうにか倒すのがせいぜいで、カギとなるクラピカはウボォーギン一人にかかり切りで、且つ警戒されている特攻能力は不意を突かねば辺りもしない。だから無意味と半分そう聞き流し、いつ来るかもしれないサンペーの攻撃にのみ集中して精神をすり減らしていた。
のだが、その時。
(――ッ!!)
不意に天啓のような閃きが、頭の中に舞い降りた。
じり貧でしかない現状を打破する一手。敵に痛打を与えるどころか、うまくいけば一人、仕留められるかもしれない。
悟り、気付いた瞬間、俺は咄嗟に組み上げた聞こえのいい言葉を投げていた。
「そうだ! 君たちグレモリー眷属の強さとは、一人一人の個人のそれじゃあない。皆が想い、信じ合う絆の強さ、それこそがリアス・グレモリー眷属の力! 仲間こそが、君たちの強さなんだ!!」
強敵に挑む気概や度胸は、その絆から生まれたもの。それが黒歌の言う通り蛮勇だろうとも、今はどうでもいい。
「君たちの仲間である兵藤一誠の、最後の願いだ。それに応えないでどうする! ……さあ、立って戦うんだ、リアス・グレモリー眷属!!」
ジークや他の皆、黒歌やピトーをもう
本音では“グレモリー眷属の絆”などどうでもいい。興味もない。だがその空虚は、今まで積み重ねてきたリアスからの信頼が埋めて塞ぎ、彼女たちに届いていた。
彼女たちの身に魔力が蘇っていく。俺は気を失ったらしいぐったりしたジークを抱えたままゆっくりとそちらへ寄る。
その途中で、とうとうサンペーが動いた。
「なぁ、おい。想いだのなんだの、くっせぇ展開はもう終わったかぁ? 背中、痒くなっちまったよぉ」
その【オーラ】が、再び俺でも知覚できるほどに膨れ上がる。
「そういうもんはぁ、念魚ちゃんのエサにでもしちまうのが一番だなぁ。ほらよぉ」
小さな物体が風を切る音。恐らく念魚を引き付けるエサ玉のようなものが投じられ、俺たちの近くで破裂した。香ってくる生臭いにおいに反応し、周囲を泳ぐ念魚たちがすさまじい勢いで殺到してくる気配を感じる。
ゼノヴィアとハンゾー、多数を相手取るには向いていない二人ではとても防ぎきれないだろう。だが一方、彼女たちの能力は、むしろ多数に適している。
「私は……ッ!!」
荒い息遣いを押し込めたリアスの一声が、同時、ぎゅわっと空気ごと食い破るような音と共に放たれた。
念魚たちを襲う、滅びの魔力。範囲にも破壊力にも優れるそれで念魚たちに断末魔を上げさせたリアスは、サンペーに、何より自分自身に叩きつけるように、地に付いたその決意をはっきりと口にした。
「イッセーの……かわいい下僕の想いを踏みにじるような女じゃないわッ!!」
「はっ……ザコがよぉ、いっちょまえに景気づきやがってぇ……いいのかぁ? 向かってこねぇなら苦しまねぇように殺してやるつもりだったがよぉ、やるってぇなら容赦は――っとおぉうッ!?」
雷鳴が轟いた。直後、低い声で威圧するサンペーが飛び退きそれを回避したらしい。
面食らった雰囲気のサンペーに、こちらも決意の滲んだ、それどころかより強い気迫を発する朱乃が続いて言った。
「……私たちはザコなんかじゃない……弱くなんてありません……!! 私を、皆を、イッセーくんが命を捨ててまで守りぬいた大切なものを守るためなら、私は……私の運命だって、受け入れて見せる!!」
「……んだぁ? お前ぇ、堕天使だったのかぁ」
羽音は、朱乃が背から悪魔の羽だけでなく堕天使の羽をも見せたことの証。さらに続いてアーシアも声を上げる。
「私は戦う力はないけれど、でも、イッセーさんが守ってくれた私たちのこの命、泥棒さんなんかには絶対に渡しません……!!」
「ぼ、僕も……」
ギャスパーも、熱量はそこまでではあるが怯えた様子でリアスたちに続いた。ゼノヴィアやハンゾー、ゴンとキルアの士気も、つられて高まる。
ちょうどその時に、俺はリアスの耳元に告げていた。
思いついた奇策。伝えると、彼女は一瞬驚いて息を呑み、すぐに無言で吐き出した。その様子は皆の気迫で、恐らくサンペーは気付かなかっただろう。
故に、リアスはただ堂々と、眷属たちの主たる立ち振る舞いでまっすぐサンペーを貫いた。
「……お待たせしたわね、幻影旅団。クラピカや曹操を殺したいようだけど、お生憎様。曹操は私の友人で、クラピカももう私たちの仲間なの。手を出すのなら、私はそれを決して許さない。グレモリー侯爵の、いえ、私の名に置いて、貴方たちを消し飛ばしてあげる!!」
「決め台詞、ご苦労さん。全くめんどくせぇなぁ」
サンペーが忌々しげに鼻を鳴らす。しかし次いで、半笑いを声に浮かべた。
「で、一つ聞きてぇんだがよぉ……『吹き飛ばす』って、どうすんだぁ。おいらの念魚ちゃん、あれっぽっちで攻略した気になってるなら、忠告しとくぜぇ?」
実際にその通り。いくらリアスの滅びの魔力や、堕天使の血を受け入れた朱乃による雷光があろうとも、それだけでサンペーの念魚を殲滅することはほとんど不可能だろう。かつて目にした念魚の大渦と同等の数がいるのなら、仮に殲滅できたとしても、もうその時には皆ガス欠だ。
それでは策が成立しない。俺が伝え、そのことを理解するリアスは故に、毅然と返す。
「ご親切にどうも。けど承知しているわ。私たちでは貴方たちに敵わない。他のみんなも、このままじゃじり貧になるだけでしょう。だから――」
その眼が移り、今まさに戦っている最中の
「クラピカ、私の眷属になってちょうだい!」
策の要を口にした。
感想ください。